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==> パリ〜ニース レースサマリ

Mas.ciclismoは、2001年12月にCyclingnews.comと念書をかわし、News和訳の許可を得ています。
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■ 2005.11.01 (Tue)  レオン4兄弟の弟が事故で死亡。バルベルデも葬儀に駆けつけた。
悲報。リバティーセグロスのルイス・レオン・サンチェス(今年、ツアー・ダウン・アンダーで総合優勝した選手)兄弟レオン(23歳)が、地元ムルシアでオートバイに乗っていて、交通事故にあった。ヘルメットはしていなかった。病院に運ばれたが、まもなく死亡した。

サンチェスの兄弟のことは、今年1/24のトクダネで触れた。4人兄弟で、4人とも名前にレオンがつく。ルイス・レオン(リバティーの選手)、ペドロ・レオン(ムルシアのサッカー選手)、アントニオ・レオン、レオンといった風に。

今回亡くなったのは、レオン・サンチェス。元自転車選手だった。地元の人たち2000人が葬儀に駆けつけた。中には、地元ムルシアのアレハンドロ・バルベルデや、サッカーのレアル・ムルシアの選手たちの顔もあった。Velonewsから

(Photo: ヘルメット会社Catlikeのムルシア本社が主催した2004年最優秀ネオプロ選手賞を受賞式にて、ルイス・レオン − 雑誌Ciclismo a Fondoから)

■ 2005.11.02 (Wed)  PART III :ブリヂストン・アンカーチームの記事の内容
821023222350f4.jpg 222×300 9K「『このレース(ツアー・オブ・ブリテン=TOB)にくるというのは、僕自身の決断だった。チームスポンサーの判断ではなかった。』浅田(監督)は語った。

『チームがアジアのコンチネンタルツアーだけを走って同じレベルで止まるのではなく、発展してほしかった。だから、僕らにとってTOBはスポーツ精神のみの話だ。スポンサー活動といった商業的意図はない。スポンサーの方は余り興味を持っていなかったようだが、それを説得した。』

『ヨーロッパで少しでも上に食い込むためには、自分らのレベルを知る必要があった。我々は日本ではベストチームだと思うが、日本人選手だけで限りなく上を目指す、というのが目標だ。ヨーロッパ選手と同じレベルに立てた時、外人選手も何人か雇うことができるだろう。』

ブリヂストン・アンカーチームは、フランスに拠点を置いている。選手の多くが、HQのあるトゥールーズ付近に住んでいる。浅田はプロとしてフランスで走っていたことがある。日本中のアマチュアライダーの中から、チームに加入させるべく選手を育てることもある。そんな中、一番有名な選手が別府史之だろう。(別ページに囲い記事あり)。彼は今ディスカバリーチャンネルチームで走っている。

浅田が英国にきたのはこれが初めてではない。彼はレースのためにこの地を訪れていた。「ケロッグツアーに出たことがあるんだ。風が吹き荒れてね。雨も降って、それはひどい天候だった。二度目にここでレースをした時は、マン島のレースだった。同じ天候さ。だから選手たちには、気をつけろって言ってあるんだ。僕らはみんな冬のウエアを持ってきた。」

TOBの初日3日間、浅田の(天候に関する)認識は変わることはなかった。でも、今日(第4ステージ)は、プロトンを走る選手たちの背中を日差しが暖かく照りつけていた。とはいえ、浅田は丁寧ながらも、ガンとして、この天気は異例のことだ、と思っているようだった。チームの将来についてはとても楽観的な監督だが、英国の天候については頑固だった。

サイクル・スポート編集部は、ブリヂストン・アンカーチームの助手席に座って、バックスとンからノッティンガムまでの長くフラットな第4ステージを追うことになった。」

写真はCycle sport4ページ目。3ページ目は別府選手特集。それはまた後日別途テキストとともに掲載予定。

■ 2005.11.03 (Thu)  ブラッドリー・マギー、ロードレースをパスしてトラック追い抜きで4連覇を狙う心積もり
grp1103210056.jpg 258×234 59K3月15〜25日の予定で、カモンウェルス・ゲームズが開催される。今年の開催地はメルボルン。4年に一回の大会で、屋外、屋内様々な競技が行われる。

もちろん自転車競技も。そして、ブラッドリー・マギーがこの大会のトラック競技で4連覇に挑みたい、と語っている。

マギーは94年カナダ、98年クアラルンプール、02年マンチェスターで行われたカモンウェルス・ゲームズ追い抜き競技金メダルを獲得。4年に一度なので、3連覇していることになる。今までの記録は彼とゲリー・ニューワンドが3勝しているだけなので、4連覇すれば記録樹立だ。

この期間は、すでにロードレースも開始している時期。ロードレースと重なると、大会出場に赤信号だ。来年1月にチームと合流した際、カレンダーや監督と相談しながら、決定することになるだろう。しかし、果たして監督からOKが出るのかどうか、まだわからない。

マギー:「この大会のスケジュール表とにらめっこをした。ロードレースカレンダーに影響が出るとしたら、どのレースだろう、と。でも、大会出場は、不可能じゃないような気がする。」

もしトラックに注力するとなると、去年相当しぼっていた体型が、また少し戻るかもしれない。今年ツールで総合を目指したため、マギーは年初からすじばって痩せていた。

というのも、去年のジロで総合8位になったことで、05年はツールで総合上位を目指せるかもしれない、と周囲も本人も思ったのがきっかけだったらしい。

マギーが日記で、ある決意をする予定、と書いていたのはもしかしてこのトラックの追い抜き競技出場のことだったのだろうか?

マギーはヨーロッパの冬は避けて、今はオーストラリアに戻っている。通常トレーニングは4時間。フランス滞在中はニースで同じ山に毎日上っている。そこで15kmの山岳個人TTを行い、毎回タイムも計っている。10%の上りだ。

【マギー近況 : マギーのお兄さん、さわやか系 。。?!】

噂はあったものの、とにかくFDJとは契約が1年残っており、チーム残留が決まったブラッドリー・マギー。10月末のオーストラリア自転車展に登場した。(オーストラリアの自転車展、行きたいなぁ。)

自転車展には、元トラック世界選手権マディソンでチャンピオンになっている2歳上の兄ロッドも同行。ロッドは、現在マギーが支援するオーストラリアのSWISチーム(South Wales Institute of Sport南ウェールズスポーツインスティテュート)のコーチもやっている。

ロッドの写真(この写真の左) を見ると、マギーに似ている。マギーとモンカッサンを足して2で割ったようで、思わず注目。写真はFDJが乗っているラピエールのブース前で。(ラピエールUVEX・ブラッドリー・マギーとブースに書かれている。)


上述↑の写真の中のマギー(中央)、やはりクックが言っていた通りだ。洋服には全く無頓着。同じマンション在住のころは、引き出しからクックの服を引っ張り出して借りて着たりして、クックがあきれていた。

(長くなったので、「恋するシンケヴィッツ」は明日ということで。)

■ 2005.11.04 (Fri)  恋するシンケヴィッツ : 来日時、シンケが被っていたヘルメットに入っていたハートマークの意味解明に成功。ハートの中は彼女のイニシャル文字でした。
日本中、貴方も私も芸能レポーター。シンケヴィッツの指輪の件に関して、2件のタレ込み情報が入った。シンケヴィッツの彼女が今ベールを脱ぐ。名前と写真、本邦初公開?!

タレ込み情報その1. 『シンケヴィッツ、どうやら彼女がいると思われます。添付した画像が証拠?(笑)ボーネンのまねっこをして、ハートマーク書き入れてます。しかもピンク。本人のキャラに合ってない(笑)』(その頂き物画像を下に掲載。)

タレ込み情報その2. 『(シンケの指輪の記事に関連して)、確かConnyさんという名前の彼女がいるという記事を読んだことがあって、検索してみたらConny(コニー)さんのご両親がなさっているサイトを見つけてしまいました…。』(ガールフレンドの両親が運営しているWebサイトはこちら
このサイトに、「うちの娘の友達/ボーイフレンド、シンケヴィッツ」と紹介されている。

● 彼女の写真


コニーさんの両親、もう娘のボーイフレンド、シンケヴィッツのことをWeb上で宣伝したくて仕方ない様子。そして、中にはコニーさんの写真も中に掲載されていた。写真は暗いけど、美人ですな。(これがシンケヴィッツの彼女コニーさんの写真)

● ジャパンカップでシンケが被っていたヘルメットにハートマーク。さらにハートの中には彼女のイニシャルCの文字!(証拠写真付き)

ここで、上記1の情報提供者から送ってもらったヘルメットの写真を再度よくチェックした。正面のハートの中に、なんとCのマークが入っている。ConnyのCに間違いない。

● シンケヴィッツ、トレーニングは二人三脚。彼女が伴走。

この2件の情報をもとに駄目押しチェックをしたところ、シンケヴィッツの彼女の名前は確かに愛称コニー。本名はコーネリアさんだった。彼女とシンケのことを書いた記事として、下記の内容も発見。

「冬の間、シンケヴィッツは同僚のベッティーニとともにトスカーナ地方でトレーニングするが、それ以外は、故郷フルダ(フルダはこんな町)でひとり、あるいは彼女のコーネリアとともにトレーニングを積む。そんな時、彼女の方が険しい上りでも 速い。というのも、彼女はスクーターで同行するからだ。」

普通、選手にガールフレンドがいても、それほど話題になることもないと思うのだが、やはり、あのシンケヴィッツということで。。。
(注:ドイツニュールンベルガーの選手でCornelia Cyrusという女子選手がいるが、この人はコニーとは別人。)


シンケヴィッツはJCの時、ハートのついたヘルメットを被っていた。側面と正面2箇所。ピンクのマジックで書いたようなハート。側面のハートは控えめなので、拡大しないと見えないが。


ヘルメット正面から撮影した写真。ハートが3つ連なっている。まさか、このハート、自分で書いたのか? 結構大胆に書いてある。ジャパンカップに行った人たち、みんな気付いてた?


左の写真の拡大版。ハートの中にCの文字が見える。ConnyさんのCだ!これで彼女はConnyさんに決定。結婚するかどうか皆でフォローしましょう?写真提供:Special thanks to A-san。
そのほか、Special thanks to Reha-Zentrum さん

■ 2005.11.05 (Sat)  ツアー・オブ・カリフォルニアの主催者は、実はEPOの研究開発・販売をする会社
ディスカバリーが、来年2月19〜26日開催のツアー・オブ・カリフォルニアに出場することを公表した。リンク を辿ると、ほかの出場チームも公表されている。

ディスカバリー、Tモバイル、フォナック、ゲロルシュタイナー、サウニエル、ダヴィタモン・ロット、ヘルスネット、ナヴィゲータース(オーストラリアのTTナショナルチャンピオン、ネイザン・オニールが所属しているチーム)やたら豪華な顔ぶれだ。

まだシーズン始まって間もない時期。多くの選手がスペインあたりでぼちぼち走っているこの時期に、こんな豪華なメンツがアメリカまで行くのは、カリフォルニアの太陽を求めてのことか。或いは“ファイト・マネー”がいいのだろうか?(おっと、つい先日のハッスル・マニアを引きずってしまった。)

レースの正式名称は、アマジェン・ツアー・オブ・カリフォルニア。スポンサーのアマジェンとはバイオテクノロジーを用いた治療薬開発・販売に取り組む会社。この会社、最近の成長率には目を見張るものがある。

アマジェンの製品情報を見ると、かなり特化している。通常、プロダクト・レンジが狭いと、いい時はいいが、外的要因などで一度ダメージを受けると一発アウトになりやすい。さらに新薬開発という特異な分野での膨大な開発費を考えると、ここまで急伸しているのはすごい。流行のバイオ産業ならではか。

ところが、11/2になってUSA TodayやNYタイムズが、このレースに水を差すような記事を掲載した。
「アマジェンはEPOのR&Dをやっている。EPO製造会社がレースのスポンサーか!」というもの。EPOはドーピング剤としてスポーツの世界では禁止薬物として扱われているが、赤血球を増力させるので貧血の治療薬などとしても使用されている。

