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特ダネ・ニュース 2003年11月の記録..
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  • 世界選手権、レース終盤で落車したのはやっぱりアスタルロアでした。 ( 11.30.2003 )

    昨日お伝えした世界選手権の終盤に落車した選手について、「僕もあれはアスタルロアだと思う。インタビューの際の腕の傷がレース序盤の落車にしては新しかった。」というコメント頂きましたが、cyclingnewsのライブ中継を確認したところ、やはり正解、アスタルロアでした。

    金曜夜のTV中継の様子>
    レース終盤までイタリア勢がプロトンを引っ張り、その中にスペインのベルトランが混じってレースをコントロールしていた中、第19ラップにきてプロトンの前方を、有力選手らが支配する展開に変わった。(その時点で1人や2人のエスケープはいたけれど。)プロトン前方には、ベッティーニ、ヴァンペテヘムらに混じって、スペインのジャージが画面に映った。顔を見たら、黄色っぽいゴーグルを着用してたベルトランでなく、サングラス着用なしのアスタルロアだった。サエコのレーパンに赤いサエコのヘルメットをかぶっているから間違いない。(そう、私は金曜の放送中、ずっと選手の顔ばかり見ていた。)

    ところがその直後、登りのてっぺんのコーナーのところで、スペイン選手が横滑りして落車した。解説によると、路面が一部こすれたように黒くなっていて、この摩擦係数が異なるコンディション部分に車輪が乗ってしまったためだろうと。

    落車した選手は、プロトンの一番前の方にいた選手だったので、この時のレース展開からみて、落車したのはどうみてもアスタルロアとしか思えない。しかもヘルメットの色は赤だった。彼はバイク交換することなく、すぐにそのままレースに戻ることができたが、それでも100人ほどの選手をやり過ごすことになった。

    そして、cyclingnewsのレース解説で確認したところ、やはりこの地点でアスタルロアが落車、と書かれていた。ラップ20前半に、ややプロトンの中ほどにいたアスタルロアがフレイレに様子を聞いたところ、「自分にはベッティーニは追えない」といったため、彼が前方に上がって有力選手らのグループに入ったそうだ。

    それにしても、アスタルロアの落車は、ベッティーニやヴァンペテヘムらが前に上がって、いよいよレースが動き出してからの落車だったから、あれぐらいの落車で命拾いした。落車の時の怪我やバイクの状況次第で、一歩間違えば優勝を取り逃がした可能性だってゼロではない。つくづく、レースって何があるかわからない。(ちなみに、世界選手権女子ロードでは、ゴールスプリント直前でスペインのソマリバが不運のメカトラで表彰台を逃し、TT優勝のみにとどまった。)


  • 世界選手権ロード放送を見た ( 11.29.2003 )

    昨日、世界選手権ロード録画中継を見た。番組が23時開始とはありがたい。じっくり見ることができた。たまにこういうのって、真夜中だったりするのだが。

    ― セビーヤが落車でリタイヤしたのは知っていたが、リタイヤが決まってあんな風にヘルメットを投げつけたのは知らなかった。表情は柔和なんだけど、ヘルメットにやつあたり。よっぽど悔しかったのだろう。確かレース後、こんなことで優勝に貢献できずに残念だった、といったコメントを残していたっけ。

    ― シマノ!コース中にシマノの文字。レースの後援したのだろうが、後援者としてレースを支配していたね。

    ― 普段余り見ることのできない女子のロードもおまけで中継してくれてよかった。願わくばソマリバが勝った女子のTTもちょこっと見てみたたかったけど。

    ― バルベルデが2位に入ってアスタルロアの優勝と自分の2位を喜ぶシーンは写真で見ていたけど、腕を振り上げたような感じだと思っていたけど、映像で見たら、腕をブンブン回していた。バルベルデもすごく嬉しそうで 印象的だ。

    ― そしてもちろんアスタルロア。鮮やかな逃げだった。ゴールは両手で十字を切っていた。ちなみに放送では、「アスタルロアは昨年のワールドカップ総合2位だった」と言っていたけど、正確には4位ですね。第9戦まで総合3位だったのに、最後にバルトリがロンバルディアで優勝したせいで、総合で4位になってしまった。昨年ジャパンカップで来日した時に、彼に、「総合4位でおめでとう」と言ったら、「4位で悔しい」と言うかと思ったけど、「ありがとう」と嬉しそうにしていた。その翌年にさっそく世界選手権で優勝とは。

    ― ベルトランがすごくたくさん映っていたので、もうずっとかぶりつきだった。ダンシングの時、細い身体を覆いかぶせるように走る独特のライディングフォームですぐわかる。終始先頭の方を走っていて、ある時はアスタルロアの隣や後ろ、ある時はディルーカの真後ろ、ある時は飛び出したエルミゲルらを追いかけて先頭のトップで、全身がアップで映ったりして、十分楽しめた。

    ― ベッティーニら有力選手が最後に飛び出す少し前、前方を走っていた選手がコーナリングで横滑りで落車したけど、あれってアスタルロアじゃなかった?落車は大したことなく、すぐにそのまま追いかけたけど。というのもその直前の映像で先頭の方をアスタルロアが走っているのが見えたので。それに落車した選手がかぶっていたのは、サエコの赤いヘルメットみたいに見えた。

    ― 実況、解説も聞きやすかった。フジTVの「英雄。。」みたいなドラマチックな音楽をバックにモノローグというのもいいけど、こうしたコツコツとした実況も同様にいい。


  • ベルトラン近況報告 ( 11.28.2003 )

    今年はファッサのデニス ザネッティが1月10日に急死、6月にはブリオッシュの若手ファブリス サランソン選手がレース当日の朝に突然死、7月ツールの最中にAG2Rのオス選手(フランス語読み)が故郷エストニアでトレーニング中に事故死、と訃報が相次いだ。オス選手はツール出場を果たすために、7月以前のレースで、かなりがむしゃらに走った。しかし監督は彼をツールの一員に選ぶことはなかった。ツールに出ていれば、エストニアでトレーニングすることもなく、亡くなることもなかったのに、、と悲しむ声もあった。

    これらはいずれもレース中の事故ではないが、<レース中の事故>という意味で ことさらショッキングだったのは キヴィレフの事故だったろう。今年パリ ニース第2ステージでキヴィレフが亡くなったのは記憶に新しく、また、1995年ツールではカサルテッリがレース中の転落で亡くなったのも実にショッキングだった。

    しかし、レース中の事故はこれだけではない。その2つのレース中の事故死の前後の1999年に、ボルタアカタルーニャの第2ステージで亡くなったマヌエル サンロマ(フエンラブラダ)という選手をご存知だろうか。彼もまた、ラスト数キロのゴールスプリントで落車。ヨー プランカールトとヤン スヴォラダも巻き込まれたが、サンロマは頭から落ちて、これが致命傷となった。目撃者の話だと、ヘルメットはしていなかったという。

    彼はスペイン初のスプリンターとして将来を嘱望されていた。ゴールスプリントでチッポリーニを破ったこともある。98年プロ入りして いきなり3勝。99年には4勝を上げていた。亡くなった年の翌年2000年のヴエルタでは、第4ステージにサンロマの故郷ラマンチャのシウダ レアルがスタートだったため、フエンラブラダの選手たちが、スタート前にシウダ レアルにあるサンロマの墓前にお花を供えに訪れた。

    そして、このサンロマの死を悼んで、毎年スペインのシウダレアルで彼の追悼レースが行われている。今年は11月30日の開催で、出場予定選手は、ケルメ残留がほぼ決まったバルベルデ、フォナックへ移籍のセビーヤ、今年 一世を風靡した(?)ペチャロマン、そして!マヌエル ベルトランだ。(やっとベルトランの話になった。)地元のプロ選手も多数参加し、そのほかにも、フスト、セレソ、アロヨらも出場する。

