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特ダネ・ニュース 2004年5月の記録..
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  • いよいよプロツアーに向けて。。 ( 5.31.2004 )

    いよいよプロツアー制度に向けて、一部のチームが動き出した。ラボバンクがチームスポンサーを4年ギャランティーし、プロツアーのプロチームとして、ライセンス第一号取得者となった。そして、なんと次はゲロルシュタイナー。彼らは、2005年いっぱいで切れるスポンサー契約を、2008年まで延長。条件とされる4年間の保証を満たし、第二号認定となる予定。

    ゲロルシュタイナーは今、勢いがいい。Tモバイルはおちおちしていられない。


  • ツアーオブジャパン レースレポート ( 5.30.2004 )

    ツアーオブジャパンのレースレポートをアップ。下記URL。

    http://masciclismo.web.infoseek.co.jp/japan/toj04-1.html

  • TOJ :Spot Light 世界中を駆け回るアイトール ガルドス ( 5.30.2004 )

    今日終了したTOJで、総合山岳賞に輝いたNIPPOのアイトール・ガルドス(リストではアロンソ アイトール ガルドスになっているが、正式名はアイトール・ガルドス)。彼は、ここ最近、世界中を駆け回っている。イタリア、スイス、クロアチア、モロッコ、スロベニアで走った後、今回 日本のレースTOJへやってきた。

    彼の出身地はエルムア。イゴール アスタルロアと同郷だ。過去、ラーゴマッジョーレのGPと、モロッコツアーで区間優勝をあげている。


  • TOJ最終日 :チーム NIPPOのイタリア人選手が区間優勝。総合は福島晋一選手 ( 5.30.2004 )

    本日行われたTOJ最終日は、2001年プロ入りし、チェラミケで走っていたステファノ グエリーニがトップグループから抜け出して優勝。グエリーニは今年3月28日から4月11日にかけて行われたモロッコツアー第一ステージで優勝し、3日間リーダージャージを着たこともある。グエリーニは2001年、出身地イタリアチームのチェラミケで、プロ入り。ヴエルタ2001にも出場した経験がある。

  • ヨーロッパ ツーリング情報 ( 5.29.2004 )

    再びWide Open Road Cyclingツアーからメルマガが到着。

    http://www.wideopenroad.co.uk/index.html

  • TOJ ( 5.29.2004 )

    橋川選手のTOJ日記は下記。

    http://d.hatena.ne.jp/hashikawa/200405

  • コフィディスAffaire ( 5.29.2004 )

    つい先日、UCIが発表しているコフィディスの選手リストから、メデリック クランが正式に削除された。例のドーピング騒動の流れで、マネージャーとともにチームから除名が正式に決定。一方で、セドリック ヴァサーの方は、レース復帰が決定。とはいえ、彼に対する当局による取調べが完全に終わっているかどうかは不明。先日ドーピングが発覚して引退したPグーモンの告白を受け、コフィディス内部に一連の疑惑が広がり、クランとヴァサーは中心的に取調べを受けていた。

  • 自転車泥棒:チェチュの場合 ( 5.27.2004 )

    自転車泥棒といっても、USPSのチェチュ ルビエラがバイクの盗難に遭ったわけじゃない。彼が自転車を失敬したのだ。去年のヴエルタでのこと。USPSのチームバスがレースに向かう途中、渋滞に巻き込まれた。彼のチームバスの前には、エウスカルテルの車がチームバイクを積んで走っていた。レースに遅刻しそうになったチェチュは、やおらバスから降りて、なんと前に止まっていたエウスカルテルの車から自転車を“借りた”のだ。更に、バスク語で、「自転車をありがとう」というメッセージをエウスカルテルの車に残して。。

    スタート地点に着いて、バイクをチェックしたエウスカルテルは真っ青!一台バイクが足りない.更に、「ありがとう」のメッセージ。あとでチェチュがバイクを借りて、自走してスタート地点に向かったということを知って、(更にバイクは無事に彼の手によって戻されて)エウスカルテル関係者はほっとするやら、あきれるやら。。。(USPSマイケル バリーの日記より。)


  • ジャンニ ブーニョ特集 : ヘリコプターで救助活動の日々 ( 5.27.2004 )

    英国の雑誌Cycle Sportは、記事が確かにしっかりしている。調査力などの点で、Procyclingは、ちょっとかなわない感じ。今回は引退したイタリアのビッグ選手特集。バッタリン、モゼール、サロンニ、ブーニョなどなど。以下面白かったジャンニ ブーニョの記事から。

    選手時代同様のスタイルをキープするブーニョ。引退してからも、絶えず忙しく、いろいろなことにチャレンジしているその輝きが 彼をますます素敵にしている。まず引退してから、若い頃に学業に専念できなかった埋め合わせをするために、勉強にいそしんだ。結果、中等教育の試験にもパスした。更に必死の勉強が実ってヘリコプターパイロットの免許を取得。同時に英語の勉強をして、英語のレベルは素晴らしく飛躍した。

    今はヘリコプターで、悪天候の中、事故現場の近くを飛んでは人命救助をしている。小さい頃から飛ぶのが好きだった。バイクで山岳を走るのと同じ自由がそこにある。「今では月に2週間家にいて、あとの2週間は飛んでいる。不思議な感じかもしれないけど、僕は自転車選手時代から二重生活をしつづけてきたんだ。」


  • TOB ( 5.26.2004 )

    先週末まで行われたツアーオブベルギーで、シルヴァン シャヴァネルが優勝した。彼はフランス人ライダーの中で、有望株の筆頭だ。カリスマ性はちょっと足りないかもしれないけど。彼はベロキがチームにジョインしていなければ、ツールでもリーダーだったはずだが、今度のツールでは、ベロキのために働くと言っている。

    でも、そのベロキ、今季はひざの故障もあって全然結果を出していない。途中でシャヴァネルがリーダーになるというシナリオだってゼロとはいえない。アシストだったはずの人がリーダーを追い越す、これはよくあること。ツールでも、それが起こる可能性はあり得る。


  • パディントンがツールドフランスに ( 5.26.2004 )

    くまのパディントンがツールドフランスに参加したなんて知っていました?「パディントンフランスへ」で、パディントンは、英国の国旗ユニオンジャックのついた三輪車(下記URLの表紙のとおり)で、ツール ド フランスに参加してしまったらしい。

    http://images-jp.amazon.com/images/P/4834018393.09.LZZZZZZZ.jpg

  • ムセーウの記録を数字で見てみる ( 5.25.2004 )

    ムーセウにまつわる数字を集めた記事(Procyclingから)

    246 : ムセーウが引退したときのUCI個人ランキングは246位だった。
    4 : ムセーウの16年のキャリアの中で最高のUCI個人ランキングは4位。
    11 : ムセーウのワールドカップの勝利数。11勝。もちろんこれは最高記録。
    107 : ムセーウのプロ入り後、全勝利数。
    7 : 今年のパリルーべでムセーウがパンクしたのは、ゴールわずか7キロ手前だった。あれがなければ、最後の優勝が飾れたかもしれない。。
    14 : ムセーウがパリルーべとフランドルにおいて、過去表彰台に上った回数はなんと14回。


