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■ ナコール・ブルゴスのツール・ド・ランカウィ ワクワク初体験日記

あるスペイン選手が初めてマレーシアでレースをした。それは彼にとって、わくわくするようなアドベンチャー体験だった。 彼の名は、ナコール・ブルゴス(Nacor Burgos)99年以来スペインのレラックス・フエンラブラダチームで走るプロ選手だ。そんな彼が、みずみずしいタッチでランカウェイの模様を記している。異国情緒にびっくりしたり、彼女が恋しくなったり、かっ飛ばして走るマペイの実力にすったまげたり、、とっても新鮮な内容に仕上がっている。

-------- ナコール・ブルゴスの日記から --------

僕のチーム、レラックス・フエンラブラダチームは今シーズン、マレーシアで始動した。そう、2月6日から18日のツアー・ランカウェイが初レース。僕はナコール・ブルゴス。この記事では家を離れてレースに出ている選手が、どんな生活を送っているのか、そんなことをおしゃべりしようと思う。そして、マレーシアってどんな国なのか、ちょこっとでも読者の人がイメージできたら、そんな風にも思う。マレーシアはとてもきれいな国。いつか行ってみることをお勧めするよ。

片道16時間
全ては1月29日に始まった。マドリッドを出発し、マレーシアの首都クアラルンプールを目指した。ロンドンで乗り換えて、16時間の長旅だった。2月18日まで、ここが僕らの新しい住みかとなるんだ。いや、16時間というよりは、実際はほとんど1日、23時間経っていた。というのもスペインとは7時間の時差があるから。こちらのほうが7時間進んでいるんだ。僕や仲間はアジアで戦うレースってどんなもんなんだか、好奇心を持ってここまで来た。

到着、そして食事
ランカウェイの島に到着した。蒸せ返る暑さと90%の湿度だった。バスでホテルに向かう。最初の驚き、それは運転席が左だったこと!ホテルは最高級のホテルだった。夕食で階下に降りていった時、「どんなモノをここでは食べてるんだろ?」それが僕らの質問だった。でも答えはすぐにわかった。なんだスペインと同じようなものを食べているんじゃない。これで空腹にはならずに済みそう。

ヒマラヤ
7時間というスペインとの時差を早く克服して眠ろうと努力した。飛行機の中では一睡もできなかった。代わりにパイロットのキャビンをチームメートのフレチャとマッサーのバルガスと一緒に覗かせてもらった。感動だった。特に雪にすっかり覆われたヒマラヤ山脈を見た時は大感動だった。

猿出現
トレーニングに出かけた。カメラと島の地図持参だ。数キロ行った林の地点に来たところで突然猿出現。とにかくそれ以来猿をよく見かけた。猿は僕らを凝視する。僕らは猿を凝視する。乱暴そうで怖かったけど、カメラを向けたら向こうの方が怖がった。マペイのパオロ・ベッティーニがそのうちの一匹に噛まれちゃった。(トクダネで伝えた例のニュース。)

島一周
人々はとても親切だった。みんな挨拶を交わし、車も荒っぽいことはなかった。僕らは左側通行に戸惑った。島をくまなくまわってからホテルに帰った。せいぜいそれでも100キロといったところ。シャワーを浴びようとして、体が焼けているのに気づいた。曇っていたのに燃えるような太陽だったのだ。

通貨リディングは47ペセタ
ここに来て数日が経った。折角の機会なので島を散歩がてら買い物に出かけた。僕らはみんなリディング持参だ。リディングとは、当地の通貨だ。1リィディングは47ペセタ相当。ランカウェイは想像に反して物価が高かった。ここで僕はコレクターの弟のために切手を買った。きっと喜ぶだろうな。

スペインとしゃべる
スペインとの交信用にマイクロフォンを買った。PCにつないでスペインと会話ができる。携帯電話は圏内なのに会話が途中で切れたりする。それに高い。だから携帯は彼女と話す時にしか使わない。数日経って、実を言うと彼女のことが恋しい。彼女の写真を持ってきた。部屋のナイトテーブルに置いている。

レース開始
2月4日。レース開始だ。今日はワンデイレース。ツアーの前哨戦だ。チームからは4人の選手しかエントリーしていないから、僕はこれには出場せず。レースを終えてチームメートがホテルに帰ってきた。エドゥアルド・エルナンデスと部屋が一緒で、この日のレースのことを教えてくれた。「マペイは一体なんなんだよ!すごい一撃を食らわすかのように、かっ飛ばしてたよ。」

スニーカはお脱ぎください
2月5日。島を出て、フェリーでマレーシア半島に向かう。船長のキャビンに入れてもらう。そこでは靴を脱ぐことになっていた。座席に戻ったら、「俺のスニーカーはどこだ!!」という声が聞こえた。 マペイのブラマーティとアッジャーノが、靴隠しのいたずらに精を出していたらしい。叫んでいたのは、どうやらAG2Rの助監督のようだ。

整然たるレース
レース1週間が過ぎた。僕のチームはいい感じ。チームのスプリンター、ダビ・フェルナンデスがいい成績を収めた。レースの運営は整然として、統制もきいている。道路標識などもしっかりしている。安全の確保は大事だ。いくつかのレースではひどかった。交通整理もいいし、危険な思いはしなくて済む。

オフィシャル・ランゲージは英語
主催者側が、僕らのために運転手を用意してくれた。彼の名前はラモン。なかなかの伊達男だ。彼はお買い得情報など教えてくれた。行きがけに僕らは英語を勉強していった。ここの国の公用語だからね。でも小さい村ではマレー語をしゃべるらしい。ある日、ラモンとフレチャが道に迷ってしまった。さらに彼らはパロモとフェルナンデスのユニフォームを車に乗せていた。コミショナーは仕方なく、スタートを遅らせるハメになったんだ。

(2001年2月のアスの記事から) go to page top


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