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特ダネ・ニュース 2003年10月の記録..
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  • 号外>> ベロキ、サイス監督と決裂、ベロキは山に芝刈りに。。。? ( 10.31.2003 )

    オンセは新しいスポンサー、リバティー保険を見つけたが、ベロキは契約をしなかった。代わりに なんと、イタリアのStayerという新チームとの契約話が急浮上。Stayerは芝刈り機やドリルの供給会社で、既にイタリアのバスケットチームのスポンサーなどをしている。実は、このStayer、もともとサイス監督がオンセの後身チームとして当初交渉していたチームなのだ。しかし、サイス監督はリバティー生命と接近し、こちらの方と新チーム結成の方向で最終的な折衝をすることになった。

    一方 ベロキの弁護士はイタリアに飛んでStayerと契約条項などに関して確認しているところ。決定的な結論には至っていないのだが、もうスペインでは ベロキとサイス監督の離別話はトップニュースになっている。このStayerには、パンターニやメルカトーネのスペイン人、クラベロらが加入交渉中。また、先日来日したビアンキのガルシアカサス、ララ、プラサの3人のスペイン人選手らも移籍するのでは、と噂されている。これからStayerという名前、ちょっと注目。


  • ハビエル オチョア、チェコで獲得したメダルの数は合計7個 ( 10.30.2003 )

    頂いた情報によると、ハビエル オチョアが、このたび長いインタビューに答えたとのこと。原文のgara.netの記事(バスクのWeb)は かなり読み応えがあるので、後日掲載するとして、とりあえず、インタビューとは別に、9月のチェコで行われたヨーロッパ選手権の詳報が出ていたのでお知らせします。なんとチェコでは、以前お伝えした金と銅メダル以外にもメダルを獲得していたらしく、合計7個獲得したとのこと。(オチョアはバスクの人なので、さすがにバスクのWeb情報は詳しい。)彼が獲得したのは下記。

    金メダル:ITT(ヨーロッパ選手権レース)、ITT(ヨーロッパの枠をはずしたオープンレース)、ロードの合計3個
    銀メダル:3000mピスト(ヨーロッパ選手権レース)、3000mピスト(オープン)、ロード(オープン)、の合計3個
    銅メダル:1000mピスト(ヨーロッパ選手権レース)で1個

    また、このgara.netの抜粋記事を掲載しているDaily Pelotonのサイトにオチョア兄弟の事故のことが記載された特集記事がある。病気の経過は既にお伝えした内容と重複するものの、リカルドオチョアの葬儀の写真やオラーノとハビエルのツーショット(バレンシアクリテリウムの際の写真)など、今まで見たことがない写真が掲載されている。URLは下記。

    今回、この記事を教えてくださったのは、以前CSCのビデオを教えてくださった方です。(あのビデオ、面白かったと反響ありました。私自身も、すごく面白かったし。ありがとうございました。)今回の情報によると、Daily Pelotonのサイトに、ハビエルオチョアのインタビュー特集が掲載されているとのことで見てみたら、インタビュー記事の元ソースはgara.netとのこと。さっそくそちらに行ってみて 唖然。字が読めない。なんとバスク語で書かれた記事だった。でもバスク語は一部の記事のみで、あとはスペイン語。よかった。でも、コラム欄はバスク語。Ekonomiaは経済、Kulturaは文化、というぐらいはすぐわかるけど、スポーツはどれか全然わからん。適当にKirolakというところをクリックしたらスポーツが出てきた。バスク語でスポーツは、Kirolakというらしい。。。

    このDaily Pelotonのサイト、私はヴエルタの時にステージリスト確認などの目的で見ていましたが(見やすかったので)、以来ノーチェックでした。みなさん、いろいろなサイトをチェックしていますね。


    http://www.dailypeloton.com/displayarticle.asp?pk=4913

  • オンセはスポンサーを変えて継続決定 ( 10.30.2003 )

    オンセの後のスポンサーがやっと決まったようだ。このほどリバティー保険と5年のスポンサー契約で合意したという。リバティー保険会社は1912年に米国で設立された。以来、労災などの分野に力を入れ、日本も含め、世界各国にネットワークを持つ。新チームはオンセを丸ごと引き継いで、トップ10のチームを目指す。しかし、ベロキがジョインするかどうかはまだ決まっていない。リース監督率いるCSCに移籍するシナリオもまだ残っている。

  • カセロはケルメとの契約に近づいた ( 10.30.2003 )

    過去2年間、ケルメとの交渉はいつも頓挫してきたカセロだが、今回はかなり契約に近いところまでこぎつけたようだ。本人自らが語ったところによると、ベルダ監督との口約束による合意は取れた。あとは、スポンサーのペペを説得するだけ。ほかにも海外チームから1つオファーが来ているが、本人はスペインチームで走りたいという強い意向があるため、またチームビアンキ、来年はどうなるか全く混沌としているため、カセロはケルメに賭けている。

    また、スペインの新聞に、ジャパンカップでガルシアカサスが4位だった記事が載っていた。カサスもビアンキ所属。シーズン最後のレースで上位に入って、次につなげたいと意欲も沸いたのではないだろうか。


  • 下野新聞から ( 10.29.2003 )

    今年も宇都宮在住のKちゃんから下野新聞が届きました。ジャパンカップを唯一大きく取り上げている新聞。素晴らしいのは、大リーグのマーリンズの優勝記事よりも、バルベーロのゴールシーンの写真の方が大きい。更にダイエーVS阪神の写真は全部モノクロなのに、ジャパンカップはカラー!素晴らしい!!27日付けの同紙から抜粋。

    「10周目。周回終盤の起伏が選手を苦しめ、約10人の集団がばらけだす。バルベーロは時機を得るや、初めて上位で最終周に入った。中盤過ぎでV争いは完全に3人に。先頭は23歳のシンケビッツ、続いて27歳のトレンティン。33歳のベテランは3番手に位置し、ここでも体力を温存。残り500mでトレンティが仕掛けた最後のアタックを難なくかわした。

    <一番きつかったのは最周回の古賀志山林道。脚がつって駄目かと思ったけど、力を振り絞り上った。それをクリアしたから、ラスト500mは比較的余裕があったんだ。最後までエネルギーを保つことが重要。>」


  • 世界選手権観戦に行った人からEmail ( 10.29.2003 )

    カナダからEmailがきた。9月中旬に仕事でアテンドしたチリ人から。開けたら案の定スペイン語で書かれている。ハミルトン付近に住んでいると言っていたが、世界選手権を期間中何度か見に行ったそうだ。別に自転車ファンではないが、私が彼が日本滞在中「ハミルトンといえば世界選手権があるんだよ」、と言ったので、興味が沸いたようだ。それに町は世界選手権で盛り上がっていたらしく、なんとなく行きたくなった模様。そして、「すごくよかった」と。羨ましい!

    世界選手権男子エリートで優勝したのはアスタルロア。去年2人で撮ったツーショット写真があったので、メールでチリ人に送った。「今年優勝した選手と、去年ツーショット写真撮ったんだよ」、と。まあ、世界選観戦に行けなかった負け惜しみのようなものだけど。


  • 更新情報 ( 10.29.2003 )

    ジャパンカップの動画を入れました。クイックタイムなどで見ることができます。音声が入っているので、仕事中に見るのはアウトですけど。下記のURLをクリックすると動画に行けるリンクがあるので、それをさらにクリック。上がスタート地点、下が2周目の模様です。

    http://www.h7.dion.ne.jp/~naco/jc03/j-001.html

    http://www.h7.dion.ne.jp/~naco/jc03/j-002.html

  • 2人はスピードつながり? : サンドラ ブロックと ランス アームストロング 恋の噂!! ( 10.28.2003 )

    よく見つけましたねぇ。読者の方が、サンドラブロックとランス アームストロングの 熱愛記事を目にしたということで連絡頂きました。記事があったのは(なんと)テレコムのHPにあるテレコム オンライン ニュース。但し、おおもとのソースは英国の大衆紙サンデー ミラーでした。(ということで、この噂、単なるゴシップの可能性は高いけど、まあいいや、訳しちゃえ。)

    39歳のハリウッドスター、サンドラ ブロックとランスの恋の噂は、どうやらサンドラブロック側の話がもと。サンドラの友人によると、<ランスこそ理想の人>、とサンドラがほれ込んでいるとのこと。「彼は成功していて、意志が強くて、癌を克服し、更にゴージャスじゃない!」という感じらしい。そして、サンドラは、「10日間で男を上手にフル方法」で共演して以来つきあっていたマシュー マコノヒーを捨てることにした、らしい?!
    ブロックは、いわずと知れた大物ハリウッド女優。映画「スピード」などのヒット作品で知られている。

    彼らが出会ったのは、今年初め テキサス、オースチンで開かれたチャリティー ライドの計画の際。最近になって、ランスはサンドラに金のブレスレットを贈った。そこには「君のせいで僕のハートはドキドキしっぱなしさ」と書かれていたとか。(「You Keep My Heart Racing」で、ドキドキするという意味とレースをするという両方の意味を持つRaceという言葉が使われている。)また、最近になって2人はマンハッタンの高級レストラン「66」で目撃されている。目撃者の話では、2人はそこそこ いちゃいちゃしていたとか。(余り具体的に書くのは辞めておきます。知りたい方はSunday MirrorのHPに行きましょう。)

    クリスティンとは友好的に破局したとはいいつつも、やはり離婚はランスにとって、かなりの痛手だったようだ。なんとか今、一時の状況からは立ち直り、今は子供達のために最善を尽くしたい、というランスのコメントで新聞記事は結ばれている。以上、週刊誌ネタでした。


  • VDB、6つ目のチームはファッサ? ( 10.28.2003 )