  • アームストロングファンじゃなくてもきっと。。。 ( 5.25.2004 )

    いいサイトを教えていただきました。ナイキのCM最新作だそうです。自転車の素晴らしさが伝わってくる、そんなCM。アームストロングファンじゃなくても、自転車って素晴らしいな、と思える映像じゃないでしょうか。汽車と一緒に走るシーンあり、バッファローあり、孤独なロードに雨の中、そしてタウンに入ってからは、大勢のサイクリストたちと合流。今までのCMの中ではしみじみ系の仕上がりです。

    http://www.nike.com/wearyellow/seelanceride/main.html

  • タイラーハミルトン特集 ( 5.24.2004 )

    今月のProcycling誌はハミルトンのインタビュー特集だった。去年のツールで骨折して、奥さんのヘイヴンが愛犬のタグボートと一緒に車をすっとばしてスペインからツールの会場に飛んできたのはご存知のとおりだが、その時の心境を彼女がこのインタビュー記事で語っていた。インタビューの際、それを隣で聞いていたハミルトンも、そのコメントにちょっと感動していた様子だった。内容はこんな感じ。

    「彼があのままツールを終えようが 続行しようが、とにかくあの時は一緒にいたかった。ツールで一番過酷なことは、リタイヤした瞬間、ゼッケンを背中からはがさなくてはいけないこと。選手にとって、これほど酷で、みじめなことはない。彼が今まで必死でやってきたことを考えると、カメラが彼に襲い掛かって、背中からゼッケンをはがすシーンを撮らせたくなかった。だから、私はタッグス(愛犬タグボートの愛称)と一緒にベルギーまで駆けつけたの。」

    ハミルトンは、とにかく記事の中でも、今の自分があるのは妻のお陰だ、というコメントを連発していた。


  • ツアーオブベルギー(TOB) 抵抗にあい第4ステージキャンセル。 ( 5.24.2004 )

    TOBで、半日第4ステージBの114キロのコースがキャンセルになった。午前中のITTのあと、午後に114キロのロードの予定で、実際に走ったのだが、ラスト34キロ、あとサーキット2周を残すところで中止に。

    というのも先日、ペーニャらが落車したあの危険な石畳のコースがサーキットの一部にもりこまれていた。この10キロのサーキットのゴール地点が例の危険な個所となっており、選手たちは関係者を通じて大会主催者と交渉。結局走っている途中で、大半の選手らが、このコースに納得いかずに自発的に走るのをやめてしまった。やはり安全性の確保は選手にとってはないがしろにできない問題だ。

    ヴァンピーテヘムも「こんな棄権なラップで終わるレースはないよ」と。結局選手らはラスト20キロ地点からスタートをしてレース再開。しかし、速度はゆっくりペースで、ランプレのマルツォーリがラスト200mでスプリント勝利をしたが、このレースは結局試合として認められず、リザルトもなしとなった。


  • ラングドックルシヨンの第3ステージ ( 5.24.2004 )

    USPSの順位は31位ルビエラ、34位ヨアキム、36位パドルノス、37アセベド、39位アームストロング、40位ノバル、42位ベルトラン、44位エキモフ。エースのアームストロングを取り囲むようにゴールしている。

    http://www.cyclingnews.com/road.php?id=road/2004/may04/languedoc04/languedoc043

  • これがアテネ五輪のサーキット ( 5.23.2004 )

    BAの機内誌に、なんとなんと、アテネ五輪の自転車ロード特集が載っていたのでご紹介。
    「アムステルダムでは通勤に自転車を使う人が28%といわれる。英国はといえば、たった2.5%。更に、アテネではというと、バイク使用者が少なすぎてデータがないぐらい。でもこの8月14日、この町はバイクであふれ返ることになる。そう、2004年五輪ロードレースが224キロにわたって繰り広げられるのだ。

    ツールドフランスのように、町から町へと転戦しないので、景色もモノトーンになりがちかと思うが、そんなことはない。古代遺跡を通り、目を楽しませてくれるはず。13.2キロのコースを16周するこのコースは、アテネ市内から30キロにある丘の道はとおらないものの、なんと石畳がある。」

    といった感じ。市内のサーキットコースも図入りで、選手も何人か紹介され、かなり細かい説明入り。アームストロングが五輪不出場の可能性が高く、ウルリッヒに期待が高まる、といったコメントも。BAに乗る機会があったら、ぜひ機内誌を読んでみて。


  • 「チクリスティ」 ( 5.22.2004 )

    読者の方からの情報ですが、雑誌「チクリスティ」書店で入手不可の場合、送料着払いの宅配便で送付してもらうことも可能のようです。代金は210円と聞いていますが、その辺は念のため確認した方がいいかも。

    記)
    発売後のお届けでもよろしければ、代金着払いの宅配便にてお届けさせていただきますので、お名前、ご住所、郵便番号、お電話番号をご明記の上ご返信下さいませ。何卒宜しくお願い申し上げます。
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    http://www.asukashinsha.co.jp/

  • ケルメの呪い?ケルメを去った選手は下降気味というジンクス? ( 5.21.2004 )

    サンティアゴ ボテロがバイエルンツアーのITTで、ななんと、53位。チームメートのEツァベルでさえ34位というのに。この日は15.8キロと、まあ短いから畑がちょっと違ったかもしれないけど、それにしても。。ちなみに1位リッヒ、2位フォイクト、3位アルダグ、4位クレーデンで、Tモバイルは3位と4位に入っている。

    その他のTモバイルの選手は、ヴェセマン10位、Aクリア25位、ツァベル37位で、ボテロがなんとT-モバイルチームでは最下位。これを受け、今巷では、ケルメを去った選手は下降気味になるというジンクスの噂が出始めている。

    真っ先にFASのアイトールゴンザレス。移籍後の昨年はぱったり影を潜めた。ボテロも昨年T-Mに移籍してから全く上位に入れず。ツールは途中でなんとなくリタイヤで、世界選手権も早々と不出場宣言。

    先に移籍したエラスはヴエルタではいいとこ見せてるけど、ツールではあれ?何位だっけ?っていう感じ。そして、フォナックに移籍したセビーヤも、今年名前をまだ聞いていないような。。。ボテロに関しては、なんとなくドイツの水があっていないという意見が大半のよう。ボテロのすぐ脇で朝ごはんを食べた私として証言するけど、朝食の時、チームメートと一言も言葉を交わさずに、食べた後さっさと席をたって言ってしまった姿を見たら、まあチーム内でコミュニケーションはあんまりないみたいだったけど。


  • 珍しい記録、2日続けて同じメンバーが1,2,3 ( 5.21.2004 )

    アームストロングが出場しているラングドックルシヨン。CAのヒュースホーウトが第1、第2ステージ連日制覇。勝ちパターンを覚えてしまった、とはまさにこのことか。第1ステージは数人の壮絶なスプリントでデュムランをくだし、第2ステージはマッシブスプリントを制した。

