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特ダネ・ニュース 2003年1月の記録..
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ニュース(最新版)


  • テレコム結団式 ( 1.31.2003 )

    あちこちのチームの結団式のニュースが入っているけれど、今日はテレコムの結団式の様子を紹介します。チームテレコム、今年も選手は全部で25人。6人が去って、6人が加入した。加入組はジロ2002の覇者サヴォルデッリ、世界選手権TTチャンプのボテロ、MTBから転向しマペイからきたエヴァンス、元イタリアチャンプのナルデッロ、去年早々に契約を決めたロットからきたベルギー選手のアールツ、ドイツ人のヴェルナー。去った組は、もちろんウルリッヒ、先日お伝えしたベルツ、ラボバンクに移籍したバルトコ、ヴィーゼンホーフへ移ったヘップナーとグラプシュ。更に引退したリヴィングストンだ。

    チーム予算は13億円程度!ベテラン ツァベルの目標はワールドカップ初戦のミラノ サンレモ(3月22日)。幹部のホデフロート氏は、今年は世界一に返り咲きたい、と述べている。グランツールでは、ボテロ、サヴォルデッリの3人に期待する一方で、更にヴィノクロフ、クレーデンを加えた5人が、ツールで総合上位10位以内を狙える、と野心をのぞかせている。

    ツァベルは、マルチナショナルとなったチーム状況を考え、英語やフランス語が共通語になっていくかもしれないね、と語った。いずれいしろ、言葉の壁はあるにしても、勝つという共通目的を持って一丸となって戦いたい、と。テレコムのHPは下記。ボテロのテレコムジャージ姿が予想以上にしっくりきている気がする。

    http://www.team-telekom.de/


  • キャノンデール倒産の続報です(ロイター発) ( 1.31.2003 )

    倒産したキャノンデールの債権者が、キャノンデールの支援に乗り出した。実質的には債権者のうち、ペガサス社がキャノンデールの資産を買い取り、自転車ビジネス部門について経営再建を図る。したがって、バイクの販売代理店やサービス店は、今まで通り営業を続行することができる目処がたっている。倒産の原因となったモータースポーツ部門については別途検討中だが、暫くは自転車ビジネス中心に運営されるため、ペンシルベニアにあったモータースポーツ部門の工場にいた従業員はそのまま一時帰休から、完全解雇となる。一方で、ベッドフォードバイクの製造ラインの従業員は、現在は工場が一時閉鎖になり一時帰休になっているものの、会社側の説明によると、じきに工場は再開となり、従業員も工場に戻る予定だ。但し、バイクの製造ラインが再び開始となる日程については、明らかになっていない。

  • ツール 出場チームが 更に決まったよ ( 1.30.2003 )

    コースト、テレコム、ゲロルシュタイナー、ロットドモ、CSC、ケルメ、バネスト、オンセ、コフィディス、ラボバンク、アレッシオ、シデルメック、ファッサボルトロ、USPがツール2003出場チームとして決定していたが、新たにソシエテが下記3チームを追加で選んだことを公表した。

    クイックステップ、CA、FDJ、そして、去年シモーニの騒動で出場が取り消しとなったサエコが返り咲いた。

    これで18チームが出揃い、あと残り4チームが更なるワイルドカードで決定する。チッポリーニのいるドミナヴァカンツェ、AG2R、Jドゥラトゥール、ランプレ、エウスカルテル、フォナックあたりがツール出場をかけて、前半戦熱い戦いをするに違いない。


  • 続報 : カタールレースに旅立った選手達を直撃 ( 1.30.2003 )

    昨日お伝えした通り、カタールツアーに出場するオンセの選手、幹部らは、多少なりともイラクとアメリカの動向、及び戦争の可能性に不安感を覚えながら旅立った。戦争が勃発したら、隣国のようなカタールにも、何らかの影響があるかもしれない。オンセの出場メンバーのうち、5人スペイン選手と幹部が飛行場で記者のインタビューに答えた。選手の顔ぶれは、フスト、プラデラ、ノサル、カストレサナ、ベロキの弟ゴルカだ。ポルトガルのアスベドとドイツのヤクシェ、チェコのアンドルレらは別便で現地に向かう。

    選手らは、飛行場のTV画面に釘付けになって、アメリカの動向を見守っていた。第二監督のガルシア氏は、「イラクとアメリカの動向を気にしないわけにはいかない。カタール滞在中に戦争がはじまる可能性がゼロではないのだから。でも、これは我々の手ではどういもならないこと。戦争があるのかはわからないが、もしもアメリカが突然攻撃をしかけたら、イラクのすぐそばのカタールはどうなるのだろう。実際、現地カタールにはアメリカ兵が駐留しているんだよ。」

    選手のラファエルディアスフストのコメント。「怖くないといったら嘘になる。滞在している間に戦争になったら、まず帰る飛行機がなくなるだろうよね。そうなったら、パリダカで見るようなあんなごついジープに乗ってでも帰りたいところなんだけど。あのおじさん(ブッシュ大統領)は、絶対攻撃をやると思うよ。早かれ遅かれね。」

    選手にとってちょっと朗報は、ブッシュ大統領が、国連にイラクが禁止兵器製造をしている証拠を提出するのが、来週水曜日になりそうと報道されたことだ。水曜にはレースは終わっている。それまで戦争が回避できれば、と。(選手らは、戦争はいつかはあると完全に思っている。)「僕は、スーツケースをあけないで、そのまま身近に置いておくつもりさ。何かあったらすぐに逃げなくちゃ。」と語ったのはノサル。選手らは、それでもなんとか平静を保とうとしている。というのも、家族に心配をかけたくないのだ。プラデラが言った。「一番今回の遠征で心配している当事者は、僕らよりも家族なんだよ。」


  • キャノンデール倒産の件 ( 1.30.2003 )

    モータースポーツへの投資が 膨大になり遂に倒産したキャノンデール。私もcyclingnewsの内容以上に何か情報を入手しようと探していたのですが、あまりめぼしいものが見つからず、こちらではお伝えしていませんでした。今日、この件でお問い合わせがあったので、一応簡単にサムアップすると、破産申告をしたものの、キャノンデールは恐らく援助を受けるようで、また、海外のベンダーについては、従来通り営業を続けるそうです。ただ、赤字の引き金となったモータースポーツ部門は本国では解散になり、従業員は解雇となっている模様。何か続報入りましたらお知らせします。

  • イラクの査察問題の進展を気にしながら、オンセはカタールに出発:命がけのツアーオブカタールは今週金曜日スタート ( 1.29.2003 )

    ツアーオブカタールに出場を決めたオンセだが、アメリカの武力行使が始まったらという状況を考えると、身の危険を感じずにいられない。イラクの隣サウジアラビア、その中にポコっと半島のような形で存在するカタールは、イラクとはいわば、ご近所といった感じだ。イラクが戦場となった場合を考えると、レースのためとはいえ、身の危険を考えずにはいられない選手と関係者たち。オンセからカタールレースに同行するのは、オンセの第2監督であるサンチ ガルシア氏だ。ミュンヘン経由でカタールに入る前、彼はこんなことを言っていた。「TVの情報を見て、(戦争が勃発するのか)状況をいつも気にしている。インターネットで地理関係を調べるにつけ、イラクのすぐそばに遠征に行くことをひしひしと感じている。」

    オンセのみんなは、今回レースに出場するのに、気になるのは米国の動向ばかりなのだ。ツーアーオブカタールに登録しているのは、現在 ベルギー3チーム、デンマーク1チーム、フランス3チーム、ドイツ2チーム、イタリア3チーム、オランダ1チーム、スイス1チームとオンセ。開始は今週金曜日だ。主催のソシエテからは、特に注意事項もなにも受け取っていないから、選手たちは、自分たちで、状況を常に気にしていなければならない。「行程に危険地域はないのか、避難場所の確保はどうなのか、戦争が始った時の対応はどうなのか、なにも連絡を受けていない」とガルシア氏は不安を隠せない。

    事情が事情なので、選手たちも、カタール行きに際しては、ガルシア氏に質問する者もいた。しかし、だからといって戦争の危険のためにレースに出たくない、と申し出た選手はひとりもいなかった。ツアーオブカタールというと思い出すのがウルリッヒ。去年、彼の最初のレースであり、最後のレースでもあった。今年もレースは5日間。なにはともあれ、レースが平和裏に終わりますように。ソシエテのツールのHPでカタールのレースの様子も掲載される。今年の行程は下記。
    http://www.letour.com/stf/quatar/2003/fr/parcours.html


  • 山のケルメ、創設 約四半世紀目、今年はセビーヤの年だ。 ( 1.29.2003 )

    人気投票で、ケルメを支持している方々が結構目につきます。ヴエルタの休息日には監督の家で、監督のお母さん動員でパエリヤ作りをしたりして、なんとなくアットホームな感じのチームという印象がありますよね。今のベルダ監督の前に監督をしていたアルバロ ピノ氏(現フォナック監督)のインタビューを以前にお伝えしましたが、それを読んでも、本当に小さいチームをこつこつ大きくしていった様が伺われて。今日はそんなケルメの、最近の様子をお伝えします。

    チーム創設から24年が経ち、もうすぐ四半世紀に入る。もちろん、文句なく 現在最古参のDiv1チームだ。「もうすぐチーム設立以来、四半世紀の年月が経つ。経済的障害といった問題も抱えていたが、今では既に過去のこと。渦中のときも、自分たちはあの問題を考えないようにしていた。丁度 病人が病気であることを認めたがらないのと同様にね。」とチームのパトロン、ペペ キレス氏は語る。

    ボテロ、アイトール ゴンザレス、ビシオソらがチームを去って、今年はセビーヤが唯一のリーダーという体制になる。去年はゴンザレスでヴエルタ優勝(ゴンザレスが優勝していなくても、セビーヤが優勝していただろうけど)、ボテロが世界選手権TT金メダル、と目立った成績を残してきた。これら2人の立役者がいなくなって、今年はセビーヤに賭ける。年齢的にも成熟の年を迎え、周囲の期待を一身に受け、今年彼にとっては正念場の年だ。

