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==> レースNews
Mas.ciclismoは、2001年12月にCyclingnews.comと念書をかわし、News和訳の許可を得ています。
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2007年01月 02月 03月 

■ 2007.02.01 (Thu)  おきて破り!ヨーロッパで最大級の上りが遂に自転車レース史上初登場 - 10.5kmの距離で高低差1210mを上る。平均斜度11.5%、Max.23%
....
■ モンヴァントーやエル・アングリルも霞むほどのヨーロッパ最大級の難所が遂に今年レース初登場。挑戦者たちは本格的山岳トレーニングに着手


今までかつて誰も手がつけなかった山岳コースがイタリアにある。その「山」自体は既に過去のジロに登場しているが、それは難易度が落ちる「東側」のコースだった。

しかし、今年のジロ。遂に誰もが恐れる「西側」の難所を解禁にした。ドロミテの東に位置するその山の名は、モンテ・ゾンコラン。
西側は、舗装された公道としては、目下ヨーロッパで最もきついコースとされる。

以前Jスポーツの04ジロ・ルートプレゼン記事 にはこう書かれていた:「モルティローロを凌ぐものがあるとすれば、昨年のジロでも採用されなかった、ゾンコランの逆側の上りコース。サイクリングレースは一切行われていない」

その逆側=西側の上りコースで、サイクリングレースが遂に開催。歴史的な1ページを飾ることになった。

今年のジロ第17ステージ。4ステージあるうちの最後の山頂ゴールでこの難易度とあれば、注目はこのステージに集中する。

いよいよ2月に入り、目下多くのチームがキャンプイン。各自、今年のレースカレンダーも決まり、目標が定まる頃。選手らは、合宿を境に実践トレーニングに突入する。

今年ジロを狙う者にとっては、このゾンコラン対策が欠かせない。クーネゴも、「このステージが最もタフだ、これら全てが合わさるとかなりきついジロになるだろう」、と述べている。

一方で、「ゾンコランの山頂ゴールが待ち遠しい」、と手ぐすね引いて語るのはジルベルト・シモーニ。03ジロで、ゾンコランの東側のコースを制している。西側でも通用するか、シモーニ。

これほどまでの山になると、実際のレースではもうチーム戦略うんぬんは一切関係なくなる。あとはただ、一体誰がどこまで踏み込めるか、それに尽きる。


【Ovaroから上るモンテ・ゾンコラン西側コース概要】

・最初の2.5キロ:斜度2.5%(Lariisの村までは平穏)
・その後6キロ:斜度14.5%(突如道幅は狭くなり、斜度がきびしくなる)
・その間、20%、23%の難所が登場。
・ラスト2キロ:トンネル3箇所。舗装されないダートの道だが、ジロのために舗装される。
全体:10.5kmの距離で標高1210m上る。平均斜度11.5%

ちなみにランス・アームストロングは、モンヴァントー、ジュー・プラン峠、ラ・モンジ峠が嫌いだったそうだ(ブリュイネール監督談)

Photos:1)クーネゴin Japan(JC05)、2)シモーニat Tour’06、3)バッソat ラルプデュエズ山岳TT

(* KSさんへ:先日のコメントに鼓舞されて、記事にしました。アングリルよりすごいのか。。ソース:Cycle Sport UK Feb07 Issue)

山岳プロファイル Copyright@Gazzetta.it

■ 2007.02.02 (Fri)  ヒンカピーの星条旗ジャージが まるで『キャプテン・アメリカ』 + ディスカバリーチャンネルの今年の予定表に「ジャパンカップ」
......先日のトクダネで参照した写真(ヒンカピーの星条旗ジャージ)に関して情報アリ!

--------頂き物情報から -------

ヒンカピーのナショナルチャンピオンジャージ、見た瞬間に頭の中をよぎったのは・・・。
『キャプテン・アメリカ』

グーグルでも何でもいいです。『キャプテン・アメリカ』又は『captain america』で画像検索してみてください。きっと「これはッ!」と思われる事でしょう。

でもって、この。『キャプテン・アメリカ』の正体であるスティーブ・ロジャースという主人公。出身地がニューヨークという設定なので、ヒンカピーとしっかりシンクロします。

コレ、絶対にジャージのデザイナーが狙ってやったとしか思えません。
今年のツールでヒンカピー本人とお話する機会がもしありましたら、是非とも聞いておいて下さい、「あのジャージはキャプテン・アメリカでしょ?」と。

それと、ディスカバリーチャンネル、今年のレーススケジュールにジャパンカップが入っていましたね。
また別府選手が凱旋帰国ということになりそうです。

--------頂き物情報終わり -------

ということで、さっそく『キャプテン・アメリカ』なるものをチェック。アメリカン・コミックのキャラクターとのこと。知らなかった。

で、キャプテンアメリカのイラストを見たら 「本当!!」ヒンカピーのジャージを着ていた?!いや違った、ヒンカピーのジャージに似た装束だった。

ちなみに、ジョージ・ヒンカピーは去年9月のUSナショナルチャンピオンシップで優勝してアメリカチャンピオンジャージを着るわけだが、彼は98年にもこのタイトルを獲っているのでこれで2度目。

同タイトル最多獲得はコロンビア・ボゴダ出身のアメリカ人フレッド・ロドリゲス(現プレディクター・ロット)。00、01、04年と計3回USチャンピオンになっている。彼のチャンピオン・ジャージを過去のアーカイブから探してみた。

左の写真は01年のツールで見かけた時の物。これまたキャプテン・アメリカ張り?歴代のアメリカ・チャンプは皆キャプテン・アメリカを意識しているのかも。
ロドリゲスの場合、フレーム、ヘルメット、靴下も星条旗で埋め尽くしていた。

Wiki: http://en.wikipedia.org/wiki/Captain_America

■ 2007.02.03 (Sat)  TACURINO- MBKチームが結成
......大阪西成区玉出東にあるダイニング・バー・タクリーノが、実業団チームを立ち上げ、今日、チームプレゼンテーションが行われた。場所はもちろんダイニング・バー・タクリーノ。

自転車ショップをベースにしたサイクリングチームは数あるものの、これは難波のバールを拠点に発進した異色のチーム。その名も「TACURINO- MBK」。

MBKを扱うラヴニール( http://www.lavenir-japan.com)(* 訂正&お詫び:以前のリンクが間違っていました。ご迷惑をおかけ致しました)を始め、チームスポンサーもがっちり;

パナレーサーのほか、MARU-1(レンタルサーバーとして。チームのSNS、ブログを展開)、Masa-selection(バイクショップ)、ttm design(ジャージ&Webサイトデザイン)、OGKヘルメット(世界最軽量の新製品モストロをひっさげて)。

企業がスポンサーを行う場合、普通は そろばんをはじいて費用対効果なんぼ、という世界になるのが当たり前。だけど上阪卓郎さんは、安直なそろばん勘定を超えた価値があるはずだ、と考える。

「日本に真の自転車文化を根付かせたい」という上阪さんらの大局観に賛同した企業が名乗りをあげ、今後チームを支えていくことになった。

TACURINO- MBKは今後 国内クラブチームのトップを目指していく。
選手の顔ぶれも、実力派揃い。

写真
1)ダイニング・バー・タクリーノ概観

2)タクリーノ内部(メダルが数々。上阪さんって、そういう人だったらしい。市川さんと並んで日本代表として走る写真も店内に飾られていた)