    驚くのがこのレース、単に同じヒュースホーウトが連日区間優勝しただけでなく、2位のデュムランも、3位のピノーも全く一緒。つまり、2日とも、スプリントで1位ヒュースホーウト(CA)、2位 デュムラン(AG2R)、3位 ピノー(ブーランジェール)という結果だった。

    ちなみにアームストロングは第4ステージの山岳ステージが注目だ。カテゴリー1級が登場する。また、第5ステージが面白い。標高たった172mの山サンクレールが登場するのだが、これがなんとカテゴリー1級。標高172mで1級。斜度がすごいということ。


    http://www.cyclingnews.com/road.php?id=road/2004/may04/languedoc04/languedoc042

  • ケルメがバルベルデを手放す?Lセグロスへ? ( 5.20.2004 )

    ケルメは例のマンサノ事件だけでなく、資金面で再び問題が表面化。選手への給与支払いが滞っているらしく、給与が高額のバルベルデを手放すことを検討していると。バルベルデはケルメと2005年まで契約しているが、今回はチーム自ら契約解除を提示する動きを見せ、既にケルメの幹部はLセグロスにアプローチしている。今季絶好調のバルベルデの今後の去就が注目される。

  • TOJ ( 5.20.2004 )

    昨日の朝日新聞に1面をさいて大きくTOJの記事が出ていましたね。毎年クローズアップする選手が違うけど、今年のスポットライトは、なるほどあの2人。テレビ朝日でも放映予定と書いてありました。公式サイトには出場選手も掲載されたみたい。

    http://www.toj.co.jp/toj8/

  • CICLISTI ( 5.19.2004 )

    チクリスティ、遂に発売になりましたね。最初の20数ページがパンターニの特集。ペタッキ、シモーニ、パオリーニの独自取材記事。アームストロングの記事などが柱になっています。98年ジロでシャンペンをあけるパンターニの顔が、やけに人懐っこくてお茶目で、その分悲しくなっちゃうな。(14ページ)昔は、彼は人懐っこい、とっつきやすい表情をよくしていた、と人に聞いたことがある。笑顔が消えたうえに、あんなことになってしまって、悲しいこと。

    それから永井さん、中野さんも出ていました。飛鳥新社から1800円。(税抜き)


  • ラングドックルシヨンは明日開幕 ( 5.18.2004 )

    アームストロングが出場するラングドックルシヨンは明日スタート。USPSはベルトラン、ルビエラ、アセベド、ランディスとツールの一部布陣だ。また、久しぶりにペチャロマンが登場。クイックステップ移籍後怪我で出遅れていたけれど、さて今年はどうなるか。

    過去はミディリーブルという名前で延々続いたこのレース。去年は開催されず、今年から名前を変えて再出発。過去、ジャジャ、スヴォラダ、マヨ、アームストロング、ルース、インドゥラインといった顔ぶれが優勝している名門のレース。ジロもあるからちょっと忙しいけど楽しみ。


  • 宇都宮でランスを生で見た人。。。 ( 5.18.2004 )

    下記で触れた’90年の宇都宮の世界選手権、当時はアマとプロに別れて行われていて、(だからランスの記述には アマチュアレースとわざわざ書かれていたわけですね)、更にコースも今のジャパンカップとは逆周りで、ランスが言っている古賀志の登りは、現ジャパンカップの下りだそうです。最近ジャパンカップを見るようになった身には発見でした。情報ありがとうございます。

    更に、当時のコースは萩の道から鶴カントリーまでの部分が無く、田野町交差点を直進して鹿沼市に入り、厚生年金休暇センターの裏を抜けて古賀志林道を現在と逆に登る、地図で見るとやや縦長のコースだったとも。最初は鹿沼市部分をカットした10kmちょいのコース(開催初年は世界戦と同じ廻り方)で、第二回から逆回りに。96年のW杯としての開催から現在のコース回りになったという詳しい情報も。

    プロ出場者はインドュラインやデルガド、レモン、ブーニョ。。。。となると、見に行った人、本当に二度とないチャンスでしたね。レースではインデュラインが途中で切れたとなると、翌年まさかツールで優勝するとは、そんな予想だにしなかったことでしょう。インドュラインがきれるのを見たというのも、まれな 経験でしたね。レースは<ベルギーのダーネンスとドゥボルフが逃げて、ダーネンスが優勝、ドゥボルフが2位、その後は有力選手がスプリントでブーニョが3位、レモン4位>だったそうです。

    「アマに出ていたランスもしっかり目撃したも勢いは良かったけど、スタミナが全然無くて(本当!)とてもステージレースの巨匠に成長するなんて想像できませんでした。」とのことですが、まだ無名の頃、ランスが出ていたのをしっかり記憶にとどめているファンの人がいるなんて、本当に素晴らしいですね。これを読まれている読者の方の中には、この90年のレースを見た人も数多くいらっしゃることでしょうが、歴史的な場面に立ち会っていた、そんな感じですね。上記、教えて頂いた内容をほぼそのまま書いてしまいましたが、私的には目からうろこの情報ばかりでした。ありがとうございます。


  • 「ただマイヨジョーヌのためでなく」に登場する宇都宮のレース ( 5.17.2004 )

    ランスの自伝「It’s Not About The Bike ; ただマイヨジョーヌのためでなく」をご存知ですね。Berkley Books(翻訳は講談社)から出ています。amazon.comで30%引きで買おうかと思ったのだけど、紀伊国屋でペーパーバックとハードカバーの「あいのこ」のようなお手軽版が2470円で売っていたので、それを購入。USAでの販売価格は13ドルだったから、まあちと高いけど、アマゾンのハードカバーと同じような値段で、かつすぐ手に入るからまあいいかと購入。

    で、この本の中に、宇都宮の'90年世界選手権の記事が載っているのをご存知でしょうか?下記にその部分を引用します。私のトランスレーションでもいいのですが(!?)、今日、雑誌の原稿書きのために参照するため、日本語版を図書館で借りたので、そちらから引用します。

    「初めての大きな国際レースで、僕はコーチがしてはいけないということをすべてした。1990年に宇都宮で行われたアマチュア選手権でのことで、長くきつい上りのある、185キロのタフなコースだった。(おっと!古賀志林道のことね。ランスでもきついと言っているぞ!)その上その日はうだるように暑く、気温は30度台にまで上がった。

    僕はクリス カーマイケル率いるアメリカのナショナルチームに所属していた。クリスは砂色の髪をしたそばかす顔の若いコーチで、そのときはまだ彼のことをよく知らなかったため、彼の言うことはまったく無視した。

    。。。(その後、クリスから集団の後方につくように指示があったのに、風除けの理念も全くなく、とにかく前に出たくなってしまい、二周目で先頭になり、ひとりでトップを行ったが、そのうち暑さと疲労で結局11位でフィニッシュ。ここの部分には、彼の無謀な走りが詳しく解説されています。)

