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今月のNews:トム・ボーネン、アルベルト・コンタドール、フロイド・ランディス、エリック・ツァベルなど
世界選レポート&ニュース

Mas.ciclismoは、200112月にCyclingnews.comと念書をかわし、News和訳の許可を得ています。

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■ 2006.08.01 (Tue)  ランディスの再検査予定
P1060970.jpg 297×567 28K■ UCIが焦っているわけ:木曜から再分析を開始しないと結果は数週間後になる

当初ランディスのコメントによると、月曜日にはランディス側からサンプルBを使って再分析するよう依頼がくると思われた。しかし月曜日の夜になっても動きはなかった。

そこで月曜夜、ルールブックの第191条に基づきUCIが介入を決定。自ら再分析を依頼することを決め、この線でランディスの了解を取り付けることにした。この件の重要性を考慮し、UCIが動いたようだ。

(但し、Velonewsなどによると、ランディス側は月曜中に再分析のリクエストをファックスで出した、と言っており、それが行き違いになったとも見られる。)

分析所における分析には2日半かかるということで、今後、シナリオとして予想されるのは:

● (ランディスから再分析依頼が正式に来ていない場合は、再分析に対する了解を本人から取り付ける)
● 木曜に分析を開始した場合 => 土曜日午前中に結果入手

もし、分析開始が木曜より後になると、結果の入手は数週間後になる。というのも、分析所は週末からバカンス時期のため一時的にクローズされる。UCI側としては、なんとしてでも分析所が締まる前、今週中に分析を済ませたいようだ。


■ サンプルBの結果よりも、IRMSの結果が気になる訳:

サンプルBの結果は、ランディス本人も言っているとおりサンプルAの結果と同一である可能性が高い。試料はA、Bともに同一日に採取されているものだ。

そこで検出されたテストステロンが体内生成(内因性)か、外部摂取(外因性)かを見極める次のステップにランディスは期待している。

ところが、今回サンプルAのテストの時に、慎重を期してこの分析IRMS(同位体比質量分析)、を行い、既に外因性であると判定された、という噂がある。ただ、補足分析という立場で行われたせいか(或いは全くのガセネタなのか?)、これについては正式な報告は今のところない。

職業柄、海外の分析所に質量分析(禁止薬物検出の試験ではないが)を頻繁に委託しているのだが、その時の経験から言うと、正直言って、IRMSの信頼性は高い。この検査で外因性という判断だと、内因性とは反論できないのではないか、と思う。

この手法のロジックは至って単純:

自然界の炭素としては、C-12、C-13の2種類の同位体が存在する。

* 放射性炭素のC-14(通称カーボンフォーティーン)は極端に比率が低いのでここでは無視する。
(C-14の比率は参考までに 1x10E12 = 1x10(-12) = 10のマイナス12乗)

C-12とC-13の自然界における比率は = 98.892 : 1.108

これに外因性物質が入ると、C-12 とC-13の比率が崩れる。

ドーピング検査において日本の第一人者三菱化学ビーシーエルのサイトにもIRMSの概要が出ている。(長いページなのでIRMSに該当する部分を見つけるには、サイトに入ったら、IRMSで検索をかけるのが手っ取り早い。)それによると:

いかなる場合においても、信頼性の高い分析方法(炭素同位体比質量分析: IRMS法など)によってその禁止物質の由来が外因性であることが証明されれば、検体には禁止物質が含まれていたとみなされ、分析結果は違反が疑われるものとして報告される。この場合、再調査の必要はない。

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NYタイムズの電子版でも、IRMSの結果により、ランディスの体内から発見されたのは"人工(合成)のテストステロンである"、と述べている。

■ 2006.08.02 (Wed)  来年以降のツール情報
map.gif 416×190 16K
● デュッセルドルフがグランデパール候補に
● 07ツールのチームプレゼンテーションの場所・日にちが判明。
● ロンドンのツール観戦スポット情報



* デュッセルドルフがグランデパール候補に

昨日から始まったドイツツアーはデュッセルドルフのプロローグだったが、このほどASOのプリュドム氏が、デュッセルドルフが08年以降のツールのグランデパール(初日スタート場所)として候補になっていることを明らかにした。

そのほかに、候補になっているのは、ユトレヒト、ロッテルダム(オランダ)、ルガノ(スイス)、フィレンツェ(イタリア)、モナコ、ベルギーの都市2箇所で、デュッセルドルフとあわせて合計8箇所。

しかし、デュッセルドルフが一歩抜けているといううわさもある。ドイツツアーで経験を積んでいるせいだ。さらに12のドイツの都市が続くステージのスタート、ゴール場所の候補にあがっている。


* 来年のチームプレゼンテーションの場所

来年ツールがロンドンでスタートとなる話は何度か書いたが(関連記事へJUMP )、このほどツールのチームプレゼンテーションの場所が明らかになった。場所はトラファルガースクエア。ナショナルギャラリーの正面だ。

ツール開催前日7月6日の夕方から開始となる予定。


* ロンドン市内観戦スポット

7月7日プロローグはロンドンの中心部。ウェストミンスター、バッキンガム宮殿などを通るが、イメージとしては:

チャーリングクロス/エンバークメントの駅そばからスタート。
そこからグリーンパークを横切って、ハイドパークの中に入る。
そのあと再びグリーンパークを横切って最後はセントジェームスパーク脇でフィニッシュ。

スタート地点とゴールは歩いていける。
地下鉄のハイドパークコーナー付近からグリーンパークにかけては,折り返したあとも観戦できる2度おいしいスポットになっている。

2日目の第一ステージはロンドン〜グリーニッチ〜メッドウェイ、トンブリッジ、などケントを通って、ゴールはカンタベリー。

■ 2006.08.02 (Wed)  人工股関節手術を受けて自転車に再び乗れるようになった。ランディスは?
R0023679.JPG 346×442 25K今日の朝日新聞読者投稿欄「ひととき」のコラムから。

「今日は曇天。暑くもなく、寒くもない。自転車の練習をしてみよう、と思い立った。サドルに腰掛け、右足をペダルに乗せる。去年の今頃はこの姿勢をとるだけで体がグラグラして怖かったが、今日はスムーズだ。

なんだか乗れそう。そう思いながら右足に力を入れる。同時に左足が道路から離れ、ペダルを漕ぎ出した。。。自転車に乗れている。うれしい。。。さわやかな風を受け、ほほえんでしまった。。。

私の病名は両足性変形性股関節股関節症。19年前、右股関節を固定する手術を受けた。機能を犠牲にして痛みを取る手術だ。それ以来、自転車に乗れなくなっていた。

1年半前、右股関節に人工関節を入れる手術をし、機能を回復させた。手術を決めたときの一番の願いは、”再び自転車に乗りたい”だった。今日は長年の夢がかなった記念日。明日は自転車でどこに行こうかな」。
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ランディスも股関節の手術をする。痛みがひどくて人工股関節を入れる。手術のあと、復帰できるかどうかわからない。人工股関節でどの程度までのパフォーマンスが可能なのか、未知の世界だ。

さらに、今回の結果次第で、プロチームに復帰できるかどうかすらわからない。

でも、彼にこの48歳の女性の投稿を読ませてあげたい。股関節手術のあと、自転車に乗れたことだけでも、喜んでいる人がここにいる。

彼も自転車を始めた頃は、おそらくこういう気持ちだったと思う。「自転車に乗るのがとにかく楽しい」そんな気持ちだったのではないか。

手術後、前のような走りがたとえできなくなったとしても、そしてたとえプロチームに復帰できなかったとしても、初心にかえって、”また自転車に乗れる”、という純粋な喜びを取り戻すことができればいいと思う。

■ 2006.08.03 (Thu)  News Summary
■ ランディスのサンプルBの分析がさきほどスタート

予定通り本日木曜日09:00、ランディスのスペイン人弁護士2人(ホセ・マリア・ブセダ弁護士とルイス・サンツ弁護士)がシャトネー・マラブリ研究所に到着。UCIの関係者やアメリカアンチドーピング機構担当者とともに研究所長らと短い面談を行った。

その後、関係者立会いのもと、サンプル(検体)Bが開封された。前回書いたとおり、結果が出るのは土曜日となる。

なお、ランディスは複数の弁護士を雇っているようで、ハミルトンの弁護を担当したヤコブ弁護士もつけた模様。カリフォルニア州ロサンジェルスにあるForgey & Hurrell法律事務所の弁護士だ。

当初氏名を公表しないことになっていたUCIが、ランディスの名前を後から公表した点につき、ヤコブ弁護士は問題として指摘。UCI側は、研究所がレキップ紙と懇意なため、先に情報が漏洩する前にランディスの名前を公表した、と述べている。(実際には、あちこちですでにランディスの名前はその時点で書きたてられていたが。)

■ アスタナはサイスの会社の買収失敗

もともとリバティセグロスはアクティブベイによって運営されていた。アクティブベイはサイス監督が株主となっており、アスタナはこれを買収する方向で進めていた。しかしサイスが無実を今も主張し、株を手放すことを拒否したため、買収を諦めることに。

そして、カザフスタン国籍のチーム運営会社を新しく起こして、プロツアーライセンスを申請することになった。

これがうまくいけば、プロツアー初のカザフ国籍のチームとなる。(となると最低6人はカザフ選手を雇用することになる可能性。)

総支配人にはツールドスイスやロマンディの指揮をとってきたマルク・ビヴァー氏。前回報道のとおり、ホデフロートはコンサルタント的な監督となる。

ドイツ一周第1ステージでバザイエフが優勝し(Ref.今朝のレースNews)アスタナとして初優勝を飾ったが、今回カザフ選手が初優勝をあげた、という意味で、新生アスタナにとって、この意義は大きい。

(写真右から2番目がドイツ一周で区間優勝したバザイエフ。05TOJ)

■ 2006.08.04 (Fri)  バザイエフは、なんで日本人みたいなの?.. の疑問からカザフスタンを学ぶ
grp0804082613.jpg 517×476 34K● 現カザフスタン首相アフメトフ氏は元自転車選手。現在自転車連盟会長を兼任し、アスタナチームの仕掛け人
● カザフスタンの首都アスタナの建設担当は黒川紀章氏


ドイツツアー第1ステージで、チームアスタナに初勝利をもたらしたカザフスタンのバザイエフ。彼はちょっと見た感じ、日本人みたいだ。

その話つながりで昨日別コラムで、「会社にゲストで来ていたカザフスタン人を初めて見た時、日本人だとばかり思った。カザフは全くヨーロッパ系の人と全くモンゴル系の2つにあそこまですぱっと分かれるんだろう」てな話を書いた。

するとちゃんと資料を調べてくれた殊勝な人が登場。カザフのモンゴルvs白人の比率はざっと54:46で、やはり比率的にもスパっと2つに分かれるらしい。以下タレコミ情報:

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<<Quote
カザフスタンの民族構成。てっとりばやくウィキペディアで見ると:

「カザフ人が53.4%、ロシア人が30%、ウクライナ人が3.7%、ウズベク人が2.5%、ドイツ人が2.4%、ウイグル人が1.4%、高麗人が0.5%、その他6.6%となっている。(1999年時点) カザフ人、高麗人がモンゴロイドで、その他がコーカソイド(白人)である。」

ということで、ヴィノはコーカソイドでしょうか。

19世紀にロシアに併合されて、そのまま旧ソ連邦の一部になってますからそのせいでロシア人が多いのでしょうね。

「民族優遇・差別が禁止されているにも拘らず、閣僚の70%はカザフ人である。」とのことですから、ソ連から独立した他の国同様難しい問題を抱えているのでしょうか。
宗教的にも「イスラム教が47%、ロシア正教会が44%」と分かれていますし。

それと、バイコヌール宇宙基地ってカザフにあるんだ・・・知らなかった。でも「ロシアが占有する代わりに毎年1億1500万USドルの基地使用料を支払う」って「USドル」ってとこがミソですねぇ。