以前、ランスがガン治療中このEPO治療を受けたのではないか?と噂されたこともあった。特例として、スポーツマンが治療用に禁止薬物を摂取することは認められることもあるが、いずれにせよランスの場合、実際は治療目的による禁止薬物摂取の特例措置適用は受けていない。

日本のサイトを見ても、アマジェン社が確かにEPOの開発・製造に携わっていることは間違いない。

「米Amgen社は9月2日、赤血球を増殖させる作用を持つエリスロポエチン(EPO)の第2世代製剤「darbepoetin」について、心不全患者の死亡率、罹病率への貧血治療効果の影響を調べる、多国間ニ重盲検フェーズ3臨床試験を開始すると発表した。」詳細記事

でも、アメリカのファンは、そんなことは気にしていない。「アマジェン社が、多くのドルをレースにつぎ込んでくれさえすればいいや」みたいな反応。アマジェン社も、「ガン治療に注力する会社」であることをアピール。

ランスがガン基金活動をしている関係で、北米ではチャリティーレースにグラクソなどの製薬会社のバックアップがつくケースが最近目立っている。

■ 2005.11.06 (Sun)  デルガド、インドゥラインを生んできたチームの意地。バレアレスの“ツール・ド・フランス作戦”ついに開始(その1)
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■ 全体最適化の難しさと風洞実験の落とし穴

今、自転車界の流れはトータール・オプティマイゼーション(全体最適化)の方向に流れている。つまり、トレーニングをひたすら積んで個人のパフォーマンスを最大限に引き出すだけではなく、機材、身体能力の科学データなど総合的に最適化を目指していくのが主流となりつつある。

ところが、この全体最適化、簡単なようで意外に難しい。個々のデータのみならず総合的に見ていくと、相反するデータが生じる。一筋縄ではいかないのだ。

例えば、今やTTポジションの最適化のために常識になりつつある風洞実験。これも曲者だ。風洞実験でアエロダイナミックを徹底的に追求し、そのベストポジションを選手に押し付けたとしよう。

ところが、アエロダイナミックの観点からベストポジションでも、それによって筋肉から生み出されるパワーが失われることがある。

つまりエアロダイナミックでプラスに転じた分、力のロスが生じると、プラスマイナスで、その効果は相殺されてしまう。全体最適化とは、それら全てを総合的に考え、全体としてのバランスをうまく調整し、最適化していくことを意味する。これを見極めていくには、試行錯誤が強いられる。

■ 第二のランス製造に向けて

こうした全体最適化の流れは、ランスの成功によってより顕著になった気がする。ランスがトレックとプロジェクトチームを結成して成功したことが、他のチームにも影響を与えつつあるのではないか。

もはや他のチームと同じ事をしていてはツールでは勝てない。そこで、チームバレアレスは、大胆な“ツール征服プログラム”を打ち立てた。(本ニュースは、11/3の小ネタで予告したニュースの詳細版。)

マンセボもいなくなった。メイン・スポンサーも変わる。そして、現バレアレスのウンスエ監督も変わりつつある。かつてはリバティー(旧オンセ)のサイス監督のほうが、科学的データ取得などには積極的だったという印象がある。90年代からマドリッド大学の学生とコラボをして、最先端のシューズ開発に自ら加わったのもサイス監督だった。

しかし、デルガド、インドゥラインを生んだレイノルズ〜バネストという名門チームを従えてきたウンスエ監督が、かつてツールを征服した栄誉の奪回に向けて、本格始動した。その名も、“オペレーション・ツール・ド・フランス”。ここでバルベルデを主体に、一発大逆転、ツールを再び制覇するつもりだ。

■ ピナレロのHQで大改革

前置きが長くなったが、かくして、バルベルデ、カルペツ、JIグティエレス、(来季からチームにジョインする)ペレイロの4人がピナレロのトレヴィーゾの本社に出向いて、総合的な大改革に挑んだ。これから、スペインの新聞マルカに報じられたその大改革の内容を見て行きたい。(長くなったので、一旦ここで切ります。)

(Photo: 今回大改革にのぞんだバルベルデ(右)とJIグティエレス -- 05パリ〜ツールにて)

■ 2005.11.07 (Mon)  引退したローラン・ジャラベールがニューヨークシティマラソンを好タイムで完走
jaja.jpg 286×403 43K昨日11月6日に行われたニューヨークシティマラソンに、元CSCのローラン・ジャラベール(36歳)が出場、完走した。タイムは3時間を切り、2時間55分39秒。391位でフィニッシュ。

出場人数は今の時点で把握できていないが、3万6千人ほどか?

ジャジャは今年7月の時点で、NYCマラソン出場の意志を公表していた。トレーニングも積んだのだろう。それにしても、2時間台で完走ということで、さすがの身体能力。

引退したモンカッサンがパリダカに出場したりしたことがあったが、引退しても意欲的にスポーツに取り組んでいる様子が嬉しい。

男子優勝はポール・テルガト(デルガドではなく)。タイムは2時間09分30秒。日本人男子のトップは中国電力の五十嵐範暁(21位)。

999位までのリザルトは こちら。(391位にジャラベールの名前)

スタート前のジャジャの写真はここ。写真の右でフランスの国旗を持っているのがジャジャ。(グレーと赤のトレーニングウエアを着た後ろ姿の人のすぐ左)。

ニューヨークシティマラソンは、去年もトクダネに登場した。(11/12付けドクダネ)。ランスの元妻クリスティンが出場したというニュースだった。彼女の結果は3時間45分35秒。総合で4717位。女子の部門で729位。

あの時彼女は、マラソンをやる動機として、最初は「ランスのようになるためだった」と語っていた。つまり、ランスはバイクで走ることで 感情を無にすることができた。自分も、悲しみから逃れたくてマラソンを始めたという。しかし、その後、自分は感情に向き合う方が向いていることに気付いた、と述べていた。

ところで、NYCマラソン主催者が選出したアベベ・ビキラ賞には、野口みずき選手が日本人で初めて選ばれた。アテネ五輪優勝、今年のベルリンマラソン優勝などが評価された。野口選手はニューヨーク国連本部で授与式にのぞんだあと、国際友好ランに参加したという。

国際友好ランは、国連広場でのセレモニーのあと、セントラルパークまでの約6kmを走るもの。こちらの方には、世界中から約1万5千人が参加した。

(Photo: 03ツール、オートバイ取材に出かけるジャジャ)

■ 2005.11.08 (Tue)  リーク情報:06年ジロのルート。スタートはベルギー。L-B-Lのコース登場か
06年ジロ。5月6日スタートで28日フィニッシュ。コース発表は11/12だが、最初の4日間はベルギーを走る。

5月6日初日のプロローグはベルギー Seraingで6kmのプロローグ。そのあとモンス、ナミュールなどのベルギーの観光地をまわり、5日目には休息日。そこで移動してイタリアに帰還。9日の日は、L-B-Lのコースと一部だぶるのでは、という噂もある:

06ジロのルート
5/6 プSeraing km 6 プロローグ
5/7 モンス – シャルルロワ, km 193
5/8 Perwez – ナミュール, km 204
5/9 Wanze – ホットン(或いはドイツのケルン), km 224
5/10 休息日

上記はかなり確実視されているが、それ以降は完全に推測の域を超えない。下記は今イタリアですっぱ抜かれているコース情報。以前ツールのコースがすっぱ抜かれた時も、かなり食い違いがあった。一応参考程度に掲載。

5/11. Busseto - Cesena, km 219、5/12. Forli - Forli (TTT?), 5/13. Cesena - Saltara, 5/14. Civitanova Marche - Manoppello, 5/15. Pescara - Peschici, 5/16. Peschici - Campobasso, 5/17. 休息日, 5/18. Pontedera - Pontedera (ITT?), 5/19. Livorno - Sestri Levante, 5/20. Alessandria - La Thuile, 5/21. Aosta - Domodossola, 5/22. Verbania - Cremona, 5/23. Cremona- Trento, 5/24. Trento - Plan de Corones, 5/25. Dobbiaco - Gemona, 5/26. Pordenone - San Pellegrino, 5/27. Ora - Aprica, km 221, 5/28 セミステージ前半: Bellagio - Ghisallo (cronoscalata), 10km?, セミステージ後半: Cambiago - Milano, 127km?

■ 2005.11.08 (Tue)  ロベルト・エラスがヴエルタのTTの薬物検査でEPO陽性
heras3.jpg 365×428 53Kこれはかなりショックなニュース。ヴエルタで前人未到の4勝を果たしたエラスが陽性になったという。サンプルAの結果だけなので、まだ確定でないが、Bの結果が出るまでチームから出場停止処分となっている。

発端:10/27 UCIからリバティーの本部に、エラスのサンプルA陽性の通知が行った。
内容:EPO陽性反応

いつの検査か?:ヴエルタ第20ステージに行われた薬物検査(グアダラハラからアルカラまでのITT 38.9kmのステージ)

エラスのその時のパフォーマンス:その第20ステージ、平坦のTTステージで、エラスはR・プラサに僅か0.57秒及ばず、僅差で2位だった。

リバティの対応:スポンサーのアドバイザーと協議の上、この件は完全に答えがでるまで公表を控えることを決めた。しかし、ユーロプレスが暴露した。

今後の動向:エラスのサンプルBの結果は、今月末にも出る予定。(検査は11/21と噂されている。)その結果、陽性が確定した時点で、チームとの契約は無効となり、出場停止などの処分を受けることになる。

パブロ・アントン(チームマネージャー)のコメント:「エラスを信じている。しかし、それにしても、(知らせを聞いてからサンプルBが出るまでの間)、非常に長い。ものすごく長く感じる。」

もしも陽性が決定したら:ヴエルタ05での勝利は剥奪。2位のメンショフが繰り上げ優勝となる。

マノロ・サイス監督のコメント:「今はみんなにとって、とても辛い時期だ。監督としてだけでなく、個人的にも辛いニュースだ。エラスも青天の霹靂でショックを受けている。サンプルBの結果をひたすら待つだけ。それまでエラスを信じ続ける。」


遅ればせながら チーム関係者から発表されたコミュニケ:「10/27、チームの本部はUCIから警告を受け取った。内容は、今年のヴエルタの第20ステージで、エラスがEPOで陽性になったという内容だった。ロベルト・エラスは、リバティーチームを管理するアクティブ・ベイにより、10/27付けで即刻チームから遠ざけられた。」

エラスの談話:「これは何かの間違いだ。自分はその類のものは何も摂取していない。」

(Photo: 05ツール・ド・ロマンディ)

■ 2005.11.08 (Tue)  <<続報>> ロベルト・エラスがヴエルタのTTの薬物検査でEPO陽性
grp1108235558.jpg 270×436 108K■ 今回のサンプルAの結果は、かなり精度が高いといわれる訳

エラスが薬物検査を受けたヴエルタ第20ステージは9月17日。それから結果が出て、UCIがチームに告げたのは10/27。何故6週間も検査結果が出るのに時間がかかったのか?