3)チームGM:もちろん「タクリーノ」のオーナー上阪卓郎さん。「自転車は、走るだけの道具じゃない、人と人をつなぐものである!」熱く語る・語る。

4)監督兼選手の中田尚志さん。06西日本チャレンジマスターの部優勝。「選手の立場がわかる監督でいるために兼任でチームを支える」。古田敦也監督が思わず浮かんだ。

5)秋田 謙選手 元愛三工業レーシング。05実業団ロード石川大会3位

6)辻 俊行選手 元ナカガワレーシングチーム。 02 近畿地域ロード4位、「とにかくチーム勧誘のラブコールがすごかった」

7)長野 耕治選手 元マトリックスパワータグ。02全国都道府県対抗ロードレース優勝

8)西山 知宏選手 元バルバレーシング。05実業団ロードmなる丘大会6位

-- このほか、この日は都合がつかず欠席だったものの、西村拓也選手もこのチームで活動することが決まっている。元ミヤタ・スバルの選手で、
実業団レース過去3勝の実績がある。

9)サワQさん
タクリーノサイクリングチームには、タクリーノMBKとは別に、サイクルスポーツ愛好者が集まったタクリーノブログラインズというチームがある。現在会員約90名。サワQさんは、そちらののメンバーさん。
http://blogs.yahoo.co.jp/sawaq0621
http://blogs.yahoo.co.jp/blog_lines

10)MBKのバイクが店内に。先日予告があった、例のアグリテュベルのメルカドの実車。

ダイニング・バー・タクリーの店内は、チームを応援する人たちの熱気で溢れかえっていた。今日この日の船出が、未来のでっかい夢に結びつくように、陰ながら応援しています。

■ 2007.02.04 (Sun)  今年のシクロクロス世界チャンピオン。実は昨年TOJで来日した人だった
....■ 「こんな人も来日していた?!」VOL.1
ファンからもらった寿司ネタ漢字Tシャツを着て喜ぶその人こそ、今年のシクロ・チャンプ



去年レースNewsにTOJ大阪ステージで寿司漢字ネタTシャツを着てみんなに見せびらかすベルギー選手の写真(頂き物写真)を掲載し、“06年シクロクロスのラルカンシェルホルダー”として紹介した。(5/15付けレースNews)

すっかりそのことは忘れていたのだが、「その寿司ネタTシャツの選手、今年も世界選タイトルを獲りましたよ」と このほど教えてもらった。本当だ。というわけで、下記に状況をまとめてみた。

--------- * ---------

シクロクロスで目下大活躍中のスヴェン・ネイスは世界選とは相性が悪い。2005年に1勝しただけだ。

代わりにシクロの世界選で力を出しているのは同じベルギーのアーウィン・ヴェルヴェッケン(今年、06、01年の3勝)とバート・ウェレンス(03、04の2勝)。

実はこの2人、去年フィデアチームのメンバーとして、TOJに来日していた。(TOJ06スタートリスト)

当時ヴェルヴェッケンはシクロ世界チャンピオン、ウェレンスは昨シーズン世界選2位。つまりシクロの表彰台ワンツーが何気に来日していたのだ。

そして、今年もヴェルヴェッケンは世界チャンピオンに輝いた。一方ウェレンスのほうは4位に入ったが、アクシデントがなければもっと上を狙えたかもしれない。(今年のシクロ世界選のリザルト)

カメラマンが乗ったオートバイが脇のバリアにぶつかり、それが傾いたせいで、ウェレンスはクラッシュ。手首を骨折しながらレース続行となった。チームは主催者に抗議の申し立てをしたという。

なにはともあれ、そんなビッグなヴェルヴェッケンとウェレンスの2人が去年TOJに来ていたとは、今から考えるとスゴイこと。

ヴェルヴェッケンの方はファンから寿司ネタ漢字Tシャツをもらって、ご機嫌だったらしい。もらうなり その場ですぐに着用して見せびらかしたとか。

ただしTOJレースのほうは2選手とも精彩を欠いていた。ウェレンスの方は東京ステージ前に離脱。ヴェルヴェッケンも、東京ではずっと最後尾近くを走っていた。しかもずっと苦しそうな表情で。

2人とも、バイクは担いで走る方が得意??

さらに驚くことがひとつ。TOJで決して目立っていなかった2人なのに、しっかりこの2人からサインをもらっていたディープなファンがいた。CNの06シクロ世界選表彰台写真を印刷して、そこに2人からサインをゲット。(2番目の写真)


■ アーウィン・ヴェルヴェッケンはシクロ界のオスカル・フレイレ。そのココロは!

Pezに出ていたヴェルヴェッケンの記事 には、こんな見出しが。

「ヴェルヴェッケンはシクロ界のオスカル・フレイレ。シーズン通して勝利を量産するタイプではない。でも、ここぞという一番の世界選に強いのだ!」

フレイレも、ヴェルヴェッケンも、ともに世界選で3勝をあげている。

------
Special Thanks:Hさん。上記参照URL情報、サインと寿司ネタTシャツ写真もCopyright@Hさん。
3,4番目の写真は当方撮影。

ヴェルヴェッケンは東京STGでは、常に後方を走っていたので、きっと当日写真を撮った人のカメラに彼の写真は何枚か収められているはず。私のカメラにも結構な枚数見つかった。ゼッケン81番。

■ 2007.02.05 (Mon)  「こんな人も来日していた?!」VOL.2 ベッティーニ、ハミルトン、レベッリンがツールド沖縄に出場していた話
....■ プロ入り前年に実は来日していたベッティーニ:
「将来オレはビッグになる。今オレのサインをもらっておいたほうがいいぞ!」


現世界チャンピオンのパオロ・ベッティーニがプロ入りの前年、ツールド沖縄に出場していたという話を教えてもらった。びっくり。

時は96年のツールド沖縄。ベッティーニは当時アマの選手で、翌年、MG – テクノジムでプロ入り。

沖縄タイムスのリザルト を見ると、チャンピオンレースの優勝は橋川健選手。2位今中大介選手、3位は、、、あのサルバトーレ・コメッソ(現ティンコフ)。

ベッティーニは、31位でゴール。しかし、目撃談によると、アマの当時から、彼は大物ぶりを大発揮していたそうだ。

「将来オレはビッグになる。今オレのサインをもらっておいたほうがいいぞ!」といって、自ら周囲の人たちにサインをしていたという。

さらにレース翌日には、海洋博公園でくつろぐベッティーニ、コメッソ、ボールドウィンの3選手の濃い姿(?)が目撃されている。

『おそろいの「ツール・ド・おきなわ」Tシャツに身を包み、イルカショーにおおはしゃぎする3人のイタリア人は妙に南国の雰囲気にマッチしていて、笑ってしまった記憶があります。』

また、この時レースに出ていた阿部良之選手は当時イタリアのパナリアとに所属していたが、鎖骨か尾てい骨だかを骨折して出場していた、という話。

当時を知る人によると、骨折を押して出場し、一度集団から遅れるものの持ち前の粘り強さで、源河(ゲンガ)の最後の登りで追い上げて19位でゴールしたという。
まるでツールのタイラー・ハミルトン。

ハミルトンといえば、彼もまた90年代前半、コロラド大学生時代にツールド沖縄に出場しており、目撃者がいる。ほかにダヴィデ・レベッリンも沖縄を走ったそうだ。

こう考えると、昨日触れたTOJのみならず、何気にすごい人が来日していたことを実感する。ジャパンカップしかり:

● ジャパンカップ92年優勝者のヘンドリック・ルダン(当時ロット)は現プレディクター・ロットの監督。96年優勝のマウロ・ジャネッティもそういえば今やサウニエルのマネージャーだ。

● 95年ジャパンカップ“アマ”男子部門優勝者は98年世界チャンプのあのオスカー・カメンツィン(当時所属は日本鋪道)
そういえば彼が かつて日本鋪道にいたという話は聞いたことがあったっけどJCアマ部門優勝は初耳

● 92年ジャパンカップ“アマ”男子部門優勝者は、今年引退した元CSCのアンドレア・ペロン

詳しくはjapancupのサイトへ

---------------*
96年ツールドおきなわでベッティーニやコメッソを破った橋川選手だが、そういえば彼は94年のシマノ鈴鹿で、あのアレッサンドロ・ペタッキをもスプリントで負かしていた、という記事をどこかで見た記憶。