ついでに外務省カザフ情報の基礎データです。
<<Unquote
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で、外務省のサイトを見て気に留まったのは、こちらの記述:

● 首相の名前はアフメトフ(ダニアル・ケンジェタエヴィチ)。
この人だ。元自転車選手で自転車連盟会長を兼務するという例の人物。彼の尽力でアスタナチームはここまでこぎつけた。

● 油、天然ガスなどのエネルギー資源、鉱物資源に恵まれた資源大国。石油埋蔵量は396億バーレル(世界の3.3%)。。。。チームアスタナはカザフスタンの石油会社5社の協賛だが、カザフスタンは石油の輸出が輸出の割合でも大きい比率を占めるようだ。

● アスタナ(Astana:旧アクモラ。97年12月10日にアルマティより遷都。我が国はJICAによる新首都アスタナの建設計画作成支援を実施し、基本設計は黒川紀章氏が担当)

● カザフ語は国語。(ロシア語は公用語)

● カザフ人の間ではイスラム教スンニー派が優勢

(写真は05TOJ。バザイエフは右から2人目。左2人が欧州系、右2人がアジア系)

■ 2006.08.04 (Fri)  OP関連
kari9.jpg 316×373 43K■ 06ジロ:リバティの選手が薬物中毒で入院していた可能性

5月19日、第12ステージを普通に走り終えたマルコス・セラノ(当時リバティ。写真)。夕食のあと、突如高熱・嘔吐に見舞われた。

すぐに病院に搬送され、「感染症」という診断がくだり、その後10日間入院を余儀なくされた。ところが、オペラシオン・プエルトは既に2月に密かに開始されており、セラノの周辺のEmail、電話は盗聴されていた。

そして、セラノの妻が夫の状態を説明してほしい、とフエンテス医師に詰め寄る様子を情報介入により入手。

警察当局の薬事担当は、セラノの病気は、「薬物中毒によるものだった」と説明している。現在これが真実かどうか本格的な捜査が始まった。

そのほか、ベロキ、ビシオソ、U・オサについても「警察当局は重大な証拠を掴んでいる」、と語った。

■ オペラシオンプエルトで押収されたデータがウルリッヒのものであった場合、”前代未聞の薬漬け”の実態

* オペラシオン・プエルトの押収書類には”前代未聞の薬漬け“の実態。データがウルリッヒのものだと確定すれば4年間はプロチームへの復帰は不可

* 但し、状況証拠のみでウルリッヒのデータと判断している場合は、嫌疑から開放される可能性も

ドイツの反ドーピングの権威ヴェルナー・フランク氏がTV出演し、ウルリッヒのものとされるオペラシオン・プエルト(OP)の機密データを閲覧したことを明かした。(=>Bildのサイトへ)

ドーピング関連の仕事に長年携わってきたが、これほどまでにおびただしい薬物の使用を認めたのは初めてだ。」と愕然とした様子で告白。

「ウルリッヒがここまで手を染めるに至ったのは、周囲にいる人が悪かったのだろう」、と述べた上で、薬物のおびただしい量から推測して、「ウルリッヒは一年間だけで、35,000ユーロ(500万円以上)もの金をドーピング剤に注ぎ込んだと思われる」と。

ウルリッヒの方は、このTV会見に関して「ナンセンス」と一蹴した。

一方で、専門家の中には、データの内容をウルリッヒのものだと断定するのには無理があるのではないか、と見るむきも。

現在、何をもってそのデータをウルリッヒのものとしているのか、間接証拠のみである可能性もあり、さらにウルリッヒはDNA鑑定はしていない。そうなると「データが間違いなくウルリッヒのものだと完全に証明するのは難しいはずだ」としている。

■ 2006.08.05 (Sat)  ランディス: 速報と続報
landis2.jpg 378×322 41K速報 :
● ランディスの陽性が確定:優勝者の陽性は、ツール103年間の歴史の中でも初めて

● UCIが、ランディスのサンプルBもサンプルAと同じ結果であることを正式に確認(UCIコミュニケへ)

● さらに、テストステロン(化学式C19H28O2)の炭素同位体比率測定により、"外部摂取のテストステロン"という判定も出た模様

続報 : 
● フォナック声明文:「もはやランディスが今後法的措置を行使して反論しようとも、チームは一切関知しない」

● 「ランディスはもはや実質的にはツール優勝者とは見なさない。優勝剥奪の最終判断はUCIがくだすが。。。」(ASO談話)

● ランディス声明


----*----
ランディスのサンプルBの結果は、土曜の現地時間午前中ぐらいには判明予定、となっていたが(Ref.8/1付けトクダネ)、ちょうどそんなタイミングで結果が公表された。
サンプルBの結果はサンプルAの結果と同様だったことをUCIが確認した。これでランディスの陽性が確定した。

またそれだけでなく、安定同位体を持つ炭素を用いたIRMS(同位体比質量分析)も同時に実施され、外因性の(=外部摂取による)テストステロンが含まれていた、という判定も出た模様。(UCI関係者が非公式に確認したところによる。)

98年フェスティナのスキャンダルが勃発した時は、「des affaires Festina=フェスティナ・アフェア=フェスティナ事件」と呼称がついてしまったが、今回ランディス陽性のアナウンスで、「ランディス・アフェア=ランディス事件」という呼び名が もやはついてしまった。

弁護団は、UCIに対し、個人機密情報守秘義務違反があったとして抗議している。サンプルBの結果が出る前に、UCIが選手名などの情報を流したからだ。これについては今後、追及していくことは必要だろう。

一方で、これで議論のすり替えをするのではなく、ランディス側にも説明責任がある。

彼はテストステロン内分泌説を唱えていたが、サンプル中のテストステロンに含まれる炭素(C-12と13)の同位体比率を調べたところ、自然界の比率に対応していないことが認められたようだ。

解説:テストステロンの化学式は、C19H28O2(MW=重量平均分子量 288.43) で炭素(C)を含んでいる。うち炭素12(C-12)と炭素13(C-13)の比率は内分泌系のものであれば 98.892 : 1.108 となるはずだ。

この比率が崩れていたとなると、外部摂取をしたというロジックしか通用しない。外部テストステロンがなぜ体内に入ったのか、きちんと説明しなくてはならない。

今回の件が及ぼすマグニチュードは各方面において多大だ。今までランスの陽性疑惑などスキャンダル記事は多々あったが、彼は陽性反応は一度も出していない。ツール優勝者が陽性判定を受けたのは(実質的に)、ツールが始まってから103年目にして初めてのことだ。

■ まずはUSA自転車連盟でヒアリング。それでも主張が認められなければ仲裁裁判所へ

今後の予定
UCIは、ランディスのヒアリングを開催するようUSA自転車連盟に求める。ヒアリングの場で、ランディスの弁明が認めらない場合、ランディスはCAS(スポーツ仲裁裁判所)に申し立てをすることができる。

そこでも申し立てが却下されれば2年間の出場停止+さらに復帰後2年間はプロツアーチームで走ることを許可されないことになる。

なお、今回の報道については、下記のサイトの情報が読みやすい:
CNNニュースの日本語版へJUMP

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● フォナック声明文JUMP

本日フォナックは、チーム・リーダー フロイド・ランディスのサンプルBもサンプルAと同様ドーピング検査陽性となったことをUCIにより通達された。

よって倫理内規違反により、ランディスは即刻チーム解雇となる。ランディスは、今回の結果に法的措置をもって反論することができる。しかしこれはもはや彼の私的な領域となり、フォナックとしては、一切関知しない。

チームの所有者アンディー・リス氏は今回の展開を遺憾に思っている。現在彼は、今回の件がフォナックチーム持ち株会社であるARcycling AGに与える影響を関係者に説明しているところだ。

リス氏とマネージャーのルランゲ氏は、本件に関し、2,3日中に記者会見を開催し、正式に詳細な声明を出す予定だ。
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● ツール主催者ASOのディレクター プルドムのコメント

「(優勝者として2位のペレイロを繰り上げるには)UCIの最終決定を待つ必要はあるが、もはやランディスをツール優勝者とは見なしてない。」として、薬物撲滅への戦いを再度強調した。
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● フロイド・ランディス声明

UCIの公式発表の直後に、ランディスがコメントを出した。

「禁止薬物は今まで一度たりとも摂取したことはない。もちろんテストステロンも摂取はしていない。僕は一番強かったからツールで優勝した。

僕はこうした弾劾と戦っていく。今までトレーニングやレースに注いできた精力を、今度はこの戦いに注ぎ込むつもりだ。

僕の目標は、自分の汚名を晴らすこと。そしてこれまでハードワークによって勝ち取ってきたものを再び取り戻すこと。」

■ 2006.08.06 (Sun)  ランディスの返還賞金額は6600万円・弁護士はエラスと一緒・そして、意見いろいろ
今朝の日経新聞によると、ランディスの優勝剥奪が決定した場合、返還賞金額は6600万円とのことだ。ところで。。。

● ランディスの複数の弁護士のうち、1人はエラスの担当弁護士

ランディスの弁護士のひとりホセ・マリア・ブセダ氏。名前に聞き覚えがあった。エラスがEPO陽性となった時に弁護を担当した弁護士で、今年1月・2月のトクダネにも名前が登場した人物だ。

そのブセダ弁護士、ランディスの処分に関する最終結果は早くても今年12月か来年1月だろう、と述べている。

エラスの場合、優勝剥奪が確定するまで6ヶ月かかっているので、そういう試算をしたのかもしれない。一方で、9ヶ月以上はかかると見るむきもある。いずれにしても、ある程度長期戦覚悟だ。

ただ、エラスのように、検出・数値の割り出しが難しいとされるEPOの場合でも陽性判定を覆すことができなかった。さらにダニロ・ホンドのケースのように、増強効果がない薬が微量に見つかったケースですら、判定は覆らず彼は処分を受けた。

ランディス側は、今回の陽性判定をどうやって覆すつもりだろう?とっぴな超自然現象などを引っ張り出して抗弁することだけは止めてほしい。

ランディスに対しては03年に本人に会って以来、いいイメージを持っていた。フランクで感じがよく、少々失礼な質問にも快活さな笑顔を見せる。10時前には自室にひとり戻り寝る準備をする。他の選手に惑わされず、ストイックな様子。

それだけに今回のことは残念だが、そのあとどう対応するかで真価が問われる。

一番下の写真は昨日別コラムで入れた写真。各町はツールを迎えるために、様々な工夫をしてあったかく歓迎している。純粋にスポーツを愛し、ツールがくることを町の人たちは楽しみにしている。ファンあってのツールだ。

● 「早く白状したほうがいい」と勧告した弁護士(過去の例)

今年のツールドスイスで、スイス人ジャーナリストと会話中、こんなことを言ってみた。「フェスティナ事件のとき、フランス人はみんな否定したのに、スイス人3人はすぐに薬物摂取を認めましたね。スイス人って正直な国民性なの?」

こんな答えが返ってきた。「あれは弁護士がよかったんだよ。早く白状すれば、早くレース復帰できる、とスイス選手3人を説得したんだ。」

確かに当時スイス人3人は余りごたごたが長引かずに、汚点も最低限で済んだ。そしてツーレやデュフォーは、フランス人のヴィランクやエルベらよりも先にレース復帰を果たした。

今は、薬物使用を認めても認めなくても陽性判定が出たら2年間の出場停止。白状したら軽くなるというシステムではない。だから、「白状しても何の得にもならない」と言う選手が現れる始末だ。


長くなったので、昨夜エントリーした”ファンのオピニオン”は別ページにしました。続きを読む...