    アンダルシア在住のベルトランがこのレースに参加するにはわけがある。彼は99年のこのボルタ ア カタルーニャで優勝した選手なのだ。そして、総合優勝した際、第2ステージで亡くなったサンロマに、その優勝を捧げた。ベルトランは最終ステージの山岳TTで優勝し、ヒメネスを抑えて総合優勝。2位ヒメネス、3位ベロキ、4位 エラス、5位 トートシュニッヒ、6位ライセカ、7位ブエナオラ、8位エスカルティンだった。

    ベルトランにとっては、これがプロ入り事実上初めての優勝だった。その記念すべきレースで亡くなった若手を弔うため、彼は今年もレースに参加する予定だ。


  • シャンドリはCSCへ、これでCSCは25人揃い、ライダーハントは終了。 ( 11.28.2003 )

    イギリス国籍を持つイタリア人 マックスシャンドリがCSCに移籍決定した。36歳のベテランは来年でプロ生活も終わりだろうと思っているが、経験を若い世代に伝えようと張り切っている。彼はクラシックを得意とし、時にスプリンターにも変身する。イタリアでは競争が激しいため、生まれた故郷イギリスで選手登録をしていた。

    チッポリーニの下記の記事にも既述の通り、彼はアトランタ五輪で銅メダルを獲得している。CSCはハミルトンが抜けたものの、抜け目なく補強をし、バッソ、バルトリ、ジューリック、フォイクト、グイーディを獲得。残留のサストレ、ルッテンベルガーなど、チーム力には来年も期待がかかる。


  • チッポリーニは五輪の追い抜き競技に出場したい + ジロ2003の落車で車椅子生活を強いられる危機だった + 96年アトランタ五輪ロードレース全記録 ( 11.27.2003 )

    2004年、チッポリーニの目標は、ジロ、ミラノ サンレモ、そしてアテネ五輪の自転車(ロードではなく)追い抜き競技だそうだ。彼は96年アトランタ五輪自転車ロードに出場しているが、82位に終わっている。その時は、ロードはパスカル リシャールが金メダル、銀がデンマークのロルフ ソレンセン、銅がMシャンドリだった。(ちなみにTTではインドゥライン、オラーノ、ボードマンが金銀銅。)

    とにかく、今年チッポリーニはついていなかった。ジロ第11ステージ、ゴール手前のカーブでガルベスの落車に巻き込まれた。あの時のことを彼はこう語る。「第11ステージ サンドナ ディ ピアーヴェのゴールでの落車については、たいしたことなかったくせに(翌日棄権した)、なんて言う人もいるが、あれは相当深刻な怪我だった。もう少しで車椅子生活を強いられる可能性もあったぐらいだ。」

    またツールでチーム選出されなかったショックも大きかった。「少し休みをとって 今は完全に立ち直っている。2004年自分は37歳、なかなか心身ともにフレッシュに復活とは行かないが、それでも自分の経験がチームにいい影響をもたらすだろうと思う。」

    96年アトランタ五輪ロードレース全記録は 下記のサイトで見られる。


    http://www.ausport.gov.au/olym96/cyrmrace.html

  • チッポリーニ:アテネ五輪に意欲。但し、ピストの選手として! ( 11.27.2003 )

    チッポリーニがアテネ五輪のピスト競技への出場意欲を示した。ロードじゃなくて、ピストだって。詳報はまた後ほど。

  • ハビエル オチョアがケルメに帰ってくる ( 11.27.2003 )

    ハビエル オチョアがケルメに帰ってくる。無論、プロチームメンバーとしてではないが、それでもケルメから年間350万円以上が支給され(給与というより、奨励金といった感じだが)、機材もケルメが面倒を見る。アテネのパリリンピックを視野に据えての援助だ。

  • アストゥリアスの山岳で、カヌー選手、登山家らと一緒にクロスオーバー トレーニング。でも指を骨折してしまったルビエラ。 ( 11.27.2003 )

    USPのルビエラ、来年からUSPに加入するベンハミン ノバル(元リラックス)、ケルメのハビエルパスクワル ヨレンテ(ツール03の時の検査で陽性となり、多分出場停止処分を受けている最中)、エウスカルテルのサムエル サンチェスらが、来季に向けてスペイン アストゥリアスの山中でトレーニングを始動した。更に参加したのは、カヌーのマヌエル ブスト、登山家のロサ フェルナンデス、パラリンピックの選手アンドレス ブランコらだ。

    これら選手は主に地元アストゥリアスのそばに住む選手たちだ。(ルビエラはアストゥリアス地方のヒホン在住。サンチェスはアストゥリアス地方の首都オビエド出身、ヨレンテは県外のリオハ出身。)

    ここで「あれ?」と思った人はエウスカルテルファンだろう。そう、バスク出身者だけしか入れないエウスカルテルに、なんでアストゥリアス出身のサンチェスがいるのか?これは今年初めのニュースでお伝えしたとおり。彼だけバスク出身でないのだが、ビスカヤ地方に住まわせて、即席のバスク人として登録されている。彼は特別の例外なのだ。

    ところで今週火曜日、このスポーツの枠を超えたクロスオーバーのトレーニングの最中に、ルビエラが落車で右指を骨折した。「本当につまらない落車だった」(本人の弁)。おかげで29日のメモリア デ イサベル マリア クラベロ(前述)への出場はおじゃんになってしまった。4週間の間、ギブスをはめなくてはいけない。顔にも切り傷を負い、3針縫った。今の時期、プレシーズントレーニングの予定だったので、すぐさまブリュイネール監督に連絡をして状況説明した。代わりにジムでトレーニングすることになった。


  • ベッティーニ、ジロデイタリア 辞退宣言 ( 11.26.2003 )

    ワールドカップチャンピオンのパオロ ベッティーニは、来年ジロデイタリアには出場しないとコメントした。アテネ五輪が来シーズンのNo.1の目標なのらしい。シーズン前半は北のクラシックに出場し、ジロはパスしてツールに出て、ヴェローナの世界選手権にも出るつもり。でも、「一番の目標は五輪で金メダルをとること」だと。

  • アックア エ サポーネが復活、2004年のイタリアチームのご案内 ( 11.25.2003 )

    2002年にチッポリーニが所属し、シマウマジャージをデビューさせたアックア エ サポーネが2004年にチーム復活する。といっても、現行のドミナヴァカンツェチームの代わりではなく、別途チームを立ち上げる。チッポリーニはそのままドミナに残留だ。アックアに加入する予定の選手としては、フォルマッジからハンバーガーとノチェンティーニが、そしてドミナからアストルフィとポスペイェフらがそれぞれ予定されている。

    またそのほかにイタリアの新チームとしては、LPRも立ち上がる。こちらには、コフィディスから(先日来日した)ロペボセッリが加入予定。他にはマルルクスからコニシェフも移籍予定だ。

    それから、既述の通り、ヴィーニカルディローラSo Diは存続するものの、これまでサブスポンサーだったSaunier Duval はスペインチームを別途立ち上げる。クイックステップからカニャダ、フォナックからJCドミンゲス、ストラッツァー、ランプレからベルトリアーティ、バネストからピエポリ、ドミナからペディゲロらがSaunierに移籍する。


  • カセロはまたも のけ者扱いで ( 11.25.2003 )

