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特ダネ・ニュース 2003年9月の記録..
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  • セビーヤは27歳に。そしてケルメと契約延長、そしてバルベルデは年俸6倍 ( 9.30.2003 )

    昨日27歳の誕生日を迎えたセビーヤがケルメと契約を1年延長した。一方で、若手23歳のバルベルデは、もともと2006年までの契約を、ここへきて2007年まで1年延長。その代わりに年俸は6倍の360,000ユーロに大幅アップ。(4千万円半ば)。まあ、理由は納得だけど。そして、来季バルベルデにはヴエルタだけを走らせ、一方のセビーヤはツールのリーダーとなり、ヴエルタでも バルベルデとともにダブルリーダーとなるというのが目下の構想。

  • ツールドフランス2004 リーク情報 ( 9.29.2003 )

    来月10月23日にベールを脱ぐツールドフランスのコース。しかし、既に一部でリーク情報が流れている。当っているのかどうかは定かでないが、現在のリーク情報は下記の通り。

    来年も、ITTが2回に、TTTが1回。最近チームTTが常連になった。チーム力が来年も問われることになるから、サエコとエウスカルテル、ケルメは頑張らないと。

    ベルギーのリエージュを7月3日にスタートし、第3ステージにフランスに戻ってくる。その後にTTTがきて、ブルターニュ地方を回る。カーン、カンペールなどが行程に入る模様。その後ピレネー、アルプスと時計と逆の左回りに行く。9日目には休息日。

    山頂ゴールは今回のヴエルタより少なく2回。2回ともアルプスと見られ、ドゥーザルプとクールシュベルが有力。また、カテゴリー超級では、オタカムとモンヴァントゥーが入ると予想されている。さてこの情報、どこまで当たりますか。10月23日のお楽しみ。


  • クイックステップ2004フォーメーション ( 9.29.2003 )

    クイックステップが、来年のチームフォーメーションをほぼ固めた。

    残留組:アモリソン、ベッティーニ、ボドロギ、ボーネン、ブラマーティ、クレルク、クレッケンス、ホリヨ、フルスマン、クナーヴン、ヌイエンス、パオリーニ、マイケル ロジャース、シンケヴィッツ、タンキンク、ヴァンホールン、VDB、ヴァントゥールンホウト、ヴィランク。そして、ミューセウはペンディング。

    ミューセウは先日来の問題があり、ルフェーヴル監督は、自主的な退団を望む意向を暗に示唆した。今年チームメンバーで、上記の中に入っていない選手は、カニャダ、カシェチキン、パッスエッロ、ヴァンドウァウエル、ワデツキ。

    一方で、新加入は既にお伝えした通り下記:
    デュフォー(アレッシオから移籍)、ガリド(パテルニナ)、メルカド(BAN)、ペチャロマン(パテルニナ)、ザニーニ(SAE)


  • 世界選手権スペインチーム決定 ( 9/28.2003 )

    スペインの世界選手権出場選手が発表となった。選ばれた12人は:

    セラノ、イゴール ゴンザレスデ ガルデアノ(2人ともONC)、ゴルカゴンザレス(EUS)、ベルトラン(USP)、ルイスペレス、クエスタ(2人ともCO F)アイトール オサ、マンセボ(2人ともBAN)、アスタルロア(SAE)、バルベルデ、セビーヤ(KEL)、フレイレ(RAB)。フレイレ以外は全員ヴエルタ参戦選手だ。一方ITTの方はノサルが選ばれた模様。


  • 世界選手権メンバー(イタリア) ( 9.26.2003 )

    まだ正式発表ではないものの、先にお伝えしたとおり、世界選手権出場メンバーからバルトリがはずされた。過去2度にわたって世界選手権で3位となっており、「250kmといった長距離レースでは、レベッリンや自分以外に活躍できる選手はいないはずだ」と、バルトリは今回の選考委員バッレリーニの決断に怒っている。レベッリンも同じく世界選手権メンバーから漏れた。

    ベッティーニを全面的にサポートする体制で世界選手権に のぞむイタリアチームにとって、ベッティーニ以外のリーダー的選手は不要、それがバッレリーニの決断。でもそれがゆえに、ディルーカあたりの選手は、世界選手権出場にやや後ろ向きの姿勢でいる。例え出たとしても自分のために走ることはできないのだ。

    現在イタリアチームの出場暫定メンバーは下記の予定。
    ベッティーニ、ディルーカ、カサグランデ、ロンバルディ、モレーニ、ナルデッロ、バッソ、サッキ、パオリーニ、ノエ、シレーア、チッポリーニ

    チッポリーニは出場するけど、昨年のディフェンディングチャンピオンなので、出場するだけで、実際 今回 勝たせる相手はベッティーニだ。


  • 速報> バルトリが世界選手権メンバーからはずれたぞ! ( 9.26.2003 )

    ハミルトンの世界選手権出場イタリア選手メンバーリストにバルトリの名前がない。ベッティーニを勝たすチーム作りという趣旨で、自分がはずされた、そんなチームフォーメーションとなり、バルトリは憤りを感じている。

  • スペインチーム支援に名乗りをあげたバレアレス諸島 ( 9.26.2003 )

    (今朝ヴエルタニュースの方に入れたニュースですが、ヴエルタに直接関係あるニュースでもないので、こちらにも二重掲載。)

    マリョルカ島、イビサ島、メノルカ島などを含むイベリア半島東部のバレアレス諸島政府が、スペインの自転車界救済に名乗りをあげた。消え行くオンセ、バネストの代わりにスポンサーを引き受ける意思があるという。98年ヴエルタもマヨルカ島で開催されたことがあり、政府は、今後もスポーツ活動には熱心に取り組んでいきたいということだ。

    現在バレアレス側は、バネストとオンセの両監督とも接触を図っているが、2人とも、目下ヴエルタのラスト2日目の山岳TT対策で頭が一杯で まだ完全に具体化はしていない模様。またバレアレス政府はウルリッヒの獲得に興味があるということで、ビアンキと結託する可能性もあり、まだこの話どうなるか混沌としている。ヴエルタが終了すれば、サイス監督もエチァバリ監督も、本格的なスポンサー探しに向けてダッシュすることだろう。

    また、このバレアレス政府、かなりわがままで、ウルリッヒだけじゃなく、セビーヤも獲得したがっており、新チームへ資金を出す前提として、花形選手獲得を条件にする可能性もある。

    蛇足ながら、98年ヴエルタ観戦に行った時、マヨルカ島までは観戦に行けなかった。移動するためのバレンシア発の飛行機の便が少なく、しかも関係者で便の予約は困難なのが予想されたためだ。観戦者側の本音としては、島でグランツールを開催するのはちょっと不便なんだけど。。。


  • 東京国際自転車展 ( 9.25.2003 )

    昨日の朝日新聞夕刊から。

    東京国際展示場で、10月31日から11月2日(日)の日程(9時半から5時半。但し2日は5時まで。)で、東京国際自転車展が開催されます。マウンテンバイクの障害物競走や最新車種の試乗などもあるとのこと。(但し今までだと初日は関係者のみだったような記憶もあるけど、どうなんでしょう?最も平日は どのみち行けないけど。)

    公式サイトもありました。


    http://www.cyclepress.co.jp/2003/index.html

  • ハビエル オチョア ロードの成績、意地で探しました。結果は金メダル。 ( 9.24.2003 )

    9月14日、アテネでのパラリンピックの選考会を兼ねたオープン ヨロピアン チャンピオンシップのITTで銅メダルを獲得したオチョア。21日のロードの結果がどこにも見つからず、2時間以上かけて、意地でやっと見つけました。結果はなんと 金メダル。それにしても、銅メダルだったTTの結果は あちこちのスペインの新聞のサイトに出ていたのに、今回のロードの結果はスペインの新聞には全く出ていなくて。みんなヴエルタで忙しかったのかな?