    昨日スペインの新聞のインタビューに答えたセビーヤは、「去年は本当に苦しい年だった。なんとか戦闘意欲を維持しながら走ったが、ヴエルタでもツールでも、複雑な状況があって、あの苦しみは、僕ひとりにしかわからないことだ。こういった辛い時があってこそ、自分自身タフになっていくんだと思う。」と語った。今年の目標は、ツールの表彰台とヴエルタ優勝だ。


  • アームストロングVSウルリッヒの舌戦 「いい結果を出すことが僕の回答さ」と、ウルリッヒのテレコムとの不協和音は既に3年も前から。。 ( 1.28.2003 )

    コースト入りしたウルリッヒに対し、「お金のためにコースト入りしたのは残念。僕なら無給でもリースのいるCSCに行っていただろう。」と批判したアームストロング。これに対し、「そんなことはない、UCIランキング上位のチームだから選んだんだ」、と先日反論したウルリッヒ。最近になって、スペインのマスコミとのインタビューの中で、再度アームストロングの発言の件についてウルリッヒは下記のようにコメントした。

    「僕は自分のために、一番いいチームを見つけたつもりだし、選択は正しかったと思っている。他人がこれに対し、正しい、正しくない、と口出しするような問題じゃないだろう。これからコンディションを整えて、レースでいい結果を出すことで、この批判に対する答えとしたい。」

    更に、ウルリッヒと一緒にコーストに移った元テレコム幹部のルディ ペフェナーフが、テレコムとウルリッヒの不調和音は実は3年も前から存在していたことを明かした。「ウルリッヒは、テレコムでの居心地の悪さを、実は3年前から感じていたんだ。外向きは彼は笑っていたけど、内側では苦しんでいたんだよ。というのも、その頃既にマネージャーのホデフロート氏のウルリッヒへの信頼感を既にその頃失っていたのでね。」

    ウルリッヒは最後にこう語った。「とにかく僕は自転車が好き。もう一度 再びツールドフランスで勝ちたい。そうすれば、僕は本当にハッピーな気分になれるんだ。」


  • デビッド ミラー(COF)のチーム批判とコフィディスの反論 ( 1.28.2003 )

    先週ミラーがレキップ紙で自分のチームコフィディスを公然と批判し、それに続いてチームがミラーに反論したニュースが結構大きくあちこちで取り上げられていましたが、ここで、両者の言い分を簡単にまとめてみました。

    ミラーの言い分:コフィディス チームは、UCIランキングにばかり気をとられて、レースで勝とうという意識に欠ける。どういうことかというと、コフィディスでは、選手への給与は完全にUCIランキングで決まる。そうなると、選手たちは自分のUCIポイントばかりを気にするので、チーム内のほかの選手のアシストをして自分のポイントを下げることを嫌がる傾向が生まれている。だから、僕自身、他の選手たちの協力を得るのが難しくなりつつあり、ツールで上位に食い込むのが現実として、厳しくなっておいる。こうしたチームのシステムには、とても不満がある。

    チームの反論:100%完全なチームなど存在しない。システムが嫌なら別にチームを移ればいいだけ。ミラーの契約は2003年いっぱいなので、あとはお好きなところへどうぞ。但し、こちらにも言いたいことはある。ミラーはポテンシャルはあるけれど、チャンピオンにふさわしい振る舞いができない。また、自分の非を省みずにチームのみを責めるのはたやすいこと。確かに自分たちチームの側も、ミラーら選手を甘やかしすぎた点は認めるが(だから無理に自己犠牲を払うように選手に押し付けてはこなかったが)、選手をどやしつけているだけではいい成績はゲットできない、というのも現実だ。ミラーももう26歳なんだから、新年の抱負をいつも3日坊主で済ませている状況から脱皮すべきだ。

    BBCでは、ミラーを、「いつも肩の力が抜けて、プレーボーイスタイルを貫いている」と称している。チームが、彼を「チャンピオンにふさわしい振る舞いができない」と言っているのも、その辺を指しているらしい。実際、2000年ツールで シャンゼリゼゴールの直後、パリ16区で、イギリス人の女の子とデートしているミラーを見かけた。その数ヵ月後、イギリスのサイクルスポート誌に「ミラーの彼女」なる人物の写真が掲載されていたけど、私が見た16区の女の子とは別人だった。更に2002年、ツール最終日、列車TGVで、私の前の席に座っていたアメリカ人のコギャルが、ミラーと最終日レースの後デートの約束をしていた。(彼女が、携帯電話でツール出場選手の誰かと食事の約束している会話を聞いてしまった。更に、彼女の携帯電話の発信表示に「David Miller」と表示されているのを、連れが目撃したので、デートの相手はミラーに決定。)だからBBCのプレイボーイ報道にも、私的には納得。。。


  • アームストロングのTREKの星条旗バイクはもうご覧になりましたか? ( 1.27.2003 )

    現在カリフォルニアでトレーニング中のUSPチーム。チームバイクのデザインが一新。アームストロングのバイクにはアメリカンデザイン(星条旗のスターズ アンド スライプス)があしらわれている。

    http://www.cyclingnews.com/photos/?id=2003/jan03/USPS_train/P1010006_1 ランスのバイク
    http://www.cyclingnews.com/photos/?id=2003/jan03/USPS_train/P1010008_1 ランスのバイク
    http://www.cyclingnews.com/photos/?id=2003/jan03/USPS_train/P1010001_1 エラスのバイク
    http://www.cyclingnews.com/photos/?id=2003/jan03/USPS_train/P1010010_1 エキモフのバイク
    http://www.cyclingnews.com/photos/?id=2003/jan03/USPS_train/P1010013_1 トレーニングでSRM (Schoberer Rad Messtechnik)メジャリングシステムを使用するアームストロング
    上記掲載以外の写真も、各写真下のNext Photo、Previous Photoの操作をすることにより見ることができます。


  • AG2Rのミケル アスタルロサ新着インタビュー ( 1.27.2003 )

    レース便りでお伝えしたように、TDUでのAG2Rの「スプリントポイント全部頂き作戦」は、見事だった。あれがなければ、スプリンターのオグレイディの逆転優勝という展開になっていたかもしれない。TDUで晴れて優勝を飾ったアスタルロサ(AG2R)も、チーム一丸となった結果優勝できた、という点を強調している。プロ入り2年目のそんな彼のういういしい新着インタビューです。

    「昨年プロに転向して、実はこのTDU(ツアーダウンアンダー)でデビューしたんだ。今年も又このレースに戻って来れて、おまけに優勝だなんてとても嬉しい。レース参加のためにオーストラリア入りした時は、単にコンディション調整のつもりで走ろう、と思っていただけだった。まさか優勝なんて、夢にも思わなかったんだ。今回優勝できたのは、AG2Rのみんなが、この優勝のために必死で頑張ってくれたからさ。優勝できたは彼らのサポートのおかげ。この優勝は、みんなで分かち合いたい。僕自身も、優勝できて、今後に向けて自信がついたよ。」


  • ウド ベルツ − テレコムから冷たく扱われて、ゲロルシュタイナーへ移籍。TDFに燃える。 ( 1.27.2003 )

    去年、テレコムチームとちょっと ゴタゴタがあったベルツ。彼がこちらのニュースに登場するのは今回で多分3度目くらい。いつかハワイのアイアンマンレース(トライアスロン)に出たニュースをお伝えして、そのあと去年のTDFでのチームとの不協和音をお伝えしました。去年、ベルツはチームから「TDFにもう君の出場の場はない」、と冷たく言い渡された後で、直前にTDF出場を突然言い渡される。(確か怪我でヴィノクロフが出場できなくなったせいだったかな?)更に、口約束でチームとは今年度 契約延長に合意していたはずなのに、突然彼はチームから背を向けられた。(ボテロ、エヴァンス、ナルデッロなど次々に獲得した煽りを受けたのだろうか?理由はさだかではないけれど。)

    レースに直前で突然出場が言い渡されるといったことは、まあよくあることだろうが、要は、チームの ベルツへの態度にちょっと問題があって、しこりが大きくなったらしい。テレコムからは放出されたものの、ベルツはゲロルシュタイナー移籍が決まり、ここでの彼の信頼は抜群だ。1966年生まれの36歳の彼がプロ入りしたのは1989年で、今年プロ入り15年目を迎える。チーム シュツッツガルトでデビューしたあと、91年から2002年という長きにわたり、テレコムに在籍した。ツール出場経験は、なんと11回。今年Div1でツールに初出場するゲロルシュタイナーにとっては、ベルツの経験は貴重だ。2000年にドイツツアーで区間優勝をしているのが最後の勝ち星だが、今年はレベッリン、トーチニッヒのアシストをしながら、レースによってはベルツが主体になる可能性もあり、そういう意味ではテレコムよりも、やりがいはあるものの、プレッシャーもかかる。

    今年はマルクス ツベルグも加わったゲロルシュタイナー。ミネラルウォーターを中心とした製造メーカーで、ジャージも今年のバージョンは特に、ミネラルウォーターっぽい柄になっている。公式HPは下記で、例によってスクリーンセーバー、壁紙も使用可能。ドイツ語のほかに、英語版もあり、きめの細かい、丁寧なHPになっている。コーストのHPよりも断然ファン思いのサイトだ。もちろんHPの運営とチームの運営は別なわけで、HPの作りだけでチーム運営体制を判断することはできないけれど、HPや、チームの結団式の模様を見る限り、なんとなくゲロルシュタイナーのほうが、コーストよりもしっかりしているような印象を受けてしまう。実際、ベルツ自身、ゲロルシュタイナーは、ちょっとラボバンクに似ている、なんて言っている。(もっともチーム構成面における観点からという意味合いの方が強いけれど。)
    http://www.gerolsteiner.de/cycling-english/index.html チームHP

