Mas Ciclismo News
mas ciclismo Homeへ
マス・シクリズモ (もっとCiclismo) copyright(c)2004-05 mas ciclismo

小ネタ JUMP


今月のニュース:リシャール・ヴィランク、ロベルト・エラス、プロツアー制度など
Mas.ciclismoは、200112月にCyclingnews.comと念書をかわし、News和訳の許可を得ています。
 2003:ログ
  01 , 02 , 03 , 04 , 05 , 06
  07 , 08 , 09 , 10 , 11 , 12
 2004:ログ
  01 , 02 , 03 , 04 , 05 , 06
  07 , 08
 ニュース最新版へ

2004年09月 10月 11月 12月 
2005年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2006年01月 02月 03月 04月 05月 

■ 2006.04.01 (Sat)  ロベルト・エラス: 一般裁判所での審理請求は一旦差し戻し
grp0401091913.jpg 480×640 104Kロベルト・エラスは、自連により2年間の出場停止処分を言い渡されたが、それを不服として一般裁判所による審理を請求した。

しかしこのほどカスティーヤ・レオンの高裁は、このエラスの訴えを一旦差し戻す判断を下した。そして、この件は 法廷に持ち込む前に、まずスポーツ規律委員会の決定を待つべきだ、と述べた。

但し、この判断によって彼の裁判所での闘争の道が閉ざされたわけではない。

まずは、スペイン・スポーツ規律委員会の判断など、スポーツの場における調停・仲裁の場をへて、それでも2年間の出場停止処分が解けなければ、一般法廷に本件を持ち込むことになる。

ここで気になるのが、メンショフのマイヨ・オロ。彼の繰り上がりヴエルタ05優勝は、どうなるのだろう。

---
関連ニュース ■ 2006.03.22 (Wed)  【明日はメンショフに対しマイヨ・オロ授与、、、という時にエラスが「待った!」一般裁判所に提訴を決意。メンショフへのマイヨ・オロ贈呈は“無期限”延期に】

2006.04.02 (Sun) 
今後のプロツアー制度につき、UCI、3大ツール運営会社との間で合意がほぼ決定

---- ニュースの続報 ---

参照ニュース) ■ 2005.12.09 (Fri)  3大ツール プロツアーと袂を分かつ <<続報>> : 改革は2段階。2006年は現状から余りはずれないが、2007年からは3大ツールへのプロチームの参加は、最低限ベスト14チームでOK。最大でワイルドカード出場は 8チーム

今年、3つのグランツール運営会社やチーム関係者らは、プロツアー制度に憤懣を抱きながらも、シーズン開始で、とりあえず仕方なく迎合する格好で始まった。

昨年末、3大ツールは、「プロツアーチームの代わりに自国チームを多数参加させたい」などとしてプロツアーと争う姿勢を見せていた。

しかし最終的に、今年のプロツアーの初戦開始前に、3大ツール全てが、各レース参加チームを発表。
蓋を開ければ、各レースとも選出したのは20のプロチーム+ワイルドカード2チーム。
とりあえず プロツアーに従う態度を示した。

3大ツールが出場チームを公表したのは、ジロが2/27、ヴエルタが3/1、ツールが3/2。パリ〜ニース開始(3/5)直前での選択だった。

しかし、だからといって3大ツールはプロツアー制度そのものを承服したわけではない。憤懣を抱えつつの船出だった。将来的な改革なくして、プロツアー制度を承認するわけにはいかない。

そんな中、このほど急転直下。今後の改革案が関係者の間で遂に合意したという。昨日土曜日、関係者がフランドル1周開催を利用してベルギーで会合を行った。集まったのはUCI、ASO、RCS、Unibetらレース主催者、チーム、スポンサー。

-----
今後のプロツアー改革ポイント】

まず、今回の合意は、2009年以降の改革を主に視野に入れたものだという。2008年までは契約で縛られているため、動けないようだ。

また、今回の会合には欠席者もいたことから、今回の合意はまだ調印されていない。

( ジムに行く時間になったので、続きは午後にでも。)

■ 2006.04.02 (Sun)  2009年以降にプロツアー改革を行うことで、UCI、3大ツール運営会社との間で合意の動き
grp0402163937.jpg 124×108 13K2009年からプロツアーシステムを改革することで、3大ツールとUCIが合意に向かって大きく動き出した。

ツール主催者ASOなどはノーコメントを貫いており、真意はまだ確認できていないが、一部関係者が明かしたところ、現在下記の改革内容で これから調整が行われることになった。

● ライセンス期間を5年から3年へ
● プロチームを20から18チームへ、、など。

参照ニュース) ■ 2005.12.09 (Fri)  3大ツール プロツアーと袂を分かつ <<続報>> : 改革は2段階。2006年は現状から余りはずれないが、2007年からは3大ツールへのプロチームの参加は、最低限ベスト14チームでOK。最大でワイルドカード出場は 8チーム

( 今回の会合で、↑07年からの改革という案は見送られた。さらに、ワイルドカードの数も8よりは少ない方向で調整が進められる可能性。)

今年、3つのグランツール運営会社やチーム関係者らは、プロツアー制度に憤懣を抱きながらも、シーズン開始で、とりあえず仕方なく迎合する格好で始まった。

昨年末、3大ツールは、「プロツアーチームの代わりに自国チームを多数参加させたい」などとしてプロツアーと争う姿勢を見せていた。

しかし最終的に、今年のプロツアーの初戦開始前に、3大ツール全てが、各レース出場チームを発表。
蓋を開ければ、各レースとも選出したのは20のプロチーム+ワイルドカード2チーム。
とりあえず プロツアーに従う態度を示した。

3大ツールが出場チームを公表したのは、ジロが2/27、ヴエルタが3/1、ツールが3/2。パリ〜ニース開始(3/5)直前での選択だった。

しかし、だからといって3大ツールはプロツアー制度そのものを承服したわけではない。憤懣を抱えつつの船出だった。将来的な改革なくして、プロツアー制度を承認するわけにはいかない。

そんな中、このほど急転直下。今後の改革案が関係者の間で、とりあえず出席者の間では、大筋で合意したという。
昨日土曜日、関係者がフランドル1周開催を利用してベルギーで会合を行った。集まったのはUCI、ASO、RCS、Unibetらレース主催者、チーム、スポンサー。

-----
今後のプロツアー改革ポイント】

まず、今回の合意は、2009年までの改革を主に視野に入れたものだという。2008年までは契約上の縛りの関係で、動きにくい模様。

また、今回の会合には欠席者もいたことから、今回の合意はまだ調印されていない。
基本的に合意という線で、数日中に関係者と調整するという。今現在では基本合意の内容については明らかにされていない。

しかし、関係者が内々に明かした内容によると、改革案には、下記内容が盛り込まれているらしい:

● 現在の20チーム制度から18チームに変更(これによって自国のワイルドカードを増やそうという目論みだろう。)

● 本腰の改革スタートは、2009年を視野に入れる。

● ライセンス期間は現在の5年から3年に改める。

● 選手の入れ替えなど、今まで以上に活性化させる可能性。

■ 2006.04.03 (Mon)  反CPE:学生らの暴徒化が最も激しい都市レンヌで、自転車レースが強行開催されたワケ。。
rennes.jpg 350×265 91Kフランスのドヴィルパン首相が掲げた初期雇用契約CPEに反対する学生たちが暴徒化しているが、中でも最も激しいのがパリと、レンヌと言われている。

実はこのレンヌ(ブルターニュ地方)は、今回の暴動の波が広がる起点となった都市。レンヌ第II大学が、最初に学校封鎖を行い、それがパリなどに次々に波及していったのだ。

連日レンヌにおける治安部隊と学生らの衝突や、大学占拠の様子などが生々しく伝えられ、例えば機動隊によって石畳の上に押さえ込まれる学生の写真がNikkeiのNewsサイトにも出ていた。

4/2のレース、GPドラ・ヴィル・ド・レンヌは、まさにそんな反CPE運動激戦地での自転車レースだった。そして、AFP通信などが、「GPドラ・ヴィル・ド・レンヌ開催中止」を報道した。

普通なら、これで開催は中止となるはずだった。ところが、強行突破し、レースは予定通り開催された。なぜか??

実はこの町の市長エドモン・エルベ氏も、ブルターニュ地方議会党首のジャン・イヴ・ル・ドリアン氏(左派)が大の自転車ファンだった。

それが証拠に、ル・ドリアン氏が熱く熱く自転車のことを語った文がある。
とにかく自転車が大好きで、西の地域で開催されるレースは必ず観戦する。さらにブルターニュのミュールを自転車で走っている時は、ラルプデュエズを上っている感覚でシミュレーションをするどいうマニアックな同氏。

そして氏は力説する。「ブルターニュは、ボベ、イノーら偉大な選手を生んだ場所なのだ!いつかは是非ブルターニュ地方独自のチーム結成を実現したい!(レンヌ市長の)エドモン・エルベ氏も、僕と同様、同じ夢を共有しているのだ!」

。。。つまり、GPドラ・ヴィル・ド・レンヌの開催は、こうした政治家の熱い思いで、中止を免れることになったらしい。

また、31日、シラク大統領がCPEに署名をするとしながらも、修正案を提示したことで、暴徒化沈静化と関係者は読んだのだろう。

一方、最後までCPEを強行に押し続けてきたドヴィルパン首相も、今朝の朝日新聞によると、「深く後悔」している、と敗北を認めたという。労組への根回しが足りなかったと。

イラク派兵の時は、アメリカを敵に回したヒーローぶりで絶賛されたドヴィルパン氏だが、今回CPEを強行に押したことで、支持率は急降下。外交で魅せても、根回し不足のせいで内政でつまずいた。根回しが重要なのは、古今東西を問わない。

------- 関連情報 ------
「CPE、何が問題か?」(3/10付けDiaryから)

今行われているパリ〜ニースのレースでは、学生デモがコース上に侵入した。今回のデモ隊のお題は、アンチCPE。「新卒/初期雇用契約(CPE=Contrat Première Embauche)」に反対するもの 。

今フランスで喧々諤々のテーマだ。これは若者の失業率を減らすための措置で、無期限雇用契約を目指す。目下 期限付きの雇用契約が多く見られる中、無期限雇用は魅力的なはず。ではなぜこれほどまでに反発が出ているのか?

無期限雇用となると、会社としてはそうそう簡単に解雇できなくなる。そのため、雇用したあと最初の2年間は「見習い期間」とする。となると、採用された側にとっては、2年間もの間不安定な身分が続く。

一方で企業側にこの制度を悪用される可能性も出てくる。つまり、2年間の試用期間の間で、ころころ雇用者を替える企業が現われるのではないか?2年間かかって新卒を育てるぐらいなら、熟練の途中採用を選ぶのではないか?