    ケルメのバルベルデのマネージャーが、「もしもケルメにカセロが移籍してくることがあれば、バルベルデはケルメとの契約を打ち切る」なんて言い出している。理由は、「カセロがチームに来ると、ケルメのチーム理念が変わり、バルベルデが契約を前提としたケルメではなくなるため」、とか言っている。世界選手権の選考の時も、ヴエルタで優勝した後のチーム移籍でも、いつも「カセロを選ぶな」とかいった発言をする人が現れて、ちょっと気の毒な話。まあ、本人は、昨年の世界選手権選考の前には、「どうせ、選考委員は僕を嫌っているから、世界選手権には 出られっこないだろ。当日は、結婚式の予定を入れたよ」と諦め顔だった。

    現在、カセロのケルメ移籍話は一向に進まない。そうこうしているうちに、カセロの契約がダシに使われ始めてしまったわけだ。もっともベルダ監督は冷静だ。バルベルデのマネージャーは、ケルメとの契約を打ち切って、獲得に興味を示しているサイス監督の新チームに移籍しようともくろんでおり、今回の発言は、そのための単なる口実に過ぎないと見ている。

    カセロがケルメに移籍できるのかどうか、予断を許さないが、同時にバルベルデがケルメを飛び出してリバティー保険のチームに行くのか、こちらも暫くWatchしなくては。確かにケルメはつい最近も 再び財政難の話が飛び出したりしたけど、こういう話がありながらも25年近く耐えてきたチームだ。一方、リバティー保険のスポンサーの方は、新入り。長期存続に耐えられるかどうか。


  • 今年で13回目、亡くなった姉を記念して弟の手によって行われる非公式レースには、今年も有名プロ選手が たくさん出場する ( 11.24.2003 )

    11月29日に今年もメモリア デ イサベル マリア クラベロが開催される。時間は例によって16時から、そして今年もマドリッドのラスロサスで行われる。以前からこのレースのことがずっと気になっていた。例年11月の末に開催され、非公式レースなのだが、いつもいい選手が出場する。99年と2001年にはフレイレが優勝し、2000年はベロキが優勝している。今年は世界チャンピオンのアスタルロアが出場予定だ。

    このレースの主催者は、メルカトーネウノのスペイン人、ダニエル クラベロだ。彼は13年前に姉を亡くし、その姉のメモリアルとして毎年この時期にレースを開催している。場所も、クラベロがマドリッドっ子なので、いつもマドリッド周辺での開催だ。出場するのはプロ選手だけでなく、U23、ジュニア、そしてホビーレーサーたち。

    今年の出場予定選手は、既述のアスタルロアに加え、マンセボ、プラサ、セビーヤ、ルビエラ、ロバト、ビシオソたちだ。マドリッド在住のトンコフもかつてエントリーしたこともある。(お父さんの具合が悪く、直前でキャンセルとなったが。)ルビエラはこのレースの常連で、多分95年にアルティアチで一緒に走っていた よしみからだろうか。

    亡くなった姉のために地元の市長たちと交通規制の相談をしながら、レースを自費開催するクラベロの姿には感銘を受ける。個人の力でよく 毎年ここまでやるものだ。ただ残念ながら、このレースの結果などは、フレイレのような有名選手が優勝すると入ってくるが、通常 とても情報入手が難しい。

    クラベロという選手のことは以前紹介したとおり、奥さんは精神科医。夫がトレーニングなどで夜遅くなっても、事故かしら?と心配するといちいち身が持たないので、常に平常心でいるように心がけているというしっかり者。


  • Tモバイルの初顔合わせ ( 11.23.2003 )

    2004年1月からテレコムは Tモバイルという名前に変わるが、日本でいうと、さしずめNTTからNTTドコモにスポンサーが変わったといった感じか。そのTモバイルの選手たちが、先日ケルンのドリントホテルに結集した。やることはとにかくいっぱいある。ファンに配布するために、数え切れない数のカード、ウエア、キャップに、限りない数の自筆サインを入れ、新ユニフォームで写真を撮り、頭や足のサイズを測ってヘルメットやシューズの新調をした。

    更にホリデーシーズン中の調整ぶりをチェックするために、チームドクターによる検査も行われた。35歳のアルダグは、負荷検査用の自転車エルゴメーターを1時間近く漕いだあと、疲労困憊。「年を感じた」と漏らした。

    選手らが、上記のように来季の準備に追われる中、選手のご婦人がたは、カート競争で戦っていた。そして、ツァベルの妻コードゥラは、ヴェセマンの妻カロリンらのチームに敗退を喫したとか。また、ウルリッヒとツァベルはTV番組のゲストとしても招かれ、自転車のパフォーマンスをしたりして、本格シーズン中とはちょっと違った表情を見せていた。(team-telekom.de)


  • ハミルトンは熱狂的レッドソックスの信奉者(ハミルトンの日記から) ( 11.23.2003 )

    今年のツールで、鎖骨を骨折しながらも、超人的なしぶとさを見せつけたタイラー ハミルトンだが、彼の辛抱強さは自転車の上だけではなかった。彼は野球ファンとしても、辛抱強いところを見せつけた。

    ハミルトンは地元ボストンのレッドソックスの熱狂的サポーターだ。1918年以来バンビーノの呪いのせいでワールドシリーズ(WS)優勝が果たせないチーム(*後で説明)を、必死に応援している。なにしろ1918年以来WSから見放されていながら、裏切られても 裏切られても 決してへこたれない。そして、毎年「今年こそ勝てそうな気がする」といい続け、裏切られてはがっくり肩を落とし、それでもまた、「きっと来年こそ勝ってくれるだろう」と言っている。

    ハミルトンは、プレイオフの最中TVに釘付けだった。プレイオフ第1戦、アスレチックスを下し、次にNYヤンキースに勝てばワールドシリーズ出場というところこまできた。そして、試合はもつれ込み、フルセットの第7戦目では、前半レッドソックがリードし、ワールドシリーズ進出が濃厚となった。しかし8回裏で同点とされ、最後11回にヤンキースに逆転負けを喫した。そのときのハミルトンの日記を読むと、チームに対する彼の熱意を感じる。

    「例年同様、今年こそついに優勝の2文字が見えてきた!と思った。。。だから、延長戦で逆転負けを喫し(WSの夢を絶たれた)た時は、相当なショックを受けた。1週間経った今も、まだそのショックから立ち直っていない。でも、僕は ちょっとや そっとじゃ めげない大ファンだから(Diehard fan =ダイハードだと、自分でも言っている)、大リーグキャップに一発逆転を願掛けして(これをRally capという、後で用語解説)、来シーズンを再び楽しみにしている。レッドソックスが2003年ここまでやってくれたのだから、2004年はどんなエンディングになるか楽しみだ。」と。(ハミルトンの日記から)。

    (上記日記 引用部分原文:)Like every year, we fans had hoped this would be THE YEAR. .. That’s why watching them get eliminated in extra innings of that game was so devastating. I’m still not over it. But being the diehard fan that I am, I’ve held onto my rally cap and am already looking forward to next season. If they got this far in 2003, who knows what 2004 will bring.