「ペタッキ Hashikawa スプリント」で検索をかける。一発で出てきた。VLAAMS-BikeのBlogのこのエントリー:

今年もまた、将来のビッグな選手が、何気にふらっと日本のレースシーンに登場したりするかもしれない。

---------------*
Photos )1&2 : 昨年の世界選にてベッティーニ(上)とレベッリン(下)
3&4:橋川選手がスタジエールとしてモトローラチームに所属していた時代のグッズ。(以前サイトの常設ページに出していた写真)

写真3:モトローラのポスター。橋川選手はてっぺんの左。ランス・アームストロングは手前中央のバンダナ姿

写真4:モトローラの選手カード。右上がランス、左下が橋川選手

■■■■■■

■ 2007.02.06 (Tue)  パコ・マンセボ笑顔の復帰
....■ 「七面鳥レースでもいいからとにかく一刻も早くレースに出たかった」
■ 「ゼッケンをつけて再び自転車に乗れる、という喜びを 今 噛み締めている」


1月末、アルゼンチンのレースでパコ・マンセボがレース復帰を果たした。ツール直前にOPの煽りでレースからキックアウトとなり、ほぼ半年振りの公式レースだ。

先日marca.com に出ていた彼の記事を読んだ。ここ最近読んだ選手インタビュー記事の中では、個人的にとても好感の持てる記事だった。

シリアスな質問に対しては、ポーカーフェースで済ます場合やありきたりの返答で返す場合も多い。それはそれでありだろう。でも、彼は違った。素直な心情が出ていて、実直な印象を受けた。

これから頑張って欲しい、という気持ちを込めて、以下内容を転記:

----------- * ------------

Q: 長い間戦線離脱したけど、今の気持ちは?

マンセボ FM: すごく嬉しい。ゼッケンをつけて自転車にまたがる。。これまでに起こった全てのことを考えると、これはひとつの勝利と言える。プロ入りを果たした当時みたいな、言いようもない幸せを感じている。

Q: オペラシオン・プエルトが勃発した時はひどい状況でしたね?

FM:ツールから去らなければならなくなった時はとにかくむちゃくちゃ辛かった。でもその後、ブエルタは走れるだろうと思い、少しずつ落ち着いていった。

でも、ブエルタにすら出られないと知り、完全に沈没した。最悪だったのは、このあと何が起こるのか?ということが全くわからなかったこと。AG2Rを去ることになり、真っ暗な気分になりかけたこともあったよ。

Q: 引退を考えたこともありましたか?

FM: ツールを去った最初の数日は引退を考えた。それから12月にも。もうすっかり全てのことが嫌になっていた。でも、幸い幾つかオファーをもらい、全てが決着した。

Q: レラックスを選んで、ほかのチームに行かなかった理由は?

FM: プロツールチーム間の協定の“お陰で”(皮肉)、プロツールチームはオペラシオン・プエルトに関わったとされる選手を雇うことはできないとされていたからね。だから僕のチーム(AG2R)は、もう僕とは縁を切ることを決めた。

一方でレラックスからのオファーはすごく気に入った。チームの雰囲気もすごくいいのはわかっていたし。知っている顔も既にいたし。

バイェホ、ナコール・ブルゴスなんかは同じ地域出身で一緒にトレーニングしてたからね。それにレラックスはブエルタに常に参加してきたチームだから。

Q: アルゼンチンを復帰レースに選びました。スペインで、という気持ちはなかったのですか?

FM:とにかく一刻も早く走りたかったんだ。それにアルゼンチンは未知の国だったし。

一方でもちろん、スペインで走りたいという気持ちも強くあったさ。とにかくどんなレースでもいいから出場したいと思った。もし今七面鳥レース(*)があれば、それにだって出てもいいと思ったぐらいだよ。

僕は、もう一度自分を取り戻したい。以前のように夢を持って走りたい。バネストにいた最後の数年間みたいにはなりたくない。あの時は、やる気を喪失していた。

------- (注: 七面鳥レースとは) --------

去年バルベルデとホアキン・ロドリゲスが来日した時、「カレラ・デル・パボ(七面鳥レース)が楽しみだ」とジョークを連発していた。一体なんのこっちゃ?と思ったが、話を聞くうちに、走るのは七面鳥ではなく、サイクリストたちであることがわかった。

その後調べたところ、どうやらこれは12−1月の間に行なわれる娯楽の色合いの濃いローカルなレースの総称。賞品として七面鳥が授与されたことからこの名前がついたのではないかと思う。

去年暮れには、セゴビアで恒例の七面鳥レースが開催され、地元のペドロ・デルガドは9位でフィニッシュ。かなり前、このレースをネタにした記憶があるが、今も続いているらしい。セゴビアの七面鳥レースは、いわゆるチェーンのついていない自転車でのレースだ。

------- (注終わり) --------

Q: 再びアルゼンチンでは前に出る走りをしました。そしてトップ3に入った。

FM:でもヨーロッパのレースとはレベルが違うからね。初日に前に出て走って、もう胸を張って堂々と走ることができた。総合3位というのは、体調がよかったからというより、ひとえに執念だったと思う。

Q: 再び新しい目標ができますね?

FM:プロとして、個人として目標はブエルタだ。でも、チーム的にはアラゴン一周、アストクリアス一周がすごく重要なレース。それからスペイン選手権もね。だから4月、5月にベストコンディションでいるようにしたい。

Q: ブエルタでは優勝を狙う?

FM:当然だ。だってこれまで優勝に近かった年もあった。ツールを走れない分、体はフレッシュというわけさ。これって2006年のときのヴィノクロフと同じことだ。僕はヴィノクロフじゃないけど、でも、いい結果が狙えると確信しているんだ。

Q: 悔しい思いは?

FM:悔しい思いなんてない。起こったことはもう変えられない。後ろは振り返りたくない。前を見るだけさ。僕の選手としてのキャリアはなにも変わらない。
僕はなにも間違いは犯していない。だけど、あれこれ考えて人生を複雑にしたくもない。

僕が悪かったのか、グァルティアシビル(治安警察)のせいなのか、政府がいけないのか、なんて考えたくないんだ。僕は未来だけを考えたい。復帰して自転車競技を楽しみたい。

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Photos:1&2 新人賞ジャージのマンセボ、シャンゼリゼにて。00ツール。
写りはよくないけど、昔のような新鮮な気持ちで走り始めたパコを記念して、白い新人賞ジャージ姿の彼の写真を出してみた。

Phoso:3 パコがレースを走るのを見たのはこれが最後だった。去年のドーフィネ(6月)

■ 2007.02.07 (Wed)  OPERAラグジュアリーバイク プレゼンテーション
イタリアの作曲家アントニオ・ヴィヴァルディの「四季 − 冬」の第一楽章が響き渡る中、OPERAラグジュアリーバイクのプレゼンが行なわれた。

OPERAラグジュアリー・バイクとは、ピナレロ社が挑む新感覚のバイクシリーズ。ファッションの発信地ミラノの町に溶け込むようなアーバン系のバイクのニーズにこたえたもの。
お買い物バイクでもない、無骨なトレッキングバイクでもない。ファッションというコンセプトを具現化した新しいカテゴリー。

このバイクの世界初上陸の地に選ばれたのは日本。イタリアのような鋭いファッションセンスを持つ国として白羽の矢が立った。

3月下旬を目処に発売開始となる予定。

右の写真は来日時のバルベルデとOPERAのアルテミジアという車種に乗る妻のアンヘラ。アルテミジアはフェミニン感覚。バルベルデがこれに乗ってPRするのもなんだかね、ということでアンヘラさん登場。

なお、カタログがWeb上で見られる。開くといきなりヴィヴァルディの「四季 − 冬」の第一楽章が鳴るので、ご注意を:
OPERAラグジュアリー・バイク専用サイト:http://www.operaluxury.com/(音声に注意)

右下のprev、nextのボタンで、カタログが開けるようになっている。(ページをめくる音までついてくるという凝りよう!)