    暑さと上りで体力を失い、結局最後は11位だった。それでもこれは、アメリカ人としてはこの大会での過去最高記録だった。。。」
    今のアームストロングとは大違い、ただただ向こう見ずな彼の様子が、宇都宮という場所を背景に、印象的に書かれている場面です。


  • チッポリーニ: 「ツールには行かないよ」 ( 5.16.2004 )

    チッポリーニがこんな不吉な発言をした。今回のジロと関係があることなので、ジロの第8ステージのレポートに、その具体的内容をお伝えします。

  • アームストロング、ラルプデュエズ特訓と来週開始のビッグレース2つ ( 5.16.2004 )

    アームストロングがアメリカを後にして、いよいよフランス入りした。19日から23日にかけて行われるラングドックルシヨンで走るためだ。そして、先週から既にアルプス入りしてラルプでの山岳TT対策に取り組んでいる。体力、精神力、戦術、技術全てが揃わないと勝てない。ぬかりなく、全てに対し完璧でありたいと。

    ジロの取材を途中で抜け出して、Gワトソンはこのレースの取材に出かけるようだ。アームストロングお抱えカメラマンだから、ジロよりランス優先というわけ。一方、スペイン人のチェチュ ルビエラ、トリキ ベルトラン、ポルトガルのアセベドもルシヨンに出場するためスペインをとびだった。

    どうやらルビエラはスペインの最寄のオビエド空港で、F1ドライバーのFアロンソと空港でばったり会ったらしい。2人ともアストゥリアスきっての有名スポーツ選手。遠征などで忙しい。空港の待合室で、2人はそれぞれのスポーツ、自転車、F1の話を語り合ったという。ルビエラは写真で見たところ、いつもよりずっと頬がこけていて、身体を結構絞ったような印象。

    来週の19-23日にはツアーオブベルギーも始まる。(USPはクラシックチームを中心に当初参加表明していたけど、取り消したみたい。)2年前出張で英国に行った時は週末丁度ツアーオブベルギーを見てきたけど、来週の英国出張では、そんな暇は全くない。英国ーベルギーなんて1時間で行けるのだが、残念。

    ラングドック ルシヨンのツアーは、以前はミディリーブルという名前だった。ミディリーブル新聞がスポンサーを降りて、ASOがラングドックルシヨンとしてレースを存続させた。02年、実は私、ベルギーツアーでなくミディリーブルを見に行こうと思い、ミディリーブル新聞に頼んでコース表を事前にもらった。しかし、コースがとても辺鄙な場所でアクセスが悪く、英国からでは空路と鉄道だけでは1日がかりでもレース会場に到着できないとわかり、断念。代わりにベルギーツアーを見に行ったという経緯がある。その年もアームストロングがミディリーブルに出ていて、本当はそちらの方を見たかったのだが。


  • アルベルト コンタドールの病状 ( 5.16.2004 )

    ヴエルタアアストゥリアスの最中 43キロ地点で落車をして、頭にも怪我を負ったLセグロスのコンタドール。運ばれる時の様子から、怪我の具合がかなり心配されたが、外傷のほか、脳内出血が発見された。

    事故直後は、痙攣を起こして落車した、と伝えられたが、落車でケガをしたのでなく、脳になんらかの病変があり、急に発作を起こして落車したと見られる。彼は家族の病歴にも動脈瘤の所見がある。(その後の検査で、脳の多孔性血管腫であることが判明。)

    バイパス手術を行えば、選手生命が終りということはないという。コンタドールは去年オンセでプロ入りした。まだ21歳のマドリッド出身のライダーだ。


  • 元恋人が沈黙を破って語ったマルコ パンターニの素顔:その4 ( 5.14.2004 )

    ― 彼の死に接して貴方の反応は?
    「信じられず、ただ泣いて。絶望的でした。特に私自身、ドラッグを恐れていたから。マルコが私にドラッグを摂取していることを告げた時、私にも一緒にやるように勧めたの。彼を愛しているという証に、私は彼と一緒に薬をするしかなかった。彼は一人ぼっちで、私のことを裏切り者だと思いこんでいたから。悪夢のようでした。」

    ― じゃあ、彼の勧めを貴方は受け入れた?
    「ええ。コカインをすれば、コミュニケーションがうまくいくと思い込んでいた。でも、それは間違いだった。薬をすればかれとまた絆が取り戻せると思っていた。彼に元に戻ってほしかったし、脅しに乗ってしまった、そんな感じ。」

    ― その貴方の犠牲は役に立った?
    「いいえ、彼を信じたのは間違いだった。彼はジロから追われた時点でもう私達は終わりだった。私達はジャーナリストに囲まれ、家の中では薬漬けになって。でも私達は歯車が狂い続けて、私の存在は彼を混乱させるだけだった。」


  • パンターニにコカインを売った人物が ( 5.14.2004 )

    パンターニにコカインを売った人物が4人身柄を拘束された。パンターニの死を調査しているリミーニの当局は、パンターニが使用したテレフォンカードとリミーニのホテルでの電話履歴をもとに、彼にコカインを売った人物を特定した。

  • Tモバイル怪我人リスト ( 5.14.2004 )

    サボルデッリがケルンツアーで手に負傷。去年から怪我続きで、また戦線離脱。カザフの若手ヤコヴレフもピースレース第3ステージで落車し負傷。更にツールでアシストとして活躍してきたGグエリーニもトレーニング中に落車。鼻を骨折してしまった。まだ先だけど、ツールの布陣はどうなるだろう。

    ウルリッヒ、ヴィノクロフ、ヴェセマン、ツァベル、ボテロ、ナルデッロは確定か。いつものホンドはゲロルシュタイナーに移籍したし。サヴォルデッリ、グエリーニあたりを入れたいところだろう。代わりに若手のケスラーあたりが入るのか。アールツ今年もメンバーに入るか。


  • チームご予算比較 ( 5.13.2004 )

    ちょっと古いけど、‘99年ツールのオフィシャルプログラムを見ていたら各出場チームの予算比較が出ていた。予算規模No.1のチームはどこだと思います?多分当たり。マペイで、5千万FFの予算規模。(当時フランは1FF=20円台半ばぐらいかな)。次はバネストの4.4千万FF。次はオンセで4千万FF。USPSよりも規模が大きい。(USPSは2.5千万FF)。出場チーム予算規模最下位はケルメで2百万FF少々。桁が違っている。2002年頃から経営難が取りざたされていたけど、当時から慎ましい予算でやりくりしていたらしい。

  • クリス カーマイケルが語るアームストロングの山岳TT戦術 ( 5.12.2004 )

    アームストロングのコーチとして有名なカーマイケルが、アームストロングの山岳TTにおける特訓ぶりを紹介した。

    「ランスはラルプの山岳TTのために特別な準備をしており、新しいテクノロジーを試しているところだ。ラルプでは、周囲の景色、全てのカーブ、勾配の変化、全てに細心の注意を払っている。限られた時間で最大限の力を出す技、ケイデンスなどももちろんだ。ラルプでは、特に最大限の力とその力を出し切る時間のが最重要課題だ。