    ちなみに、チームの結団式はゲロルシュタイナーの工場で行われた。一見ワインセラーのような場所に背広姿の選手たちがいると思ったら、ミネラルウォーターの倉庫だった。(以前からお知らせしているドイツのRadsport-news.comに写真が出ています。)チームバイクはWilier Triestina。他にチームには、オーストリアチャンピオンのレネ ハーゼルバッハーがいる。

    本HPのTOJ2000の中に挿入しているレネ ハーゼルバッハーの写真は下記。当時のジャージは赤、緑、白が基調だった。
    http://fuunaa.hp.infoseek.co.jp/photo/toj00/pod6.jpg
    http://fuunaa.hp.infoseek.co.jp/photo/toj00/gero.jpg
    http://fuunaa.hp.infoseek.co.jp/photo/toj00/mauro4.jpg


  • インドゥラインが新チームを立ち上げたぞ ( 1.25.2003 )

    昨日 1月24日 金曜日、華々しくインドゥラインが新チームの結団式を行った。チーム名は「ラバルカ バケ」。結団式には地元関係者のみならず、地元のサッカー、ラグビー、ハンドボールなどのスポーツマンたちも含め、400人を超える人々が駆けつけた。今回の試みは自転車競技の活性化をめざすもので、現在自転車を止めてしまった状態のベテラン選手に走る場を与える目的と、これから将来が期待される若手の育成の意味を両方兼ね備えている。構成は8人のベテランと6人の新人だ。

    もちろん、1年目のチームなので、最初は地道にやっていくが、インドゥラインの夢は大きい。チームは3年間のスポンサー契約を取り付けており、チームのバックアップは、元サイクリストでラバルカ2のオーナーであるケベド氏と、アマチュアチームに非常に熱心に力を注いでいるあのカフェス バケだ。ちなみにバケはイバンマヨが昔いたアマチュアチームのサポートもしていた。日頃、大学などで自転車に対する正しい認識を講演したりしてきたインドゥライン。偉大なチャンピオンが、これから後進の育成という新しい場で活躍することを期待したい。


  • 新生パリ ニース ( 1.24.2003 )

    2000年、ローラン フィニョンが買収して、主催者を務めたパリ ニース。別名「コース オー ソレイユ(太陽)」と呼ばれ、春を告げるレースとして根付いている。しかし、レース中雨が降ると、「観客動員数が減る。。」と主催者をやきもきさせたりして、資金難の問題を浮き彫りにしていた。昨年はレース中止の噂が出る中、1月31日に、ASO(ツールドフランスを主催するソシエテの母体。)がフィニヨンからレースを買い取り、なんとか息を吹き返したのだった。

    今年は3月9日から16日の予定で開催される。今年は 去年よりもレースの内容を検討する時間が長かったせいもあり、(去年は開催の1ヶ月前にASOの主催が決まったので、構想が急ピッチで行われ、結構慌しい開催だった)、最終日までサスペンスが続くように コース設定に工夫がほどこされた。初日は4.8キロのプロローグで始まり、最終ステージは例によってニースのプロムナード デザングレでフィニッシュする。ところが、なんと最終日は、おまけのコース設定にはなっていない。プロムナード デザングレ突入前に、ニース近郊の観光地エズの、あの急な丘を3回も登ることになるという。そうやって最後の最後まで、レースに期待を持たせるわけだ。

    またレースは途中、ガール県に入る。そう、昨年10月、ひどい洪水被害にあった地域だ。通常 開催地がレースに対して払うべき費用を免除し、地域の人を元気付けるのが目的。一種のASOからの洪水お見舞いだ。こういうところが、実にツールドフランスのエスプリと共通しているところだ。

    ただし、この時期は、イタリアのティレノ アドリアティコ レースとスペインのムルシアツアーの開催時期と重なるため、出場選手がばらけるはず。一体誰がどのレースに出場するのか見ものだし、この時期レースチェックが忙しくなる。


  • シドニー五輪MTBで金メダルだったミゲル マルティネス:「アテネ五輪のMTBには出場しない。ロードで勝負したい」 ( 1.23.2003 )

    昨年マペイでロードデビューを果たしたミゲル マルティネス、今年はスイスのチームフォナックのジャージに変わった。アテネ五輪が迫っているが、ディフェンディング チャンピオンとしてMTBでの出場を狙うかと思いきや、今年はロードに完全燃焼するのだと。レキップ紙に掲載されたマルティネスのインタビューをどうぞ。

    ― アテネ五輪では、MTBに出場して、金メダルを死守するつもり?
    「これは大きな疑問だね。今年、僕は全てをロードに注ぎ込みたいんだ。年に5回、昔のMTBチームからの要請でクロスカントリーに出なくちゃいけないんだけど、それ以外はロード一辺倒だね。僕はロードで一体どのくらい力を出せるのか、今年に賭けてみたいんだ。アテネ五輪出場に意欲が出たとしても、それはロードでの出場を狙うだけさ。」

    ― ツール初出場で学んだことは?
    「ロードで学ぶことって、いっぱいあるんだなぁ、とつくづく感じたよ。忍耐強くなくちゃいけない。ギブ アンド テイクのギブの部分を学ばなくちゃいけない。ツール22日間を通して、だんだんプロトンでの自分の居場所を見つけていった感じがする。そして、的を絞ることの大切さも学んだね。自分の弱点を克服しようとするよりも、強みを向上させるべきなんだ、ということも実感した。TTでは、アームストロングとの差は7分だった。いくら僕がTTにおいて上達したとはいっても、この差は埋められなかった。山岳では、山岳ポイントでアタックをしかけて、山岳ジャージを狙っていきたいね。」

    ― 今年の仕上がりは早いみたいだね。的を絞った目標はある?
    「去年、僕は早めにシーズンを終えたんだ。ツールのあと、2つのクリテリウムとMTBの選手権に出ただけさ。休養は十分。11月中旬からは、もうトレーニングを開始してた。去年よりもモチベーションは高いね。今年の目標はは地中海ツールと、僕の住んでいる地域のレース、ツールデュオヴァール、そして、パリニースでいい結果を残すことだ。総合成績ってのは、秒単位の争いになるから、ちょっとデリケートだよな。それよりも区間優勝のほうならなんとか。僕らのチームがツールに選出される為には、シーズンのスタートダッシュにかかっているんだ。」

    ミゲルマルティネス、初出場のツールでは総合44位。アームストロングとの合計タイム差は1時間18分だった。でも、ジャジャについで、人気度、注目度は高く、存在感は抜群。使いふるされたクリシェだけど、本当に小さな巨人だった。


  • ウルリッヒのコーストジャージ姿を見たい人は ( 1.20.2002 )

    ウルリッヒがコーストの長袖ジャージを着てトレーニングしている写真は、下記のサイトで見られます。(上から数件目のニュースで、タイトル「Bauarbeiten im Pool als gutes Omen gewertet」のところです。)
    http://radsport-news.com/


  • ウルリッヒ、コーストのジャージでキャンプ合流!でも、ウルリッヒのシーズン本番は後半から。「ツールでは、カセロ、ツーレのアシストにまわるかもしれない。」ウルリッヒの取材に、ドイツから報道陣が民族移動。エスカルティン:「13年間 馬車馬のように働いて 最後にこんな仕打ちを受けるとは。。」 ( 1.20.2002 )

    ウルリッヒは、金曜日にコーストのジャージを着て、トレーニングを開始。報道陣の前に現れた。日曜日の新聞に掲載されたウルリッヒの写真を見ると、コーストのジャージは、従来の黄色から、白とブルーに変わったみたいだ。遠目からだと、FASのジャージにも ちょっと似ている。そして日曜日、ウルリッヒは、ガンディアに到着し(コーストが25日までキャンプをする場所)、チームメートと合流した。そのうち、キャンプ中のスペイン選手は7人。カセロ、ベルトラン、ガルメンディア、ルイスペレス、エルナンデス、プラサ、ララ。そして、おまけに なんと引退したエスカルティンも姿を見せている。(その理由は後で述べるけど。)

    キャンプは寒いドイツではなく、スペインの南にあるガンディアが選ばれた。余り馴染みのない都市だけど、ここは、ケルメの本拠地があるコスタブランカ地方の都市アリカンテとバレンシアを結ぶ途中にある沿岸の町だ。そして、なんと ドイツからは、ウルリッヒの様子を取材するため、50人もの報道陣が大挙してこの町に押し寄せている。去年1月25日以来レースから遠ざかり、膝の手術を2度も行ったウルリッヒは、記者たちにこんな風に語った。

    「1年のブランクの後、自分の体がどう反応してくれるのかわからない。今の時点では、ツールで勝てる状態ではないと思っている。もしも状況がうんと好転すれば別だけど、そうでなければ、ツーレでは、(総合でなく)ステージ優勝を狙いつつ、カセロとツーレをアシストすることになるかもしれない。膝の状態はいいんだけど、過去の過ち(膝が不完全でトレーニングを始めて悪化させてしまった)を繰り返したくないから、回復をあせりたくはないんだ。」

    ウルリッヒ、ツールドフランスの際の状態にもよるが、今のところ今年はヴエルタと、カナダのハミルトンで行われる世界選手権に出る可能性が濃厚だ。特に世界選手権の頃には、優勝を狙えるまでになっているのではないか、と期待されている。更に出場処分が解けた後の復帰レースとしては、今もなお3月24日からのセトマナ カタラナの予定ということだ。

    ところで、引退したエスカルティンがキャンプに姿を見せた理由は、チームとの間に積み残し問題があるからだ。彼とガルメンディアの給与未払い報道は既にお伝えしたけれど、ウルリッヒへの巨額な給与が支払えて、何故彼らに対する給与が滞っているのか不思議だった。そこで、内容を詳しく検証してみたところ、給与支払いが滞っているというよりも、チームがドイツ国内への税金分として、16%の税額をエスカルティンの給与から事前に天引きしてしまったのだった。無論彼はスペインにも税金を16%納めている。つまり二重課税が発生し、36%の税を天引きされたままになっている。だからその余分な徴収分の16%分が、チームから返還されるべき、という訳だ。しかし、チーム側は、「契約書に、予めその旨(二重課税となる旨)書かれていた」、と主張しており、ドイツの税制の解釈により、スペインに加え、ドイツにも税金を支払うことになっている、と言い放っている。