    フランスのレキップ紙情報によると、先日突然クイックステップを去ったVDBが、ファッサボルトロと交渉をしているとのこと。両者コンタクトをしたことは事実らしく、VDBのマネージャーも認めている。ロット、コフィディス、ランプレ、ドモ、クイックステップと渡り歩いたVDB。次のチームはどこになるのだろうか。ちなみに、クイックステップのルフェーブル監督はVDB放出に際して、「我々は、彼のトレーニングプログラムなどに関し、意見が合わなかった」と語り、やり方によってはもっと才能を発揮できるだろうに、といったニュアンスで発言していた。

  • フレイレ、新婚旅行は南アフリカへ ( 10.28.2003 )

    10月25日に 長い間交際していたラウラ コボと 地元トレラベガのグランドバージン教会で挙式をあげたラボバンクのオスカル フレイレ。最初にヴェローナで世界選手権を制した時には 既に2人は交際しており、スペインの雑誌などにはよくツーショットも出ていた。もともと 結婚はラウラの学業が終わった後、今年の10月に、ということだったので 予定通りというところ。2人のハネムーンの場所は南アフリカだそうだ。式の招待客の中にはトレラベガの市長や 自治州の元州知事、ラボバンク関係者の姿もあった。

    花嫁を待つ間、フレイレは地元の人たちから祝福を受け、駆けつけた大勢の記者たちのインタビューに答え、友人、家族らとおしゃべりして、地元でも余り例を見ないほど賑やかな祝宴となった。フレイレは現在27歳。98年にビタリシオでプロデビューを果たし、2年後にマペイへ移籍。現在はご存知のようにラボバンクで走っている。2人の住まいは今まで通りスイスとなる。


  • 世界選手権の血液検査は問題なし ( 10.25.2003 )

    世界選手権の血液検査で、一部ヘマトクリット値が50に近かった選手たちに対し(最高で49という結果が出た選手がいた)、白い目で見られる報道がなされたが、アスタルロアを含め全員がEPOのテストは白であることが判明した。

  • 宇都宮ジャパンカップ ( 10.25.2003 )

    会社の有給を1日取って、金曜日からジャパンカップに来ています。この地方、どうやら台風通過のせいで1日にして、天気予報が変わってしまって、晴れマークがなくなってしまいましたが。予定通りの選手が予定通り宇都宮入りしています。

    金曜日ビアンキのプラサは電気店に行って、ビデオデッキのパンフレットを食い入るように見ていました。スペインの半額で買えるということで、かなりマジ。PALとNTSC(だっけ?)というビデオの互換性がついているかどうかを真剣で調べています。互換性がないと、せっかくデッキを買ってもヨーロッパのビデオは見られないからね。


  • ツール2004 : その4 来年はここも変わる ( 10.24.2003 )

    TTTは選手がまだたくさん生き残っているレース前半に行われる。そのため今年、TTTでサエコ、エウスカルテルが大きく遅れ、レースの早い段階で、シモーニ、マヨら有力選手が優勝争いから脱落した。これを防ぐために、なんと来年のTTTでは、チーム間のタイム差を最大2分半とすることにした。つまり、どんなにチームが遅れても、トップチームとのタイム差は2分半以上には開かない。トップチームのUSPなどにとっては関係ないルールだが、TTTが弱いチームや、大量落車などの不運に見舞われたチームにとっては朗報。

    また、山岳王に関係したルールも変わる。山岳ステージのカテゴリー2級以上の最後の登りでは、ポイントが通常の倍つくようになった。真の山岳王を選ぶための措置だ。というのも、山岳ステージで、前半逃げて、ポイントを次々稼ぐ選手がいるが、真のクライマーは最後の勝負どころまで動かない。ピュアクライマーに有利になるようにする措置だ。


  • 驚き3連発目。ツール2004 やっぱり石畳登場!!! ( 10.23.2003 )

    予言通り パリ ルーベの石畳が今回ツールに盛り込まれるぞ。ベルギーからフランスに戻る第4ステージになるようだが、あのミュール ド グラモンとパリルーベの石畳2つのセクションが盛り込まれるそうだ。フレイレを始め、スペイン選手の中には石畳が嫌い、という選手、結構いるんだよね。

  • ツール2004 またまた驚き! ( 10.23.2003 )

    ツール2004に関連して、またまた驚き。なんと出場22チームが全て3月1日までに決定されるらしい。いつも5月初旬にワイルドカードで最後の3−4チームが選ばれていた。だから、ボーダーラインのチームは前半戦のレースで頑張っていいところを見せようと もがいた。でも3月1日に決定されるとなると、前半戦のレース結果は考慮されないことになる。でも、これはチームにとっては朗報だろう。1年の年間スケジュールを調整しやすい。今までボーダーラインのチームは、ツールの頃に調子を持っていっていいのかどうか5月までわからなかったのだから。

    で、3月1日のチーム選出はこの通り : まずUCIランキング上位14チームは自動的に選出。(フランスチームでいうとコフィディス、FDJは当確。)あとの8チームが招待チーム。この8チームの選考基準は2004年前半戦の結果ではなく、チームの顔ぶれで選ぶという。そうなると来年フォナックは確実だね。ハミルトンがいる!!


  • 速報:ツール2004、ラルプデュエズでITTだよ!! ( 10.23.2003 )

    事前リーク情報はいろいろあったけど、なんとなんと、これは初耳。ラルプデュエズでITTがあるぞ!!すごいこっちゃ。これはミラーのようなTTスペシャリストじゃなく、クライマーに分がある。スタートはブールドワザン。まあ、みて下さい。このすごいプロファイル。13.8 km登りで平均 7.9%だって!!

    http://www.letour.fr/2004/presentationfr/profil16.html

  • ツールドフランス2004がついにベールを脱いだ! ( 10.23.2003 )

    ツールドフランス2004がついにベールを脱いだ。とりあえず、コースが一目でわかるURLをお知らせします。

    http://www.letour.fr/2004/presentationfr/parcours.html

  • ムセーウ引退は4月14日 ( 10.23.2003 )

    ヨハン ムセーウ38歳が、来年4月14日のGPドゥレスコー(SCHELDEPRIJS VLAANDEREN)を最後に、自転車界から引退する、と表明した。このレースは、アントワープの郊外を走るレースだそうで、スタートしたのは1907年。歴史あるレースだ。ちなみに2003年の優勝者はルドヴィク カペル、2002年はマキュエンだった。

    「来年は今年同様、チャレンジマヨルカでシーズンを開始する。キャリアに別れを告げるのにレスコーのレースを選んだのは、ベルギーでサポーターに囲まれて最後を飾りたいから。」とムセーウ。彼は、本日行われる2004年ツールのプレゼンテーションに同席する予定。


  • ツールドフランス2004に石畳が登場か? ( 10.22.2003 )

    下記にも書いたとおり、ツール2004の第3日目のスタート地点にウォーテルローが有力だが、この日のゴールはヴァスクァールという情報が入っている。そうなると、パリ ルーベの通過地点と共通のコースを取る可能性もあり、もしかしてツールに石畳が。。。?とベルギーファンをワクワク?させている。いずれにしても、コースが知らされるのは明日。(日本時間の夕方から夜にかけての予定。)

  • ツールドフランス2004 のコース発表は、ついに木曜日!! ( 10.22.2003 )

    いよいよツール2004の発表が明日の木曜日にせまった。(といっても、いつか発表が事前に聞いていた日程よりも1日遅れたことがあったけど。)スタートは既に発表されていて、7月3日、ベルギーのリエージュとなっている。事前リーク情報だと、例によってITT2回、チームTT1回。ピレネーが先に来て、アルプスが後にくる今年と逆の回り方になる模様。また、ベルギーのシャルルロワ、ウォーテルローが第2、第3ステージのスタートと見られている。また、来年はルアーヴルからブルターニュ地方にかけて走るようだ。

  • 最新UCIランキング(10月19日付け) ( 10.22.2003 )

    ワールドカップ最終戦のロンバルディが終わった今、年間UCIランキングを見てみると、ロンバルディのおかげで12位から9位にランクアップしたボーヘルト、18位から27位にジャンプしたヴァンピーテヘム、本レース2位だったロペボセッリの292位から187位への移動などが目に付いた。また、世界選手権ロードで2位のバルベルデ(スペイン)は8位で、エラスの24位よりも上をいく。また、ヴエルタで黄金ジャージを長い間着たノサルは17位と、これまたエラスよりも上位に位置している。

    UCI年間ランキングで1位から5位までのうち4つのポストをイタリア勢が占める一方、1位から20位にフランス人がひとりも入っていないのが寂しい。フランス人トップは25位のブロシャールで、36位にシルヴァン シャヴァネル、37位にモローが続いている。1位から199位までのランキングは下記で見られる。


    http://www.uci.ch/english/road/rankings/rank_2003/indexR.htm

  • ルムシャス続報 ( 10.21.2003 )

    1年間のレース出場停止処分を受けているルムシャスは、2004年、ポーランドのチーム、ムロズ(現在Div3)で走ることになったそうだ。もともとランプレの前にファッサ、その前にはムロスに在籍していたので、古巣に戻るらしい。裁判で薬物摂取を否定し、最後の最後に 観念して事実を認めたパスカル エルベが、結局復帰後も薬物摂取を再び繰り返してレース界から去っていったという一件があった。ルムシャスは 薬物を断ち切ることができるかどうか。

  • バネストの救世主 バレアレス諸島のチーム旗揚げ決定! ( 10.21.2003 )

    昨日、バネストの後釜のチームとしてバレアレス諸島のチーム結成が濃厚になったニュースをお伝えしましたが、チーム立ち上げに向かって動くことで政府側とバネスト側がおおむね合意した。契約は3年。ステージレースが好まれるスペインチームらしく、3大グランツール出場をめざす。おもしろいことに、この3年間は、ibanesto.comがサブスポンサーとして支援することになりそうだ。その後4年目からのサブスポンサーについては、バレアレス諸島側が自由に選べることになる。

    チームの最終的な名称はまだ未定。チーム予算は700万ユーロ以下といったところだろう、と推測されている。サブスポンサーがibanesto.comであるということは、バネストは自転車競技に対する支援を完全に打ち切ったわけではなく、自分たちの名前が筆頭に出なければ、支援を続ける意思があるということらしい。とりあえず89年から続いているバネストの伝統を受け継ぐチームが立ち上がって、関係者もほっとしたことだろう。


  • 世界選手権どころじゃなかったウンスエ監督 ( 10.20.2003 )

    先日カナダ、ハミルトンでの世界選手権の最中、とあるニュースが飛び込んできた。現地入りしていたバネストのウンスエ監督が 急遽試合開始前に帰国したというのだ。ウルリッヒのTモバイル入りが決定したため、バルアレス諸島の州政府が新チーム結成を見送ると言い出したからだ。(バルアレス諸島はウルリッヒという大物獲得を前提に新チーム結成に動いていた。)この新チームはバネストを引き次ぐかたちになる予定だったので、ウンスエ監督は青くなり、急遽会談のために帰国した。

    そしてこの会談はどうやら一応うまくいったらしい。というのも、この新チーム結成話が、再浮上したのだ。まだ契約はかわしていないものの、バルアレス諸島サイドは前向きに 交渉のテーブルに応じている。もしかしたら、ウルリッヒに代わる大物獲得を 監督が約束したのだろうか?