    42.6キロのロードレースで 彼のタイムは1時間12分58秒。実はこれを上回る1時間12分56秒という結果を出したUSAの選手がいて、オチョアの成績自体は2位だったのですが、どうやら一応ヨーロピアンチャンピオンシップなので、他国の参加は自由だけれど、メダルがもらえるのはヨーロッパ選手ということらしいです。従って、ヨーロッパ以外の選手の成績を入れた一般の成績は、参考記録として扱われ、オチョアはヨーロッパ選手の中で、金メダル。結果を見つけたサイトは下記です。URLの上をクリックすると成績が出ます。但し、障害の程度によってカテゴリーがかなり細かく分かれているので、すぐには見つからないかもしれないけれど。

    ちなみに銅メダルだったオチョアのTTのタイムは1キロのTTで1分30秒077だったようです。金メダルは英国のケニー ダレンで、タイムは1分21秒322。


    http://mujweb.atlas.cz/www/ecch2003/EN/index.htm

  • ムセーウ世界選手権欠場 ( 9.24.2003 )

    10月12日のハミルトンでの世界選手権に、ムセーウは出場しないとのこと。例の一件の影響と思われる。

  • ヴエルタ出場中の選手たちがヌード写真撮影 ( 9.23.2003 )

    ドミナヴァカンツェのライダー(現在ヴエルタ出場中)のマルティン ペルディゲロの呼びかけで、8人の脂の乗ったライダーが雑誌「インテルビウ」にヌードで登場し、自転車競技のイメージアップを訴えた。8人は無料出演だ。

    後列左からオアチ(MIL)、アレハンドロ・バルベルデ(KEL)、ペルディゲロ(DVE)、JEグティエレス(KEL)、セビーヤ(KEL)、前列右から フェリオ(ALM)、アイトール ゴンザレス(FAS)、サントス ゴンザレス(DVE)。この写真は、ヴエルタの最中に撮影された。

    雑誌のコメントなどを見ていると、<僕らは何も隠し事をすることはない>、とドーピングスキャンダルに揺れる今の自分達の職業のイメージアップを図るための写真のようだ。そして、裸の企画で、生まれ変わるというイメージを持たせたと。

    もっとも、写真に写った選手たちの中には、そこまで深く考えずに、なんとなく面白い企画なので乗った、という選手もいるような感じだ。

    ことの経緯は、ペルディゲロが夏にトレーニングしていた時に始まる。トレーニングの途中で、コーラを浜辺で飲んで休憩しながら、今の自転車界の問題を話し合っていたペディグエロたち。彼は新聞に頻繁にコメントを掲載したりして、よく発言するライダーだ。そして、ひらめいた案が、自分達の裸の写真に撮ってなんとか今後の自転車競技の変革につなげたい、というもの。以下本人の説明。

    「こうしてアイディアがひらめいた僕は、ヴエルタが始まるのを待って 何人かのライダーたちに呼びかけた。同時に雑誌インテルビウにもコンタクトして、担当者は興味を示してくれた。

    残るは写真の被写体となる選手たちだけだ。といっても選手たちはみんな乗り気で、集めるのは問題なかった。数人の監督だけが、写真撮影ご法度を命じたけどね。(たぶんオンセなど。ブリュイネール監督も?)

    全員の都合がつく日を選んだところ、バレンシアの休息日がいいということになったんだ。僕ら全員ホテルが割りと近かったから。で、撮影当日、僕らは超解き放たれて、羞恥心はみじんもなかった。できのほうは、まんざらじゃないだろ?」

    オアチ、バルベルデ、グティが身体が真っ白で驚くが、バルベルデの写真あたりは かなりきわどいけど、本人は無邪気に笑っている。ヴエルタというレースの最中に、みんな裸になってこの笑顔。おおらかだ。


  • アームストロング:リュズアルディダンで落車した時を振り返る。 ( 9.22.2003 )

    絶大な自信を持って望んだであろう今年のツールでアームストロングはハプニング続き。今年のアームストロングはどこかかみ合わず焦っていた。特に大勝負の山岳ステージで子供の持っていた黄色い布バッグの紐にハンドルをとられて転倒した時は、これで自分のツールは終わったとまで思ったそうだ。

    そして、その時の心情を振り返った内容が、彼の新書「Every Second Counts」(一秒一秒が大事、とでもいったタイトル)に書かれている。現在 癌患者や研究に関するサポートを行っている彼が、癌患者を念頭に入れてつけたタイトルだと推測される。以下にそのリュズアルディダンでの彼の心情を簡約。

    長くきつい山岳ステージ。5時間余りバイクで走ってリュズアルディダンに到達した。マヨがアタックし、自分はカウンターを仕掛けた。マヨを追い抜いてフロントに出て、道路を見渡した。ウルリッヒはどこだ?

    ヨハン(ブリュイネール監督)がレシーバーに向かって冷静に語った。「ウルリッヒがドロップアウトした。10秒だ。」ウルリッヒは、後方で喘いでいるのが見えた。自分で かすかに気持ちが高ぶるのを感じた。

    ウルリッヒと自分の距離を考えながら、ペダルを踏んでいった。次々と傍らを通り過ぎる観客のことは ほとんど目にはいらない。と、突然黄色いものが目の前にちらついた。子供がツールのキャラバングッズの黄色い袋を持っている。おっと、こいつがぶつかるな、そう思った瞬間だった。バッグはバイクのハンドルにまきついた。バイクがひどく転倒し、右の腰から そのまま もろに したたか僕は落ちていった。

    「なんでクラッシュなんてことになったんだ?」信じられなかった。その次に思ったことは、「僕のツールはこれで終わった。もうたくさんだ。余りに多くのことが悪い方向に進んでいく。」しかし、その次の瞬間、別の自分が言った。「立ち上がれ」と。

    長い間、病院のベッドにいた時に 僕が聞いた声がこれだった。手術の後、「立ち上がれ」、化学療法の後、「立ち上がれ」。常に僕の耳元で囁く声があった。それが僕を今まで突き動かしてきた。そして、今度もまた同じ声を聞いた。

    僕はありとあらゆる 罵り言葉を吐き散らしながらバイクに飛び乗って漕いだ。後ろのチェーン ステーが壊れているのがわかったのは、レース後のことだった。

    めちゃくちゃペダルを踏んでいた時、ギアがスリップして、ペダルから脚が外れた。バイクは揺れて、胸からバイクにぶつかりつつも、トップチューブの上にランディングした。なんとか転倒せずに、そのままシューズを はめることができた。

    前方ではタイラーも怒っていた。ツールには、リーダーがアクシデントの時には待つ、という不文律があった。僕だって2年前、ウルリッヒがひどいクラッシュを起こした際に彼を待った。ウルリッヒは、今回 僕を待ったということで、スポーツマンとして称えられた。しかし、あの時 彼が実際僕を待ったのかどうか、よくわからない。リプレーを見てみると、彼はレースの時のテンポで走っていたようだ。アタックはしなかった。でも、待ちもしていなかった。そしてタイラーが、加速して、フロントにいた連中に、スローダウンするように叫んだんだ。

    (私もホテルで、あの場面をリアルタイムで見ていたけど、ウルリッヒは曖昧な態度だったという風に思いましたね。アタックしようかどうか迷っていたような。少なくとも、ランスを気遣って 100%彼を待っているぞ、というポーズはしていなかった。。。)


  • サエコとビアンキ合併の協議は、、、 ( 9.21.2003 )

    先日来 噂になっている「サエコとビアンキ合併」構想、まんざら嘘ではないらしい。一部で、そういう可能性も含めて話が進行しているらしいが、どうやらシモーニは反対論者だ。ウルリッヒは人柄はいいけど、ことレースに関しては 流儀が違うので 同じチームではやりにくいと。まだ、アームストロングと一緒に走る方が わかりやすい、とまで言っている。