■ 2006.08.07 (Mon)  アスアナ最新News
grp0807070640.jpg 778×584 127K● 新ジャージは前より渋め ● 新体制アスタナ2勝目 ● ブエルタメンバーに4人のカザフスタン人

ドイツランドツアーでプロローグを見てきた人から写真が届いた。

スポンサーのウルト(ヴュルト)が撤退したため、アスタナの新ジャージからは赤いロゴが抜けた。そのため前のジャージよりも落ち着いた感じ。

==>ツールのときに登場したアスタナの旧ジャージは ここ

一方昨日のブルゴス一周(スペイン)で、オーストラリアのアーロン・ケンプスが区間優勝。ドイツツアー第1ステージで優勝したバザイエフに続き、これでチーム新体制となってすでに2勝目をあげた。

● アスタナの暫定ブエルタメンバー。カザフスタンから4人

8月26日から9月17日にわたっておこなわれるブエルタの暫定リストが出ている。

アスタナは、ヴィノクロフをリーダーに、バザイエフ、カシェチキン、ヤコヴレフというカザフスタン4人衆を送り込む。

さらに、オペラシオン・プエルトのリストに出た選手のうち復帰を許されたパウリーニョとコンタドールが出場。(それ以外のリスト掲載者については、嫌疑が今現在晴れていないため、レース出場は禁止されている。Ref.小ネタ)

さらにルイス・レオン・サンチェス、カルロス・バレド、(ブルゴスで今回勝った)ケンプス。以上9人。

リザーブは、ナバロ、レドンド、ロハス、E・サンチェス、デ・コールト。

(Photo copyright@ブルゴーニュさん)

■ 2006.08.07 (Mon)  読者の手紙:「全ての選手は薬物を使用している」に、現役プロ選手が答えた
pinotti.jpg 368×444 37K7月27日、CNの読者の手紙コーナーに掲載された一通の投書:

「フロイドが陽性で、言い知れない失望感を味わっている。僕は長い間、少なくとも数人のプロ選手はクリーンであり、状況は改善されつつあると期待していた。

タイラー・ハミルトンが最初にクロとされた時、そんなことはあるわけないと思い、彼のクリーンで正直な人柄を盲目的に信じていた。でもなんてバカだったんだろう。

今度はフロイド・ランディス。メノナイト派の彼が。あのハミルトンよりも、もっと普通っぽいあの彼が。僕は自分自身にも、友人にもこう言ってきたものさ。
「ランディスは絶対ドーピングなんかしないさ(ドーピングをする最後の選手だ)」とね。

となると、もはや ほとんどすべてのプロ選手が薬物をやっていて、且つ、嘘つきってことになる。ツールなんてくそ食らえ。ジロもブエルタもどうでもいい。

パリ〜ルーベもばかばかしい。(パリ〜ラビッシュ)。。。薬物コントロールなんて実際ないに等しいんだ。

もうすべてのプロ選手が薬物をやっているとしか思えない。欧州、北米、南米、、、自分の友人選手のことすら疑ってしまう。プロ選手自ら、”自分は薬物をやっていない”と証明できない限り、自転車選手なんてうんざりだ!!」


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この投書をサウニエルのイタリア人選手マルコ・ピノッティが読んで、自ら返事を書いた。題名は、「I will prove it = 僕が証明する」

「7/27付けの手紙にこたえたい。
僕はドーピングはやっていない。同時に僕はプロ自転車選手だ。君にこれをどうやって証明したらいいかわからない。

僕のトレーナーのサイトがある。www.mentalperformance.it イタリア語とスペイン語しかないけど、これを見てほしい。そして君がどういう証明を願っているのか聞かせてくれないか。できるかぎりのことを君に示したいと思う。
マルコ・ピノッティ。イタリア 7/29」


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ピノッティの投書を読んだ読者から、さらにいろいろな反応がきた。感銘を受けた読者がいる一方で、もう心からこの問題に失望して、手厳しいコメントをぶつける読者も。

● 最初の投稿者のように、憶測だけで弾劾するのは危険だ。マルコ、よくやった。よくやったよ。(ユタ州)

● 僕は全ての自転車ファンを代弁はできないけど、大半のファンが君の言うことを信じたいと思っていることだろう。ただ、信じることはどんどん難しくなりつつある。(イリノイ州)

● マルコ、君の返事とあけすけな態度を尊敬する。でも、言葉だけじゃだめなんだ。行動のほうが説得力がある。どうか君と君の同僚たちには年間を通した血液検査キャンペーンを実施してほしい。そして結果を公表してほしい。こうした透明性がなくては、汚名を晴らすことは無理だろう。

● もし薬物を使用していないなら、使用している奴らを告発して、レースから除外するようにしてくれ。君やジボ(シモーニ)やミラーなら、誰がドーパーなのか、わかるだろう。それができないのなら、結局君も同じ穴のむじななんだよ。

(Photo: 2001年 ピノッティ in宇都宮)

■ 2006.08.08 (Tue)  バルセロナ五輪銀メダリストのエリック・デッケルが選手生活に幕

長男のケヴィンはラボバンクの赤玉
ジャージで登場。
2000年ツール、ドイツのステージ。

よく見ると赤ゼッケン。
デッケル一家がそろった。
妻(右)と次男の姿も。

2003年、レース前にカラオケの
おもちゃで遊ぶ。今日はシャンゼリゼの
凱旋ステージ。


果敢な逃げが印象的だったラボバンクのエリック・デッケル。
ツール第4ステージで怪我をしてリタイヤ。そのまま引退か、と書き立てる新聞もあったが、本日のEmmenのレースを最後にレース生活に幕を閉じると発表した。ただし、例年楽しんでいるシーズン最後のキュラソーレースには登場するようだが。

ツールの際の怪我は彼のモチベーションを落としたといい、精神的にも限界を感じた様子。さらに、再び落車することに恐怖を感じるようになったという。
今後はラボバンクの監督としての道を歩む。

彼は1992年バルセロナ五輪でカザルテッリについで2位・銀メダルを獲得。その年にすぐプロ入りしたが、96年にラボバンク入りする前は、目立たない存在だった。下積が長い彼だったが、「自分にはできることとできないことがあって、僕はそれを自覚していた。ツールの区間優勝は、絶対にいつかできる、と確信していた。」そう語っていた。

彼が開花したのは2000年、30歳のとき。いわゆる遅咲きライダーだった。ツールで3勝をあげ、「トリプル・デッカー」という異名をとった。ロンドンの2階建てバスが「ダブル・デッカー」というのをもじったものだった。

彼はツールの表彰台の上で嬉し涙を流したが、自分でも「感激屋」であることを認めている。特に単独ゴールで勝ったときは、ゴール手前優勝を確信して、さまざまな思いが去来し、感極まった、と語っていた。

その年は、ほかにもオランダツアー総合優勝、クラシカサンセバスティアン、TTオランダチャンピオンを獲得。14勝の大活躍。

アタックを果敢にしかけ、敢闘賞を獲得してきたデッケル。彼は、以前こんなことを言っていた。

最初にアタックが仕掛けられると、みんないつもこう言う。"どうせ捕まるさ"。でも、これは間違いだ。」

■ 2006.08.09 (Wed)  AG2Rのジャージ4500円
ag2r.jpg 498×445 95K● ロマーノ・プローディ伊首相がバッソを支援

自転車が政治になってきた。イタリアの首相プローディ氏がバッソを支援する発言。
「バッソは、自転車界そのもののシンボルだ。イタリア人のファンはみんな彼に望みを託している。彼は無実を証明できると信じている。」(radsport-aktiv)

● ニュースの続報:スコーダがツールのオフィシャルスポンサーを07年を最後に中止決定

ツールのイメージダウンにより、スポンサーを再考していたスコーダ。2007年いっぱいで契約終了だが、そのあと、スポンサーを中止することを決定。
ツールの車のオフィシャルスポンサーは、フィアットのあとスコーダが引き受けていた。

 ペタッキカムバックの予定

8月、いよいよペタッキが復活する。ジロで怪我をしてから3ヶ月、ようやく完治したようだ。

まずはトロフェオ・チッタ・ディ・カステルフィダルドのあと、8/12のハインライテ一周、8/13のBochumツアー、16-20のレジオツアー、そして26日からのブエルタ。

ブエルタのあとパリ〜ツール(10/8)には出場するが、9月の世界戦に出場するかどうかは未定。

ペタッキは欠場にもかかわらずすでに13勝もしている。ボーネンにはあと4勝及ばないとのこと(聞いた話で未確認)。ブエルタで勝利量産を期待したい。

● デカトロンのバイク9000円、AG2Rのジャージ4500円


フランス滞在中、セロテープが必要になってスーパーを探し回ったときの一こま。AG2Rのジャージが4500円(29ユーロ)、デカトロンのバイクが9000円(59ユーロ)。。。

傍らのブックコーナーには悪魔おじさんの本が出ていた。
(ちなみにセロテープのフランス語がわからずに困ったのだが、スコッチで通じるようだ。ただし、中には通じない人も。)

■ 2006.08.10 (Thu)  ランディス
landis.jpg 310×340 21K自分も大腿骨頭壊死である、という読者の人からメールを頂いた。内容を読んで、1つ気づいたことある。ランディスが戦っていたのは、大きな痛みだけではなかったのだと。

病気で一番辛いのは、自分の力ではどうにもならない見えない力で状況が悪化していくということ。その恐怖はいかに大きいか。彼はそんな恐怖と2年以上戦った。人並みはずれた勇気と意志の持ち主である、ということ。

今回メールを下さった方には、辛い状況でありながら、敢えて声を発信して下さったことにお礼申し上げます。

=> メールを読む

それからもうひとつ、昨日届いた意見にスポンサー離れを気にする声。これは確かに大きな問題で、スポーツの死活問題につながる。

ランディスは、アルコールが反応を起こした=>脱水症状=>検査の不備=>間違って何かを外から摂取したかも、、と理由を二転三転させている。自分ひとりだけの問題なら、あっさり認めていたかもしれない。

彼の肩にはチーム全員・チームスポンサー・ありとあらゆるレースのスポンサーの行方がかかっている。改めて問題の大きさに気づき、苦悩している様子が窺われる。

病気を抱えてそれを乗り越えて走り続けた勇姿と、これほどまでに周囲にインパクトを与えてしまった状況には余りにギャップが大きくて、この問題を考えれば考えるほど戸惑う。

■ 2006.08.11 (Fri)  生命の危機を乗り越えてきた選手たち。そしてまた一人、昏睡状態を脱したソール・レイズィンに平衡感覚が戻った
grp0811081836.jpg 240×320 20Kグレッグ・レモン、ランス・アームストロング、ソール・レイズィン、アルベルト・コンタドール、に共通していること。それは生命の危機に瀕しながら、それを乗り越えてきたこと。

● アルベルト・コンタドールの場合

2004年5月、アストゥリアス一周の最中意識を失ってクラッシュ。原因は脳の多孔性血腫だった。緊急手術を行ったが、一時は重体に。

サイス監督及びチームオンセは精神的・金銭的に家族を支援。サイスはレースをほかのスタッフに任せてコンタドールに付き添い、病室で家族とともに涙を流した。しかし強い生命力で一命をとりとめ、さらに7ヵ月後にはレース復帰し、区間優勝を果たすまでに。

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そして、2006年8月9日、再び意識を失ったコンタドールの続報。(Ref. 昨日の小ネタ

ブルゴス一周第4ステージを5位で終え、ゴール後6km地点、ホテルに戻るためチームバスのところに向かっていたところで気絶したコンタドール。

(おとといコンタドールが気絶した直後の画像がある。目が泳いでいる。よく5位でフィニッシュできたものだ。==> 画像へ

なお、続報第一報が入ってきた。CTの所見によると、一応重大な問題はなさそうである、とのこと。ただ、1日ほど状態を見ることに。


グレッグ・レモン:銃で内臓を撃たれた後、奇跡のカムバック。しかし体脂肪率は4%から17%へ

1987年、レモンは叔父と義兄とともにリンカーンの農場に七面鳥の狩りに出た。茂みの後ろに回りこんだとき、突然離れたところから義兄が打った弾丸が2発、レモンに当たった。

