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トクダネ復刻版:1999.Dec / 2000.Jan / Feb/ Mar
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■ 2011.09.12 (Mon)  トクダネページ ニュースページとアーカイヴページを分離
トクダネニュースは下記のURLに移行:
http://tdffan.exblog.jp/


99年〜2011年8月のニュースアーカイヴは下記URLに移行
http://blog.livedoor.jp/maillotblanc/

することとした。

99年以降のアーカイヴと、現在のニュースを同じサイトに移行するつもりだったものの、過去のアーカイヴ量を考えると難しそうなので、
ページを2つに分けることに。

■ 2011.09.10 (Sat)  鈴鹿の君の活躍をチェック
Infoseekのサイトが無料に続き有料も来年5月でサービス終了。
ということで、アーカイブを移行する作業が中断中。
トップページのアドレスは、空きのあるDionに移行するとして、トクダネのアーカイブの処理を思案していた。

やっと重い腰を上げて、Livedoorブログの方に徐々に移行することに。
それに伴い新規Newsもそちらへ移行。

最新Newsおよびアーカイブ一部アップしたものは下記にて。

トクダネ新ページ:
http://blog.livedoor.jp/maillotblanc/


p.s. ちなみにLivedoorは、いくらline-break:strict;やnormalをMain部分やその他あちこちに入れても禁則処理がされず、とりあえずそのまま。

■ 2011.09.09 (Fri)  IZEGEM KOERS
宮澤崇史選手のTwitterが伝えている:

『Bravotakashi Miyazawa takashi
今日のレース勝った。初勝利だな。ちょっと遅いが、世界選手権に向けてやるべきレース内容をやりながらの勝利だから、良いレースになった。』
https://twitter.com/#!/Bravotakashi/status/111848556545064960


IZEGEM KOERSでの優勝、おめでとう!
欧州チームに所属して、レース出場権を得るだけでもしのぎを削る競争社会において
欧州レースであげた1勝。でっかいなぁ。


海外のサイトにも、優勝を伝える記事とともに、宮澤選手が風を切って走る姿が掲載中:
http://www.nieuwsblad.be/Article/Detail.aspx?articleid=DMF20110908_182
http://www.ciclonet.it/default.asp?action=view&idn=27278&close=X&language=IT


帯同していた橋川健さんが撮影した1枚は、レース後、宮澤選手に寄り添う宮島マッサーのツーショット(見るにはFBアカウントが必要ながら):
http://www.facebook.com/photo.php?fbid=236357039743301&set=a.236323853079953.56273.100001070203863&type=1&theater


宮島マッサーのブログにも喜びが。表彰式で、同国人優勝者のポディウムを裏から見るその感激はひとしおと推察する。
http://miyajimablog.blogspot.com/2011/09/izegem.html


宮島マッサー、橋川さんの同級生で、98年シーズンにプライベート トレーナーとしてベルギーに帯同と橋川さんのブログで読んだことがある。
確か、自転車乗りではなく、元野球マニアだったはず。


6年前の宮島さんの写真:
http://d.hatena.ne.jp/images/diary/h/hashikawa/2005-03-01.jpg


宮澤選手が優勝し、ゴール地点のケア係が日本人マッサー宮島さんで、そのレースに橋川さんが帯同し。
ベルギーの小さな町で、日本人たちが存在感を示したって、感慨深い。

■ 2011.09.08 (Thu)  ケニア ・ 南ア ・ イギリス ・ フルーム
grp0908080614.jpg 500×375 57K
(写真手前がフルームのコーチ、ロビー)


08年ツール。
ショレのTTで南アフリカの国旗を持っている人物がいた。
(南ア出身の)アウグスティンかR・ハンターのファンかと思いきや、
「いいや、僕はフルームのコーチなんだ。」という返事。

でもフルームはケニア人。なぜ南アの国旗?