    どうやらシモーニにとって、ウルリッヒは つかみ所がない選手、ということらしい。それに、サエコとビアンキが合併したら、シモーニがツールで表彰台を狙うということは難しくなるかもしれない。シモーニファンとしては、避けてほしいところだろう。


  • ツールド北海道 ( 9.20.2003 )

    本当でした。TDHのHPにも放映予定出ていましたね。ページの下の方だったので、見逃していました。連絡くださった方、ありがとうございます。

    北海道文化放送(UHB)10月11日(土)13:30から14:25放送
    SKY PerfecTV(J SKY SPORTS) 11月9日(日)14:00から15:30放送
    とのことです。
    ただ、放映については、再度 直前に各サイトなどでご確認ください。

    http://www.tour-de-hokkaido.or.jp/

    そうそう 書きそびれていましたが、先週ジャパンカップも出場選手の仮発表がありましたね。まだ1ヶ月以上あるので、多少来日選手については変動もあるでしょうが。


    http://www.japancup.gr.jp/02_news/news.html

  • Stephen Roche第二弾 名前って難しい。。 ( 9.20.2003 )

    そうですか。ステファン ロッシュという読み方を変更しようとした時期もあったんですか。でも、既に定着していたので、そのままフランス語読みのままで今日まで続いているという情報いただきました。

    私が以前聞いた話では、定着したために雑誌などの上で名前を変えない方針でいる選手は他に、ZabelとかCipolliniなどがいるとか。Zabelはコンセンサスではザベルですが、実際はツァベルとかツァーベルって感じですかね。(ZDFを聞いているとツァーベルの方が近いですが、なんか間が抜けているので、逆にザベルの方が強そうには聞こえますよね。私はまあザベルでも別にいいかなと思いつつ、一応ツァベルと表記しています。)

    イタリア語はよく知りませんが、Cipolliniの実際の発音はチッポリーニではないと聞いたことがあります。スペルを見た感じではチポッリーニとかいう感じなんでしょうかね。

    他にZuell(Uウムラウト=ue)も、(以前も抵抗したことがあるのですが、)「チュレ」が一番近いはず。まあ、ツーレで定着しているので、チュレと書きたい衝動にかられつつも、ツーレにしています。チュレと書いたら誰もわからなくなりますよね。

    でも、印象としては、日本の自転車雑誌などで最近書かれているオランダ、ベルギー系の選手の名前はかなり厳密な発音に近い印象があります。ベルギー選手とオランダ選手とではVanの発音が違うというところも全て押えているし。ただ、厳密になりすぎると返ってジレンマに陥ることもあるようです。例えばスカンジナビア系のアンデルセンは実際はちょっと発音が違うそうです。(アンデルスンとかなんとか?ちょっと忘れたけど。)でも、アンデルセンが一般のマスコミ界では定着しているので(パン屋だってアンデルセンだし。。)崩せない。そうなると、どこまで本場モンに近づけるべきか、新しい悩みもあるそうです。

    ちなみに、フランスの作家でDidier Van Cauwelaertという人がいます。ベルギー ルーツのフランス人ですが、彼は名前の読み方を聞かれたとき、「カウヴェラエルトでもいいしコヴラールでもいいし、好きなように読んでくれ」と言っていました。だから、時に名前の読みって許容されるべきものなんでしょう。ただ、Stephen Rocheの場合はイギリス人が日本での読み方を知って、余りにもびっくりしていたので、ちょっと気になった次第。

    (ちなみに、作家Didier Van Cauwelaert は、作品Un Aller Simpleで94年にゴンクール賞を受賞。この中にフランス語を勉強している人がいたら、是非読んでみてください。attendrissantでbitter sweet=ホロリとさせる感じ=の、すごく いい作品です。)


  • スティーヴン ロウチは 何故ステファン ロッシュと日本で呼ばれるのか? ( 9.19.2003 )

    Diaryにたびたび登場したツール観戦もしたことのある自転車野郎の英国人。彼は90年代前の自転車選手に詳しく、突然「スティーヴン ロウチ」の話を始めた。もちろん、Stephen Rocheのことだ。「日本でStephen Rocheは<ステファン ロッシュ>と呼ばれているよ」、と私が言ったら、ケタケタと大笑いをした。英国でステファン ロッシュと発音する人はもちろんいないし、随分滑稽だと。

    確かにそうだろう。アイルランド人のGeorgeという人とビジネスで面会した時に、いきなり、「やあ、ジョルジュ」とフランス語式に発音する人は100%いないだろう。ジョージをジョルジュなんて言ったらスノッブだよね。

    今の選手でいうと、FDJのオーストラリア人McGeeも、ちょっと怪しい。日本でごくたまに、マクジーと呼ばれることがあるみたい。でも、オーストラリア人のMcGeeをマギーでなくマクジーと発音するのは不自然だなぁ。多分FDJがフランスチームで、フランスのチームメートも彼をマクジーと呼ぶからマクジー容認なのだろうが、それを言ったら、スペインチームでずっと走っていたJalabertはハラベールと呼ぶべきだったかもね。

    それにジョージ ヒンカピー George Hincapieが 例えフランスチームに行ったって、誰もジョルジュ インカピーと呼ぶ人はいないでしょう。McGeeをマクジーと呼ぶのは、オーストラリア人のMichaelをマイケルでなく、ミシェルと呼んでいるかのように、なんか ちょいとフランスかぶれじゃないでしょうか。

    オランダ語やスカンジナビア語のように読めない人名を仕方なく英語読みするのは許してもらうとしても、その逆、英語で素直に読めるものをわざわざフランス語にしなくってもいいと思うのですけどね。それにしても、スティーヴン ロウチはいつ、どのようにステファン ロッシュとして日本で固定されたのだろう?ちなみに、元オンセのニール スティーヴンスはStephensでも、ステファンでなく、ちゃんとスティーヴンスと呼ばれているようだ。


  • アームストロング誕生日 ( 9.18.2003 )

    アームストロング、32歳になった。

  • ツール ド 北海道放映予定 ( 9.18.2003 )

    ツール ド 北海道、やはり北海道文化放送以外での地上波での放送はないようですね。情報下さった方々ありがとうございました。Jスカイで11 月9 日14 時から15 時30 分に放送あるようです。また、北海道文化放送の方は、手元資料では10 月11 日13 時30 分から13 時55 分となっていますが、終わり時間の13:55というのは短いような気もするので、誤植の可能性もあり、地元の方は、チェックをした上でご覧下さい。あとは、10月20日売り11月号掲載のサイクルスポーツでツール ド 北海道の特集があるようです。

  • 根強いウルリッヒ テレコム移籍説 ( 9.18.2003 )

    チームビアンキがサブスポンサー探しに難渋している間に、昨日テレコムのホデフロート監督が、「ウルリッヒはテレコムに復帰するかもしれない」、とわざわざ発表した。数日前に、ウルリッヒの口からオファーを複数受けている事実が明らかにされたが、移籍を真剣に考えているというより、まだ多少他のチームのオファーは捨て去っていないといったオープンな態度を示したものだった。

    今回のホデフロート氏のコメントによると、「テレコムに対して移籍の上で 幾つか条件の提示がヤンの代理人からあった。現在交渉中だ。」と。わざわざこういったコメントを明らかにしているところを見ると、テレコムは、ウルリッヒを喉から手が出るぐらい欲しいのかもしれない。


  • ランス、ヴィノ、シモーニ、ガルゼッリ、エキモフらが出たTモバイル インターナショナル(9月14日 サンフランシスコ) ( 9.17.2003 )