    ハミルトンがフォナックに移籍し、バルトリがCSCに加入といった具合に、来年度も、大物選手の移動が結構あるが、ウルリッヒのTモバイル入りは、他に与える影響力も大きい。というのも、残ったビアンキの運命が風前のともし火になりつつあるのだ。ウルリッヒなしでビアンキというチームが成立するのかどうか、現在チーム存続はまだ決定していない。(彼らはジャパンカップで来日することになっているが、気分的には落ち着かないことだろう。)そこで、ビアンキのカセロがケルメ入りするのではないかといった噂まで流れ始めている。(カセロはベルダ監督らと折り合いが余りいいほうではないので、これはあり得ないと個人的には思うのだが。)

    ウルリッヒという大物選手のまわりでは、様々な人、ことが影響を受けるということだ。


  • 10月18日:ジロ ディ ロンバルディア(イタリア)ワールドカップ最終戦 249キロ ( 10.19.2003 )

    ワールドカップ最終戦。世界選手権出場メンバーに選ばれず、不満を漏らしていたバルトリが屈辱を晴らし、見事優勝を果たした。バルトリはレース終盤、コースがベルガモの平坦な地点にさしかかったところでアタックを仕掛け、コフィディスのロペボセッリとともに逃げを決めた。最後はゴールスプリントで33歳のバルトリが26歳のロペボセッリを振り切り、2秒の差をつけてゴール。

    ロペボセッリは今のところジャパンカップ来日メンバーに選ばれている。本レース2位だった選手が生で見られるチャンスがある。下記URLで彼の写真が見られる。(更にジャパンカップ来日メンバーになっているQDSのシンケビッツも8位に入った。)また、3位は後続集団から抜け出したファッサのフリーゴで、バルトリとともにファッサ2人が表彰台を飾った。バルトリの次の目標はアテネ五輪へ選出されることだ。

    一方、ワールドカップ総合優勝はもちろんベッティーニ。本レースでは結局ハミルトンから帰国後の時差ぼけもありリタイヤしたが、今年は全体を通してダントツに強かった。更に、この日のレースで10位に入りポイントを稼いだボーヘルトが逆転で2位に浮上。3位はヴァンピーテヘム。(これを考えると、バルトリは世界選手権に行かなくて結局よかったのかもしれないぞ。ベッティーニのように時差ぼけになって、体調が今ひとつになった可能性だってある。)


    http://195.146.194.200/francais/p_coureurs/coureur_46.jpg

  • これは面白すぎる!!CSC選手たちのツールの舞台裏を描いた1時間ビデオがPCで見られる ( 10.17.2003 )

    すごいですねぇ。なんとデンマークのサイトでCSCの視点を中心に、ツールドフランスが丸ごとリアルプレーヤーのビデオで見られます。(情報ありがとうございました。)その長さなんと1時間なので、高速系じゃないと見られませんが、見られる人には是非お勧めです。なにしろ面白い。私もちょっと見ようと思って除いたら、余りにすごすぎて、結局全部見てしまいました。レースの裏側を中心にドキュメントしていて、ちょっとしたTVドラマなんかよりずっと面白い。

    リアルプレーヤー搭載していない、ダイヤルアップ接続してる、会社のPCしか持っていないなどの理由で このビデオが見られない方のために、かいつまんで内容を要約します。

    ビデオはまず、レース開始直前の選手の様子から。ハミルトンも元気な笑顔を見せている。食堂ではニコラジャラベールが、むしゃむしゃ食べている。ペロンはパスタにオイルらしきものをかけて食べている。そして、ベッドの上でからだを休める選手たちの姿も映る。「いっぱい食べろよ」と各部屋をまわって、選手らに言って回る監督。リース監督、ミーティングでは 全員の前で英語で話している。流暢な英語だ。「とにかくこの作戦を守れ、我々にはこれしかない」と力説している。

    その後いよいよツールが始まり、レースシーンが展開。初日プロローグ。ハミルトンが行く。監督車が行く。「いいぞ、いいぞ、Beautifulだ!」四六時中 声をかけ続けるリース。そして次に問題の第1ステージがやってきた。ゴール直前のあのクラッシュ。バックには寂しげな音楽が流れる。ハミルトンが巻き込まれた、と知ったレース後の選手たち。チームバスの中でカルロス サストレが物思いにふける。リース監督は沈痛な面持ちだ。音楽が寂しさを誘う。メディカルサポートカーにいるハミルトンに会いに行く監督。カメラはこんな場面をも映し出す。病院の一室。X線写真を絶望的な おももちで見つめる監督。

    ハミルトンはその日のうちに監督とともに会見をした。「明日の朝 最終決断をするよ」とハミルトン。「この現実を我々は受け入れなければいけない。とにかく我々は(チームとして)走り続けねばならない。」と監督。翌朝、監督は、バスの中でハミルトンが出走することを告げる。注意は、「トラブルを避けるように走れ。Stay Out Of Troubles」と。

    レースが始まった。レース中に手当てをうけるハミルトン。レース後半、リースが選手に声をかける。「みんなタイラーの周りに集まれ。バックにいる選手も動いて。」
    レースがなんとか終わり、妻と愛犬のタグボートを引き寄せるタイラー。ホテルでは、ニキ ソレンセンのぐちゃぐちゃのスーツケースが披露される。チームメートにからかわれるソレンセン。

    そして、また長い日が始まった。山岳ステージ。不安そうにTV画面を見守るヘイヴン(タイラーの妻)。他の選手の妻たちも一緒だ。山岳でへばることなくトップ集団を行くハミルトンにTVアナウンサーも「信じられないハミルトン!」と叫ぶ。無事に上位でゴールし、妻も一安心。安堵感から周囲のスタッフたちと抱き合うヘイヴン。

    第10ステージ。CSCのピールが優勝。バックグラウンドミュージックもばっちりだ。久々に笑顔がこぼれるチームの面々。夜のテーブルにはシャンペンが開いた。「1週間半の努力が報われた、乾杯」と監督。

    休息日、リースは選手のようにジャージをばっちり着こんで選手とともにトレーニング。トレーニング中にニコラジャラベールが落車してひやりとする場面も。

    第13ステージ。サストレが優勝。しかし、画面には喘ぐハミルトンが映った。アナウンサーが叫ぶ。「ハミルトンが脱落。有力選手のグループから離れた!」と。
    翌日、チームカーの中でリース監督が言った。「僕の心の中で 大きな葛藤がある。昨日カルロス(サストレ)が勝つために僕は車を進め、タイラーをひとりに置き去りにした。タイラーを見捨てるのは難しい決断だった。なるべく力になりたいとは思いつつも、(二者択一にせまられたときは、どちらか片方を切り捨てなければならないという)同様の選択は 今後もまたあるかもしれない。」

    第16ステージ。タイラーがプロトンから飛び出した。山岳ステージで優勝。神聖な音楽とともに、タイラーがゴール。夕食のテーブル。みんなにお礼を言うハミルトン。「みんなタイラーのために自己犠牲してくれた。これはチームワークだ。」とリース監督。次の瞬間画面はパリ。CSC全員がチーム表彰を受ける。チーム全員の名前が呼ばれ、ビデオは終わる。ドラマだぁ。そして、今年のCSC、成績と話題の宝庫だったことを、今更ながら痛感する。生の映像。それも、今まで普通では見られない舞台裏の素の情景。堪能しました。

    ビデオを見るには、下記のサイトに入って、Gense Smertens Sejr のところにあるKlik her og se programmet (kræver Real Player) をクリックします。


    http://www.dr.dk/sporten/cykling/

  • ジロ2004のイメージが決定 + これが新しいマリアローザだ! ( 10.17.2003 )

    来年 第87回ジロのイメージが決定した。ポスターの図柄をてがけたのは、アメリカ人のデザイナーマーク コスタビ氏。タイトルは、「炎のジロ」。なんか去年の図柄に比べて、ちょっと古典的な印象なんですが、みなさんの感想はどうでしょう。過去数年間の図柄と一緒に新しい図柄が出ているサイトのURLを下記に掲載します。一番上が来年の最新の図柄。

    原画は60x40cmのキャンバスにオイルペインティングされたもの。87と書かれた太陽を背に、とあるプラネットから飛び出してきた小豆色のライダーが描かれている。2001年のアーティストはエミリオタディーニ氏(メルヘンチックな絵)、2002年はポッザーティ コンチェプト氏による人の絵の図柄だった。更に今年2003年の図柄はウーゴ ネスポーロが担当し、彼の絵をもとに、今年 新しいマリアローザが生まれた。