。。ということで、反対デモは、大学生のみならず、高校生の間にも広まっている。

Photo :レンヌの観光写真

■ 2006.04.04 (Tue)  ボーネンは、4/5のヘント〜ウェヴェルヘムで。。。アラルカンシェル+プロツアーリーダージャージのスペシャルジャージを着用予定
freire2.jpg 453×477 84Kボーネンが、次回レースで、プロツアーリーダージャージとラルカンシェルのどちらを着用するのか?という昨日朝の小ネタの疑問の続き。

■ 今年ボーネンには特別措置の可能性。
去年フレイレがラルカンシェルよりプロツアーリーダージャージを優先しなくてはならず、不満を表明したせいか


世界チャンピオンがUCIプロツアーリーダーになった場合、どちらのリーダージャージを優先すべきか?

昨年ラルカンシェルを着たフレイレの場合を思い出してみると、かなり揉めた。ティレーノ〜アドリアティコでランキング首位になったが、そのあとのミラノ〜サンレモで「ラルカンシェルを着たい」、とフレイレが主張。

しかしUCIの判断は、プロツアージャージが優先だった。フレイレは、泣く泣く(?)プロツアージャージを着用したのだった。

=>写真(ミラノ〜サンレモのフレイレ。レーパンには虹色が入っているが、ジャージには虹マークなしの白いプロツアージャージ)

上記写真のキャプションには、「プロツアーリーダージャージを着なければならなくなって、不満気なフレイレ」とある。

さらにミラノ〜サンレモのレースレポートには、「フレイレは、ラルカンシェルをスーツケースの中に封印しなければならなかった」とも。

UCIがこうした判断を下した理由は、「まだ認知度の低いプロツールジャージに権威を与えるためだった」という情報もある。

しかし、今年、UCIも少しは考え直したのか?ボーネンには、白いUCIプロツアーとレインボージャージ・ラルカンシェルがミックスした特別製ジャージを考案しているという。

次回プロツアーは4/5のヘント〜ウェヴェルヘム。ボーネンは今の所出場予定になっている。どんなジャージで現われるのか。

ちなみに、ヘント〜ウェヴェルヘムのワイルドカードは、ランドバウ、ユニベット、ショコラーデ、スキル・シマノ、ナヴィゲーターズIns

■ ポイント確認計算

ボーネン、目下のUCIポイント持ち点は89ポイント。これを3/14に使用した”特製UCIポイント計算アンチョコ” に基づいて計算すると下記の通りになる:

● パリ〜ニース 3ステージ優勝 : 3ポイント x 3=9
● ミラノ〜サンレモ4位 : 30ポイント
● フランドル一周 優勝 : 50ポイント
...... 9+30+50=89ポイント

Photo: 去年4月L-B-Lのフレイレ。この時はすでにUCIリーダーではなくなっていたので、晴れて(?)ラルカンシェル姿で登場

(Special Thanks : KTさん)

■ 2006.04.04 (Tue)  バルベルデとフレイレの差は、僅か8.96mm。勝利して、「ごめんな、オスカル」と詫びたバルベルデ
valv.jpg 507×472 99Kパイス・バスコ初日、バルベルデとフレイレの壮絶なゴール争いになった。

ゴールを割った後、フレイレが審判のところに駆け寄った。ジャッジの間では、フォトフィニッシュの判定が行われていた。2人の差が相当微妙だったため、審判はてんてこまいだった。

フレイレが審判に詰め寄った。「写真をもっと拡大してください」。自分が負けたのかどうか、その目で確かめなければ納得できなかった。それもそのはず、2人の差は、僅か8.96mmだった。

拡大写真を見て、フレイレは、ようやく納得した様子だった。

ゴール手前、フレイレはアタックを少し早めに仕掛けた。それにバルベルデが反応した。最後は両者とも、どちらが勝ったのか見当がつかなかった。

バルベルデは、世界戦では常にフレイレをアシストしてきた。それだけに、両者の関係は、勝者・敗者というより同胞のようだ。

バルベルデの勝利が告げられて、バルベルデの口から思わず出た言葉は、「ごめんな、オスカル(フレイレ)」。それに対して、フレイレが答えた。「なに言ってるんだよ。おめでとう。」

スペインで最も期待され、人気のある2人の際どいバトルに、スペインファンは熱狂した。初日からいきなりパイス・バスコは盛り上がった。

Photo: 05パリ〜ツール サバヤとバルベルデ

■ 2006.04.05 (Wed)  世代交代が著しい今日この頃。。。レースシーンにも「2007年問題」
beloki2.jpg 400×619 223Kヨセバ・ベロキ:「チームのために、僕が何か役にたてることがあったら。。」

たかだか2,3年前までは、ジャラベール、ヴィランク、ムセーウ、カサグランデといったベテラン勢がレースで活躍し、ヒメネスやパンターニらがニュースを作っていた。と同時に、マヨ、バッソ、マンセボといった若手がめきめき頭角を現していた。

しかし今では、選手の顔ぶれが、ガラリと変ってしまった。数年前のように、ベテラン勢と若手がほどよくミックスしてレースを盛り立てる、というよりは、若手の活躍ばかりが目立っている今日この頃。

。。。というわけで、チーム内でも少々片身が狭いのか?ヨセバ・ベロキが神妙に語った言葉に悲哀を感じる。

「シーズン最初のレースでは、コンタドール、エチェバリア、オサらアシストしたい。チームのために、僕が何か役にたてれば。。。」

03年ツールでリタイヤしてから、復活することなく今に至っているベロキ。

「最近調子はいい、すごく満足だ」と語るものの、「事実、僕は山岳で上位25人の中に入いっていたから、、」と述べる姿に、かつての強いベロキの面影はない。一時はランスとともにツールで表彰台を争ったあのベロキは失せてしまった。

さらに、FDJのマンジャン、ゲドンといったベテラン勢も、「そろそろ肩たたきか?」と一部で囁かれている。FDJにしても、ジルベールら、若手が伸び盛りだ。

これって、現代日本の姿をまるで投影しているかのようだ。「団塊の世代」が一度に大量退職していく時代。レースシーンにも、「2007年問題」の波が押し寄せているのだろうか。

Photo: 2005 TDRにてベロキ

■ 2006.04.06 (Thu)  Boonen only human ボーネンも人間だった − 「シーズン前半に走った30レースが、そろそろ身体にこたえてきている。。。」
boonen2.jpg 330×348 51K■ 初披露 − ボーネンのラルカンシェル+プロツアーミックスジャージ

先日のトクダネの続報。去年フレイレがラルカンシェルの代わりにプロツアーリーダーを着せられてごねたため、今年からはラルカンシェルのついたプロツアージャージが登場することになった。

写真を見てみたところ。。。ごくごく普通のラルカンシェル+プロツアージャージだった:
写真1:プロツアー+ラルカンシェルミックスジャージ
写真2:プロツアー+ラルカンシェルミックスジャージ

---
ところで、昨日のヘント〜ウェヴェルヘムを117位でフィニッシュしたトム・ボーネン。周囲はフランドルに続き二匹目のどじょうを狙っていたが、ボーネンもジャスト・ヒューマンだった。

ポストレース(レース終了後)のボーネン談話:
「最初のケンメルの地点で既に勝てる脚がないのを悟った。フランドル一周の疲れがまだ脚に残っていたんだ。

2度目にケンメルを通過したときは、既にプロトンの後方でじっとしていた。もう力いっぱいいけなかった。このレースではこれじゃあ、チャンスはないな、と悟ったよ。でも次の日曜(パリ〜ルーベ)では、また勝ちたい。

肉体的に日曜日と同じようなパフォーマンスをすることができなかったというのは、ある意味ショックなできごとになり得たかもしれない。でもあれはフランドル一周。一番きついワンデイレースだからな。

将来的にはヘント〜ウェヴェルヘムをスキップすることも視野にいれなくてはいけない。僕は所詮人間なんだから。

ヘント〜ウェヴェルヘムは、ストレスのたまるレースだった。この前までに走った30レースが、だんだん身体にこたえてきている。

(4月12日の)Scheldeprijsが終わればほっとするだろう。そうしたら、ビールを少し飲んで、、、いやいやたくさん飲むよ。

突然モチベーションを失うということはないだろう。でも、今週残りは、ハードワークはしないつもり。ただちょっと写真家たちには、サービスしようと思っているけどね。」

■ 2006.04.06 (Thu)  CAのソール・レイズィンがサルトで落車。目下重篤・昏睡状態
CAのアメリカ人ソール・レイズィン(フランス語読みでレズィン)が昏睡状態に陥っており、予断を許さない。サルトの第1ステージで落車し、アンジェの地方病院に入院した。

当初の診断は顔面の外傷と鎖骨骨折だった。しかし明け方にかけて、脳の浮腫が見つかり、危機的状況に陥っている。

彼が落車したのはゴール手前2km。フアン・カルロス・ドミンゲスもこの時の落車で鎖骨骨折が伝えられていた。

レイズィンの両親は、現在北米からアンジェに駆けつけているところ。金曜朝には合流できる見込みだ。CAのドクター、メナール氏はヴエルタ・ア・パイス・バスコにきていたが、彼も急遽アンジェに向かった。

■ 2006.04.06 (Thu)  続報:CAのソール・レイズィンが重篤・昏睡状態
あと数時間が山場ということで予断を許さない状況が続いているレイズィン。

脳に溜まっている血が多すぎて、さきほどの状況では 手術は不可能ということだったが、外科の医師たちが何らかのオペを敢行するという情報もある。。

病状の詳細が入ってきた。サルト第1ステージで落車した際、直後に気を失ったが、その後意識は戻った。

落車当時、レイズィンは様子が少しおかしかったということで、もしかしたら、以前発症したことがあるてんかんの発作に見舞われ、それで落車したのではないか、と周囲の選手たちは語っている。

ただちに病院に搬送され、その時は、顔面の外傷と鎖骨・肋骨骨折と診断された。

投与されている薬物のせいで眠そうではあったが、マネージャーのルジェ氏と言葉も交わした。それが明け方になって脳から出血があり、状況が一変した。

血腫が脳内で破裂し、脳内出血をしたという。まず脳圧を下げる治療が行われているが、それが昏睡状態を生み出している。

医師の呼びかけにも今は応答していない。

現在CAのマネージャー、ロジェ・ルジェ氏が病院に付き添っているが、今はただ待つことしかできない。

レイズィンはまだ23歳。今年ランカウィ第3ステージで優勝。( JUMP)目下、ジロにも出場予定だ。

状況はかなり厳しいが、しかし、浮腫で落車したコンタドールの例や、オチョアの例もあった。オチョアの時はグラスゴー・コーマ・スケールは5(15点満点が正常で、最低点は3点)だったが一命を取り留めている。

あの時、走る医師としてお馴染みのKさんが、こんなメールをくれた。「グラスゴー・コーマ・スケールは5というのはかなり厳しいですが、人間、時にすごい奇跡を起こすことがありますから」。

そして、その言葉通りオチョアは60日以上してから意識を取り戻した。

■ 2006.04.07 (Fri)  ソール・レイズィン手術成功。危篤状態脱出
■ 昏睡状態はまだ続いているものの、危篤状態は脱出。あとは意識が戻るのを待つのみ

昨夜 緊急の生命の危機に陥っていたレイズィン。医療スタッフによる手術成功。

各サイト情報を総合よると、先ず最初に、薬物で脳圧をコントロールしたあと、脳内血の浮腫を除去する暫定的な手術が行われ、その後2度目のオペが行われた。心臓・呼吸器系統機能を低下させていた脳圧を下げることに成功。危篤状態は脱出した。

現在状況は安定。まだ昏睡状態は続いているが、昨夜は危篤状態だったので、CAのスタッフは、ほっと胸をなでおろした。

バスク一周からかけつけたCAのドクター、メナール氏談話:
「明け方は、彼は生と死の間をさまよっていたが、(手術で)そうした生命の危機は脱することができた。

昏睡状態はあと数日続く可能性もあるし、長ければ数週間以上続くこともある。今はとにかく脳の痕が癒えることが重要だ。」
(AFP)

以前アストゥリアス一周レースで浮腫のために落車したコンタドールの時のような経過を辿って、手術が嘘のようにバリバリ大活躍することを期待させるGood Newsだ。

■ 2006.04.07 (Fri)  今年のジロのルートが最終決定 + ところでルハノはジロに出場できるのか?
grp0407212014.jpg 306×390 28K■ ジロのルートが最終決定

今年のジロは、当初最終日が2分割になっていた。セミタッパ a が、ギザッロを絡めた上りのTT、セミタッパ b がミラノまでの凱旋レース。しかし、それが3月になって、廃案となった。

そして、このほど 漸くジロの最終確定ルートが発表された。

=>Tuttiのサイトから

最終日5/28は、ギザッロミュージアムからミラノまでの140km。いわゆるいつもの凱旋パレードレースだ。落ち着く所に落ち着いた。

■ ホセ・ルハノはジロに出場できるのか?