この検査を請け負ったのは、UCI公認のマドリッドのラボだった。この研究所は、EPOの検査をかなり慎重に取り進めたという。というのも、最近 EPOの検査でサンプルAが陽性、Bが陰性というケースが相次いだためだ(フォナックのグイーディなどがその例。)

そしてマドリッドのラボは、念のため検査結果をパリ(チャテネイ・マラブリー研究所)とローザンヌのラボにも送付し、結果分析を依頼した。2つのラボからの回答は、いずれも陽性という内容だった。

そして、注目すべきは、パリのチャテネイ・マラブリー研究所は、他のラボで一旦陽性とされたグイーディの検査結果を陰性である、と正したラボでもあった。つまり、今まで間違って陽性とされたケースを陰性にひっくり返してきたラボだっただけに、そのラボが陽性と断定したということは、かなりエラスにとっては不利な状況とされる。

エラスはすでに、弁護士とこの件について対策を議論している。


また、第一報にて報じたとおり、エラスのサンプルBの結果で陽性が確定した場合、エラスのヴエルタ05優勝は剥奪となる。そして、+4分36秒で総合二位だったラボバンクのメンショフが繰り上げでヴエルタ優勝となる。そこで、ラボバンクのところに取材陣が押し寄せた模様。

ラボバンク幹部のテオ・デ・ローイ氏コメント:
「まだ(サンプルBの結果も出ておらず)不確定の段階でコメントしたくない。いずれにせよ、我々は、こんな形で優勝がころがってきても祝う気にはなれないね。これは自転車界全体にとっても悪いニュースだ。紙(記録)の上では優勝かもしれないが、我々にとって、これは全く意味のないことだ。」

メンショフ自身のコメント:「たとえ自分に優勝がまわってきたとしても、勝ったという気にはなれない。とにかく、今後の推移は見守るしかない。どんな結果となっても、結局我々は全員が敗者ということになるだろう。」

また、リバティの姿勢だが、ゼロトレランスの強い姿勢で臨むことになる。つまり、容赦なし。陽性が確定すれば、2年間の出場停止処分となる。

チームは今年、NリベイロとIノサルがヘマトクリット規定値越えで一時チームからレース出場停止となった。しかし、2人のその後の追加検査で、健康上の理由による一時上昇という結論になった。リベイロはそのまま解雇となったが、ポルトガルのLAリバティーへ移籍。ノサルはチームに復帰した。

リバティチーム幹部は、自分のチームばかりが狙い打ちされているようだ、といった愚痴もこぼしている。

■ 2005.11.09 (Wed)  チーム ミルラムのコルナゴ「ジェット・ブルー」とポッソーニのメルクスバイクの謎
grp1109210611.jpg 246×96 7K■ チーム ミルラムのコルナゴ「ジェット・ブルー」

ジェットのようなスプリント力を持つペタッキを評して、海外では彼のあだ名、或いは枕詞として「Ale Jet」=「アレッサンドロ・ジェット」という言葉をよく使う。

そんなわけで、来年のチームミルラムでペタッキが乗るコルナゴも、「“ジェット”ブルー」に仕上がった。ジェット機がブルーの地に映えている。

オレンジがかったひまわり(更にトップチューブにはフランスの田園風景)のクリスタロもいいけど、このジェットブルーも戦闘気分ムンムンでかっこいい。

(ちなみに、先日小ネタに出荷中のC50とクリスタロの写真(CNに掲載されていたもの)にリンクを貼ったところ、「ペタッキが乗るのはクリスタロの方」というEmailをもらった。)

ここのサイトに、ペタッキのバイクの全貌が写った写真がある。ついでに、最初の写真は山岳賞の水玉のEXtreme-Cと一緒に写るラスムスン+奥さんのカリーナ・ムニョスさん。彼女、名前からしてスペイン系かね。顔もスカンジナビア系ではない。

■ コルナゴは自転車産業で世界初 ISO

ところで、コルナゴは、98年に自転車産業で初のISO9001を取得したそうだ。ISOは国際標準化機構の規格で、品質保証の証だが、サラリーマン生活をしていると、最近とみにこのISOに関する話を耳にする機会が増えた。

お客さんに新しいサプライヤーを紹介すると、「そこの会社はアイソ(ISO)取ってるの?」とか聞かれるし。QAとかは日々うるさいし。名刺にはISOのマークを誇らしげにつける会社も増えてきたし。うちの会社はつけてないけど、おたくの会社の名刺にはついてませんか?

■ ブラック&ピンク Tモバイルの2006バイク

黒地にピンクのTモバイルのバイク。ちょっとイメチェン。=>Tモバイルバイク写真

■ 目撃談:メルクスのバイクに乗っていたランプレの選手(証拠付き)

「先日のJCでランプレのポッソーニがなぜかメルクスのバイクに乗っていたんですよ、キャノンデールじゃなくて。 家で写真を整理していて気がついたのですが、ちゃんとゼッケンもついているので、ニュートラルカーから借りた代車では無さそうだし。それに、彼のソックスはディアドラなのに靴はDMTだし、なんだか不思議。一応、証拠写真送りますね。」

というわけで、証拠写真はこちら。(Photo copyright:Sさん)

----- 上記のポッソーニのバイクの件を読んだ人から情報がきたので追加掲載

「ポッソーニ、「練習生」だったがためにバイクその他が違うのでは?」で、そのポッソーニについてですが、、、
「ジャパンカップにきていたカメラマンの人のお話でも”あ〜、ランプレの練習生ね。マルティネッリがとても期待してる将来有望選手だよ”とのことでしたので、JC当日青田買いで2ショットを撮っておきました。(笑)リンクはこちらです=>ポッソーニの活躍ぶりリンク
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そういえば、以前JCで来日したファルム・フリッツの選手の中にも練習生がいて、彼だけバイクが違ったという情報が以前きてました。(去年11月のトクダネで、JCに来日したニコ・ルイロフトからきたメールを紹介した時、ニコも違うバイクに乗っていた、という情報あり。)

■ 2005.11.10 (Thu)  バレアレスの“ツール・ド・フランス作戦”ついに開始(その2)
valve.jpg 321×498 30K (続き)先週、トレヴィーゾにあるピナレロの本社にバレアレスの面々が集結した。ウンスエ監督以下、バルベルデ、ペレイロ、JIグティエレス、カルペツ。

目的は、生体力学の権威アレッサンドロ・マリアーノ氏をまじえ、試験を行いながら、ポジション改善を行っていくこと。同時に、ピナレロ側は、そのデータを元にバイクを改良していく。

グティエレス、カルペツが初日にテストし、残りの2人が2日目にテストをした。バルベルデが最後。期待の度合いはNo.1。

テストはノーマルバイク・TTバイク、屋外・室内にわたって試され、更に、バイクに乗る前の地面に足をついている状態から、ペダルに足をかける状態、サドル上での姿勢にわたるまで、かなり細かいデータが分析された。

選手たちは腿にセンサーをつけて、そこから端末にデータが送られた。屋外でのテストでは、同様にセンサーをつけた選手たちの後ろから、コンピュータを搭載した車が後を追ってデータ取りをしていく。


■ 右と左の足を均等に使えていない選手の代表はペレイロ。1:3で片足にばかり重心がかかっていた

こうして、どの筋肉が使用されているかなどをチェックしたところ、有意なデータが出た。まず、右足と左足の力の配分を見たところ、ペレイロとグティエレスの2人が、両足のバランスが悪かった。

特にペレイロは一番両足の力のアウトプット不均衡が激しく、片足ずつの出力が25%と75%だった。これでは腰を痛める。

バルベルデにしても、左足64%、右足36%という結果だった。動き、サドル、シューズなどに微調整を加えながら矯正していく。

また、今年の世界選手権TTでロジャースについで銀メダルに輝いたグティエレスだが、意外にも、走っている最中、使われていない筋肉が結構あることが判明した。筋肉を全て使用しなくても、TTスペシャリストである理由は、彼が現在とっている姿勢自体が、非常にエアロダイナミック上、優れたポジションだったそうだ。

現在使っていない細かい筋肉まで総動員して使うようになれれば、彼の記録はまだこの先伸びる。成果が期待できる。そのほか、同様の解析により、バルベルデにも、一種の癖が見つかった。(続く)

■ 2005.11.11 (Fri)  「自転車と彼女が同時にやってきた!」サバヤが明日11/12に結婚
zaballa.jpg 481×426 46K明日12日、サウニエルのコンスタンティノ・サバヤが結婚式を挙げる。人生最大の出会いは、自転車と彼女。そして、その出会いは同時に起こった。

サバヤはもともと陸上の選手だった。95年、彼が17歳の時、サンタンデールに運動負荷試験を受けに行った時のこと。通常負荷テストは、心拍計・心電図などのモニターをつけながらルームランナーの上を走って行うのだが、その時たまたまルームランナーが壊れていた。

そこで、エアロバイクで試験を行うことになった。そして、たまたま自転車を漕いでみたところ、身体能力の結果がかなり良かったという。そして、それに目をつけたのが、ロード・ナショナルチームのトレーナーをしていたフアン・カルロス・ゴメス。

サバヤに、「是非自転車に転向しないか」と熱心に勧めたのだった。

フアン・カルロス・ゴメスは、今やサバヤの個人トレーナーでもあり、さらに明日からは義兄になる人だ。サバヤはフアン・カルロスの妹ラウラと、明日結婚式を挙げることになっている。

― 自転車にめぐりあい、将来妻となる人のお兄さんと同じ日にめぐりあったとは、人生にとって、大きな転機でしたね、という問いに:

サバヤ:「そうなんだ。実際には、ラウラと出会ったのは、フアン・カルロスに出会った日よりちょっと後だったんだけど、それでも、僕にとっては、自転車と恋が同時にやってきたという感じなんだ!」

彼は、陸上でもかなりいい成績を残していた。カンタブリア地方のジュニアとして、ハーフマラソンで優勝。1万メートル銀、5000メートルで銅メダル。しかし、この先、陸上で優勝するのはたやすいことではないと判断。自転車に転向した。

「僕は勉強したくなかったから、プロの自転車選手になることを決めた。両親に言ったんだ。5年待って欲しい。そうしたらプロになるから、と。そして言葉どおりになった。」

● サバヤと橋川選手の共通点:サバヤも薪割りが趣味だった!

― 貴方の趣味は?と聞かれたサバヤはこう答えた。

「冬は、斧とチェーンソーを持参して、家族のために薪割りに行くんだ。これは、ジムでトレーニングするよりも、ずっといいトレーニングになるよ。」

なんか、似たような台詞を聞いたことがある。。。橋川選手だ。(HPにも、趣味 薪割りと書いてある。。。)


■ 2005.11.12 (Sat)  エラスは明日開催のカセロ引退レース出場を中止 / エラスの友人から届いたEmail
grp1112211745.jpg 292×400 32K■エラスは明日のレース出場キャンセルを告げてきた

明日開催されるアンヘル・カセロのお別れレース、クリテリウム・インターナショナル・デ・ラ・コムニダ・バレンシアナに出場予定だったエラス。しかし、「落ち込んでいるから」という理由で欠席を告げた。また、もうひとつの理由として、「メディアが大騒ぎして、レースを乱すのは本意ではないから」という点もあげた。

レース主催者は、「残念だが、彼の決意を尊重したい。彼が静かに時を過ごせることを願い、精神的にもリカバーしてくれることを祈っている」と述べた。

■ エラスの友人から届いたEmail

今年、ロマンディツアーで、友達になったスイス人カップル、リタとウルフガングは、エラスと大の仲良し。去年ヴエルタの際、エラスはレース後1時間、彼らのために時間を割いてくれたという。それだけに、今回のニュースは2人にとってショックだったようだ。

「(エラスのニュースは)、そう、本当にすごくショックだった。とても信じられなかったよ。でも、残念ながら、これはラボのミスとかではなく、事実ではないかと思う。だって、1ヶ月もかかって出した結論だから。それに、3つのラボが分析したっていうし。

でも、理解できない。なんでヴエルタの最後の方のステージでそんなことをしなくてはならなかったんだろう?あの時点で、彼はヴエルタ優勝を手中に収めていたじゃない。EPOは、体内にそんなに長くとどまるものではないらしいし、それにヴエルタ前半のステージでのテストで彼は何度も検査されて(シロだった)わけだし。

確かにエラスはツールでのパフォーマンスがよくなくて、ヴエルタではすごくよかったというのは事実で、それがゆえに検査されたみたいだけど。でもそれにしても、彼がこんな目(もしかしてキャリアの終わりを意味する?)に遇うなんて不公平。まあ、そうはいろいろ言ってみても、とにかく潔白が証明されるよう、祈ってる。」(*原文掲載)