ヴィヴァルディの「冬」が聞きたい人(或いはどんな曲だっけ?という人)にもお勧めです > 自分。
(個人的にはヴィヴァルディの「四季」は、あの有名な"春"より"冬"の方が好き。第1楽章のあとに聞く第2楽章がまたいい。)

カワシマサイクルサプライのサイトは==>http://www.riogrande.co.jp/

車種は3種類。いずれも神話の主人公やバロック時代の画家からネーミングされている。
ヴィヴァルディもバロック後期の音楽家だ。

OPERAは新しいものを目指しつつ、それでいて、17世紀バロックや神話の世界に思いを馳せている。
もしかしたら、ピナレロが過去脈々と培った伝統の技術力をバロックに例え、そこから新しい世界に羽ばたこうとしているのかもしれない。

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....Mercurio(メルキュリオ)

名前の由来:ギリシア神話でいうところのヘルメスから。旅人、詩人、羊飼いなどの守護神

色は2色: ビアンコ・アソーロ(そよ風の白 = 黒x白 = 写真)、ネーロ・フーモ・ディ・ロンドラ(ロンドンの霧のブラック = 黒xグレー)

NYが発祥の地といわれるシングルスピードバイク。イタリアングラフィックが堪能できる。

フレームにはラテン語で「かくの如く世界の栄光は出発する(SIC TRANSIT GLORIA MUNDI)」と書かれている。

Spec)
フレーム:アロイ7005 T6、フォーク:同左、ギア:シングルスピード、ホイール:アロイ700C、サドル:VINIL RACE、サイズ:44、48、52
税抜き価格: ¥117,000
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Caravaggio(カラヴァッジオ)

名前の由来:16-17世紀のバロックの画家の名前。

色は3色:ロッソ・ヴィーノ(ワインレッド = 写真)、アッズーロ・シエロ(スカイブルー)、ネーロ・フーモ・ディ・ロンドラ(ロンドンの霧のブラック=黒)

シマノ製内装8段変速システムを搭載した700Cホイールモデル。男女を問わず、シティクルーズからツーリングまでオールマイティにこなせる。

フレームの文字は、「自由は、勇敢な人の心を勇気づける(ALIBERTAS VIRORUM FORTIUM PECTORA ACUIT)」

Spec)
フレーム:アロイ7005 T6、フォーク:専用に開発されたカーボン・ブレーズ、ギア:インターナル8スピード、ホイール:アロイ700C、サドル:レザー BROOKS、サイズ:42、46、50
税抜き価格: ¥119,000
....
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Altemisia(アルテミジア)

名前の由来:17世紀イタリア、カラヴァッジオの弟子の女流画家の名前だそうだ。女性の名前が選ばれたのは、この車種が女性を意識しているせいだろう。

色は3色:オーロ・ヴェネツィアーノ(ヴェネチアの黄金色 = 写真下)、ローザ・アンティーコ(クラシックなローズ色 = 写真上)、チェレステ・レガーレ(王の風格チェレステカラー)

写真はローズとゴールドの2車種。サドルとグリップのところが皮使いなのだが、ゴールドの方は、両方とも茶色の皮使いでシック。茶色い皮のタウンブーツが似合いそうな。

シマノ製内装3段変速システムを搭載した26インチホイールモデル。基本装備はカラヴァッジオと共通。

フレームの文字は、「すべての人にオペラを(AUCTOR OPUS LAUDAT)」

Spec)
フレーム:アロイ7005 T6、フォーク:専用に開発されたカーボン・ブレーズ、ギア:インターナル3スピード、ホイール:アロイ26"、サドル:レザー BROOKS、サイズ:40と44
税抜き価格: ¥104,000


■ 2007.02.08 (Thu)  発掘「パオロ・ベッティーニ in 沖縄 」
2/5付けのトクダネ で、「ベッティーニがツール・ド・沖縄96」に来ていた、という話を入れたところ、この時のレースを知っている人から通報(?)があった。ということで、その人から資料を拝借し、ここにレースを再現:

いきなりベッティーニ登場!22歳、プロ入り前年。
ナレーションによると、この直前、アマながらU-23のレースで4位に入ったらしく、既にベッティーニは注目選手として名前があげられていた。インタビューにも応じる。
キャプションは、「ベッチーニ・パオロ」。わずか10年前の資料なのに、やけにレトロっぽい趣。とにかく”この頃から相当な自信家だった”という青年ベッティーニ、気合十分の様子。

この頃から存在感があったコンメッソ登場。変わっていない。でも今のほうが迫力がやや増したか?
次は、出走前サインをするベッティーニと、スタート地点のベッティーニ。

レース開始後、アタックグループが形成された。ベッティーニもしっかりついている。(先頭の写真右から2番目。)
しかし後半、橋川健選手が飛び出す。ベッティーニ、ずるずると遅れていく。

橋川選手は快走。その後ろで、今中選手が逃げグループをつぶし橋川選手に続く。コンメッソがいつの間にか前に出ていた。コンメッソ、3位でゴール。表彰台。(左は今中さん)

プロのレース、今では無線を使用するが、このレースでは、監督が指示をしたり選手が思いを伝えるのに、無線はなし。怒鳴りあいながらレースが進行していくのが、妙に新鮮だったりする。

また沖縄96の目撃情報&回想録 No.2によると:

● イタリア人選手(誰だったかは不明)がカーボンの自転車を突然軽々と持ち上げて「カーボーニオ!」と奇声をあげていたのを覚えている、と。

● また、泡盛片手にイタリア人選手が踊り出す姿も目撃されています。「ラテンやなぁ」と、周囲の日本人はカルチャーショックを覚えた様子。

■ 2007.02.09 (Fri)  タイラー・ハミルトンがレースシーンに戻ってきた!
....■ 雪の中、スノータイヤMTBでトレーニング

タイラー・ハミルトンが2月6日、GPドゥーヴェルチュール・ラ・マルセイエーズでレース復帰を果たした。この日はDNFだったが、翌日から開幕したエトワール・ド・ベセージュを今も走っている。

「常にレースに戻りたいと思ってきた。自転車は僕の情熱なんだ。再びこれで生活費を稼ぐことができるようになった。僕の銀行口座は、前のようなわけにはいかない。係争費用で50万ドル使ってしまったから。
自分が潔白でもないのに、これほどの大金をつぎこむと思うかい?」

「心の中の怒りを、ペダルをより強く漕ぐことで解消したい。この経験が僕を強くした。」

今、彼の住む北米ボルダーは雪に覆われているという。しかし、スパイクタイヤのついた特製MTBでトレーニングを続けてきた。

ティンコフ氏は、ジロ主催者から口頭ベースで「ジロ出場内示」をもらっている。従って、ハミルトンの今年の最大の目標はジロだ。

レーススピードに慣れるまでに少し時間がかかるだろうから、ツールにもし挑戦できるなら、来年以降がいい。できればチームがプロツールチームに昇格して、その上で出場したいが、それが果たせなければワイルドカードで2008年にはツール再挑戦できることを期待している。

ティンコフ・クレジットシステムズのパトロンであるオレグ・ティンコフ氏は、「タイラーには、セカンドチャンスを与えたかった」として彼をチームに引き抜いた。契約は1年間。ティンコフ氏の野望は大きい。

------------ ティンコフ氏、語る・語る ------------

■ ロシアはカザフスタンじゃない

『政府から巨額の援助が出ているアスタナのヴィノクロフが羨ましい。カザフスタンの政治家は自転車が好きだから(例の首相は退任したが)。ロシアはだめだ。

● プーチン大統領は大の柔道好き
● エリツィンは大のテニスファン

だからね。』

■ ティンコフ氏、目下ポケットマネーでチーム運営

『僕は400万ユーロの私財をチームに投じている。自転車を愛しているから、理不尽なことではないと思っている。十代のころ、アマとして自転車競技をやっていた。

05年に醸造ビジネスを売り払って資金ができた際、この金を自転車に還元しようと思いついたんだ。

妻は反対だったよ。400万ユーロも使うんなら、イタリアにあるセカンドハウスに注ぎこみなさいよ、と言った。でも、自転車競技、特にロシアの自転車競技の役に立ちたいんだ。』

