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特ダネ・ニュース 2003年7月の記録..
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  • ハビエル オチョアがアテネのパラリンピっく目指してトレーニング開始。 ( 7.31.2003 )

    2000年のツール、オタカムのステージでアームストロングを破ってステージ優勝したハビエル オチョア(現在28歳)。2001年2月15日の事故で自転車選手生命は絶たれたかと思われたが、パラリンピックの自転車競技に出場することを現在目標に、トレーニングに励んでいる。

    「アテネのパラリンピックで金メダルを取ることを目指して、今頑張っているんだ。パラリンピックの自転車競技のレベルはよくわからない。難しいだろうけど、最大限頑張りたい。」

    彼は、5月から自転車のトレーニングを開始し、身障者用の自転車レースに出場するようになった。6月にはカンタブリア地方で行なわれたレースで2位に入った。しかしそのときの優勝者というのがヨーロッパチャンピオンと世界チャンピオンを制覇したことのあるモーリス選手だったので、オチョアの2位とうのは大いに今後に期待がかかる。

    「まさか、あのレースにモーリスが出るとは思わなかった。あの時僕はトレーニングを開始してまだ間もなかった。毎日20キロ程度しか走っていなかったんだ。でも、6月のレースに出て以来、やる気が出てきた。今では70から80キロ走ってるよ。ヨーロッパチャンピオンシップに向けて、準備をしている。そして、アテネ五輪パラリンピック出場選手に選出されるよう、頑張るよ。」

    事故の後遺症で、トレーニングをすると骨と背中にまだ痛みが残り、そのために、時々バランス感覚を失うことがある。それでもハビエルは、今、人生の新しい目標に向かって漕ぎ出した。


  • ツール回想 USP ( 7.31.2003 )

    今回、アームストロングのストイックな姿勢を痛感した。先日ヒンカピーと話していた時のこと。ツール生レポートにも書いたけれど、彼がカレーエピソードを話してくれた。

    USPはシェフのウィリーというお抱えコックを連れてきていて、彼のカレーは世界一おいしいのだそうだ。でも、前の晩にウィリーがカレーを作ったら、ランスがヒンカピーに、「カレーはなるべく食べるな」と釘を刺したという。香辛料が入っていて、お腹をこわしたりする恐れがあるせいだろう。機材とか天候などといったレースにバイタルな点に気を配るだけでなく、アシストたちが口にするものにまで 神経をとがらせるランスの姿勢がそこにある。ツールに勝つために考えられること全てに配慮する。これは、ベルトランのコメントからも感じられる。「もっとみんなの前に出て、僕らみたいにおしゃべりできればいいのに。ランスは僕らみたいにレース後、ちょっとホテルの庭でくつろいで、、、といったことも絶対にしない。立場上仕方ないけど」、と。ランスのボディーガードですら、こういう時は我々と一緒にくつろいで、にこにこ話しているのに、ランスはあくまでもストイック。

    一方で対照的で面白いのがヒンカピーの態度。ランスの片腕として 気心がしれているせいもあるだろうが、肩の力が抜けている。ツールの最中3週間、緊張しっぱなしで ランスの言うこと全てに神経をとがらせるというわけではないらしい。「ランスには忠告されたけど、無視して思いっきり、たらふくカレーを食ってやったよ。そしたら、もう絶好調だったぜ。今日のレースも、快調だったのなんのって。」と豪快に笑った。このカレーエピソード、それぞれの個性がよく現れている、そう思った。


  • イバン マヨ獲得に6チームが名乗り:「第二のフィーゴにならないでほしい。」 ( 7.30.2003 )

    去年のツールでは、全然目立っていなかったイバン マヨだが、今年になって大ブレーク。まあ、やっと この日がきたかという感じ。アームストロングでさえ、ツール開幕前から、マヨの強さを認める発言をしてきた。彼の今季のレースでの活躍に、他のチームが黙っているわけがない。現在クイックステップ、フォナック、ラボバンク、コフィディス、サエコ、ドミナヴァカンツェが彼の獲得に食指を動かし、そしてもちろん、エウスカルテルも、ひきとめに乗り出すのは必至。

    現在彼の年俸は2500万円近辺。それが、一気に3倍程度には上昇すると見られる。更に、彼の周りでは、億単位のお金が動くのは必至だろう。これは、マヨ獲得の金額以外に、彼の代理人を始め、彼を取り巻くスタッフを丸抱えする可能性が大きいからだ。

    しかし、スペインの新聞各紙の見方は厳しい。エウスカルテルといえば、スペインバスクの選手とっては誇りのチーム。バスク、ビスカヤ県出身のマヨがエウスカルテルのジャージを脱ぐということは、バスク人の誇りを捨てることになる。彼は祖国を取るのか、或いはペセテロ(金の亡者 :注*)になってしまうのか、地元は注目している。

    注*)ペセテロ(多分、以前のスペイン通貨ペセタから来ている言葉だろう)という言葉が頻繁に使われたのは、記憶に新しいところでは、サッカー選手のフィーゴのケース。巨額の移籍金で、よりによってFCバルセロナからライバルのレアルに移籍した。バルセロナで行われた最初のレアルVSバルセロナ戦で、彼は「ペセテロ、フィーゴ = 金の亡者フィーゴ」という大弾幕で迎えられた。(ついでに、彼が経営する日本料理店も襲撃された。)マヨには「ペセテロ」になって欲しくない、そんな地元の声が聞こえる。


  • ランスの奥さんが良妻賢母宣言: アームストロング家族模様最新版 ( 7.29.2003 )

    ランスのHPに奥さんキークのインタビューが掲載されてましたね。下記のアドレスでフルインタビューが見られますので、まずは英語でどうぞ。途中で疲れた方のために、フル翻訳を下記に掲載しておきます。ご参考まで。(ついでながら、25日付けのUSA Todayには、彼女が記事を寄せています。彼女、執筆業も時々やるのです。)

    http://www.lancearmstrong.com/lance/online2.nsf/htmltdf03/kristin

    ― まず、ずばり単刀直入に行きましょう。みんなが知りたがっていること。家族の状況はどおなの?君とランス、ランスと子供たち、そしてランスとペットの猫と犬。。

    KA「まず、犬と猫は元気よ。子供達も大きくなって。自我が芽生えるにしたがって、日々ますます楽しく、かわいらしくなっていくわ。ランスと私だけど、、あんまり私たちのことはしゃべりたくないな。以前にまして、私にとってプライバシーを守ることは、重要になってきているの。でも私は今ここにいて、つまり順調である証よ。」

    ― ツールの最中ランスとは会話をかわしてる?君と子供達は、レース中彼を訪問する予定は?

    KA「毎日しゃべっているわ。でも子供と私はレースには一緒に行っていない。TVでフォローしてるだけ。先週休息日にはみんなで会いに行って、それは楽しかった。」

    ― 子供達は元気?ルークは10月で4歳、双子の女の子たちは11月で2歳だよね?
    「そうよ。時のたつのはあっという間。」

    ― 君は、クリスティンのコーナーというコラムでランスの公式HPとランスの癌撲滅基金のHPに貢献してきたけど、最近ストップしてしまったね。
    「これもプライバシーの問題が発端よ。タブロイド紙が、私のコラムの中に書かれていることの中から都合のいい箇所だけをうまくつなぎあわせて、Web上で作り話をでっちあげるのよ。これではクリスティンのコーナーも台無しよ。もう家族のことをこういう場で語るのは止めにしたの。」

    ― ランスはドーフィネでひどくクラッシュしたけど、旦那さんがあんなひどく転倒するのを観るのはどお?
    「見るに耐えられなかった。家に帰ってきて彼が元気でほっとしたけど。ツールでも冷や冷やしっぱなし。7月が早く終わらないかと待ち遠しいわ。」

    ― ランスは、このツール、今までとは違うアプローチをしている?いつものとおり、自身を感じるけど、更に「ツールのベテラン」といった気概を感じるんだけど。
    「そうでもないわ。いつもと同じ決意とプログラムでトレーニングしてるわよ。ツールで経験を積んでいるから、確かに気分的に楽かもしれないけど、でも同時に5連勝を目指すというのは、かなりプレッシャーがかかる、という側面もあるわね。」