    この問題打開のため、チームのスペイン選手全員がUCIに嘆願書を提出。UCIに解決を依頼している。信じられないことに、2001年にエスカルティンが払わされた税金は、収入の48%にも及んだという。例えば、私は商社で輸入をしているが、海外から技術者を派遣して 日本で作業を行わせる場合、対価を支払う商社の側は、技術者に対して二重課税防止のための申請書を記入して手続きをとってあげる。税務署にて手続き完了後、バウチャーを技術者に渡せば、技術者は、本国でも二重に課税されることを防止できる。

    通常は、対価の支払い者が、しかるべき手続きをとれば、二重課税は防止できる。でも、手続きが めんどくさいので、チームがその行為を怠った(或いは怠ることを前提に契約条件を決めた)可能性もなくはない。ドイツとスペインはEU加盟国同士なので、二重課税防止手続きはもっと簡素化されているかもしれない。いずれにしても、正式な手続きを踏めば、片方の課税は控除対象になるのが当たり前。確定申告で支払った余分な税金できる、とかいった仕組みはないんだろうか。

    エスカルティンは、「13年間馬車馬のようにレースに明け暮れて、選手生活最後の最後で、こんな仕打ちを受けるとは。。」と語った。ちなみに、コーストで給与未払いとしてもめているほかの選手については(マウロ ジャネッティなど)、二重課税が原因ではなく、出来高制の規定の解釈の違いによるということらしい。


  • FASチームプレゼンテーションとザネッテ ( 1.19.2003 )

    FASの公式HP、www.fassabortolo.itに、チームプレゼンテーションに関するニュースが掲載されている。同時に、このHPにさえも、昨日お伝えしたように、ゴンザレスのFAS入りについては、まだ疑問点ありとして、FASチームとしても、正式に彼の加入を承認できない苦しい事情が浮き彫りとなった。(HPは、現在のところイタリア語のみ稼動。)

    ところで、1月10日に急死したデニス ザネッテ。その彼はレース中に 人をはねて、死なせてしまったことがある。まったく不幸なできごとだった。あれは99年ヴエルタアガリシアでのこと。第1ステージで、路上にいた交通整理の係員を誤って自転車で轢いて、係員は亡くなってしまった。その後2001年、ザネッテは、スペインのセマナカタラナのヴィックのステージでリーダージャージをゲットした。そして、そのリーダージャージを、亡くなった係員の未亡人にささげたのだった。

    そして、今回、そのザネッテ自身の突然の訃報。彼は、12月のFASの健康診断でも心臓に何ら異常は見つからず、また、歯科医で倒れる前にも、トレーニングをしていたほどだった。そんなわけで、スペインの人々は、今回のザネッテの訃報に接し、人の命のはかなさを痛切に感じ、また、ザネッテは不運なライダーであった、という印象を強く持っているようだ。


  • ゴンザレス UCIからFAS入りが正式に認められず、私服でチームプレゼンテーションにのぞむ ( 1.18.2003 )

    ファッサボルトロチームの今季プレゼンテーションが今日行われる。ケルメから移籍したアイトール ゴンザレスは、なんと異例ながら、FASのジャージを着ずに、平服で式場に現れることになりそうだ。実際、トレーニング中には既にFASのジャージを着て写真に収まっているゴンザレスなのだが、正式なチームプレゼンテーションの場では、着れない状況なのだ。そう、ドミナ ヴァカンツェから、糾弾されている例の一件が、まだ片付いていない。

    FASのチームのお披露目は、イタリアのポンツァーナ デ ネートで、本日予定されている。しかし、ゴンザレスがドミナやUCIとの間で、まだ揉めていることから、チーム側としては、この場で彼にチームジャージを着て欲しくない意向がある。UCIが、ゴンザレスの契約違反を承認し、ドミナとFASの間で二重契約があった、と見なす可能性が今の時点でゼロではないからだ。だから本当のことを言うと、ゴンザレスがスペインの新聞記者たちに、FASのジャージ姿の写真を撮らせたことは、やや先走った行為であり、この問題が片付いてからにすべきだった。

    ドミナヴァカンツェ(旧 アックア)の言い分はこう。去年ゴンザレスは契約をアックアと締結しており、(これは両者認める事実)その後 ゴンザレス側は 契約解除の正式書面をUCIに送っている、と主張しているが、その正式書面は後から偽造したものである、と。即ち、ドミナとゴンザレスの契約が正式に解除されることなく、ゴンザレスはFASとも契約してしまったのだと。ドミナ側の説明によると、その根拠は、UCIの手元にある 解約手続き書類がゼロックスコピーのものしか残っておらず、オリジナルが存在していないからだと。これに対し、無論ゴンザレスは書類は偽造でない、と主張しているが、今のところ、UCIはこれについて、結論を下していない。現在、ゴンザレスの代理人ブエナチェ氏とサンツ氏の2人が、スペイン自転車連盟に請願に行き、UCIに対する書類の有効性と法的根拠を説明しているところ。

    チームジャージは着なくとも、ゴンザレスはともかくFASのチーム結団式には行くということだ。なお、骨盤骨折しているバルトリは 家にとどまり、結団式には姿を見せない模様。一部 報道では、クラシックはバルトリ、ジロはゴンザレス、ツールはバッソ、その他の短めのツアーではフリーゴがリーダーになるだろう、というコメントが掲載されている。また、忘れてはいけないのが 10日に死去したチームメンバーのザネッテ。結団式の場では、彼に対するお別れの言葉も聞かれるかもしれない。


  • ウルリッヒの厄払い ( 1.17.2003 )

    「2002年が過ぎてハッピーだ」思わずそんな言葉が口をついて出てしまったウルリッヒ。これはコーストとの調印式でのこと。確かに2002年は彼にとっては厄年だった。

    ウルリッヒの昨年1年を振り返ると。。。

    1月25日:今までに無いほど早いシーズンインのスタートダッシュだった。1月のツールドカタール レースに出場したのだ。しかしまさか、これがこの年最後のレースになるとは誰も予想だにしなかった。

    2月11日:南アフリカでトレーニング中 膝に違和感を覚えた。状況は改善せず、出口の見えないトンネル状態に突入。

    5月1日:フライブルグの町をポルシェで走行中、やってしまった、ヒットエンドラン!ディスコ帰りに 路上で器物損壊を起こしてしまい、そのまま現場から逃げてしまった。その後ウルリッヒが運転していたことがばれてしまい、更に血中アルコールが検出され、飲酒運転が発覚。

    5月7日:ツール出場断念。
    5月28日:ハンブルグで膝の最初の手術。
    6月11日:フライブルグの飲酒運転により、免停処分。
    6月12日:ドーピング検査で陽性に。

    7月6日:ディスコでエクスタシーを摂取したことを認める。テレコムから、即時 暫定的に 戦力外通告となる。
    7月23日:ドーピングの陽性結果を受け、2003年3月23日まで出場停止処分に。
    8月14日:ミュンヘンで2度目の膝の手術。
    9月25日:テレコムと正式に決別を決意。

    11月2日:ウルリッヒ、「CSCへ移籍するのを心待ちにしている」、と宣言。
    11月:そのCSCに問題発生。共同スポンサーとなる予定だったドイツポストが、スポンサー契約の直前に、スポンサーを辞退。リースは必死に共同スポンサーを募るも、目途は立たず。その間、ウルリッヒの代理人は、急遽 コーストとの協議を始め、突破口を模索する。

    12月20日:UCIのチーム登録認定で、コーストはDiv1認定ライセンスがもらえず。ウルリッヒも、それでは契約ができず、コーストとの契約については、態度保留となる。
    12月30日:なんとテレコムのペフェナーフ氏が監督辞任。テレコムは、何の前触れも無い突然の辞任劇にあいた口がふさがらず。ウルリッヒと2人でコースト入りが現実に近づいたという噂が流れる。

    1月10日:コーストが晴れてDiv1登録を果たす。
    1月15日:ウルリッヒ、それを受けてコーストとの3年契約にサイン。

    こうしてサマリを見ると、つくづく本当にいろいろあったね、ウルリッヒ。


  • 自転車界の労使交渉 冬の時代 ( 1.17.2003 )

    今、プロ自転車選手協会が忙しい。エスカルティンとガルメンディアは、コーストの給与未払い(或いは「遅延」問題)について、プロ自転車選手協会に直訴した。また、アイトールゴンザレスも、FASとの契約につき、(前年ゴンザレスと契約をしかけた)アックアチームから いちゃもんがついているため、スペインの選手協会に直訴中。他にもルイス ペレスがチームとの契約破棄を訴えたが、これはUCIによって却下された。

    更に、チャバことヒメネスに至っては、カナリア諸島で自主トレをしているものの、未だにバネストチームから声がかからない。ウンスエ監督からは、以前、病気が完治したら再雇用すると言われていて、何度もマスコミを通じてデモンストレーションをしているのだが、まだチームに戻れる目途はなし。一体何のために自分はトレーニングをしているんだろう、このままでは、カナリアをあとにして、自宅のあるエルバラコに帰るかもしれない。」なかなか将来設計が描けない今の現実に、匙を投げてしまう寸前の状態だ。自転車界の労使交渉は、なかなか厳しい状況だ。


  • ウルリッヒ、コーストとの3年契約の内容 ( 1.16.2003 )

    処分停止が今年の3月23日で解除となるウルリッヒ。コーストとの契約は今週中にも終了させるとしていた本人のHP中の言葉通り、昨日水曜日、ウルリッヒとチーム側が、正式調印をした旨公表した。ウルリッヒのサラリーは1年あたり200万ユーロ(2億4千万円程度)。彼の移籍に伴い、既にお伝えしたように元テレコムのルディ ペフェナーフ氏とシュタイン ハウザー(ゲロルシュタイナーから移籍)も一緒にチームにやってくる。コーストのふところ具合はどうなっているのだろう。