■ トレード制度を導入せよ
『サイクリング競技は儲かりにくい。トレード制を導入し、ある一定時期に限り、トレードマネーで選手を動かすことができるようにすべきだ。それによって、トレードマーケットが開拓できる。

例えばポポヴィッチを雇いたいと僕が思っても、彼はディスカバリーチャンネルと長期契約している。僕は彼を獲得するためなら100万ドル払ってもいいと思っている。残念ながら目下、こういった金銭トレード制度がないんだ。』

■ ドーピング撲滅と言いながら、あんな厳しいコース設定をするレース責任者の気が知れない

『ドーピングは根絶しないとだめだ。この問題の元凶は、レースがきつすぎるせい。競技の運営者の多くが、ただ机に座って地図とにらめっこするだけで、決して自転車で走ったことがない奴らなんだろう。

なんできつい山岳を一時に5箇所も入れたりするんだ?僕は自分自身エリートライセンスを取得して走ったことがあるからこそ、レースの過酷さを知っている。

レースが厳しいから、回復のために薬物が使われる。だから、レースの距離と難易度を改革しなくてはだめだ。それから出場停止期間の2年間というのも短かすぎる。5年でいい』

■ ロシア初のクレジット銀行「ティンコフ・クレジットカード・バンク」は今年夏に誕生

さて、このティンコフ、去年まではレストランの宣伝のためのチームだったが、今年からチーム名が変わった。「ティンコフ・クレジットシステムズ」が正式名称。

これはティンコフ氏が新しい野心のもと打ち上げるロシア初のクレジットカード専門の銀行。よって、支店は持たない。ツールが始まる7月1日より前にマーケットに進出する予定だ。

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なお、元プロのディミトリー・コニシェフがティンコフチームの監督入りを果たしている。コニシェフは、最も初期の頃にプロに転向したロシア人選手だ。

Photos: 00 Tour/ 03 Tour x 2 / 04 Tour at Champs-Elysees
Source : outside.away.com ・CN・Cycle Sport Feb07 Issue


■ 2007.02.10 (Sat)  ディスカバリーチャンネルがスポンサーを2007年で終了
81.jpg 548×449 69K突然のNews : ディスカバリーチャンネルがスポンサーを2007年で終了

ディスカバリーチャンネルが、今季いっぱいでスポンサーから降りる決定を下した。これは、チームのGMであるビル・ステイプルトン氏が公表したもの。

突然の決定に唖然としたが、理由は5日におこったディスカバリー社本体の社長解任劇と関係がある。

ディスカバリーネットワークの社長ビリー・キャンベル氏は、ディスカバリーチャンネルチームを創設するために積極的に動いた人物。しかし、突如月曜日になってその彼が解雇された。

彼はバッソの獲得も積極的に支持したと言われている。

当然マネージメント方針も転換する。今回自転車チームスポンサー撤退は、この方針転換の一部と考えられている。

余りに突然の決定だが、すでに次のメインスポンサーの検討が始まった。チーム・マネージメント会社Tailwind Sportsによると、2007年中に代替スポンサーの獲得ができるだろう、としている。
(以上USA Todayの公表内容を発表するCNより)

ディスカバリーチャンネルは2004年サブの形でチームスポンサー入りをし、2005年から、メインスポンサーとなりチームを引っ張った。

前身のUSポスタルがスポンサーをしていた時代、最後の2年余りはスポンサー契約解除の噂が絶えなかった。というのも、USポスタルのターゲットはあくまでも国内の郵便事業であり、海外で多額の資金を投じてPR活動を行なうことに疑問を呈する声が多く上がっていたからだ。

特にUSPの場合は公益事業ということで、世論が厳しくなり、こうした声を受けてのスポンサー解除だった。

だからUSP降板のニュースを聞いた時は、「ああやっぱり」という印象だったのだが、今回のディスカバリーチャンネルのスポンサー解除というのは、余りに突然という印象が否めない。

企業戦略転換であれば仕方ないが、こうなるとアスタナが心配になってくる。自転車好きの首相が解任になって、アスタナも同じ憂き目に会わないか?

大企業のスポンサーというのは、常にこういったリスクが伴うということを、つくづく考えさせられる。

USPからディスカバリーチャンネルのスポンサー交代がスムーズだったのは、ランス・アームストロングという不動のチャンピオンがいたからだ。バッソとライプハイマーで北米企業をひきつけられるのか?

もっともTailwind Sportsの株の一部はランスが取得しており、今も彼の影響力は健在。彼の力を持ってすれば、後任探しは難なくできるというわけか?

■ サラリーマンとしては気になる今回のディスカバリー社人事の背景

今回やはり個人的な関心は、本社の人事劇にはどういう内幕があったのか?

まず、新しい社長には、現CEOのデイヴィッド・ザスラフ氏が兼任。彼はヘンドリックス会長から今年、NBCユニバーサルからこちらのCEOに引きぬかれた人物。

どうもこのCEOとキャンベル社長の権力闘争が背景にあったようだ。社長はCEOの座を狙っていることを公言していたという。

また、手法の不一致も背景としてあげられる。ザスラフCEOは全てのプロダクトラインを統括して1つのユニットにまとめることを考えており、彼自身、実践のビジネスにもっと介入・着手したいという願望があった。

社内では、今後大規模なレイオフも予想されるという。投資を実行するため、社内インフラコストを削減するつもりだ。

ディスカバリーチャンネルのチームスポンサー降板は正式にチームが伝えたものではないが、ただ、この社長交代劇の報道を読むと、可能性としては高いという感触を持った。

CEOが目標に掲げるインフラコスト削減には、自転車チームのスポンサー費用もカット対象として入っているのではないか?本当に大規模なレイオフをするのであれば、自転車チーム温存は非難の的になり得る。

また、前社長と反目するCEOが、前社長が個人的情熱で推進していた自転車チームサポートを反故にするという可能性は十分にある。

社長はつい先日新しいビジネス目標を打ちたてたばかり。今回の解任劇、いずれにせよ業界的にも寝耳に水の話だったようだ。

(Photo:昨年のジャパンカップにて)

*注1:ただし、こうしたスポンサー関連の話は往々にして、どんでん返しもありうるので、上記は、現時点で言われていること。その後の展開に関してはまた急転直下があれば伝えます。

* 注2: ちなみに、USA Todayには「Discovery's decision to not renew for a fourth year」とあり、もともとの契約は05年から3年。つまり今回はスポンサー契約破棄ではないので、そういう言葉は使用していません。

ただ、今回契約更新をしなかったことで衝撃が走っている。というのも、このチームプロツアーライセンスは3年でなく4年で取得している。また、何人かの選手は2008年までの契約済み。

■ 2007.02.10 (Sat)  マヨルカ・チャレンジは、過去4勝したガルベスを偲んで
....明日開幕のマヨルカ・チャレンジ(2月11-15日開催)は、11月26日早朝にゲント6日間レースの転倒がもとで亡くなったイサーク・ガルベスを偲ぶ大会となる。

スタート地点には彼の兄弟が姿を見せる予定で、その際に市長らから記念のプレートが授与される。

ガルベスは、ケルメ、ケスデパーニュを通じて本レースで通算4勝を収めており、レースで活躍した功績が認められ、今回の式典計画の運びとなった。

そのほか大会の目玉はボーネンvsフレイレ。フレイレは実践レースから遠ざかっていたので、久々の登場となる予定。

マヨルカチャレンジ公式サイトのトップ頁にはガルベスの写真が貼られているが、これは昨年彼が本レースシリーズ初日のトロフェオ・マヨルカで優勝した時のもの。(CNの写真と同一)