    フラットTTであれば、常に最大限かつ一定の速度を目指せばいいが、山岳TTでは勾配の大きさや続く長さやに応じて、パワーも変化をつけることになる。」


  • ルビエラが超困惑した質問:<貴方は ナチに加担したことはありませんか?> ( 5.11.2004 )

    以前連載でお伝えした<選手とPCのシリーズ>の終章として、この人をご紹介 : 愛称チェチュで親しまれるUSPSのルビエラ。彼はケルメ時代、学生を兼務しており、走る学生として知られている。そんな彼にとっては、レース遠征中もPCは必需品だった。当時、彼のPCの主な使用目的は、大学の授業の確認と「プルソメトロ」のチェックだったという。

    (「プルソメトロ」:多分、スペインのラジオ局が行っている世論調査のことを言っているのだと思う。1000人にアンケートをとって、政治などその時の旬の話題に対する人々の意識を調査し、Webサイトで内容を見ることができる。例えば4月下旬のプルソメトロは「サパテロ首相のイラク撤退に対する決断についてどう思いますか?」だった。)

    当時 オビエド大学で産業技術工学(その中でも彼の専門は確か電気工学だったと記憶している)を学ぶ学生だったチェチュは、ホテルの部屋にPCだけでなく、エンジニアリング関係の本も どっと持ち込んでいた。もちろんレースシーズンには授業には出られないので、彼が授業に出られるのは冬の時期だけ。10年かかって卒業したと聞く。自転車をやめたら、そちらのエンジニアリング関連の仕事に携わりたいと。

    ルビエラの話が出たところで面白いエピソードを。彼がケルメからUSPSに移り、初めてトレーニングで北米に足を踏み入れた時のこと。当時を振り返って彼はこんなことを言っている。ルビエラのアメリカ日記から下記抜粋。

    「僕のアメリカでのアドベンチャーは、12月1日、マドリッド空港で始まった。そこからNYへと飛んだのだが、それは8時間という長いフライトだった。着陸前、僕らは奇妙なカードに記入するように言われた。質問内容はこんな感じだった:
    <USAに入るのは犯罪目的ですか?>或いは<入国目的は麻薬取引のためですか?>とか。質問の最高傑作はこれだろう。<過去第二次世界大戦中にあなたはナチスに加担したことはありますか?>当時まだ生まれてもいなかった僕が、一体どうやって加担することができるっていうんだろう?」


  • ヨセバベロキ : 「ツールでは優勝候補から脱落したのを認める」 ( 5.10.2004 )

    昨年ツールでの大怪我以来、膝の故障も加わって、レースを棄権し続けたベロキが、初めてレースを完走した。アルコベンダダスのクリテリウムだ。しかし順位は42位。優勝したIマヨとは6分15秒もの差だった。(ステージ数は全部で3つ。)ベロキも前半の故障がひびいたことを認め、自分がもはや今年はツール優勝候補ではないことは自覚している、と弱気なコメントをした。

    一方対照的に、総合優勝のマヨは、3つのうち2ステージで優勝して、貫禄を見せた。調子は万全ではないがツールまでにはあわせていくと。さらにこのレースでは、ポイントとオールラウンダー賞まで受賞した。


  • 昨日の答えは、なんとジタンでした! ( 5.10.2004 )

    ツールで最多勝を受賞しているバイクは、ジタンでした!9勝しています。正解した人、いました。すごい、すごい。

    63、64年 アンクティルが優勝、76年 ヴァンインプ、78、79年イノー、81、82年イノー、83、84年 フィニヨンがジタンで優勝しているのでした。(ちなみに85年イノーが優勝した時はバイクはイノー。)プジョーは惜しくも8回で次点でした。

    これはひとえにルノー − ジタンというチームが55年にスタートし、83年まで続いたことが大きいみたい。(チームの開始、終了には諸説いろいろあるものの、一応これが業界コンセンサスみたい。)設立当時、チームはジタン − ハッチンソン。その後スポンサータグがジタン − フォードフランスやジタン − ソノロール、ジタン − カンパニョーロなど変遷を経たものの、78年にはルノー − ジタン − カンパニョーロという最強タグが誕生。83年までの間に、アンクティル、イノー、ヴァンインプ、ズートメルク、フィニヨン、レモンといった強豪選手が在籍した。チームの在籍選手リストを見る限り、恐るべし最強チームだ。(資料出展は英国のCyclesport)

    かつてFDJがジタンに載っていたけど(下記URLは’00ツール)、彼らはラピエールに変えてしまった。ちなみに、<ジタンが最多勝>というのは、昨年ツール百周年の時にASOが百周年を記念して一部に配布した小冊子に掲載されていました。1903年から今まで、ツール出場で優勝したバイクをすべて記録していたのです。おもしろいことに、30年代はノーマークのバイクで走ったため、ブランクになっています。


    http://fuunaa.hp.infoseek.co.jp/photo/tdf00/P7220148.jpg

  • ツールで最多優勝しているバイクは? ( 5.9.2004 )

    調べ物をして、ツールで最多優勝しているバイクのデータを見つけた。例えばトレックはアームストロングがツール5勝しているので、トレックは5回優勝していることになるが、このメーカーのバイクは9勝している。でも昨年はこのバイクに乗っていたチームはツールには出ていなかった。以前は出ていたけど。。。さて、そのメーカーとは?答えは明日。

  • 元恋人が沈黙を破って語ったマルコ パンターニの素顔:その3 眼光鋭く見せるために、目の下に入れずみを入れていたマルコ ( 5.9.2004 )

    「マルコは革新的なタイプだったけど、自転車の世界は保守的だった。だから彼は常に、何か人と違ったことをやって楽しんでいるふしがありました。であった時は、既に彼はバンダナをしていて、ピラータになっていた。その後、目の下に刺青をして、目つきが目立つように工夫したりね。それを彼は楽しんでいた。」

    ― でも1999年、彼の人生は一変しましたね。
    「そう、家にひきこもり、落ち込んで泣いて過ごしていた。外出することはなく、家の外には200人もの報道陣が待ち構えていた。」

    ― この期間、彼と話はしましたか?
    「いえ、ほとんど。彼は既に裏切られ、捨てられたと思っていたみたい。彼がジロから追放されたのは、陰謀だとも。彼は日陰に閉じこもり、私はコンタクトを断ち切られました。どんなに辛かったことか。彼はその後、徐々に夜外出するようになって、ある日うちを訪問してくれたのだけど、突然、<コカインを始めたよ>と打ち明けられて。」

    ― 薬の入手先は?
    「知りません。でも難しくはなかったでしょう。」

    ― 何故マルコは薬を始めたのでしょう?
    「プレッシャーから逃れるための唯一の手段だったと思います。辛すぎたのでしょう。一時、彼はすごく回復してエネルギッシュになったこともあったけど、すぐまた家に引きこもって鬱々していた。挙句の果てに、信じられないぐらい暴力を振るうようになって、それで私達の関係は終わりました。」(続く)