    ウルリッヒ声明:「僕は過去から学んだ。僕は2004年ツールで2度目の優勝をしたい。勝てる意欲がなければ、今日この調印式の場にはいなかっただろう。」そして、アームストロングの批判に対しては、淡々と「僕はお金のためにこのチームに決めたわけじゃない。メンバーを豊富に抱え、UCIランクで5位のチームだからなんだ。」と述べた。

    今週末、ウルリッヒはスペインのバレンシアに飛び、チームトレーニングに合流する予定。復帰レースはカタルーニャ(3月24 – 28のセトマナカタラナ)の可能性が濃厚だが、本人が復帰レースで途中リタイヤしたくない、と望んでいるため、膝の具合と相談の上 決める。


  • 速報 : ウルリッヒ ー コーストと正式に3年契約で正式に調印 ( 1.16.2003 )

    ウルリッヒが、晴れてこのたびコーストと正式に「3年契約で」正式に調印した模様。続報は後ほど。

  • アームストロング:バイクに全く乗らない日は 年間20日だけ。 ( 1.16.2003 )

    先日アームストロングがウルリッヒのコースト入りについて ややシビアなコメントをしていたけれど、あれだけ抽出すると強く聞こえるかもしれないが、あれはあくまでも 一連のインタビューの中のごく一部に過ぎない。流れの中で、アームストロングに「貴方は自転車界の いろいろな選手ネタにキャッチアップしていますか?例えばウルリッヒのコースト入りの話は 既に知っている?」と振られて語ったもの。その他にも、こんな話をしていた。

    ( 先日アメリカの名誉有る雑誌「スポーツ イラストレイティド」で 年間MVPに選ばれたことについて聞かれて)「このノミネートにはびっくりしたし、また誇りに思う。でも選ばれた理由は、単にツール4連勝だけではないと思う。米国では、僕の病歴はよく知られていて、実戦でのバイク上での戦いよりも、むしろ癌との戦いをしら戦士として 僕は知られていると思うんだ。彼らにとって、僕はゼロから蘇った人間なのさ。」

    (2004年はオリンピックの年ですねと聞かれ)「僕にとって唯一カウントするのはツールだけ。他のレースは全て二の次で、おまけのボーナスに過ぎない。五輪は現在は考えていない。」

    (今年のカナダでの世界選手権には出ますか?)「今のところ、これは僕のプログラムに入っていないよ。」

    (彼の友人であるロビンウィリアムスのジョークを理解するのか?と聞かれて)「そんなに僕のことを、むっつり人間だと思っているのかい?僕自身、実際は逆の人間さ。家族、チームなど内輪においては、常に笑ったり冗談を言ったりしている。でも誰だって2面性があるだろ。僕は仕事になると人間が変わるんだ。」

    彼はこの休み中、ハワイでサーフィングなどもしてきたそうだ。人一倍練習熱心なアームストロングだが、このインタビューの日はずっと雨。アームストロングは珍しくトレーニングには出かけなかった。しかしそれでも、彼いわく、年間バイクに乗らない日は 20日程度だけ。しかも2日連続で乗らないことはない、と。そして、今日の言葉:「もう今から(1月中旬)着々と勝つ気で準備をしていなければ、ツールでは負けてしまう。」(アームストロング)


  • しつこく 新しい顔のパンターニ & ザネッティは自然死という認識 ( 1.15.2003 )

    サングラスなしの「新しい鼻形」のパンターニの写真をゲット。下記のURLで見られるようにしました。確かになんとなく、どこかチト違う。。。
    http://yapeus.com/users/naco2/
    (写真が開くのに ちょっとタイムラグがありますが。)

    そのパンターニの今日の言葉:「もしもジロでいい成績だったら、ツールに行くよ。もしジロでダメだったら。。。。海辺に遊びに行くまでさ。」

    先日急死したFASのザネッティの続報。昨日 解剖が行われ、原因は自然死という見方が濃厚となった。まだ、毒物、化学検査の結果が完全に出るのには6週間かかるが、彼の親戚にも心臓病が多く、遺伝体質によるもの、という見方が強くなってきた。こういった遺伝系の心臓病の場合、健診でも見つけにくいらしい。また、昔の気管支炎の治療が不完全で 結果 感染症を引き起こして心臓発作をおこすケースもあるとのこと。


  • カセロ:「ウルリッヒはWelcomeだよ」 ( 1.15.2003 )

    ウルリッヒがコースト入りすることになりそうなので、(調印が完全に済んだ訳ではないみたいだけど 秒読みだそうなので)さっそく同僚となるカセロの反応をチェックした。そもそも彼はコーストのリーダーとしてポジションを確立していたのだが、ウルリッヒ加入により レース次第ではサブリーダーになってしまう。しかしカセロは、「ウルリッヒの加入は問題ないよ。実際問題、アームストロングを打倒できるのは、唯一彼ぐらいしかいないしね。それに、僕に給与支払いをしてくれている会社は、ドイツの会社だし。」と冷静に語った。

    「僕の目標はツールでの表彰台だけど、でもウルリッヒのコンディションがよくて、彼が僕にチームの為に犠牲になることを要請すれば、ためらうことなく同意する。何よりも僕はプロなんだから。」しかし一方で、ウルリッヒだけにリーダーをゆだねる気もない。「ウルリッヒは確かにツール97で優勝した。総合2位も4回経験している。でも、最近膝の怪我もあったし、去年は全然レースに出ていない点を考えると、今年の彼のできばえには未知数の部分が多い。それにレース次第では 主役交代はつきもの。ツールでは、僕とウルリッヒが主要な2つの柱として走ることになるだろう。」

    カセロはウルリッヒとのコミュニケーションについては心配していない。「ウルリッヒのことはほとんど知らない。彼はドイツ語圏の選手で、英語もほとんど話せないから、彼とは一緒にしゃべったことがないんだ。(でも私は知っている。カセロだって英語を全く話せない。。。)でも僕はビタリシオで同僚だったシュタインホイザーと仲良しで、彼からウルリッヒは すごく意思の疎通のしやすい人だと聞いているよ。」ちなみにシュタインホイザーも、ウルリッヒとともにコーストに加入する見込み。

    それから、ちょっと前、ルディ ペフェナーフが先日突然 テレコムの監督職を辞任したニュースにはびっくりした。実は辞任理由は当初 「家族との時間を持ちたいから」、と公表されたのだが、その直後に、テレコムの一部の幹部から、「彼の辞任はウルリッヒの新チームと関係があり、不穏な行動だ」、といった声が聞かれた。そして、ペフェナーフ氏がウルリッヒと一緒に新チーム加入するのでは、という噂がどっと流れた。この時点で、2人が一緒意移籍する先としては、リースがいるCSCは考えにくいため、コースト有力か、という急浮上した。とはいえあの時点ではまだ根拠が薄かったため、慎重策をとって、このニュースはこちらの欄ではポスティングしませんでしたが、やはりこのたびペフェナーフ元テレコム監督のコースト入りも決定しました。

    これからは、従来のコーストの監督であるフェルナンデス監督(カセロとともにフェスティナからコーストに来た監督)とペフェナーフ監督のニ人三脚となる。ウルリッヒを一番知っているペフェナーフ氏のコースト入りには、フェルナンデス監督も歓迎の意を示している。それにしても、今まで余り注目されなかったコーストがウルリッヒのおかげで、一気に脚光をあびるようになった。ベルトランのツール山岳ステージでのアシストぶりも話題になったりするかもしれない。(ベルトラン、2年連続でツールに出場していないが、今年はまた是非ツールに戻りたいと言っていた。)ベルトランの人気が上昇しなければいいんだけど??!


  • マウロジャネッティのチームもDiv1登録終了 ( 1.14.2002 )

    昨年のタッコーニ スポーツチームは、今年シデルメック(Sidermec)というチームになった。このチームもコースト、ドミナ ヴァカンツェ同様、Div1の許可が遅れていたが、他のチーム同様、晴れて10日のUCIの手続きにより、Div1として認可された。シデルメックは、もともとタッコーニにいたボルトラーミに加え、ガルゼッリが移籍して話題になったが、最近になって元アメリカチャンプのフレッド ロドリゲスもDOMOから移籍することが決定した。彼はチームがDiv1登録完了を果たすのを見届けるまで、態度を保留していた模様。

    なお、このチームのダイレクターは、コーストを引退し、現在コーストとの間で過去のサラリーについて揉めていると噂されているマウロ ジャネッティだ。どこのチームにどんな選手が移籍したのか確認したい方は、下記のサイトへどうぞ。(チームを選択して、goを押すとチーム情報が出ます。)

    http://www.cyclingnews.com/results/2003/teams2003/teams2003.shtml


  • ウルリッヒじきじきの声明と、アームストロング、ウルリッヒを斬る 「お金に惹かれてコースト入りしたのだとすれば、チャンピオンらしいやり方じゃないね。」 ( 1.14.2003 )

    コースト入りをはWeb上で発表したウルリッヒ。自分のHP http://www.janullrich.de/の中で、コーストの幹部に対する満足感を示した上で、「コーストは今回UCIの正式登録をクリアし、DIV1として認められた。しかも、Div1においては、5番目というランキングに位置している。これから契約条件など詳細を詰められ次第、今週中にも契約書に正式調印する予定だ。新しいチーム加入を心待ちにしているよ。」と述べた。

    ちょっと気になったのが、ウルリッヒが、「コーストは、来年Div1として認められた」、と言っている点。「来年」ではなく、「今年」と言うべきところなのに。。。つまり、ウルリッヒにとって、まだ今シーズンが始まっていない、つまり、まだ完全に始動体制にはなりきれていない、そんな印象を受けた。