Photo: 06 Tour、Source: http://www.vueltamallorca.com

■ 2007.02.11 (Sun)  ガス会社同士の結託 リクイガスとプリマガス
grp0211201933.jpg 640×480 65Kリクイガスのマッサー中野さんのコメントに思う:
「イタリアも最近まで暖冬だったがここにきて例年並に戻ってきている(ガスが売れ始め、スポンサーは一安心)」(yottan-it.cocolog-nifty.com)

リクイガスにとっては、チームが活躍してメディア露出度が高いことがいいわけだけど、最も重要なのは企業体としての売り上げ自体で、こういう業種の場合、業績は気温に激しく左右されることを改めて痛感。

最近日本では、こうした気候変動による減益を最小限にすべく、天候デリバティブなどが盛んだ。

例えば夏は暑いほうが儲かる甲社(ビール会社・アイスクリーム会社など)+夏は寒いほうがいい乙社(ガス会社や腐りやすい食品を製造するメーカーなど)の組み合わせでポートフォリオを組む。

あらかじめ定めた気温より夏の平均気温が高くなれば、甲社が乙社に一定額を支払う。乙社は本業で減益が生じるものの、ロスをこれで補填できる。いわゆるリスクヘッジ。

もっともこれはあくまで補填のレベルにしか過ぎず、これらは、やはり気温に左右される商売に変わりない。

なにはともあれ、リクイガスが安定的にスポンサーを続けられるように、イタリアがこれからも暖冬でないことを祈ろう!

(プリマガスは、LPガスのディストリビューターのようだが、自転車レースを結構積極的に応援している。フランスってLPガスがまだ多いのかもしれない。)

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写真はパリ〜ツール05。レースのメインスポンサーがフランスのプリマガスだったので、「同じガス会社同士ガンバロウ!」としてリクイガス選手+プリマガスのキャンペーンスタッフで記念撮影。

左の2人、ニコラ・ローダとマルコ・ミレーズィは引退してしまった。イタリアジャージのガスパロット、去年前半は体調不良で出遅れたが、今年に期待。

。。。。と先ほど書いたら、ガスパロットの名前をさっそく発見!マヨルカ・チャレンジの初日トロフェオマヨルカで5位に入った。

■ 2007.02.12 (Mon)  今年のジロのジャージ:新人賞の白ジャージが再開!& アッズーラはなし & デザインはこれ
....-------- もらいものメール -------
Pearl Izumi の Web Page を見に行ったところ、来年の夏のジャージに衣更えしていました。で、これがもうびっくり。

マリア・ローザ、マリア・ベルデ、マリア・アズーラの三色ジャージがあるじゃーあーりませんか。ひょっとして、今年のジロのジャージのスポンサーはPearl Izumi に変わったのでしょうか? 確か昨年はサンティー二だったとおもうのですが。
-------- おわり -------

パールイズミのジャージ、これですね
これは実際今年のジロのジャージ図柄というわけではないですが、イタリアのジロ気分が満喫できるジャージとして販売されているようです。イタリアの地図が入っていて、すごくイタリアンですね。

一方で、実際の今年のジロジャージ画像はこれです:
マリアローザ (総合首位)
マリアヴェルデ(山岳賞)
マリアチクラミーノ(ポイント賞)
マリビアンカ(新人賞)

■ マリア・アッズーラはなし。代わりにホワイトジャージが復活

上記をみてお気づきのとおり、今年はインテルジロのマリアアッズーラ(青ジャージ)はなし。
代わりに新人賞の白ジャージが復活。

ジロでは新人賞ジャージはこれまで余り使われておらず、たった19回採用されただけ。最後にこのジャージに袖を通したのは、1994年にエフゲニー・ベルジン(総合優勝も)でした。(CN)

Photo:ジロ歴代ポスター

■ 2007.02.12 (Mon)  マヨルカ・チャレンジ初日優勝。オスカル・フレイレ:「眩暈と痛みの原因は整体のせいだろう」「回復した理由は。。」
grp0212211617.jpg 411×479 50K今月初め、フレイレがカムバック宣言をした。その際、去年のツール以来続いていためまい・頭痛・首痛の原因にも触れていたので、紹介しようと思っていた矢先 。。

昨日のマヨルカ・チャレンジ初日、スプリントで優勝した。本人は本大会2日目以降もどんどん勝ち続けるほど好調ではないとしているが、とにかく「ケガを克服した勝利宣言」と喜んでいる。

フレイレ:「レースはずっと高速で、簡単にはいかなかった。ただチームがすごく頑張ってくれた。最後の数メートルでは、チームメートのホリヨが引いてくれた。
今季のライバル ボーネンとツァベルを破ることができ、満足している。」

フレイレは、昨年ツールで突如不調に見舞われ途中リタイヤ。その後、クラシカ・サンセバスティアン、ポーランドツアーと世界選に向けて準備したものの、ポーランドで途中リタイヤ。彼のシーズンは終わってしまった。

ツール以降、ずっと治療に専念したが、頭痛・首の痛み・眩暈が取れなかった。

今回久々の実践レースだったので、どうなるかと思ったが、こんなに早く結果を出すとは驚いた。以下、彼の復帰宣言インタビュー抜粋:


■ 自分を悩ませ続けた痛みの原因を解析する

― 眩暈の症状があったようですね?原因はなんですか?

フレイレ:「わからない。医者もわからないと言っている。でも、僕はツールの最中チームの整体師の施術のせいだと思ってる。

突然ぐきっという動きをしたんだ。丁度車で追突されて鞭打ちになったような感じだった。あれで頚椎損傷したと思う。」

― ではどうやって回復したのですか?

「3ヶ月間、医者から医者へと渡り歩いた。その結果、もう二度と医者には行かないと決めたんだ。もう医者の治療を信頼できなくなった。医者に行くたびに、受診前よりひどくなっていくんだ。

もう医者はうんざり。僕自身、もういかなる治療もストップしようと決めた。休養して、かつてのような過激でないトレーニングプログラムを組むことで回復していった。そのおかげで、力強い形でマヨルカに乗り込めたんだ。」

― トレーニングは?

「1日でどんなに長距離走っても、150kmだ。すごく好調だと170km走ることもあるけど。チーム合宿では175km走らされるけど、これは最大限だ。」

■ 早めの引退を考えている

フレイレ:「普通自転車選手は35歳ぐらいまでいい状態で走れると思う。でも、僕の場合、それは無理だ。故障が多いから、精神的にも疲弊する結果となっている。もしアームストロングのように精神的に強い状態でいられるなら、長い間走ることができるだろうけどね。」

「もっとも既に僕はもうベテランの域にきてしまったね。ビタリシオ・セグロス時代の仲間も、今やホリヨとメルカドしかいなくなった。」

Diariovasco記者:「え?コロンビア人のエルマン・ブエナオラもまだ走っていますよ」

フレイレ:「え?まだ走ってるの??でも彼は40歳だよね。おやおや!(ママ・ミア!)」(実際には、3月18日で40歳)

Diariovasco記者:「少年時代あこがれた選手は?」

フレイレ:「今までアイドルといのは全然いなかった。いや、アイドルがゼロと言うのは嘘だ。若い頃、マライア・キャリーが好きだったね。」

Photo:05LBL チャンピオンジャージのフレイレ
Source: diariovasco / as.com

■ 2007.02.13 (Tue)  時事ニュース のち自転車ネタ
grp0213202325.jpg 531×439 65K最近、時事ニュースを読みながら、何故か行き着く先は自転車ネタだったりする。

● 東芝はスペインで驀進中。利益率で世界を席巻

Toshibaスペインが、PCの売り上げ好調で、世界でもっとも利益率のいい企業として躍進中という記事がEl Paisに。60人足らずの従業員で、3億ユーロ(300 millones de euros)の売り上げ!