去年ジロ総合3位になったルハノは、今年5月末までセッレ・イタリアで、6/1からブラマーティと入れ替わりにクイックステップに入団という変則契約になっている。

ところが、既に彼の心はクイックステップに飛んでいて、レースキャンセルなど、セッレの首脳陣の指示に従わない状況。

亀裂は修復しがたい状況で、このままだと彼はジロをエースで走った後、クイックへ移籍、というシナリオが危ないと囁かれていた。つまり、彼はジロに出場できないだろうと。

しかし、幹部はこのほど条件を提示したと伝えられている。下記レースを本腰を入れて走るなら、出場させると:

4/16 ジロデオロ、4/18-20 ジロデルトレンティーノ、4/23 ジロデロスアペニノス、4/29 グランプレミオ・インドゥストリア、4/30 ジロデトスカーナ

関連News:

2006.03.18 (Sat)付トクダネ「06 ジロ・ディタリア : セミタッパ廃止が決定」

■ 2006.04.08 (Sat)  S・レイズィンUpdate : 顔面落車の場合のヘルメットの有効性
casar.jpg 329×523 168K■ レイズィンの落車時の状態は、95年ツールで亡くなったカザルテッリと同じ状況。2人の状況を分けたのは、新型ハードシェル・ヘルメット

ソール・レイズィンの昏睡状態は今も続いているが、CAのメナール医師から現状報告があった。

■ 顔面から落車した場合のヘルメットの有効性

レイズィンは、顔面から落車した。95年ツールのクラッシュで亡くなったファビオ・カザルテッリのケースと落車の状況がよく似ているそうだ。

「カザルテッリの場合は落車後、1時間以内に亡くなった。しかし彼はヘルメットをかぶっていなかった。あの頃はヘルメットの着用は義務付けられていなかったからだ。

レイズィンの場合も、(ヘルメットを被っていなかったら)カザルテッリと同じ運命だったろう。新型のハードシェル・ヘルメットで とりあえずは一命を取りとめた、これは明らかだ。」

カザルテッリは、下りではモトローラが支給しているスペシャライズドのスタンダードヘルメットを通常被っていたが、この日は暑かったせいもあり、被っていなかった。そして顔面から落車して亡くなった。

レイズィンの場合も、落車の様子がカザルテッリと似ていた。しかし辛うじて、ヘルメットの前面部分一部が地面に当たった。ヘルメットは粉々。その分、レイズィンへの衝撃は少し軽減された。事実、身体には切り傷があったが、彼の顔には切り傷はほとんどなかった。

カザルテッリの事故当時、「ヘルメットを被っていたとしても、顔面から落ちたから命は落としていただろう」、という見解もあったが、今回の状況で、顔面からの落車の場合でも、ヘルメットの有効性が一部だけ実証された。


■ 地方病院だったが、脳神経外科の専門医がいた幸運と、意識が戻っても、障害が残る危険性

彼が搬送されたアンジェの病院には、腕のいい脳神経外科の専門医がいた。専門医不在のローカル病院であれば、パリなどの大都市に搬送されなければ手術も不可能だった。

一方で、彼がてんかんの発作で落車したのだろう、という予測が根強い。03年アイルランドのレースでてんかんを起こし、落車しているからだ。さらに、目撃者によると、落車直前に、彼はトランス状態だったという話もある。

しかしこれをメナール氏は否定している。前の選手と接触したのか路上の石に車輪をとられたのではないか、という見方だ。

彼の状態には、少しだけ改善がみられたが、あと数日は、病院側も注意深く彼の推移を見守っていく必要がある。

スキャンの結果、脳の前面部分と側頭部分がダメージを受けており、後遺症が残る可能性も否定できないという。

北米から両親も到着し、友人、マネージャーのルジェ氏らが、交代で付き添い、昏睡状態から脱出することを祈っている。

Photo:カザルテッリが亡くなったアスペの下りの場所。

プレートには、「人々の心の中にとどめられたる者は、死することはない」というトーマス・キャンベルの詩の一説が、フランス語とイタリア語で刻まれていた。


■ 2006.04.09 (Sun)  Tモバイル、「1回優勝するごとに3000ユーロをアフリカの学校建設に寄付」の状況は。。。
jan.jpg 439×455 152K■ Tモバイル今季7勝目。。。ただし、そのうち5勝は女子の部

以前掲載通り、Tモバイルはアフリカに学校を建てるUNICEFの活動に協力し、レースで1回優勝するたびに、3000ユーロを寄付するという計画を打ち出した。

そして、目下すでに21,000ユーロが集まった。つまり、今季7勝目。。。といっても、うち5勝は女子の部で、イナ・ヨーコ・トイテンベルク(元フェスティナのトイテンベルクの妹)が挙げた5勝。

Tモバイル、目下女子の部のトイテンベルクが好調なおかげで、寄付金も集まっている。

トイテンベルクが優勝したレースは、Ronde van Drenthe、ツアーオブNZ 区間優勝2回、Geelong WC#4、Geelong Tourの計5回。

一方で、Tモバイルエリート男子の方は、オーラフ・ポーラックがツアー・オブ・カリフォルニア(TOC)で区間2勝。それ以外はまだ優勝がない。

(レースリザルトサマリのコメント欄に記入の通り、TOCは今年が初年度なので、リザルトサマリには、本レースはメジャーレースとして入れていない。)

数年前だと、Tモバイルはツァベルがシーズン初めのレースでがんがん優勝して、1月からとにかく優勝リストがずらりだった。あの頃なら、アフリカへの寄付金は、相当集まっただろう。

それが近年ゲロルシュタイナーに抜かれている。去年ヴィノクロフがL-B-Lで優勝した時、「Tモバイル、やっと今季プロツアー初勝利」と周囲はほっと胸をなでおろしたが、今年も、状況は厳しい。ヴィノクロフを欠いており、ウルリッヒもまだ本格デビューがお預けになっている。

こういった状況打破のためか、Tモバイルは、ドイツ・チューリンゲンの新コンチネンタルチームとコラボレートすることになった。この中から若手有望選手を発掘しようというもの。

Tモバイルチーム、閉塞感脱出作戦は将来的に実を結ぶか。
いや、まずそれよりも先に、Tモバイルの今季プロツアー初優勝はいつになるのか?

■ 2006.04.10 (Mon)  パリ〜ルーベで2〜4位が失格 : 「レース途中で失格が判明したはずなのに、なんで最後まで走らせたんだ?」(ホステ)
hoste.jpg 542×413 177K■ 波乱のパリ〜ルーベ − 2位〜4位が失格 --- カンチェッラーラの優勝は変らず。ボーネンが繰り上がりで2位に

いったん1位カンチェッラーラ、2位ホステ、3位ヴァンピーテヘム、4位 グーゼフとなった順位に波乱が出たと言う。2時頃届いたメールによると:

『パリ〜ルーベ、とんでもないことが起こったようで。第2グループが、踏み切り待ちをしなかったということで、失格になったようです。確かに踏み切りのバーをこじ開けて通り抜けたが、審判員の制止を振り切って行ったというのだろうか?ルールを知らないこともないだろうに、信じがたい結果となりました。』

降格となったのは、ホステ、ヴァンピーテヘム、グーゼフ。つまり、レースの2位から4位の3人。

CNによると、ホステ、グーゼフ、ヴァンピーテヘムらが踏み切りに差しかかった際、既に踏み切りの信号は赤になっていたという。しかし、この3人は横断強行。

その後方にいたボーネンたちは、この信号待ちをすることになった。一方で、強引に渡った3人はジャッジにより、レース終了後に失格に。ホステは一旦2位に入いって、プロツアーランキング4位まで浮上したのだが、これがキャンセルに。

---
* 失格者がでたため、繰上げ3位になったバッランのコメント:「3人の失格の判定は当然だ。」

「ジャッジが、踏み切りの一件で3人を失格処分を敢行したことに満足している。これは公平な判断だ。だって、3人は寸でのところで行ったけど、僕らはあそこで止められたんだ。」

---
失格選手のコメント:

2位から降格で順位つかずライフ・ホステ(DSC):「なんでゴールしてから失格を宣告するんだ。失格なら、もっと前に知らせるべきだろ」


「ばかばかしい。もし降格処分になるんだったら、ゴール手前15km前からそう言うべきだったんだ。(踏み切りはラスト15km地点にあったと思われる。)

踏み切りは、僕らがそこに到着する直前に閉まった。だったら、レース中になんらか告げるべきじゃないか。でもゴール後っていうのはないよ。こんなのレース精神に反する。

僕らはどうすればいいんだ?UCIに抗議する?でも何の解決にもならないだろうね。」


3位から降格で順位つかずピーテル・ヴァン・ピーテヘム(LOT):「パリ〜ルーベはフランスのレースだから、ベルギーと流儀が違う」

「僕はまだ終わっていない、ということが証明できたね。カンチェッラーラは一番強かった。それが証拠に、僕らは彼についていけなかった。風のせいで、すごくきついレースになった。フレチャがアタックを何度もしかけたせいで、脚が痛くなった。

(失格については)僕はあれでほかの選手を危険な目にあわせたわけじゃないんだよ、いいかい?これは深刻な間違いだよ。ベルギーでは、こんなことにはならない。(パリ〜ルーベは一応フランスのレース。)ここ(フランスのレース)では、こうやって失格になってしまうらしい。」

(後でヴァン・ピーテヘムが補足したところによると、ベルギーだったら列車を止める、と発言した模様。)

失格者3人中 2人がディスカバリーの選手(ホステとグーゼフ)で、、、D・デモル ディスカバリー監督談話:

「今日はずっとついていなかった。特にヒンカピーのフォークが壊れて、それから失格騒ぎ。理解できない。(一旦)1位から7位までは決定されたのだから、それを変えるべきではなかったはずだ。」

(Photo: 05パリ〜ツールのホステ(左))

■ 2006.04.10 (Mon)  UCI規則: 踏み切りルールはどうなっているのか?
crossing.jpg 500×335 94K■ 「ボーネンが踏み切りでバッランを制止していなかったら、バッランは列車の下敷きだっただろう。」(Copyright@AFP)

実はこんな裏話が登場した。ランプレのバッランも続いて踏み切りを渡ろうとした。それをボーネンが制したという。

クイックステップの監督W・ペーテルスの談話:

「まったく(降格騒動は)とんでもない騒ぎだった。でも、一方であれは非常に危険な状況だったから、ルールはルール、降格やむなしだろう。

バッランも、素早く踏み切りを渡ってしまおうとしていた。それをボーネンが制止したんだ。これは本当によかった。でなければ、バッランは列車の下敷きで終わっていただろう。」

---
だから、バッランは、ああいうコメントを残したのか。(今朝の記事↓。)彼としては、先に行った選手たちに不公平感を抱いていたようだ。とにかく惨事にならずによかった。

■ UCI規則に見る踏切ルール

第2条3項の034に踏み切り規則がある。(UCIルールはここにPDFファイルあり)

それによると、

『遮断機が下りているときに踏み切りを渡ることは、厳しく禁じられている。

法律による罰則規定の適用を受ける危険性があるだけでなく、渡った選手はコミッセールによりレースから除外される』

(太字部分は、ルールブックの原文にて太字になっている。)

こうなると、やはり3人の降格もやむなしといったところか。ただ、ホステが言うように、よりによって、このきついレースを完走してから言い渡されるというのは酷だっただろう。

■ 2006.04.11 (Tue)  踏切:UCI苦悩の決断
fumikiri.jpg 436×371 146K■ 「若いサイクリストたちがあれを真似したら、将来的にレースが危険にさらされる」から
■ さらに「潜在的に危険な行為だから、制裁しないわけにはいかなかった」


*写真は、去年のツール。バレアレスのチームカーでプロトンの後を追走した時、途中で踏切に引っかかり、実際に踏切の長さを体験。待ち時間、半端ではなかった。この時は約10分だった。

スタッフたちは踏み切りの遮断時間が長いのが分かっているから、車から降りて、ライバルチームたちとのおしゃべりタイムになった。

スタッフなら、そうやって時間をつぶせるけど、選手が踏切で引っかかってしまったら、相当苛つくだろうなぁ。ちなみにこの時、先行する選手たちは全員セーフで踏み切りを越えられた。


踏切の件、選手側のコメントが続いたが、UCI会長マックエイドのコメントが出た。

TVであれを見た若いサイクリストが、レースでああいうことをやってもいいんだ、と思ってしまうと、将来レースは非常な危険にさらされる、従って止むなしの判断だったと。

さらに、危険を伴う行為なだけに、これを制裁なしでやりすごすわけにはいかなかった、とも。

また、すぐに3選手に失格の合図が出なかった点については、決定を下すのに熟慮し、時間がかかった可能性がある、と分析。

■ ボーネンたちが遮断機が締まっていた時点で走ったのはOK。既に列車が通り過ぎ、危険が去った確認をしたため

UCI会長も言うように、全てを規則どおり杓子定規にとるという態度ではなく、ある1点においては柔軟な態度を示した。

つまり、遮断機が締まっている最中に横断したものの、列車が通過した後だったボーネンのグループに対しては、制裁なし、との判断だ。

■ 列車は止められるか?=> 高速鉄道の場合はやはり無理

PVP(ヴァン・ピーテヘム)が、「ベルギーのレースではこんなやり方はしない」、と先に「言っていたが、「ベルギーだったら、は列車を止める」と後で補足したようだ。しかしこれについて、UCIはスタンスを明確化した。

「貨物車やローカル列車など、路線がマイナーならレース中、列車を止めることも可能だが、InterCityなど、高速主要路線の場合はそれはできない。」

■ 2006.04.12 (Wed)  Update: ソール・レイズィン語りかけに手で応じる
ca.jpg 320×240 71K■ 生に向かって戦い続けるソール・レイズィン。子供の頃両親から教わったやりかたで、親の手を握り返した

アンジェの病院で昏睡状態にあったソール・レイズィンだが、昨日になって、身近な出来事などを枕元で語り続けたところ、両親の手を握り締めて、反応し始めた。

幼少の頃、両親は彼に、手を3回ぎゅっと握り締めることで愛を表現するのだ、ということを教え込んでいた。そして今それが、彼の生への足がかりとなりつつある。

父親のジムは、いみじくもこう語っている。
「今回の一連の出来事で、改めて痛感した。毎日子供たちを抱いたりキスしてやって愛している、ということを聞かせてやることがいかに大切か。」

彼は4月4日にクラッシュアウトして病院に運ばれ、当初はしゃべることもできたが、やがて6日に脳圧が上がって以来、昏睡状態にあった。

この昏睡状態の原因は薬物治療により引き出されたものであると当初伝えられたが、脳の外傷によるものであるという見方もあった。いずれにしても、今も人口呼吸器がとりつけられているが、回復期に入ったことをうかがわせる。

また、医師団はレイズィンの左側に麻痺が残ることも想定していたが、今回彼は全ての手足の指を動かしている。これも朗報。

* 4/13 追加情報:レイズィン、刻々と状態がよくなっており、周囲の物音を聞き分けて、室内に人の出入りがあると、手を振って合図するまでに。本日中に人工呼吸器が取れるかもしれないとのこと。あとはリハビリが彼を待っている。

■ 故郷ジョージア州ダルトンでは、近所の人々が郵便受けにCA色のリボンで応援

レイズィンの両親らがフランスの病院を訪れている間、故郷ダルトンでは、近所の人が団結している。緑と白のリボンを郵便受けに掲げているという。緑と白。。。レイズィンのチームクレディ・アグリコルの色だ。

彼はタフなクライマー。地元ツアー・オブ・ジョージア(TOG)では03年新人賞に輝いており、昨年レースがダルトンの町の近くを通った際は、町をあげて「ソール・レイズィン・デイ」を開催したほど。(但し今年CAは、欧州レース中心のスケジュールとなり、TOGには出場しない。)

去年5月にレイズィンは肋骨・鎖骨骨折したが、8月にはドイツ一周を走った。その強靭な肉体の力・精神力で今、必死で山を超えようとしている。(アトランタの新聞サイトから)

■ 2006.04.13 (Thu)  ターニングポイント:USPでプロ入りしたボーネンが、途中でUSPとの契約を破棄したあの時
lance9.jpg 640×480 252K2002年、USPと2年契約をしてプロ入りを果たしたボーネンだが、2年目の契約を破棄して、03年クイックステップに移籍した。

ブリュイネール監督はボーネンを引き止めた。一度交わした契約を盾に、03年もチームで走るよう要請した。しかしボーネンは首を縦に振らなかった。

当時ボーネン22歳。若いながらも、流されることなく、彼は自分の主張を貫いた。USPは組織力で群を抜き、ボーネンを取り巻く環境は良好だった。しかし、彼は、ここは自分の巣ではない、と感じた。

02年末、突如USPと決別したボーネンの言い分はこうだった:

「USPは世界屈指のチームだ。ほかに並ぶチームはない。でも、“もれなくツールが付いてきます”、といったチーム哲学が嫌だった。チームの目標はツール。これは周知の事実だ。」

「クイックステップは、クラシックに集中し、ベルギーのレースを走る機会がもっと増える。ムセーウやベッティーニが調子の悪い日には、自分自身で勝利を狙える可能性もある。」

USPでは、プレッシャーをかけられることなく、様々な条件も良かった。それでも、契約を中途破棄してまで自分に合うと信じたチームに移籍した。2002年暮れは、彼にとってひとつのターニングポイントだった。
---

ところで、そのボーネン、12日開催のシェルデプライス・ヴラアンデレンで優勝。レキップによると今季13勝目だとか。また、本日のCNのインタビューで、こんなことを言っている。

● 他人(特にペタッキ)を意識すると負ける(アンダルシアツアーでは、ペタッキ2勝、ボーネン1勝に終わった。)
● 今、体内時計が、「休め」と告げている
● ツールでファンをがっかりさせたくない。今後の目標はツール。

Photo : 02ツール。パリの周回コース手前のランス。ボーネンが在籍した02年のUSPといえば、やはり中心はランス、そしてツール。

■ 2006.04.14 (Fri)  ホンドは、救済チームとして知られる?ラモンタと契約し、さっそくケルン一周に出場決定
grp0414080923.jpg 469×480 94K4/1からレース復帰が決まったのに、チームが見つからないばかりにレース出場ができなかったダニロ・ホンドに朗報。チームが見つかり、4/17から、念願のケルン一周出場の運びに。

ホンドは、一旦UCIにより2年間のレース出場停止処分になったが、スイスの裁判所により破棄となった。そして一番最初に自連が出した短い処分期間が確定し、4/1からレース復帰OKとなっていた。

ところが、プロチーム、プロコンチがUCI倫理規定を受け入れてサインをしているため、ホンドとの契約を拒否。(出場停止処分を受けた選手を、チームは処分明け2年間受け入れるべきでないという倫理条項)肝心のチームが見つかない状態が続いた。

しかし12日夕方、ホンドはドイツのコンチネンタルチーム「ラモンタ」と契約をかわし、さっそくケルン一周(ルント・ウム・ケルン − 4/17開催)に出場が決定した。

ラモンタは弱小チームながら、現在ゲロルで活躍中のシューマッハやコップを受け入れてきた実績がある。この2人、03年にテレコムで走っていたが、ウルリッヒが戻ってきたのと入れ替わりにチームから放出されたのだ。それを04年救ったのがラモンタ。

ラモンタとの契約は本年12月末まで。条件はフレキシブルで、途中でほかのチームへ移籍することを了承している。上を目指すホンドなので、そういうシナリオもあるべし、という判断だ。官僚的でないチームの態度に、ホンドも感謝している。

ホンドは04ケルン一周でツァベルについで2位に入っている。
「ウルリッヒもこのレースまでに復帰できればいいんだけど」と、ウルリッヒとこのレースで闘いたいというコメントも。

■ 2006.04.14 (Fri)  話題尽きない踏切騒動:列車は来ていないのに、わざと遮断機を下ろして後続プロトンを邪魔した鉄道員
grp0414221256.jpg 436×371 146Kパリ〜ルーベの踏み切り騒動は、過去に遡って面白い、ということで、フランス3の例のビデオクリップで、過去の踏み切り騒動特集をやっている。サイトはここ(JUMP)(ビデオ情報提供:Hさん)

ビデオの内容は以下の通り。まず、今年のP-Rの例の踏切のシーンをクローズアップする。

    「今年のP-R、2つの象徴的シーンがあった。まず、カンチェッラーラのヴェロドロームでの優勝。こちらは文句なし。

    2つ目のシーンは、問題の踏切シーン。まずPVP、ホステ、グーゼフが踏切を渡る。(遮断機をくぐって渡るシーン)。

    続いてボーネンらのグループは踏み切りに阻止される。(ボーネンたちが踏切前で止まっているシーン。)

    そして、あとはご存知の通り、渡った組は失格に。ところがこういったエピソードはほかにもある。」
■ 昔のパリ〜ルーベ、実際に機関車を止めているシーン

ここでレトロなパリ〜ルーベのシーンが登場。踏切を選手たちがどんどんくぐっているが、実は汽車は既に止まっていた。

    「その昔は、機関車を止めて、プロトンを行かせていた。レース主催者の合言葉は、寛容さだった。当時は、競技が規則を超えていたのだった!」
■ 58年のツールは、列車優先。踏切前に2人がアタックを決めて、後続は踏み切り待ち

次に登場するのは1958年のツールのシーン。

    「マイヨー・ジョーヌのアンドレ・ダリガードがカウンターを仕掛けた時、2人が飛び出して踏切を通過。あとのプロトンは待たされることに。」
でもって、ちゃんとプロトンは踏切待ちをしている。なんでこんなことになっちまったのか、とぶつぶつ言いながら。

■ 61年のツールでは、鉄道員がとんでもないことを!