「フルームは南アフリカでトレーニングしているんだよ。」

ちょっと訝しげな視線を投げたせいだろうか、フルームのコーチだと主張するロビーは、自分が際クリストである証拠を目の前に突き付けた。

「それが証拠にホラ、脛毛は剃ってあるでしょ?」


それから数日後にフルームに話を聞い際、「ロビーが日本人に話しかけられたと言ってたよ」ということだったので
正真正銘、フルームのコーチだったようだ。


下記の写真はフルームと会話した日のものなのだが、実はこの日、
バーロワールドのチームメイト、ドゥエニャスの陽性が発覚した日。
明るみになってから僅か数時間後のことだった。
同僚ハンターの周りはマイクの洪水で、すったもんだ状態。

スタート地点が大混乱している最中なのにフルームときたら、
なんとなくマイペースでのんびりしたようなムードすら漂っている。

「結構大物なのかもしれない」、
そのときの日記に私は記していた。


クリス・フルームはケニア生まれだけど祖父母が英国人のため、
イギリス国籍を申請していて、ツール後に認められた。

ただし、IOCの規定ではトランジション期間があって、
即時新国籍は適用されないため、北京五輪で今年英国代表になることは不可だった。

UKCSによると、ケニアの五輪委員会がわざと書類手続きを遅らせて、彼が英国チームで五輪を走るのを阻止した、という話も。


08ツールに出場を果たしたフルーム

■ 2011.09.07 (Wed)  ジェネシスのスティール
http://www.japancup.gr.jp/2011/node/645 によると、JCにジェネシス・プロサイクリングチームのSteele Von Hoffが来日するという。

彼は、マクドナルドに長年勤務したものの、加入したMTBチームのスポンサーが食品会社だったために、
辞表を出さざるを得なかったという。

職場を気に入っていただけに(チーフコックとして働いていた模様)、残念だったようだ。
しかしながら、その後溶接工として腕を磨いた、というユニークな人物。


名前のことで、しょっちゅう揶揄されることもある、と聞いて、一体どういうことかと思ったら、
Steeleという名前は珍しいらしく、Lexington Steele とかいうポルノ男優を彷彿させるようなのだ。

もし宇都宮にきたら、日本のマクドナルドを味見してもらい、批評してほしい気もする。

http://genesysprocycling.com.au/?p=1887

■ 2011.09.06 (Tue)  ついつい懐古主義
■ シャックとレオパードの合併 / アメリカの巨大資本は自転車志向にはならないのかな

シャックとレオパードの合併話が現実のものとなり、新しいチーム名は
RadioShack-Nissan-Trek Professional Cycling Team だという。


昨今、チームスポンサーの入れ替わりがとても早くて戸惑う。
特に、シャックやハイロードといった北米資本が長続きしないのはなぜだろう。


かつてのように、オンセ、マペイ、バネスト、テレコムといった伝統チームが乱立していた時代が妙に懐かしい。

ラボバンクやエウスカルテルがトップカテゴリーで生き残っているのはすごいことなのだろう。


■ ブエルタの土井ちゃん

近藤史恵さんの「サクリファイス」でブエルタにチカが出場する場面を、
遠い世界のように思いつつ読んでいたあの頃が嘘みたいだ。

しかも、土井ちゃんが、ブエルタに余裕をもって臨んでいて、
日本を背負っている的な気負いとか悲壮感とかもないのが、なおさら感慨深い。

http://blog.yukihirodoi.jp/blog/

■ 2011.09.05 (Mon)  コボ
P1710911.jpg 380×325 23Kフアンホ、ことフアン・ホセ・コボ、09年ジャパンカップでは、にこやかだったのが印象的。