    ― スペインでは何か目新しいことは?ジローナには、リトルアメリカといった感じのサイクリングコミュニティーがあるって聞いたけど。
    「スペインは楽しいわ。今年になって、奥さん連中で仲良くしてる。でも、ランスがトレーニング中はあちこち転々としていたから、今月になってやっと楽しさを噛み締められるようになった感じ。ルークと私はスペイン語を学んでいるところ。女の子たちも、「ありがとう」「バイバイ」「こんにちは」は言えし。かわいいわよ。」

    ― 子供3人を育てるだけじゃなくて、近いうち何かプロジェクトややりたいことはある?
    「ヨーロッパに発つ前にオースチンで報道局のインタビューの仕事をしてきたから、首尾よくいくことを祈っているわ。それから作詞活動と小説を書いたりもしてるけど、でも、先月は筆が止まってしまって。だから、今のところは棚上げ状態。9月には、また再開するつもりだけど。ファータイル ホープの活動は続けているわよ。(注:彼女はファータイル ホープと呼ばれる癌で不妊になった人たちを助ける団体の活動の幹部。)その他、冬にはリンゼイノア(FH基金の設立者)のイベントにも行くつもり。もちろん、フルタイムで妻と母の役目をするつもり。これが私にとって最優先の仕事だから。」


  • ジャラベール:「アームストロングが近づきやすくなった」アームストロング:「ガイヤックのTTで(ウルリッヒに遅れて)もう今年のツールはおしまいだと思った。」 ( 7.29.2003 )

    帰りの飛行機で手に入れたレキップ紙。ジャラベールのツール総括コメントはズバリ、「アームストロングは往年の力がやや衰えて、逆に親しみやすくなった」と。

    一方、アームストロングは共同記者会見で、「今回のツールで最悪のシーンは、ガイヤックの個人TT(最初の個人TT)の2番目の計測地点だった。ウルリッヒとのスプリットタイムを聞いて、ツールはこれで終わったとつぶやいた。あの時が一番の危機的状況だったね。」と。

    今年は猛暑だったり大雨だったり、天候的には選手たちにはハードだったことでしょう。観戦しているこちらですら、しんどかったぐらいですから。シャンゼリゼでレースが終わった時に場内アナウンスが高らかに、「走った全員の選手に暖かい拍手を!」と叫んでいたけど、本当にそういう気持ち。


  • 今だから明かすアームストロング秘話:あの時ランスのフレームはクラックしていた。 ( 7.28.2003 )

    リュズ アルディダンでステージ優勝し、総合優勝を手中に収めたアームストロング。しかし、その2日後、彼のボディーガードが、こんな話をしてくれた。

    「あの時ツールマレで観客の子供のサックの紐がハンドルにからまって、アームストロングは転倒したでしょう。実はその衝撃で、彼のバイクのフレームがクラックしてたんだよ。でも、彼はそのままツールマレを越えて、ゴールのリュズ ダルディダンの山をやっつけてトップでゴール。まさに神がかっているよね。」

    クラックしていた事実を、走っているランスが気づいていたのかどうか聞いたところ、
    「いや、もし知っていたら、あのまま彼は走ることはなかった。途中、どんな惨事になるかわからない、危険だからバイク交換は必至だったね。知らずに走って、あとでみんな冷や汗タラタラだったんだ。でもまさに、彼の執念で、ゴールまで持っていけたんじゃないかな。」


  • 現地生中継は。。 ( 7.17.2003 )

    17日夜便で日本を発ち フランス入りします。現地生中継は7月18日からの予定です。その間は、トクダネはお休みし、ニュース類は、全て生中継の頁で消化する予定です。

  • ホセバベロキ : あの時僕はアームストロングよりも余裕があったのに。。 ( 7.17.2003 )

    クラッシュで怪我を負ったベロキは、おととい13時に地元フォロンダ空港に到着。救急車でヌエストラセニョーラデラエスパレンサ病院に運ばれた。外科医が怪我の確認を行い、手術が行われた。ベロキは、痛みと戦うために鎮痛剤のモルヒネを投与され、「お腹がすいた」と話していたという。更に、「落車したことを、同僚達やファンのみんなに許しを乞いたい。」と語った。

    事故当時については、「後輪に何かがおきてブレーキをかけて、コントロールを失った。落車さえなければ、という思いはすごく強い。あの時アームストロングは力を出し切っていたのに対し、僕はまだまだ余裕があったんだ。」結果として、野心的になりすぎてああいう結果になったものの、あそこまで戦闘意欲を剥き出しにしたことについては、「全く後悔していない」と述べた。


  • それで、、 ( 7.15.2003 )

    それで、肝心のランスの離婚の噂のほうですが、どう考えても、それって、今年初めの離婚騒動のことだと思うのですが。2月か3月だったと思いますが、あの時は現地のタブロイド紙もこのネタに飛びついてましたよね。奥さんと子供が一緒にスペインの自宅に戻らず、そのまま離婚かと言われてました。これはランスが自身のHPでも当時肯定していました。今自分たちは危機にある、どこの家庭でもあるような そういう行き違いがあったということだ、みたいな内容で。(タブロイド紙のSTARは、彼に愛人ができたというまことしやかな記事まで載せて。とっても嘘くさかったけど。)

    でも、6月末に彼の復縁宣言インタビューを聞きました。やっぱり家族はいいな、みたいな。まあ、それ以降になにか再びあったのかどうか、確認してみます。(どうやって確認するか不明だけど。。とにかく気にしている人が多いみたいなので。。)


  • アームストロングのコカコーラのCM見てしまいました! ( 7.16.2003 )

    アームストロングの離婚の噂を気にする声が結構あったので、本人のHPに行ってみた所、彼がコークのCMに出ているという記事に惹かれ、ついそっちをサーフしてしまいました。ブロードバンドなら、アームストロングのCMが下記サイトでビデオで見られます。(「Shaved Legs」 のところにアームストロングのCMがあります。)アームストロングが、カーレーサーのトニーから脚を剃る効用を聞かれ、空気抵抗の問題じゃなく、剃ることによって皮膚の神経が刺激され、脳が刺激されアドレナリンが出るから早く走れるんだ、なんて言っている、一種のおちゃらけであります。アームストロングが演技しているよ。

    http://www.coca-colaracingfamily.com/cgi-bin/pages/interior.pl?page=./galleries/video_gallery.html

  • 佐藤琢磨選手も登場レタップ デュ トゥール ( 7.16.2003 )

    ヴェロマガジン主催のレタップ デュ トゥールは今年で10周年。8000人のライ
    ダーがエントリーした。フランス以外からは、イギリス1246人、スコットランド39人、アメリカ112人、日本34人、ドイツ36人、スペイン21人、スイス34人などなど。インドゥライン、オラーノがパーティーに参加し(少なくとも予定ではそうだった)、F1のアランプロスト、佐藤琢磨選手が参加する。昨日はジャジャも姿を現した。レースは本日16日にポーを出発する。


  • 100周年記念賞 現在トップは意外にも、ダミアン ナゾン。 ( 7.16.2003 )

    第10ステージはマルセーユのゴール。即ちリヨンに続き、例によって100周年の特別記念順位がカウントされる日だ。リヨンでトップに踊り出たのはペタッキだが、リタイヤしてしまったので、その時2位だったクックが繰り上げで、第10ステージスタート前、100周年記念順位のトップに立っていた。だから、この日の集団ゴールでのスプリントにも力が入ったわけだ。そして、この日、彼はプロトンの中でトップの10位でゴールした。

    では、現在100周年記念賞の中間順位トップはクックか?というとそうではない。なんと意外にもBLBのダミアンナゾンなのだ。一体どういうシステムなのか?