    <MBL:今年のレッドソックス プレーオフ進出詳細説明>
    レッドソックスがプレーオフ進出した時の記事が、MLBのニュースサイトに載っている。

    「いよいよプレーオフが始まる。1918年を最後にワールドシリーズ(WS)優勝から遠ざかっているレッドソックスもワイルドカードでプレーオフに進出したが、ファンは、期待を裏切られて痛い目に遭い続けてきた過去を忘れて、「今年のチームは今までと違う。今年こそ勝つ」と、また、いつものパターンにはまりこんで、性懲りもなく応援している。」

    そう、レッドソックスは1918年以来ワールドシリーズ優勝していない。バンビーノの呪いのせいだ、と人は言う。(1918年に優勝した翌年、優勝の立役者だったベーブルースをチームが放出。ベイブルース=バンビーノの呪いのせいで優勝できない、と言われている。)でも地元のサポーターは熱狂的な応援の手を緩めない。そして、今年、その呪いを解く絶好のチャンスが来た。

    レッドソックスは、まずプレーオフ第1戦でアスレチックスを下し、次にNYヤンキースに勝てばワールドシリーズ出場、というところまでこぎつけた。今までチームプレーの悪さはピカ一で、「25 Guys、25 Cabs」(25人の選手が、全員バラバラにタクシーに一人ずつ乗る、=足並みの悪さを例えた言い方。)と言われてきたレッドソックスだが、「今年は何かが違う」とサポーターは大いに期待した。そして、NYヤンキースとのプレイオフは、熾烈な争いとなり、第7戦までもつれ込む。第7イニングまではレッドソックスがリードしていた。

    ところが、第8イニングがビッグイニングとなった。4対2、レッドソックス有利で迎えた8回表、レッドソックスはまず追加点1点を追加して5対2に。いよいよレッドソックス、イケイケムードだ。ところが8回裏、思わぬドラマが待っていた。まず1点を返したヤンキース、走者一塁で松井がツーベースを放ち、更にポサダがセンター前に落ちるタイムリーを打って松井が同点のホームを踏んだ。(この時松井が珍しく ホームに滑り込んだ瞬間に、感情をむき出しにして両手の拳を引いてガッツポーズをしたのが印象的だった。翌日の「ニューズデイ」紙は、ホームベースを踏んだあと跳び上がって喜びをみなぎらせた松井のカラー写真を、トップに持ってきた。)

    あろうことか8イニング目にレッドソックスは同点にされてしまったのだ。試合は延長戦にもつれ込み、最後は11回裏にヤンキースのアーロン ブーンが劇的なサヨナラHRを放ち、レッドソックスの夢は消えた。こうして今年もまた、「バンビーノの呪い」が解けることは無かった。ハミルトンががっくり肩を落としたのも無理もない。

    (ハミルトンの日記にあった言葉の解説)ラリー キャップとは:ラリー、つまり元気付けるという言葉と帽子のキャップからできている言葉で、一発逆転を狙う時や、発奮させたいときに、いつもと違ったキャップのかぶり方をすることを指す。人によって逆向きにかぶったり、つばを上向きにさせたり、とバリエーションがあるらしい。


  • ミゲル マルティネス MTB復帰フォト ( 11.21.2003 )

    来年のアテネオリンピックに照準を合わせて再びMTBの世界に戻ったミゲル マルティネス。9月のルガノのMTB世界選手権XCには、マックス コメンサルのチーム員としてさっそく出場し、結果は49位だった。その時の写真を見つけたのでご紹介。

    http://www.canadiancyclist.com/races03/mtbworlds/xc/menxc/partthree/images/DSC_0090.jpg

  • オフの選手たち ( 11.21.2003 )

    タイラー ハミルトン(2004年からフォナック):10月は地元ボストンで熱狂しまくった。彼は他のボストンっ子同様、ボストンレッドソックスの熱狂的ファン。レッドソックスがプレイオフでアスレチックスを下した時、ハミルトンは、冷静に、、と自分に言い聞かせた。そして、次のNYヤンキースとのプレイオフは第7戦までもつれこんだ。前半レッドソックス優勢で、1918年以来の出来だ、と喜びかけたのも束の間、最後の数イニングでヤンキースに逆転負けを喫した。その時のハミルトンの落胆ぶりといったら。これほどまでに野球に熱狂する自転車選手って いるものなのだ。

    フロイド ランディス(USP):アームストロング基金が作ったランスのドキュメンタリーを鑑賞し、ランスらとともに夜遅くまで過ごしたランディス。寝たのが2:30で、インタビューの日のコンディションは最悪。いつも早寝のランディスにとって、2:30なんていう遅い時間に寝るなんて、1年に1度しかないことらしい。ツールの最中も22:30にはさっさと耳栓をして寝てしまう。ルームメートのヒンカピーも あきれていた。コーヒー中毒で日に40杯飲むこともあるランディスだが、コーヒーで眠れなくなる、ということはないようだ。

    ヤン ウルリッヒ(2004年からTモバイル):ライオンキングをガビーと一緒に見に行った。すごく面白いから、みんなも行くといいよ、といったコメントを出していた。束の間の のんびりした時間。


  • なかなかプロになれなかったアスタルロア ( 11.20.2003 )

    今日ゲットしたてのスペインの雑誌を読んでみた。世界選手権特集なので、アスタルロアが いかにプロ入りできなかったかが延々と述べられている。97年にバネスト アマチームに所属し、3勝をあげたが、翌年 マンセボ、ラストラス、ラタサ、エラウディオ ヒメネスらがみんなバネストプロに昇格したのに、彼だけはプロチームからの引きが無かった。更にこの年は、ベロキ、スベルディア、サストレといった選手が続々とプロデビューした年だ。アスタルロアは、取り残された。

    そして翌年も同様だった。チームはバケに移籍したが、相変わらずアマで走ることになったアスタルロア。98年は7勝もあげたのだが、99年プロ入りはまたしてもできなかった。みんなが先を越していく。ノサル、プラデラ、ビシオソ、アルテチェ、フロレスらが99年プロに転向していった。ワンデイレース向きの選手に興味のないスペインチームは諦め、彼はイタリアにチーム探しの旅にでかける。とはいえ、イタリアでは全く知られていない存在の彼は、そこでも苦労する。同じバスク人でイタリアのマペイで走っていたオリヨが彼のために履歴書を用意してくれた。そして、行った先ではレースで優勝した証拠を見せろと言われ、レースで勝った写真を添えさせられたりもした。

    こうした苦労の甲斐あって、99年、イタリアでチームが見つかった。とはいえ、相変わらずアマチュアチームだった。しかし、イタリアで知名度を上げるには絶好のチャンスだったし、何よりエマヌエーレ ボンビーニのチームだった。そして、彼は徐々にメルカトーネのマルティネッリ監督の目に留まることになる。2000年、こうして晴れてアスタルロアはメルカトーネの一員として、プロ入りすることができたのだった。


  • グラハム ワトソンの無料壁紙 ( 11.20.2003 )

    自転車レース写真家の大御所 グラハム ワトソンは、通常 写真プリントやカードを有料で販売しているが、無料の壁紙も配布している。現在はツール2003の壁紙2枚とロンバルディアの壁紙1枚が無料でダウンロード可能。私はツール最終日の壁紙をダウンロードした。ランス、ウルリッヒ、そしてグレーのUSPSジャージのルビエラが写っている。ダウンロードは下記URLからできる。

    また、彼はファンからの問合せに掲示板で自ら答えているが、今まで見たツールの中で、今年のツールが一番おもしろかったと述べている。89年も同様に面白かったが、あの時はアクシデントなどがあったわけでなく、競合ライダーがいっぱいいたということだったが、今年はいろんな波乱があり、最後までスリルに満ちていて 最高のツールだったと。


    http://grahamwatson.com/wallpapers/assortedwall/assortedwall.html

  • 沖美穂選手&ジャパンカップのTV番組 ( 11.20.2003 )

    11月22日(土)午前10:30からテレビ東京系「ミラクルC」という番組で、<世界を駆ける日本人初の女性プロロードレーサー 沖美穂>という特集が組まれる。カナダでの世界選手権、そして日本でのジャパンカップの様子が語られる予定。今中大介氏のインタビューもあるそうだ。 番組内容下記URLにて。

    http://www.keirin.go.jp/land/tv/miracle/miracle200311.html

  • 10年ぶり、プロローグなしのツールドスイス2004 ( 11.19.2003 )