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■ カセロは明日引退レース、出場者は60人ほど

一方、明日引退レースを走るカセロは、プロ生活をこう振り返った。

「いいこと、悪いこといろいろあった。でも、楽しかった思いを胸に引退していきたい。」
「去年1年間、(UCIライセンス取得に難があって)レース出場を果たせなかった。そのせいで、今年は結局最後まで レースのリズムがつかめなかった。」
「引き際を決めるというのは、非常に難しい。」

カセロは、現在2つのオファーを受け取っている。1つは自転車関連、もうひとつは別の仕事。将来的な夢は、バレンシア地方の自転車競技活性化のために、自転車学校を開設したいと願う。そこで育った選手が、将来的にコムニダバレンシアナでプロとして走ることが夢だ。(Photo: 01ツールのカセロ)

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*) 。。。Indeed, it’s really shocking. We can hardly believe it. Unfortunately I think this facts must be true ( no error of the laboratory). I mean the fact, that these results come that late ... more than a month later. And in addition, that 3 laboratories have worked on the analysis... I can not understand why he should have done "it" so late in the vuelta, at a moment when he already was the winner of the vuelta. Epo can not be proved having been taken such a long time before and they have tested him many times earlier in the vuelta. They did it because of the (certainly true) fact of a bad performance in the TdF and such a good one in the vuelta. Nevertheless he has not merited such a bad story...( end ?). Having said that, we too wish that his innocence can be proved

■ 2005.11.13 (Sun)  06ジロの山岳プロファイルが公表に。超クライマー向きで、”スプリンターへの配慮がない”、とペタッキ。
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(上記は難所の第20ステージの山岳ステージのプロファイル)

■ やはり最終日は2分割。リーク情報とほぼ一致

来年のジロが、遂にベールを脱いだ!。。と言いたいところだが、先日来リークされているルートと1箇所&距離を除いて全て同じ。違いは、最終日の前半セミステージのスタートがCanzoだった点だけだ。(リークルートは、11/11の小ネタに掲載)

■ このジロはクライマー向き。ペタッキは、”ジロをスキップするかも、、”と言い出して。

ところで、これにご不満なのが、ペタッキ。

ペタッキのコメント:
「このコースは気に入らない。山岳がきつすぎて、スピードマン向きではない。平坦ステージは5つしかない。ツールのほうがベターだ。ジロはスキップするかもしれない。もっと、スピードマンに配慮してコース設定してほしい。」

おっと、ペタッキがジロをスキップしてツールに出ると、ツァベルが困る。チームミルラムとしては、それは困るよ。

シモーニのコメント
「僕はポールポジションじゃないね。僕は優勝候補No.1じゃなくて、No.2だろう。まだ今でもやれるという確信はあるけど、来年のジロがとてもきついという事実には変わりない。」

■ コース特色

第1ステージのプロファイル
第7ステージのプロファイル
第8ステージのプロファイル(山頂ゴール)
第13ステージのプロファイル
第16ステージのプロファイル(山頂ゴール)
第17ステージのプロファイル(山頂ゴール)
第18ステージのプロファイル
第19ステージのプロファイル(難所&山頂ゴール)
第20ステージのプロファイル(難所&山頂ゴール)
第21−Aステージ 山岳TTのプロファイル

CNのステージリストへ

合計走行距離:3,553.2km
平坦、または多少のアップアンドダウン程度のステージ:9
中級山岳ステージ:4
超級山岳ステージ:4
ITT:3(6.2のオープニングステージ、第11ステージ50km、第21ステージの山岳TT 11km、合計67.2km)
TTT:1(第5ステージ38km)

● 最後から2番目の第20ステージに、チマ・コッピ(標高としては06ジロで最大の2618m)や、パンターニの記念碑があるチマ・パンターニことモルティローロが登場。レースのハイライトとなるだろう。

● 第19ステージの難所:Forcella Staulanza (1173 m), le Passo Pordoi (2239 m), le Passo Fedaia (2057 m, Passo San Pellegrino (1918 m)

● 第20ステージの難所:Passo Tonale (1883 m), Passo Gavia 別名チマ・コッピ(今回のジロで一番高い2618 m), Mortirolo別名チマ・パンターニ (1854 m)。とくにMortirolo(モルテイローロ)は、ラスト数キロが斜度12%という急峻な上りになっている。

● 最終日ステージは、前半・後半に分かれ、前半に11kmの山岳TTがある。距離11kmで標高350kmほどを上る。

■ 2005.11.14 (Mon)  カセロのお別れレース: 去年牛と競ったフレイレ、今年は十種競技の選手とヨーイドン
grp1114081602.jpg 397×262 28K クリテリウム・コムニダ・バレンシアナは毎年面白い。去年、おととしは余興でフレイレが牛と速さを競ったが、(おととしは牛の勝ち、去年はフレイレの勝ち)、今年は“十種競技の選手vs自転車に乗るフレイレ”というレースで速さを競った。さらに既述の通り、今年の大会は、アンヘル・カセロのお別れレースも兼ねた。

このクリテリウムは、ポイントと追い抜きレースの2つの合計点を競う。ポイントでイゴール・アスタルロア、追い抜きでフレイレが優勝。合計ポイントでは、両方のレースで2位に入ったカセロが最高点を獲得し、最後のレースを総合優勝で飾った。

そして、いよいよ恒例の余興。今年フレイレが競ったのは牛ではなく、十種競技のアスリート、アウグスティン・フェリックスだった。自転車のフレイレとはハンデをつけて、フェリックスは325m走を行い、フレイレとゴールスプリントを争った。結果は、フェリックスがフレイレを抑えて先にゴールした。会場は大歓声。

昨日バレンシアの会場には、生憎の雨にも関わらず約2000人のファンが集まった。カセロは始終感激の様子で、オープンカーには子供2人を乗せて(いつの間にか1人増えていた。。)ファンに手を振った。

カセロはプロになって12年。もともとバネストのエスポワール出身で、97年までバネストに在籍。その後ハビエル・ミンゲスが立ち上げたビタリシオにヘッドハントされて移籍。以降、フェスティナ、コースト/ビアンキ、バレンシアナで走った。
(Photo: 02JCで来日した時の様子。)

■ 2005.11.14 (Mon)  デイヴィッド・ミラー:「ドーピングなしでも優勝することは可能だと思う。」
grp1114211254.jpg 640×480 67KEPOスキャンダルの取材攻勢で、フランスの大西洋岸、ビアリッツに所有していた自宅を売却することを余儀なくされたデイヴィッド・ミラー。

以降、彼の声が直接届くことはほとんどなかったが、このほど英国の大衆紙「ザ・タイムズ」の特派員が、デイヴィッド・ミラーとの直接インタビューに成功した。

04年6月、ミラーはEPOを使用・所持し、2年間の出場停止処分となった。チームコフィディスからは解雇され、アテネ五輪TTの金メダルと03世界戦TT金メダルは剥奪された。

レース出場禁止処分は来年の6月23日まで。ツール初日は7月1日だ。まだチームサウニエル入団は決定ではないが、数日中には契約に漕ぎつけそうだ。そして、出場停止処分解禁直後に、ギリギリでツール出場することを目指している。以下、ミラーのインタビューから。

「それは、ものすごく恐ろしい体験だった。27歳で全てを手に入れたと思っていた矢先、突然全てのものが水泡に帰した。いや、水疱に帰したというより、ゼロ以下の状態になった。イギリスに帰国してからは、まさにゼロからの出発だった。自分自身を再構築するしかなかった。」

「経済的な問題に加え、いろいろな心配事が浮上した。なんとか水面から頭を出そうと必死にもがいた。自分が犯した間違いに対する代償は、他の人たちに比べ、かなり高くついた。」

また、19歳でプロ入りし、フランスのコフィディスに移籍。チームやフランスという国に同化しようと頑張ったが、それが行き過ぎて間違いを犯してしまった。チームは彼のパフォーマンスがいい時はそれを利用したが、ひとたびスキャンダルに発展した時、彼に救いの手は一切差し伸べなかった。

ランスvsコフィディスの時もそうだ。That’s Cofidisなのだ。とはいえ、ミラーの場合は、薬物使用という重い罪であったから、チームがそれを許容するわけにもいかない。ミラーの苦境を助けなかったといっても、ある意味、それは致し方ない。

「でも、長い目で見れば、これがいい経験になったと思う。」

フランスの家を引き払った後、彼はダービー州のヘイフィールドという田舎に引きこもった。そこで、彼は友人のネットワークを築いていた。

「僕は長い間、バイクに乗らなかった。触わりもしなかった。でも、昨年の夏、再びバイクに乗り出した。湖水地方の山々をめぐった。とてもそれが楽しくてね。1ヶ月もしないうちに、自分が羽ばたいているように思えた。僕はバイクに乗るのが得意なんだ、そういう感覚を取り戻したんだ。」

「他のサイクリストたちに会えば、止まって挨拶もしたし、写真にも応じた。とにかくバイクに乗るのを楽しんでいた。」

今、ミラーはUCIに対し、「薬物検査の抜き打ちテストをもっと頻繁に行って欲しい」とかなり強く主張する。実際、ミラーは薬物検査では一度も陽性になっていない。EPO所持は、警察の家宅捜査で見つかった。つまり、過去に薬物検査で一度も陽性になっていない選手が、全員シロとは言い切れないということになる。

ミラーは、来年スペインのジローナに居を移すことを考えている。ランスが最後にヨーロッパの拠点とした場所だ。天候もいい、道もいい。生活レベルもそこそこいい。できれば、新しいガールフレンドニコルと一緒に。もうフランスの海岸べりに住みたいとは思わない。

最後にミラーはこう語った。
「僕のカムバックが、自分自身やこれからの若い人たちを奮い立たせるきかっけになるといいと思う。自転車レースをクリーンなものにすることで、自転車、そして友人たちに恩返しをしたい。ドーピングをしなくても、レースで勝つことは可能だと思うから。」

(Photo :03ツール。ミラー(左)とクランが、滞在先のホテルを間違って、我々が泊まっていたホテルに来てしまった。この宿はUSPとケルメとFDJが宿泊することになっていたが、コフィディスはその1kmほど先の宿だった。)

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最近エラスの報道のあと、ケルメを解雇になったマンサノが再び薬物蔓延の話を始め、ブイグを解雇になったウナイ・ユスのホテルの部屋からホルモン剤が見つかった報道も出た。こうした後を絶たない報道に、「もっと初心に帰って、自転車を楽しむところからみんなやり直すべきだ」、そういう内容のメールをもらった。同感だ。

ミラーの上記のコメントのように、「バイクに乗るのが楽しいと思った」という気持ち、これが基本精神だろう。

■ 2005.11.15 (Tue)  ケルメ25年の歴史
grp1115215616.jpg 640×480 130K11月26日、ケルメ25周年記念パーティーが開催される。25年間の間に所属した選手・スタッフらを招待するだけでなく、デルガド、インドゥラインなど、スペイン自転車界に貢献した人たちも招待する。

ケルメのサイトに、歴代ケルメに所属した選手が全員掲載されている。ざっとこんな面々が一堂に会するのだろう。堂々の顔ぶれだ。http://www.team-cv.com/portal/content/view/31/29/

歴代所属した選手の名前は、例えばバルベルデ、ボテロ、アイトール・ゴンサレス、チェチュ、エラス、エスカルティン、セビーヤなどなど。割と最近まで所属していた選手たちのほか、在籍当時のことは知らないが、数年前、誘拐されてニュースになったリンコン(コロンビア)などの名前も。

パーティー主催者は、ホセ・キレス。ケルメの元パトロンだ。現在チームはコムニダ・バレンシアナとなったが、前身のケルメは小さいローカルチーム時代から自転車チームを支えてきた歴史あるチームだ。キレス氏という本当に自転車を愛する人がスポンサーをやったからこそ、ここまでチームが存続したのだろう。