  • 平常時心拍数 ( 5.8.2004 )

    以前バネストのHPに、選手全員の平常時心拍数が出ていた。ベルトランが38で、「低いなぁ」と思っていたが、ラボバンクの選手はヴェーニングの32を筆頭に、30台が並んでいてびっくり。それにしても32って、、、

    ヴェーニング32、セントイェンスとボーヘルト34、デフロート35、ヘイマン36、フレイレ38と。そんな中、突然ひとりフェネベルフだけが、ずば抜けて高かった。心拍数は52。もっとも、これだって、一般的に見れば高いとは言えないわけだけど。(下記はRABのWebサイト。)


    http://www.rabobank.nl/info/execute/node?node_id=262607

  • パンターニのバイクがオークションに ( 5.8.2004 )

    米国ケーイデンスパフォーマンス & サイクリングセンターのオープニングを飾るイベントの一部として、パンターニのバイク Wilier トリエスティーナが競売にかけられた。97年TDFで使用されたものだ。オークションは既に現地時間の昨日に締め切られた。また、タイラー ハミルトン財団も資金集めのために、先日オークションを行い、こちらには直筆サイン入りのフォナックのジャージなどの品々がそろえられた。

  • 今週行われたCSCの風洞実験の様子もさっそくゲット ( 5.8.2004 )

    さきほどのハミルトンの風洞写真に加え、同じ系列のサイトに最初に言ったバッソ、サストレの実験の様子がさっそく見られるのを発見。(左のテキストをクリックすると、モニタールームでバッソとフォームチェックをするリース監督の姿も。)まだ写真はこれから更に追加されるようですが、とりあえずURLは下記。このHOMEに戻ると、アームストロングのMTB時代の写真も見られたりする。

    http://www.jsmcelvery.com/2004windtunnel.html

  • もうひとつおまけに風洞実験 ハミルトン@MIT! ( 5.8.2004 )

    知りませんでした、これは。ハミルトンがUSPS時代の2000年、MITで風洞実験をやっていたとは。下記URLを紹介してもらいました。で、下記URLのすごいところは、ハミルトンが実験セルに入るところから(例えば左のTyler takes a plungeをクリックするとセルに突入する写真がPop Outする。)カメラマンがその様子を撮影しているところ。実験前にバイクを調整するシーンも。

    これからも風洞ブームになったりするだろうか?もしアームストロングやバッソのTT成績がずば抜けてよければ、今後もMITに選手が殺到するなんてこともあるかも。MITは航空宇宙学部でも流体解析などはお手の物。風洞の使用料を含む実験費用は結構高いらしい(さっきの2万ユーロのうち、宿泊、移動代を含む旅費以外は実験費用なわけだ)から、MITとしても、これで結構いいビジネスになったりして。。いやでも、結構な人数のスタッフを使ってモニタリングしたり、大規模な装置を動かしたりと、実際、スタッフの労力の方も結構かかるような感じもする。


    http://www.jsmcelvery.com/windtunnel.html

  • 2月にお伝えしたMITの風洞実験をバッソが試したと。 ( 5.7.2004 )

    今年アームストロングがシアトルの風洞でITTのフォーム改造に取り組んだ話をお伝えしましたが、その後、こちらで独自にMITのHPで見つけた風洞実験の様子をURL付きでご紹介しました。覚えていますか?なんと私は先見の明があったのかな?バッソとサストレがこのまさにMITの風洞で、フォーム改造を行ったらしい。過去のログ2月12日付けに、MITの風洞実験室の詳しい説明と、イアンソープの流体実験の様子を伝えるURLが今もついています。まだWebサイトは生きていますので、興味ある方はどうぞ。

    で、先日ロマンディーのTTでバッソが4位に入った(ハミルトン、マギー、ショルツの次)が、これでもまだまだ上を目指そうと、サストレとバッソはその翌週渡米し、MITの風洞でトレーニングを積むことになった。もちろん、ツールを見据えてのこの決断だ。しかし、年初にアームストロングが風洞実験で成功したのを聞いて、見て、今回自分達も、となったのじゃないだろうか、とひろかに思っている。

    今回ベルギー在住のデンマークジャーナリスト、Ole Ryborg氏がCNに報告したところによると、バッソの実験は大成功。40-50キロのレースで3分程度の時間短縮が可能だろうとリース監督は語った。つまり1キロあたり3-4キロの短縮だ。フランスのサイトにもこのニュース記事の翻訳が一部載っていたが、見出しは「バッソは高くつく」と。この実験にかかった費用は、2人の渡米費用も含めて2万ユーロ(本日付TTSで1ユーロ=133.6程度)だったとか。これを高いと見るか、安いと見るかはツールでの2人の成績次第かもしれない。

    ちなみに、リース監督によるとバッソはツールに向けてかなり上向き、サストレは、まだ本調子までは達していないが、ツールまでには間に合うだろうと。なお、この記事に関して、この実験結果次第では、アームストロング + 「エラス、ハミルトン、ウルリッヒに加え、バッソも(ツール総合を狙う選手として)名乗りをあげた言えそう」と語った読者の人もいた。確かに優勝争いは熾烈なほど面白い。今年のツールでのTT競争、楽しみにしましょう。


  • ライモンダス ルムシャスに逮捕状 ( 5.7.2004 )

    2002年ツールで3位になり、その直後に妻が50種類の薬物所持で捕まったルムシャス。ルモンドが伝えたところによると、そのルムシャスとポーランド人の医師に、このたびフランス サヴォア地方の当局から国際手配が出たと。逮捕状が出たということからも解るとおり、単に自分が薬物を使用したといったことだけでなく、禁止薬物の密輸に直接関与(主犯或いは共犯)した証拠が出たために、今回の逮捕状となった模様。

    彼自身は2002年8月に妻が当局によって73日間 拘留されたものの、翌年2003年にはランプレでそのまま選手を続けた。子供3人を抱えて路頭に迷うのは気の毒というスポンサーの判断で、彼は周囲の猛反対にも関わらずチームに残留できたのだった。しかし、2003年5月16日、ジロ第6ステージでEPO反応が出て、彼を信頼した関係者を裏切った。そして、彼は自身は1年間の出場停止処分を受けた。

    ちなみにルムシャスはツール02で総合3位になりチームメートに賞金が配分されたものの、その後賞金は全員から没収した。没収された賞金は全てルムシャスに返還された。ルムシャスは妻の保釈金などで資金が必要となったためだ。


  • マギーのジュニア記録が破られた日 ( 5.7.2004 )

    先日幾つかのWebサイトに、オーストラリアのマイケル フォード選手の話題が掲載された。彼は今までFDJのBマギーが保持していたパーシュート個人の記録を10年ぶりに塗り替えた。その直後、マギーは自分のHPにフォードへの祝福メッセージを掲載した。暖かい目で若いフォードを応援するメッセージで、マギーの人柄がよく表われている。