営業部門・管理部門 関係なく、単純に頭割りにすると、ひとりあたりの売り上げは、7億5千万円。すごいなぁ〜。

Toshibaスペインの取引き先は政府関係にも及び、国税局、防衛庁、内務省、さらには、グアルディア・シビル(スペイン治安警察)にも納品しているとか。

ん、グアルディア・シビルにも? -- オペラシオン・プエルト(OP)を発動した機関だ。
OPの一連の調査データは、東芝のパソコンに収まっていたりするのかな?


● ハンガーストライキで生命の危機にある受刑者とバルサと、そしてケルメ

今国営TVEのニュース(NHK衛星で見られる)で連日取り上げられているニュース:目下服役中のバスクのテロ組織ETAの一員ホセ・イグナシオ・デ・フアナ・チャオスがハンガーストをしていて、生命の危機にある。

で、これがリーガエスパニョーラのバルサに飛び火してしまった。

バルサのDFオレゲル・プレサスが、この服役囚の一件について、バスクの新聞ベリアにかなり政治色の濃い意見を掲載した。

その後、プレサスとスポンサー契約をしていたスポーツ用品メーカーのケルメが、一方的に彼との契約を破棄すると通告してきた。

理由は、純粋にスポーツ性の理由から、としているが、実際は、彼の発言を行き過ぎとみなしたための措置とみられる。

tortoise-sportsのサイト(日本語)では、まだプレサスはケルメのスポンサー契約選手として掲載されたままだ。

で、このケルメ、フットサルリーグ岩本昌樹の後援をするなど、今現在スポーツ選手の後援を活発に行なっている。

自転車チームでは給与未払い問題を起こしていたケルメ。でもサッカー関係では問題は起こしている風がない。自転車チームケルメの経営不振・給与未払い・チーム解散騒動は一体なんだったのだろう?


● 自ら命を絶ったスペイン レティシア王妃の妹

先日別ページで触れたこのニュース。薬を致死量服用したことによる自殺だったことが判明。埋葬先が明らかになり、マドリッド近郊の“アルコベンダス”の墓地らしい。

アルコベンダスと聞くとすぐにブエルタが浮かぶ。2005年はこの地でハウスラーが優勝。
また、2004年にはクラシカ・デ・アルコベンダスをイバン・マヨが制したっけ。

話が逸れたけれど、どうぞ安らかに。

Photo:00ツール。フライブールのゴールスプリントに突入するケルメの選手たち。このとき、ケルメはチーム順位で総合首位だった。

■ 2007.02.14 (Wed)  BMCプロフェショナル・サイクリング・チーム
grp0214172609.jpg 823×511 66Kフォナックのアレクサンドル・モースはどこのチームに入団したのだろう、と思い先日移籍先を確認。BMCが後援するBMCプロフェショナル・サイクリング・チームで走っていた。アメリカチームとは意外。

そんな矢先、CNにBMCチームのトレーニングレポートが。
チームバイクは赤x黒(写真はTT用)


キャンプ地はカリフォルニアのソルバング。ディスカバリーチャンネルが先日まで合宿していたところだ。ここは合宿のメッカなのか?

14人中半分以上の8人が1980年代生まれの若いチーム。モースとヴィトリアの2人がフォナック − BMCつながりで入団したスイス人。あとはアメリカ人

監督のガヴィン・チルコットはセッレイタリアで走っていた元プロだが、87年に引退し、サイクリングから完全に離れた(CNには87年プロ入りとあるが、正しくは“82年プロ入りし87年に引退”。)

Velonewsインタビュービデオで、チルコットはこう語っている:引退後カレッジに通い、マイクロバイオロジーの学位を取得。4年前に彼女の薦めで自転車界に復帰

ビデオから、チルコットのコメント:
「マイクロバイオロジーは自転車と直結しているわけじゃない。でも、サイクリングはどんどんテクニカルになり、監督には科学的バックグラウンドが必要になってきているのではないだろうか。

トレーニングプログラムを設定したり、アウトプットを評価したり解釈するのに役立つと思うんだ。」

チーム結成は昨年。ローカルクラブだったのが、今年発展形としてコンチネンタルチーム入りを果たした。

チーム/選手のメディアアテンションを高めるため、アクティブに活動していく。
------
Photo: アレクサンドル・モース 2005TDRにて

(チルコットのインタビュービデオURL:velonewsのこの頁 からView Videoをクリック。スペシャライズドのCMのあとに出てくる。)

■ 2007.02.15 (Thu)  栗村監督がR134をママチャリで快走
kuri.jpg 189×327 17K<-- 以下、目撃情報 -->

先日の連休、湘南海岸を通るR134を走っていると、
黄色いジャージでけっこうなスピードで走るママチャリを前方に発見。

追い抜き様に振り返って確かめるとミヤタスバルの栗村監督でした。
振り向いて会釈すると反応して頂きました。(エエ人やぁ)

ニットキャップにマスク------チョットあやしかったデス
話に聞くママチャリ行軍でしょうかねぇ

------- 情報おしまい ---------

追い抜きざまにわざわざ顔を確認したということは、ママチャリとはいえ、ペダリングやライディングフォーム(或いは暴走ぶり)が、ただ者ではなかった、ってことでしょうかね?!

Photo: バイクショー2001にて

■ 2007.02.15 (Thu)  マヨルカ島の世界選:新旧王者の登場なるか?
grp0215203513.jpg 640×480 56K■ 体重100kg・世界選に向けてトレーニング中+現役のヤネラスは弔い合戦にのぞむ

今年3月29日-4月1日にかけてトラックの世界選がマヨルカ島で行なわれる。新設のパルマ・デ・マヨルカのピストでは、世界選を迎える準備が進んでいる。

マヨルカの地には往年の偉大なトラック選手がいる。50年代に活躍したその人の名はギヨルモ・ティモネル。

ピスト世界選の自動車ペーサー部門(今ではこの種目は消滅)でスペイン人初優勝を遂げ、計6度の世界選を制した。彼は現在80歳(3/24で81歳)、体重100kg。

そんな彼が、昨今 毎日ローラーでトレーニングをしている。世界選の前日か最終日に、エキジビションとして100kmを観客の前で走ることを希望しているのだ。

目下主催者と交渉中。出場許可はまだ下りていないが、過去の栄光が忘れられず、本人は走る気でいる。(100kgの彼はトレーニング中。写真はこちら)

彼は、同じくマヨルカ島のピストの名選手ホアン・ヤネラス(現役)に敵対心を燃やしている。ヤネラスも6度の世界タイトルを取得中。

ティモネル:「ヤネラスは確かに五輪を制している(シドニー金メダル、アテネ銀メダル)。
でも、僕らの頃は五輪には出場させてもらえなかったんだ。

それに彼はペアで走る競技種目での優勝も世界選の優勝としてカウントされている。僕は全て、単独で走って世界選を制したんだ」

ヤネラスといえば、過去レースでしばしイサーク・ガルベスとペアを組んで走っていた。ガルベスが亡くなった当日も。

今ではあの悪夢からなんとか立ち直り、レースに復帰している。地元での世界選に向けて意欲十分。ガルベスの分まで頑張れ。

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Photo) ツールドスイス06。ガルベスと握手をかわすマシュー・ホワイト

参照)AS Diario
関連記事)
Doroyamadaさんの以前のBlog「脈打つクランク」にも関連記事(ヤネラスは、故郷マヨルカ島で世界選が開催される2007年までは現役続行の宣言をしていたそうだ)。

追記)今日丁度タイムリーに出ていたDiariovascoのインタビューによると、北京五輪まで現役続行を広げたとか。

くまたろうさん「ガルベスのパートナーだったヤナレスがレース復帰」

■ 2007.02.16 (Fri)  トラック・トリビア
■ ピストで6度の世界タイトル保持者ホアン・ヤネラス(現役)はかつてUSPに在籍。98年ブエルタでランスのアシストだった