    「ところが、もっと奇妙な出来事があった。61年ツール。4人のフランス人を含むグループが逃げを成功させた。」
そして、遮断機が閉まり、後続プロトンは遮断される。しかし、やがて、選手たちは踏切を渡りだす。なんとなれば、列車は来ていないのだ。4人のフランス人が逃げたので、鉄道員がわざと後続を阻止するために、列車が来てもいないのに遮断機を降ろしたのだ!

その鉄道員の言い分がレトロというか開き直りというか。

    「フランス人選手が行ったので、遮断機を下ろした。非常に満足している。」??!


■ 2006.04.16 (Sun)  ロード選手がトラックを走るメリット
man1.jpg 717×406 46K地中海ツアーとコッピ・バルタリで区間優勝を果たしたランプレのダニロ・ナポリターノが、このほど初挑戦したトラック競技でも健闘。このほど行われたトラックの世界選手権15kmスクラッチレースで5位入賞を果たした。

プロ入りまだ3年目のナポリターノは、今季LPRからランプレに移籍。去年から様々なロード競技で素晴らしい活躍ぶりを見せている。

ナポリターノは、トラック競技への出場を、ロード競技のためのトレーニングと位置づけている。

トラックでトレーニングを積むことは、ペダリングの効率性を改善するのに非常に役立つんだ。ロードでは、特にスプリントの際、ペダリングの効率性が重要となってくる

イタリアに戻ったら、マルティネッリ(監督)とともに、次に出場するトラック競技の予定を決めることになる。」

--
Photo: 04年のトラック世界選手権。この時は、ブラッドリー・マギーがチームパーシュートで銅メダル。オグレイディなど、オーストラリアには、トラック出身のロード選手が多い。

マギーの場合は、自らの意志でトラックからロードに転向したのではなく、ジュニア時代からトラックで活躍していたマギーにFDJのマディオ監督が目をつけた。そして、長い間かけてロードへの勧誘をし、説得した。

■ 2006.04.16 (Sun)  ヘビが大嫌いなリシャール・ヴィランク、目下ブラジルのジャングルでサバイバル中!
virenque3.jpg 382×400 134K“ちょっぴりマイナーな“有名人をジャングルに放り込んで課題を与え、各人のサバイバルぶりを見て人気投票する、というリアリティーTV番組が英国で放映されているが、これが4/14、遂にフランスにも上陸。(チャンネルはTF1)。

英国の番組タイトルは、「I'm a Celebrity...Get Me Out Of Here!」で、フランス版は、その直訳で、「Je suis une célébrité, sortez moi de là !」 「私は有名人。ここから救出して。」

そして、このフランス版の番組に、元選手のリシャール・ヴィランクが出演しているという。プロダクションノートを見ると、伝説的スキー選手マリエーレ・ゴイツシェルやプリンスの称号を持つシャルル・フィリップ・ドルレアン氏なども出演。

小ネタで紹介した当番組目撃者情報によると、ヴィランクなかなか健闘していたようだ。ちなみにジャングル滞在中には、いろいろな昆虫や爬虫類などとの共存も試されるようだ。

番組紹介サイトを見ると、ヴィランクは07番。ネットでサバイバル優勝者を投票できる仕組みだ。

番組サイトの中にあるヴィランクの紹介文は:

「この自転車王は、現役時代46勝。ライオンの心臓とあだ名され、2004年引退した。様々な議論の渦中にあったものの、フランス人の心に残る選手となっている。

努力と勇気の男だから、このゲームに優勝するだけの精神力と肉体力を兼ね備えている。もっとも、36歳にして、ブラジルまでペダルを過度に漕がずに済むことを祈っている。

ただ、ヘビと空洞が嫌いだから、それに一杯食わされる可能性はある。」

■ 英国版にはサッチャー元首相の娘も出演

英国紹介サイト を見ると、英国版のサバイバル企画には、なんとサッチャー元首相の娘も登場したそうだ。

英国版のほうは、ブラジルではなく、オーストラリアのジャングルでサバイバルゲームを行った。

日本には、英国版の「「I'm a Celebrity..」のブログが 存在するので、番組の雰囲気はこれで掴めるだろう。

また、フランスで、この番組のBlogもスタートした。=> JUMP

このBlogに、サバイバルに出演中のヴィランクの写真が数枚出てくる。やや二重顎なるも、溌剌たる感じ。

Photo: 03ツール

■ 2006.04.17 (Mon)  にわかに話題のケルン一周: オグレイディは復帰、ホンドの復帰は後倒し
coyot.jpg 537×464 59K■ 肋骨5本骨折+鎖骨骨折のオグレイディ、やはり1ヶ月ほどで復帰の目途

03/13付トクダネ「スチュアート・オグレイディのメディカルノート」と3/10の小ネタに書いた通り、スチュアート・オグレイディはティレノの落車で肋骨5本骨折+鎖骨骨折の大怪我を負った。

しかしその際、「大怪我にも関わらず、4週間で復帰を考えているという談話」(3/13トクダネ)があり、周囲を驚きの渦に巻き込んだ。ところが、本当に1ヶ月ちょっとでレース復帰が可能となりそう。

4/17 のケルン一周でレース復帰予定らしいのだ。=> CSCのケルン一周出場選手一覧へJUMP

* ホンド
ケルン一周といえば、先日コンチネンタルチームに所属が決まったホンドが出場するということで話題を呼んでいた。

しかし、今日のニュースで、ホンドは4/17の復帰は果たせないことになった。チーム移籍を決定したのがギリギリすぎて、本レースに出るには締め切りを越えていたそうだ。従って、4/19のニーダーザクゼン・ルントファートが復帰レースになる模様。

* ゲルデマン
さらにケルン地元の若手ゲルデマンの活躍も期待される。このゲルデマン、当方仲間内では、昨年シーズン途中で電撃的にDiv3のアクトからCSCに移籍して以来、なにかと話題になっている。

ゲルデマンは、もともと2007、08年にTモバイルと契約していたのだが、1年早めに今季からTモバイルに移籍することになった。CSCが05年いっぱいで放出を決めたため。


■ トラック世界戦 : コフィディスのトルナン世界戦17個目のメダル + ガルベス優勝

コフィディスのトラック部門所属のアルノー・トルナン(写真)がチームスプリントでミカエル・ブルガン(ロードをやっている)らとともに優勝。さらにケイリンで銅メダル。世界戦17個目となるメダルを獲得。

ケスデパーニュのイサーク・ガルベスが、ヤネラスとペアでマディソンに出場し、金メダルを獲得。

ガルベスは、今季バレアレスのレースで2勝し、スプリントも好調。=>リザルト

■ 2006.04.18 (Tue)  4月19〜23日の目玉は、復帰したてのスプリンター ホンド vs ペタッキとなる?
grp0418203358.jpg 413×449 148K昨日投稿した記事のとおり、ホンドはケルン一周直前で出場ストップとなり、代わりに4月19〜23日のニーダーザクゼン・ルントファートに出場することに。

ホンドは、Tモバイルからゲロルシュタイナーに移籍してから、ツァベルを引く必要がなくなり、スプリンターとしてエース級になった。このレースでも、是非スプリント勝ちしたいところだが、なんと よりによってペタッキも出場することが発覚。

ホンド、どのぐらいペタッキに食らいついていけるのか。1年間ブランクがあるから、レース勘を取り戻すのが、正直大変ではないか。

ところでドイツのマイナーレースにペタッキが出場するというのは、一瞬違和感ありだが、ミルラムはイタリア・ドイツ混成チームだから、当然のなりゆきか。(UCI登録はイタリアみたいだが。)

そのほか、ゲロルシュタイナーのフェルスター、ホイ、Tモバイルのベルヌッチ、ポラックらも出場予定。スタートリスト

■ ホンド満面の笑顔 − やはりDiv3格のチームとはいえ、レースに出場できることは、こんなに嬉しいことらしい

直前でケルン一周に出場できなくなり、ホンドはさぞ落胆しているかと思いきや、そんなことはなかった。

ケルン一周では、レースのスタートの号砲を鳴らす役をおおせつかったらしく、ピストルを持つホンドの写真が出ている。なんとも晴れ晴れしい笑顔だ。号砲ピストルを持つホンドの写真へJUMP

所属したのはラモンタという小さいチームではあるものの、この笑顔を見て、やはりすごくレースに出だかったんだろうな、思わずそう思った。

(Kさんへ私信:ごめん、受け売り。ホンドのピストル写真よかったから、こっち↑でも紹介させてもらいましたん。)
---
Photo; ロマンディ05。レース前、トザットは例によって穏やかな表情。一方ペタッキはリーダージャージのせいもあり、かなりピリピリムード。チームバスに乗せてもらったまではよかったが、こういうシチュエーションでは困惑もの。

■ 2006.04.19 (Wed)  フランス人選手はどうした?春のクラシックで惨敗中。
virenque2.jpg 623×501 257K■ 追加:フレッシュワロンでもトップ10ゼロ

今しがたフレッシュワロンが終了。フランス勢はアグリテュベルのブノワ・サルモンの13位が最高。今回フランス人選手、ひとりもUCIポイント取得できず。

フレッシュ・ワロンまでの最新UCIポイント一覧へ

---
■ 春のクラシックでフランス選手は惨敗中。どうにかベテランが奮闘中。

最近とみにフランス人選手の話題が減った。ジャジャ、ヴィランクが引退してから、取り上げた話題といったら、CAのヴォゴンディの流し目の話、トラックのトルナンの活躍ぐらいか?