    「おめでとう。マイケル フォード。僕の兄弟のロッドが今日メールで教えてくれたんだ。僕が94年春にアデレードでマークしたジュニア記録が破られたってことを。3000mのパーシュート個人記録は、いまや若いフォードのものとなった。タイムは3分17.775。僕は3分19.878だった。記録というものはいつか破られるものさ。でも、それが同じオーストラリア人によって破られたなんて、本当にファンタスティックだ。なんていう才能、素晴らしいことだ。いつかそのうち彼に個人的におめでとうを言う機会があればと思う。10年間というもの、僕は特別な時計(彼自身のタイム)をずっと注視してきた。今日は特別な日だ。オーストラリア自転車界もいい方向に向いている。マイケル フォード、おめでとう!」


  • ラボバンクのライダーがコルナゴに不満を表明 ( 5.6.2004 )

    TVのインタビューでミカエル ラスムスンがコルナゴのバイクに不満を表明した。他のチームのバイクより1キロ重たいため、平素からチームになんとかしてくれと言ってきたが、一向に埒が明かないと。山岳では、彼や同僚のライプハイマーにとって、これは大きなハンデであると。その上で、コルナゴのレーベルで、第三者が軽量バイクを作製するか、コルナゴが軽量化にもっと専念するか、どちらかを強く希望する、とTVカメラの前で公言した。

    チームとコルナゴの蜜月に不満を漏らしたようなのだが、公にスポンサーバイクを批判するというのは異例の事態。まあもっとも、もともとMTBチャンプのラスムスンは、いろいろと問題発言が多い方。このTVを見た視聴者からは、ラスムスンの意見に反論の声がたくさんあがった。


  • ジロデイタリア スタートリスト発表!! ( 5.5.2004 )

    ガゼッタのHPを見ていたら、ジロのスタートリストが発表になっていた。(下記URL)。今はPDFファイルだが、そのうちテキストでも公表されることだろう。メインのガゼッタ ジロ2004の画面からこのPDFファイルを出す場合は、Elenco Iscritti をクリックする。

    ゼッケンNo.1はもちろん昨年の覇者シモーニ。No.2が日本にもお友達がいるベルタニョッリ。No.3は期待のクネーゴ。故障者がいるという話も出ていたファッサは、ブルセギン、チョーニ、コドル、オンガラート、ペタッキ、トザット、サッキ、ヴェーロ、サッキ、ヴェーロ、VDBとなっている。ただ、VDBは気管支炎を患って熱があり、記者会見を欠席したという噂も伝え聞いている。(でも特に深刻ではないようだが。)ちなみに、この出走表はまだ暫定版という位置づけで参照下さい。テキストで公表されるまでは入れ替えとかあると思われるので。


    http://www.gazzetta.it/Speciali/Giroditalia/2004/ita/elenco_iscritti.pdf

  • 全日本ロード選手権 ( 5.5.2004 )

    4月30日のレースの写真1枚を上記トクダネのページの写真としてリニューアルで入れましたが、 別途、レースの写真集(photo: Mr. Sasaki)を下記URLに入れましたのでよろしかったらどうぞ。田代選手がアタック成功させた後の福島晋一選手のアップの写真もあります。この表情を読み取るもよし。特に私のお気に入りの一枚は、「速度落とせ」の看板の前でトップグループが疾走する写真。田代選手がアウターから飛び出す機会をうかがっている様子もばっちり。2番目のURLは優勝した田代選手のHPのURL。

    http://www.h7.dion.ne.jp/~naco/j-calendar.html

    http://www.sbtm.jp/tashiro/

  • アテネ五輪:男子ロード情報 ( 5.5.2004 )

    アテネ五輪の男子ロードで、5人の選手を送り込むことができる国は下記:
    イタリア、ドイツ、フランス、スペイン、USA、ベルギー、オーストラリア、スイス、オランダ、ロシア、デンマーク、ウクライナ、ポーランド、UK、カザフスタン


  • ムセーウ地元でお別れレース ( 5.4.2004 )

    ムセーウの地元でのお別れレースの模様がHPに入っている。(上のURL)。流石に華麗な戦歴を残したライダーだけに、華やかな様子。写真枚数がかなり多いので(86枚)、高速系でない人のために、その中から1枚ピックアップしました(下のURL)。クイックステップのジャージで登場した愛息と一緒にスタートラインに立っているところ。地元の道路やウインドウには、あちこちにムセーウのカリカチュアやライオンの顔をしたムセーウのイラストが描かれて、レースを盛り上げていたようだ。

    それにしてもこのレースに集まった顔ぶれは豪華。彼にゆかりのある一流プロ選手が勢ぞろい。チームメートのほかに、ベッティーニ、ヴァンピーテヘム、ボーヘルト、目下クラシックを総なめしているレベッリンの姿も見える。また、最後のPartyでは私服のムセーウがベルギービールを一気飲みするシーンも。


    http://www.johanmuseeuw.be/2004/index.php?cont=fotoboek&action=gewoon

    http://www.johanmuseeuw.be/2004/index.php?cont=fotoboek&action=groot&fotonummer=40&directory=afscheidscriterium&fotoboek=Afscheidscriterium

  • ツールドフランス 2005 ( 5.3.2004 )

    毎年ツールのコース発表は前年の10月末に行われるが、ちょこちょこっと一部の情報がASOから明らかにされる。今年も、来年度のツールのグランデパール(7月2日)が発表となった。来年はプロローグがなく、それより距離が長めの19キロのITTで開幕する。場所は大西洋側のノワームティエ島。

    19キロのITTというと、昨日行われたツールドロマンディーのITTの距離に近い。ロマンディー最終日のITTは20.4キロだった。制したのはTハミルトン。2位はBマギー。プロローグのような短い距離ではトラック出身のマギーあたりが かなり有力視されるが、19キロのITTとなると混戦が予想される。

    それから、以前お知らせしたWideopenroad主催のヨーロッパバイクツアー。既に申込みが定員となったツアーもあるようだ。申し込まなくても、コースを参考にするのもいいかも。URLは下記。また、先日 トクダネの中で触れた<イギリスが舞台となった1994年のツール>の記事、一部手を入れました。


    http://www.wideopenroad.co.uk/news/may04.html

  • プロツール制を覚えましょう ( 5.3.2004 )

    以前から話題にしているプロツール。4月25日にも、トクダネでレース概要など一部ご紹介しましたが、専用のページを作りました。なにしろ、来年からレース形態ががらりと変わりますから、このプロツール制を今のうちからしっかり認識していないと、今までと勝手が違う、と戸惑ってしまいそう。

    そもそも、今のTT1のチーム(トップチーム)が最初に出なくてはいけないレースは、来年からは3月6日のパリニース。つまり、1月1日から3月5日までは、トップチームにとってUCIポイントがつくレースは全くなく、その間 UCIポイントの変動はなしになる。でも、プロツアーとして登録されなかったレースの中にも良質のレースはたくさんあり、そうしたレースのPrestigeが落ちはしないかと心配になる。


    http://www.h7.dion.ne.jp/~naco/j-protour.html

  • 元恋人が沈黙を破って語ったマルコ パンターニの素顔:その2 ( 5.2.2004 )