目下、招待客の数は150人ほど。アルバロ・ピノら歴代の監督やチームドクターも入っている。ケルメはピノ監督の時にエスカルティンらとともに飛躍的に成長した。

チームコムニダ・バレンシアナは、プロチーム入りは無理だろうが、プロコンチームの中では、めっぽう強いチームであり続けるだろう。来季は、数年前に爆発的な成績を残した(がその後泣かず飛ばずの。。)ペチャロマンが加入する。

エラスのサンプルBの分析は11/21に行われるといわれている。26日のケルメのパーティーに笑顔で出席することができるだろうか。

(写真はツール01。右はケルメのセビーヤ。中央は、ケルメからUSPに移ったチェチュ。チームが変わっても元チームメート同士、仲のいい様子がうかがわれる。)

■ 2005.11.16 (Wed)  お父さんのための英語講座
CNなど海外のサイトを読む時に よく出てくるローマ字の略号などについてまとめてみた。覚えておくと便利なので。

【略号編】
D.S. : 意味は「監督」。小ネタで触れたとおりこれはDirecteur Sportifの略。フランス語で、英語だとスポーツ・ダイレクター=監督。

GT : 「3大ツアー」を指す。Grand Tourの略。“GT riders”といったら、グランツールを走れる(能力のある)選手の意。

GC : 「総合順位」。General Classficationの略。“GC riders”といったら、(ステージ優勝のみを狙うのではなく)総合順位上位を狙える選手の意味。

PSI :自転車の空気圧を表す単位の一種。1平方インチあたりのポンド表示=pounds per square inchの略。キロパスカルとの対応表はこちらに。

次に、現地で作製されたDVDなどを購入した人向き解説。フィル・リゲットなどの英語放送を聞いているとよく出てくる自転車競技独特の言葉。

【単語編】
フィールド(Field) 或いはメイン・フィールド(Main Field)=プロトンのこと。英国人解説者のフィル・リゲットはプロトンとうい言葉よりフィールドの方を多用するようだ。さらに、パック(Pack)、メインパックや、バンチ(Bunch)も使われる。

ソワニエ(Soigneur)=マッサージャーのフランス語。

ドメスティック(Domestique)=アシスト選手のこと。フランス語。英語のDomesticと同義。もともとの意味は奉公人とか使用人。

フィード・ゾーン(Feed Zone)=補給地点

ミュゼット(musette)、サコッシュ(sacoche)= 補給地点で選手たちが受け取る軽い布でできた ”たすきがけ”の小袋。両方ともフランス語で小さい鞄の意味。観客のミュゼットの紐がランスのハンドルにからまって彼が転倒したことがあった。

ブリッジ・ザ・ギャップ(Bridge the Gap)= 前にいる飛び出した選手を追うために集団から抜け出した選手(たち)が、集団と先頭選手の間を走っている状態を指す。

ボンク(Bonk)= 主に筋肉中のグリコーゲンが急激に減ることからくる極度の疲労。ハンガーノック。

リード・アウト(Lead Out)= 風除けになって、チームメートを引くこと。かつてチポッリーニの“リードアウト・マン”だったファニーニは、今どうしているのだろう?

ハヴ・ア・フラットタイヤ/ パンクチャー(Have a flat tyre /puncture)= パンクする
以上思いつくままに。

2005.11.17 (Thu) 
grp1117083406.jpg 640×480 56K■ ウルリッヒ:Tモバイルとの契約は「体重制限特約」付き??

CNの本日の報道。ウルリッヒとTモバイルの来季の契約は、一旦締結された後、改訂版が出て、3月のシーズン最初のレース時に79kgを超えない、という条項が加った: 79kgを超えなければボーナスがもらえる、超えるとボーナスなし。

但し、幹部のルドヴィッヒは、この契約の存在を否定している。この報道を最初に伝えた現地の新聞も、書面で実際にこうした合意がされたかどうかは別にしても、幹部がウルリッヒにカレンダー・ポイントごとの目標体重チャートを渡したことは確かだ、と述べている。

金額で縛らないと体重コントロールできないのか、と思われそうな内容だ。過去、彼のシーズン最初の体重表までCNに掲載されているが、どうも最初の体重とツールでの成績には相関関係はないようにも思える。

ツールで優勝した年には75kgで確かに痩せていた。しかし、80kgでも2位に入っている。(表の中のDNPはDid not participate=不出場)。

ウルリッヒの理想的な体重は72kgとされているようだ。いずれにしても、彼の体重の増減は、日本のファンの間だけでなく、世界中のファンが噂していることであり、更にチーム幹部も頭を悩ませていて、なかなか本人ひとりに任せていては理想体重にたどり着かないということを、この報道が物語っている。

今後、彼は12月は南アフリカ、1月はマヨルカ島でトレーニングをする。(Photo:01ツール)


■ やっぱりツールにペタッキが出場する?

ジロのルート発表の際に真っ先に伝えたペタッキのコメント(1/13付けトクダネ)。ジロのコースが厳しくて気に入らない、ジロをスキップするかもしれない。。。とのことで、ツールでツァベルとペタッキのチームメート争いになりはしないか心配していたが、今日のCNも同様の不安を書き立てている。

それに対し、ツァベルは、「ペタッキと一緒にツールに出場するのを楽しみにしている」と言っているらしい。CNはこれを外交的コメントと、受け止めており、字面どおりにとってはいけないだろう。

とはいえ、昨日小ネタ“ものわかりのいいツァベル”でも書いたが、ツァベル、こうした時、感情的なコメントを出さないところがさすが大人だな。

それはさておき、ツァベルはアルダグと組んだドルムント6日間レースに続き、ミュンヘンの日間レースでも優勝。トラック2連勝。これからも、まだまだ彼の走る姿を見たいものだ。

■ 2005.11.17 (Thu)  季節はずれの人事異動
brama.jpg 348×274 26K■ ルハノはジロが終わってからクイックステップに移籍。。の怪

今年のジロで大活躍、コロンビア・セッレ・イタリアの選手ホセ・ルハノ(ベネズエラ)は、来年のジロの優勝候補の一人。TTでタイムロスをなくすことができれば、かなり上位が期待出来そう。ところが、ここへきて、こんなタレ込みニュース:

「クイックステップのサイトで来年のメンバーが掲載されていました。ブラマーティは情報通りジロまでで、引退後はチームにスタッフとして残るみたいです。入れ替わりでジロ終了後ルハノが加入するようです。ルハノはジロまで何やってるんでしょうか?」

クイックステップのHP、確かに来年の布陣が出ていた。そして、すでにクイックステップに移籍と伝えられていたルハノのところには(注)がついていて、06年ジロのあとにクイックステップに加入だという。

それまでの間、ルハノは現在のコロンビアセッレイタリアに所属となる模様。クイックの現在の選手数は29人。数としては、ひとり増えて、ルハノが来季1月から加入しても問題はないはず。わざわざブラマと入れ替えにする必要もない。

これは、ルハノがジロでリーダーになるための作戦か。ベッティーニのいるチームで新参者のルハノがいきなりジロのリーダーとなるのは無理だろう。それでジロの後に加入することになったのか?

ちなみにクイックステップ、来年からはクイックステップ・イナージェティックとなる。

■ ヘイデン・ロールストンが突如ディスカバリーを脱退

ニュージーランド出身のヘイデン・ロールストンが、今頃になって突如ディスカバリーを脱退することに。自ら望んでの決断だったらしいが、理由が一切述べられていない(ディスカバリーの公式HPでの発表なので間違いはないが。)不可解だ。

3週間後にオースティンで行われるチームキャンプにも参加予定だったのに。巷の噂では、拳が災いしたのでは?と。(今季は故障の上、夏・秋とたて続けにバーで喧嘩して罰金処分となった。)

監督談話も淡々としたもので、本人の意思を尊重した、とだけ。本当の理由は一体?

■ コンメッソはなんとか挽回

フェレッティ監督のチームに移籍すると早々に発表があったコンメッソ。無事にチームが見つかった。行く先は、元のさやに収まってランプレに。

(Photo; ロマンディ05のブラマ)

■ 2005.11.20 (Sun)  エラスの検査結果は24日に判明
grp1120000557.jpg 443×433 171K21日月曜日午前9時、エラスのサンプルがラボに到着することになっている。弁護士とイタリア人の化学専門家がまずサンプルBの審査を行う。リバティーの関係者もラボに立ち入りを希望したが、外で待機することになった。

まず、このサンプルがエラス本人のものであるかを確認し、次にサンプルボトルの封印がしっかりなされているかどうかを確認する。もしも封印状態が悪く、サンプルが劣化していると認められた場合は、これ以上分析は不可能と判定される。

選手の陽性・非陽性の判断は、サンプルAの分析とサンプルBによる再分析をあわせた上で最終的に行われる。サンプルBの検査続行不能の場合、エラスは無罪放免となる可能性があるという。

検査は3日ほどを要するため、結果が出るのは24日木曜日の予定。(Photo: ツール03)

■ 2005.11.20 (Sun)  NYシティマラソンを完走したジャジャ、その一部始終が動画でリリース
grp1120090027.jpg 250×378 25KNYシティマラソンに出場・完走したジャジャのプチ・ドキュメンタリーがWeb上で見られる。: JUMP

“マラソン、それはジャジャにとっては初めての経験であり、疲労困憊の体験でもあった。初マラソンを完走したということは、新しいセンセーションそして、安堵。”
完走した後のジャジャ、“誇りに思う”と。

前日の集会ではフランスの旗を掲げ、大会の雰囲気は盛り上がる。前日とはいえ、この段階で既に戦闘の雰囲気は高まっていた。ジャジャが慣れ親しんだ“戦いの場のあの独特の雰囲気”が蘇り、現役時代のあの臨場感を思い出す。

NYでの4日間はジャジャにとって新しい経験だった。前夜は他のランナーに混じって行われたイヴ・ディナーでビュッフェ形式の食事をとるジャジャ。奥さんのシルヴィーがからかうシーンも。目標タイムは3時間。

いよいよレースが始まった。まずブルックリンを駆け抜けるジャジャ。15km、ペースを揚げる。30km地点、クイーンズ・ボロ・ブリッジを通過したあと。ジャジャは、苦しみながら、走りぬく。

そして同僚と手を取り合ってゴール。初マラソンで、タイムは堂々の2時間55分30秒(正式には2時間55分39秒)。“ジャジャ、やはり本物のチャンピオンの頭と脚の持ち主だった。”

“(フランスの)マザメからきたチャンピオンは、子供の頃からの夢を成し遂げた。苦しみながらNYの町を走り抜けるという夢。」

「そして、これでまたひとつ新しい話のタネができた。明日フランスに帰って、子供たちにこの話を聞かせてやることだろう。人生で一生残る思い出として。(raconter aux enfants demain en France pour toujours dans la vie)”

(関連ニュース: 11/7付けトクダネ)
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初マラソンを3時間弱で完走というのは、素晴らしい。余談ながら、本日開催の東京国際女子マラソンの「国際の部」の出場資格は持ちタイムが3時間以内(市民の部は3時間半)であることが条件。

また、上述ビデオの中で、NYシティマラソンに参加したフランス人の数は3500人と言っていたが、本当にそんなに多いのかいぶかしく、調べてみた。公式発表だと2534人だった。それでも、フランス人出場者数は多、という印象。ドイツ の2486人より多い。日本人の参加人数は561人だ。

英国はもっと多くて3160人、オランダ1915人。しかしそのほかの国はもっと少なくて、スイス 466人、スペイン355人、マラソン大国エチオピアは9人。アフリカからわざわざ参加する人は少ない。NY州からの出場はさすがに多く、7526人だった。

(Photo: 02ツール ランス&ジャジャが揃った華やかなセレモニー)