息ができなくなった。弾丸は、肝臓と腎臓、横隔膜、腸にダメージを与えていた。ヘリコプターを待つ間、このまま死ぬのだろう、と思った。救急隊が早めに到着したことが彼の命を救った。

しかし、痛みに慣れていたレモンでも、余りの痛さに愕然とした。肺から血を抜くためにつけられたチューブの挿入は麻酔なしだった。「自転車競技での苦しみなんて、これに比べればなんでもない」、そう思った。

弾丸は心臓付近にまで達していたが、奇跡的に命を取り留めた。しかし体脂肪率は4%から17%に上がっていた。そのあと壮絶なリハビリが始まる。
そして2度目の奇跡は89年。ツールでフィニヨンと死闘の末、優勝を果たしたのだった。(スポーツマンオブザイヤーになったレモン


● ソール・レイズィンに平衡感覚が戻った

2006年4月、サルトのサーキットレースで落車したレイズィン。病院では当初意識もしっかりあり、骨折などの外傷のみと思われた。ところが、30時間ほど経った後、こん睡状態に。脳内出血で脳圧が上がり、緊急手術。
(Ref. 4月6日のトクダネ

幸い手術は成功で意識は戻ったが、後遺症が残った。

昏睡状態のレイズィン
意識は戻ったが、まだ弱々しい
平衡感覚が戻るまでに奇跡の回復

続く
(Photo:05TDR コンタドール)

■ 2006.08.12 (Sat)  アルベルト・コンタドール続々報 : 04年,手術を受けた病院で外来診察。ブエルタ出場に可能性を残す
contador2.jpg 178×280 15Kブルゴス一周で気を失い、市内の病院に担ぎ込まれたアスタナのアルベルト・コンタドール。意識も直後に回復し、この病院で行われたCT検査では、特に目立った所見はなく、一旦退院。

そして自宅のあるマドリッド地方のラモン・イ・カハル病院の外来で、再度精密診察を受けた。

この病院は、彼が04年5月に脳の多孔性血腫の手術を受けた場所。

通常の検査では特に問題箇所は見つからず、普通の生活を送ることが許され、トレーニングもOKということで許可が出た。

しかし、現在予定されているブエルタ出場はまだGoサインが出ていない。04年に手術を行った神経科チームにより綿密な検査結果が行われ、この結果が出るまで、回答はお預け。

とりあえず判明したことは、気絶して落車した際、頭部左側をひどく強打したが、その後遺症で脳がダメージを受けた、ということはないという点。

全ての結果が出揃うまでにはまだ数日かかるが、とりあえずブエルタ出場の希望をつないだ。

ブエルタは26日マラガで開始となる。

(関連News 06/8/10付け小ネタ & 昨日のトクダネ)

■ 2006.08.13 (Sun)  ランス・アームストロングがランディスに物申す + ランスの後任候補を探すレースが終了
usp.jpg 352×391 72K● ランス:「ランディスはローギアを使うべきだ=頭を低くすべき=メディアの前で余り弁明すべきでない」

ランス・アームストロングは、ランディスがマスコミに出て頻繁に弁明を続けていることに一言口をはさんだ。
「マスコミの前に出て話せば話すほど、もっと話さないといけなくなる。一番いいのは、メディアへの登場をやめて、成り行きを静観することだ。」

ランディスはこのところ、4大ネットワークすべてに出演し、インタビューを受けている。おのずと高いT/E値の理由について、いろいろな説明が出てくる原因となっている。(ビール、ウィスキー、脱水症状、治療薬の影響、体内生成。。。)

「今のこの世の中、メディアから公平な扱いを受けることは、とても望めない。」とした上で、

「あきらかに、今の状況は自転車界にとってよくない。それはフロイドも認めざるをえないだろう。でも僕はフロイド・ランディスのファンでありサポーターだ。彼を信じる。」


● ニュースの続報 :レース トゥー リプレイス

4/23付けトクダネ「ディスカバリーチーム、ランスに代わる新しいアメリカンヒーローを一般公募!」の続報。
(”8月12日、インディアナポリスのモータースピードウェイで、公募レースを開催。一般アマチュア選手が、ディスカバリーの選手の座を射止めるという千載一遇のチャンスがある。。。。”)

チームディスカバリーに新しいアメリカンヒーローを入団させるためのプロジェクト、「レース トゥー リプレイス (Race to Replace, Race2Replace)が昨日行われた。優勝者はディスカバリーチームの一員となり、US選手権にも出場できる。

優勝し、ディスカバリーメンバーの資格を得たのはA.J.スミス。チームAEG-Toshiba-Jet Networkで走り、ズブの素人ではない。MTBにも乗る。写真はここ;

今年バハマのツアーでDNFになった成績が残っているが、 それ以外目だった成績はない。彼はさっそく、9月のUSプロ選手権に登場することになる。スミス、大物への道となるのか?

(Photo: 04年USP時代のランディス=黄色いジャージのランスの左後ろ)

■ 2006.08.14 (Mon)  ニュースの続々報 :次のランスを探せ!“レース トゥー リプレイス”
grp0814084253.jpg 314×366 38K別府史之選手も参加して行われたレース トゥー リプレイスの詳報。チャンピオンのA.J.スミスは、トラックの元ジュニアナショアナルチャンピオン。24歳。

シドニー五輪のトラックスプリントTTめざしてトレーニングをしていたが、選手団には選ばれなかった。選手は諦めて、栄養アドバイストレーナーに転身。ウェイトトレーニングで体重は100kg近かった。

しかし04ツールドフランスが彼を変えた。また走りたいという願望が芽生えた。アエロスペースエンジニアリング-VMGチームにアマチュアの資格で入団。1年で20kg以上の減量に成功。今年はプロとして、AEG-東芝・ジェットネットワークで走っていた。

残念ながらクラッシュや怪我に見舞われ成績はふるわず。チーム合意の上で、彼はディスカバリーチャンネルがこのほど企画したレース トゥー リプレイスを狙うことに集中した。勝てばUS選手権への出場権が得られ、ディスカバリーのメンバーになれる。

コースはインディアナポリスのスピードウェイで行われ、基本的に2.5マイルのサーキットコース。スミスにはうってつけのコースだった。参加者は男女年齢別に4つのカテゴリーに分けられ、それぞれ500人ずつ、最大4000人を見込んでいた。

実際15,000円払ってエントリーしたのは全部で400人。1千万以上のプライズマネーがかかるツアー・オブ・エルク・グローブ(シカゴ)と日程が重なったせいもあるだろう。両会場は来るまで4時間の距離だ。

レース トゥー リプレイスは、レース自体より、2500円程度を払って「ランスとともにラップを競う」という企画が大ヒット。1200人ほどが参加した。別府選手、ハモンド、ユルゲン・ヴァンデンブルックらも参加。ファンサービスをした。会場でサインをする別府選手の写真

スミスは、そのほかTREKのマドン5.9バイクを含め、チームのレース装備一式を賞品として受け取った。8月25日で25歳になる。一足早い誕生プレゼントとなった。

■ 2006.08.15 (Tue)  来年の世界選(シュツットガルト)情報
今年の世界選は9月17日の週にザルツブルグで開幕するが、その前に来年の世界選情報。
ツァベル、クニー、シューマッハ、フォーテンらドイツ選手たちが、来年の世界選(シュツットガルト)コースを試走した。

ツァベルの感想:「ドイツツアーに登場するセクションもところどころあり、コースはなかなかいい感じ。」

フォーテン:「チャレンジングなコースだ。結構厳しいけど、フェアだと思う。」

シューマッハ:「間断なくアップアンドダウンが登場し、きつい。でも、自分の地元で世界選手権が行われ、それに出場できるチャンスがあるというのは、人生の中でもそうあることではない。メダルを狙うモチベーションが高まる。」

ちなみにシュツットガルトで世界選手権が行われるのは、91年以来となる。
コースは19km x 14ラップ。計266kmを競う。日程は2007年9月26〜30日。

Photos: 06ツール


スタート前、古巣Tモバイルのバス運転手バートのところに駆けつけたツァベル。気心知れて、慣れ親しんだスタッフと話す時、ツァベルの顔は緩む。


ホテルの庭で行われたミルラムのチームお披露目式。例のスキャンダルの煽りで人影まばら。少々淋しかったが。


初日のスタート前。ストラスブールはドイツに近いせいか、最初の数日間は奥さんも来ていた。

■ 2006.08.15 (Tue)  フォナックが今季いっぱいでチーム解散を決定
phonac.jpg 475×275 37K● 過去チームを揺るがしたケースは全13件
(摂取・所持を自ら認めたもの、陽性確定となったもの、内部調査で解雇になったもの、実際には最終的に陰性だったがA検体が陽性でかなりもめた2件、全てあわせると)

チームフォナックが本日記者会見を開催。今季いっぱいでチームを解散することを決定した。

現在サブスポンサーで、来季メインスポンサーとなる予定だったiシェアーズは、今回のランディスの一件による打撃と、チームのプロツアーライセンス認定が不透明であることを理由にスポンサー中止を決定。

自転車競技愛好家であるチームオーナーのアンディ・リース氏は、なんとか代替企業を探すなどしてチームを救済しようとしたが、スポンサー離れに歯止めがかからなかった。

「夜も寝ないでなんとかチームスポンサーを探そうと東奔西走したが、もうお手上げ状態だった。こうなるのは実に心苦しい。」

マネージャーのルランゲは、選手の来季のチーム探しに専念する。

リース氏は、自転車を心から愛し、今までチーム存続のために腐心してきた。

フォナックがスポンサーを引くことを決めたあとも、iシェアーズにメインスポンサーを引き受けてもらうことに成功。
最初の大きなスキャンダルのあとは、スタッフを一新して、新体制でのぞんだ。

これまで数々の努力をしてきたがここで白旗を振らねばならなくなり、苦悩がにじみ出た会見だった。

思い起こせば3週間前、ツールの勝者となり、我々の喜びは頂点だった。スポンサーになりたいという企業が列をなして我々のもとに駆けつけていた。ところが突然、大きな一撃でノックアウトされてしまった。」

喜びの頂点から、一気に地の果てに突き落とされたリース氏。精神的にも打撃を受けたさまが窺われる。

実際、スポンサーを見つけるには、フォナックは残念ながら薬物スキャンダルが続きすぎた。陽性判定で解雇になったもの、自分で摂取や所持を認めたもの、グレーなもの、A検体のみの陽性、オペラシオン・プエルトなど一切合財含めれば、その数13人に及ぶ。

---- 過去の記録

2001年11月2日: イタリア人マッシモ・ストラッツァーがトラックの選手権で行われたA検体でEPO陽性。しかしB検体では陰性だった。当時EPOの検出方法がまだ確立したとはいえず、議論を呼んだ。

2002年10月16日:マティアス・ブフホーファーがデンマークツアーで陽性。除籍処分。

2003年2月3日:レト・ベークマンがテストステロンのブランドアンドリオルをスペインのトレーニングに持ってきたことを認めた。

2004年8月9日:オスカー・カメンツィンがA検体でEPO陽性になり、本人が使用をすぐに認めた。B検体の検査は行われず。そのまま彼は引退。

2004年9月21日:タイラー・ハミルトンがブエルタの血液検査で血液ドーピングと判定。2年間の出場停止処分を受けた。

2004年10月5日:ブエルタで2位に入ったサンティアゴ・ペレス。UCIからマークされ、10月に血液検査の要請を受けた。結果、血液ドーピングが判明。出場停止処分。

2005年6月15日:トーマス・ノーゼがツアー・オブ・ジョージアの検査で陽性反応。その後チームの内部検査でも陽性となり解雇。

2005年7月31日:ファブリツィオ・グイーディがハンブルクでEPO陽性。ただしA検体のあとのB検体検査で、規定値内の結果が出たので、これについては最終的に陰性判定決定で、処分なし。