    (スイスの雑誌「レブド」に出た 元恋人の告白続き)
    「彼は私にとって初めての真剣な相手でした。(苦悩している)彼を救う責任があるとも考えていました。もし彼が薬物を断ち切ることができたら、いつでも彼とは再び一緒に暮らしたいと願っていたのです。実際、彼が亡くなったあの日ですら、彼に会いたいと丁度思っていたぐらい。あとでニュースを聞いて、その日に彼が亡くなったのを知ったわけですが。」

    ― でも貴方はパンターニの葬儀には赴かなかった?
    「その通りです。埋葬前に最後のお別れをしたかった。でも、勇気がなかった。葬儀は親族だけに限られていて、私は招かれなかったから。」

    ― パンターニは自転車以外に何を好んだか聞かせてください。
    「彼はそれほど社交的な生活はしていなかった。フェラーリ、ポルシェが好きで、スピードとかアドレナリンとかいったことが好きでした。どちらかというとコンサバで。日曜大工も好きだったし、狩猟や魚釣りも好んでた。彼は魚という魚は全て熟知していましたね。カラオケで歌ったりもしたし、メカニックなことに情熱を傾ける一面も。1999年までは自転車には毎日乗っていました。」


  • ノンストップ ダミアーノ クネーゴ ( 5.2.2004 )

    先日ジロ デル トレンティーノで優勝(+区間2勝)したDクネーゴ(SAE)が、アスタルロアを抑えてGPラルチャーノで優勝た。去年来日した時から、将来有望という噂は聞いていたけど、こんなに早く次々と大きな結果を出すとは。クネーゴのコメント:

    「スプリントでこんな風に勝つとは信じられない。特に世界チャンプのIアスタルロアを破っただなんて。僕の優勝リストの中で、この勝ち星は特別なものになるだろう。」

    ちなみに、クネーゴのことを覚えていない方のために、ジャパンカップ来日の時の写真のURLを下記に掲載します。そう、10枚以上のポストカードに、次々「今、日本に来ています」といったメッセージを書いて、故郷ヴェローナの知人らに送っていたあの人です。みんなには普通の切手を貼っていたのに、彼女らしき人あてのカードには、メッセージをいっぱい書き込んだ上で、特別な記念切手を貼っていた。

    ちなみに2位のIアスタルロアは、もちろん移籍したランプレからのレース出場だ。彼はコフィディスがレース自粛したために春のクラシック後半戦を棒に振り、急遽コフィディスとの契約を解除してランプレに移った。年初はWC総合を狙っていたが、とりあえず今はジロに目標を変更する、といっていた。


  • コフィディスのスペイン選手からファンへメッセージ ( 5.1.2004 )

    チーム内の数名のスタッフ、選手が薬物疑惑の対象となったことから、4月9日より自主的にレースを自粛していたコフィディス。その間スポンサーは今後のことを検討してきたが、5月5日のダンケルクの4日間レースからレースを再開することになった。そして、あの人が、自分の言葉でファンにメッセージを送ってきた。

    そう、既に何度かご紹介しているコフィディスのスペイン選手ビンヘン フェルナンデス。ファンとのふれあいを大事にし、忙しい合間を縫って、今まで何度となく、アメリカのWebサイトの伝言板に自ら書き込みをしてきた。内容は内部の人だけが知っているレース情報だったり、スペイン選手の流儀の話だったり。以下、彼のカキコの簡易訳をどうぞ。

    「もうすぐ復帰するよ。最初の復帰レースは5月8日、アルコベンダスのレースだ。とにかくグルペット(*)でフィニッシュすることに これほどワクワクしているなんて、初めてのことだと思う。もしも君たちがレースリザルトをチェックして、<ビンヘンは一体どこだろ?>と思った時のために、コツを伝授しよう。レースのリザルト リストを、とにかく下から見始めて下からスクロールしていったほうがいいよ。」

    ユーモアたっぷりのビンヘン。スペイン人の彼が、これだけ軽快な文章を英語で書いているところにも敬意を表したい。原文は下記:

    「I will be back at it soon. My first race back in action is Alcobendas on May 8th. This may be the first time that I will be absolutely thrilled to finish in the grupetto. So, if you are checking the race results and wondering Where's Bingen?.... A tip: start at the bottom of the list and scroll up. Bingen」(Daily Pelotonの伝言板に、彼がじかに書き込んだ内容)

    *グルペット:しばしば先頭グループから脱落したグループを指す。特に山岳などで先頭集団から脱落し、時間制限ぎりぎりでゆっくりと登っていくグループなどに使用。 = Bike用語辞典の定義によると:small group of riders, usually left behind the leaders and main group on a climb, riding slow as possible within stage race time limit


  • ニュース再掲 ( 5.1.2004 )

    過去のトクダネを見逃した人のためにニュース再掲:
    去年の11月6日のトクダネでお伝えして以来、シェリル クロウとアームストロングの交際ぶりはたびたびお伝えしている通り順調。特に今年の1月15日付けトクダネでもご紹介したように、「Along Came Polly」のプレミアム試写会でツーショットを披露してからは、ツーショットもしょっちゅう見られるようになった。最近ではTDGでもツーショットが出ていたし、NBAにも2人が姿を現したと聞いていた。NBPの公式HPにも2人のショットが出ていたみたいです。(下記URL。)

    更に既に4月12日にお伝えしましたが、今年のツアーオブジャパンの大阪ステージはいつもの泉北周回コースではないので、お間違いなく。地元の人にとっては、市の中心街とか、仁徳天皇陵や旧市街といった名所を通って欲しいという要望があるようです。


    http://www.nba.com/playoffs2004/

  • 五輪代表は田代恭崇選手と鈴木真理選手に決定 ( 5.1.2004 )

    レース便りでゴールの様子、結果、レースの画像が見られるURLをご紹介中。特に2位争いが熾烈だった。画像では、ラスト、ゴールスプリントをすでに予想していた2番手グループの6人の疲れのにじんだ緊張の様子もばっちり。

    http://masciclismo.web.infoseek.co.jp/race/race.html

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こちらのニュースソースについて:ページ最下段にも掲載していますが、2000年にcyclingnewsと念書(Letter of Intent)をかわし、記事の翻訳につき正式に同意を入手しています。従って、特に記載のないものはソースはcyclingnewsです。

The copyright of the information here belongs to Knapp Communications Pty Limited (the owner of cyclingnews.com), 642-644 Bourke Street, Surry Hills NSW 2010 Australia unless otherwise specified. However, the company shall be exempted from the responsibility for any flaw of information or typographical errors that may have been caused in the course of translation. Such a responsibility shall be taken by the owner of this web site.
このたび、オーストラリアのKnapp Communications Pty Limited(cyclingnews.com運営)と趣意書をかわし、同社よりサイトのニュースの翻訳権を入手しました。(effective as of 19/Nov./00) Jump


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