    サンフランシスコの沿道は50万人の人で埋め尽くされた。ツールの覇者アームストロングその他、華々しいスター選手らが勢ぞろいしたTモバイル インターナショナル。残念ながらアームストロングは腹痛のため途中でリタイヤとなったが、チームメートのパドルノスらとともに、ツール2003最終日で着用した例のグレー(のUSPのジャージ姿USPの初期のオリジナルジャージのレプリカ)で現れた。(エキモフは通常のブルージャージで走っていたけれど。)

    レース結果はサターンのホーナーとマコーミックがワンツーフィニッシュ。エキモフがラスト800mで集団から抜け出して3位をがっちり掴んで、存在感をアピールした。シモーニは36位でフィニッシュ。また、マッシミリアーノ モーリ(フロマッジョ)がいつの間にか復帰して、8位に入っていた。以前、尿検査でスタッフの尿サンプルを使用したとして暫く姿を見せていなかったけれど。ちなみにサターンは2004年、スポンサー契約が一新するため、現在のスポンサー体制として走るのはこれが最後かもしれない。そういう意味で、サターンのワンツーフィニッシュは二重に嬉しい結果となった。


  • オチョアの銅メダル:ケルメのベルダ監督も「感動した」 & セビーヤのコメントはちょっと悲しかった ( 9.16.2003 )

    先日お伝えした通り、事故で九死に一生を得たハビエル オチョアがツールのオタカムステージに続いて表彰台に登った。チェコで開かれている2003オープンヨーロッパ選手権障害者自転車競技大会ITT部門で銅メダルを獲得した。ブレイン系の障害等級4級カテゴリー(マルカでは3級だが、エルムンドの記事によると4級)ではトップのタイムだった。

    いくらハビエルが元プロ選手だからといって、練習を始めてわずか数ヶ月。初めての大舞台で銅メダルなんて、普通は達成できることではない。実際、金メダルを獲得した選手も、「元プロだから、数年後には表彰台まで到達するだろうとは思ったが、まさかこんなにすぐにここまでやるとは」と脱帽した。また、自転車レース中に片足切断して、フィジカルなハンディキャップの部門でレースに出場したロベルトアルカイデ選手も、銅メダルをとって、互いの勝利を喜んだ。

    今回のハビエルの表彰台について、ケルメの同僚や監督が喜びの声を届けた。最新の新聞マルカから。

    ベルダ監督談話:「脳死と隣り合わせの状態まで行って、その後ここまで前進するとは いかに彼が犠牲を払って頑張ってきたかがわかる。精神的、肉体的屈強さがなければここまではできないだろう。」

    セビーヤ談話:「ここ数ヶ月 彼とはしゃべっていなかった。でも、彼がまた再びバイクに乗り始めたことは知っていた。最後に彼としゃべった時、ハビエルは、バイクにまた乗りたいと夢を語っていた。でも、同時に悲しそうだった。本当は、事故に遇う前みたいに、僕達と一緒に(プロとして)走りたいんだよね。」(このセビーヤのコメントには思わずホロリときてしまった。)

    「もしも今出場しているヴエルタで区間優勝できたら、勝利を多くの人に捧げたいけど、とりわけハビエルオチョアに捧げたい。ここまで頑張った彼と分け合いたいんだ。」

    2001年2月15日の事故で双子の兄弟リカルドの命は奪われ、ハビエルの命も危なかった。彼が昏睡状態だったのは64日間。事故直後、一本たりとも正常な骨はなかったという。更に肺には感染症を抱えていた。昏睡状態が長引いて、医師は人工呼吸器をはずすことも一時は選択肢にあったという。しかし彼ははずさなかった。この判断と、更に両親、兄、友人らのおかげで、今のハビエルがある。両親はハビエルの退院後、片時も彼を一人きりにしたことはない。常にそばにいる。

    なお、このチェコの2003オープンヨーロッパ選手権障害者自転車競技大会は、ヨーロッパ26カ国とその他12カ国の国が出場しており、日本も出場しているという。詳細は下記のサイトをどうぞ。


    http://www.jcadweb.com/2003openeuropean.html

  • オチョアの銅メダル:ケルメのベルダ監督も「感動した」 & セビーヤのコメントはちょっと悲しかった ( 9.16.2003 )

    先日お伝えした通り、事故で九死に一生を得たハビエル オチョアがツールのオタカムステージに続いて表彰台に登った。チェコで開かれているハンディキャップのある人の世界選手権で銅メダルを獲得した。ITT部門で銅メダル。ブレイン系の障害等級3級カテゴリーではトップのタイムだった。

    いくらハビエルが元プロ選手だからといって、練習を始めてわずか数ヶ月。初めての大舞台で銅メダルなんて、普通は達成できることではない。実際、金メダルを獲得した選手も、「元プロだから、数年後には表彰台まで到達するだろうとは思ったが、まさかこんなにすぐにここまでやるとは」と脱帽した。また、自転車レース中に片足切断して、フィジカルなハンディキャップの部門でレースに出場したロベルトアルカイデ選手も、銅メダルをとって、互いの勝利を喜んだ。

    今回のハビエルの表彰台について、ケルメの同僚や監督が喜びの声を届けた。最新の新聞マルカから。

    ベルダ監督談話:「脳死と隣り合わせの状態まで行って、その後ここまで前進するとは いかに彼が犠牲を払って頑張ってきたかがわかる。精神的、肉体的屈強さがなければここまではできないだろう。」

    セビーヤ談話:「ここ数ヶ月 彼とはしゃべっていなかった。でも、彼がまた再びバイクに乗り始めたことは知っていた。最後に彼としゃべった時、ハビエルは、バイクにまた乗りたいと夢を語っていた。でも、同時に悲しそうだった。本当は、事故に遇う前みたいに、僕達と一緒に(プロとして)走りたいんだよね。」(このセビーヤのコメントには思わずホロリときてしまった。)

    「もしも今出場しているヴエルタで区間優勝できたら、勝利を多くの人に捧げたいけど、とりわけハビエルオチョアに捧げたい。ここまで頑張った彼と分け合いたいんだ。」

    2001年2月15日の事故で双子の兄弟リカルドの命は奪われ、ハビエルの命も危なかった。彼が昏睡状態だったのは64日間。事故直後、一本たりとも正常な骨はなかったという。更に肺には感染症を抱えていた。昏睡状態が長引いて、医師は人工呼吸器をはずすことも一時は選択肢にあったという。しかし彼ははずさなかった。この判断のおかげで、今のハビエルがある。


  • ツールド北海道 終了 ( 9.15.2003 )

    日本鋪道の広瀬敏選手の優勝で幕を閉じたツールド北海道。公式サイトや選手たちのHPに詳細が載っていますのでどうぞ。

    今年もNHKで放送があるのかと思って、NHKのサイトで「ツールド北海道」とインプットしたら、とあるアナウンサーのページにヒットした。NHKのアナウンサーで、5年前にツールド北海道(一般の部でしょうが)に出場したという人がいたのだ。でも、それだけ。今年は放送ないのだろうか。


  • ハビエル オチョア銅メダル!! ( 9.15.2003 )

    2000年、ツールオタカムのステージで印象的な勝利をし、2001年2月に双子の兄弟とともにトレーニング中車に轢かれて九死に一生を得たハビエル オチョア。彼は 以前お伝えした通り、アテネのパラリンピック出場に向けて自転車競技に本格的に取り組むことにした。そして、昨日、2003オープンヨーロッパ選手権障害者自転車競技大会のITTでなんと銅メダルを獲得した。彼の得意なロードレースは21日日曜日に行われる予定で、こちらの結果が楽しみになってきたぞ。

    今回のITTは、障害部位ごとに部門が分かれており、オチョアが出た脳のパラリティック部門のレース以外に、身体のパラリティック部門のITTでも、スペインは銀と銅メダルを獲得した。


  • ツールド北海道 ( 9.14.2003 )