2005年9月17日:ブエルタの最中チームが独自で行った検査で、サントス・ゴンサレスが規定値を大幅に上回る結果を出し、解雇に。ただし、UCIのテストで陽性になったのではないため、彼は今現在、スペインムルシアのチーム3モリノス・レソルトで走っている。 ただしこのチーム、陽性判定を次々に出しているため、チームの存続が危ぶまれている。

2006年3月13日: サーシャ・ウアヴァイダーが、トレーニング中に行われた検査でテストステロン陽性に。元選手の告白で、冬のトレーニング中に薬物を摂取しておく、という証言もでてきており、冬の間の検査が一般的になりつつある。

2006年6月2日:オペラシオン・プエルトでサンティアゴ・ボテロホセ・エンリケ・グティエレスの2人の関与が取りざたされた。2人はチームの独自の判断でレース出場禁止中。
特にボテロは、フエンテスの隠れ家を訪れる姿がビデオ・写真に写っている。パフォーマンステストの道具立てを持ち込んでいる様子も出ており、逮捕された元ケルメのラバルタとの電話の会話も盗聴された。

2006年7月27日:フロイド・ランディスがツールの検査で陽性となった、とフォナックが公表した。その後B検体でも陽性となった。

■ 2006.08.16 (Wed)  プロツアーチーム
grp0816195946.jpg 263×475 35K● 4チームが今季いっぱいでライセンス切れor解散。どうなる来年?
● フランス系が6チームで席巻


フォナックが昨日今季いっぱいの解散を決め(昨日のトクダネ)、Tモバイル、ケスデパーニュ(CEI)のライセンスが今季いっぱいで切れる。さらに07年、アスタナのライセンスがどうなするか。

一方、来季プロツアー入りしたいと願うチームはUnibet、バーロワールド、LPR(元リクイガスのジェローザが移籍したチーム。)

TモバイルとCEIは妥当に契約更改として、アスタナは、おおもとスポンサーのActive Bayの権利を今もマノロ・サイス元監督が手放さないため、買取り以外の道を模索することに。ヴィノクロフの去就も含め、まだ来年のライセンスに関しては、少し不確定要素がある。

現時点では、UCIはスポンサーやチーム関係者のことを考え、20チーム体制を保持するつもりだが、20チームは多すぎる、という声も。

CEIのライセンスが更改されるとなると、フランスの資本がプロツアーを席巻している。フランスチームはCOF、FDJ、ブイグ、CA、AG2Rの5チーム + ケスデパーニュがスペインのライセンスでありながら、資本はフランス。でフランスの息がかかったチームは6つ。

写真:昨年フォナック時代にTDRでリーダージャージを着たペレイロ。今年あのままフォナックにいたら、ツールでの総合2位はなかったかもしれない。

■ 2006.08.17 (Thu)  「フロイド・ランディスの義父が自殺」の報道
grp0817081446.jpg 253×343 14K「フロイド・ランディスの義父が自殺」、あるいは「射殺体で発見」の報道

フロイドの義父デイヴィッド・ウィット(57歳)が火曜日15日の15:14、ノースパーク駐車場の車の中で発見され、マーシー病院に運ばれたが、まもなく死亡が確認された。

死因は現在調査中。CNには射殺体で発見された、と出ているが、北米の報道では、「死因は不明だが、デイヴィッドは自殺だった」、という報道も。

ウィットとランディスは、同じ自転車のコーチについていたことから親しくなり、98年にはルームシェアをして共同生活をした仲だった。

デイヴィッドは当時ローズという女性とつきあっており、ローズの娘アンバー・ベイズィルをランディスに紹介。2人は結婚し、ウィットは2人の結婚式でベストマンをつとめた。

一方でデイヴィッドとローズも結婚。式のベストマンをつとめたのはフロイドだった。

デイヴィッドとローズは現在地元でレストランを経営しており、店内にはフロイドのジャージや雑誌の記事などが飾られている。

2人はフロイドの晴れ姿を見るために、今年の7月、シャンゼリゼに駆けつけた。

彼の死と今回のツールの一件との因果関係は不明だが、いずれにしてもフロイドにとっては、妻を紹介してくれた親友がこういう形で亡くなったということで、心中察するにあまりある。

デイヴィッドはランディス陽性の報道が出た際、「フロイドはこんなことをするような奴じゃない。彼は特別な素質があるんだ。彼の肉体的持久力は並外れている。1週間で900マイルものトレーニングをこなせる奴はそうそういない。早く今の困難を乗り越えたい。」と語っていた。

(Photo: ツール2日前の表情)

■ 2006.08.17 (Thu)  ウルリッヒ、身辺騒がしいが、とりあえず結婚準備は着々
grp0817202806.jpg 425×600 48K● フエンテス発信のファクスにウルリッヒの名前。証拠書類が流出
● オペラシオン・プエルト: きっかけはフエンテスの元クライアントだったスペイン選手の密告


スイスの自転車連盟がオペラシオンプエルトの書類を受領し、ウルリッヒに対するヒアリングが委員会により開催される予定らしいが、一方で、ウルリッヒとトビアスの妹サラ・シュタインハウザーの結婚準備は着々と進んでいる。

ただ、お祝い会場にパパラッチらが押しかけるのではないか、という危惧もあるけれど。。。

そんな中、このほどフエンテスの署名入りファックスが南ドイツ新聞(左の写真もCopyright@sueddeutsche.de)で公開された。(写真)

このファックスは、フエンテスが協力者宛に出したもの。
中には、ウルリッヒ、バッソ、スカルポーニ、セラノらの名前が入っている。もっとも、この程度の書類であれば、“偽造”として反論することも可能かもしれない。

左のファックスを読むと、スペイン語でこんなことが書いてあると思われる。(一部ちょっと読みづらいので、100%自信はないが。)

「ネルソンへ、これが5月に開催されるフェスティバル(ジロ)参加者のリストです。これ以外に参加者はいません。あなたの助けと協力を期待しています。(そして7人の選手の名前)(サイン) フエンテス」

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● オペラシオン・プエルトは、スペインの社労党が威信をかけて展開中
● スペイン列車同時多発テロがなければ、オペラシオン・プエルトもなかった
● スペインには、まだあと数名の“フエンテス”がいる


オペラシオン・プエルトのそもそものきっかけとなったのは、今年に入ってからの、スペイン選手による警察への密告である、と第一報で書いたが、その選手は元フエンテスのクライアントであったことが判明。

ただしこの選手は、04年に大規模な薬物摂取を告白した元ケルメのヘスス・マンサノとは別の人物である、とスクープ元のエル・パイス紙は述べている。

オペラシオン・プエルト、さかのぼれば、04年3月11日のスペイン列車同時多発テロに行き着く。

この事件を境に、再選確実と思われた国民党ホセマリア・アスナール首相が社労党サパテロ首相に敗れた。アスナール前首相は、アメリカのイラク政策支持にまわったため、テロを引き起こした、と国民が判定したのだ。

社労党サパテロ首相は、組閣の際に、スポーツ大臣としてリサベツスキーを投入。実は彼、元有機化学の教授をしており、薬物撲滅にひときわ熱心な人物だった。

これと時を同じくして、スペインではマンサノがチームぐるみの薬物漬け実態を告白。リサベツスキーは、ドーピングとの戦いに力を注ぐことを決意。これまで法で罰せられなかった事態を改善すべく、アンチドーピング法案制定にこぎつけた。

さらに、今年に入って、元フエンテスのクライアントだったスペイン選手が警察に、「フエンテス一味が、法に触れることにまで手を出している」として密告。スペインの威信をかけて、コードネーム“オペラシオン・プエルト”が始まった。

驚くことに、エル・パイスは、警察が押収した書類一式を全てコピーで入手し、先のスクープとなった。取材をした記者は、書類を見て愕然とするが、一番驚愕したのは、スペイン以外の選手の名前があったことだったという。

スイス自転車連盟に行っている書類も、これと同じものだと思われる。これらの紙による証拠品が、一体どの程度信憑性を持つものなのか、今後の争点となりそうだ。

そもそも、オペラシオン・プエルトに入っている選手たちは、UCIの検査でクロになったわけではない。外部の紙の資料だけで、UCIが罰則などを発動するかどうか。

いずれにしても、スペイン当局は、社労党の威信をかけて、薬物撲滅に取り組んでいる。アンチ・ドーピング法の公布も、予定より早まった。政権が終わる前になんとか改革を遂行するつもりだ。

ちなみにエル・パイスは、「残念ながら、スペインでは、こうしたアンダーグラウンドの医師として暗躍しているのはフエンテス以外にもまだいる。ただし、確固たる証拠をつかむのは困難だ」と述べている。

■ 2006.08.18 (Fri)  エウスカルテルの次期監督に目下オラーノが濃厚

次期監督に白羽の矢が立っているオラーノ。写真は99年ツール。ツールスタッフがTT直前にサインを求めている。職権乱用?

今回のツールで既に幹部として存在感を示していたイゴール・ガルデアノ

現監督フリアン・ゴロスペ。スタッフたちとはちょっと反目状態にあった。

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先日の小ネタの続き。エウスカルテルはゴロスペ監督と今季限りで決別。決別自体は友好的な形で行われたが、厳しい人柄ゆえか、実はメカニックなどスタッフとはあまりうまくいっていなかった。

来季の監督選出に向けて、現在のマネージャーであるマダリアガと、幹部のイゴール・ゴンサレル・デ・ガルデアノらが動き出した。

イゴール自身は幹部ながら監督を務めず、推薦する立場。彼は次期監督候補として、マペイ、バネスト、オンセで活躍したアブラハム・オラーノを一押し。2人は01、02年オンセに所属しており気心が知れている。

オラーノの最近の写真=>JUMP ..なんかすっかり渋く老練?になった。。 

そのほか、監督候補には、元バネストの選手でバスク人・現オルベア監督のJ・オドリオソラも入っている。彼は自分のHPで「世界で一番嫌いな場所は東京」と書いていた例の選手。96年来日のときに、嫌な思い出でもあったか?

オラーノは引退後、世界選手権のスペインチームの選出を手伝っている。また現助監督で元エウスカルテル選手ゴルカ・ゲリカゴイタ(写真)は助監督続投予定。


■ 2006.08.18 (Fri)  ボーネン:「ラルカンシェルは病みつきになる」
grp0818205423.jpg 640×480 67K■ エネコツアーその1:ボーネン「勝ててプレッシャーはなくなった」

エネコツアー第1ステージで優勝したトム・ボーネン。まだ本調子ではないため、レース前の時点では、区間優勝は予想していなかったという。
しかし、初日のプロローグで5位に入り、好調を自覚。勝利への闘志がめらめら燃えてきた。

「暫く休息した後、今日勝てたということは、いいトレーニングができた、ということだろう。当初は勝てると思わなかったけど、チームメートのおかげで楽に勝てた。

勝ててやっぱり良かったよ。プレッシャーがなくなった。勝ちがなかったらまだ暫く、緊張が続いただろう。

今後のレースでは、チームメートがいつでも勝機があるときに自由に動ける。彼らもプレッシャーから解放された。」


そして世界選手権が念頭にあるか?という問いには肯定で答えた。

「だってこのジャージ(ラルカンシェル)は一度獲ったら病みつきになるから。もう1年、このジャージを守るためにがんばりたい。」

途中リタイヤしたツールでの出来については,
「振り返りたくない
ただ、走りにミスがあった。ナーバスになって、負けることを恐れてしまった結果、勝ち星が遠のいた」。

来週月曜にはベルギーに戻って、自分の地元のレースに出る。「勝てたら最高だね」。

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■ エネコツアーその2:ゲロルシュタイナーのホテル災難は続く。
エレベーターは、まさか、シ○○○○社製?レース前に40分間エレベーターに監禁