    システムはいたって単純。100年前のゴール地5箇所での順位を加算していき、数字が最も低い人が総合100周年記念賞を受賞する。あと残るは第11STのトゥールーズ、17STのボルドー、20STのパリだ。

    例えば、ナゾンはリヨンのステージで4位で、今回マルセーユで6位だったから、現在10ポイント。一方クックは、リヨンで2位で、マルセーユで10位だったから持ち点12ポイント。僅かにナゾンがリードしているわけだ。あと残る3ステージ。クックはグリーンジャージ狙いでスプリントで奮闘するだろうし、ナゾンは100周年特別賞狙いでくるだろう。

    2位のクックに続く現在3位はグィーディ(TBI)、4位グロムザー(SAE)、5位ヒュースホーウト(CA)となっている。やっぱりこの賞はフランス人にとって欲しいな。


  • アームストロング ( 7.16.2003 )

    アームストロングは離婚したのですか?というお問い合わせを複数頂きましたが、今年初め離婚の危機に直面したのは事実ですが、そのあと家族はスペインの自宅にツール前に合流し、やっと一家揃ったそうです。アームストロングも「子供に会えずに寂しかった」と言っていました。奥さんのキークは、「いろいろなことがいっぺんに起こりすぎて混乱していた。今は少し落ち着いた」、といったコメント出してました。これが単なるポーズで、実は紙の上では離婚していた、ということも考えられなくはないですが、今のところ離婚は回避された、というのが大方の情報筋の内容じゃないかと思うのですが。もし何かわかりましたら また後日。

  • ベロキ: 第3弾 ( 7.15.2003 )

    応援していたわけではないけど、ランスの好敵手として ベロキのリタイヤは、FASの選手の集団リタイヤ同様ショックだったので、もうひとつベロキの記事を入れます。

    新聞アスのフアンマヌエルゴンザレスのコラムより
    多分例年になく一番絶好調の状態でツール入りし、最高の走りが期待されたツール。しかし、そのツールが彼の夢を一瞬にして砕いた。病院に搬送され、彼は男泣きした。その間、骨折の状況が次々に明らかになっていく。マノロサイス監督も、涙を必死にこらえながら、彼を慰めようと試みる。ベロキはそれに応え、なんとか笑顔を見せようとする。しかし、体の中から激痛が走り、必死の笑顔も痛みに歪む。

    それは見晴らしのいいカーブだった。なんのことはない一見よくあるカーブだった。ただ、路面状況がいつもと違っていた。アスファルトが暑さでねばねばしていた。後輪にぴしっという衝撃を感じた。すぐに続いて前輪にも。タイヤのゴム部分が破裂したのだった。地面に叩きつけられるベロキ。そして骨折。今シーズンは絶望だろう。でもそれよりも最悪なことがある。アームストロングを叩きのめす、という大きな希望を持ってのぞんだツールに 彼は別れを告げなくてはならなくなってしまった。


  • 続報:「走り続けたい、走り続けたい」と言い続けたベロキ ( 7.15.2003 )

    こういう時はバスクの新聞。エルコレオから。

    TDF第9ステージでクラッシュした直後、ベロキは「走り続けたい、走り続けたい」と言い続けた。しかし肘は傷口がぱっくりと開き出血夥しい。更に足は完全に骨折していた。アシストのヤクシェとアセベドが心配そうに見ている。ベロキを引くために集まってきた。しかし、引いてゴールを目指せる状態ではないことを悟った。沈黙。限りない沈黙が闇のように選手、スタッフたちを包んだ。

    事故は、サイス監督がベロキに注意した直後に起こった。
    暑さでドロドロになっているタールの道に差し掛かって、サイス監督が無線でベロキに注意を促した。「カーブでは、先頭を切って突っ走るな」、と。しかし、このとき、ベロキは自分自身を見失っていた。勝つことしか頭に無かった。少なくとも、突然コントロールを失い、急激にブレーキをかける、この瞬間までは。アームストロングはとっさに脇をするりと抜け、ショートカットして再びゴールを目指していった。呆然自失のベロキが、疲れたまなざしをライバル達に向ける。眼差し以上に疲れきった心は抜け殻のようだ。

    もう終わりだ、そう悟った時、涙が溢れた。ジャージは涙をぬぐうハンカチと化す。ツールではいつも予期せぬことがおこる。ツールがベロキの手からこぼれていった。ギャップの総合病院へ救急車が彼を運んでいく。肘の怪我は手術が必要だ。上部大腿骨も骨折している。ツールは容赦ない。


  • アームストロング危機一髪とベロキまさかのリタイヤ ( 7,15.2003 )

    アームストロング、間一髪だった。TDF第9ステージ。ラスト5キロ程度というゴール間近のドラロシェットの下り。前を行くベロキがクラッシュした。ヴィノクロフを追っている最中の出来事だった。35度という気温でタールで舗装された路面が溶けていた。ベロキのタイヤがパンクし、バイクコントロールを失いクラッシュ。これでベロキは上部大腿骨骨折。右ひじ複雑骨折。右指の骨折に腰を数箇所打撲した。

    アームストロングはベロキの5m後方を走っていた。時速60キロのくだりでややもすれば巻き込まれるシーン。アームストロングは盛り土にまっすぐに突っ込み、難を逃れ、再びマヨ、ウルリッヒらのいるグループに追いついた。日頃シクロクロスやクロスカントリーで鍛えているのが役立ったか。アームストロングもこればかりは、今までのツールで一番ひやりとした場面だったと語った。

    「こんな場面では、生き残れる手段は自分の反射神経しかない。こういうことが起きた時、まず自答するのが、OK、それじゃあ、一体(事故回避するために)どこに不時着しよう?ということだ。右側にはいけなかったし、ベロキを轢くわけにはいかない。そう、左に行くしかないや、そしてフィールドに突っ込むんだ、ってね。で、そのままレース続行のためにできるだけ早くロードに戻ったよ。ダートを走りながら、まるで気分は濃厚作業中の農家の人って感じだったね。」
    (インタビューはcyclingnewsその他複数のサイトに同一のものが掲載されていたので、共同インタビューか、あるいはどこかのサイトが出したものをあちこちでコピーされているものらしい。)


  • イバン マヨ:「ゴールで愛想を振り撒いてタイムロスしたね」と言われて、「ほんの少しのタイムロスなんて関係ない。とにかく少しでも長い間 ゴールを楽しみたかったんだ。」 ( 7.14.2003 )

    いつものように、山岳の勝負どころにきて、総合順位が大幅に入れ替わった。ボテロはこの日147位の大崩で総合97位に沈む。シモーニも45位で、総合では47位でトップと20分以上差がついた。ガルゼッリは悪くは無かったが、パンチはなかった。トップから4.46秒遅れでUSPのアシストベルトランと同時ゴール。総合では4分44秒遅れの15位だ。ウルリッヒも3分36秒遅れてゴールし、13位。総合でも8位で2分10分アームストロングに遅れをとった。カセロもトップから31分41秒遅れの集団ゴールで、かつてフェスティナでリーダーをしていた頃の面影はなし。総合61位と低迷。

    また、イエロージャージのヴィランクは9分29秒遅れの35位。この日スタート前、イエローと赤白の山岳ジャージが半分ずつ描かれたジャージを着て、ファンの前に登場したヴィランク。レースの時には、さすがに罰金を避けてこれは脱いだが、結局、この日が終わって、彼は通常通り山岳ジャージにおさまった。

    一方で大躍進はイバンマヨ。総合タイムでアームストロングとの差は1分10秒。チームTTの結果が響いた。TTTがもう少し良かったら、、、とは思うが、もしもTTTでアームストロングとの差が余りなければ、アームストロングもマヨを行かせなかっただろう。とにかく山岳に入って、今年もスペイン勢が活躍。この日、1位、4位、5位、6位、9位とトップ10で5人がスペイン人。それにしても、ハミルトンがアームストロングと同着の7位というのはもうあっぱれとしか言いようがない。

    イバンマヨはツール2度目の出場。私のご贔屓選手なので、こちらで何度も紹介したので、重複は避けますが、とにかく98年アマ時代に大爆発。この日ステージ優勝を確信したラスト1、2キロあたりから、顔には笑みさえ浮かんだ。更にゴールでは、目一杯ゴールを楽しむかのように、手を広げたり、観客に愛想を振り撒いたり。これで少々タイムロスをしたんじゃない?という問いに、「そんなの関係ない。こんなこと滅多にないから、とにかくゴールをなるべく長い時間、楽しみたかったんだ。それに登りで苦しんだから、ここでスプリンターなんてできっこないし。」