    一方で、ウルリッヒのコースト入りに対する、アームストロングの談話が入ってきた。彼らしいコメントという感じがした。
    「これ(コースト入り決定)は彼(ウルリッヒ)の問題さ。でも、ロード復帰するための手立てとして、これが最良の選択とは思えない。お金に惹かれてコースト入りしたのだとすれば、チャンピオンらしいやり方じゃないね。もしも僕が彼の立場だったら、唯一の選択はリースのいるCSCに移籍することだと考える。例え(CSCが資金を集めるためのスポンサーを見つけられず)1年間無給で走ることになったとしても、彼はCSCで走るべきだった。」(フランスの新聞フィガロ紙より)


  • 速報 : ウルリッヒ コースト入り ( 1.13.2002 )

    やはり、先日のスペインの一部の報道は正しかったようだ。正式にウルリッヒがコースト入りをWeb上で表明したぞ。

  • デニス ザネッティ突然死続報 その3)過去のヘマトクリット値と死亡の因果関係を調査中 ( 1.13.2002 )

    10日に急死したデニス ザネッティ(11日付け「速報 コーストDIV1入り」の欄にて ニュース掲載済み)。現役選手であり、特に思い当たる病歴もなかったことから、彼の突然の死は、あちこちにショックを与えている。

    死因は、ほぼ心臓発作と思われているが、現在 検死解剖で原因特定を急いでいる。同時に、毒物検査も行い、ドーピングとの因果関係がないかどうかも確認する。2001年ジロの最中警官の一斉検挙に引っかかった選手のリストの中に、ザネッティも含まれていたからだ。(カフェインの錠剤の所持による。)更に、彼の血液中のヘマトクリットの値は、過去徐々に上昇した形跡が見られ、94年7月28日に42.1%だった値が、95年5月26日には44.5%、そして、95年6月14日には50.1%にまで上昇した記録が残っている。

    司法当局は、FASのチーム監督フェレッティ氏とチームドクターのコルセッティ氏に対し、出頭要請した模様。コルセッティ氏は、「ザネッティは、今まで心臓に問題はなく、ドーピング検査も今までパスしている」、と話している。

    その間、イタリア自転車連盟からザネッティの家族(妻と子供2人 : 一人は5歳で、もう一人は まだ9ヶ月)に対し、50,000ユーロの義捐金が送られた。一部の関係者の中には、自転車選手のうち、50歳未満で亡くなる選手が結構いるという点を指摘し、薬物摂取と早死にの因果関係を問う人もいる。

    突然死イコール ドーピングというのは余りに短絡的で、仏様には気の毒に思うが、確かに死因が特定されていないため、憶測が憶測を呼んでいるようだ。歯科医に行くまではぴんぴんしており、更に歯科医でも麻酔などの処置はしておらず 歯垢のクリーニングしかしていないため、彼が突然会計の際に倒れた原因が何であったのか、司法解剖の結果が待たれる。


  • パンターニ、アイトール ゴンザレス、ステファン ウーロ ( 1.13.2002 )

    パンターニ)先週火曜日からマヨルカでトレーニングを開始したパンターニ。一緒にトレーニングに参加したのは、フォンタネッリ、コンティ、そしてマドリッド出身のクラベロの3人だ。しかし、マヨルカに飛んだ記者たちは、パンターニの見分けが一瞬つかなかったという。今までたくわえていた髭をそり、更に10日前に鼻中隔バイパス手術で鼻の形が変わって、人相が変わっていた。今日1月13日は、そんなパンターニの誕生日。33歳になった。髭をそったのも決意の表れだろうと、ゼロからの出発をめざし、復活に賭ける彼の意気込みをマスコミも注目している。

    ゴンザレス)お騒がせのゴンザレス、まだ騒動は鎮火していない。去年一旦契約しかけたドミナ ヴァカンツェチームとの間で、契約違反があったとして、ヴァカンツェのマネージャー、サントーニ氏から弾劾されている。一方ゴンザレスは、「誰がなんと言おうと僕はFASで走る。契約違反はヴァカンツェの方。どうしても、僕のFAS入りを阻止したいのなら、僕は法廷で争うつもりだ。」と強気だ。こんなこともあって、正式にUCIからFAS入りの登録手続きが遅れていたゴンザレスだが、既にFASのジャージを着て、カメラの前でポーズをとり、本人は、FASの選手であることを既成事実として印象づけた。

    ウーロ)ツールドフランス96で3日間マイヨージョーヌを着たこともあるステファンウーロ。マイヨージョーヌを着ながら、膝のトラブルかなにかでリタイヤしたと記憶しているが、あの時の残念そうな涙が忘れられない。96年は、フランスチャンピオンにもなって、注目を浴びたのだった。31歳の彼は、今年ビッグマットがDiv2に降格したのと同時に、引退することを決意した。昨年9月10日に、既に引退を考えていることを口にしたウーロだが、その時の言葉が非常に印象的だった。

    「(ウーロの給与はビッグマットのレベルからすると、相当な高額な給与であることから)、もしも僕がチームから身を引くことで、その分(のサラリーが複数の選手に行き渡り)若い選手が頭角を現すチャンスをもてるのであれば、僕はそれを受け入れるべきだと思う。」
    彼は、妻と一緒に日焼けサロンをオープンさせ、第二の人へと向かって漕ぎ始めた。


  • 速報 コーストDIV1入り ( 1.11.2003 )

    スペインの一部のスポーツ紙が伝えたところによると、10日のUCIの決議により、コーストは、晴れてDiv1として認定されたとのこと。チームは給与未払い問題で、相当身辺騒がしいものの、それらの要因は、この決定に影響は与えなかったとされている。但し、11日朝の時点でメジャーなWebサイトがこのニュースを伝えていないので、ニュースに入れようか迷ったけれど、コーストは今年のワールドカップ出場権を得た模様なので、多分コーストのDIV1入りニュースは 間違いないだろう。

    他にもサスペンションになっていたチーム(チッポリーニのDヴァカンツァなど)があるけど、それらのチームのDiv1入りについては不明。しかし、Dヴァカンツァも今年のワールドカップ出場権を獲得したので、DIV1入りは決定したものと思われる。

    ちなみに昨日、UCIが 発表した 今年のワールドカップ出場権のあるチーム18チームは以下の通り。COF、COA、CSC、FAS、ゲロルシュタイナー、LOT-DOM、RAB、USP、アレッシオ、ONC、BAN、KEL、Dヴァカンツァ、LAM、フォナック、SAE、シデルメック、TEL

    なお、今日はその他、FASの現役ライダーデニス ザネッティ急死のニュースが入ってきてショックを受けた。歯科医で歯のクリーニングをして、会計の際に倒れたそうだが、歯科医では麻酔は使用しておらず、心臓発作の可能性もある。病院にすぐ搬送されたが、まもなく亡くなったらしい。まだ32歳だ。フェレッティ監督は、非常に控えめでやさしい選手だった、非常にショックだ、と語った。また、フランスのビッグマットのステファンウーロが引退表明、といったニュースも入っている。


  • ニュースサマリ ( 1.11.2003 )

    昨年の世界選手権の時、虹色のスペシャライズドのバイクに乗っていたチッポリーニ。「あそこまで勝つ気を披露して勝てなかったらどうするんだろう」、なんていう心配をよそに 堂々の優勝だった。
    http://www.cyclingnews.com/photos/2002/oct02/worlds/?id=emr/MS3

    今年はドミナヴァカンツァというチームで走るチッポリーニだが、コースト同様、このチームは1月9日の時点でまだ正式にDiv1チームとは認められていない。10日の審議を待つことになっている。ところで、ミナヴァカンツァのバイクは、スペシャライズドW-Work E5。新しいフレームはチッポリーニのコメントなどを反映して開発された。

    また、バイクのみならず、装備一式スペシャライズドで固める。S1ヘルメット、チッポリーニ仕様で作製されているロード用タイヤも、ボディジェオメトリーのグローブ、サドル、サイクルコンピューター、ボトル、ケージ。また、チッポリーニと一部の選ばれた選手には、やはりスペシャライズドのボディジェオメトリーシューズも支給される。

    それから怪我のニュース。既にご存知のとおり、ミケレ バルトリが骨盤骨折してしまったそうだ。トレーニング中の怪我だったように記憶している。また、去年怪我に泣いたデッケル(RAB)は(ミラノ サンレモで落車して左の大腿骨骨折をした)、今年こそ心機一転、と思った矢先、新年早々ついていない。1月1日に宿泊先のスペインのホテルで、ドアに膝を叩きつけて負傷したということだ。怪我の程度はさだかでないが、あちこちで記事になっているので、かすり傷というわけではないのだろう。


  • クイックステップ始動 : ヴィランク「アテネ五輪まで引退しない」、ボドロギに対する監督命令は、「ツール2003プロローグで1位になれ」 ( 1.10.2003 )

    クイックステップは、去年末から非常に意欲的に活動している感じ。そもそもHPが去年中に立ち上がり、毎日ニュースレターが配布されてくる。ニュースもオランダ語、英語、スペイン語、フランス語、そして一部イタリア語もある。このたび 正式なチームプレゼンテーションが行われ、各選手抱負を語った。

    ヴィランク:「僕は2004年のアテネ五輪で勝ちたいという目標があるんだ。もし出場できれば3回目となる五輪だ。もしも五輪後も選手として続けたとしたら、それはおまけのボーナスのようなもの。 ジャラベールが昨年10月引退した時は、もうすぐ僕の番だ、と思いに耽った。でも、今いい感じだから、すぐに止めるつもりはない。」

    チームには主力選手がそろう。世界選手権優勝者ベッティーニ、USPから移籍したパリルーベ2002で3位だったボーネン、パリルーベ3回優勝のムセーウ、99年LBL優勝のVDB。そして、ツール2002でも実力を見せつけたTTの得意なボドロギ。ボドロギいわく、「フェーブル監督から指示されているのは、ツール2003年でプロローグに勝てということ。監督を失望させないように頑張るよ。」