    第4ステージ、福島晋一選手が区間優勝に山岳賞、おめでとうございます。例によって、橋川選手のHPに詳しーいレポートがあります。田代選手は 哲学的なメッセージが写真とともに入っていますね。
    そうそう、橋川選手、自分では「今日は8位ぐらいだったと思う」って書いているけど、6位でしたよ。


  • ツールドフランスがロンドンでグランデパール? ( 9.14.2003 )

    ロンドンの市長、リヴィングストン氏が、ツールを招致している。2006年のグランデパールに、是非ロンドンを、と申請したところだ。プロローグはバッキンガム宮殿、トラファルガースクエアなどを回り、第1、2ステージで郊外に出る。第2ステージはケント地方からポーツマスまで行くつもりらしい。その後ドーバーを渡ってフランスへ、というシナリオ。果たしてソシエテの回答はどうでるだろうか。

  • タイラー ハミルトン移籍の真相を語る ( 9.13.2003 )

    既にお伝えした通り、2003年9月1日、ハミルトンはフォナックと契約を結んだ。本人いわく、プロ選手としてとても大きなチャンスだと思ったからだそうだ。移籍に当っては、当然いろいろ噂もあった。誰がどう交渉して、どう決めた、といった過程はプライベートのことなので本来的には余り話すことではないと思いつつも、そういった ばかげた噂をかき消すためにも、あの律儀なハミルトンは、自分の口から契約に至った背景を語った。

    「まず、チームを変えるといった大きな変化は、常にたやすいことではなく、チャレンジなのだ。フォナックの契約に際しては、かなり慎重に検討した。交渉を開始したのは6月。全てを完了したのが9月1日。自転車選手というのは選手生命がずっと続くわけでないから、こうした選択にはかなり慎重になる。幸運にも、今までを振り返ると、自分の場合、それぞれの達成の段階で、常にプロの選手として進化し続けることができたと思う。」

    モントゴメリーベルからUSPへ移籍したハミルトン。USPでヨーロッパという大舞台に立った時のことを振り返った。そして、USPからCSCへ移籍した時、周囲からはクレージーな選択だと言われたものの、チームの二本柱という待遇により、スキルを磨く機会を与えられた。こうして彼は、ーダーとしての大役を徐々に学んでいく。

    そして今、フォナックへ行く理由はなにか。それは、彼がUSPを去った時の状況と似ている。フォナックは、ハミルトン自身が更に上のレベルを目指せる環境を作ってくれた。チームは年々徐々に成長し、来年はツールに初出場することを目指す。チーム編成も、ツールという目的に向かって構造改革しているところだ。その筆頭リーダーとして、彼らはハミルトンを指名した。ツールに出るといった目的のために、全面的に選手らに対してバックアップ体制を整備してくれるということは、選手冥利に尽きる。

    機会をつかみたいなら、リスクを犯すこと、新しいチャレンジを恐れてはいけない。現状に甘んじることなく、常に新しいことに挑戦すべきだ、とハミルトンは語る。今までの経験やレースで達成したことは全て彼自身の肥やしになっている。そして、「次のフェーズに期待している」、そう語った。上記内容は、例によって丁寧な筆致で、下記URLに掲載されています。(9月2日のダイアリー)


    http://www.tylerhamilton.com/home1.html

  • ハミルトン(カナダ)世界選手権日程 ( 9.12.2003 )

    ハミルトン(カナダ)世界選手権日程は下記のとおり。

    http://www.eurosport.com/home/pages/V3/L0/S18/E5641/event_Lng0_Spo18_Evt5641.shtml

  • トロフィーだけ公開。。 ( 9.12.2003 )

    ヴエルタの結果を知りたいけど、衛星放送開始までぐっと我慢。。という人に、先日お知らせした、ヴエルタの優勝者に贈られるトロフィーの写真だけを公開します。(9月4日のトクダネ参照。)例のガラス工芸品国立センターがデザインした芸術品というクリスタル状のトロフィーです。

    http://www.usps-berryfloor.com/largeimg.aspx?Lang=en&img=Vuelta%20trofeo1

  • ツールはリエージュを採択 ( 9.12.2003 )

    バルセロナが文化年を記念して、ツール2004を招致している話を今年始めにしましたが、(バルセロナ市長とルブラン氏の会談が1月にありました)、残念ながら、バルセロナ案は、ここにきて、廃案に。ツール当局は、ベルギーのリエージュでグランデパールとなることを決めたため、バルセロナまでコースを伸ばすのは、コース作りの上で難があるという結論に至った。ツールコース発表は10月末。今、着々と最後の詰めが行われている。

  • ツールド北海道 9月11日 第1ステージ ( 9.11.2003 )

    ツールド北海道メール配信でも リザルトを受信できるという貴重な情報ありがとうございました。今日のレースレポートですが、橋川選手のサイト情報によると、田代選手は携帯電話の電波の関係で、リザルトアップできないとのこと。確かにサイトを見てみましたが、そのようでした。残念。でも橋川選手、福島晋一選手のサイトには最新情報アップされています。2人とも いい位置につけています。

    http://www.tour-de-hokkaido.or.jp/tourde2003/result/frm_result.html TDH
    http://mbspro4.uic.to/user/hashiken.html 橋川選手
    http://diary.cgiboy.com/d01/fug100/ 福島選手


  • ツールド北海道 9月10日 初日プロローグ ( 9.10.2003 20:20 )

    初日の2.3キロのプロローグは 生憎 雨に見舞われたそうですが、そんな中、愛三工業レーシングの西谷泰治選手がプロローグで優勝したそうです。結果など、随時下記公式サイトで更新される予定。おもしろいのが、レースが終わった直後に、既に参加した選手のサイトに、初日プロローグのことが書かれていること。橋川選手は本人いわく10位近辺だったということで、一方 福島晋一選手は2分54秒台を叩いて5位、田代選手はトップから8秒遅れだったそうです。それにしても、レースが終わってすぐに、選手のレースの感想が生で聞けるなんて、隔世の年があるなぁ。

    http://www.tour-de-hokkaido.or.jp/# 公式サイト
    http://mbspro4.uic.to/user/hashiken.html 橋川選手のサイト
    http://diary.cgiboy.com/d01/fug100/ 福島晋一選手のサイト
    http://www.sbtm.jp/tashiro/index.htm 田代恭崇選手のサイトColumn of Tashiroのところ

    (上記ブリヂストンの選手は 3人とも、初日のレースレポートがすでに入っている。彼らは、みんなレースが終わってから、いっせいにPCに向かってそれぞれの日記をインプットしたのだろうか。。?)


  • ウルリッヒはアームストロングのような体制を目指す ( 9.10.2003 )

    テレコムから再びラブコールがかかっているウルリッヒだが、ビアンキと更に3年間契約更新する方向で動いている。ウルリッヒが現在ビアンキに提示している条件は、ツールでのチームのフルサポート。USPの盤石の体制を見て、自分に欠けているものがあるとしたら、「チーム ウルリッヒ体制」だと思ったのだろうか。

    「アシストたちからフルサポートをもらうために、もし彼らに対する給与アップが必要だったら、それは惜しまずに要求に応えてやってほしい」、とまで述べている。ここまで堂々と意見が言えるのも、王者の貫禄だ。

    ツールなどの場合、個人の資質がいくらあっても、それを支えるあと8人の選手の体制次第で、結果が異なってくる可能性は十分ある。特に、今年のTTTでエウスカルテルとサエコが出遅れたように、TTTという団体競技が個人の成績に跳ね返るのだから、こうなるとチームの力はますます見逃せない。2004年もTTTはあるのかどうか、イバンマヨあたりは心配しているに違いない。

