mas ciclismo .... 《6/2〜特別企画》 トクダネNEWS & ツール・ド・スイス .....................
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スイスから生中継中。TDスイス出場選手リストはここ(PDF File)



11 juin, 2006 ツール・ド・スイス ブレムガルテン 〜 アインズィーデルン 第2ステージ....  

★ 豪華スプリントメンバーも今日は出る幕なし。LPRのダニエーレ・コントリーニが単独ゴール優勝

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写真1)今日のウルリッヒ。今回ボーネン、ベッティーニ、ツァベル、フレイレ、マキュエンをはじめ、地元スイスの選手も多数出場しているため、ウルリッヒだけに注目がいく、ということもなく、比較的平穏にスタート地点に向かった。

写真2)スイスチャンピオンのエルミゲル。JCで来日経験あり。

写真3)マキュエンにインタビューするCNのシェーン。シェーンはアイルランドの新聞のライターだが、CNの仕事も引き受けている。

CNは、今回スイスツアーをカバーするジャーナリストがいなくて、急遽シェーンがレース取材にくることになった。急な手配だったため、彼は宿の手配なしできた。毎日当日ネット予約している。

そのシェーンいわく、「マキュエンは気が強いとかいろいろいわれるけど、フレンドリーでいい奴だよ。彼が勝気なのは、ゴール手前500mからだけだろう。マッギーも感じがいいし、スペイン選手は、トリキを始め、総じてみんなフレンドリーだ。ただしスペイン人は、英語がしゃべれない選手が多いけど。

そうそう、今日もフレイレのインタビューをしたけど、彼はいつもいい感じだね。でも、すごくもの忘れがひどくて、おっとりしているよ。世界戦の時も、バイクに気をとられて、チームカーを見失って、ホテルに到着できなかった。結局タクシーで2時間後にホテルに到着したという逸話の持ち主さ。バイクはタクシーのトランクに入れたそうだ。」

写真4)ベッティーニの黄金シューズ

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写真1) 今回イメチェンのコメッソ

写真2) トリキ、サウニエルのマネージャー、ジャネッティ、ベッティーニ。ベッティーニがなにやらジャネッティに話しかけてきた。まさか移籍話ではあるまい。

写真3) ピンクは山岳ジャージ。昨日逃げたアスタナのレドンド。ほかのチームメートが出走サインをする間、自転車を支えてあげていた。

写真4) バッラン(左)とポイントジャージのベンナーティ(ポイント首位はボーネンだったため、次点のベンナーティがポイントジャージを着用。)スタート前、パワースティックを補給にきた。

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レース:
レース後半、ワイルドカードで出場のLPRのダニエーレ・コントリーニがプロトンから抜け出した。しかし、ゴールが近くなるに従い、差は縮まり、最後はやはり想定内のゴールスプリントになるかと思われた。しかしコントリーニがしぶとく逃げを維持。そのままトップで単独ゴールした。

プロトンによる2位以下のスプリント争いは、ベンナーティが制した。ツァベルが続いてゴール。(写真1)。マッギーは今日は集団前方でゴール。暑かったから、袖をまくりあげている。(写真2)。優勝したコントリーニ(写真)と総合首位にたったベンナーティ(写真4)

今日はゴールの場所のオーガナイズが悪く、カメラマンの位置取りがうまくできなかったようだ。CNのシェーンも、コントリーニのゴール写真は諦めたと言っていた。ただし、CNはAFPなどから写真提供を受けるので、シェーン自身が撮影できなくても問題はない。



10 juin, 2006 ツール・ド・スイス バーデン〜バーデン 第1ステージ....  