エネコツアーのスタート前、ゲロルシュタイナーの5人(フェルスター、コップ、Mツベルグ、ホイ、オルドフスキー)が宿を出ようとして、ホテルのエレベーターに40分間閉じ込められるという事件が発生。まさかエレベーター、”シ社”製じゃないだろうねぇ。

フェルスターの証言:「もう息もできないぐらい辛かった。閉所恐怖症の人だったら大変だったよ。」

40分後、消防隊によって5人は救助された。なんとかスタートには間に合ったが、チーム期待のスプリンター フェルスターは、ラスト25km地点で落車。ゴールスプリントにからめず。「今日は僕の日じゃない。。」

さらに、「今夜は階段を使う!」

それにしても、つくづくゲロルシュタイナーは、ホテルと相性がなぜか悪い。前には警察沙汰にもなっている。(続きは今月号のサイスポツール別冊の「現地で解決!ツールのナゾ」にて)

■ 2006.08.19 (Sat)  懐かしのTVM
grp0819201307.jpg 467×437 66K先日小ネタに入れた”TVMが再び自転車チームのスポンサーを検討している”というニュース。真偽のほどはさだかでないが、懐かしい記憶が蘇ったことは確か。読者の人も同様らしく、投稿2件:

【その1】
TVM、懐かしくて消滅直前の選手を探してみました。
◆今でも聞く選手
S.イワノフ、S.クナーフェン、PVP、S.デヨンフ、L.ルークス、L.ミカエルセン、M.デンバッケル
◆懐かしい名前
ブレイレーフェンス、S.ウシャコフ、B.フォスカンプ、B.ハンブルゲル

98年ツールの事件の際、引き金となったのはこのチームだったような気がします。


【その2】
TVM、ファンペテヘムが所属していた(95〜99年←途中でかわったんでしたっけ)チームですが、あのセルファイス・クナーフェンがプロデビューしたチームでもあったはずです。94〜99年とありましたから、ファンペテヘムが在籍していた時とかぶりますね。

あと現Tモバイルのアンドレアス・クリアーが99年に所属とあります。この年はT.V.M.-Farm Fritesなんですよね。翌年にはFarm Fritesだけになるんです。同じTモバ組では、ロシア人のセルゲイ・イヴァノフも97〜99年に所属してました。

あと目についた選手たちは、クイックステップのデヨング、CSCのミカエルセン、ミルラムのデンバッケルぐらいでしょうか。

けっこう現役でも所属経験者がいたんですね。

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上記投稿を読んで気づいたこと3点。

● クナーフェンって、TVM〜ファルムフリッツ〜クイックステップ・ダヴィタモンと、94年デビュー時からずっと同じ系列チーム一筋で走ってきたようだ。安定的にチームに在籍できる選手ってそうそういない。

● ウシャコフ!
懐かしい!ポルティ時代、進路妨害でツールの区間優勝を逃して、大抗議。ロシア語とイタリア語・フランス語のちゃんぽんでまくしたてていた姿が蘇る。判定に不服で表彰台に上がろうとして、繰り上がり優勝になったフランス人選手が困惑していたっけ。

繰り上がり優勝は、ローラン・ドゥビアンだったかな。ベルジンが活躍していた頃だから、97年あたりのツールのはず。

● TVM、そうだ、確かにフェスティナ事件の端緒となったのがこのチームだった。その年の3月にTVMのメカニックの車からEPOなど薬物が見つかって拘留。その後ツール直前にフェスティナの車から大量の薬物が見つかったので、TVMの捜査が再度開始。

フェスティナのツール追放後、TVMも結構シビアな取調べを受けた。ツール期間中なのに選手たちは病院に連れて行かれ、夜中まで血液検査・髪の毛のサンプリング・尿検査などを受けさせられた。

その扱いぶりが、犯罪者同様だったため、翌日ツールでは抗議パレード(亀レース)になった。

(Photo: 98年ブエルタに出場したPVP(ピーテル・ヴァンピーテヘム)。彼もステージレースに出ていた時代があったのだ。)

■ 2006.08.20 (Sun)  ジャパンカップのDVD情報
moriquin.jpg 485×412 37K先日小ネタに入れたジャパンカップのDVD情報に反応あり。
レースシーンはTVで放送されたものと同一で、リザルトや出走選手情報などはないものの、レース中継を見たことのない人、ミーハー好きな人にはナイスである、とのこと。

Quote)
ジャパンカップのDVDについての記事があったので、つい反応してしまいました(笑)ミーハーとしては、わずか5分ほどの特典映像のために買う価値大です!

歓迎レセプションのシーンはまず、チーム紹介から。

・つまらなそうに壇上に上がるシンケビッツや、
・愛想のいいクネゴ、
・ちらりとうつる眼鏡姿に好感度アップのバッラン、
・肩にかけたトレーナー?がイマイチのモーリ、
・笑顔ふりまきまくりのパコなどなど。

そのあとは立食パーティー。お寿司大好きな日本人選手たち、餃子とさといもを山盛りにするシンケビッツ(しぶいな〜)、アップの手がかまぼこをとろうとしているものの、箸の持ち方からしておかしい(ナイフをもつようなというか…)ために取ることができず、ついにあきらめる…カメラをひいたらモーリでした、というナイスシーン。

レース前らしく?パスタをほおばるパコの後ろでは、ロバトとオラチが仲良くデジカメを覗き込んで、撮った画像を確認していたり。

ここでパコのインタビュー。日本に来たかったから参戦できて嬉しいと笑顔で…オペラシオン・プエルト発動後は泣きたくなるシーンです(泣)
日本の印象はまだ来たばかりだからわからないけど、日本については本や映画をみてきたからとの答え。

画像はふたたびパーティーへ。ひたすらパスタ(しかもナポリタン?)を山盛りにするマルツァーノ、やけに達者な箸使いのクインツァート。

ここでまたインタビュー。クインツァートです。日本は興味深い国、来日三回めにしてようやく東京に泊まることが出来ると嬉しそう。日本は遠い国だから、異なる文化をみられるだけでも楽しいとのこと。

みたび画面はパーティーへ。こちらもパスタ大盛りのクネゴ(ふと気がつきましたが、ランプレ勢はほとんどパスタばっかりの印象…)。サムアップで笑顔ふりまいてます。

そしてシーンはクネゴの優勝シーンへ。続いて優勝インタビュー。
まずは沿道で応援してくれたファンにお礼をいうあたり、礼儀正しいです(笑)去年の雪辱をはらすためにどうしても勝ちたかったので、朝起きた時から気持ちを集中させていたそうです。

だからこそ勝ててうれしいし、ホッとしていると。また、こんなに応援されたことをアスリートとして、一人の人間として本当に感謝しているとのこと。

このあと日本人選手が年々強くなっていること、とくに今年は最終集団に残った田代選手の力が目立っていたこと、今後はもっと日本人選手がレースの主役になっていくだろうということ…そして来年は健康でいたい、いろんなレースで活躍したい、だから期待して応援していて下さいとしめてました。

あと、自転車レースの魅力についても一言。うーん、パーフェクト。優等生らしい(笑)

と、今見直してみたらちょうど五分でした…これだけのために約2000円。高いか安いかは人それぞれでしょうが、私はパーティーシーンのためだけに払ったつもりでいます(笑)
Unquote)

う〜ん、ナイスなDVD感想文!
(写真は昨年のJC。モーリとクインツィアート。クインツィアートは先日プロツアーのエネコツアーで1勝。おめでとう!)

■ 2006.08.20 (Sun)  ブエルタに中国視察団がやってくる
0121.jpg 589×411 26K08年に北京五輪を控え、中国がスポーツ外交に力を入れている。
26日土曜からブエルタがスタートするが、そのスタート地点マラガに中国の使節団がやってくるという。来るのはスポーツ関係者、中国のハワイといわれるハイナン(海南)島の行政担当者。

中国の観光アピール・自転車競技関係者間の関係強化・レース開催視察目的らしい。五輪のロードレース開催の参考・手本の意味合いもあるようだ。

さらに、オランダ女王の使節団もマラガに集合する。オランダのアッセンとドレンテが、ブエルタの初日スタート地点開催地として立候補する考えがあり、そのための視察となる。

彼らはチームプレゼンテーションにも出席予定。プレゼンでは、オランダチーム ラボバンクのデニス・メンショフが正式に05年ブエルタ勝者として表彰される予定で、そのお祝いも兼ねる。

ブエルタ日程表は ここ

Photo: 98ブエルタの故ホセ・マリア・ヒメネス。このときは、ブエルタのリーダージャージはまだ黄金ジャージではなく、イエロージャージだった(といっても違いは余りわからない。単に呼び名が変わったという感じ。)

■ 2006.08.21 (Mon)  新城幸也選手の快挙に:
yukiya.jpg 335×413 41Kあのツールドフランス名物司会者も絶賛:「日の出づる国からやってきたティーム・ヴォングのアラシロ!」「数年前から実績を上げているアラシロ選手!」

8月15〜18日にかけて行われたステージレース、ツール・ド・リムザンで新城幸也選手が総合3位の快挙。さらに新人賞。

ボンシャンスのサイトの情報によると、新人賞の表彰式のビデオが見れるとのことで見てきた。URLはこれ、そのままビデオ画面へJUMP(Media Player)

司会は、ツールでもおなじみのあのしわがれ・ダミ声のダニエル・マンジャス(写真右。2003年ツールにて)。表彰式ではジョークを交えて“アラシロ”を称えていた。

------ ビデオ内容: ------

(幸也選手満面の笑顔)
マンジャン:「さて、日本からやってきて、”ティーム・ヴォング”のジャージに身を包んだユキヤ・アラシロを迎えましょう。

マンジャン:「ここでレキップ(=チーム)・ヴォングのアラシロを称えるのは、新人賞ジャージスポンサーのギャム・ヴェール(ガーデニングの大型チェーンを展開している会社)の責任者ベルナルディオン氏です。(スポンサーの名前を連呼してPR。)」

マンジャン:「アラシロ選手は、福島兄弟のもとですでに数年前から資質を見せ、結果も出しています。今年はブクル・ドラ・マイエンヌでも走りました。(* 晋一選手が優勝したレース。幸也選手は総合46位でフィニッシュ。)」

(ここでギャム・ヴェールのトロフィー【銀のお盆みたいなやつ】について、責任者ベルナディオン氏が壇上で幸也選手に説明を始める。)

マンジャン:「責任者のベルナルディオン氏は完璧な日本語を操るので、アラシロ選手に渡したトロフィーの説明を日本語でしているところです。(場内爆笑)友好的な所作です。」

マンジャン:「日の出づる国からやってきたユキヤ・アラシロ選手にもう一度大きな拍手を!」
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優勝コフィディスのレオナルド・ドゥケ、2位ブイグで元フランスチャンプのフェドリゴ、そしてプロチームに混じって3位が幸也選手。晋一選手も6位入賞を果たした。リザルト&PHOTOS
おめでとう!