    ビアンキはサブ スポンサーを募り、ウルリッヒの要望にこたえるように努力する。こうしたクリアすべき条件はまだあるものの、ウルリッヒのビアンキとの契約は早ければ来週にでも締結される見込み。締結完了すれば、チームウルリッヒに向けて、ウルリッヒは11月から来年のトレーニングにとりかかる。従って、ウルリッヒにとって、今季は9月21日のニュールンベルグのレースが最後。世界選手権はパスする。既に彼の目は来年に向いているのだ。


  • マウンテンバイク世界選手権 (ルガノ)終了 ( 9.9.2003 )

    9月4日(木)から7日(日)の日程で行われたマウンテンバイク世界選手権が全ての日程を終えた。結果は下記cyclingnewsのサイトで見られる。

    http://www.cyclingnews.com/mtb/2003/MTBworlds03/?id=default

    また、日本から出場した選手情報は下記。
    http://www.jcf.or.jp/jp2/top.shtml

    鈴木雷太選手のDiaryにも写真つきでルガノの模様(と、レース終了後の泥をかぶったすがすがしい顔)が入っている。
    http://www.raizou.com/ 鈴木選手HP
    http://www.cyclingnews.com/mtb/2003/MTBworlds03/?id=xc (クロスカントリーXC結果)
    http://www.cyclingnews.com/mtbworldsphotos.php?id=photos/2003/aug03/MTBworlds03/4x/4xqual4 末政 実緒選手が宙に舞う写真がcyclingnewsに掲載中。


  • ペチャロマーンはクイックステップと契約 ( 9.8.2003 )

    ボルタアカタルーニャ、バスクツアーでステージ優勝と総合優勝をあげ、のりに乗っているぺチャロマン。現在ヴエルタにも出場している。しかし、現チームのパテルニナの監督モレノ氏と話し合わないままクイックステップと契約を結んでしまったため、軋轢がおきている。モレノ氏は、ぺチャロマンのためにラボバンクとの契約の実現を模索し、便宜を図ってあげようとしていたところだったのだ。だから、というわけでもなかろうが、初日のTTTで彼が脱落してもチームは彼を置き去りにすることを決定。(一応ヴエルタのニュースは別のコラムにしていますが、レースの上位成績に関わらないことなので、このぐらいは言っても差し支えないでしょう。)ぺチャロマンは屈辱の結果に終わった。(トップでTTTをゴールした選手から6分8秒遅れ。)ヴエルタは残りまだ20日ある。チームと不協和音の中走って、いい結果が出せるだろうか?

  • ムセーウ世界選手権出場が危ないという観測も ( 9.7.203 )

    ヨハン ムセーウの自宅が警察の捜索を受けたことを受け、チーム、クイックステップの監督ルフェーブル氏がコメントを発表した。
    「ムセーウのことは信頼している。捜査の結果が出れば、やがて白であることが明白になるだろう。ただ、今回の件で、彼のイメージは汚された。」と。

    ムセーウは、週末のオランダのレースを走ることになっているが、カナダのハミルトンで行われる世界選手権出場の準備は難しい、と監督は観測する。

    「レースには出続けないと、逆に隠し事があるように思われる。だからレースは続行だ。しかし、世界選手権のトレーニングには、今回のことが支障となり、難しいのではないか。数日中に、本人が正式な記者会見を開くと思う。」


  • ヴエルタニュース ( 9.6.2003 )

    今回のヴエルタに出場する選手の国籍別データが出た。

    スペイン が90人。ついでイタリアが38人、ドイツ11人、オランダ7人、デンマーク、USA、スイス、ベルギーが6人、ポルトガル5人、オーストラリアが3人、ウクライナ、ルクセンブルグ、チェコ、モルダヴィア、フランス、オーストリアが2人、UK、カザフスタン、ベラルーシ、ベネズエラ、NZ、ロシア、カナダが1人。


  • ラバルカ2 カフェ バケというチーム ( 9.6.2003 )

    カフェ バケといったらスペインでは自転車チームのスポンサーとして、よく登場する名前だ。特に99年アマチュア時代のイバン マヨがカフェバケに在籍していたので、私も名前を知っている。当時のウエアは、LOOKの黄色いバイクに合わせ、白地に黄色とブルーが入ったジャージだった。脇にはあちこちにカフェバケというロゴが大きく入っていた。今年のラバルカ2 カフェバケのジャージもやはり黄色が主体。ただラバルカ2のほうがロゴとしては上に入っている。

    また、バネストからカセロやブランコらを新チームビタリシオに引っ張ってきたビタリシオの監督 ハビエル ミンゲス氏が、今年からラバルカのコーディネーターとしてチームにジョインしている。

    そして、2001年ツール第12ステージで優勝したフェリックス カルデナスがケルメを飛び出して移籍したチームでもある。(覚えていますか?カルデナスがツール2001で優勝した時の模様は下記。)

    http://fuunaa.hp.infoseek.co.jp/photo/tdf01/P7216047.jpg
    http://fuunaa.hp.infoseek.co.jp/tdf01/j-tdf09.html

    今回ビッグマットからラバルカ2に移籍したアイトール キンタナが以前のカタルーニャレースの検査でエポの反応が出て、つい最近わかった2度目の検査結果でも陽性となり、急遽チーム ラバルカは、出場メンバーを変更した。代わりの選手はバレンシア出身のイバン エレロ。また、エルナン ブエナオラ(コロンビア)の膝の怪我が完治せず、グスタボ オテロが代わりに出走。最後の最後で2人の選手が交代して、本日のヴエルタにのぞむ。


  • ヴエルタ ニュース:スタート前にひとり脱落 ( 9.6.2003 )

    薬物検査で一人ひっかかった。カフェバケ ラバルカ2のアイトール キンタナだ。ヴエルタの前の薬物検査では誰一人ひっかからなかったものの、キンタナは、ボルタアカタルーニャ第3ステージで優勝した後、6月21日の検査で陽性になった。その後カウンター検査が行われ、これでも陽性に。結果、彼のヴエルタ出場はなくなるものと思われる。

  • 速報:ヴエルタ初日のTTT順位 ( 9.5.2003 )

    6日の第1ステージは、チームTTで開幕するヴエルタ。最初のスタートはバネストだ。以下、リラックス、ドミナヴァカンツェ、パテルニナ、CSC、ミラネサ、ラバルカ、ビアンキ、ケルメ、フォナック、エウスカルテル、サエコ、ラボバンク、ランプレ、アレッシオ、テレコム、コフィディス、サウニエドゥバル、クイックステップ、オンセ、USP、ファッサボルトロの順となっている。

  • ヴエルタ直前 アイトール ゴンザレス インタビュー ( 9.5.2003 )

    「ツールをリタイヤした時点では、ヴエルタで走りたくなかった、というか、いい調子で走れるかどうか自信がなかった。病気で5日間完全にトレーニングをストップしたりもした。その後ヴエルタアブルゴスで調子も上向いたので、まあイケるかな、と思ってる。」

    「(一番優勝に近いと思う選手を聞かれて)カセロだね。ブルゴスで調子がよかったし、準備も着々とやっているようだ。それに彼はいつもこの頃調子を上げてくるからね。」

    「(今年と去年のコースの違いは?と聞かれて)今年の方がきつそうだね。今年は山頂ゴールが多いし、山岳TTが入っているから。これは僕にとって不利でも有利でもないね。だって鍵はコースの状況ではなく、僕自身の脚にあるんだから。もし調子がよければ問題ないだろう。」


  • ムセーウらが警察の取調べを9時間受けた件 ( 9.5.2003 )

    昨日、ランスの離婚の記事と同時に、もうひとつ大きい見出しがあった。薬物取締り捜査の一環として行われた警察の手入れで、ムセーウ(QSD)、ヨープランカールト(COF)、クリスピールス(COF:最近USPへの移籍を打診していて断られたというニュースがでたばかり)らの自転車選手の自宅が取調べを受け、在宅していたムセーウが9時間もの事情聴取を受けたというのだ。暫く静観しようかとも思ったけど、気になっている人もいると思うので、少々触れることにしました。