    それにしても、cyclingnewsに出ていたチームの年間消費量のリストアップを見て驚いた。食関連では、年間消費量で、オリーブオイル 400リットル、パルメザンチーズ100kg、パスタ1000kg、衣服関連では、キャップ7000個、グローブ400個、ソックス400足、レースショーツ300着、シャツ450着、ドリンクボトルは15000個だとか。


  • ツールドフランス 2004に関する新着情報 ( 1.10.2002 )

    昨年の12月20日にツール主催者側が正式発表したところによると、ツールドフランス2004のオープニングはベルギーのワロン州で開催することが正式決定した。ワロン州の首都はナミュールで、フランス語圏。要塞が有名な観光地だ。ナミュール自体は ブリュッセルからは60キロ程度で、電車の便もある。州側と主催者ASOの調印は、そのナミュールのテアトルロワヤルで行われた。

    2004年ツールに関するASOの正式発表の内容は下記の通り。
    7月3日:プロローグ(リエージュにて)
    7月4日:第1ステージ(リエージュからシャルルロワ)
    7月5日:第2ステージ(シャルルロワからナミュール)

    なお、翌日の6日の第3ステージはWaterlooからフランスに向かう、となっていて、一瞬、ロンドンのあのウォータールー(ユーロスターの英国側の始発駅)かと思ってびっくりした。ベルギーから英国に行ってまたフランスに移動日なしで行けるはずはない、と思ってよく考えたら、ベルギーのウォーテルローのことらしい。そう、歴史の時間に習った、あのナポレオンが敗れ去ったことで知られる古戦場のウォーテルローですね。


  • ウルリッヒがコーストと正式調印と書いてある。。。 ( 1.9.2003 )

    スペインのスポーツ新聞に、大きく「ウルリッヒがコーストのメンバーとして正式に迎えいれられた」と書いてあるではないか。17日にドイツのエッセンで行われるコーストのチームプレゼンテーションにもウルリッヒがチーム25人目のメンバーとして出席すると。近日中にエッセンにあるコーストの本部を尋ねるフェルナンデス監督も、コースト幹部に正式にウルリッヒ入団の報告をする予定、なんてまことしやかに書いてある。この報道はごく一部のメディアだけが伝える情報なので、真偽のほどは?のままにしておきましょう。新情報が出てきたら、またここの欄にニュースをポスティングしておきます。

  • ウルリッヒがコーストのメンバー表に載っているわけ ( 1.9.2003 )

    cyclingnewsのサイトの2003年チームメンバー表を見てみると、ウルリッヒがコーストのリストに選手として掲載されている。ちょっと気が早いのでは?先日CSCのリースさえもがウルリッヒ獲得に匙を投げた報道を受け、俄然コーストが有力チームに浮上した。しかし、コーストがDiv1チームとして認められなければウルリッヒのコースト入りはあり得ない。Div1に入れるかどうかの判定は、今のところの予定では、一応今月10日。しかし、未だに元チームメンバーの給与未払い問題でしっくり行かないコースト。

    ジャネッティ、ミカエルセン、ホイのうち、ホイは1ヶ月ごとにサラリーを貰う契約をしていたにもかかわらず、昨年5月で給与がストップしたまま。しかもその給与未払い問題については、元選手で現在チーム幹部のマルセル ビュストが説明する理由が曖昧だ。ホイがドイツ国内で支払うべき住民税をホイが払っていないため、給与が凍結されている、と理由を述べているが、ホイ自身はルクセンブルク在住で、ドイツでの税の適用を本当に受けるのかどうかは疑問がある。ジャネッティとミカエルセンの未払いについては、チームとの契約条件を満たしていないため、という理由のようだが、ジャネッティは法廷にこの問題を持ち込むと言っている。

    実際、ホイに対する給与未払いは違反ではないか、という声があがっており、そういう判定が下された場合、コーストのDiv1承認も吹っ飛ぶ可能性すらある。既にホイは、Faktというチームに移籍し、ミカエルセンはCSCへの移籍を決めている。(ジャネッティは引退。)昨年12月18日の期限に間に合わず、Div1承認が取れなかったコーストは、この新たな1月10日という期限を遵守できないと、まずいことになる。

    給与未払い問題の3選手の合計給与額は、ウルリッヒの3年契約の契約金よりも当然 格段に低いわけで、3選手の給与でごたごたしているのに、ウルリッヒへの高額な給与が本当に100%支払われるのか、少々不安を禁じえない。ツール山岳ステージでウルリッヒのアシストとして大活躍するベルトランを想像すると、ウルリッヒのコースト入りは楽しみではあるけど(?)、ウルリッヒ自身は本当にコーストに行くことを望んでいるのか?単に他に行くところがない、というぎりぎりの状況に追いやられてはいないか?

    そもそもウルリッヒは、リースがいるからテレコムを出てCSC入りに傾いたのではないだろうか?CSC入りが難しくなった今、テレコムを出た選択が正しかったのかどうか、彼は今、自分自身に問い掛けたりしてはいないだろうか?


  • ツールドフランス、いよいよアメリカ大陸へ渡る??? ( 1.8.2002 )

    カナダのケベックシティは2008年に生誕400周年を迎える。1608年、ケベック開拓の父であるシャンプレインが到来してから400年にあたるのだ。もともとこの地が最初にヨーロッパ人と接触したのは、フランスの探険家ジャック・カルチエが この地を訪れた1534年に遡る。その後フランスと英国の植民抗争が展開し、1759年、ケベック シティは英国軍に降伏し、英国の植民地となった。しかし、1774年、英国はケベック法によってフランスの民法を公認して、フランス語の使用を公式に認めた。 で、いきなりこの話をしたのには訳がある。実はこの400年記念にあわせて、2008年ツールをカナダのケベックで行おうという構想があるのだ。

    このフランスとゆかりの深いケベックの現市長ジャンポール ラリエ氏は、400年の記念行事の目玉として、今までヨーロッパの外から出たことがないツールをアメリカ大陸にひっぱってきて、ケベックで開催したいともくろんでいるのだ。既に市長側からこの企画はツール組織委員に申し入れられている。さらには、ビジネスマンでサイクリストのガルノー氏が、来月パリに赴き、ソシエテのルブラン氏と会談する予定である。その席上で、ツールが真剣にケベック開催を考えるのか、或いは可能性がないのかどうか、ソシエテの真意をはかるとしている。


  • オスカー フレイレ: 1月6日のキリスト公現日に誓ったこと ( 1.8.2003 )

    美術館に宗教画などを見に行くと、様々な画家が同じモチーフをテーマに絵を描いていることがある。キリスト磔刑の絵、矢の刺さったサンセバスチャンの絵(面白いことに描く画家によって、刺さっている矢の数が違う)、マグダラのマリアの絵(イエスの母マリア様でなく、イエスによって許された罪を負った女性の絵)、そして東方三博士の絵などだ。そして、1月6日というのは、この東方三博士の日(三聖人の日=三賢人の日=キリスト公現日)にあたり、スペインではこの日をDia de los Reyes Magosと呼んで、人々は願い事をしたり、プレゼントをもらうのを楽しみにしている。丁度、日本でも子供達が両親のサンタさんからのクリスマスプレゼントを待ち望むような感じ。スペインではこのキリスト公現日は 一大イベント。TVEのニュースでもこの日の特集をしていて、いかにスペインの人々(主に子供達)が欲しいプレゼントを手にしたかを放送した。この特別な日に、スペイン人のオスカー フレイレも、もちろん願い事をした。

    ― 今年のキリスト公現日には、どんな願い事をしたの?
    「何よりも、(持病の腰の)怪我を治してツールの遠征に耐えられるようにしたい。昨年はツールでは怪我のため、とにかく難渋した。特に勝機のある第1週に調子を崩してどうにもままならなかった。それから、キリスト公現日に誓った ぜひとも奪取したい今年の1勝は、もちろん世界選手権。このレースで勝てば、それまでのどんな(ネガティブなことも)全て忘れられるんだ。」

    ― 去年ゾルダーで、僅かゴール2キロ手前での車輪破損がなければ勝てたかもしれないよね?
    「実は今でも、あのトラブルがなければ勝っていたんじゃないか、なんて思ったりするんだ。あの時僕は自信満々だったし、絶好調だった。どうぜスプリントでチッポリーニには勝てなかっただろう、と多くの人には言われたけどね。でも僕は、既に世界選手権では1勝どころか2勝しているんだよ。いずれにしても、もしスプリントに加わっていたら、メダルは間違いなかったと思うんだ。」

    ― マペイと比べてラボバンクはどお?
    「最高のチームを選んだと思うよ。マペイではとにかく みんなで相当数のレースに勝ってきた。選りすぐりの選手がいたからね。でも同時に、(これだけの選手をそろえながら)相当多くのレースで負けてきたことも確か。大所帯のチームにあって、自分の仕事をきっちりしない選手も出てくるからさ。ラボバンクはそれに比べ、みんなが一生懸命自分の任務をこなしているという感じ。成績も素晴らしいと思うよ。」

    ― ラボバンクでのトレーニング初めはどうだった?
    「4時間走って、結構疲れたね。家でも自主トレをしてたんだけど、チームで走った今日は、スピードが速かったんだ。それから、(英語の)単語を覚えないと。チームでスペイン人は僕ひとりだからね。」(ちなみに、フレイレは、マペイの時の同僚オリヨを一緒に連れてきたかったが、叶わなかった。オリヨはフレイレのアシストとして信頼できる選手だったし、何よりも チームにスペイン語が通じる仲間がほしかった。)

    そしれ、初めてチームメートたちと食事をした時、フレイレはただ黙ってみんなの顔を見つめているしかなかった。「食事の際、みんなが英語を話すと期待していたんだけど、仲間同士ではオランダ語を話すんだよね。」マペイ時代、フレイレはイタリア語もできなかったけど、それでもスタッフやチームメートにスペイン人がいたので不便はなかった。どうやら今回は、少々勝手が違うみたいだ。


  • CSCはウルリッヒ獲得に関してやや慎重 ( 1.7.2002 )