■ 2006.08.21 (Mon)  ブラッドリー・マッギーが復帰
grp0823000414.jpg 640×480 83K坐骨神経痛でスイスツアー、ジロを立て続けにリタイヤし、ツールも欠場となったマッギーがレースシーンに還ってきた。

出場したのは このレース。

福島晋一選手から遅れること6分2秒の77位でフィニッシュ。

約2ヶ月間に及ぶ治療を経て、後半シーズンに向けて始動開始。

■ 2006.08.22 (Tue)  26日開幕 ブエルタ最新情報 : フレイレ、二転三転、やはり出場中止
0028.jpg 483×309 27K フレイレ、二転三転、やはり出場中止

体調が万全でなく、ブエルタ出場を迷っていたフレイレは出場を決めた。しかし、世界選手権の調整なので、シナリオは、途中リタイヤ。。。というのが昨日までのシナリオだった。ブエルタでの決意表明までしていた。

ところが、ツールから続いている故障が完全に払拭できず、首の痛みがとれない。急遽ブエルタ参戦中止を決意。完全に世界選手権に絞ることに。本当はブエルタで調整したかったところだが。

フレイレは、前人未到の世界選手権4勝というのがかかっているので、意欲はなみなみならぬものがある。

■ 今年のジャージ:

総合首位:黄金ジャージ
ポイント賞:ブルージャージ
山岳賞:紫ジャージ
コンビネーション賞:白ジャージ

■ 3大ツール全部完走する可能性があるのは。。

目下カルロス・サストレだけになる公算。去年CSCのロンバルディが全レースを完走。その前は2001年J・オドリオソラ(現オルベア監督)が成し遂げた。2001年に、確かトクダネでクイズとして出題した記憶あり。


■ ワイルドカードは1チームだけ


バレンシアナがアウトになったため、レラックスのみがワイルドカードで出場

■ 2006.08.23 (Wed)  ルイゾン・ボベ
ツールの歴史上、フランス人として初めて3勝を飾ったルイゾン・ボベは1983年に58歳の若さで亡くなった。しかし、彼の兄弟がまだ生存していて、このほど話を聞いてきた。さらににボベの娘にも会ってきた。今年のツール第8ステージでのこと。

ボベの妹マドレーヌは明るく
ほがらかな人だった

弟のジャンはイノーから記念品贈呈で
びっくり顔。

ボベと一緒のレースを走ったことが
あるというギイ(左)(博物館前にて)

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第8ステージのスタート地点となったサンメアンルグランはボベの故郷ということで、ヴィラージュにボベの妹、弟、娘が来ていた。

ボベのことは、未知谷から出版されている「ツール100話」「自転車チャンピオン」で初めて知ったぐらいで、その実それまであまり知らなかった。

現地に行って、イノーに劣らず人気者であったことにびっくり。50代の若さで亡くなったので、今、フランス国外で彼を知る人は余りいないのではないだろうか。

ヴィラージュでボベの親族から話を聞き、ボベ博物館に行ってさらにボベと同世代の人2人からも話を聞いた。うちひとりは、ボベと一緒にレースで走ったことがあるという人物だった。

彼が活躍した50年代当時のことをみんな生き生きと語ってくれた。歴史上の人だと思っていた選手が、突如身近になった瞬間だった。自転車の歴史ってすごいなぁ、とつくづく。

このボベの博物館はギザッロ教会の博物館に比べて行きにくい場所にあるので、サイクリスト詣でにはフィットしにくいかもしれない。しかし、世界中の観光地に行き飽きた、というマニアックな旅行者にはお勧めしたい。手入れの行き届いた珠玉の博物館だった。

この取材記事はCICLISSIMO 2006 チクリッシモNo.2に掲載中。8/26発売です。

CICLISSIMO 2006 No.2の内容概要=> JUMP


■ 2006.08.24 (Thu)  喧々諤々エネコツアー: 「初日プロローグでシューマッハが1秒早く勇み足スタートしていたから、やはり優勝はヒンカピーだ」
P1110748.jpg 640×480 63Kエネコツアーの最終日、落車して1秒差でシューマッハに優勝を奪われた不運のジョージ・ヒンカピー。

しかし、「初日のTTでシューマッハが1秒勇み足でスタートしていた」、と今になってディスカバリーが蒸し返し始めた。

この1秒という差が、最後の最後でめちゃくちゃ貴重になってきた。

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● 「シューマッハは優勝を返上すべきだ!」
● 「ヒンカピーは、2度シューマッハに勝ちを奪われた!」


エネコツアー最終日、ジョージ・ヒンカピーがそのまま総合優勝かと思いきや、大逆転劇があった。しかも後味の悪い形で。

ゴール際、身を乗り出してきた観客を避けようとして、シュテファン・シューマッハが突如進路変更した。真後ろからついてきたのは総合首位のジョージ・ヒンカピー。シューマッハが急に右にきたため、避けきれずに落車した。一方、シューマッハは落車せずに区間3位に入った。

これだけ聞くと単なるアクシデントなのだが、前日までのヒンカピーとシューマッハのタイム差はわずか3秒。

ヒンカピーは落車したのがゴール手前200mだったことから、UCI規定により遅れてゴールしてもタイム差はつかず。しかし結果は、区間3位のボーナスタイムとして、シューマッハに4秒が加算され、ヒンカピーを1秒逆転し総合優勝に。

というのもグランツール以外のプロツアーステージレースでは、区間1,2,3位にそれぞれ、10、6、4ポイントが入る仕組みになっている

もしヒンカピーが落車せず、ゴール際でシューマッハをかわしていれば、優勝は確実だったし、逆にシューマッハが進路変更している間に前に行って2位に入ったモーリを2人がかわして2位、3位に入っていれば、6ポイント、4ポイントが入ったので、シューマッハの逆転はなかった。

腹の虫が収まらないのはヒンカピー。落車を引き起こした相手が自分を大逆転して優勝をかっさらったのだ。

=>落車の現場:ここのサイト からENECO Tour 2006: rit 7 のボタンをクリックして3枚目の写真。

シューマッハの言い分:「左に進路をとっていたら、観客がぶつかってきた。あわてて右に避けた。でも故意じゃない。避けていなければ僕が落車していた。」

急遽審判団が判定会議を行ったが、判定はシューマッハの優勝が認められた。

怒りのジョージ談話:「なぜ僕が優勝できないのか納得いかない。シューマッハは直後に、“こういう形で勝ちたくない”と言っていたじゃないか。だったら審判団にもそう言うべきだ」。

また、ディスカバリーのディーク・デモル監督もこう述べた。

ジョージは今週2度にわたりシューマッハに勝ちを奪われたプロローグの日、TVをもう一度見て欲しい。シューマッハは、1秒早くスタートしている。あれがなければジョージが優勝していた。(ヒンカピーはシューマッハに続いて2位だった。)

この1秒は大きい。審判団のひとりマーティン・ブルイン氏も、シューマッハのスタートが早かったことを確認している。UCIにこの件を陳情する。」

しかし審判委員長は、こう反論した。
「プロローグの時のタイムに文句があるなら、その場で言うべきだった。1週間も経ってから言うべきでない。」

シューマッハはジョージ・ヒンカピーを気の毒としながらも、デモルの言い分には納得いかない。「1週間前のことを今頃引っ張り出すのはどうか。」

写真その1
写真その2

■ 2006.08.24 (Thu)  ニュース・フォローアップ
■ ブエルタ最新情報 ==> JUMP

■ 気絶のコンタドールはブエルタキャンセル

ブルゴスツアーで気絶して精密検査を受けていたコンタドール((関連ニュース8/12付け))。特に重大な疾患は見つかっていないが、まだ回復期途上ということで、チームはぎりぎりになって出場取り消しを決断。

代わりにホセ・アントニオ・レドンドが出場する。リーダーはアレクサンドル・ヴィノクロフ、アシスト陣はバレド、バザイエフ、カシェチキン、ケンプス、パウリーニョ、ロドンド、ルイス・レオン・サンチェス、ヤコヴレフ。

■ 2006.08.25 (Fri)  ブエルタ前日。オペラシオン・プエルトがらみで1人が退去処分
● ツールに引き続き、ブエルタでも1人が退去処分。表面上の理由はケガ

今年のツールでは直前でレースから追放された選手が出た。オペラシオン・プエルトの煽りだが、ブエルタでも同様の理由で、今日マラガ入りしていた選手1名が突如チームの判断で帰されることになった。

今回チームから家に帰されたのは、サウニエルのコルド・ヒル。今年ビシクレタ・バスカで優勝した。既にマラガ入りしていたが、チームはぎりぎり待って、彼の出場取り消しを決めた。

別段UCIの勧告があったわけではない。しかし、エウフェミアノ・フエンテスから押収された書類の中に、新たにこういう記述が見つかった。

コルド・ヒルとアルベルト・コンタドールの年間スケジュールを準備する」。

オペラシオン・プエルト関連の書類は全500ページに及ぶため、マスコミはそれらを少しずつチェックしながら公開している。この記述は、チームに脅威感を抱かせ、ブエルタの最中で事件に巻き込まれるのを嫌った。

さらにマチン監督は、「コルド・ヒルは昨年までリバティで走っていたから」と延べ、記述内容を重く見た経緯を説明した。

オペラシオン・プエルトの書類については、Tモバイルやフォナックのように内容に真実味があるとして措置をすぐ講じたチームと、スペイン自転車連盟のように、UCIの書類ではないから内容を確認する必要なし、措置は行わず、とするケースなど、対応がばらばらになっている。

現状では、各チームの判断に委ねられ、この書類内容をどの程度信頼性があると見るか、にかかっている。

ヒルは、たまたま7月4日にケガをして、まだ手首の調子が万全ではなかった。疑惑とケガが重なり、今回の決断に至った。ヒルの代わりは、ホセ・アルベルト・ベニテスが出場することになった。

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別件: 写真はヒンカピーの脚

ツールの最中、ディスカバリーと同じ宿になり、ヒンカピーがイエロージャージで帰還した。うちの相棒が、「Welcome back, George」と声をかけたところ、「Thank you」と笑顔したヒンカピー。

ところが、直後に相棒の顔が一瞬にして蒼白に。一体何が起きたのかと思いきや、「ヒンカピーの脚がすごいことになっている!」とあせりまくっている。

私が見ようとした時には彼はすでに行ってしまい、脚は見損なった。そこで相棒が翌日ヒンカピーの脚だけやっきになって狙った撮影した。そのうちの1枚がこれ。

確かマルクス・ツベルクの脚も結構血管が浮いていたけど、ジョージのはぴか一かもしれない。

■ 2006.08.25 (Fri)  ヒンカピーが獲得したエネコツアー第2位のトロフィーはバスの窓から投げ捨てられた
hincapiefeet.jpg 246×355 20K怒り心頭、こんなトロフィーなんかいらない!というわけで、エネコツアー2位としてヒンカピーが受賞したトロフィーは、ディスカバーチャンネルのチームバスからマッサーの手で放り出される運命となった。
場所はベルギーのアンス。

ところが!まさに捨てる神あれば拾う神あり、でたまたまオランダのズヴォーレから来ていたジャーナリストが通りかかって、このトロフィーを救出した。そして、彼は地元にそれを持ち帰り、飲み屋に献上したという。

ヒンカピーは最終日前日まで総合首位だったが、最終日にシューマッハの進路変更の煽りで落車。シューマッハがボーナス点を入れたため1秒差で逆転され、優勝を逃した。歴史に残るアクシデント&逆転劇だった。

ということで数奇な運命をたどったトロフィーは、今オランダの飲み屋に鎮座している。オランダのズヴォーレに行く機会があったら、是非このバーに立ち寄ってみてはどうでしょう。

(小ネタを入れている「はてな」のBlogが動かなくなったので、こっちに移動)

写真:ヒンカピーの脚<=しつこい。今しがた聞いた話だと、既にこの話(ヒンカピーの脚の血管写真)はCNに出ていたとか。でもしつこく写真掲載。いや、ホントびっくりしたんだもん。ちなみに右脚は普通で、左だけ血管が浮いている。(左足の内側が瘤状に)。

■ 2006.08.26 (Sat)  ブエルタ開幕!最新情報
本日のブエルタニュースは専用ページにて ==> ニュース専用ページへJUMP

(* 本日の最新情報: TTTスタート順、メンショフ晴れて、マキュウェン記録樹立なるか、etc)

ブエルタ特集メインページ ==> メインページへJUMP

■ 2006.08.26 (Sat)  クレーデンはやはりアスタナ移籍・ウルリッヒはTモバイルへの賠償請求を断念か
kloden.jpg 302×341 22K● クレーデンはやはりアスタナへ移籍

朝小ネタに入れたニュース、夜になってドイツの大手新聞各紙にも掲載され、やはりクレーデンのアスタナ移籍は本決まりとのこと。(2年契約)ケスラーもアスタナ入りする。

98年テレコムでプロ入りして以来、ずっと1つのチームで走り続けてきたクレーデン。それだけに、チームとの決別は簡単な決断ではなかったようだ。しかし、ツールの最中からのチームとの不協和音は払拭できなかった。