    今回の一斉取り調べは、薬物関連の取引に手を染めているディーラーの男が捕まったことに端を発し、ムセーウの自宅のPCなども押収された。在宅していなかった他の自転車選手にも、出頭要請が出ている。今回の捜査対象者には、VDBとニコマッタンの名前は含まれていない、とCyclingnewsはわざわざ述べている。


  • ヴエルタ ( 9.5.2003 )

    cyclingnewsのヴエルタの頁がやっとできあがりましたね。

    http://www.cyclingnews.com/road/2003/vuelta03/?id=default

    ヴエルタ開始後は、こちらの頁ではヴエルタ以外のニュースを取り扱う予定です。ヴエルタ関連ニュースは、ヴエルタ専用頁にて。


    http://www.cyclingnews.com/road/2003/vuelta03/?id=default

  • アームストロング離婚の続報 その2 ( 9.4.2003 )

    アメリカ時間の9月3日水曜日、ランス アームストロングとクリスティンが離婚を発表した。別居を開始したのは、2週間前のこと。2人はスペインのジローナの自宅からオースティン テキサスに戻り、そのまま別居した。現在2人は、オースティンの中心部の家に別々に住んでおり、代理人を介して離婚の手続きを進行中。アームストロングいわく、「ちょっとクレージーな話だけど、別れてからの方がいい友達でいられる」と。2人とも、子供のための、友好的な別離だと語っている。互いに目も合わせないような冷え切った家庭の中で、それぞれが子供を顧みないような日々は送りたくないと。

    2人が最初に別居を始めたのは1月後半。2月に別居を正式に公表したが、レースシーズンが始まり、やがて家族はランスにスペインのジローナの家で合流し、いったんよりを戻したと宣言。しかし一方で、関係を完全に修復するために、2人はカウンセリングを受けたりしていたという。7月27日、ランス5連覇達成の時には妻、3歳のルーク、22ヶ月の双子のイザベルとグレースがランスと一緒に優勝の祝賀パーティーに出席した。そして、8月は家族でバカンス。更に今週の日曜日、ランスはテキサス大学のフットボールチームのシーズンスタートキックオフに3人の子供とともに登場。しかし、そこには妻の姿は無かった。

    2人が出会ったのは1997年。その11ヵ月後に結婚。5年間の結婚生活だった。ランスは癌の化学治療前に精子バンクに精子を預けており、2人は家族をもうけることを考えた。99年長男ルークが誕生。ツール初優勝の3ヵ月後のことだった。2001年11月には双子の女の子が生まれる。そして、、、2003年9月3日、離婚。きしくも、この日は連邦下院議会がランスのツール5連勝を全員で祝い、その不屈の精神を称えた日だった。2人は離婚後もオースティンに留まるという。


  • アームストロング離婚の続報。 ( 9.4.2003 )

    今年初めにいったん別居し、その後修復し、スペインで同居生活を始めたものの、ツール5連勝のあと、やはりぎくしゃくが取れなかったランスとクリスティン。8月に別居を始め、紙の上でも離婚届けを出したという。子供のために別れたといい、今後はいい友人として関係を保ちたいと。

  • ランス離婚! ( 9.4.2003 )

    ランスアームストロング、離婚発表!

  • ヴエルタ ニュース ( 9.4.2003 )

    Unipublicの発表によると、今年優勝者に与えられるトロフィーが新しくなる。情報によると、新しいトロフィーは、ガラス工芸品国立センターがデザインした芸術品らしい。彫刻が施され、様々な技法が駆使されていると。中に使用されているプリズムのデザインは、過酷なレースを克服して優勝する選手の努力を象徴している。また、用いられているスロープ部分は、選手達が踏みしめるアスファルトの道を示す。また、トロフィーにはコラボレートする4人の自転車選手の姿も刻まれている。

    その他 人生を象徴した3つの車輪、今年のコースを表す手で磨かれた半球など、薄板、溶解技術などを駆使して様々な趣向が凝らされている。手作りのこの芸術品は製作費300万円以上と言われているが、スポーツ競技のトロフィーを芸術品にまで高め、様々な工夫を凝らして創作ており、実際には芸術的価値は値段のつけようがない、と作製したセンターの所長は述べている。


  • ドミナヴァカンツェのドタバタ劇は収拾 ( 9.4.2003 )

    チッポリーニがヴエルタ出場をキャンセルしたためにチームごとヴエルタからしめだされたドミナヴァカンツェ。結局、昨日になって急遽チッポリーニはヴエルタに出場することにして、事態は丸く収まった。ドミナヴァカンツェの言い分としては、「チッポリーニの出場を前提にヴエルタに招待されてはいたが、最終的なヴエルタ組織委員との合意書には この条項は入っていなかった(からチッポリーニをはずしてもいいと思った)。」とのこと。Unipublic側の反応がチーム締め出しという強行手段に及んだので、チームも慌てたらしい。いずれにしても、これで当初通り22チームの出場でヴエルタは土曜日に開幕とあいなった。

  • ホットニュース: イバン マヨ ( 9.3.2003 )

    マヨのエウスカルテル残留がとりあえず決定した。二転三転あったものの、決裂しかけた状況を乗り越えて、口頭で合意。しかし、書面での合意は条項作成もあり、1ヶ月近くかかるようだ。マヨの残留は、バスク州のビスカヤ地方のファンの熱望により実現したようなもので、実は幹部側は、手放してもやむなしという雰囲気が濃厚だった。条件面での相違が相当あったせいだ。特にマヨは今年のヴエルタもスキップしていることからもわかるとおり、ツール一辺倒で、ヴエルタは目標としていない。一応3年契約で口頭による合意には至ったものの、両者の溝が埋まったわけではない。年棒は72万ユーロ程度と見られる。(今日は最近のレベルにしてはやや円高で、1ユーロ=130円弱。正確にはTTS126.88円)

  • ヴエルタの出場チームと選手リスト(暫定版) ( 9.3.2003 )

    メニュー頁に掲載しているヴエルタ出場選手リストのリンク先URLが変わりましたので、訂正しておきました。もっともドミナヴァカンツェはまだ削除されずに、リスト上にはそのまま残っていますが、そのうち丸ごと消えることでしょう。URLは、

    http://www.todociclismo.com/vuelta/equipos.asp

  • イバンマヨはエウスカルテルと3年契約延長へ ( 9.3.2003 )

    本日のcyclingnewsに、マヨはエウスカルテルを去るといった記事があったけど、最新版のスペインの新聞はバスク地方のビスカイア地方の新聞DEIAも含めて、逆の記事になっている。マヨからカウンターで条件が出され、概ねチームも了解の方向で3年契約を延長することでほぼ合意が取れていると。

    恐らくcyclingnewsは、昨日のDEIA紙を翻訳して、あの記事を書いたらしい。でも今日になってDEIAは180度逆の記事を出した。更にバスク地方の大手新聞も、マヨがエウスカルテルと契約更新し、3年契約となるという内容だ。

    まあ事実の方は、そのうちはっきりするだろうが、それよりもバスク地方の新聞が、二転三転しながらも、マヨの動向に一喜一憂している様がおもしろい。やはり、マヨというヒーローには、バスク地方以外のチームで走って欲しくない、人々のそんな切なる願いが伺われる。

    最新の記事によると、昨日マヨと代理人がチーム幹部と交渉のテーブルにつき、マヨの差し出した条件に概ね合意。早ければ、本日午前中にも調印したいとしている。マヨから提示のあった条件には、現在のオファー金額のアップを要求する内容や、最大目標であるツールドフランスの前後のレースカレンダーに関しても要求があった。更に、前回お伝えしたように、タイムトライアルのトレーニング強化なども盛り込まれている。