    今年マリアローザが新しくなって、数年はこれでいくのかと思いきや、来年 再度マリアローザが変わるそうだ。来年は、ジャージの地の色はそのままで、胸のところの同系色ピンクの薄い柄は、なんとポスターの図柄に合わせて変わるという。つまり、2004年のマリアローザの胸の部分の図柄は、今年担当したウーゴ ネスポーロ氏の図柄から、新しいコスタビ氏の絵に入れ替わる。新しいマリアロ―ザの写真は下記2番目のURLにてどうぞ。シモーニとコスタビ氏とジャージのスリーショット(?)です。もっともマリアローザの胸の図柄って、レースの最中は見えないんだよね。チームのロゴに変わってしまうから。


    http://www.gazzetta.it/Speciali/Giro%20di%20Italia/2004/foto_opere.shtml

    http://www.gazzetta.it/Speciali/Giro%20di%20Italia/2004/foto/A48E3076.JPG

  • ルムシャスは今。。 ( 10.16.2003 )

    ともきさんからのお問合せ。「ランプレのHPからルムシャスの名前が消えていたけど、、、」と。ルムシャスは、今1年のレース出場停止処分を受けています。但し、UCIのチームリストには、彼の名前は入っているので、正式にチームからはまだ解雇されてはいない可能性があります。でも、今年一杯彼は走れないので、さしあたりチームのHPから削除されていても不思議ないですね。で、ことのいきさつをおさらいしましょう。

    まず、今年のジロの最中の5月16日に行われた薬物検査でルムシャスが非陰性になりました。このニュースはジロの後の6月中旬に公開されたので、彼はそのままレースを続行し、総合6位になっています。(トクダネ6月13日にこの件を掲載。)更に続くサンプルBの結果も陽性となりました。(トクダネ7月1日にこの件を掲載。)但し、7月1日は、既にツール開始間近で盛り上がっていたので、トクダネのニュースの扱いはほんの少しでしたから、見逃した方もいっぱいいることと思います。更に、その時点では、1年のレース停止処分といったニュースはまだ入っていませんでしたし。

    サンプルBの陽性結果の内容を ここで追加説明します。
    まずジロで検出された薬物はEPO。もちろん、本人ルムシャスはこれを否定しており、ドクターが勝手に混入した、、とかなんとか弁明。とにかく結果として、リトアニアの自転車連盟から1年間のレース停止処分と2000Sfの罰金を受けた。当初連盟は半年の処分を提示したが、UCIの勧告を受け1年に。ルムシャスは去年のツールでも、薬物所持の疑いがもたれ(妻が大量に薬物を所持していた)、常用制を考えると、UCIは本来4年の処分にすべきだと勧告したが、妥協点が1年ということになった。

    ジロの総合6位というのも、これで取り消されると噂になったが、ガゼッタのサイトの総合成績では、そのまま6位に収まっている。念のため、6月13日と7月1日のルムシャス関連ニュースを再掲します。

    チーム ランプレを想う ( 6.13.2003 )

    今年のジロの最中行われた薬物検査で、ルムシャスが非陰性になった。ランプレの幹部が、今回のことを「とても遺憾である」といったようなコメントをしていたが、この言葉以上に、彼らの失望感は大きいだろう。思い返してみよう。昨年のツールで彼に薬物疑惑が起こったとき、ランプレは一旦ルムシャスを解雇する発表をした。しかし、それをチームのオーナーが覆した。選手や関係者など、多くの大反対を押し切って。その時チームのスポークスマンはこう言った。「ルムシャスには3人の小さい子供がおり、完全にクロという判定がされなかったにも関らず、彼を解雇するわけにはいかない。彼の3人の子供達が路頭に迷ってしまうのを見るのは忍びない」と。

    昨年ツールの後、TVニュースで、ルムシャスの3人の子供の映像を見た。妻エディータがフランス当局に拘束されている中、ルムシャスがイタリアの自宅の庭で、インタビューに応じていた。傍らには、何も知らずに庭で子供用自転車で無邪気に遊ぶ3人の子供達の姿があった。ランプレの上の人たちは、やはりこの映像を見たかもしれない。子供達には何の罪も無い。チームは敢えて批判を浴びつつも、ルムシャスを雇用する決意をした。

    このランプレの決断には、もともとかなりのリスクがあった。昨年再三お伝えした通り、エディータが50種類近くの薬物や 薬物入りの注射針を車のトランクに積んでいたことは事実だったし、その後の説明もうやむやのままだった。彼女は68日間の拘束のあと、フランス当局に保釈金240万円ほどを支払って釈放され、Vサインで、してやったり、という笑顔で大使館の車に乗り込んでいた。

    疑惑が完全には晴れないまま ルムシャスを再雇用するのは、チームとしても苦渋の選択だったろう。子供達のために、というヒューマニズムの見地でルムシャスに望みを託したチームは、今、とても複雑な心境だろう。今回の第一検査の結果が間違いであってほしい、そうでなければ、ひどく裏切られた思いがするに違いない。もしもルムシャスが次回2度目の薬物検査でも同じ結果になった場合、違法性という見地からのみならず、彼を信じたチームに対する裏切り行為という人道的な見地からいっても、彼の犯したことの責任はとても重いと思う。

    ルムシャスはアウト(7.1.2003)
    ルムシャス、結局サンプルBでも陽性となり、チームは遺憾の意を述べた。


  • 世界選手権のドーピングの噂話は。。。 ( 10.16.2003 )

    英国の雑誌procyclingのWebとcyclingnewsは、世界選手権のコントロールでイタリア人1人、ベルギー人1人、スペイン人2人の4人が陽性だった可能性があると報じているが、スペインのアンチドーピング委員メンバーはこの噂を全面否定している。スペイン人2人として新聞アスに名前が出たのはアスタルロアとベルトラン。2人とアイトールオサは、血液検査でヘマトクリットが上限値に近かったため、カウンターで尿検査を受けたという。もっとも、この乳検査の結果はまだ出ておらず、まだ陽性となったわけではない。今のところ噂を大きく書きたてている状況。

  • 今年はいっぱい泣いた。世界選手権の直後も泣いた。。。 ( 10.15.2003 )

    マルカに記事が載ったセビーヤが、今度はアスの記者のインタビューに答えた。

    「今年はいっぱい泣いたよ。日曜(世界選手権の後)も泣いた。(落車でリタイヤしたため)こんなに華やかな勝利をした同胞たちのアシストができない自分が不甲斐なかった。」

    移籍の話については、「ケルメの会長には誤解ないよう弁明したい。移籍を希望している理由は、僕はここ2年、苦しみぬいたから、ゼロから別の人生をやり直したいという気持ちからなんだ。もちろんケルメを去るのは心苦しい。仲間やケルメの会長自身ともとてもうまくやっていたから。ただ、変化がほしいだけなんだ。裏切り者と思われるのは辛い。是非相互理解に至れるよう祈っている。フォナックのオファーの一番の魅力は、心機一転できるというその点。もちろん、すごくよく知っているピノ監督もいるし、チームはスペインっぽい雰囲気がある。給与面でももちろんいい。」

    ところで世界選手権の続報として、やっぱり、アスタルロアは例の<ベッティーニの買収事件コメント>を訂正させられた。(こうなると思ったから、あの報道をいち早く載せたわけ。訂正される前にね。)あの時は、アスタルロアのインタビューに関する報道をかなり注意深く読んだけど、もうとにかく優勝して興奮していたアスタルロアは、もう嬉しくて、「僕はお金につられることなく 実力で勝ったぞ」みたいに思わず言ってしまった感じだった。

    これを受け、ベッティーニ側は、「告発」という言葉を使って、かなり強い調子でアスタルロアのコメントに抗議。結局アスタルロアは、「あれはお金のオファーではなく、ライバルから抜け出して 一緒に逃げようという申し出だったのを勘違いした」と前言撤回し、もうとにかく平謝りした。

    もちろん、スペインのマスコミはこんなこと信じてはいない。<一緒に逃げよう>、と<お金を払うぜ>、という言葉を聞き間違えるなんて。。。それに、一番の危険人物のアスタルロアを誘って一緒に逃げようなんて。。。あるスペインの新聞は、<<アスタルロアの「勘違い」>>と 勘違いの部分を括弧書きにして 皮肉っぽく 謝罪の一件を掲載した。


  • セビーヤ移籍話第二弾:意味深?な発言も。。 ( 10.15.2003 )

    今年二度の手術、ツールには出場できず、ヴエルタでも前半はリタイヤ寸前までいったセビーヤ。今季のバッドラックの締めくくりのように、ハミルトンの世界選手権でも落車してしまった。結果としてシューズのクリートが壊れてやむなくリタイヤ。最後までついていなかった。この後のインタビューでセビーヤは、こんな風に語っている。(以下 マルカから引用。)

    「今年一年、ややこしくて難しい1年だった。これを忘れるために、そしてこれ以上不運が重ならないように、来年は全てを変えてみたい。」
    フォナック入りを示唆?気になるコメントだ。


  • セビーヤがフォナックに行くって本当? ( 10.15.2003 )

    ケルメとの契約締結を間近に控えたままハミルトン入りしていたセビーヤが、一転、フォナックと契約する可能性があるという。代理人も認めているし、フォナックの監督は例の(ケルメを大きなチームに育て上げた)アルバロ ピノ氏ということで、移籍の可能性は濃厚だ。但し、セビーヤは少年時代からケルメで手塩にかけて育て上げられた経緯もあり(新人としては異例のいきなり3年契約だった。ただし、年俸は雀の涙だったけど。)、ケルメに恩義は感じており、断絶状態で移籍はしたくないとしている。