■ 2005.11.21 (Mon)  賞金未払い問題のツール・ド・ランカウィは、ペタッキがプロ入り後初めて優勝したレース
日本人選手の活躍で注目が集まる季節初めのレース、ツール・ド・ランカウィ。かつてアメリカ人クリス・ホーナーやトム・ダニエルソンが優勝しているレースだ。(ホーナーは2000年、マーキュリー時代、ダニエルソンは2003年、サターン時代に優勝)。

さらに、ペタッキが今まであげた100を超える優勝数のうち、プロ入り後最初にあげた優勝がランカウィステージ優勝だった。それは98年、スクリーニョ在籍時代のこと。そして、その年彼があげたのは、この勝ち星だけだった。彼が爆発的に優勝し始めるのは2000年、ファッサに加入してからのこと。

このように数々のメモリーを残しているツール・ド・ランカウィだが、今年のレースで払うべき賞金が、一部のチームに支払われていない問題がCNにより指摘された。

かなり前、トクダネで触れたとおり、ランカウィは96年、当時の首相マハティール氏のテコ入れで開始されたレース。というのもランカウィは、前首相の出身地。この島の観光を活性化させたいという願いがあった。

このレースの弱点は、まさにここにある。島の観光活性化にばかり力が注がれ、肝心の自転車競技を盛り立てようとするテコ入れや、レースの根幹部への資金投入はおざなりになった。

資金は自然に、レース自体よりも二次的、三次的な方面に流れていき、肝心なレース賞金にまわる資金が不足してしまった。。。

さらに、賞金にいくはずのお金がショートしてしまった背景には、プロツアー制度がある。プロツアーに所属するプロチームとして、CA、ディスカバリー、ドミナ、リバティがランカウィに出場した。これら4チームを招待するために、結構な資金を投入せざるを得なかったらしい。

CNが特集記事で書いている内容は、ランカウィを弾劾するのが目的ではなさそうだ。むしろ、世論を動かして、きちんとバーロワールド(コックスが総合優勝)、コロンビアセッレイタリア(ルハノが大活躍)などのチームに対して賞金を支払うように仕向けている模様。

パナリアなどに対しては、既に賞金はほぼ支払われている模様だが、一方で、飛行機代の支払いを未だに待っているチームもある。

CNは、賞金が支払われなければ、レース続行は無理だろうとしているが、UCIとしては穏便に済ませてレースを支援したい考えだ。
(Photo: ランカウィで康司選手が着用したリーダージャージ)

■ 2005.11.21 (Mon)  リバティー使用のバイクBHの工場が爆弾テロに遭遇
grp1121213030.jpg 518×612 88Kリバティーが使用しているBHのバイクはスペインのバスク地方で作られている。本社はベロキの出身地でもあるビトリアのようだ。で、このバイク製造工場がバスクの爆弾テロにあったという。

幸いダメージは工場の入り口部分のみ。ダメージは最小限で済んだ。

仕掛けたのは恐らくバスクのテロ組織“ETA”(バスク祖国と自由)。というのも、BHバイクを製造しているビシクレタ・アラバSAは、もともとバスクでなく、スペイン資本の会社らしい。というわけで、スペインからの自由を叫ぶETAのターゲットになってしまった。

もうひとつのバスクのバイクメーカー「オルベア」の方は、バスクのチーム エウスカルテルにバイクを供給しているから、ETAの爆弾テロに狙われる可能性はまずないだろう。

(Photo : 05ロマンディでBHのバイクに乗るベロキ)

■ 2005.11.22 (Tue)  クックの呼びかけで白血病患者チャリティーレース開催 +
cooke.jpg 531×447 60K来季からユニベット(Mr.Bookmakerの後身)で走るバーデン(ベイデン)・クック。その彼の伯父は、白血病で亡くなっており、白血病にはもともと関心があった。

さらに、先週彼はメルボルン北部の治療センターで、11歳の白血病の少女に出会った。彼女は急性骨髄性白血病を患っていた。半年外界に出られず、化学療法も4サイクル目。

母親の骨髄と型が合って、骨髄移植を行うことができた。母親と型が合うのは5%の確率だという。今も母親がつききりで看病している。

これがクックの心を突き動かした。白血病は本人も辛いが、周囲も辛い。現にクックの父は、クックの伯父(父の兄弟)の白血病による死でひどくショックを受けた。この病気に犯された子供のことを考えるといたたまれない思いだった。

クックは、11/30、白血病のための基金を目的としたチャリティーレースを開催することを決めた。アマチュアレーサーとともに100km走って汗を流す。

参加するのはクックの他、マギー、マット・ウィルソン、サイモン・ジェランなど。レースの参加費は、ロイヤル・チルドレンズ・ホスピタル付属の骨髄ドナー協会に届けられる。

毎年オーストラリアでは650人の子供たちが白血病にを発症しているという。なんとか骨髄移植を受けられても治癒には2年ほどかかるケースもある。

もしこのチャリティーレースが成功したら、毎年恒例のレースにしたい、とクックは意気込んでいる。

ところで、上記はヘラルド・サンからの記事なのだが、これで驚いたのは、マギーもユニベットにクックと共に移籍する予定だったということ。結局ユニベットが資金不足で、高給取りのマギーまで面倒が見切れなかったため、この話は立ち消えに。

マギー、夏頃のDiaryで、大きな変化の予感を書いていたが、これだったのか。いずれにしても、オーストラリア人選手をかつて重視していたFDJも志向が代わり、FDJのオーストラリア人は、来季はマギーひとりになってしまった。

一方ユニベット入りしたクックは、やる気満々。チームは、頑張ろうという気運に溢れている。プロチームでないためツール出場はできないが、その分クックはクラシックに打ち込む。クラシックに専念したメニューを組むのは、彼にとっては初めてのことだ。

■ 2005.11.22 (Tue)  橋川健選手からお知らせ 【フランドル一周観戦+同一コースを走るツアー】
grp1122235042.jpg 745×733 94K橋川健選手じきじきのお知らせです。すでにhttp://www.hashikawa.net/でご存知の方も多いと思いますが、フランドル一周レースの観戦 PLUS 同一コース(或いはその一部)を橋川選手とともに走るツアーが開催されます。

観戦+グランフォンド+グルメが揃ったメニュー。とくにグルメへのこだわりはご想像のとおり。(橋川選手のBlogを初めて訪れた人は、多分グルメ・サイトだと勘違いすると思う。。)ベルギーに詳しい橋川さんならでは、ですなぁ。

--------- 記 ---------

2006年4月3日、今年もベルギーのフランドル地方にて Ronde Van Vlaanderen(フランドル1周)が開催されます。毎年多くのドラマを生むこの大会も今年で90回を迎える記念すべき大会です。このロードレースは後半の石畳+激坂が勝負のポントとなり、ベルギーの選手達にとって「最も勝ちたいレース」に上げられるほど、ベルギー人にとって特別なレースです。

このフランドル1周の前日には、市民参加が可能なプレイベントが行なわれ、昨年は世界中から15,000人が参加しております。クラスは3クラスあり、プロのコースと同一コースを走る256km、プロのレースで使われる激坂+石畳を完全網羅した40km、初心者向けには75kmがあります。

このイベントに参加し、翌日のレースを観戦する「まるごとフランドル一周ツアー」を開催します。さらに、ベルギーと言えばビール!最終日にはベルギービールの醸造所を見学し、またビールを使った料理をフルコースでお出しします。もちろん、ビールも飲み放題です。

また、現役プロロードレーサーであり、90〜98年及び2002〜03年までの11年間をベルギーで過ごした 橋川 健が同行し、参加者の皆さんのサポートを行ないます。

詳細につきましては添付ファイル 及びhttp://www.hashikawa.net/をご覧下さい。

VLAAMS−Bike 代表
橋川 健

問合せ先

E-mail hashikawa@k.email.ne.jp
TEL 0247-76-3301  Fax 0247-76-3301
(注:電話番号は公式サイトにも掲載中なのでそのまま掲載していますが、どうぞおかけ間違いのないように。)
http://www.hashikawa.net/vlaanderen/vlaanderen.html


【行程表】スケジュール

【1日目】3月30日
午前:成田出発
午後:パリ着 ブルージュへ移動 ホテルチェックイン

【2日目】3月31日
自由行動 もしくは 日本語ガイド付市内観光 もしくは 橋川が案内するサイクリング
ご希望のコースをお選び下さい。

【3日目】4月1日
フランドル1周 グランフォンド 参加
参加しない方は自由行動

【4日目】4月2日
フランドル1周観戦
フランドル1周博物館見学

【5日目】4月3日
午前:自転車屋さん訪問 + ベルギービール PALM醸造所見学+フルコースランチ
午後:パリ発

【6日目】4月4日
日本時間 午後成田到着 解散


<4月1日 フランドル1周 グランフォンド>
クラスは初心者向けの75km、フランドルで有名な激坂+石畳を完全網羅した140km、
翌日行なわれるプロのレースと全く同一のコースを走る256kmのクラスの3クラス。各クラスとも制限時間は10時間ですので脚力に応じてクラスをお選び下さい。

<4月2日 フランドル1周 観戦>
ブルージュからのスタートを見た後、フランドル1周博物館へ向かいます。ここでは
ジャージ、写真集等のオリジナル商品の購入も可能です。その後ベルギー名物?の石畳+激坂に移動してレース観戦したあと、ゴール地点に向かいます。

<4月3日 フルコースランチ メニュー>
(メニューは予告無く変更になる場合がございます)
朝から自転車屋さんに立ち寄り、ビール工場見学を行ないます。

■スナックと「Boon Framboise」(木苺のビール)
■スモークドサーモン(鮭の燻製)と生野菜。ソースは「Brugge Triple」ビールを使ったサフランソース。「Rodenbach」(ローデンバッハ)と共にお出しします。
■子牛のステーキ と 温野菜。ソースは「Royal」を使ったペッパーソース。
「Palm」(パルム)と共にお出しします。
■ ケーキと「Boom Kriek」(さくらんぼのビール)
■ コーヒーとキャンディ
※ビール飲み放題!

ツアーのお申し込み&お問い合わせ
自転車および大会に関するお問い合わせ:
東急観光 渋谷支店 担当:大西、石坂 TEL:03−5766−0123
営業時間:平日 9:00〜18:00 休:土 日 祝日
※東急観光株式会社は1月31日よりトップツアー株式会社に社名変更いたします。

VLAAMS-Bike(ブラームスバイク)担当:橋川
TEL:0247−76−3301
営業時間:9:00〜21:00
E-mail: hashikawa@k.email.ne.jp

(Photo: ジャパンカップ05 後半もまだ逃げ続ける橋川選手。シッティングの橋川選手に対し、その前をダンシングで行く康司選手。)

■ 2005.11.23 (Wed)  クーネゴのバイクのトップチューブにあの人があげたカタカナステッカー;来季も愛用してくれるかな
grp1123104923.jpg 640×480 87K

Photo:今年のジャパンカップにて
今月号のサイスポ表紙を飾ったクーネゴのバイクのトップチューブに、カタカナで「ダミアーノ」と書いてある。実はこのステッカー、ジャパンカップの際にZonaすぎやまの彼がクーネゴにプレゼントしたもの。さっそくトップチューブに貼って、さらに雑誌用の写真にも一緒に収まってくれた模様。

「来年の自転車にも貼ってくれるのだろうか・・・」と本人が述べるところをみると、クーネゴには数枚シールをあげた模様。来年の彼のバイクに注目かな。

■ 2005.11.24 (Thu)  もらっても困る現物支給(?)の賞品
conta.jpg 427×424 51Kフランキー・アンドルーは豚1匹、マルコ・パンターニ 馬2頭、アセベド 16ヶ月、260kgの郵便用の雌馬1頭、トム・ステルス及びマッシミリアーノ・レッリ 馬1頭、、、、これらはレースの賞品として選手が受け取った賞品(というか動物だ)。

アセベドの場合、ツール04ランバルのステージであの雌馬をもらった。ランバルとポルトガルのオリベイロドバイロが姉妹都市の関係で、アセベドがポルトガルからツールに出場していた唯一の選手だったからだ。(Ref: トクダネ“気になる雌馬のゆくえ ( 7.14.2004 )”)

ステルスが馬をもらったのはツール99でのこと。かなり血統のいい馬で、母親は1億円以上の賞金を稼いだという。いくら血統がよくても、どう調教していいかわかるわけもなく、一体どうするんだろう?