  • ドミナヴァカンツェはツールに続いてヴエルタもMiss Out! ( 9.3.2003 )

    やはり、ヴエルタの主催者Unipublicは、有言実行だった。かねてから噂されていた通り、チッポリーニがヴエルタをドタキャンしたため、ドミナヴァカンツェのチーム丸ごとヴエルタからはずすことを決定した。これはツールの時と事情はほとんど一緒。チッポリーニが出ればワイルドカードでドミナを選出するが、花形スター抜きならチームの選出は取りやめと。

    ヴエルタの場合は、チッポリーニが出場するならワイルドカードでチームを選出する、とチームに事前通告し、チーム側もこれを承諾したためにチーム選出が決定した。そして、スタートリスト上でもチッポリーニをリーダーとして登録しておきながら、その後、チッポリーニは欠場を決めたのだった。取り決めを破ったということでドミナは主催者の機嫌を完全に損ねた。かくしてヴエルタは22チームの予定が21チームに変更となって6日スタートすることとなった。

    やはり、世界チャンピオンが出場する、しない、では広告効果が断然に違う。ひとりの選手の存在が、チームやレースにとってはいかに大きいかということだろう。今年のウルリッヒのケースもそうだった。ウルリッヒがいなかったらチームビアンキはツールには出場することはあり得なかった。いやその前に、そもそもウルリッヒがいなかったら、チームビアンキというチーム自体成立しなかった。

    ドミナヴァカンツェには、よく新聞にコメントを掲載するスペイン選手ミゲル アンヘル ペディグエロや、イタリア人ながらマドリッド在住のロンバルディらがおり、Unipublicとしても、彼らをレースからアウトにするというのは痛恨のきわみではあるが、やはり約束は約束。筋を通さなかったチームの態度を遺憾であるとした。


  • 「自転車選手の女房たち」で掲載したダニエル クラベロ ( 9.2.2003 )

    先日心理学者のアナ クラベロ(ダニエルクラベロ選手の奥さん)を紹介したので、今日はその本人 ダニエル クラベロ選手の略歴をどうぞ。

    クラベロは、92年アルティアチでデビューし、96年にMxオンダ(つまり菊田選手と95アルティアチと、96年Mxオンダで同じチームだったということらしい)、97年エステポナ、98年ビタリシオ、200年にポルティ、2002年からメルカトーネに在籍している。

    ダニエルは、サッカー選手になるつもりだった。自分でも相当いけると思った。しかし、足の指に大怪我をして、医師からリハビリに他のスポーツをやるように薦められた。そこで祖父トマスはダニエルに自転車を買ってやった。これが彼と自転車との出会いだった。そしてその後めきめきと自転車での才能を現した。しかし、彼は、ずっと自転車と学業の両立が大事であると考えてきた。だから製図の勉強をずっと続け、そして、自らが率いる若手選手で形成する「クラベロ兄弟チーム」では、勉学を怠らないことを入団の第一の条件としている。

    マドリッド育ちだから、レアルマドリッドが大好き。エドゥアルド メンドサの小説が好き。現在はイタリアのチームで走り、ジロではなかなかいい成績も残してきた。1998年に総合5位だったのを始め、99年には総合9位、2001年は26位、2003年は43位だった。ダニエル クラベロはパンターニの大親友。「マルコが引退する時に僕も引退したい」そう語る。


  • ツール ド 北海道 ( 9.2.2003 )

    ヴエルタは今週6日からスタート。更に、ツール ド 北海道は10日スタートだ。10日に旭川市でプロローグが行われ、15日に札幌市のモエレ沼公園でフィニッシュとなる。先日自転車会館で かなり立派なTDHのプログラムをもらってきた。サイトは下記。

    http://www.tour-de-hokkaido.or.jp/index.html

  • ハミルトンのフォナック入りが決定 ( 9.1.2003 )

    今年のツール、ハミルトンがフォナックに行くという噂が絶えなかった。既にハミルトンのインタビュー記事の翻訳(レッキップの記事)でもご紹介したとおり、ツールの最中 彼はツールに集中したいので、それに関してはノーコメントと言ってきた。ただ、フォナックからコンタクトがあったことは認めていた。そして、このたび2年契約300万ユーロで彼はフォナックと契約したという。フォナックはツール出場を去年も今年も逃しており、是が非でもツールに行くために、お金を積んだと思われる。こうなると、ベロキのフォナック入りの噂は微妙になるかも。ベロキはとりあえず、あと1週間はサイス監督の選択の結果を待つらしい。ハミルトンはCSCと仲たがいしたとかいったことはないといい、チームには感謝の意を示している。でも、選手生命は短い。よりよいオファーが来たら乗り換える、それは駆け引きの一部だ。

  • ウルリッヒ世界選手権欠場 ( 9.1.2003 )

    cyclingnewsに「Jan Ullrich calls it a year」という見出しが載った。Call it a dayというイディオムで、「今日の活動はこれで打ち切る」という意味。つまりcall it a yearといったら、今年の活動はこれでおしまい、というわけ。8月31日のニュールンベルグのレースが今年最後のレースだそうだ。(結果はテレコムのフンデルトマルクが優勝し、ウルリッヒは5位だった。ちなみに今年のツールでビリだったロットのドゥクレルクは6位だった。)

    つまり、ヴエルタも世界選手権も出場しない。当初ウルリッヒは世界選手権に照準を合わせ、ツールは調整だ、と語っていたが、ツールで相当いい結果を残し総合2位で終わったので、ここでやりすぎて来年に支障を残したくない、ということになったようだ。以前トレーニングのやりすぎで膝を故障した苦い経験もあることだし。

    このあとウルリッヒの予定は、F1のミヒャエルシューマッハーに会って、その後 オフとなる。しかし、11月には来年の準備を開始し、来年はツール優勝に向けて相当やる気十分みたいだ。アームストロングもうかうかしていられない。

    一方のアームストロングだが、「今年随分ツールで失敗をして、学ぶことがあった、来年はこの経験を生かしたい」、とVeloマガジンで語っていた。両者の対決が今から待ち遠しい。まずは今年10月末にあるであろうツールのコース発表が楽しみだ。


  • ツーマンTTのGPエディメルクスは火事のため45キロから25.9キロに縮小 ( 9.1.2003 )

    2000年にはアームストロングとエキモフのコンビが優勝している2人組ITTのレース、GPエディメルクスが8月31日に行われた。ツール最終日ナントのTTのときの成績で行くと、エキモフ、ペーニャ(USP)組が有利かとも思われたが、ドイツゲロルシュタイナーのリッヒとペシャル組が優勝した。この日はコース上の地点から50mほどに位置する店で火事があり、影響を恐れて急遽コースを半分近くに短縮することになった。しかし既に12組が出走しており、彼らは最後の組で再スタートとなった。しかし、この中に優勝候補と目される強いチームは入っておらず、レース結果には影響はなかったと見られている。

    その間 急いでコース変更が行われ、レースは仕切りなおしとなり、ドイツの2人組がボドロギとロジャースの2人を上回り優勝した。リッヒは、カナダのハミルトンで行われる世界選手権には消極的。アメリカ大陸までわざわざ行くのは意味がないと思っている。できればヨーロッパにとどまってレースをこなしたいと。結果は下記にて。

    http://www.cyclingnews.com/road.php?id=road/2003/aug03/gpeddymerckx03


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こちらのニュースソースについて:ページ最下段にも掲載していますが、2000年にcyclingnewsと念書(Letter of Intent)をかわし、記事の翻訳につき正式に同意を入手しています。従って、特に記載のないものはソースはcyclingnewsです。

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このたび、オーストラリアのKnapp Communications Pty Limited(cyclingnews.com運営)と趣意書をかわし、同社よりサイトのニュースの翻訳権を入手しました。(effective as of 19/Nov./00) Jump


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