    彼のアシストとしてホセエンリケ グティエレスも同時に移籍する可能性もあり、そうなるとケルメはスポンサーを続行すること自体、再考する余地あり、としている。リーダーがいなくては意味がないと。エラス、ボテロ、アイトールゴンザレスと優良選手の移籍が合いついで、もううんざりだろう。ファンとしても、ケルメで育ったセビーヤには是非ケルメにとどまってほしい。

    でも、ケルメにはバルベルデがいるじゃないか。ヴエルタアマヨルカ総合優勝、ヴエルタステージ2勝、パイス バスコ ステージ優勝、GPプリマベーラで優勝、ヴエルタア アラゴンでステージ優勝、トロフェオアゴスティノで2ステージ優勝、GPビルフランカ優勝、これら全て今年の成績だ。


  • アスタルロア ( 10.14.2003 )

    アスタルロアがジャパンカップの来日メンバーに入っているので、既にあちこちで<ラルカンシェルが日本で見られるか>と盛り上がっていますね。来日者リストがまだ最終版ではないので、暫く見守りたいと思うものの、そんな中、過去のジャパンカップとラルカンシェルに関する情報を頂いたのでご披露します。

    「ラルカンシェル(L'Arc-en-Ciel)を着てレースで宇都宮を走ったのは94年のフェスティナ時代のリュック ルブランだけです。96年にマペイ時代のムセーウもワールドチャンピオンでしたが、この年のJCがワールドカップだった為、ワールドカップリーダーである彼はWCレース中にはUCI、WCジャージを優先して着なければならいので、レース時はWCのチャンピオンジャージでしたね。練習中はラルカンシェルを着てたそうですし、レース当日の朝(レース前には)、ラルカンシェルの彼を目撃しました。」

    アスタルロア、優勝したので、インタビューやら 故郷エルムアでの歓迎会、ジロデ ロンバルディやらで疲れるかもしれないけど、是非来日してもらいたいものですね。


  • Tモバイルはピナレロではなくジャイアント ( 10.14.2003 )

    テレコムは、来年からTモバイルとなるが、テレコムもTモバイルも同じ系列の会社なので、チームカラーは同じ濃いピンクのはず(少なくとも現在のTモバイルの女子チームはテレコムのジャージと同じ色使い)。しかし、使用バイクはジャイアントになるという。ウルリッヒ、ボテロといったTTスペシャリストの揃っているチームだけに、ジャイアント側は彼らのためのTT仕様バイクを作製することに誇りを感じているという。

    オンセがチーム消滅となり、ジャイアントは長年家族のようにつきあった選手、チーム関係者たちとの別れを惜しむ中、一方でTモバイルという新しい取引相手の登場に意欲を示している。また、Tモバイルの変身はこれだけでなく、カンパニョーロからシマノへコンポも変わる。新生テレコムのTモバイルチーム、来年が楽しみだ。


  • 10月7日から12日 :世界選手権(ハミルトン;カナダ)男子RR <その4> ( 10.13.2003 )

    <レースレポート>
    さきほどお伝えしたアスタルロアのインタビューで ベッティーニが彼をレース中に買収しようとしたことが暴露されたが、確かにベッティーニは相当今回の優勝に執念を燃やしていたのだろう。4位でゴールした時(2位争いのスプリント)の あのがっかりした表情が印象的だ。同時にゴールスプリントで勝って2位をおとしいれたバルベルデは優勝さながらの喜びよう。ヴァンピーテヘムとベッティーニという大物に競り勝ったのだから値千金だろう。

    また、アスタルロアは来年からコフィディスに移籍するので、ミラーがTT、アスタルロアがRRでダブル アルカンシェルとなり、コフィディスにとっては素晴らしい世界選手権となった。

    260.4キロRR
    20番目のラップまでアタックの応酬となったレースも、最後の周回で片が付いた。ベッティーニが仕掛け、それにヴァンピーテヘム、ボーヘルト、アスタルロア、カメンツィン、ハンバーガーがついていった。みるみるうちに6人は後続との差を25秒に広げる。後続は意思統一に欠けて差を詰めることに少々難渋するものの、クレアモントの登りの手前に来て、差を15秒に縮める。

    アスタルロアがインタビューで言っていたように、ラスト クレアモントの登りでは、向かい風がきつかった。そんな中、後続グループからパオリーニ、バルベルデ、地元のマイケル バリーらが抜け出して、トップグループ6人に追いついた。しかし登りきる手前で アスタルロアが一気に仕掛けた。周りの選手が「風」と「登り」という二重苦に喘いでいる時だったから、誰もついていけない。ベッティーニですら、反応はしたものの、差が詰められず。アスタルロアの飛び出しは、まさにグッドタイミングだった。昨年ジャパンカップで好機を逃して2位に甘んじたアスタルロアだが、過去積み重ねた2位の教訓がここで生きたのかもしれない。

    アスタルロアは、差を10秒として、一気にハミルトンの中心街へと怒涛の如く下っていった。ゴール付近のラストのカーブで、アスタルロアは勝利を確信した。両手を広げてゴール。一方熾烈な2位争いは、先を急いだカメンツィンがコーナーでクラッシュしたため、バルベルデ、ヴァンピーテヘム、ベッティーニの争いになった。バルベルデが力であとの2人をねじ伏せ、2位をもぎとった。その瞬間ベッティーニの表情がゆがむ。3位はヴァンピーテヘムの手へ。鳴り物入りで世界選手権入りしたイタリアチームだったが、表彰台に選手を送り込むことはできなかった。

    成績>>
    優勝:イゴール アスタルロア(スペイン)6時間30秒19(平均時速40.029km/h)
    銀メダル:アレハンドロ バルベルデ(スペイン)5秒遅れ
    銅メダル:ピーテル ヴァン ピーテヘム(ベルギー)同タイム
    4位:パオロ ベッティーニ(イタリア)同タイム
    5位:マイケル ボーヘルト(オランダ)6秒遅れ
    6位:ボー ハンバーガー(デンマーク)同タイム
    7位:マイケル バリー(カナダ)同タイム
    8位:ルーカパオリーニ(イタリア)12秒遅れ
    9位:オスカル フレイレ(スペイン)同タイム
    10位:ヤネック トンバック(エストニア)同タイム


  • 10月7日から12日 :世界選手権(ハミルトン;カナダ)男子RR <その3> ( 10.13.2003 )

    * スプリンターに賭けたフレイレ、逃げに賭けたアスタルロア
    * ベッティーニがアスタルロアを買収しようとした。これがアスタルロアの闘志に火をつけた!!

    ベッティーニが優勝を逃したのも驚きだったし、スペイン選手優勝といってもフレイレでなかったのも驚きだった。アスタルロアがクラシックで力を発揮しているのは知っていたが、レース直前までは、「フレイレ世界選手権攻略戦術」、などという新聞の見出しが花盛りだった。

    アスタルロア:「ラスト1周回弱のところで、オスカル(フレイレ)と話したんだ。彼は、<ゴールスプリントで勝負する。でもベッティーニがどう動くかな>、と言った。で 案の定ベッティーニが最後に動いた。僕は逃げグループについていったんだ。彼らをあの時点で逃すのはとても危険だったからね。」

    また、世界選手権のチャンピオンになる感想を聞かれたアスタルロアのコメントが面白い。「それは、フレイレに聞いてよ。彼は2度の経験を通じて、ここで優勝することが、どんなものかってことをよく知っている。僕はまだ信じられなくて、消化するのに1週間、いや1ヶ月かかるかもしれないよ。もちろん僕みたいにクラシック専門のライダーにとって、世界選手権という最高の舞台での優勝は人生最大のできごとには違いない。」

    「ベッティーニはこのレースで絶対に勝ちたいと思っていたらしい。僕にお金を出すと 買収話まで持ちかけてきたんだ。僕はその瞬間 その申し出を断った。僕は僕のレースをするよ、と。そして、その直後に逃げを決めて、ベッティーニを含む後続に差をつけられた。あそこの場面(アタックを仕掛けた最後の上り坂)は、向かい風のせいで、全ての選手にとって とてもきつい場面だったから、他の選手は動けなかったようだ。」

    「バルベルデが2位だったことは、ゴール後マッサージャーから聞いて知った。すごく嬉しい。彼はオールラウンダーだから、今後もあらゆるタイプのレースで勝っていくだろう。今回の優勝は、僕の両親に捧げたいけど、同時に、イタリアでお世話になっている人たちにも捧げたい。僕が世界選手権に備えるために力を貸してくれたから。」
    それにしても、2位だったバルベルデはステージレースで上りもこなし、スプリントもこなす。まさに「レグラリダ」ではピカ一だ。


  • 10月7日から12日 :世界選手権(ハミルトン;カナダ)男子RR <その2> ( 10.13.2003 )

    スペインが世界選手権でラルカンシェルを獲得したのはこれで たったの4回目だ。なにしろ、スペインはクラシックを余り重要視しないお国柄。ステージレース主体の国なのだ。スペインの過去の成績(メダルの数)を見てみよう。

    今回のアスタルロアの優勝は、スペイン勢としては95年オラーノ、1999、2001年フレイレに続く。

    一方バルベルデが銀メダルを獲得したが、世界選手権での銀メダルは3度目。モンテロが1935年にフィレンツェで、更に93年にインドゥラインがオスロであげた銀メダルがある。ちなみに銅メダルは過去6回:80、87、88年にフアン フェルナンデス、67年にサエス、73年にオカニャ、91年にインドゥライン、2000年にフレイレ。


  • なんとイタリア勢がスペイン勢の前に完敗!アスタルロア(SAE)優勝、あのバルベルデが銀メダル ( 10.13.2003 )

    世界選手権はベッティーニで決まりかな、と思っていた我々の予想を裏切って、スペインがワンツーフィニッシュを決めた。アスタルロアはラスト6キロ、最後の登りを利用してアタックを仕掛け、これが成功。最後は続く小グループに5秒の差をつけて優勝。更に後続の3人のスプリントをなんと絶好調バルベルデが決めた。(More information coming soon..)