● ウルリッヒはTモバイルへの賠償請求を断念

ウルリッヒは、7月20日にTモバイルから解雇を告げられた。ウルリッヒとTモバイルの契約は今年末まで残っており、解雇は契約不履行として、ウルリッヒ側が賠償請求を起こす構えを見せていた。しかし、これをこのほど断念することを決定した、とDer Spiegelが報道している。

スイス自転車連盟の審査は、すぐには動かない模様で、審査があったとしても、スペインのケースのように、オペラシオン・プエルトの記事が証拠として扱われることなく、ウルリッヒに分があるのではないか、と見る向きも。一方で、ドイツ ボンの検察局が動いているという話も。

(写真:06ツールのクレーデン。普段ジャージの袖に隠れて見えないが、鬼の面のようなタトゥーが。)

■ 2006.08.27 (Sun)  「クレーデンはチームリーダーの座を投げ打って、アシストをするためにアスタナに移籍した」(Tモバイル広報)
kloden2.jpg 255×390 14Kアスタナに移籍、という驚きの決断をしたアンドレアス・クレーデン。驚いたのは我々だけではなかった。去年までTモバイル監督を務め、7月からアスタナの顧問になったホデフロートですら、驚きを隠せなかった。

「クレーデンの移籍にはすごくたまげた」(ホデフロート)

ホデフロートはTモバイル監督としての実績を買われ、7月から、アスタナで経営権のない監督(ドイツではしばしば顧問という言葉を使用)を勤めている。

■ 「アスタナでは、ヴィノクロフがリーダー。クレーデンがリーダーになる出番はない」(アスタナの顧問ホデフロート)

特にホデフロートが驚いたわけは、現在のアスタナの体制にある。
「アスタナでは、クレーデンがーダーになる出番はない。ヴィノクロフが絶対的なリーダー役を負うことになっている。」

もちろん、クレーデンはそれを承知の上で移籍を決断したのだった。

トクダネ7/19付けで述べたとおり、クレーデンはケスラー、ウルリッヒとともにTモバイル3羽ガラスと呼ばれ、大の仲良しトリオだった。今回ケスラー、クレーデンともにアスタナに移籍したのは、ウルリッヒのTモバイル解雇と無縁ではないだろう。

実際、ウルリッヒのいないチームには魅力はもうない、とでもいうかのように、彼はこんなコメントをしている。

「アレクサンドル・ヴィノクロフとアンドレイ・カシェチキンという強いチームに行ける、ということで移籍を決断した。来季は力を合わせて上を目指せるだろう」

しかし、クレーデンは、つい先週まで「来年はツールで優勝を目指す」と言っていた。
Tモバイルからクレーデンへのオファーには、「チームはクレーデンをリーダーとする」という内容が含まれていた。それを蹴ったのだ。

Tモバイルのスポークルマン、クリスティアン・フロマートはこう語った。
「アンドレアスは明らかに、(リーダー役でなく)アシストという役目を引き受けることを決断したようだ。」

ちなみに、アスタナは今回ブエルタにはなんとか出場できたものの、今シーズン残りの期間のライセンスすら脅かされている。さらに来年のプロツアーライセンスについては、なおいっそう不確定だ。

(Photo:05ツールにてクレーデン)

■ 2006.08.28 (Mon)  引退するエキモフが残した言葉 (動画):「プロなら1度はツールを完走すべきだ」
grp0828082735.jpg 390×553 35K8月27日のGPウェスト・フランス・プルエ(プロツアー)。
これがヴィアチェスラフ・エキモフにとって最後のレースとなった。
(Ref. 8/23付け小ネタ

エキモフはこの引退レースを完走することなくDNFとなった。
しかし40歳まで現役。長きにわたりコンスタントな走りには脱帽だ。

彼はかつてラボバンクにも所属していたことがある。(エキモフ所属全チームリストと全15回ツールの順位リスト。トラックでの成績リスト)

アマチュア時代の1988年、ソウル・オリンピックで団体追い抜き金メダル(トラック)。そして2000年シドニーオリンピックのITTでも金メダル(ロード)。計2個の金メダルに輝き、祖国ロシアではヒーローだ。

ブリュイネール監督が今年のツールで言っていた「エキはジュニアのように輝いている」という言葉が象徴するように、今もなお 力は衰えることなく第一線で活躍し続けた。(7/20 トクダネ

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先のシャンゼリゼで最後のツールを終えた時、エキモフの胸には、深くこみあげるものがあった。15回ツール出場。そして、全て100以内で完走。

シャンゼリゼのゴール地点で、彼は熱い思いを語った。=>(シャンゼリゼのゴール直後のエキモフインタビュービデオへ

エキモフ引退に際して思いを語る

これが僕にとって最後のツール。これで15回参戦した。
もっと走りたかった気もある。でももう十分やった。

ゴールしたときは、自分のことを誇りに感じた。
15回もシャンゼリゼのフィニッシュを経験しているけど、今日のような気分は初めてだ。


( 次は“長く走れた秘訣は?”という質問だが、チームが長く勝てた理由を述べている。)
チームの戦略プランAがうまくいき、チームがうまく機能した。
おかげでたくさんの勝利をあげることができた。

ツールはめちゃくちゃハードなレース。
(Super Hard race)
ほかに比べようもない。
プロと自認する選手であれば、1度はツールをフィニッシュすべきレースだ

(At least you should finish once.)
みんなどうもありがとう。
Thanks a lot to everybody! 』


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最後に以前ロシア人選手ネタをやった時のネタを再度;
エキモフの名前ロシア語綴り:Вячеслав Екимов

(Photo 左:ツール06エキモフ、右:ツール03にて)

■ 2006.08.28 (Mon)  惣菜屋の窓ガラスに浮かび出た地元の英雄。契約更改
1997年、フランス人の彼は、FDJに移籍した年にパリ〜ルーベで優勝。以来パリ〜ルーベにおけるフランス人の優勝は途絶えたままだ。彼の名はフレデリック・ゲドン。

この優勝を一番喜んだのはFDJの監督マルク・マディオ。マディオは選手時代の85、91年、自らもパリ~ルーベを制している。

こうして鮮烈なFDJデビューを果たすものの、その後は余り目立った戦歴はなく、ゲドンは今年35歳になる。

シーズン初め、「今年38歳のクリストフ・マンジャンとともに、ゲドンもそろそろ肩たたきか?」と言われた。しかしこのほどめでたくチームと1年契約延長にこぎつけた。まだまだ頑張って欲しい。

ゲドンが生まれたのは、ルイゾン・ボベの故郷と同じサンメアン・ル・グラン。ボベの博物館参りの後に街中に行った際、惣菜屋の窓に大きなゲドンのイラストを発見した(写真)。

97年パリ〜ルーベでゲドンが優勝し、店の人が記念に残したものらしい。絵の下には「1997 Frédéric Guesdon: Paris - Roubaix」と誇らしげに書かれている。

今はもう彼はこの町には住んでいないが、”でもまだこの近くに住んでいるよ。彼は生粋のブルトン(ブルターニュの人)だから”、と店の前にいた青年の弁。

ブルターニュ地方の人は故郷意識が強く、フランス選手の中でも、誰と誰がブルトン、という具合に ブルターニュ出身の選手だけを区別して特に応援していた。

フレデリック・ゲドンというと、個人的にはポルティのイメージが強い。彼は95年ル・グルプモンの所属した後、ポルティに所属していたのは1996年1年間だけだった。あとは97年以降ずっとFDJに在籍しているのだが。。。

これはひとえに今中さんがポルティ時代ツールを走った96年、ゲドンもツールメンバーだったせいだろう。(下記の写真

左から例の(元TVMの)ウチャコフ、若きグエリーニ、リュック・ルブラン、ゲドン、今中さん。
これがポルティの96ツールのメンバーだ。(まだ他にも4人いるが、余り知られていない顔ぶれ)

これは96年のツール公式サイトの情報を当時印刷して残しておいたもの。この年、初めてツールの公式サイトletourを訪れたのが、選手関連の情報は今よりずっと多かった。

このletourのツール選手情報には、顔写真や逸話も含めて様々なことが記されており、ルブランのように戦歴が長い選手はA4用紙3ページにわたって細かい情報が書かれている。

98年頃からは、出場する選手が直前でころころ代わることが増えたせいもあり、これほどまでの情報はletour.frのサイトには載らなくなった。

上記の今中さんの情報ページには、「出身地広島」、といったことも書かれている。

そして96年当時、ポルティでリーダーだったリュック・ルブランの今の姿がこれ。今年のツール期間中、バリバリ働いていた。ラジオ局RMCの仕事とMBKの渉外の仕事を引き受けているそうだ。

彼は引退間際、訴訟を起こしたりして喧々諤々の時期もあった記憶があるが、あの尖がったイメージは薄れ、今はすっかり落ち着いている様子だった。


■ 2006.08.29 (Tue)  UCIが今日付けでアナウンス:「スペイン当局から新たなオペラシオン・プエルト関連情報が到着する」
今日付けで、UCIのサイトにこんな内容が公開された。(UCIサイト左上の”ホット・スポット”の欄)

『UCIはこのほどスペイン政府から連絡を受けた。オペラシオン・プエルトの一環としてスペインのグアルディア・シビル(スペイン治安警備隊)が行っている調査について、新たな情報がUCIに渡される、という内容だった。

UCIはこの情報を受け取り次第、手元の選手情報ファイルに追加する予定である。さらに関係各国の自転車連盟に情報内容を送付する予定でおり、各国の連盟が必要に応じて判断するように促す。

UCIとしては、法令・規則にのっとり、ドーピングに対しては断固たる態度をとる、ということを重ねて強調したい。』

■ 2006.08.30 (Wed)  イタリア オリンピック委員会によるイヴァン・バッソのオペラシオン・プエルト ヒアリング開始
grp0830075216.jpg 419×319 45Kオペラシオン・ブエルタの捜査結果として公表された内容を審議するため、8月29日、バッソに対するイタリア五輪委員会(CONI)のヒアリングが行われた。

諮問委員の前で、バッソは禁止薬物使用を前面否定。「ドーピングなど、一切やったことはない」と述べた。

ヒアリングは2時間に及び、バッソは出された質問に1つ1つ答えていったという。
また、ファンに対して、「そのうちレースに復帰する」と近い復活を誓った。

CSCの関係者もヒアリングに出席。チームスポークスマンのブリーアン・ニガートは、「本件のヒアリングが始まって、前進しているのは好ましいことだ」と語った。

結論は次回開催日9月12日には出ると見られ、CONIは、今後イタリア自転車連盟に本件を持ち越しするか、あるいは本件を証拠不十分として「審議打ち切り・ 棄却」と判断するかを決定する。

マルテッリ弁護士は、「あの書類内容は審議をするには不十分な内容だ。間接証拠しか入っていない」として、楽観的な見方をしている。

バッソのコトバ:
「僕は今落ち着いている。全てがなるべきかたちで収まることを期待している。近いうちレースに復帰の際は、CSC以外のチームで走る理由は見つからない。」

「体調は万全だが、2ヶ月も待たされているのはいいことではない。とはいえ、今日、物事が進みだしたので満足している。」

一方で、ドイツでは。。。
アンチドーピング法の制定を断念するとドイツ内相が表明。レース出場停止処分などがUCIによって決められても、選手や関係者に対し法による裁きはなし。

一方で、スペインでは。。。
”元有機化学の教授”というバックグラウンドのハイメ・リサベツスキー スポーツ大臣は、社会労働党任期内になんとか薬物取締りの飛躍的強化を目指している。スペイン国内では、アンチドーピング法は既に下院を通過している。

■ 2006.08.31 (Thu)  ジョージ・ヒンカピーの"下肢静脈瘤”