★ チームディスカバリーチャンネルが今年ジャパンカップで来日する予定。メンバーは。。 * ウルリッヒはジロの時よりは痩せている。* マキュエン、フレイレ、ツァベルとスプリンターがそろう中、ボーネンが貫録勝ち

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写真1) ボーネン貫録勝ち。レース内容は、4つ目のコラムにて。

写真2) トリキ・ベルトラン。サインを終えて壇上から降りたところ。挨拶をかわす。

写真3) 驚いたことに、英語は苦手、と言っていたトリキが、英語で話しかけてきた。アメリカのチーム3年目。英語が前より格段に上達していた。突然トリキがこう言った:

うちのチームは、今年ジャパンカップに参戦するつもりなんだ。で、今のところ僕のほか、チェチュ、アセベド、ノバルがジャパンカップメンバーの予定。 ただし、僕らは「来日するなら条件付きだよ」、と上には言っているんだ。条件てのは、”僕、チェチュ、アセベドらの奥さん同行がOKだったら”という内容さ。もしOKだったら是非来日するつもりでいる。ヨハン・ブリュイネールの来日はまだクエスチョンだけどね」。

写真4)落ち着いた様子でツァベル(中央)登場

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ヤン・ウルリッヒ登場

昨日、メカニックのペリーが言っていたとおり、ウルリッヒはジロのときよりからだが締まっていた。ツール・ド・スイスには出ない、と言っていたのが、あとになって「やはり出る」ということに。今年のウルリッヒ、プログラムがよく変更になる。

そのヤンは、本日スタートの時、ひっそりとプロトンの最後尾につけていた。(写真3)

本レースでTモバイルの監督は、ペフェナヘ氏。ウルリッヒと一緒にコーストに移籍してからというものチームの反感を買い、ヤンがTモバイルに戻ってからは、あくまでも彼個人のマネージャーという立場で、サイドラインに置かれた。しかし、いまや堂々と監督として登場。  

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写真1)リクイガスのチオーニ。ジロでは力が出せなかったが、次回イタリア選手権(特にTT)で頑張ってほしいものだ。

写真2)今回人気NO.1のフレイレ。スイス在住というせいもあり、ここスイスでも大人気フレイレ。

Cyclingnews.comのアイルランド人記者がフレイレにインタニューしていた。聞き耳を立てていたら、フレイレちゃんと英語を話していた。あとでCNの記者にフレイレの英語について聞いたら、「そこそこうまいよ」と。

写真3)フレチャ。フレイレと一緒につるんで

写真4)ホセ(あるいはヨセ)・スベルディア。アイマール・スベルディアの弟。雰囲気がそっくり。今回兄は出場していない。今回兄弟出場はシュレック兄弟だが、そのうち弟のアンディは今日が21歳の誕生日。司会者から「おめでとう」のアナウンスあり。
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写真1)マキュエン。ちらっとだけ笑顔を見せたが、このあとは相変わらずクールに。

写真2 −4)ブラッドリー・マッギー出走前。サインに行くところだが、やはりいつもと同様、出走サインは、彼が最後だった。彼はTTの時も、出走サインも、いつも ぎりぎりまで登場しない。スタート前に余分にWaitingスペースで待つより、バスの中でぎりぎりまで時間をつぶすほうが好きな性分らしい。

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写真1)プレスルームでレースを見る。ただし音なし。スクリーン左に映像、右にレース状況を逐一伝えるWebページ。スクリーンでは、目下ボーネンを写している。ボーネンはやはり注目の的。

レース : ボーネンがスプリントで優勝
アスタナのレドンドが飛び出して、長い間ひとり旅。レース後半プロトンに6分の差。

その後、フォナックのザンピエーリとリクイガスのアルバシーニの黄緑色ジャージの2人がプロトンから飛び出して、レドンドのあとから逃げを成功させた。バーデンの町に入ってから、レドンドが遂に2人に追いつかれ、やがて力尽きてドロップアウト。これでザンピエーリとアルバシーニが先頭。