もう少しこわもての選手かと思っていたけれど。

あの時も、「僕は上りが得意だから(古賀志林で)頑張る」、といったことを言っていた。


所属チームGEOXは、ブエルタでの勝利を渇望していたから、歓喜に沸いていることだろう。


そういえば、イタリアでGEOXの店を見かけたのだが、やっぱり”いつでもバーゲン”状態なのか、全品30%引きとかなんとかのセールをやっていた。

日本のみならず、”なんとなくバーゲン”、というのはこの店のトレードマーク、のようだった。

その店の写真を撮ったので、探してみたのだが見つからず。
イタリアでは連日2人で相変わらず1日数100枚とかいう勢いで撮りまくっていた。

日時を明確に記憶していないと、お目当ての写真を探すことは難しい、と痛感した次第。

■ 2011.09.02 (Fri)  レアルコ・グエッラ博物館 その2 今から80年前の世界選チャンピオンジャージ
P1010850.jpg 400×382 56K・・そして、そのグエッラが1931年にコペンハーゲンの世界選を制したときのジャージも展示されていた。

ウエストのところが絞られていて、やけにボディコンなのが驚きだ。

ボタン使いというのも珍しい。

袖のイタリアンカラーからもわかるとおり、イタリアチャンピオンにもなっている。


写真の展示コーナーには、法王に謁見した写真もあり、ブロマイド写真もあったので、80年前の時点ですでに、自転車選手という地位は社会的に認知されていて、アイドル的な扱いを受けていたと思われる。

■ 2011.09.02 (Fri)  レアルコ・グエッラ博物館 その1 リゴレットの館にて
P1010783.jpg 337×450 94Kジュリオ・ロマーノ、マンテーニャといった芸術家の作品に遭いたくてマントヴァに滞在している。

ドゥカーレ宮殿を2時間かけてめぐった後、向かいにあるリゴレットの家に足を運んだ。

この場所では、今マントヴァ地方のSan Nicolò Po出身の自転車選手レアルコ・グエッラの展示が行われている。

観光局のサイトを見ていて偶然知ったわけで、これは当初の目的というわけではなかったのだが。

グエッラは、1934年のジロでステージ10勝という圧巻の成績で総合優勝を飾った往年の名選手なのだとか。

ミラノ〜サンレモ、コペンハーゲンの世界選でも優勝し、人間機関車の異名をとったと聞く。

80年ほど前の選手の割には、遺品や当時の写真などがかなり残されており、展示室の数は3部屋。

彼が競技を通じて、いかに世間にもてはやされていたかが偲ばれる。

実際、レコードまでリリースされたほどの人気ぶりだったようだ。

■ 2011.09.01 (Thu)  パルマの町から
P1770901.jpg 550×412 159K
パルミジャーノチーズと生ハム・プロシュートで知られるパルマの町。

自転車普及率は高い。
老若男女、町歩きの足は自転車だ。

でも、お高そうなバイクはほとんど見なかったなぁ。

■ 2011.08.31 (Wed)  観光モード全開
P1010230.jpg 400×512 118K観光モード全開・・

のつもりながら、ふとこんなものに目が行ったりするヴェネツィアの昼下がり
なのだった。

■ 2011.08.30 (Tue)  バイクシェアリング@ヴェネツィア
P1770162.jpg 500×375 142Kヴェネツィア本島では自動車ばかりか自転車も見かけない。

船がノーマルな輸送手段という特異な環境。

こちらでタクシーといえば、モーターボートのタクシーのこと。

でも、ひとたび列車駅ヴェネツィア・メストレまで行けば、普通に車も走り、そして自転車も。

写真はないけれど、ゴムのタイヤを履いた珍しい市電もサービス開始となっていた。

なぜ市電にゴムのタイヤなのか?
最強の鉄ちゃん友達も、首をかしげていた。

■ 2011.08.29 (Mon)  イタリアのドレスコード
P1010090.jpg 350×209 42K昨日は宿に戻ったらほとんど気絶しそうなほどの睡魔で、現在ブエルタ期間中であることも忘れ、リザルトをネットでチェックすることもせず。

本日は、20:30にホテルに戻り、さて、今からどこかでスポーツニュースはないものか、とRAIのチャンネル計3つやユーロスポーツをチェックしてみた。
ところが、どこもとんとやっている気配はなく。