    区間優勝はもちろん夢だった。でも、狙っていったわけではなかった。「調子が良かったのでちょっとずつ前に行ってみた。でも、アームストロングに勝てるかどうかはわからなかった」

    イバンマヨデータ:
    1977年8月19日イゴーレ(バスク)生まれ。身長176cm、体重68キロ。プロ4年目。今年はパイスバスコ、ドーフィネではアームストロングについで2位。アームストロングもマヨの底力に賛辞を贈った。


  • アームストロングがベルトランに苦言を呈した:「彼はまだチームのシステムがわかっていない」 ( 7.14.2003 )

    TDF第8ステージでイエロージャージに袖を通したアームストロング。だが、少々ご不満だ。
    「明らかにベルトランがラルプの登りで スピードを出しすぎた。彼はチームに来たばかりなので、チームのシステムがわかっていないせいだろう。テンポが速いのはいいが、度を越していた。このせいでルビエラがトラブった。今晩もう一度、チームの戦略を再確認し、こんなことが二度と起こらないようにしたい。」
    ベルトランはクライムのアシストとしてはベテラン中のベテラン。しかし、マペイやバネストでオラーノを引いていた時とは、少々勝手が違うようだ。


  • ファッサがリタイヤで3人になってしまった。 ( 7.13.2003 )

    現在行っているレース中継の内容を再掲>

    緊急速報ニュース>(日本時間13日 21:40) ファッサボルトロは、昨日ペタッキが山岳でリタイヤし、ヴェーロも熱でリタイヤしたが、新たに13日の第8ステージ、アイトール ゴンザレス、グストフ、モントゴメリーがすべて出走せず。あちこちの書かれている報道を見ると、ここ数日、ヴィールス性の症状に苦しんでいたという。一説には原因は食中毒ではないかという噂もあるが、あくまでも噂。詳しい状況は、明日には明らかになるでしょう。更に、ニコラ・ローダはスタートしたものの、38キロ地点最初の登りで喘ぎリタイヤ。これでファッサの選手は全員で3人になってしまった。


  • 活躍選手の裏で ( 7.13.2003 )

    TDF最初の山岳ステージ。がっかりした選手たちがいる。シモーニ、カセロ、ボテロ、アイトール ゴンザレスなどなどだ。アイトール ゴンザレスとカセロのヴエルタ優勝組みはトップから8分38秒遅れ。シモーニとボテロは10分21秒遅れ。ペタッキでチームは最高に盛り上がったFASだが、ペタッキがリタイヤで、更にアイトール ゴンザレスが今ひとつ。フェレッティ監督のあの笑顔も曇ってしまったのではないだろうか。

    ボテロは、「病気でもないし、調子が特に悪いということはない。ただ、脚が動かなかった。昨年モンヴァントゥーでも僕はこんな感じだった。ツールでは何日かはいつもこうした日があるものさ。」
    彼はさばさばしているが、テレコム幹部はこれをどう見ているか?どうもシーズン初めから、彼はテレコムの体質とはしっくり行っておらず、自己流を貫いている。成績を残せば自己流は評価され、残せなければ批判されることになる。

    更に、ライプハイマーとともにツール開始早々第1ステージのクラッシュでリタイヤしたマルク ロッツ(RAB)は、左目の下の骨を骨折し、顎の骨にも支障をきたした。先週木曜に手術が行われ、退院間近という情報。


  • ヴィランクは11年ぶりのマイヨージョーヌ --> 11年前は初出場での獲得だった。--> 山岳ジャージをオークションにかけてルワンダ救済の美談 ( 7.13.2003 )

    TDF第7ステージで優勝したヴィランク。彼はイエロージャージをこれまで時々着ていたように勘違いしそうだが、実は1992年、初出場のツールで着たのが最初で最後だった。そう、彼のお得意は水玉ジャージだったから。しかし、92年のときは、イエロージャージを着たものの、24時間後、ボルドーのステージで、チームメートのパスカル リノにジャージを譲ることになる。

    彼が初めて水玉の総合山岳賞を受賞したのは94年のこと。更に、翌年も総合山岳賞に輝くが、その時の山岳ジャージと自転車を 彼はツール終了時にオークションにかけた。そして、落札価格は250,000FFまで上昇し、(フランは今は存在しませんが、当時大体フランに20円を掛けた値段が円価格。つまり500万円ぐらい。)その金額をそのままルワンダに支援金として寄付した。TVで見たルワンダの内紛が悲惨で、彼はいてもたってもいられなくなったのだった。ヴィランクというと、どうしても98年のスキャンダルがまとわりつくが、こういう美談は、今まで余り知られていないのではないだろうか。

    去年モンヴァントゥーで彼が区間優勝したときは、ジャジャが断然人気で、ヴィランクの優勝には冷ややかな市民もいた。しかし、ジャジャがいなくなり、更に今年は100周年ツールで、こうした中で山岳で闘志を見せたヴィランクには、市民も心から拍手を贈っているに違いない。(データの一部はle Tour Programme Officiel 97より。)


  • ペタッキ:今日は無理だよ、とチームメートに弱音を吐いてた。 ( 7.12.2003 )

    TDF第6ステージ優勝のペタッキ:「今日の区間優勝は意外だった。今日はずっと辛くて、ラスト2キロで、チームメートのブルセギンに、今日はゴールスプリントにからめないよ、と言っていたんだ。まあ、僕はいつも弱音を吐くタイプだからね。でも、ローダがすごく頑張ってくれて、ラスト1キロでトップポジションに運んでくれた。よしやるぞ、という気になったんだ。」

    「(ゴールしたあとに)TVでスプリントのリプレイシーンをちょっと見たよ。一風変わった感じのパフォーマンスだったけど、でもすばらしいスプリントができたと思う。今日、こんなに簡単に勝てて、びっくりしている。」

    「ジロのあとで、とっても疲れていた。特に(ジロの)TTでクラッシュしたのが痛かった。あれ以来10日ほどよく眠れなかったんだ。お陰でコンディションはどんどん悪くなっていった。ジロのあとは20日ぐらいしかトレーニングをしていなかったから、当然僕の今のコンディションもベストじゃない。」

    「グリーンジャージを手にいれて、今日のステージ優勝は最高だ。だって、ジロとツールでスプリンタージャージを着ることができたんだから。パリまでの道のりは長いから、これをパリまでキープするぞ、とは断言しにくい。今のようなコンディションじゃ、まだわからない。(山岳ステージの最中)、数日間はプロトン後方で、これからどうするか決断しなくちゃいけない。」(c-n)


  • ツァベルの怪我の状況:「1晩様子を見ないとなんとも言えない。」 ( 7.12.2003 )

    TDF第6ステージ、ゴール5−6キロ地点でマキュエンとともに落車したツァベル。膝、腰、肘を怪我した。特に肘からは血の塊が見られ、ひどそうだ。
    ツァベル:「何がおこったかわけわからなかった。全てが一瞬のできごとだった。」

    ツァベルは、この落車ために、アシストのグエリーニとともに、トップのペタッキから7分8秒遅れてゴールとなった。レース後 彼はホテルに直行。傷口を洗い、消毒した。特に左の手と肘の痛みが相当ひどいという。

    「初見では、骨折はないと思われる。しかし、こういうひどい怪我の場合、完全に大丈夫とは言い切れない。当面 特製の保護をして傷口の手当てをする。レースは続行できると思うが、1晩様子を見る必要がある。」と、チームドクターのハインリッヒ氏は語った。

    しかし、ツール出場10回目のツァベル、こんなことではへこたれない。ツールは彼の今年の目標のひとつだ。(あともうひとつはミラノサンレモだった。ちなみに、彼は今までヴエルタには3回出場。ジロには出場したことがない。)シャンゼリゼに絶対行く意気込みでいる。(以上、チームHP、RADSPORTS.COM、テレコムチームカタログ2003などを総合。)


  • Letour.frから ( 7.12.2003 )