フランス人選手の停滞気味は、はっきり数字に現われている。主要な国の中で、フランス勢は春のクラシック惨敗中。先日来使用しているエクセルシートのUCIポイントリストに国籍情報を追加してみた。

フランス人はFDJのゲドンが15ポイント(P-Rで7位)で、ランキング35位。同じくFDJのマンジャンがP-R9位で5ポイントをあげ、ランキング45位。(フレッシュワロン前。)

しかもこの2人は、先日来、FDJから肩叩きがきている、といった憶測が出ているほどのベテラン。それ以外はヴォクレー3pts、シルヴァン・シャヴァネル2pts、カザーとピノー1ptに止まっている。

イタリア、スペイン、スイス、ベルギー、USA、オランダなどに比較すると明らかに精彩を欠く。

■ 一方で引退選手の方が目立っていたりする

というわけで、現役選手よりむしろ引退した選手の方が、まだ話題性があったりする。先日のヴィランクのTV出演しかり。去年のジャジャのNYシティマラソン完走の話題しかり。

ヴィランクの場合、自転車のアクセサリーにもヴィランクモデルなるものが登場している。写真は日本から撤退したスーパーカルフールの広告(Tks。Mont d'orさん)。

今のところサングラス、グローブ、などの小物だが、いずれはJr向け自転車等も出してくるのではないか、といった話もちらほら。

ヴィランクは、以前話題にしたとおり、ヴィランク・デザインという宝飾の会社も立ち上げている。Webサイトへ。

だから、自転車関連のTV放映に登場するだけでなく、先日のサバイバルゲーム番組にも登場して、一般の顧客にも知名度をアピールしたいのではないだろうか。

こうした引退した元選手よりも、現役に目だってほしいものだ。本日のフレッシュ・ワロン、フランス勢の結果やいかに?。。。と書いた途端、リザルトが出ていた。トップ10にフランス人ゼロ。。

■ 2006.04.20 (Thu)  ホンド、スプリンターとして見事にカムバック
hondo.jpg 496×597 79K4/18付「復帰したてのスプリンター ホンド vs ペタッキになる?」が叶った。

先日ケルン一周を逃したホンドだが、ぎりぎりでレース前日にやっとUCIから出走の許可が正式に出て、無事に予定通りニーダーザクセンのステージレースに出走。

初日の結果は果たして、まさにホンドvsペタッキとなった。ホンド、ペタッキの前に惜しくも2位となったが、1年のブランクを感じさせない走り。

ラモンタとホンドの契約はあっという間だったが、BDR(ドイツ自連)もホンドの復帰後押しに頑張ったようだ。

薬物問題のケースにもいろいろあるが、ホンドのように、増強剤効果があるかどうかわからない薬物が、しかもほんのごく微量検出された、というケースで1年もの間出場停止となる、ということに理不尽さを感じている人も多い。

しかし、それでも腐らずに復帰を信じてトレーニングを続けたホンド、努力が報われたといっていいだろう。でも、ホンドにとって、これはまだ最初の一歩だ。

ニーダーザクセン・リザルト

■ 2006.04.20 (Thu)  CSC強さの秘密
basso.jpg 360×398 139K今日のCNに、CSCの強さの秘密として、絶対的支配者・リーダーを置かず、レースによりフレキシブルにリーダーを変えていくリース監督の戦術が語られている。

今回フレッシュ・ワロンでCSCのクローンが3位となったが、去年在籍していたラボバンクではあり得なかったかもしれない。ラボバンクでは、クローン自身の活躍の場はなかった。常に確固たるデッケル、ボーヘルトというリーダーがおり、彼はアシスト役として固定されていた。

しかし、リース監督はそんなクローンのポテンシャルをずっと前から見抜いていた。そしてフレッシュワロンでのCSC。ジロの表彰台バッソ、ブエルタの表彰台サストレがアシスト役にまわった。クローンもびっくりだ。

『世界クラスのチームのバックアップで走るのはなんて贅沢なことか。サストレ、バッソ、フォイクトらが、僕をアシストするために自己犠牲するんだ。最後、僕自身なんとか自分の役割を果たせて満足している。』

以前にも触れたとおり、CSCというチームでは、全員がヒーローという点で異彩を放っている。

昨年年初のトクダネに、CSCというチームについて「トップダウン式のリバティー vs ボトムアップ式のCSC」、と書いたが、これはヤクシェがフォイクトとの対談の中で語った言葉。今回のCNの記事を裏付けている。以下その対談(Procycling Oct04Issue)から抜粋。


■ CSCではリーダーが決まっていないから、リーダーのプライドがない。選手は調子が悪くても包み隠さない。みんな正直になれる


司会者:『リース監督は、チームキャプテンをはっきり指名しません。つまりチームに複数のリーダーがいるわけですが、どう思いますか?』

ヤクシェ:『そのおかげでみんな正直になれるんだ。例えばあらかじめ確固たるリーダーを作ってしまった場合、その選手は、体調が悪くても、それを口にしない。変なプライドが芽生えるからさ。明日には回復するだろう、とタカをくくって空威張りしてしまう。

でも、リーダーが決まっていないうちのチームでは、「今日さ、調子悪いんだ。僕はアシストにまわるよ」、そういう感じなんだ。これがビヤンヌ(リース)の思惑だ。

リースは選手を見てからその日の戦術を決める。「今日はxxが調子がいいようだ。みんなで彼を援護できるか?」とね。

CSCでは恒常的なチームリーダー役という存在を作らない。ひとりのリーダーがいつでも調子がいいなんてあり得ない、それをリースは知っているから。』

フォイクト:『ここでは、全員がチャンスを持っている。だから、いろんなカードで勝負に出られる。』


■ CSCのキーワードは革新・コミュニケーション

司会者:『以前在籍したチームと比較してCSCはどうですか?』

ヤクシェ:『(かつて在籍したオンセの)マノロは自分ひとりで戦術を立てる。彼は絶対的なボス。

ビヤンヌは、むろんアイディアを持っているけど、選手に意見を聞くんだ。彼は、自分の頭で考えられる選手を好む。監督に異議を申し立てることだって全く問題なし。このチームには監督・選手の相互コミュニケーションがある。』

フォイクト:『CAでは、伝統がキーワード。CSCでは革新がキーワード。CAは、10年前にやったことをそのまま今も通している。僕はCAの後半、停滞していた。このままここにいたら、だめになると思った。

CSCはほかのチームより一歩先をいっている。今僕らがやっていることを笑うチームもいるだろうが、5年もすれば、みんな真似をするようになるだろう。さらに、CAで禁じられていたドンちゃん騒ぎもここでは許される。たまにハメをはずしてなごんで、またシリアスに走ることができる。』

Photo:Fワロンでクローン援護にまわったバッソ(04ツール)

■ 2006.04.21 (Fri)  ツール・ド・ジョージア(TDG)第4ステージはソール・レイズィン支援のステージに
kari.JPG 261×310 26K■ ツール・ド・ジョージア(TDG)第4ステージはレイズィンの故郷がスタート。選手たちは緑のテープで支援表明。

2003年のTDGで、ソール・レイズィンは新人賞を獲得した。当時Ofoto-Lombardi Sportsというチームからの出場で、直前に公表された出走表に彼の名前はなく、補欠での突然の出場となった。

そして昨年のTDGは彼の故郷ダルトンを通ったため、町中がTDGを走るレイズィンを歓迎した。その時彼は、すでにクレディ・アグリコルというチップチームに身を置いていた。

そして、今年のTDG第4ステージのスタートは、再びダルトンの町。CAは不出場だし怪我を負ったレイズィンの姿はないが、代わりに出場選手たちが支援の意を示すつもりだ。CAの印である緑色のテープをハンドルバーに貼付する予定でいる。

レイズィンは、現在人の話を理解できているようで、頭・目・手で合図を送ることができるものの、まだ話すには至っていないという。一旦はずされた呼吸装置はまた戻された。そして、鼻のチューブ経由で栄養を摂取している。

近いうちに彼をアトランタの病院へ移送することが検討されている。

■ 2006.04.22 (Sat)  選手会長フォイクト物申す
grp0422102415.jpg 360×442 150K■ 今後のプロツアー改革に対する選手側の主張:
「グランツールのワイルドカードを2チームから4チームに増やすのは反対」、
「コースの道路整備・安全性の徹底」


木曜日、フレッシュ・ワロンとL-B-Lの合間を利用して、CPAの会合が開かれた。

(CPA=03.26付けトクダネ「選手会長というシゴト」のニュース参照。CPA= Cyclistes Professionels Associésとは、選手の権利を擁護するプロサイクリスト協会の代表団体。協会会長を務めるのは、元サイクリストのフランチェスコ・モゼール。選手会長フォイクト、副会長チェチュ。)

この日の会合には、プロツアーチーム20チーム中18チームから選手らが集い、CPA代表のモゼールと選手代表フォイクトも出席。

その中で、選手側は、目下協議中の案である、「グランツールのワイルドカード数増加」に反発。

現在浮上しているUCI側の案は、グランツールで従来1〜2チームが非プロツアーチームとして招待を受けるが、これを4チーム程度に拡大しようというもの。(例えば、今年ツールのワイルドカードは2チーム:アグリティベルとCバレンシアナ=CV)

ワイルドカードの枠を広げれば、プロツアーチームがその分グランツールに参加できなくなる。今は20のプロチーム+1〜2つのワイルドカードとなっているが、参加できるプロツアーチームは18となる。

UCI規定では、レース出場人数は、今のところ最大で200人まで。(UCI規則2.2.002条)グランツールの場合、1チームあたり9名で構成、という規定になっている。

またCPAは、レースコースの整備と安全性確保を求めた。特にオートバイやサポートカーのゴール地点侵入で揉めたケースもあった。各関係者に、事前にコース情報・進路情報を徹底すべきだ、といった主張も行った。

Photo: CA時代ツールでイエロージャージを着たフォイクト

■ 2006.04.22 (Sat)  News続報
昨日のニュースの続き。TDG第4ステージ前、予定通り、選手たちは配布された緑のリボンをハンドルバーにつけて走り、スタッフ達は緑のリボンを胸につけて、ソール・レイズィンの回復を願った。

今日の報道によると、この緑のCA色のリボンの案は、スタート地点でもありレイズィンの故郷でもあるダルトンの高校生らが考え付いたという。

Photos:
● 第4ステージ優勝のロドリゲスも腕にリボンを
● ハンドルバーに緑のテープが1重巻かれている。
● リボン
● レイズィンへの回復祈願を書くファンたち

■ 2006.04.23 (Sun)  4月25日、ウルリッヒがいよいよ登場
grp0423211829.jpg 253×110 38K4月25〜30日までのツール・ド・ロマンディ(TDR)にウルリッヒが出場することが確定し、ウルリッヒのトレーナー兼本レースで監督を務めるペフェナヘ氏がこう語った。
「このレースで、余り過度にヤンには期待していない」。

控えめなコメントだが、ニュアンスとしては、まだ完璧な仕上がりではない、といった感じだ。いずれにしても、あくまでも念頭にあるのはジロである、とのこと。

ただし、TDRというレースは、プロツアーにしては しごくのんびりしたレースで、選手たちは一切プレッシャーなし。しいて言えば、地元のフォナックが奮闘を約束されているだけ。