アンドルーが豚のプレゼントをもらったのはツアー・オブ・ポルトガル。

また、スペインのレースでは、時々プレゼントに牛が登場するようだ。闘牛の国ならではの話。そういえば、99年のツールでは、バネストの選手の大半が赤いバンダナをしていた。その日、パンプローナでサンフェルミン祭りが開催されていて、牛追い祭りが行われたからだ。

実際03ツールに出場していたケルメのダビ・ラタサと話した時のこと。「ツールに出場したおかげで、今年は地元パンプローナの牛追い祭りに出られなかった」とこぼしていた。ツールより牛追い祭りの方が好きとは。。彼のように出身地がパンプローナという場合、牛追い祭りには思い入れがあるらしい。

今年はチームバレンシアナはツールに出られなかったから、彼も思いっきり牛を追いかけたことだろう。インドゥラインもパンプローナ出身で、サンフェルミン祭りの際は、「インドゥライン、インドゥライン、。。。」という大合唱が町にこだました。

話は戻って、サラリーマンも自社製品の現物支給をもらうことがある。在庫になって処分にもらう場合など、困ったりすることも。選手たちがこうした動物をもらった時も困るだろうな。ただし、自宅の農場でロバをたくさん飼っているブルセギンの場合、ロバだったら絶対に引き取りそうだ。

写真はTDロマンディで自転車のイラスト入りの額をもらったコンタドール(山岳ステージで区間優勝)。ちょっぴり垢抜けない賞品だった。

で、この話を書いたきっかけは、かつて馬1頭をもらったレッリの話題が最近出ているため。去年一連のコフィディス薬物疑惑で彼はチームを解雇処分になった。薬物の取引と摂取の疑いだったが、その解雇の仕方をめぐってチームと争っていた。

このほど降りた裁定では、チーム側が契約条項遵守していなかったということで、レッリに対し50万ユーロ(訴訟費用のカバーを含む)の支払を命じた。

■ 2005.11.24 (Thu)  大反響の“自転車選手の色付け” その1
全国的にセンセーションを巻き起こした「くまのたわごと」発信による“自転車選手の(見た目だけの)色づけシリーズ。” (詳細は「くまのたわごと」11/18のエントリー)

ここでおさらい。“くまのたわごと”さん的(略して“くまたわ的”)色づけは:

いい人そう : クリストフ・マンジャン、フアン・アントニオ・フレッチャ
かわいい : ディヴィッド・ザブリスキー、アルベルト・コンタドール、アラン・ディヴィス
キュート : トム・ボーネン
かっこいい : イェンス・フォイクト(おれの主観だぁー!)、デニス・メンショフ、ダニーロ・ディルーカ
漢(おとこ) : エリック・デッカー、アレクサンドル・ヴィノクロフ、(イェンス・フォイクトも)
ダンディー : セルヴァイス・クナーフェン(これには異論なかろう)、ファビオ・サッキ(隊長!)
顔立ちが美しい : フィリッポ・ポッツァート、イバン・バッソ
アパガード:マイケル・ボーヘルト、、、その他いっぱい、詳細は直接こちらをどうぞ

へ〜、男性から見て かっこいいとかキュートとか映る選手って、女性の場合と大体似たり寄ったりなのか、、、なるほど〜、と妙に納得。で、当方も同感!異論?のコメントを!



1.クナーフェン(くまたわ的には、“ダンディー”)自分的には「優男(やさおとこ)」

2.サストレ(くまたわ的には、“赤ん坊”)確かにおしゃぶりゴールを決めたし、赤ん坊っぽい表情することあるんだけど、見方によっては爺さんぽいと思います!?

3.ボーヘルト(くまたわ的には、“アパガード”)。異論なし!(つーか、言いだしっぺだったりする。)ついでに駄目押し写真をどうぞ!
で、次にカテゴリー王子ですが、クーネゴとフランク・シュレックというのはちょっと待った!独断と偏見で、当方のところでは、王子の称号はエウスカルテルのコルド・フェルナンデスに授与いたします?

エウスカルテルってマッチョで、プチ・ムサイ系が多い中、鶴のように凛としたフェルナンデスは、まさに王子のよう??それでは王子フェルナンデスの写真を↓一挙公開!!




写真は1番からクナーフェン(ツール02最終TT終わった後、爽やかな笑顔と汗!)、サストレ(ツール05 最終日スタート前、拡大写真はマンセボと)、ボーヘルト(ツール05最終日スタート地点に向かうところ)、4〜8はフェルナンデス(LBL前日、TDR 山岳ステージスタート前、LBL前日、TDR 最終TTウォームアップ)

(このシリーズ、もう少し続けさせてもらいます。。)

■ 2005.11.25 (Fri)  最優秀スポーツ監督賞
サウニエルデュバル の監督ヨセアン・フェルナンデスこと通称マチンが2005最優秀スポーツ監督賞を受賞。賞はスペインのスポーツジャーナリストの投票によって決められ、全てのジャンルのスポーツ監督の中から選ばれた。

マチンは1970年12月22日生まれの34歳。目下、プロツアーチームの監督の中で一番若い監督だ。先日小ネタにも登場した。(ミラーとの契約取り付けに英国に飛んだと言われている。)

■ 2005.11.25 (Fri)  結果はもうすぐ:エラスのサンプル分析状況
「もしもEPOの形跡がなければ、水曜の時点でただちに陰性と発表していた」という関係者の談話あり。EPOの存在がなんらかの形で示されていたが、断定するには決定的とはいえず、追加分析をした模様。

なお、明日予定されているケルメの25周年記念パーティー(11/15付けトクダネ)にエラスは招待されているが、出席の連絡はないという。

■ 2005.11.26 (Sat)  ロベルト・エラスがEPO陽性確定
heras4.jpg 640×480 99Kエラスの再分析の結果がでた。EPO陽性が確定した。エラスは今後、「潔白を証明していくつもり。引退はしない」、とコメント。

サイス監督:「今回のことはとてもショックだ。エラスのことを思うといたたまれない。僕はエラスを応援し続ける」

しかし、規定によりエラスはチーム解雇となった。以下要約:

リバティー・ビュルト(ウルト)の管理会社であるアクティブ・ベイはロベルト・エラスの再分析結果“EPO陽性”を受け、彼を解雇処分にすることを正式に発表した。分析はヴエルタの最後から2番目TTステージの際に採取されたエラスのサンプル2つをもとにおこなわれ、2つともEPO反応陽性が判明した。

1つ目のサンプルはマドリッドの分析所で検査されたと同時に、他の分析所にもまわされてバックアップの検査も行われた。その結果EPOの反応が確認され、10/27 UCIからリバティーの本部に、その旨通知が行った

それが公になったのは11/7(日本時間の11/8)のこと。

2つ目のサンプル結果は21日に検査開始で、23日水曜に出る予定だったが「EPOは検出されたものの不確定要素がまだある」として更に詳細な分析にかけられていた。

この結果、エラスは即日チームを正式に解雇処分となる。また、通常でいくと2年間の出場停止処分となる。

マドリッドで記者会見を開いたエラスは次のように語った。
「これまでかつてドーピングはしたことがないし、ヴエルタでもやっていない。引退は考えていない。潔白を証明するために闘っていく。」

「僕にとっては、ヴエルタでの優勝することよりも、自分自身の個人的・プロとしての信用を守る方が大切だ。」

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クーネゴ、バルベルデ、マンセボのように、いつ見ても強いなぁ、という選手と違って、エラスは TDRやTDFなどでは、なんか余り強くないなぁ、と感じる場面も多々あり、成績には確かにばらつきがあった。

だから、もしかしたら、という気持ちはあった。とはいえ、ファンを大事にし、平常心を保つ精神的強さがあり、好きな選手のひとりだ。残念な結果となってしまった。

(05TDR ファンに笑顔でサインをするエラス)

■ 2005.11.26 (Sat)  ロベルト・エラスがEPO陽性確定 <<その2>> − ヴエルタ05繰上げで総合3位が確定したマンセボの反応:「火遊びをする人は、結局 火傷(やけど)をして終わる」
heras5.jpg 480×640 104K■ ヴエルタにも激震

多少乱暴な言い方だが、今回のエラスの陽性は、他の今までの選手の陽性と根本的に同じでありながら、影響力という意味では訳が違う。3大ツールのひとつヴエルタで前人未踏の4勝をあげた選手の陽性だ。

彼の今年のヴエルタの優勝は取り消されるだろう。では、今までの3勝にすら翳りが生じる。レースの信頼失墜度は大きく、関係者への衝撃もマグニチュード規模だ。

やはりやりきれないのはヴエルタの運営責任者たち。ショックを隠しきれない。「これまで尊敬していた選手が、今は違反者の仲間入りとなって、茫然自失だ。」

ヴエルタ4勝のヒーロー=違反者となってしまっては、ヴエルタの価値自体も落ちてしまう。これから名誉挽回をどう取り繕っていくか、失われたファンの信頼をどう取り戻すのか、ヴエルタは大きな岐路に立たされた。

■ ヴエルタ優勝者の優勝取消は2度目

1982年、アンヘル・アロヨが優勝したものの、アンフェタミン陽性となり、優勝を剥奪された。次点のマリノ・レハレタが繰上げ優勝に。しかし、上述の通り、エラスは4勝を果たしたヴエルタのヒーローだ。ヴエルタ側のショックもその分、比べ物にならないぐらい大きい。

■ エラスのヴエルタの記録はどうなる?

05年の優勝は剥奪され、メンショフが繰り上がり優勝。2位サストレ、3位マンセボとなる。しかし、エラスのヴエルタでの記録は全て帳消しにはならない。彼はヴエルタ3勝の選手、ということで記録には残る。

また、彼のステージ優勝10勝はそのまま記録に残る。

■ 想定される処分期間

エラスは今後弁護士と相談の上、今回の結論に反論していく。しかし、それが認められなかった場合、2年間のレース出場停止処分となる。さらに、陽性となってから4年間はプロチームで走ることは認められない。

ミラーの場合、2年の出場停止期間があけてすぐにサウニエルというプロチームで走れることになっている。この理由は突き詰めて調べていないが、可能性としては、1)ミラーは陽性にはなっていないから(EPOが自宅の家宅捜査で見つかった)、或いは2)プロチーム制度発足前の陽性だったから、のどちらかと考えられる。

■ さまざまな反応:

フランシスコ・マンセボ:
「一体、エラスはどうしてこんなことをしたのか。説明がつかない。多分、プレッシャー、勝ちたいと意欲・貪欲さが今回のことにつながったんだろう。」

「自転車界にとって、バッドニュースだ。もちろん、エラスが100%黒だとは言い切れないだろう。何事もパーフェクトはない。それに、検査のシステムとかもよくわからないし。」
と述べながらも、

「火遊びをする人は、結局、火傷(やけど)をして終わる。」と語った。

最後に総合3位へジャンプすることについては:
「僕は4位だった。これからも4位のままだ。レースだとか順位だとかいうものは、ロードを走りながら決まるものなんだ。」

ビセンテ・ベルダ(現バレンシアナ監督。エラスが所属していたケルメの監督も務めた):
「98年のフェスティナスキャンダル以来の衝撃だ。分析結果の信頼性はわからないものの、(一旦陽性反応が出たものの、再検査で陰性となり容疑が晴れた)グイーディのケースもある。一度間違って陽性と判断された場合、選手へのダメージは測り知れない。」

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奇しくも今日はケルメの25周年記念の大行事の日。エスカルティン、セビーヤ、ピノ元監督ら、なつかしい顔が揃う。ケルメで活躍したエラスの不在は残念だ。

■ 2005.11.27 (Sun)  2006年の幕開けレースは1月11日
grp1127095625.jpg 458×414 77K年明け早々の1月初旬には、夏真っ盛りのオーストラリアでレースシーズンが開幕する。欧州など多くの国で6月に開幕となる各国チャンピオンシップだが、オーストラリア選手権は、1月11日に開幕。続いてプロチームが参加するツアー・ダウン・アンダー(TDU)が11月17日から。以下予定:

オーストラリア選手権:
1月11日(水): 個人TT(男女)男子は40km
1月13日(金):女子ロード
1月14日(土):男子ロード(175.5km)

TDU:
1月17〜22日

続いて、もうひとつオーストラリアネタ....