    普段余りコメントを聞くことのない選手のコメントを拾ってみました:

    ローラン ルフェーブル選手(DEL)
    金曜日のステージは、30度という暑さの中でのレースだった。レース後、ジャン ドゥラトゥールのローラン ルフェーブル選手のコメント。「こういう時は食料と飲料補給をしっかり考えないといけない。」とても暑い時には、レース中15−20本のドリンクボトルを消化するという。「酷暑の中のレースは厳しいよ。でも、まだ雨よりはましさ。」

    サムエル ドゥムラン(DEL)
    今回出場選手の中で、一番身長の低いドゥムラン(158cm)。故郷がリヨンなので、リヨンのゴールを楽しみにしていた。リヨンゴールのレース前のコメント。
    「例えステージ優勝できなくても、家族が僕のことをTVで見られるように頑張りたい。フレッド(チームメートのフィノ選手のこと)が、僕らだって やれるということを証明してくれたから。」


  • ペタッキ、ヴエルタに出場すれば。。。 ( 7.11.2003 )

    TDF第5ステージ。ペタッキが また勝った。これで、彼は過去グランツールで3ステージ以上優勝した19人の選手の仲間入りをした。これで、もしもヴエルタに出場して1ステージでも勝てば、同年の3つのグランツールすべてで 区間優勝をあげた選手として名前が残る。これを過去達成した選手は、近年いない。遡って、1956年、ミゲル ポブレ、1958年ピエリーノ バッフィだけだ。

  • ブリュイネール監督は作戦通り:最初はゆっくりスタートして、後半の風対策をした ( 7.10.2003 )

    TDFのチームタイムトライアル。ちょっと意外な気もするが、USPが、初めてTTTで優勝した。途中の計測ポイントまでは、オンセが僅かに上回っていた。しかし、USPは、その時点で、見た感じ、まだまだみんな脚を残しているようだった。余裕が見受けられた。そう、彼らは、後半のあるポイントに焦点を絞って走っていた。この日の朝の作戦会議で、相当細かいところまで打ち合わせ、勝つための万全な対策をとっていたのだった。

    TTT優勝後のブリュイネール監督のコメント。「コース後半、かなりいやな風をまともに受ける部分があった。レースの勝敗を分けたのは、ここの部分だった。だから、我々は、最初はスローな出だしをして、ラスト30キロで、全力疾走することを決めていたんだ。」
    (ロイター)


  • 名言 金言 > タイラー ハミルトン :「鎖骨はすごく痛むけど、走りには影響ない。それより、バイクに乗らないほうが、もっと辛いだろう」 ( 7.9.2003 )

    お知らせ:昨夜お伝えしたレース速報ですが、本日更に少々追加しました。
    さて、第3ステージ優勝したジャン パトリック ナゾン(通称JP)。兄のダミアンナゾンの方がスプリンターとして何かと話題になるが、彼もれっきとしたスプリンターだ。レースの後、JPはこう語った。「両親に申し訳ないよ。(兄貴と僕と)どちらかがスプリンターで、どちらかがクライマーだったら良かったのにね。」兄のダミアンに言わせると、JPは神経質で怒りっぽく、やや内向的。

    ところで、ハミルトンは鎖骨骨折のまま走り続けている。医師の反対を押し切って。レース後、毎日悲痛な表情が映り気になる。奥さんのヘイヴンも南仏から駆けつけるそうだ。心配でたまらないだろう。

    第3ステージスタート前、アームストロングもこのハミルトンのガッツに感服した。
    「タイラーはタフな奴。戦士だ。僕自身、一度鎖骨が外れたときがあったけど、バイクにすら乗りたくなかった。でもタイラーは苦しみに耐える力がある。彼は本当に賞賛に値するよ。あの状態で続ける勇気があるなんて。彼は第3ステージのスタートに立つからにはフィニッシュするだろう。彼はそんな奴なんだよ。」

    ハミルトンは前日コメントを避けたが、やっとインタビューが到着した。「鎖骨はすごく痛い。でも、実際それほど走りに影響を与えてはいないよ。バイクに乗っていないほうが、もっと辛いだろう。昨夜はよく眠れた。これで随分救われた。出来る限り走り続けることにする。水曜のTTTもやるよ。TTTバイクでのポジションが、僕の走りに影響しなければいいんだけど。とにかくロードに出てからどうなるか 様子を見てみたい。」

    ハミルトン、TTTバイクのアエロダイナミックのポジションで体にもっと負担がかからないだろうか。


  • オスカル セビーヤ: ツールのコメンテーターに! + 「シューズで選手がすぐわかるよ」 ( 7.8.2003 )

    2度の手術で傷口が完治せずにツール出場を断念したセビーヤ(KEL)が、ツールのコメンテーターに。スペインのTV局SERが彼の自宅をミニスタジオにして、セビーヤはそこから解説する。セビーヤも、「思ったより楽しい」と。そして、「ツールを走っているかのように身近に感じられていい。同時に、距離をおいて リーダーとアシストの動きを観察できる。TVのほうがいろんな発見があるね。更に、他のベテラン コメンテーターたちと議論を交わしながら、ああでもないこうでもないと言い合える。」

    「また、すべての選手を知り尽くすことができるいい機会でもある。昨日も、最初に落車したのが“グティ”だった、っていうのに、まず真っ先に気づいたよ。(グティ=同僚のホセエンリケ グティエレスの愛称。)なにしろ、彼の履いてるシューズですぐ見分けがついたのさ。」
    「実は、引退したらコメンテーターやりたいなって思ってた。この仕事素晴らしいと思うんだ。」
    もちろん、今ツールで走りたかった気持ちには変わりはない。「ケルメのチームメートをスクリーンで見ると、ちょっとちょっと気持ちが高ぶるね。僕もあそこにいたはずなのに、って。」(アス インタビューより)


  • TDFニュース:FDJ大活躍だけど。。 ( 7.8.2003 )

    イエローがマギー、第2ステージ区間優勝クック、山岳ジャージマンジャンとFDJがこんなに暴れたのは記憶にない。しかしそんな中、唯一さえない顔が、ジミーカスペ。第1ステージ落車した発端は、レース中継で推測したとおり ケルメのホセエンリケ グティエレスだったようだが、その彼の真後ろを走っていたのがカスペだった。グティエレスも落車が原因で不調だが、カスペも首から落ちて怪我を負っている。

    レキップに語ったところによると、まだ首の痛みがあり、とにかくおとなしく走っているそうだ。首の固定具は、あと2日はつけないといけないらしい。この日の第2ステージでは、トップのチームメートクックから10分以上遅れた。


  • USP来年のチームに2人のベルギー人を追加 ( 7.8.2003 )

    USPは新たにバリーフロアというスポンサーを得て、勢いがいい。新たに2人の選手獲得に成功。今シーズン前に戦力補強をした星野阪神みたいだ。といっても2人はベルギーの若手。推測だが、ベルギー人のブリュイネール監督のおめがねに叶ったのではないか。1人は24歳のスタイン デヴォルデル(読み方じっくり考えている暇がないので、違ったらごめん)、と20歳のユーゲン ヴァンデン ブルック。前者はIインテリムの選手、後者は2001年ITTジュニアチャンプで、クイックステップのエスポワールで走っていた。2人とも未知数なせいか、契約は1年間。

  • 第1ステージ落車の時のコメント :リシャール ヴィランク ( 7.7.2003 )

    「丁度僕の前で落車があり、突っ込んでいった。地面に横たわる選手をよける暇がなかった。信じられない。最後の1キロでこういったカーブが随所に出てくるなんて。ラスト2キロぐらい、せめてストレートのコースにできないもんかなぁ?体中が(痛みで)ひりひりしているよ。」

  • ハミルトン、ツール続行。 ( 7.7.2003 )

    第1ステージで負傷したハミルトン、ツール続行を決定。CSC幹部は続行について、名言を避けてきたが、このたび続行することを正式に発表。これは、ハミルトンの意思らしい。昨年ジロでも骨折しながら走ったという自信があるせいだろう。でも、これでITTや山岳で力が出し切れるか、チームは、リタイヤも時間の問題と見ているようだが。でも、意地で走る気持ち、わかるよね。是非とも応援したい。

  • 今朝の朝日新聞 ( 7.7.2003 )

    今朝の朝日新聞ご覧になりました?朝刊一面でカラー写真が真中に掲載されてましたね。AFP時事の写真で、ミラーがエッフェル塔をバックにプロローグを走り出したところ。彼は手足が長いから、フォトジェニックですね。ところで、この写真の背後に映っている人に注目。ミラーの背後で地面に横たわっている人が何人もいます。エッフェル塔とライダーを上手い具合に写真に収めようとするプロカメラマンたちですね。みんないっせいに地面に寝っころがっているシーン、私はこちらに注目してしまいました。カメラマンの砂田さんや井上六郎さんたちも、こうして奮闘したのでしょうか?