去年観戦した印象としては、こうした、草レースっぽいレースでは、余り波乱もないので、やはり強い選手は上位にくる。昨年の場合、クーネゴ、メンショフ、ボテロ、コンタドール、サヴォルデッリなど一流どころはやはりそれなりにいい走りをしていた。

いくら調整レースとはいえ、やはりウルリッヒがこのレースでどんな走りをして、どの程度仕上がっているのか、注目されるところだ。

ちなみに、リース監督は、先日ウルリッヒの仕上がりに疑義を差し挟むコメントをしていたが、再びProCのサイトでこんなコメントを追加。

「ウルリッヒは、出来が悪いといってもツールで表彰台の常連だ。だから実力はある。アームストロングは強かったとは思わない。ただ、彼はヤンよりもクレバーだったんだ。」

リースのこの辛口コメント、ウルリッヒに頑張ってもらいたい、という叱咤激励なのだろう。

■ 今年のツールの解説はローラン・フィニヨン

89年、ツールでグレッグ・レモンと壮絶な優勝争いを展開したローラン・フィニヨンがフランスTVと契約。今年のツールで解説を務める。ジャジャは、例によってオートバイから生取材を敢行。ヴィランクは、ユーロスポーツと契約か?その辺の情報はまだ未入手。

■ 2006.04.23 (Sun)  ディスカバリーチーム、ランスに代わる新しいアメリカンヒーローを一般公募!
lancezabel.jpg 525×471 100K先日「アメリカ人のいないディスカバリーなんて、、、」という投書が物議をかもしだしたが、この感想は、実はランス・アームストロングも同様だったようだ。

このほどランスとディスカバリーチームが、アメリカ人のポスト・ランスを探すためのレース・キャンペーンを開催。つまり、一般公募による、次世代のランス探しを始動する。

ツールが終わった後の8月12日、インディアナポリスのモータースピードウェイで、公募レースを開催。一般アマチュア選手が、ディスカバリーの選手の座を射止めるという千載一遇のチャンスがある。ランスも会場に登場する。

その様子はWeb番組としてディスカバリーチャンネルにて公開する。

「あのインディアナポリスのスピードウェイを貪欲なほかのアマチュア連中達と一緒になって走るスリル、想像できるかい?その上ディスカバリーチームの一員の座を射止めて、US選手権への出場権利も獲得できる」とランス。

実はランス、TDGをサポートカーでまわってみて、沿道のファンが少ないと実感したのだそうだ。やはり、アメリカ人のダントツ強い選手がいないと、この競技は盛り上がらない。

チームには期待のダニエルソン、ヒンカピー、マッカートニーらがいるが、ダニエルソンはともかく、ヒンカピーは34歳、マッカートニーはまだメジャータイトルなし。チームとランスは、ニューヒーロー誕生に期待をかけているようだ。

普通の自転車好きのアマチュアが、一流チームディスカバリーチームで走るということを実現する、これはNYヤンキースのファンが、実際のゲームでショートを守ることに匹敵するぐらいでっかいことだ、と言って盛り上げを図るランス。

さて、ランスに匹敵するニューヒーローは果たして誕生するのか。Webでフォローする際のURLは、www.racetoreplace.com 。

Photo:やはりスポーツを盛り上げるには、自国のヒーローが必要。。。それぞれアメリカ、ドイツ、フランスのヒーロー。03ツールより。

ネタ元(Special thanks to R-san)

■ 2006.04.24 (Mon)  エチャバリ(ケスデパーニュマネージャー):「バルベルデは、我々のロナウジーニョだ」
valv2.jpg 338×432 121Kチーム・レイノルズを作った時からエチャバリには夢があった。それは、最も歴史あるクラシックリエージュ・バストーニュ・リエージュで優勝すること。

この夢を抱いて早26年目の今年、その夢が実現した。チームの選手バルベルデがスペイン人として初めてL-B-Lで優勝した。

「ミゲル・インドゥラインという最強選手がいた時代、夢は実現するかと思ったが、実際はそうはいかなかった。でも、アレハンドロが、夢をやっと叶えてくれた!彼は必殺人。我々のロナウジーニョだ。」

---
バルベルデは、2002年ケルメに入団。以前述べたとおり、アマチュア時代バネストに所属していたが、バネストの本拠地はバスク地方のパンプローナ。ムルシア出身の彼は、その遠征がいやで、プロ入りは、地元に近いケルメを選んだ。

ケルメはその後、DIV2に降格し、ツール出場権も消滅し、トップレースには出場できなくなった。彼がバネストでプロになっていれば、もっと早く世界的に注目されていただろう。

2002年、彼がケルメに入団した当初から、スペインでは鳴り物入り報道だった。なにしろアマ時代敵なし。ケルメがDIV2になっても、彼は淡々とレースで勝ち続けていた。

---

ところで、トクダネが、このバルベルデに最初に注目コメントを発したのは、2003年2月。以下、2003年2月のアーカイブから。

■ 注目のすごい天才肌の選手が優勝 ( 2003年2月8日のエントリー)

チャレンジ マヨルカで、スペインきっての成長株が優勝した。選手の名前はアレハンドロ バルベルデ。ムルシア地方のルンブレラス出身の22歳だ。去年ケルメでプロ入りしたばかり。

自転車選手には、1)生まれつき天与の才能があって上り調子で行く人もいれば、2)若い頃に脚光を浴びたもののだんだん他の選手に追い越される人もいるし、3)大器晩成型の人もいる。

このバルベルデは、1)である、と言われている。つまり、早咲きの選手でありながら、これからもぐんぐん成長が期待されている いわゆる超天才肌の選手。

11歳で初めてフミヤ地方のレースに出て、いきなり2位。次に出場したイェクラのレースでなんと優勝。

96年、スペイン選手権のスタジエール版(見習版)で銀メダル。97、98年のジュニア選手権ITTで銀メダル。そして、2001年、世界選手権アマ部門で優勝。あっという間に、金、銀、銅全てを手中に収めた。アマ時代の優勝数は17回。

そんな彼は自転車一家。父のフアンと兄弟のフアンフランシスコはともに、アマチュアのライダー。自転車に乗り始めて13年。フアンフランシスコや、先にプロ入りしているサントス ゴンザレスらとともにトレーニングをしてきた。

バルベルデは、スプリンターでもあり、ITTスペシャリストでもあり、今回のような短いステージレースでは、その強みを生かして総合優勝をもっともっと重ねられるかもしれない。

■ 2006.04.25 (Tue)  アルダグ、ジャジャを抜いた
grp0425210239.jpg 514×464 194K■ ランスの元妻、ジャジャに続き、元Tモバイルのロルフ・アルダグがフルマラソン完走。次はランスだ

ランス・アームストロングが「NYシティマラソンを走る」、と語っていたが、その前にTモバイルを引退したロルフ・アルダグが、4月23日、ハンブルグマラソンを好タイムで完走。

ジャジャが去年NYシティマラソンを走って2時間55分39秒 だったが、アルダグはその記録を超えた。タイムは2時間42分57秒。

アルダグは、3月13日、Tモバイルのサイトで、「目標タイムは2時間45分」と語っていたが、まさに予定通りのタイムを叩いた。

以下、3/13 アルダグのコメント

「年間100レース以上こなしてきた元プロサイクリストとしては、少しトレーニングをすれば2時間45分以下で走るのは可能だと思う。」

「今後は目標をマラソンにシフトして、週に平均100〜140kmは走りこみたい。」

「クリスマスの後に娘のマディが生まれたことが、今回の決意につながった。娘の誕生は、僕にマラソンにチャレンジする力とモチベーションを与えてくれた。」

アルダグ13250 人中118位。男女合わせて134位。
=>リザルト

一方ランスは、「NYシティマラソンではしゃかりきに記録は目指さない」と語っていたが、アルダグが好タイムを出したことから、もしかしたら彼のこと、しゃかりきに頑張るかも?

---
ちなみにランスの元妻クリスティンは、離婚後の04年NYシティマラソンを完走している。(2004.11.12 付トクダネ)。

マラソン2回目の挑戦で3時間45分35秒とは立派なもの。その時彼女はこんなことを語っていた。

「最初に出場したマラソンでは、ランスみたいになることを目指していた。彼はアスリートとして速く走ることで、自身の感情を無にすることができる。でも、私は絶望や惨めな気持ちから逃げる必要はないと気がついた。

自分は、こうした苦しいという感情と向き合うことができるんだって。だから今自分が走っているのは、感情から逃げるためじゃない。私とランスは、こういうところも違っていたんだな、と今になって気付いたわ。」

■ 2006.04.26 (Wed)  TDRプロローグで2位。TT技術格段アップのバルベルデの秘策
unzue.jpg 640×480 310K■ サドル-8mm、クランク-2.5mm、クリートを後方へ微調整、ケイデンスは84から90台へ

昨日のツール・ド・ロマンディでバルベルデがサヴォルデッリに続き、僅かな差で2位になった。(Ref.レースNews)。フレッシュワロン、L-B-Lというワンデイで優勝し、さらにTTでも実力を挙げている。これは、昨年の大改造が大きかった。

去年11月、ケスデパーニュはピナレロのHQで、「バルベルデ・ツール大作戦」と称して総合的パフォーマンス最適化を行ったことをトクダネで述べた。覚えている人もいるだろう。(2005年11/6、11/10付トクダネ)

身体能力の科学データをとり、選手のアウトプットを最大限に引き出すというのは、昨今どのチームもやっていることのように見えるが、今回の最大の特色は、“総合的な最適化”を目指した点。

例えば、風洞実験の場合、得てしてエアロダイナミックのフォームみを追求する。しかし、そのフォームにより力のロスが生じることがある。となるとエアロダイナミックフォームのみの追求は総合的最適化とはいえない。

プラスとマイナスの相殺を全て考慮し、様々な角度から最適化を目指した点が、今回の特色だ。

右左の脚のアウトプットが左足64%、右足36%だったバルベルデの場合、改良後は以下のようになった:

サドルを8mm低く・クランクは175から172.5mmに変更・クリートは後方に少しずらす。ケイデンスは、従来84だったが、ランスを真似て95を目指す。目下達成しているのは91。

レースのない日には、ノーマルとレーニング以外に、伴奏車をつけたり或いは一人でTT専用のトレーニングを行っている。

そして今、着実に成果が数字になって現われつつある。


■ ケスデパーニュがかなり本気になっている :インドゥラインの生みの親。あの栄光が忘れられず、第二のインドゥライン誕生に向けて始動

2005.11.06 トクダネで、「デルガド、インドゥラインを生んできたチームの意地。バレアレスの“ツール・ド・フランス作戦”ついに開始」と述べたが、どうやら、幹部、かなりマジらしい。

デルガド、インドゥラインを生んだレイノルズ〜バネストという名門チームを従えてきたマネージャーのエチャバリ氏とウンスエ監督、昨年旗揚げした“オペレーション・ツール・ド・フランス”は、ダテではなかった。

ランスが去ってチームにも表彰台が見えてきた。果たして今年の夏の決戦は、いかなる結末に??