  • クリスティン アームストロング その2 ( 10.12.2003 )

    アームストロングの元奥さんの話が出たところで、ひとこと。

    ランスの著書「It’s not about the bike」の第7章に「Kik(キーク、元妻クリスティンの愛称)」という章があり、ここに出会いの様子が書かれています。ちなみに中にはKikとの会話などがぎっしり盛り込まれ、あの当時はラブラブだったのね、と思ってしまうぐらい。(ランスは今になれば、きっと、二度と読み返すのも嫌な部分かもね。)この書き出しの文がまたいいです。「僕の場合、恋と癌は一緒にやってきた。」(Love and cancer were strange companions, but in my case they came along at the same time.)

    彼女との出会いは、96年12月13日。ランスが癌基金設立と、Ride For The Rosesというイベントを立ち上げる記者会見を開いた時に2人は出会いました。当時の彼女の名前はクリスティン リチャード。当時彼女は イベントを支援する会社の経理部長でした。まあ、その後いきなり喧嘩したりするものの、やがて2人は結婚。

    そしてその後の考察もおもしろい。ランスは「人はどうして結婚するのだろう。もちろん一緒に未来という時を過ごすためだろう。でも、僕には(あの出会った時点で)そんな未来が 果たしてあったのだろうか?」そう、ランスの治癒率がまだ低かったその時に2人は出会い、それでもクリスティンはランスについていくことを決したのだから、素晴らしい。(方やテキサス大学の女子大生の恋人は去っていったけど。)なのに離婚とはねぇ。


  • お答えします。 ( 10.12.2003 )

    お答えします。世界選手権女子ITTで13位、ロードで29位だったクリスティン アームストロングは、アームストロングの元奥さんと同姓同名の「別人」です。彼女はTモバイルに所属しているトライアスリート出身のアメリカ人選手です。で、一方ランスの別れた奥さんは、スポーツとは全く無縁の人でして、事実 今年7月25日、まだ離婚前の彼女は、USA Todayのインタビューでこんなことを言っていました。

    「私は少女趣味的なとこがあるの。ピンクが大好きで、ドレスを好み、新しいリップグロスを買ったりすることに興味があるわ。スポーツのことなんて1度も考えたことはなかったわ。最高のアスリートであるランスに出会って結婚するまではね。」
    で、彼女とランスはスポーツつながりでなく、癌(イベント)つながりで知り合いました。

    一方Tモバイルのクリスティンアームストロング関連の記事(本人の写真と簡単な履歴+彼女が使用しているTモバイルのバイク紹介)は下記URLに掲載されています。ご参考まで。


    http://www.idahofitness.com/Kristin%20Armstrong%20Bio.htm

    http://www.cyclingnews.com/tech/2002/features/probikes/?id=t-mobile_CAAD7

  • 10月7日から12日 :世界選手権(ハミルトン;カナダ)女子ロード ( 10.12.2003 )

    フランスの44歳ロンゴがまたまた積極的なレース展開。まだまだ健在ぶりを発揮した。後半、登りを利用した逃げを決め 一時は後続にギャップをあけ、16キロを単独で先行したが、結局下りで吸収され、最後はスプリントでスエーデンのSusanne Ljungskogが昨年に引き続き優勝した。2年連続世界選手権制覇は立派。

    TTで優勝した期待のスペイン選手 ソマリバは、あろうことか ラスト1周半(20キロ少々)の地点でメカトラのため、リードグループから脱落。涙を飲んだ。昨年 ソマリバはトップグループでゴールしたものの、銅メダルに終わっていた。


  • 自転車競技のアテネ五輪除外が検討されていいるという記事について ( 10.12.2003 )

    先日来cyclingnewsをにぎわしていたWADAの記事。まあ、まさか五輪除外になるとは思わない(希望している)けれど、ことの内容をうまくまとめた記事を見つけたのでどうぞ。

    世界反ドーピング機関(WADA)のパウンド委員長は6日、WADAとの関係が悪化している国際自転車連合(UCI)が新ドーピングコードを採択しなければ、アテネ五輪から自転車競技が除外される危険があると警告した。UCIは今年のツール・ド・フランスの薬物検査に関する秘密資料が漏れたことに関して、WADAを非難。8日からカナダのハミルトンで開かれるロードの世界選手権にWADAのオブザーバーの参加を拒否する意向を示している。パウンド委員長は、ハミルトンでUCI幹部と会談する予定を明かした上で「UCIは、すべての五輪競技に義務付けられている新コードを10カ月以内に採択しなければならない」と述べた。

    (2003/10/8 日刊スポーツ紙面から)


  • ツールドフランス 2004 第3ステージのゴールの場所 ( 10.11.2003 )

    10月23日にベールを脱ぐ2004ツールドフランス。先日リーク情報を掲載しましたが、まあ的中するのかどうか。

    ところで、ツールは来年7月3日にスタートするが、3日目の7月5日のゴール地点だけは、どうやらベルギーのナミュールのようだ。実は、先日来 今年の暮れの大掃除を開始して(?)、ツールでもらったノヴェルティーグッズのたぐいを片付けていたら、ナミュール観光局が今年ツールで配布していたボールのおもちゃが出てきた。そこに、「Namur: Arrivee Tour de France / 5 juillet 2004」と書いてあった。ツールのゴール地点、20004年7月5日 ナミュール、というわけだ。(くだらないおもちゃでも、まあ取っておくものね。)

    まあ、政府観光局がこんなものを自ら触れ回っているのだから、この情報は間違いないと見てよさそうだ。(ナミュールは)<「ムーズ川の真珠」と讃えられる美しい街並み、>と下記のサイトに書かれていたが、私は同じワロン州なら、ナミュールよりも、ディナンの方が感激した。シタデルは絶壁にそびえたち、エレベーターのようなロープウェーで登った。シタデルのてっぺんから下を見ると、川沿いに続く眺めは絶景。町並みもとても美しい。ナミュールとディナンは近い。ツールを前半観戦する方は、是非観戦の合間にワロン州を堪能してください。(あっ、私は例によって仕事の関係で少なくとも7月前半は旅行は無理。)


    http://www.belgium-travel.jp/destination/sites/wallon/namur.htm

  • 10月7日から12日 :世界選手権(ハミルトン;カナダ)メダル一覧 ( 10.11.2003 )

    U-23男子RRでウズベキスタンのラグーチンが金メダルを獲得した。更にスペイン、英国はソマリバ、ミラーが金メダルに輝いたので、現在のメダル一覧は下記の通り。今のところ、ドイツ、オランダ、ロシアが好調。

    下記は金 - 銀 - 銅メダルの数。
    ドイツ: 2 − 1 −2
    オランダ:1 − 2 − 2
    スペイン: 1 − 0 − 0
    イギリス: 1 − 0 − 0
    ウズベキスタン:1 − 0 − 0
    オーストラリア:0 −1 − 0
    ウクライナ: 0 −1 − 0
    ベルギー: 0 −1 − 0
    スイス: 0 − 0 −1


  • デイヴィッド ミラーのインタビュー: ツール2003プロローグでのメカトラのトラウマが ( 10.10.2003 )

    ロジャースとペシェルを41.2キロのTTで 1分25秒の差でくだしたミラー。

    「ここ10日ほど、すごく怖かった。ツール2003のプロローグで勝てなかった時 同様、もしかしたらまた メカトラのせいで優勝できないのではないか、という思いがよぎって怖かった。(プロローグで ほぼ優勝を手中におさめたゴール手前僅かのところで、チェーンがはずれて優勝を逸したのがトラウマになっていたようだ。)

    ヴエルタの2回のTTではノサルに押えられたものの、自分自身、今回の世界選手権に十分備えていたという自覚はあった。水曜日はこのコースをじっくり調べ、40キロの距離をずっと同じリズムで行こうと決めた。でも最後はどんな形であれ、勝つことしかな念頭にかった。だから 差が1秒であれ、3分であれ、そんなことはどうでもいいことなんだ。」
    (ロイター)


  • バルアレス諸島、スペインチームのスポンサーを断念か? ( 10.10.2003 )

    バネストを引き継いでチームのスポンサーをもくろんでいたバルアレス諸島が、スポンサーを諦めることにした。原因はもちろんウルリッヒ。彼がテレコム入りを決めたため、目玉選手を失い、一気にスポンサー意欲を喪失したという。

  • 10月7日から12日 :世界選手権(ハミルトン;カナダ)男子エリートITT ( 10.10.2003 )

    やはりITTではダントツ安定感があるデイヴィッド ミラー(UK)が優勝。マイケルロジャース(オーストラリア)、ペシェル(独)と続いた。スペイン記者の予想したリッヒとノサルはそれぞれ4位と5位で、まんざらでもない成績だったが。以下6位はフリーゴ、7位エキモフ、8位ヴォーテルス。

  • 10月7日から12日 :世界選手権(ハミルトン;カナダ)男子エリートITT ( 10.9.2003 )

    スタート順が発表になった。第1グループにはUSPのヨアキム、Jドゥラトゥールのセニューらが出場。第2グループトップがライプハイマーで、ペトロフ、フリーゴ、ウォーテルス、ジューリックらが続き、ラスト第3グループには豪華な顔ぶれが。

    アワーレコードに失敗したヌットリ(スイス Volksbank-Ideal)から始まって、ペーニャ(USP コロンビア)、シルヴァン シャヴァネル(フランス ブーランジェ)、エキモフ(ロシア、USP)、ベロフォシクス(マルルクス ラトビア)、イゴールガルデアノ(スペイン ONC)、カンチェレッラ(スイス FAS)、ロジャース(オーストラリア QSD)、ペシェル(独)、ボドロギ(ハンガリー QSD)、ロエセムス(ベルギー コルストロップ)、ゴンチャール(ウクライナ コルパック)、ノサル(スペイン ONC)、ミラー(UK COF)、リッヒ(独 GST)。