  • ペタッキインタビュー ( 7.7.2003 )

    レースレポートでは、怪我のニュース一色でしたが、ここで気分を一新。第1ステージ優勝者、ペタッキのインタビューをどうぞ。Cyclingnewsより。

    「クラッシュがあったことは、最初わからなかったんだ。僕の後ろで起ったことだからね。強豪スプリンターたちは、みんな巻き込まれなかったから、当然僕はそのまま自分のレースをしただけさ。フィニッシュのコース設定、あれは非常によくなかった。今、ヘルメット着用が義務づけられ、よかったと思うよ。フィニッシュでこんな状況が続けば、必要さ。」

    「記事に書くとしたら、こんな風に書けるだろう。ペタッキは、偉大なスプリンターだ、ってね。なにしろ、マキュアン、ツァベル、チッポリーニ(ジロで)らを破ったんだよ。でも、そんな風には、自分の口からは言わないよ。たとえ心でそう思ってもね。どう書くかは任せるよ。僕はシャイな人間なんだ。」


  • パンクしながらの優勝:シドニー五輪銅メダリストがイエロージャージ(TDFプロローグ) ( 7.6.2003 )

    TDF初日のプロローグを制したブラッドリー マギー(FDJ)。以前、彼の特集をしましたが、覚えているでしょうか?彼がアトランタとシドニー五輪で銅メダルだったことも?ジュニア時代からピストのチャンピオンとして鳴らし、五輪でも銅メダリストのマギー。シドニー五輪といっても、ロード、ITTではなく、追い抜きのほう。アトランタでは個人、団体追い抜きで銅メダル。シドニーは個人追い抜きで銅メダル。トラックでのすばらしい成績に目をつけたのが、現在のFDJ監督マディオ。彼がチームに98年マギーを引き抜いた。

    パソコン マニアのブラッドリー マギー。ずっと彼はcyclingnewsにも、自分のHPにもツール日記を入れ続けてきた。日記をつける選手は多いが、パイオニアのビュストの日記についで個人的に私が好きなのが、このマギーの日記。イエロージャージをゲットした後も、彼は几帳面に日記をつけていた。

    「この日、レース直前にどんどんナーバスになっていったものの兄貴のロッドが 落ち着かせてくれた。少年時代の話なんかをしてくれたんだ。妻のシャーニと娘のタリアにも、なんとか会うことができた。娘は「行け、パパ、行け」と誇らしく書かれたTシャツを着ている。そうこうしているうちに、僕はバイクに飛び乗り、レースに取り掛かった。

    ラスト400mでパンクしたタイヤも、とにかく「最大限のスピードでゴールラインを割ろう」、という僕の気持ちを止めることはできなかった。チームのボス、マルク マディオにも感謝しなくては。僕をずっと信じ続けてくれた。いつか僕はこれができる、年がら年中そういい続けてくれた。今回素晴らしい成績をあげられて、それだけに満足だ。

    きっと明日のステージでプロトンにラインアップするまで、(自分がイエロージャージを着ているなんて)実感がわかないだろうな。きっと明日になるまでは。。。」
    原文は、cyclingnewsでも見られますが、お勧めは彼の充実のHP。なお、日記の原文の最後にある「hit home」という言い回しは、「胸にグッとくる」とかいう意味に使います。ここでは「実感が沸く」といった訳にしました。

    http://www.bradleymcgee.com/ (top 頁)
    http://www.bradleymcgee.com/Bradmcgee/pages/physio.htm (彼のフィジカルデータ。写真がとてもかっこいいので。)

    さらに、去年トクダネで訳したマギーのDiaryから、印象に残ったものを最後に掲載。
    「今年のツールでは、オーストラリア人コネクションがものすごいね。数キロも行くと、次々にオーストラリアの旗が目に入るんだ。こういった光景、Email、電話のおかげで、どんなに疲れて、どんなに脚がひりひりしても、全然へっちゃらになるんだ。みんな、ありがとう。」(2002年 第9ステージの後の日記より)


  • アームストロングはいやいやイエロージャージでスタート ( 7.6.2003 )

    アームストロングは、プロローグをUSPのジャージで走ることを希望していた。しかし、100周年記念ということもあり、依頼に従うかたちで、HDというイニシャルつきのイエロージャージでスタート。HDとはツールドフランスの創設者 アンリ デグランジュHenri Desgrangeのイニシャルだ。

  • モローの悪夢 ( 7.6.2003 )

    TDF初日プロローグの結果で、がっかりしたのは、7位のアームストロングではないだろう。むしろ今回一番大崩したのは、クリストフ モローだろう。まさに、ちょっと歯車がうまくかみ合わなかったといった感じで、最後まで全くリズムがつかめぬまま、トップのマギーに37秒遅れ、135位に沈んだ。

    過去2年の悪夢を払拭すべく気合を相当入れてのぞんだ今回のツール。スタート地点はエッフェル塔。フランス人にとってはまさに気合が入る場面だが、ダンケルクの4日間で見せたあの力強い走りが、この日のモローには全く見られず。

    監督は、「37秒はツール全体では、たいした開きではない(AP通信)」、と言っているが、タイム差そのものよりも、今回の結果が、彼に心理的にマイナスに働くのがこわいかもしれない。また、アームストロングにしても、トップとの差はたった7秒。しかもトップのマギーはスプリンターだから、総合順位には影響ない。とはいっても、今回まさかの7位という結果が、心理的にどう働くか。もっとも、病を克服したタフなアームストロングには、ささいなこと。気持ちを切り替えて次にのぞむのだろうが。レース内容は下記。


    http://www.h7.dion.ne.jp/~naco/tdf03/j-001.html

  • ライプハイマー髪の毛は? ( 7.5.2003 )

    cyclingnewsにチームプレゼンテーション写真が掲載中。それにしても、ライプハイマーが完全にヘアスタイル イメチェン。

    http://www.cyclingnews.com/tour.php?id=photos/2003/tour03/presentation/JDteam_present05

  • ウルリッヒ気合が入っているようです。 ( 7.5.2003 )

    ウルリッヒのサイトの表紙、がらりと変わりました。ウルリッヒがITTを走るところが写真の連写式に写り、最後にオリンピックの金メダルの写真が登場。ツール直前に模様替えをしたようです。気合入っているね。冬からやっと抜けた、そんな印象のHPでした。ちなみに、バックでビートの音楽が流れるので 会社では音量オフにしたほうがいいと思いますが。

    http://www.janullrich.de/

  • アームストロング:「筋書きのないドラマでは、どんなことだって起りうる」、ホセバ ベロキ:「4度目こそ優勝者に」 ( 7.5.2003 )

    ツール直前の2人のコメントです。アームストロングの記者会見コメント(cyclingnewsから)と、ベロキのインタビュー(アスから)をどうぞ。

    アームストロング:
    「(ツールに出場することほど)7月の有効な過ごし方はないだろう。ツールは僕にとって、世界中で愛される とても古くて由緒正しいスポーツ大会なんだ。レースは全ての要素を兼ね備えている。難しさ、喜び、興奮、死。僕ももちろんそれらを全て見てきた。」

    「僕はこれ以上若くなることはできない。多分、これ以上強くなることもないだろう。全てが筋書き通りには行かないということを僕は知っている。誰だって勝つ可能性がある。まあ、誰でもというより、たくさんの選手がね。」