ラストはバーデンの町を3回周回するのだが、最後の周回でトップの2人もプロトンに飲み込まれた。

最後はゴールスプリント。アナウンスが叫ぶ、「ボーネン、フレイレ、マキュエン、ツァベル、果たして誰がくるのか!」

集団スプリントを制したのは、またしてもボーネンだった。以下、ベンナーティ、フレイレ、ウソフ、デイヴィス。

写真2)バーデンの町を逃げるザンピエーリとアルバシーニ

写真3)ボーネンがゴールしてから1分53秒後に半分近くの選手がゴール。その集団の一番後ろのほうにマッギーの姿が。ジロは背中の痛みでリタイヤしたが、まだ復調していないのか?目いっぱいと言う感じだった。

マキュエンとツァベルもこのグループの中にいた。スプリントにからめず。

写真4)ボーネンレース後記者会見。CNの記者も質問をしていた。

ボーネンコメント:「最後はとにかく速い展開で、前方に陣取ることだけを考えた。ふたをあければ、そう難しい展開ではなかった。スイスでは完走するかどうかはわからない。調子次第で考える。調子を崩したり、ハードだと途中で感じはじめたら、無理して走ることはしない。

今回の目標は、完走することでなく、少しでもツール前にベターなコンディションに持っていくこと。そして、チームや自分自身に対して力を示すこと。(prove against my team and myself.)今は、とにかく1レース1レース前に進んでいくだけだ(just take it day by day.)」


9 juin, 2006 ツール・ド・スイス前夜....

明日からツール・ド・スイス。今日は夕方6時からチームプレゼンテーションが行われた。

★ 「ウルリッヒはジロのあと相当走りこんだから調子は上向きのはずさ」* 渦中のビシオソ登場 *ボーネンだけがスポットライトで、ベッティーニ出番なし * ブラマの初仕事

チームプレゼンテーションの模様

写真1)シュレック兄弟(左がアンディ、右がフランク)

写真2)アスタナの選手たち。スペインスキャンダルの記事で名前が載ったビシオソ(左から2番目)も。

フォナックのマネージャ ルランゲ氏は、「渦中の選手をレースに出すのは間違っている」とTV番組で批判していた。フォナックはボテロ、グティをはずしているが、Tモバイルとアスタナは、それぞれセビーヤとビシオソをドーフィネとスイスに出している。

ちなみに、フォナック、Tモバイル、ケスデパニュは今年いっぱいでプロツアーライセンスが切れるが、再び更新する申請を出したようだ。

写真3)FDJのアイゼル。オーストリア人でドイツ語を話すので、インタビューを受けていた。ツールドスイスはスイスのドイツ語圏で行われる。

写真4)アレックス・ツーレがホテルで食事をしていた。彼はスイスジャーマンだ。

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写真1)ベッティーニは、ボーネンのあとに紹介された。さらに司会者はボーネンの話ばかりして、インタビューもボーネンだけ。ベッティーニに笑顔なし。

写真2)ボーネンは英語でインタビューを受ける。司会者が、「引退したら何をしますか?」の問いに、「まだわからない」と答えていた。どんな質問にも笑顔。

写真3)カンチェッラーラ。地元スイス人(スイスイタリアン)。インタビューにドイツ語で答えていた。

写真4)クイックを引退したブラマーティが監督会議に登場。ディレクターの初仕事。

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写真1)ツールドスイスはウルト(ヴュルト)が主催だ

写真2)これはウルトのスポンサーカー。メルセデスのでかいバス。レース会場にこのバスで入って名前を売るつもりだ。

写真3)ウルトのスポンサーカー乗用車版。ウルトは確か、アセンブリーの会社。だからアセンブリー道具がボンネット一面に描かれている。ちなみに車は日産だった。

写真4)左はヤン・ウルリッヒの弟シュテファン。中央はメカニックのペリー(ベルギー人)。ウルリッヒはこの会場に近い場所に住んでいるため、夜にならないと合流しない、とのことだった。

ペリーいわく、「ヤンはジロのあと体を絞ったと聞いている。毎年太るのが心配なのは確か。あれは母方じゃなくて、父方の遺伝なんだよ。弟のシュテファンも太いだろ?」


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