    来年の6月12 日から20日まで行われるツールドスイス。93年以来 毎年初日プロローグを実施していた同レースだが、来年はプロローグなし、最終日にITTを持ってくるという構成になった。ちなみに今年は初日プロローグがあり、最終日の前日に33キロのITTがあった。来年の6月中旬スイスに行っている人がいたら、最終日のITTがお勧め。40キロのITTはイタリアに近い保養地ルガノをスタートしてルガノでゴールするよ。

    6月12日: Sursee-Beromunster, 170 km、 13日.: Durrenroth-Rheinfelden, 170 km、14日: Rheinfelden-Juraparc Vallorbe, 190 km 、15日: Valle'e de Joux-Batterkinden, 160 km 、16日: Batterkinden-Adelboden, 170 km 、17日: Frutigen-Linthal, 190 km 、18日: Linthal-Malbun, 170 km 、19日: Buchs-Bellinzona, 200 km 、20日: Lugano-Lugano, 40 km (ITT)

    それから、蛇足ながら、サイスポ12月号の136ページに、ヴエルタ エピソードのミニ コラムを書きました。「何かヴエルタのエピソードを」、と突然 依頼を頂いたのがヴエルタ終了後で、ほとんどのネタは既にHPに書いてしまっていたので、何を書こう、、と一瞬 困ったのですが、<オフシーズンにでもHPに書こう>と思いつつ、まだ掲載していなかった据え置きネタがあったので、それを入れました。


  • 自転車世界選手権ロード 最終案内 ( 11.18.2003 )

    やっとNHKの正式プログラムに登場しましたね。世界自転車選手権 ロードの放映予定。予定通り11月28日(金) BS1で、23:00から (29日)00:45まで。(但し大会名は「競輪」になっているけど。)

    http://www.nhk.or.jp/sports/schedule-et/w20031124.html

  • ケルメ存亡の危機 ( 11.18.2003 )

    今年もまた、ケルメの経済的危機が聞こえてきた。8月以来、選手らへの毎月の給与が支払われておらず、下手をすると かつてのコースト同様、UCIからレースから除外措置が取られる可能性がある。それどころか、来年Div1の登録がされない危機にある。今月11月を目途に給与が支払われない場合、選手らはチームとの既存契約解除の権利が生じる。既にイタリアのStayerが ポスト ベロキの選手をケルメから探すことを考えている。また、サイス監督のリバティー保険チームも、バルベルデがフリーになったら交渉したいとしている。

    来年ケルメは創設25周年を迎える。25年目に突入できるかどうか、現状は微妙だ。オンセ、バネストにケルメまで このような状態で、スペイン選手の輸出(外国チームで走る状況)に歯止めがかからない。去年はバレンシア政府が救世主となったのだが、今回も救世主が現れるかどうか。


  • ファッサボルトロのチーム大入れ替え 最後の大物!の移籍。。 ( 11.18.2003 )

    11月3日のニュースで、ファッサの移籍関連で、<最後にもうひとり大物の入れ替えがあるかもしれない>、と予告した通り、来年度ファッサとの契約をせずに新天地を求め、新しい目標に向かって走り出した人がいます。(内容は下記URLにて。)今後のご多幸をお祈りしています。

    http://homepage1.nifty.com/koki2000/2003/diario/index.html

  • マルセル ビュストはドイツチームの広報担当へ、引退したシュヴェーダはこのチームのマネージャーに ( 11.17.2003 )

    元フェスティナのライダーで、落車で 目に大怪我を負い、引退したマルセル ビュスト。引退後はチームコーストで幹部をしたりしていたが、チームビアンキになってからは、幹部もウルリッヒ体制支持者になったため、スペイン人スタッフともどもチーム幹部に名を連ねることはなかった。

    しかし来年は、ドイツのチームWinfix TECHEMのスポークスマンを勤めることが決定した。Winfix TECHEMは現在Div3のドイツチームだが、来年からはTECHEMの代わりに アーノルズ保険会社が共同スポンサーとなることになり、チーム名にも、来年からはアーノルズの名前が入ることになりそうだ。

    また、ビアンキを引退したラファエル シュヴェーダはこのチームのマネージャーに就任することが決まっている。
    チームはDiv3ながら、しっかりしたWebサイトを持っている。(下記は2003年用のサイトなので、そのうち共同スポンサーが変わるのと同時にURLが変わるはず。)


    http://www.team-winfix.de/team_fahrer.htm

  • 国際女子マラソン 市民の部に出ていたサイクリスト、もう一人発見 ( 11.16.2003 )

    先ほど 女子マラソン 市民の部に出ていた水玉ジャージの男性の話を書いたばかりだが、たった今、メールを頂いた。女子マラソン市民の部に実際に出場されたという男性からだった。超びっくりなのだが、その男性、市民マラソンの部に出場して道を走りながら、私が沿道にいたのを発見したということで メールを下さった。この方は、丁度例の山岳ジャージの男性のすぐ後ろを走っていたそうで、私が「ヴィランク!」とか言いながら騒いで応援していたところ、とにかく なんか沿道が騒がしいので振り返って見たら、私がいるのに気付いたそうだ。

    速いスピードで走りながら、よく沿道の顔が見分けられましたね。余裕だなぁ。そして完走おめでとうございます。自転車ライダーの人たちで、このマラソンに出た人 何人かいらしたということなんですね。みなさん お疲れ様でした!


  • 東京国際女子マラソンに ツールの水玉山岳ジャージ登場 ( 11.16.2003 )

    今年も 行ってきました東京国際女子マラソンの沿道の応援。今年は男子の市民ランナーも参加して、大勢の大会だった。中で目を引いたのが、ランナーの中に、水玉のツールドフランス 山岳ジャージを着て走っている人がいたこと。自転車をやる人なんだなと思って、「ヴィランク!」と沿道から声をかけたら 振り返って手を振ってくれた。(復路はさすがに 手を振るのがやっとという感じだったけど。)あとで調べたら、この方、佐渡国際トライアスロン大会 国際Aタイプで、2002年152位に入っている人だった。しっかり完走ペースだった。レースの模様は、写真日記にてUpしました。

    http://www.h7.dion.ne.jp/~naco/twm03.html

  • おっと、ベロキはラ ブーランジェール(及び前の母体のボンジュール)初の外国人選手だった!! ( 11.15.2003 )

    フランスのブリオッシュ ラ ブーランジェール入りが決まったホセバ ベロキ。給与面とサポート体制の面で、このチームに決めたと語った。更に、「チームの理念が(以前在籍していた)エウスカルテルと似ていたし、ツールで勝つという目標を念頭にこのチームが最適だった。」と。

    また、当初サイス監督についていく、と言い続けていたものの 最終的に決裂したことについては、「サイス監督は、世界でも指折りのいい監督だ。この3年間、彼との絆はとても深かった。ただ、スポンサー問題がこじれるにつれ、僕の希望を受け入れてくれる状況にはなくなっていった。」

    イタリアのStayerをスポンサーとして新チームを立ち上げるという構想については、「信頼するオラーノが監督候補で、ONCEのメンバーが顔をそろえることになっていたから、理想的だった。でも、銀行の保証が得られず、経済的に難があった。もちろんスペインのチームで走りたかったけど、それが現実的には無理だった。」

    ベロキのレースデビューは2月24から28日のバレンシアツアーになりそうだ。ところで、彼の一番の悩みはフランス語。チームは2003年フォーメーションを全員フランス選手で固めていたから、彼が初の外国人選手なのだ。更に、前の母体であるボンジュールも全員フランス人という純国産チームだった。これほどまでに国粋主義のチームに入るからには ベロキもフランス語は必須だ。(フェスティナにいたことはあるが、スペイン選手も結構いたので、どうやら彼は余りしゃべれないようだ。)今から必死に勉強する、と語っている。さあ、来年のツールはアームストロング、ウルリッヒ、ベロキの三つ巴が安心して見られそう。
    (ニュースソース:MARCA、AS、L’equipe、GALANET)