    ベロキ:
    初出場以来、総合3位、3位、2位と表彰台に登り続けているベロキも抱負を語った。

    「過去3回表彰台に登った。でも、今年はそれではなんの価値もない。僕はてっぺんの場所がほしいんだ。そのためには、これまで以上にリスクをおかして走るつもりさ。もし表彰台の一番高い所に手が届かなかったら、また挑戦するまでさ。」

    「今年は例年になく準備万端だ。何のトラブルも無ければ、トレーニングもしっかり行ってきた。これで自信が沸いているし、士気も高まっている。」

    先日地元バスクのビシクレタバスカで新進気鋭のペチャロマンに破れ、総合2位に甘んじたベロキ。その時のことを次のように語った。「多分、貪欲に勝つ意欲が欠けていたんだと思う。あと一歩で総合優勝を逃した。」

    「ツールはいつも厳しい。去年と違って 今年は厳しい山岳ステージが終わった後(数日後)に、最初のITTがきている。これは力の配分的に随分違う。僕の場合は、その方が好ましいけど。ピレネーでは、随分選手が散り散りになるだろう。特に、ピレネーのリュズアルディダンのゴール(第15ステージ)は、かなりきつい。」


  • ツールドフランス : チームプレゼンテーション ( 7.5.2003 )

    4日金曜日夕方、チームプレゼンテーションがあり、メカニックの永井さん(Kokiさん)のHPにも、その模様の一部が日記と写真のコーナーで紹介されています。道路の渋滞を避けるため、なんと選手、スタッフの車は白バイ4台に先導されて、スムーズに会場入りしたとか。天皇様のような扱い。。

    L’Obiettivoにある下記写真は、FASがパリ市内をパレードする模様。
    http://homepage1.nifty.com/koki2000/cgifoto_img/7-2.jpg
    Kokiさんの日記は下記。(プレゼンテーションの日記は、左のタイトルのNo.18)
    http://homepage1.nifty.com/koki2000/2003/diario/index.html

    6月は連日猛暑のニュースが伝えられ30度を超える暑さだったフランスも、Kokiさんによると、ここ数日はどんよりしていると。今までの暑さの反動で、7月初旬のフランスは、涼しい日が続くかも。(7月に連日15度ぐらいというのを経験した年もあります。特に7月前半に観戦に行く方、長袖は必要でしょう。)


  • プロローグのスタート順 ( 7.4.2003 )

    5日の初日 プロローグのスタート順をアップしました。(下記のプロローグ欄を参照ください)

    http://www.h7.dion.ne.jp/~naco/tdf03/j-001.html

  • チームリスト最終版 ( 7.4.2003 )

    チームリスト最終版をアップしました。リーダーがNo.1あとはアルファベット順にきれいに並んでいます。

    ケルメはリーダーがパルカルリョレンテ(ヨレンテ)でちょっと寂しい。セビーヤがくるはずだったんだけど。ヴエルタまでには傷も癒えるかなぁ。それからエウスカルテルは、昨年のDエチェバリアからマヨにリーダーが代わり、世代交代を感じます。テレコムのNo.1は去年のツァベルからボテロへ。それからなんといっても寂しいのは、昨年チームのNo.1を背負ったキヴィレフが亡くなって、今年はモンクティエに。ちょっと以外なのは、クイックステップのNo.1がヴィランクになっていたこと。ベッティーニじゃないのね。まあ、100周年記念だし。ヴィーニのNo.1ガルゼッリ、喉のはれは治ったかしら。いよいよ明日開幕ですね。


  • テレコムの戦力補強は今のところクエスチョン ( 7.4.2003 )

    テレコムは今年、ロットからアールツ、ケルメからボテロ、マペイからエヴァンスとナルデッロ、アレクシアからサヴォルデッリなどを補強した。ドイツ人以外の一流選手を一気に獲得したが、なんとなくテレコムが寄せ集めチームになったような気がしないでもない。で、これらの補強選手が、果たしてどれだけ活躍するものか個人的に注目してきた。でも、今現在の感触では、テレコムでは、従来いるドイツ選手がきっちり活躍している感じで、新メンバーの影は薄い。

    なにしろ、シーズン最初 いきなりサヴォルデッリとアールツが事故で戦線離脱した。更に、ツール直前になってサヴォルデッリが欠場。ボテロはケルメ流を貫いて、例年通りコロンビアで山ごもりして、前半のレースは欠場。なんか、足並みが揃っていない。そして、シーズン前半のテレコムの成績を見ると、優勝したのは、全て昔からいる選手のみ。

    テレコムの成績表を確認してみたら、今季既に20勝していた。ドイツ選手権を始めツァベルが6勝、パリニース、アムステル、スイスでヴィノクロフが5勝、更にヴェセマンが3勝、ホンドが2勝、ヤコヴレフ、クリア、ケスラー、ファンニーニが1勝ずつ。つまり、お金をかけて戦力を補強したにもかかわらず、今のところそうした選手は1勝もしていない。従来のメンバーに頼っている。

    ツールには新メンバーのうち、ボテロ、アールツ、ナルデッロが出場する。彼らが、ここで活躍するかどうかに注目だ。特に「得体の知れない選手」、とテレコム幹部に言わしめたボテロ、どこかでぱっと目立たないと、チームからの信頼感が薄れれるだろう。まあ、彼は成績には安定感を欠くものの 一発屋だから、何かやってくれるかもしれないが。


  • 「ツール100話 - ツールドフランス100年の歴史」 ( 7.3.2003 )

    未知谷がまたまた、自転車ファンのための本を出版。タイトルは、「ツール100話 - ツールドフランス100年の歴史」。
    ツール第一回大会から昨年まで、全ての年について優勝選手、エピソード、活躍選手などをカバーしている。白黒ながら、ほとんど全ての年に関して写真が掲載されている。272頁には、市川雅敏選手がクリケリオン、ダーネンスらに担ぎ上げられる珍しい写真も。

    ツールに参加した最初の日本人は今中大介選手とされている。しかし、これには いつも注意書きがあって、「但し、戦前、個人参加した日本人がいるらしいが、第1ステージでリタイヤしているので、余り詳しいことはわかっていない」とかなんとか。ところが、この本には、その初参加の選手のことまで載っている。その選手とは、川室 競(Kawamura Kisso)という名前らしい。なんか速そうな名前だ。

    1926、27年に個人参加して第1ステージでリタイヤしたそうだが、そんな時代にフランスで自転車レースに出たなんて、ロマン溢れている。ちなみに、その選手の貴重な写真(但し顔は判別不能)の写真までこの本に掲載されている。

    本の紹介は下記の未知谷のサイトに掲載中。このページから、本の注文ができる。
    http://www.michitani.com/books/ISBN4-89642-079-9.html

    それから、下記は自転車文化センターのHP。川室競のことが詳しく載っている。


    http://www.cycle-info.bpaj.or.jp/japanese/event/tour_f/kawamuro_kiso.htm#top

  • ツール:スペイン参加選手 過去最高 ( 7.3.2003 )

    まだ、出場選手はファイナルではないが、今現在43人のスペイン人選手が参加予定でいる今年のツールドフランス。これは過去最高記録だ。以下、新聞アスの記事から。

    今までのスペイン選手参加人数最高は、昨年の38人で、次は2001年と1988年の37人だった。1988年はデルガド(通称ペリコ)がツールで優勝した年。スペインから40人以上の参加があるのは、今年が初めてとなる。

    ただ、残念ながら、43人中、スペインチーム以外からの参加が多い。アイトールゴンザレス、フレイレ、エラス、カセロ、ベルトランなどなど。スペインチームから参加するスペイン選手は半分強の28人。ケルメ、エウスカルテルは8人がスペイン人。(くどいけど、エウスカルテルには、スペインバスクとして登録されているベネズエラ人がいる。)更に、バネスト、オンセは6人がスペイン人。3人がいわゆる外人。(あくまでも暫定出走リストがもと。最終的には変わる可能性もある。)

    出陣式を行ったチームはエウスカルテルだけ。彼らは バスク州政府首相官邸で出陣式を行った。さすがバスク、結束が固いぜ。選手らは、パリに向けて続々と出発。ビルバオ空港では、エウスカルテルのウナイオサが見送りに来た妻と子供に 普段とは全く別のにこやかな表情を浮かべていた。