    スペインの記者の予想では、表彰台の3人はミラー、リッヒ、ノサルとなっていたが、ノサルはどうかなぁ(疑問符)。


  • 10月7日から12日 :世界選手権(ハミルトン;カナダ) ( 10.9.2003 )

    ソマリバやっぱり金メダル。女子ITT
    今年ツールドフランス (女子の部)で優勝したスペインのホアネ ソマリバが金メダル。絶対本命と思っていたけど、期待通りの走りだった。ソマリバのレース後感激インタビュー:

    「ツールでは、毎日レースの連続だったから、1日、1日、リーダージャージを着るたびに喜びをかみしめていたけど、今回のようなワンデイのレースでは突然喜びがやってくるから、なんてこの喜びを表現していいかわからないわ。」

    ちなみにベテランのロンゴは6位だった。いよいよ今日は男子ITT。スペインからはイゴールガルデアノとノサルが出場。


  • ジャンドゥラトゥール 宝石屋さんから農作物の種卸しへ変身 ( 10.8.2003 )

    来年度のスポンサーがどうなるのか危惧されたフランスのジャンドゥラトゥールチーム。やっとスポンサーが見つかった。RAGTという会社だ。この会社、農作物の種子を卸す会社だということで、今まで宝石の小売をしていたジャンドゥラトゥールとスポンサー路線が随分違う。ということは、チームジャージもがらりと変わるんでしょう。一時濃いピンクが主体でかなりきらびやかだったジャージも、今年は紺主体で落ち着いてなかなかいいと思ったけど、さて来年のジャージはどんなのになるのやら。胸に種の絵が描いてあるかどうか。

    ところで、チームメンバーは、今年次々移籍を決定しているので チームの様変わりは必至だ。アルガンとジョリはCAへ、ドゥムラン、グベール、クリフトソフ、JPナゾンはAG2Rへ、エダレーンがCOFへ、ローラン ルフェーブルがブリオッシュへと、花形選手を中心に続々と移籍するとされている。今回のスポンサー確保で、状況は変わるのかどうか。

    ところでジャパンカップ来日メンバーになっている選手は全員、今のところ移籍しない予定のメンバーのようだ。目下来日となっているのは、セニュー、フィノ、ビュファズ、マルタン、ベルナール、ブヴァール(リザーブ)、ダヴィド ルフェーブル(リザーブ)。


  • 10月7日から12日 :世界選手権(ハミルトン;カナダ) ( 10.8.2003 )

    ドイツが既に金メダル2個!7日に女子ジュニアITTと男子U-23 ITTが行われた。
    ドイツのフォーテンが男子 U-23ITTで、さらに同じくドイツのクノプフルが女子ジュニアITTで金メダルを獲得し、ドイツは開幕草々2個のメダルをゲット。U-23ITT、2位はオランダ、3位はロシア。女子ジュニアITTでは2位と3位にオランダが入った。


  • サイス監督のチームが動き始めた ( 10.8.2003 )

    サイス監督が新生チームを指揮する方向で動き出した。有力視されているスポンサーはイタリアの電気部品メーカー。しかし、チーム登録はオランダチームとしてなされる可能性もあるという。基本的な選手はベロキ、ガルデアノ兄弟、ノサルを含めたオンセの13人の選手たち。一方でドミナのロンバルディやサントス ゴンザレス、FASのポザットの加入も視野に入れている。サイス監督は 世界選手権の関係で既にハミルトン入りしている。世界選手権に出場する選手たちとコンタクトを取りながら、チームの最終フォーメーションを固めていく意向だ。Men’s TTは明日9日に行われる。

  • 橋川健選手、ブリヂストンアンカーを今年いっぱいで脱退。 ( 10.7.2003 )

    橋川選手のHPに、こんなアナウンスが。。。

    http://www.hashikawa.net/top/top.html

  • 最新UCIランキング(10/5付け) ( 10.7.2003 )

    UCIランキング最新リストで、ツァベルがトップ返り咲きを果たした。今までベッティーニに首位を奪われていたツァベルだが、パリ ツール優勝が効いたのだろう。しかし、今週末には世界選手権。となると、ベッティーニが優勝して再びUCIランキング逆転首位、なんていうシナリオもありだ。(イタリアチームはかなり磐石なので、ベッティーニ優勝の予想がかなり多い。でもこれで、ダークホースが出現したらレースは面白いけど。)

    また、バルベルデの10位ランクインは目を引く。ヴエルタで存在感をアピールしたからね。一方で、エラスはヴエルタの直後のランキングでは、順位をほんの少し下げた。1年するとポイントが消滅するので、昨年ヴエルタの方が彼はポイントを稼げたということになる。昨年エラスはステージ2勝し、リーダージャージを6日間ほどの期間着ていたので、今年よりポイントが高かったわけだ。

    チームランキングではツァベルとヴィノクロフを中心にテレコムが2位に浮上。ツァベルの勝ちに対する執着は素晴らしい。常にコンスタントな成績を残している。また、来年T-モバイルとして生まれ変わるチームにはウルリッヒが加入し、来季はもっと期待が持てそう。

    UCI個人ランキング
    1 Eツァベル(TEL) 2113.75 ポイント
    2 Pベッティーニ(QSD) 2105.75
    3 Aペタッキ(FAS) 2001.00
    4 Gシモーニ(SAE) 1752.00
    5 Dレベッリン(GST) 1750.00
    6 Aヴィノクロフ(TEL) 1693.50
    7 Lアームストロング(USP)1521.00
    8 Iマヨ(EUS) 1425.00
    9 Fカサグランデ(LAM) 1398.00
    10 Aバルベルデ(KEL) 1366.00

    UCIチームランキング

    1.ファッサボルトロ(8096.75ポイント)(ペタッキがかなり貢献しているはず。)
    2.テレコム(7786.50)
    3.クイックステップ(7778.75)
    4.サエコ(7566.00)
    5.バネスト(6294.00)
    6.ゲロルシュタイナー(6132.00)
    7.コフィディス(5756.00)
    8.ラボバンク(5709.75)
    9.USP(5534.75)
    10.オンセ(5512.25)


  • テレコムのサイトが花盛り + ツァベルがクラシック初勝利の記念の地で感激の優勝 ( 10.6.2003 )

    ウルリッヒの移籍が決まり、更に5日のワールドカップ パリーツールでツァベルが優勝したものだから、テレコムのサイトが景気がいい。パリーツールはサイトの中にあるFotoshowで、ゴールシーンのペタッキの悔しそうなポーズや表彰台で抱き合うペタッキとツァベルの姿が見られる。一方、昨年の覇者ヤコブピールはDNF(did not finish)だった。ツァベルの優勝により、テレコムはこれで今期合計46勝目をあげた。

    ツァベルの今回のゴールスプリント制覇の勝因は幾つかある。ペタッキがヴエルタの後風邪を引いた、歯痛があったなどという報道もある。でも一番大きかったと思われるのは、ゴール付近で吹いていた強い向かい風。ツァベルいわく、向かい風が強かったので、なるべく長くペタッキの後についていこうと思った。その通り、早めに(ゴール手前250mから)出すぎたペタッキに対し、ツァベルはゴール手前50mまで待った。そして最後一気に逆転。ペタッキは、ワールドカップシリーズ初優勝とならずに、悔しそうなポーズでゴール。

    ペタッキが万全なコンディションではなかったにせよ、風を読んで冷静にレースを運ぶあたりはやはりベテラン。インコース甘めの球を見逃さずにきっちり打ち返すあざとい野球選手のように、ツァベルはちょっとした隙にも付け入ることのできる選手だ。一方期待のフレイレは全く振るわず。先日のディルッカ戦では区間2勝と総合優勝を遂げたものの、42位に終わった。

    不思議なことに、今まで百戦錬磨、既に160勝以上あげているツァベルだが、今回の勝利は、特別なものとなった。というのも、彼が始めて優勝したクラシックレースが、9年前のパリツールだったのだ。(94年にパリツールでボルトラーミを抑えて優勝している。)そして、当時も今と同じファンローイ監督だった。だから、監督は、ツァベルの今回の優勝に感慨深いものがあったらしく、必死で涙をこらえていた。

    また、先にお伝えしたウルリッヒのテレコム復帰に関してツァベルは、「ベストの解決策だったと思う。また一緒に走れて楽しみだ。」と語った。しかし一方で、このおかげで ちょっと影響を受けるのは、ヴィノクロフだろう。今年のツールでステージ優勝したとき、彼はインタビューで言っていた。自分とウルリッヒの仲は良好だったが、やはりツールでは自分はウルリッヒの全面サポートにまわり、勝ってはいけない立場にあった、と。だから、ウルリッヒが去って、やっと輝いたヴィノクロフ、という記事だったのだが、またこれで元に戻ってしまったかもしれない。


    http://www.team-telekom.de/

  • 第3弾:ウルリッヒがT-モバイル(現テレコム)へ移籍決定の続報 ( 10.5.2003 )

    ウルリッヒのHPにも、本人の口からT-モバイル入りの決定がかかれている。ビアンキを去るのは苦渋の決断だったけれど、やはりバックアップスポンサーが得られず、ヤンの高給をカバーするオファーが出し切れなかったらしい。ヤンも、チームと回答期限を設定して、回答期限内にオファーが得られなかったため、ビアンキを去ることを決めたそうだ。その点T-モバイルからは すんなりオファーが出たようだ。(そりゃそうでしょう。今までの実績も自転車チームバックアップ体制もこちらの方がしっかりしている。)