RAIのニュース番組のスポーツに至っては、これから舞踏会ですか?といったイタリア嬢が登場し、陸上のニュースを読んでいた。

イタリアのドレスコードってあっぱれだ。

複雑怪奇な宿のTVチャンネルシステムを解読し、どうにかTVE(スペインのチャンネル)にたどりついたものの
モトとサッカーでほとんどの時間を消費し、終わる直前にちょろりとブエルタの結果を報道。

しかし、この日誰が勝ったのやらとんとわからずじまい。
ホアキンの表彰台とインタビューで終わってしまった。

スポーツ中継チャンネルでは、ベースボールをやり始め(もちろんイタリアチーム対決)、イタリアって自転車が盛んなお国柄ではなかったっけ?としばし考え込んでしまう今日この頃なのだった。

■ 2011.08.26 (Fri)  かつてジャパンカップのコメントをしたスペインの新聞の目のつけどころ
ジャパンカップ出場選手もそろそろメンバー発表が始まり、
震災の影響はあるものの、宇都宮市の大会への熱意や意気込みは衰えることなく。

立派な大会目指して、今年も準備が進められている模様。

http://www.japancup.gr.jp/2011/


かつて本大会には、目を見張るような素晴らしいメンバーが参加してくれた。

JCに参加した選手が亡くなった後、記念の意味で長年参加してくれたロットからは、
大御所チミルも。

彼は国籍(モルドヴァ)の問題で来日が果たせず、ベルギー国籍にスイッチして、やっと念願を果たした、そんな経緯があった。

チポッリーニも来日したがっていたそうだが、残念ながら果たすことはできず。


これまで、海外のメディアでも報じられた本レース。
こと記憶に残っているのが、05年、マンセボの来日が決まったときのスペインの報道。

どこの新聞だったが失念したが(ASかマルカあたりだろう)、こんな風に書いていた。

「(来日が決定した)マンセボは電化製品をほとんど持っているから、日本でわざわざ買うことはないだろう。
よほど珍重品がない限り」


実際、来日して、電化製品好き(?)の一端を見せたたマンセボ。
持参したビデオカメラで前日の様子などをしきりに映していたのだった。


p.s.)何年か経って、ビデオカメラでホテルのロビーを撮影中のマンセボの写真を本人にあげたら、こんな反応が返ってきた:

「ところが日本で映したビデオ、紛失してしまって。
日本の思い出が(画像で)残っていないんだ。」・・・


あら残念・・


(Photo: 99 JC この年はコフィディスもきた)
0063.jpg 582×368 30K

■ 2011.08.25 (Thu)  バスク復活の年 − ブエルタ
スペイン・レオンのチャリティーレースを見に行った人から便りを貰ったのは、2009年12月のこと。

『スペインのレオンという町で、スペインを代表する選手が集まるイベントがありました。

7日のほうはユニセフとレオンの役所が共催で、バルベルデ率いる現役選手チーム対
インデュラインら(いくつかの競技の)引退選手チームのフットサルの試合でした。

入場料の3ユーロはアフリカの国に寄付されるようでした。
ちなみに試合は8−8で引き分け、オスカル・ペレイロがMVPになりました。』


便りをくれたkubojiさんは、当時スペイン留学中で、今は帰国。
卒業論文でスペイン・バスクのサッカークラブについて調べているのだとか。

そして今年、33年ぶりにブエルタがバスク地方を踏破することが決まり、


『今年はなんとブエルタがバスクを通り、土井選手も出場しているということで、
現地での研究もかねてビルバオ→マドリッドの19〜21ステージ(のスタート/ゴール)を追いかけるつもりでいます。

できれば目立つ位置で日の丸を掲げてきたいとも思っています。』


とのこと。


ツールでフレンチ・バスクの一部を通過する時ですら、飲めや歌えや脱げやの大騒ぎのオレンジ軍団。
それが地元を通過となれば、あの狂おしいほどのフィーバーが一体どうなるものやら、ちょっと想像もつかないなぁ。
とにかくすごそう・・

現地でそれが体験できるなんて羨ましい。
歴史的証人になるかも。

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