    最近、ウルリッヒの新チームに関する情報がcyclingnewsで盛んに報道されているが、実のところ これといって決定的な報道はない。特にコーストがウルリッヒに3年契約で破格の10億円程度のオファーをしたというストーリーが新年早々載っていたけど、どう考えてもにわかには信じがたい。だって、まだコーストは、一部の選手に対して給与未払い問題を抱えたままなのだ。しかも、折角 昨年実績的にはDiv1として公認されるチームでありながら、UCIへの正式な登録手続きが未完了で、Div1として認められぬまま、コーストは宙ぶらりんで新年を迎えてしまった。

    確か記憶だと、Div1としてコーストが認められるためには、1月10日までに改めて所定の手続きがなされなければならないはず。こういったフォーマリティー(書類手続きなど)に関して、コーストは従来ややルーズなところが目立つ。ドイツの会社らしくないというか。。そんな状況でウルリッヒを高額な値段で獲得できるんだろうか、と首を傾げてしまうわけ。

    一方のCSCは、2003年で一応スポンサー契約が切れるせいもあり、今の段階で 複数年でのウルリッヒ獲得は有りえないとしている。CSCのスタンスは至って明確だ。彼らの生命線、いわゆるLine Of Businessは、あくまでもIT関連の本業であり、自転車チームのサポートはあくまでも二義的なこと。自分たちのできる範囲、払える範囲でしかウルリッヒを獲得する気は毛頭ない。つまり躍起になってウルリッヒ獲得をめざしてはいないのだ。ウルリッヒの要求額に手が届かなかった場合は、「無い袖は振れぬ」、と 単純に諦めるまでの話。リースだけは獲得に相当乗り気のようだけど。

    ウルリッヒはといえば、そうこうしている間にUSPからのオファーの噂が新聞記事になりもした。あえてその報道に対し、反論する羽目になったウルリッヒは ドイツのビルト紙の紙面上で、「アームストロングのアシストにだけは、絶対にならない!」と語った。そりゃそうでしょう。アームストロングのチームで走るウルリッヒなんて、誰も見たくはないでしょう。でも、ウルリッヒUSP入りか?なんていう記事が まことしやかに出てしまう昨今なのだ。

    これら一連の報道を読むにつけ、やっぱりウルリッヒのような選手が、いつまでも宙ぶらりんでいると、憶測、本音まじえて、まあ いろいろ書かれるわ、書かれるわ、という感じ。ファンの人たちとしては、早く「ウルリッヒ、xxチームでトレーニング始動」といった報道が読みたいでしょう。私もそういったニュースを早くお届けしたいものです。


  • トンコフ情報 ( 1.6.2002 )

    ベテラン、パヴェル トンコフは、2002年に在籍したランプレと契約更新しておらず、その去就が注目されているが、現在あのチーム マルルックス がトンコフ獲得を狙っているらしい。マルルックスといえば、引退したアンドレイ チミルがヘッド テクニカルスタッフとしてヘッドハンティングされており、また、元米国ナショナルチャンプのフレッド ロドリゲスや、ベルギーのブリュイラント、チェコのコネクニーといった有力選手を加入させ、最近とみに注目を集めている。2003年どんな活躍を見せてくれるか楽しみなチームの1つだ。

  • 続報 クレディリヨネの今後 ( 1.6.2003 )

    クレディアグリコルに吸収されることになったクレディリヨネ。ツールドフランスのスポンサーがどうなるのか、またジャージのトレードカラーの黄色がどうなってしまうのか、気になるところだが、先日クレディリヨネの元社長の記者会見が行われ、当面、(旧リヨネ銀行は、クレディアグリコルのロゴを使用するのではなく)クレディリヨネの看板をはずすことなく、そのまま店舗営業を続行すると発表。そして、CAのロゴとは別に、従来のあの黄色と紺のロゴも使用し続けると発表した。つまり、ツールにおいて、クレディリヨネのライオンのぬいぐるみや、トレードカラーの黄色が保持される可能性は消滅した訳ではないようだ。とはいっても、果たして彼らがツールのスポンサーを続行するのかどうか、また、アグリコルと別扱いでツール運営に協力をしていくのかどうかはさだかではない。

  • モンカッサン今年のダカール出場は。。+ パリダカはツールに似ている ( 1.4.2002 )

    お正月に始まった自動車やオートバイのラリー、パリ ダカール。名前はパリ ダカールだけど、今年も、パリや、セネガルのダカールには行かないコースのようだ。今年のコース発表をチェックしてみたけれど、使用されている用語など、ツールに似ていて面白い。今年の概要は下記の通り。

    前17ステージ、8552キロを走破、通過は5カ国
    内訳:合計3ステージがヨーロッパ(フランスとスペインの2カ国)を舞台に展開し、3ステージがチュニジア、5ステージがリビヤ!、6ステージがエジプトで行われる。
    休息日は1日、最長ステージは828キロ、最短は56キロ
    また、GPSなしで走るステージが2ステージ設けられているらしい!!!
    ただ走るだけではないんだね。

    第1ステージはマルセーユからナルボンヌ、第2ステージはナルボンヌからカスティリヨン(スペイン)、第3ステージは、カスティリヨンからバレンシア。1月4日に船でチュニスまで移動して、5日から本格的なアフリカでの戦いになるという。

    ところで、2001、2002年とパリダカールのモト(バイク)部門に出場してきた元CAチームの自転車選手、フレデリック モンカッサンは、今年のパリ ダカールには出場していない模様。2001、2002年夏に彼に会ったとき、パリダカには出たいがお金がかかるのでわからない、と資金面での苦労を語っていたが、理由はそちらの問題なのだろうか?2001年の出場の際、2週間近く走ったものの、最後は棄権した。コース中、メカトラの嵐で大変だったと言っていた。いかに過酷なレースであるかが伺える。

    ほんの何日か走ってバイクが大破して棄権してしまうと、あっという間に つぎ込んだ大金が宙に舞ってしまうわけで、完走することが、スポンサー的にも重要となる。だから、2002年のパリダカスタート地点では、モンカッサンは、「なんとしても、今回は完走したい。体調はいいし、パリダカは僕にとって優しいレースになることを望む」、と言っていた。そして、BMWのバイクを支給してもらい、満を持してパリダカに出場したモンカッサンだったが、確か弟8ステージあたりでバイクが壊れて棄権した。完走できず、誠に残念だった。

    自転車選手として現役で走っていた頃から、ずっとパリダカに出たいと思っていたモンカッサン。チームの許しが出ず、出場できなかったが、引退して、やっとその夢が叶った。でも、ツールで着たマイヨージョーヌ、つまりトップ選手となるという夢を、パリダカで実現することはできなかった。彼が今後もパリダカにトライすることがあるかどうか、また彼に会って話を聞いてみたいものだ。


  • レキップ紙が選出した優秀アスリート:アームストロングは9位 - 評価が低いのでは? ( 1.3.2003 )

    フランスのスポーツ新聞レキップ紙が選んだ2002年最優秀アスリートに、F1のミヒャエルシューマッハーが選出された。下記の順位を見てびっくり。アームストロングはかろうじて9位に入っているだけ。レキップといえばツールドフランスをバックアップする類の新聞。そのレキップのツール4連勝のアームストロングに対する評価が低いとは。レキップ紙とアームストロングの確執が噂されていたが、この順位にもそれが結構反映されているのだろうか?ツールドフランスのお膝元フランスで、ツール4連勝のヒーロー、アームストロングの評価が余り高くないのはちょっと残念。

    投票結果を見てみると、上位選手には、ソルトレーク冬季五輪で活躍した選手を含むせいか、バイアスロンの選手など、日本では印象がやや薄い選手も含まれている。

    レキップが選んだ 2002年優秀アスリート投票結果>>
    1.シューマッハー(144point)、2.ヤニツァ コステリッツ(冬季五輪の女子アルペンで金メダル3つを含む4メダルを獲得した あのクロアチアの選手 117P)、3.ロベルト カルロス(サッカー 85P)、4.ティム モントゴメリー(アスリート 84P)、5.オーレアイナル ビョルンダーレン(冬季五輪 男子バイアスロン4冠のノルウェー選手 69P)、6.ロナウド(サッカー 65P)、7.エレン マッカーサー(ヨット 60P)、8.セリーナ ウィリアムス(テニス 57P)、9.Lアームストロング(自転車 57P)、10. Dボディロガ(バスケット 49P)

    レキップが選んだ 過去の最優秀選手はさすがに大物そろい>>
    1983年 カール ルイス、84年 カール ルイス、85年 セルゲイ ブブカ、86年 マラドーナ、87年 ベン ジョンソン、88年 フロレンス ジョイナー、89年 グレッグ レモン、90年 アイルトン セナ、91年 カール ルイス、92年 マイケル ジョンソン、93年 N モルチェッリ、94年 ロマリオ、95年 ジョナサン エドワーズ(三段跳び)、96年 マイケル ジョンソン、97年 98年 ジダン、99年 アンドレ アガシ、2000年 タイガー ウッズ、2001年 ミヒャエル シューマッハー


  • フランスチームの動向 ( 1.3.2003 )

    フランスの主なチームの今後の予定をご紹介。
    1. チームプレゼンテーションの日程、2.2003年 最初のレース
    TDUはオーストラリアのツアーダウンアンダー(1月21-26日)、TDQはカタールツアー(1月31−2月4日)

    CA:1.1月10日(パリ)、2.TDU
    AG2R:1.1月中、2.TDU
    BLB(ブリオッシュ ラ ブーランジェ):1.12月16日、2.TDQ
    COF:1.1月10日(パリ)、2.TDU
    FDJ:1.12月13日(パリ)、2.TDU
    JD(Jドゥラトゥール):1.1月末(アメリレバンにて)、2.GPウーヴェルチュールマルセーユ(2月4日)
    MBKオクトスサンカンタン:1.1月10日(サンカンタンにて)、2.TDU
    BIG:チームの将来性が不透明なため、最初のレース、チーム紹介など予定は立っておらず。


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