    ヤンは、新しいチームメートと顔合わせしたようだが、昨年来メンバー入れ替えが結構あり、新鮮な印象を持っているようだ。チーム一丸となって、ツールでアームストロングを打倒しようじゃないか、と勇ましい言葉。アームストロング、今年のツールはトラブル続きで優勝するのに苦労したが、来年は来年で、タフなツールになるかもしれない。今年はビアンキVS USPというより、ヤンVS USPだったけど、来年は、USP vs T-モバイルの様相になってきた。


    http://www.janullrich.de

  • ウルリッヒがT-モバイル(現テレコム)へ移籍決定の続報 :ウルリッヒ弟も一緒に移籍。 ( 10.4.2003 )

    ウルリッヒとともにビアンキから移籍する選手も発表になった。片腕のトビアス シュタインハウザーとアンドレ コルフだ。共にビアンキから移籍。これで25人の選手がT-モバイルに登録された。一方で、残るチームビアンキがどうなるかちょっと不安。屋台骨がいなくなり、カセロは下降気味だし。。。

    更に、ウルリッヒと一緒に理学療法士のクローメと、ウルリッヒの弟ステファン(メカニック)も移籍する。気になるビアンキの監督ルディ ペフェナハ氏だが、ウルリッヒのマネージャーとなるために彼と共にチームテレコムを飛び出したので、今更監督だの助監督になるのは難しい。空きもない。ウルリッヒは、彼をパーソナルトレーナー責任者のような格好で雇うことをオファーしているらしい。承諾するかどうかはペフェナハ氏次第。これで、来年のツールめがけて、環境は整った。


  • 緊急速報ニュース:ウルリッヒがテレコムへ復帰!!!! ( 10.4.2003 )

    来年からチーム名改めT-モバイルとなる現在のテレコムに、ウルリッヒが再加入することが決定したぞ。cyclingnewsにはまだこのニュースは出ておらず、とりあえず彼がバルアレス諸島のチームに行かないことを表明としか出ていない。しかし、テレコムのHPに発表されているので本当だろう!

    http://www.team-telekom.de/


  • 世界選手権は7日開幕 ( 10.4.2003 )

    世界選手権が来週開幕する。Men’s Elite TTは9日、ロードは12日。スケジュールURLは10月2日のトクダネに掲載済み。また、下のURLは、参加選手です。上がTT、下がロード。といっても、まだチッポリーニの名前が入っていて、Updateされておらず、また、リストにはリザーブの選手も入っているようだ。ちなみにエディーメルクスの予想は、今年はベッティーニが世界チャンピオンになると。まあこれは、大方の予想だろうが。

    http://www.hamilton2003.com/Hamilton2003Participants/em_tt.html

    http://www.hamilton2003.com/Hamilton2003Participants/em_rr.html

  • パンターニファンには嬉しさ半分、寂しさ半分 ( 10.3.2003 )

    まずはGood Newsから。99年ジロの際のドーピング疑惑で裁判にかけられていたパンターニが無罪となった。スポーツ競技における不正行為の場合、通常1ヶ月から1年の禁固刑及び250から1000ユーロの罰金となる。このパンターニのケースでは、検察側は6ヶ月の禁固刑+500ユーロの罰金の支払を求刑していた。このたびトリノの裁判所で下された判決は、この件は法の観点から鑑み、犯罪とはいえない、というもので、パンターニの無罪が言い渡された。

    一方、Bad Newsは、この後のパンターニのファンに向けたメッセージだ。
    「アスリートとしてのパンターニのことは、もう忘れてほしい。今でも脚を回すためにバイクには乗っている。でも、もはや自転車競技のことは 僕の気持ちの中にない。ジムにも何ヶ月も通っていないし、体重は15キロ増えた。僕は今、小さい雄牛のような人相になっている。」と。
    裁判などで、気持ちが腐ってしまっているのかもしれないが、ファンへのコメントにしては、寂しい内容だ。

    更に、VDBも今裁判を迎えている。2002年2月の例の家宅捜査で見つかった様々な薬物に関する裁判だ。


  • チッポリーニ世界選手権出場せず ( 10.3.2003 )

    去年の世界選手権の覇者チッポリーニが世界選手権辞退となった。去年の優勝者なので、自動的に出場権があったのだが、ナショナルチームの選抜には入っていなかった。今年ベッティーニを勝たせるシナリオであることから、身を引いたといえる。更に自分には向いたコースとはいえないことも理由のひとつに上げている。

  • ツールド北海道の放送は。。 ( 10.3.2003 )

    JSports の放送時間をお知らせしましたが、内容はどの日も同じ内容で再放送だそうです。見逃しても十分次のチャンスがあるってことですね。
    (映像は、複数のオートバイカメラマンや固定カメラ、ヘリコプターまで飛ばしての大がかりなものだそうですよ。)


  • 噂をすれば。。 ( 10.2.2003 )

    今朝ベロキのことを書いたら、さっそくベロキの話題が入ってきた。サイス監督についていくと決めたものの なかなかスポンサーが現れず、未だに来季のチームが決まっていないベロキ。CSCのリース監督と交渉を始めた模様。

  • ツールド北海道放送予定変更のお知らせ ( 10.2.2003 )

    ツールド北海道放送日程が変更したそうです。J SPORTSのほうは5日間の放送のようなので、各ステージごとの放送なのか、あるいは前日同じ映像なのかが判明しましたら またお知らせします。

    北海道文化放送(UHB)10月11日(土)13:30〜14:25放送
    SKY PerfecTV(J SPORTS) 11月9日、10日、13日、20日放送
     11/09(日) 14:00−15:30 J Sports 1(ch.306)
     11/10(月) 22:30−00:00 J Sports 3(ch.308)
     11/13(木) 00:00−01:30 J Sports 3(ch.308)
     11/13(木) 07:30−09:00 J Sports 3(ch.308)
     11/20(木) 12:30−14:00 J Sports 2(ch.307)


  • ビアンキ交渉決裂でウルリッヒはチーム バレアレス諸島? ( 10.2.2003 )

    ビアンキはサブスポンサーを募ったものの、うまくいかなかったらしい。こうなると、ウルリッヒを雇うための資金がない。3年間契約前提で3億以上は必要だ。果たしてテレコムに復帰することになるのか?

    一方で、先日お伝えした「チームバレアレス諸島」案には、ウルリッヒ獲得がまだ目標として入っている。旧バネストの中にぽっかりウルリッヒが入る、というのはかなり違和感あるけど、資金が確約でき、獲得の意志を示しているわけだから、ウルリッヒのチームバレアレス諸島行きの可能性は 今のところゼロではない。

    ところで、最近いくつかの新聞の論評を読んだところ、オンセでなく、バネストがチームバレアレス諸島として再生することになった背景には、サイス監督への根強い不信感があるらしい。98年フェスティナ事件の際、オンセの医師テラドス氏が拘留された。その時の対処の仕方がまずく、サイス監督にはドーピングの暗い陰がつきまとっているという。一方で、バネストのエチャバリ監督もウンスエマネージャーも、あの事件を無難に乗り越え、彼らの方がスポンサーからお声がかかることになっているらしい。

    スキャンダルを恐れるスポンサーは、このイメージゆえに、なかなかサイス監督の雇用には踏み切れない。今回のヴエルタは、サイス監督にとって、そんな状況でのぞんだヴエルタだったわけだ。しかし、彼の功績を無視してはいけない。89年にオンセがスポンサーを決めてから、彼は積極的に外国選手を採用した。インドゥラインを打倒するためだ。更に、ジャジャに見られるように、選手の資質を転換させた。スプリンターをクライマーに仕立てるといった離れ業も、彼独自のアイディアだった。今 彼は成功と陰を味わっている。サイス監督についていく、と決めたベロキたちだが、来年どうなるのだろうか。


  • 世界選手権 カナダ(ハミルトン):レベッリンコメント ( 10.2.2003 )

    ヴエルタが終わったと思ったら、もう次は世界選手権。Men’s エリート ロード(12.4 km x 21)は10月12日に行われる。イタリアチームの選抜に漏れたバルトリのコメントを先日お伝えしたが、今回はやはり選外となったレベッリンのコメントが出た。彼は、バッレリーニの選抜を尊重するとコメントし、「単にバッレリーニの考える世界選手権構想に自分は向いていなかったということで、今までの自分の成績を見れば、例え出場したとしても、いい走りができることは明らかだと思う。もっとも、こういうことは、僕がとやかく判断することでもないし。」と述べた。

    更に、「当日の10月12日は午後家にいて、しっかりとハミルトンでの世界選手権をTVで見るよ」と極めて前向きな発言をした。不振で選出されなかったわけではない、と確信を持って思えるからこういうコメントができるわけで、そう思える背景には、今年の自分自身の成績に自信を持っているからだといえる。世界選手権のスケジュールは下記。


    http://www.eurosport.com/home/pages/V3/L0/S18/E5641/event_Lng0_Spo18_Evt5641.shtml

  • ジロ ディルッカ : フレイレがスプリントで区間優勝 ( 10.1.2003 )

    9月30日から10月3日の予定で行われているジロ デッラ プロヴィンチア ディ ルッカ、通用ジロ ディルッカ。この第1ステージのスプリントゴールをフレイレが制した。最後はバネストのスペイン人ホセイバン グティエレスとの一騎打ちで楽勝。もっとも、ペタッキも、ツァベルもマキュエンもチッポリーニも不在のレースだったから、快勝できたが、世界選手権となると、そうたやすくは勝たせてもらえないだろう。

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こちらのニュースソースについて:ページ最下段にも掲載していますが、2000年にcyclingnewsと念書(Letter of Intent)をかわし、記事の翻訳につき正式に同意を入手しています。従って、特に記載のないものはソースはcyclingnewsです。

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このたび、オーストラリアのKnapp Communications Pty Limited(cyclingnews.com運営)と趣意書をかわし、同社よりサイトのニュースの翻訳権を入手しました。(effective as of 19/Nov./00) Jump


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