  • UCIランキングが登場して16年。今まで年間UCIトップに名を連ねたのは、10人だけ。 ( 11.15.2003 )

    1988年にUCI個人ランキングが発表されるようになってから今年で16年経つが、その年の終わりの年間最終ランキングでトップに名を連ねた選手は今まで10人だけだ。これはもちろん 一人で何度も登場している選手がいるため。

    ご想像の通り、トップはLジャラベールで4回。95年、96年、97年、99年の4回にわたり、年間トップに輝いた。次は、ブーニョ(90、91年)、インドゥライン(92、93年)、ツァベル(2001、2002年)の2回。そして、ケリー(88年の初代No.1)、フィニョン(89年)、ロミンゲル(94年)、バルトリ(98年)、カサグランデ(2000年)、ベッティーニ(今年)がそれぞれ一回ずつ。


  • 速報:意外!ベロキはラ ブーランジェールへ ( 11.14.2003 )

    ベロキの動向をあんなに追っていたスペインの新聞も事前に嗅ぎ付けられなかった。なんとベロキの新チームはフランスのラブーランジェールに決定した。契約は2年。最初はサイス監督についていく、と語っていたベロキだが、最終的にはサイス監督のいる新チーム リバティーには行かないことを決め、更にStayerという新チーム結成に向けてネゴしてきたが、財政的なギャランティーが得られず、裏で交渉してきたラ ブーランジェールに決まった。

    弟のゴルカもチーム入りが決定し、更にオンセの同僚プラデラの加入も交渉中。ラブーランジェール入りの決め手になったのは、チームの理念とレースカレンダーと述べているベロキだが、フォナック、CSCといったチームよりこちらを選んだというのは、ツールで勝たせる絶対的なリーダーがいないチームに決めた、そんな気がしないでもない。


  • ミゲル マルティネスは、MTBに再度 転向! + この人もあの人もフォナックへ、ツール出場は決まりでしょう ( 11.14.2003 )

    タイラー ハミルトンがCSCからフォナックへ行くという話はツールの時から話題に上り、ツール直後に最終的に決定した際にこちらでもお伝えしましたが、フォナックは、来季に向けて 一気にいい人材を集めた感じ。ハミルトンに加え、ケルメから移籍が最近決まったセビーヤとJEグティエレスの他にも、こんな人たちがフォナックへ行くようです。

    更に 元CSCのニコラ ジャラベール、ドミナのTTスペシャリスト、サントス ゴンザレス、ファッサのファリャヴェチ、ドミナのベンナーティ。

    しかし、一方で、出る方も華やかだ。ファブリス グゴーが既に10月にチームを去り、ブノワ サルモンがCAへ、JCドミンゲスがSaunierへ、シュトラッツェルもSaunierへ、カマノがEUSへ。そして!MTBからロードへ転向し、昨年親子二代のツール デビューも果たしたミゲル マルティネスは、MTBに再度戻るのだそうだ。

    今年、マルティネスの名前を聞かないと思ったけど、ロードでは爆発することなくMTBに復帰する感じ。しかし、昨年ツールでは、地元フランスですごい人気者だった。昨年はヴィランク人気が今ひとつだったから、ジャジャの次はマルティネスがNo.2だったような印象がある。ツールには、花のあるフランス選手が絶対に必要だ。次にアイドルになるフランス人選手は現れるのだろうか。


  • 再度:世界選手権ロードTV放映の件 ( 11.13.2003 )

    一体NHKの世界選手権ロードTV放映の時間はいつなの?という再度のお問い合わせについて、今判明している内容は下記です。

    実際に解説の仕事をされたカメラマンの砂田さんは、NHK側から「11月28日(金)23:00〜24:45 NHK-BS1で世界選手権ロードレースの放映をする。」と言われたようです。但し、この時間帯はフリー枠に入っており、NHK側の番組編成の都合上、「この日で決定です」、と公式に視聴者に対しては まだ言えない状況だそうです。ですので、<何らかの振替番組が突発的に入ったりしなければ>、予定通り上記の日程で放映があるはずです。


  • ベロキ速報 ( 11.13.2003 )

    Stayerと交渉決裂したホセバ ベロキだったが、彼の弁護士兼代理人が、「ホセバと弟のゴルカベロキは、既に外国のチームに移籍を決めた」と語った。可能性として名前が挙がっているのは、サエコ、ゲロルシュタイナー、ランプレだが、サエコはシモーニとディルーカというリーダーがいるので、レベッリンのゲロルシュタイナーか、カサグランデのランプレが有力では、と見られている。契約条件などを詰めてから、そのチームの名前は明かされる予定。

  • 世界選手権と、オリンピック自転車競技のヒーローたち ( 11.13.2003 )

    2004年以降の世界選手権ロード スケジュールは下記の通り。
    2004年:9月28から10月3日ヴェローナ(イタリア)、
    2005年:9月20-25マドリッド(スペイン)、
    2006年:9月19-24日ザルツブルグ(オーストリア)、
    2007年:9月25-30日シュツッツガルト(ドイツ)。

    ところで2004年はアテネでのオリンピックの年。既にアテネ五輪の公式サイトが立ち上がっている(URL下記)。このサイトの中で、記念すべきサイクリストとして掲載されているのが、ポール マッソン。彼は初回の1896年のアテネ五輪で6つのうち3つの自転車競技(1キロTT、10キロトラック、1キロスプリント)で金メダルを獲得した。その後彼はプロに転向し、名前をマッソンからノッサムに変えた。(Massonを逆に読んで Nossamだって。)彼は、97年世界選手権のスプリントで3位にも入っている。

    更に、オリンピックの自転車競技のヒロインは、ドイツのクリスティナ ルーディンク。スケート出身なので、夏季、冬季五輪でメダルを獲得し、特筆すべきは、夏、冬の五輪が同じ都市だった88年に、「同年の夏、冬 五輪メダル獲得」という快挙を遂げている。80年レークプラシッド、84年サラエボ、88年カルガリー、92年アルベールヴィル冬季五輪のスケート部門でメダルを獲得。更に、88年には、ソウル夏季五輪の自転車スプリントで銀メダルを獲得している。

    そして、言うまでもなくこの人も、五輪自転車競技のヒロインだ。ジャニー ロンゴ。92年バルセロナのロードで銀メダル、96年アトランタのロードで金メダル、TTで銀メダル、2000年シドニーのTTで銅メダルを獲得している。もちろん、来年のアテネ五輪出場にも意欲的だ。


    http://www.olympic.org/uk/index_uk.asp

  • 速報:ホセバ ベロキ Stayerと決裂。これからチーム探し ( 11.12.2003 )

    つい昨日、イタリアのStayerとの交渉は順調に行きつつあり、11日の再交渉で移籍調印か、という記事が出ていたが、弁護士と監督候補のオラーノを引き連れた交渉は 結局決裂となった。理由は、チームの長期存続保証や、銀行の保証が得られなかったためだとしている。また、Stayer側が自転車競技に対して熱意を持ってサポートするという意識も確認できなかった。今後、早急にベロキはチーム探しを行うことになる。(新聞マルカのスクープより。)

  • ヴエルタのアナウンスは。。。 ( 11.12.2003 )

    ツール、ジロとコース発表が済んだ。あと残すはヴエルタの発表だ。例年通り、ヴエルタの発表はマドリッドで12月末に行われる。今年は、12月17日にアナウンスが予定されている。もちろんこちらでも、すぐに内容をお知らせしますが。来年のヴエルタのリーク情報としては、いわゆるグランデパールに相当するスタート地点はレオンで、最終ゴールがマドリッドと聞いている。そして、エル アングリルが再登場する可能性も目下ゼロではない。