  • アイトール ゴンザレス相当やる気まんまん:1ヶ月近く山ごもり!シエラネバダで徹底的に山岳トレーニングをしたその成果は? ( 7.2.2003 )

    去年ヴエルタで優勝し、今年ケルメからファッサボルトロに移籍したアイトール ゴンザレス。ツール出場のためにパリに向かう前、25日間もの長い間、シエラネバダで特訓した。シエラネバダといえば、標高2000メートルを超える。ツールの山岳対策を徹底して行ったようだ。

    ― 山岳でのツールへのトレーニングの成果は?25日間、どんなトレーニングをしたの?
    AG「めちゃくちゃいい感触さ。ジロが終わって数日後にシエラネバダに行ったんだ。最初の一週間は、疲れをとりつつ、高度に慣れることに専念。トレーニングそのものは最小限にした。その後、2週間、集中トレーニングをして、最後の数日はまた再びクールダウンをした。」

    ― チーム仲間のマルツィオ ブルセギンも一緒だったみたいだけど、それはフェレッティ監督の命令?君の仲間の話によると、君は目上の人と一緒の方がトレーニングがうまくいく、と言っていたよ。

    「違うよ。ジロでブルセギンはすごく好調で、その時に一緒にツールのトレーニングにシエラネバダに来るか?と聞いてみたんだ。それだけさ。僕は目上の人と練習するといい、というのは、ケルメの監督ベルダも同じことを言っていたけど、僕自身はそうは思わない。トレーニングでは、上下はないさ。みな一緒だよ。」

    ― チームメートは君の事を、メキシコ人みたいだって言ってたけど。
    「メキシコ人?まあ、同類かもな。僕はとにかく競技の外では、とっても怠けモンなんだ。例えばホテルでも、僕は他人を気にせず、自分の思ったようにしか行動しない。僕はそういうキャラなんだ。」

    ― ジロのときは君は優勝候補だと言われたけど、今回ツールでは騒がれない。気に障る?(この新聞、いつも結構平気で不躾な質問をする。)
    「いや、ツールでは、もっと競合がいっぱいいるからね、そんなもんさ。でもひっそりと出て、その後注目されることもある。注目を浴びずにさっさと勝つこともできる。」

    ― アームストロングは失墜する?
    「いつかはするだろうし、今年そうなってほしいね。でも、失脚するとしたら、ライバルによってではなく、自分自身の脚によってのことだろう。アームストロングのライバルは、自分自身だよ。もし、いつもの調子でいったら、打ちのめすのは相当難しい。」

    ― スリーM(マヨ、メルカド、マンセボ)やロジャースを見ていると、世代交代を感じるね。
    「世代交代はつきものさ。それが人生ってものだろ。でも、インドゥラインは、若手を遮って生き延びた。自分もそうでありたい。」

    ― ファッサは応用のきくチームだよね。
    「そうなんだ。どんな局面にも対応できるチームだ。スプリンターにはペタッキがいる。チームTTでも行けるし、総合も狙える。自由自在さ。」


  • サラマリア誕生! ( 7.2.2003 )

    昨日まで、ウルリッヒのHPには子供の誕生を待ち望むコメントが載っていた。でも、一夜あけたら、HP上で、なんと父になっていた。昨日15:08、帝王切開の末 生まれたのは女の子だった。名前はすぐついた。サラマリア。火曜に娘の誕生を見届けたウルリッヒは、スイスの自宅へ帰り、ツールの身支度を整えた。そして、水曜の昼には、パリに向けて出発する。母子は、あと数日入院する。それにしても、なんと親孝行な娘だろう。ウルリッヒがツールに向けて出発する前日に生まれてくれた。こいつぁ、縁起がいいや、ウルリッヒ。

  • リヨン、マルセイユ、トゥールーズ、ナント、パリで1903ユーロ獲得のために燃える + 優勝トロフィーは特別彫刻 ( 7.2.2003 )

    letour公式HPに今年のツールの概要が、より詳しく掲載されている。それによると、通常のマイヨージョーヌ(総合トップのイエロージャージ)、マイヨーヴェール(緑のジャージ 総合ポイント賞)、マイヨー ブラン ア ポワルージュ(白地に赤い水玉の総合山岳賞)、マイヨーブラン(白い新人賞のジャージ)、敢闘賞に、チーム表彰といった通常の賞に加え、新たに今年100年スペシャルの賞がある。

    第一回記念大会の1903年の時のゴール地で、今年ステージ優勝した選手に与えられる100年記念賞だ。リヨン、マルセーユ、トゥールーズ、ボルドー、ナント、パリのゴールが対象だから、第6、10、11、17、19、20ステージが該当する。これら6つのステージで優勝した選手には、<1903ユーロが贈られる>そうだ。金額にすれば、僅か25万円弱程度だけど、とても価値ある25万円だ。

    更に、パリでは総合優勝者に、彫刻家のミルコ スタック氏が作製した特製トロフィーが授与される。(ちなみに、スタック氏は、ジャック アンクティルの記念碑をかつて作製したこともある。)そして、これの銀製のレプリカがその他の賞の獲得者に授与されることになっているとのこと。


  • サヴォルデッリがツール出場キャンセル + ドイツVSアームストロング ( 7.1.2003 )

    テレコムに移籍してからご難続きのサヴォルデッリ。シーズンのっけにトレーニング中の事故で戦列を離れ、やっと回復して さてツールという時になって、消化器系のトラブルで、ツールを辞退することになった。彼の代わりには、グエリーニが出場する。テレコムはサヴォルデッリ、ヴィノクロフ、エヴァンス、ボテロの4強で総合順位上位を目指したが、1人欠けた、とチームは嘆く。それだけ人員がいれば まあ贅沢な悩みだ。

    面白い発言をしたのがテレコムのツァベル。先日ナショナルチャンプになって、インタビューを受け、ウルリッヒについて語った。「ツールでは、互いのチームの思惑が一致すれば、ウルリッヒと協力してアームストロングを追撃することも考えられる」と。クロスオーバー チームでドイツ人一丸となってアームストロング対策をするとなると、アームストロングも敵は単数形ではなくなる。


  • ウルリッヒは風邪がまだ治らず + ツールベイビー誕生? ( 7.1.2003 )

    ツール本番までに、もう1週間を切ってしまった。しかしウルリッヒはスイスツアーの時の風邪がまだ長引いていて、疲れも抜けないらしい。だから、毎日トレーニングも最小限にとどめている。ところで、第一子の誕生を間近に控えたウルリッヒとフィアンセのガビーだが、どうやら出産予定は7月初旬らしい。ウルリッヒは、「子供が 今週生まれれば、すごく嬉しい」と語っている。(ウルリッヒ公式HPより)
    ツールベイビー誕生となるか?


  • ニュース サムアップ ( 7.1.2003 )

    1.ワデッキツール出場キャンセル
    ツールメンバーに入っていたクイックのワデッキが、肺炎性気管支炎のため、欠場することになった。

    2.ユーロスポーツで、ハミルトン(CSC)のインタビューが音声とビデオで見られる。
    http://www.eurosport.com/home/pages/V3/L0/S18/E5379/sport_Lng0_Spo18_Evt5379_Sto451505.shtml

    TH「今年はジロをパスした。去年はジロとツールの2つを戦ったけど、特に肩の怪我もあり、ツールでは100%の力ができなかった。」

    アームストロングは、崩れる可能性があるかと聞かれ、
    TH「ランスは100%ツールに向けて準備万端にしており、やはり一番危険なライダーだ。今年の目標は100%の力を出し切って、シャンゼリゼに到達すること。」(以上音声)

    TH「リーダーというポジションにエキサイトしている。ツールのチームメンバーに関して言うと、新しいライダーがメンバーに入っていた去年よりも、今年のチームのほうが もっと団結している。」(ビデオ)

    3.ルムシャスはアウト
    ルムシャス、結局サンプルBでも陽性となり、チームは遺憾の意を述べた。


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