ちなみに、2005.12.26付トクダネで触れたとおり、バルベルデは16歳で肺活量は7.4リットルだった。(現在バルベルデの肺活量は約7.8リットル。)盛期のインドゥラインは8.1リットルだったといい、身体能力的にバルベルデは、十分インドゥラインに匹敵する、と幹部は見ている。

Photo; 05ツール7/20のレース中。ウンスエ監督

■ 2006.04.27 (Thu)  チームスポンサーに ついつい引き寄せられる今日この頃
サンドイッチのSUBWAYの幾つかの店舗では、コーヒーマシンにSAECOを使っている、という話で、実際に店舗に行って確認してきた自転車好きがいた。自転車のスポンサーをやっている会社を見ると、親近感が湧いてしまう、、、今日はそんな人向けの話。

先日小ネタ で「ランプレのファンになって、思わずエアコンにダイキンを購入した」という人の話を載せた。それに対し:

    小ネタの「チームスポンサーを贔屓にしてしまう今日この頃」について「あるある」と共感できるものだったので思わずメールしてしまいました。自分の場合は物を買ったではなくて出張で欧州に行ったときにドイツテレコム(公衆電話)、ポストスイス(店舗)、フォナックのポスター、etc写真撮りまくっていましたよ。一緒にいた先輩は何でこんなものと不思議そうでしたが。
そのほか、北米は、町で見かけたUSPのロゴを撮影した、という人も。どうやら、あちこちにこうしたスポンサーに反応する仲間がいるらしい。

上記↑に、「一緒にいた先輩は何でこんなものと不思議そうでした」とあるが、これもやはり経験あり。町のなんの変哲もない場所で一般的には変哲もないもの(だけどチームがらみ)を撮影していると、周囲から不思議そうに見られる、といった経験。とはいえやはり、自転車ファンとしては放っておけないのだ。

In my case, 先日掲載したブイグテレコムの店舗写真以外に、こんなものも。。


AG2Rの店舗
AG2Rは保険会社。ペルピニヤンで発見。ツールの時期だったので、自転車やジャージが飾ってあった。中に入って、「AG2Rのファンなんですけど。。」と言ったら、ポスターと選手カードをくれた。


FDJ看板
これはよくみかける宝くじ会社のFDJの看板。リヨンにて。こうして、タバコ屋に併設されていたりする。ロットもそうだし、Unibetも同じ類の会社。緑ジャージ提供のPMUは場外馬券売組織。


クレディアグリコル店舗
これもあちこちにある銀行。ツールの時期、店舗には、こうしてポスターが貼ってあることも。ただし、AG2Rのように店舗に入ってポスターをもらう真似はせず。やはり銀行は敷居が高い。ストラスブールにて。


クイックステップのTV CM
ヴィランク登場で、宿のTVを撮影。クイックのCMのスペイン版は、当時チーム員だったメルカドが出ていたとか。アメリカではランスが昔シリアルのCMに出たり、ドイツではウルリッヒもCMに出ていたはずだ。


Tモバイル広告
去年出張の際、マンチェスター空港にて。渡り廊下に大きな広告。ドイツでなく、イギリスの、しかも小規模なマンチェスター空港で見つけた、ということでなんかやけに感動してシャッターを押した瞬間。


ボンジュール店舗
オランジュにて。新聞社といってもミニコミ紙に近いボンジュール。ファンと名乗って入店し、チームのボールペンとカードをもらう。ツールの時期、グッズ集めにスポンサー店舗をトライしてみては?


■ 2006.04.28 (Fri)  ランプレ便り:1.今年もジャパンカップに来る、2.クーネゴはジロとツールを闘う
grp0428185330.jpg 294×417 143K■ ランプレは今年もジャパンカップ来日予定

ランプレは、2000年マッシモ・コドルがジャパンカップで優勝して以来、同レースで素晴らしい走りを見せ、日本のファンを魅了し続けている。

01年 ジルベルト・シモーニが優勝、02・03年セルジョ・バルベーロ優勝、04年はダミアーノ・クーネゴが2位、05年はクーネゴが優勝。。。
(バルベーロは99年にも優勝しているが、当時メルカトーネ所属だった。)

そのランプレ、今年もジャパンカップで来日する予定、とのこと。
本日ランプレの広報からメールで確認がきた。よほどの事情がなければ今年もピンクxブルーのジャージが見られそうだ。


■ クーネゴはグランツールを学ぶため、ツールも走る予定

さらに気になるランプレのツールのリーダーだが、今の所暫定スケジュールでは、クーネゴがエースなのだそうだ。
第一の目標はジロだが、クーネゴにグランツールで闘うことを経験させるために、ツールも走らせることにしたという。

ちなみに昨年ランプレのツール布陣は:
ボルトラーミ、コメッソ、グロムザー、ロースリ、ペトロフ、リギ、スペチャレッティ、スタンゲリだった。

バッソもウルリッヒらも今年ダブルツールの予定だが、これにクーネゴも加わるわけだ。(ウルリッヒのジロ出走は、最新ジロ暫定出走表により確認された。Ref:レース便り)

ツールでは、バルベルデvsクーネゴが見られるか?

Photo: 昨年のツール・ド・ロマンディにてクーネゴ。このあとリーダージャージを着たが、最終日のTTでボテロに逆転され、総合2位となった。

■ 2006.04.29 (Sat)  スポンサーについつい反応してしまう人々 VOL.4 / ユニクロがゲロルのTシャツ販売開始
grp0429205115.jpg 611×409 249K
小ネタでスタートしたこのシリーズ、仲間がまだいたので、VOL.4とVOL.5やります。まず上は自分が撮った写真↑から。去年のツール・ド・ロマンディにて。スタートを見たあと、プロトンが途中通過するシオンに列車で移動。

そのシオンで見つけたカフェ。店内で場外馬券が購入できるらしく、PMUのマーク。ロマンディレースを盛り上げるため、外にはTDRのポスター、柱には ツールでよく見かけるPMU提供の緑の「手」が貼られていた。

ちなみに今日のツール・ド・ロマンディはシオン〜シオンのステージだ。

---- 以下、「僕も・私もスポンサー贔屓」。。と名乗り出た人々 ----

ユニクロの広告にゲロルシュタイナーのTシャツを見つけた人から

『このあいだユニクロのチラシ見ていたところゲロルシュタイナーのTシャツを発見!
このTシャツは企業コラボというもので、今年はミネラルウォーターブランドとのコラボみたいです。
女性サイズだけみたいですが、要チェックでしょう!=>ゲロルのTシャツ写真

(びっくり、水会社いろいろある中、ユニクロがゲロルを選んだとは。ちなみに写真はこちらで勝手につけました。以前都内で購入したゲロルのミネラルウォーター。)

-----
イタリアでドミナヴァカンツェの店舗を撮影した人から

『盛り上がってるのでドミナのお店の写真です。そのほかメルカトーネ・ウノとクレディアグリコルを写真に納めた気がしたのですが見あたりませんでした。


メインでは無いのですが、サブスポンサーのロンゴーニスポルトでトレーニングウエアとシューズを買ったり、デカスロンでサングラスと補給食を買ったりもしました。

のどが渇けばエスタテの紅茶、空港で飲むのはアムステルゴールドのビール。
コフィディスには・・・電話しませんでした。』(コフィディスは、電話一本でお金が借りられる信販会社ですもんね。)

----
フランスでクレデイディリヨネの店舗を撮影した人から

『「チームスポンサーに ついつい引き寄せられる」件ですが、昨年TdF を観戦したときに思わず撮ってしまった写真を紹介させてください。』

ということで左は、『Credit Lyonnais のカウンター。マイヨジョーヌが飾ってあります。』(銀行もこの時期は、ツールの雰囲気ですねー。)

● パリのリヨン駅にて Bouygues Telecom => JUMP
● Saint Etienne にて。Nestle Aaquarel のトラック=>JUMP
● 最終日の午前中、小雨降りしきるパリにて。T-Mobile=> JUMP

『ほかにも FDJ や PMU なんかも撮っていたと思ったのですが、見つかりません。残念です。』(そうそう、撮ったはずの写真を見つけるの、これ結構大変。)
----
スペインバスクの首都ビルバオでエウスカルテルの店舗を撮影した人から

これは先日「エウスカルテル見つけました」と教えてくれた人(内容は、4/27付け小ネタに「エウスカルテルの店舗を写真に収めた人」に掲載)から受領した写真。

バスク地方のことはバスク語ではEuskadi。「EUSKALTEL」というのは最後の「TEL」の文字からも明らかなとおり、バスクの電話会社という意味。ビルバオにHQがある。

■ 2006.04.30 (Sun)  ツールを走る選手たちを脳内科学的に分析した映画「Wired to Win」が北米で公開
cook2.jpg 507×430 82Kツールを走る自転車選手の脳内を探るという科学的な映画「Wired to Win − Surviving the Tour de France」が今夏、北米のIMAXシアターで上映される。(IMAXシアター=Image Maximum シアター:大型三次元立体映像シアター )

製作元はマサチューセッツ総合病院などの経営をしているパートナーズ社、ということで、既にボストンでは科学博物館で昨年12月に公開されたが、それ以外の地域で今後続々公開となる。

映画の中心となるのは2003年のツール。ASOも協力している。

映画の核となるのは当時FDJのベイデン・クック、ジミー・カスペら。他にもタイラー・ハミルトンやフランク・シュレックらも出るが、一方でウルリッヒ、ランスらはプロトンの中に紛れた形でしかフィーチャーされない。

映画では、コンピューター画像も登場し、脳への信号を読み取っていく。自転車を漕ぐに従って、サイクリストのからだがどのように変化するかがわかる。まずは脳が先に反応。次に神経系統、そして骨、筋肉へと伝わっていく。

新しいチャレンジが出ると、脳は絶えず信号を送り続ける。脳は学ぶことを続け、決して止まることはない。

この年のレースで、カスペは落車に巻き込まれた。これが映画製作者には奇しくも好材料となる。カスペの脳が、いかにケガに順応していったかが科学的に描かれていく。

超人的なエンデュアランススポーツをする際、人間の脳はいかにからだの細部に信号を送り、困難な状況に順応し克服していくのか?そんなことを追求した映画。それを科学的に解明するために、ツール・ド・フランスの場が選ばれたわけだ。

映画のレビューを見ると、科学的な面をさておいても、大型スクリーンでツールを実感できるようだ。空撮によるツールはスピード感満点で、TVでは味わえない選手たちのスピードとスキルに感服するという

アルプス、ピレネーのヘアピンカーブ、時速100kmの下りなど、大型三次元立体映像シアターにうってつけといえよう。


参考までに、映画が見られる北米劇場リストはここ=>JUMP
公式HPはここ=> JUMP (special thanks R-san)

Photo : ツール04、ウォームアップ中のベイデン・クック。タトゥーがやけに目を引く。
拡大写真はクックと並んでウォームアップするマシュー・ウィルソン。ウィルソンも、クックと全く同じ場所(右肩)にタトゥーをしているのがわかる。


2004年09月 10月 11月 12月 
2005年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2006年01月 02月 03月 04月 05月 

Go Back to mas ciclismo
copyright(c)2004- (duration unlimited) mas ciclismo,
All Rights Reserved (unless otherwise indicated herein). / 旧Naco's Bike Page