  • アスタルロア、バレンシアでラリードライバーに勝利して、今季の幕 ( 11.12.2003 )

    バレンシアのクリテリウムでアスタルロアがスペインのラリードライバー、ルイス クリメントに競り勝った。といっても、クリメントがコースを2周する間に、アスタルロアは1周するというハンデがついていたが、一方で、シモーニはクリメントに競り負けた。肝心のレースの方は、エリミネーションでシモーニ、ポイントレースでバルベルデが勝ち、今年の強豪選手が 力を発揮してレースは幕を閉じた。

  • 移籍の噂 ( 11.11.2003 )

    アスタルロアが加入する来年のコフィディス。彼のほかにも、ジミー カスペ(FDJ)、オグレイディ(CA)らが加入する。逆に移籍して出て行く方は、ニコ マッタンがボディソルへ、日本でもおなじみクリス ピールスがジャックへ、プランカールトがPalmansへ移籍する。

    CAはJDからアルガンとジョリが加入。フォナックからブノア サルモンが加入。また、ツールで活躍したボチャロフ(AG2)も加入する。出て行く方は、上記のオグレイディのほか、長年CAで走ってきたフォイクトがCSCに移籍する。

    また、ケルメのセビーヤと片腕のホセ エンリケ グティエレスのフォナック移籍は 確定した模様。

    更に ツァベルのアシストをしていたジャンマッテオ ファンニーニがテレコムとの契約を延長できず、再びチッポリーニのアシストに転身、ドミナに2004年移籍する。


  • ツールドおきなわで書類送検 ( 11.10.2003 )

    本日の日経新聞夕刊から:
    沖縄県警名護署は10日、名護市などで9日に開かれた自転車レース「ツールドおきなわ2003」でレースを先導していた県警交通機動隊巡査部長(28)の白バイが大分市の男性の競技用自転車と接触し、自転車が転倒し男性が軽症を負ったと発表した。同署は、業務上過失傷害の疑いで巡査部長を書類送検する方針。


  • 世界選手権ロードTV放送 放送日の再確認 ( 11.10.2003 )

    先に下記の日程で世界選手権の放送があるとお伝えしましたが、NHKからは、<世界選手権の放送はない>、という返事だったので、再度問合せをしたところ、まだこの時間帯はまだ未定枠であるとの回答がきました。

    世界選手権ロードレースの放映日: 11月28日(金)23:00〜24:45 (NHK-BS1)

    NHKからの回答:ご連絡いただきました放送日時は、NHK内部の編成情報で、11月10日現在「未定枠」となっており、何が入ってくるか文字通り未定です。お問い合わせは、電話、FAX、お手紙、メールなど、多数お寄せいただいていますが、視聴者の方へのご連絡は、「決定」として公表されているもののみに限られており、少し先の情報の場合など、残念ながら放送予定のご案内はできません。

    とのこと。ですから、最終的な放送日の確認については、直前の週刊放映予定などを新聞で確認することをお勧めします。


  • ツールド沖縄 ( 11.10.2003 )

    ツールド沖縄 : リザルト出ています。

    http://www.tour-de-okinawa.jp/result/result.htm

  • ジロデイタリア2004 : モルティローロ復活! / オフィシャルカーのサプライヤーはMAZDA / TTは一回だけ ( 11.9.2003 )

    ジロ2004のコース発表が昨日行われ、公式サイトを見ていたら(下記URL)、なんとオフィシャルカーのサプライヤーはマツダ イタリアらしい。120台の車をレースに提供するとのこと。また、コースプロファイルを見ると、16から19ステージにかけて、きつい山岳コースとなっていて、勝負所になると思われる。

    コース表を見て気付くのはTTが52キロの第13ステージの一回だけ。プロローグとあわせて59キロになる。ちなみに去年はプロローグがなくてTTが2回で、合計82キロだった。フラットステージは12回、超難所の山岳ステージは第16、18、19ステージ。

    コースは、ジェノヴァを出発して、その後南下していく。更にカロヴィーニョまで行きあったったところで休息日を利用して、一気に中部まで戻り、更にその後北上していき、最後はイタリア東部から西部にかけて走り、ミラノを目指す。

    山岳で目に付くのは、6年ぶりに復活のドロミテ山塊のモルティローロだ。過酷にも、ゴールのミラノ直前の第19ステージに登場する。標高1855m。12.8キロの登り。平均斜度は10.2%。このイタリア版エルアングリルが登場するのは、第19ステージ40キロ地点。更に70キロ地点には、1827mのヴィヴィオーネ峠も待ち構えている。登りの距離としては長い19.8キロ、平均斜度は6.9%。更に1,297mのプレソラーナの山頂ゴールとなっている。今年のヴエルタが、山岳TTを最終日前日に持ってきて、ミステリーを持続させたように、ジロ2004も、最後まで波乱の余地を残すかのようなコース設定だ。

    更に、2004年のコースはこんな感じ。

    全ステージ:20ステージ+プロローグ(去年は全21ステージ、2002年は2004年と同じ)
    前長:3,435キロ程度(去年は3,485.5キロ、2002年は3,363キロ)
    平均1日当り走行距離(TTステージを除く):171.75キロ、(去年は165.98キロ、2002年は168.15キロ)

    TTの回数:1回(過去2年は2回あった)
    休息日の回数:2回(過去同様)


    http://www.gazzetta.it/speciali/giro2004_presentazione/index.htm

    http://www.gazzetta.it/speciali/giro2004_presentazione/tappe.htm

  • ジロのコース発表は。。 ( 11.8.20003 )

    今日、例によってミラノでジロのコース発表が行われる予定。来年のジロは5月8日から30日の予定。プロローグは2004年「欧州文化都市」に指定されたジェノバで、ゴールは恒例のミラノ。

    ちなみに「欧州文化都市」というのは、EU加盟国が自国の都市を毎年1つ「欧州文化都市」として指定し、その地で文化活動を積極的に展開していくというもの。毎年各都市こぞって、この文化都市に選定されるべく、名乗りをあげる。といっても、EUから特別な補助金が出たりするわけではない。単に名目上の措置なのだが、これによって観光客が集まり、観光収入が得られるので、その都市にとってはメリットになる。現に、ジェノヴァは来年 文化都市に指定されることにより、ジロのオープニングを飾ることになったわけで、ジェノヴァの町は潤うに違いない。

    それから、現在のチーム移籍状況。VDBはファッサに移籍するという噂。ベロキのStayer入りはまだ決まらず。銀行のギャランティーがまだ発効されず、給与未払い問題などを生じさせないためにも、ベロキ側は、ギャランティーなしでは調印しない意向。一方、カセロはケルメとまだ交渉中。彼は以前ヴエルタ優勝後に浪人の危機に陥っていることもあり、2年契約でなければ調印しないという姿勢を崩していない。


  • 世界選手権ロードTV放送 ( 11.7.2003 )

    NHK BSに問合せをしたら、回答がきたのだが、世界選手権ロードの放送はない、と言われた。でも、実際に解説をした砂田さんがNHK BSで放送があると言っているのだから間違いは無いでしょう。放送は下記のとおりだそうです。

    世界選手権ロードレースの放映日: 11月28日(金)23:00〜24:45 (NHK-BS1)
    砂田さんと今中さんが解説をします。


  • Today’s Gossip! ランスのお相手はブロックではなかった。 ( 11.6.2003 )

    どうでもいい話ですが、、、NYポストが、先日のイギリスの大衆紙の報道を否定した。アームストロングの新しいお相手はサンドラブロックではなく、シンガーのシェリル クロウだと。間違えられたのはクロウもブロックもオースチン テキサスの出身だったためだとか。"You keep my heart racing."のブレスレットをもらったのはクロウの方。でも、2人はスキャンダルを恐れてこれを極秘にしていたとか。