■ オーストラリアン・サイクリスト・オブ・ザ・イヤーって何?

今年ロビー・マキュエンが受賞して盛り上がっているオーストラリアン・サイクリスト・オブ・ザ・イヤーだが、この賞はまず、ロードやトラックといった各カテゴリーの優秀選手を選出し、その中から最優秀選手を選出するもの。

マキュエンはロードの優秀選手に選ばれ、その後、総合でも年間最優秀選手に選ばれた。従って、喜びもひとしおだ。

過去の最優秀オーストラリア選手

2004年:ライアン・ベイリー(優秀トラック選手に選出され、さらに総合で最優秀選手に輝いた。彼はアテネ五輪スプリントとケイリンで金メダル)

2003年:マイケル・ロジャース(グリーンジャージ獲得のベイデン・クックを僅差でかわしてロード優秀選手に選ばれ、さらに総合で最優秀選手に輝いた。)

2002年:ロビー・マキュエン(ロード優秀選手に選ばれ、さらに総合で最優秀選手に輝いた。ちなみにこの年 トラック優秀選手に選ばれたのはブラッドリー・マギーだった)。

各優秀選手のカテゴリーは下記。この中から最優秀選手が選ばれる。

● ロード、●トラック、● MTB、● BMX 。。 それぞれエリート男女、ジュニア男女につき選出
そのほか、コーチ、マスター、メディア関連の賞も同時に選出される。
(Photo:ツール03山岳ステージのマキュエン)

■ 2005.11.28 (Mon)  プロトン一の。。。
hoy.jpg 415×453 56K■ プロトン一の『釣り名人』 : ホセ・アントニオ・ロペス

去年までバレアレス、今年カイクで走ったロペス。彼は数少ないアンダルシア地方出身の選手。海岸で有名なマルベーヤの西にあるプエルト・バヌスで生まれた。彼の家から海までは僅か100m。絶好の釣り環境に育った。

そんな彼は、92年、バルセロナで行われたキャスティング(投げ釣り)のスペイン大会でチャンピオンになった釣り名人。釣り竿を投げて、飛距離を争う大会だそうだ。

弱冠17歳の時のこと。しかし、19歳で 釣りからは足を洗った。「収入面で、釣りでは食べていけなかったから、自転車選手に転向したんだ。」

* ホセ・アントニオ・ロペスは、運命の日、オチョア兄弟と一緒に走っていた選手

ここで少し脱線。このホセ・アントニオ・ロペスがトクダネに登場するのは2度目のこと。ご記憶にあるだろうか。(03年2/17付け)オチョア兄弟事故の日、一緒にトレーニングをしていたライダーだ。

その日ロペスはオチョア兄弟よりもほんの一足先に帰宅した。これが運命を分けた。オチョア兄弟は「あともう1周走ることにする」、と言って走っていった。そして、直後の事故。

リカルドは帰らぬ人となった。ロペスは、あのまま一緒に走っていたら、僕も死んでいたかもしれない、と思ったりする反面、あの事故は防げたかもしれない、と思ったりもする。自問自答の苦しい日々が続いた。

■ プロトン一の『詩人』 :ゲロルシュタイナーのフランク・ホイ
彼の趣味は詩作。オフの時などに書きためている。デンマークのTV番組で、自作の詩を朗読した。Procycling誌にコラムを持っている。(写真はレース前、携帯で話すホイ。TDRにて。)

■ プロトン一の『哲学者』 :ラボバンクのペドロ・オリヨ
何度も登場しているから説明不要だろう。レースに出場する時は、哲学書持参だ。勉強と自転車のどちらを選択するか悩んだが、暫くは自転車に打ち込むことに。引退したらその道を追及したいとしている。

■プロトン一の『スキーヤー』 :タイラー・ハミルトンなどなど

スキー選手としてかなりの腕前だったそうだが、ケガで中断。リハビリのために始めた自転車。ケガの後遺症もありスキーへの復帰が難しいと悟り、自転車に打ち込んだ。確かこういう選手、他にもいたような。

■ そして、プロトン一の『画家』をジャパンカップの時に発見した!
(続きは後日)

■ 2005.11.28 (Mon)  Kogaはオランダ人の名前を合成して誕生した会社。スキル・シマノにフレーム供給が決定
bikekoga.jpg 880×625 90K“Koga”というとまるで日本製みたいだが、Kogaというブランド、実は創始者であるオランダ人の苗字と、彼の妻の旧姓2つを組み合わせてできた。

創設者の名前はAndries Gaastra。妻の旧姓はKowallik。妻の旧姓Kowallikの最初のKo+GaastraのGa=Koga というわけだ。

1979年、Kogaは Miyataと組んでKoga-Miyataという共同ブランドを立ち上げている。

このKogaが、来年度よりオランダのプロコンチネンタルチーム スキル・シマノにウルトラ・ライトのフルプロ・スカンジウム&ロードレーサースペシャルエディションのフレームセットを供給することになった。

これでKogaはロードレース トップチームの領域にカムバックすることになった。バイクの戦歴としては、1982年にオランダ人選手P・ヴィネンがツール、ラルプデュエズのステージを制し、ツールの女子版でファン・モーゼルが総合優勝している。

地元オランダのトップクラスのチーム スキル・シマノに食い込んだことで、Kogaのモチベーションも高まる。スキル・シマノは地元オランダ開催のプロツアー、アムステルゴールドなどに参戦が確実視されている。

今後Kogaは、チームとコラボで、新しいフレーム作りの技術的R&Dも行っていく予定。
(Photo:来季のチームバイク)

■ 2005.11.29 (Tue)  もう一つの牛乳チームはベロキ、オラーノ、フレチャ、サラベイティア、マルチャンテ、アスタルロサ、チャウレアウを輩出した名門チーム。
0006.jpg 542×382 25K牛乳チームはミルラムだけじゃない。実はスペインのカイクも牛乳チームだ。ジャージには牛の影絵が入っている。

このバスク地方ナバラ州の生協牛乳チームは、去年までアマチュアチームだったけど、今年からコンチネンタルプロチーム入りした。プロとしては新人だが、歴史の点では、ケルメに劣らない名門チームなのだ。

カイクは今年11/10、プロ入り1周年記念を行った。今まではアマチームとして、バスクの自転車競技を下支えしてきた。カイクに所属した有名選手は多数。例えばヨセバ・ベロキ。カイクのHPにアマ時代の彼の写真がある。なんと、トンボめがねのベロキ写真へ

そしてフレチャのアマ時代の写真も。うーん、彼は変わらない!フレシャのアマ時代

カイクのジャージはショッキングピンク。(カイクがプロ入りした時に紹介済みだけど、再度紹介。)お腹のあたりにグレーの牛の影絵あり。写真はここ(ちょっと重たい)
カイク集合写真

チーム設立は1983年。今年で通算22年。ケルメの25年と向こうを張る。チームから巣立った選手は、フレチャ、JCドミンゲス、ペルディゲロ、サラベイティア兄弟(ミケルの兄も選手だった)、マルチャンテ、アスタルロサとチャウレアウのAG2R従兄弟コンビ、ベロキ、オラーノなどなど。

カイクは乳製品製造及び販売の両方をてがけている。スイスやフィンランドの企業とタイアップして、コレステロールを下げる製品、血圧を下げる製品の開発にも取り組んでいる。日本でいえばさしずめ特保(特定保健用食品)の認定を受けられるような製品を製造・販売しているわけだ。

ちなみにカイクの商品ラインナップの中でお勧めは、アロエ・ベラ・ヨーグルトとカフェラテだそうだ。スペインにお越しの際はお試しあれ?

ジャージのショックングピンクはカイクのスキムミルクのイメージカラー。で、健康をめざす乳製品会社のコンセプトにスポーツの支援は欠かせない。。。というわけで自転車チームのスポンサーにも長年力を入れてきた。

ナバラ州出身のヒーロー、インドゥラインが乗っていたから、という理由で、このナバラのチームはピナレロに乗っている。

(Photo: ツールでウォームアップ中、。現役時代のミケル・サラベイティア。彼はアマ時代カイクを経て、バネスト入りした。94年ヴエルタでロミンゲルについで総合2位に入ったが、翌年自ら運転する車で交通事故。重傷となり、95年を棒に振った。翌年オンセに移籍。そのまま03年に引退するまでオンセで走った。)

■ 2005.11.30 (Wed)  浅田監督が独立、新チーム結成
csGB.jpg 294×398 32Kチームブリヂストン・アンカーは、今後国内活動を主流とし、新監督には藤野智一氏が就任。田代恭崇選手がリーダー兼コーチとなる。

浅田監督は退任し、自ら役員を務める新会社で新チームの運営を行う。そして、ワイルドカードでのTDF出場を狙っていく。所属選手の顔ぶれも含め、チームの詳細は煮詰まった段階で発表がある模様。。。

。。こんな内容の発表がBSファンサイトに掲載された。

まだ現段階で具体的な話はない。これから静かに見守っていきたい。(■浅田監督から皆さんへのお知らせ■はこちら。JUMP)

* 上記はReader's 情報より。Thank you, Y-san
* 関連Info 1: ゐ日記
* 関連Info 2: くまのたわごと


■ 監督独立の布石?

今年、浅田監督の「TDF出場チームを目指す」という発言が新聞紙面上などでも随分目についた。TDF出場という夢への強い意欲を感じていたところだ。

更に先日、英国のCycle Sport誌に掲載されたブリヂストンアンカー TOB(ツアー・オブ・ブリテン)レース記事でも、浅田監督や選手への賞賛の内容が掲載された。これもかなり異例のこと。

Cycle Sport誌のこの記事の最後の締めくくりの言葉も、監督ががツール出場を目指しているという内容だった。PartIIIまでこの記事を紹介したが、一気に飛んで、記事の一番最後の部分、115ページの最後のパラグラフを下記に掲載:

『(ツアーオブブリテンの)レース後、選手たちはポストカードにサインをし、写真に一緒に収まったり、ファンたちとおしゃべりをしていた。チームにとっては、最高のPR活動だ。

その様子を見守る浅田の様子は、いつものあの楽観的な表情だった。彼の目は、今日より先を見ていた。今から数年後、日本チームがツールドフランスを走るという彼の夢がかなって、これと同じような光景をもっと大きいスケールで目のあたりにする日を心待ちにしていた。』



■ 英国のCycle Sport誌が挙げたチーム浅田の特徴

さらに記事の中盤には、チームの特色がこのように書かれていた。

● エコチームである点:ボトルは沿道に投げ捨てずに、ひとつずつチームカーに返却していた。同行したCycle Sport誌記者もびっくり。

● 倫理観を厳しく植えつけていること:サポートカーに捕まって休憩する選手をよく見かけるが、浅田のチームでは、そういう光景は見られなかった。また、彼等はボトルの受け渡し時も、決して“スティッキー・ハンズ”を使わない。

スティッキー・ハンズ(粘着の手)とは、ボトルを受け渡す時に、車中の受け渡す側と受け取る選手側の2人が暫くボトルを持ちあって、ボトルを介して車に捕まるのと同じ作用をすること。

浅田監督のチーム選手は、これは倫理に反するからといって行わない、というのだ。
(Photo: Cycle Sport P.115の写真)

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