    たまたま10月に撮られた2人の写真を見つけてしまったので、下記にURLお知らせします。2人のツーショットは、テニスプレーヤー、アンドレアガシの子供のためのグランドスラム チャリティーにて。(但し、このシェリル クロウ、次の写真では エルトンジョンと仲良しフォトも撮っている。)その次のURLは、ついでですが、同じチャリティーに出席したビリー・ジョエルのフォト。随分年をとった感じで、最初はジョエルだとわからなかった。


    http://entertainment.excite.com/celebgossip/photo/id/10_08_2003_5.html

    http://entertainment.excite.com/celebgossip/photo/id/10_08_2003_3.html

  • 世界選手権のTV放映 ( 11.6.2003 )

    世界選手権の放送が、今年もNHKであるのかどうかということですが、砂田さんと今中さんの解説で収録がされた(NHKらしいですが、たぶんBSでしょうね)ということだけはわかりました。放送日は目下確認中です。

  • ロンゴ45歳のバースデー ( 11.6.2003 )

    女子フランスチャンピオンのジャニーロンゴが10月31日、誕生日を向かえ45歳に。これまで上げた成績には目を見張るばかり。833勝、世界新記録38個、五輪と世界選手権のメダル合わせて30個、世界チャンプ13回、フランスチャンプ 47回。また、メキシコのベロドロームでは45.094kmというアワーレコードも樹立した。誕生日はフランスの海外県のマルティニーク島で自転車の祭典に出席。夫兼トレーナーのパトリス シプレリ氏ももちろん同行。アテネ五輪に向けて 相当気合が入っている。

  • Stayer 2004 ( 11.5.2003 )

    新チームStayer 2004、ベロキ兄弟、サラベイティア、ホナタンゴンザレス、プラデラ、カストレサナといったオンセのメンバーが顔をそろえることになるのではないかと思われている。更にオラーノが監督に就任するというシナリオだ。

  • ベロキ Stayerとの交渉はあと数時間で決着予定 ( 11.4.2003 )

    ベロキがイタリアのStayerとの交渉を再開した。条件の確認がうまくいけば契約書にサインすることになる。しかし、彼の弁護士は結構こわもてだから、どこまで要求するのやら。更にここ数日噂があったとおり、Stayerにはオラーノも幹部としてジョインする可能性がある。但し、ベロキがStayerに加入した場合のみの話。オラーノはベロキと一緒についていく、と言っている。さて、明日の朝にはベロキの運命も決まっているかな。あるいは、さらにもつれるのか。。いずれにしても、ベロキはサイス監督のいるリバティー保険チームには行かない。

  • フォトグラファー綾野さんとのコラボ??! ( 11.4.2003 )

    この時期というのに なんかニュースが例年より多くてちょっと機を逃したけど、ここで宣伝。アメリカのサイトに私の書いたジャパンカップのレポート載っています。写真は綾野真さん。

    ところで これは個人的な興味で掲載するニュースですが、11月2日、ピレネーのロスピタレのクリテリウムでベルトランが優勝した。ポイントレースで優勝、エリミネーションはペディゲロが獲得。(現在ドミナで来年からサウニエドゥバルへ移籍。)ポイントレースの貯金のおかげでベルトランが総合優勝となった。


    http://www.pezcyclingnews.com/?pg=fullstory&id=1745

  • ファッサボルトロのチーム大入れ替え ( 11.3.2003 )

    ファッサの顔ぶれが2004年大幅に変わる。目下の暫定的状態を下記にまとめたのでどうぞ。CSCはハミルトンがいなくなっても、バッソやバルトリを加入させ、大したもの。

    グッバイ:イワノフ(テレコムへ)、バッソ(CSCへ)、ヴァリャベツ(フォナックへ)、スタンゲリ(サエコへ)、バルトリ(CSCへ)、ローダ(テナックスへ)、モントゴメリー(ゲロルシュタイナーへ)ザノッティ(Viniへ)

    ハロー:フレチャ(バネストから)、ダニエルソン(サターンから)、オンガラート(ドミナから)、コドル(メルカトーネから)、サッキ(サエコから)

    あともうひとり大物の入れ替えがあるかもしれない。


  • Stayer続報:ベロキとStayerの交渉は 初日決着せず + 来年はサウニエ ドゥバルという名前を要チェック ( 11.2.2003 )

    昨日中にStayerとの契約に持っていくつもりで、弁護士のパブロ アレグイ氏とともにイタリアに飛んだベロキだったが、時間切れで交渉は決着せず。ベロキとともにオンセからStayerに移籍を希望しているのはホアキンロドリゲス、ホナタン ゴンザレス、ダビ アロヨ、ゴルカ ベロキ(ベロキ弟)、ツールにも出ていたミケル プラデラ、Aカストレサナ、Xフロレンシオ、Mサラベイティアの6人。

    ベロキとチームの交渉がうまく行かなかった場合、Stayerというチーム自体成立せず、チーム成立と8人の行方はベロキにかかっている。今回決着しなかったこともあり、8人は万が一チームが成立しなかった場合を考えて、他のチームとの折衝も行っている。ロドリゲスは、既にサウニエ ドゥバルと仮契約を結んでいるので、とりあえず安泰だ。一方2004年からの新チーム、サウニエ ドゥバルも、去年のツールでイエローを着たランプレのベルトリアーティを始めいい選手を着実に集めているので、来年度の活躍が期待できそう。

    サウニエ ドゥバルは暖房器具などを扱うスペインの会社で、ヴィーニカルディローラのサブスポンサーをしていた。来年度 新チームのメインスポンサーとなり、カニャダ、ラファエル カセロ(カセロ弟)、ファビアン イエーカー、JCドミンゲス、ルーベンス ベルトリアーティ、ピエポリ、MMペディゲロ、といった選手が加入する予定なので、Div1として登録されるのではないかと見られている。スペイン選手が主体で、それにスイス選手と1,2名のイタリア選手という構成の18−20人程度のチームとなるだろう。


  • 「レタップ デュ ツール2004」 参戦ツアー決定 ( 11.1.2003 )

    「レタップ デュ ツール2004」 参戦ツアーのパンフレットを本日バイクショーでもらってきた。レースは2004年7月11日 リモールからサンフルールまでの237キロ。詳細は現在企画中らしいが、今年は日本語の公式サイトも立ち上がっている。(URLは下記。)

    フェスティナジャパン内にできたツールドフランス日本代表事務所が、来年のレタップ参戦ツアー開催を予定しているということだ。更に、この代表事務所の開設に伴い ツールオフィシャルグッズの国内販売が可能になったそうだ。現地に行かずとも、手軽にオフィシャルグッズが買えるらしい。

    2日にビッグサイトに行く方へ:ツールドフランス日本代表事務所は1-107のブースです。


    http://www.letour.jp/letape_du_tour/index.html

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こちらのニュースソースについて:ページ最下段にも掲載していますが、2000年にcyclingnewsと念書(Letter of Intent)をかわし、記事の翻訳につき正式に同意を入手しています。従って、特に記載のないものはソースはcyclingnewsです。

The copyright of the information here belongs to Knapp Communications Pty Limited (the owner of cyclingnews.com), 642-644 Bourke Street, Surry Hills NSW 2010 Australia unless otherwise specified. However, the company shall be exempted from the responsibility for any flaw of information or typographical errors that may have been caused in the course of translation. Such a responsibility shall be taken by the owner of this web site.
このたび、オーストラリアのKnapp Communications Pty Limited(cyclingnews.com運営)と趣意書をかわし、同社よりサイトのニュースの翻訳権を入手しました。(effective as of 19/Nov./00) Jump


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