......ガルベスと長年マディソンでペアを組んでいたホアン・ヤネラスの話を昨日少ししたが、彼はスペインでは超有名人なので、もう少し触れたい。

彼はトラック競技で有名だが、以前はロードとピストをスイッチしながらレースに出ていた。

90年代前半には、ブエルタ・ア・アンダルシアで、去年のEUS監督フリアン・ゴロスペと一騎打ちも。

98年にはUSPに所属。ブエルタに出場し、ランスとともに走った。ランスは総合4位、ヤネラスは途中リタイヤ。

その時の写真がないかどうか、手元のアルバムをひっくり返したら、1枚出てきた。ぼけているけど執念で発見という感じ。USPジャージのヤネラス。ブエルタ前日チームプレゼンを見に行った時のもの。


■ ペアを組んできたイサーク・ガルベスに金メダルを捧げるために、五輪まで現役を続ける意向


ヤネラスはピスト世界選のポイントレースで3回、マディソンで3回優勝している。

マディソン:97、99、2006年
ポイントレース:96、98、2000年

うち、99、2006年のマディソンは、去年のゲント6日間レースで亡くなったイサーク・ガルベスとペアで勝ち取った金メダルだった。

ヤネラスにとり、ガルベスは弟のような存在だった。それだけに目の前で起こったガルベスの死は辛かった。直後はもう走る気が全く起こらなかった。少なくともマディソンは。

先日のDVのインタビューでも、「ガルベスに関する質問は余りしないでほしい」と言う一幕もあった。

マヨルカ島の世界選はポイントレースに出るつもりだが、マディソンにも出ようかという気になってきた。それがガルベスの供養になるのではないか?目下ペアの相手を探している。

今年開催の地元の世界選をもって引退ということも考えていたようだが、来年の北京五輪まで現役続行を希望するようになった。今年の5月で38歳になる。

「北京五輪まで頑張りたい。それが終わったら引退する。イサーク(ガルベス)に優勝を捧げたいんだ」

参照: DV=Diario Vasco

■ 2007.02.17 (Sat)  ジロのワイルドカード決定: Unibet落選、ミラノ-サンレモ、ティレノもアウト
giro.jpg 398×395 30K■ ジロのワイルドカード

Ref:2/13付け小ネタ(ジロのワイルドカード選出を2月16日にひかえて、主催者であるRCSスポルトは、このほどRCS開催のレースに参加させる可能性があるワイルドカード9チームを公表した。ところが、再びこのリストにユニベットが入っていない)

予定通り昨日ジロの出場チームが公表された。そして予定通り!ユニベットは入っていない。

また、先に述べたとおり出場をどうするか未定だったケスデパーニュ、ゲロルシュタイナー、ラボバンクは最終的に出場を決めた。

そのため出場チームは: UCIプロチーム(UCIプロチームズリストはここ)のうち昨年から加入していた18チーム + ワイルドカードは結局 以下の4チームに。

・アクアエサポーネ
・アスタナ
・ティンコフ
・チェラミカパナリア

■ ミラノ〜サンレモ

また同時にミラノ〜サンレモもチーム発表となり、UCIプロチーム18チーム+ ワイルドカードは下記6チーム:

・アクアエサポーネ
・アスタナ
・チェラミカパナリア
・ティンコフ
・バーロワールド
・L.P.R


■ ティレーノ〜アドリアティコ

ティレーノ〜アドリアティコに関しては、UCIプロチーム18チーム+ワイルドカードは下記4チーム:

・アクアエサポーネ
・アスタナ
・チェラミカパナリア
・ティンコフ

Photo:ジロの優勝杯を手にするのは?(05年イタリア展にて)

■ 2007.02.17 (Sat)  人は世につれ、世は人につれ
先のCNにこんな記事。Tモバイルの新加入選手アダム・ハンセンはプロ選手になる前、
データベースソフトウエア・ディベロパーの仕事をしていたという。

自転車選手になる前、一旦仕事についていた選手は結構いる。
でも、以前は職人っぽいバックグラウンドが多かった。
ソフトウエア関連のバックグラウンドを持っている選手というのは、目新しい。やはり時代の投影だ。

選手の前職、思いつくままに書いてみた(なんとなく時代順):

前職 氏名 コメント
データベースソフトウェア・ディベロパー アダム・ハンセン(Tモバ) 今年Tモバイルに入団
障害者福祉施設職員 フランシスコ・ヴィラ(ランプレ) 一時期選手を兼任していた時期も
大工 パオロ・サヴォルデッリ(アスタナ) 99年ツール・ブック参照
家具職人 フランク・ルニエ(ブイグ) JC来日時に本人が語ったところによると
ペンキ塗装職人 アレックス・ツーレ 引退したが、もうペンキ塗装業には戻らないと
印刷工 パスカル・エルベ そのせいか、サインが芸術的
パン屋職人(家業) ルイゾン・ボベ 引退後はタラソテラピー施設のオーナーとなり大成功
肉屋の屠殺業 チャーリーゴール いつかのL'humaniteの記事から


■ メール情報:勉強編

さらに先日のトクダネで、BMCチームの監督がマイクロバイオロジーの学位を取得した話を書いたら、カージナルス(野球)の監督も面白い経歴がある、というメールをもらった。以下、カージナルス監督の情報および、ほかにも、、の情報:

学科 氏名 コメント
フロリダ州立大で法学の学位取得 トニー・ラルーサ カージナルス監督
コロラド大で経済学の学士号取得 タイラー・ハミルトン スキーヤーとして入学とのこと(Wiki)
オビエド大で電気工学単位取得中 チェチュ・ルビエラ 引退後はエンジニアになる
スクールオブエコノミクスで国際ビジネス ダリオ・チオーニ 卒論はスポーツ経営学
大阪産業大で機械工学を専攻 山下貴宏選手(ミヤタ) 佐藤琢磨のようにF1レーサーになるため車の勉強を志した。
自転車はそのための前フリのつもりだった。Ref.パナレーサーのサイト
Photo: TDスイス06のチオーニ

■ 2007.02.18 (Sun)  ブエルタの点景 〜 「シルエットの黒牛」誕生秘話
grp0218204631.jpg 436×271 18K■ 幾多の苦難を乗り越え黒牛生誕50年

ブエルタのレース中継を見ていると点景の一部にしばしば黒い牛のシルエットが登場する。
シェリー酒の生産を行なうオズボーン社のロゴなし看板だ。現在スペイン中にこの巨大看板(14m)は90箇所ほどを数え、メキシコにも出現している。

ただし、この牛の看板がない地域もスペイン国内に2箇所だけある。カンタブリア地方(フレイレの故郷)と、ムルシア地方(バルベルデの故郷)だ。逆にこの牛が一番多く所見されるのはカディス(シェリーの故郷ヘレスに近い)とアリカンテ(ケルメの故郷)。

この牛が、このほど生誕50年を迎えた。

だが、ここまで来るまでの道のりは、決して平坦ではなかった。

1956年、最初に広告塔として現れた時は、牛の角は白く看板自体は木製だった。高さも4m。
1961年、プレート製に替わり、高さは7mに。
1962年、高速道路脇の設置となったのを受け、高さがさらに高くなり、現在の14mに収まった。


その後、運命を脅かすできごとがおこる。
88年の法改正で、公共道路に広告を出すことが禁じられることになった。苦肉の策として、それまでのOsborne-Sherry & Brandyというスポンサー名を看板から削除することに。現在の黒いシルエットのみとなった。

これで一件落着かと思いきや、94年の道路交通法改正で、再びこの看板を公共の場所から取り外すべしという議論が出た。

最終的に世論の後押しを受け、
「この牛は単なる広告以上の意味を持つ。貴重なアンダルシア地方の歴史的財産だ」、
という見解が大勢を占め、無事に黒い牛は今日までサバイバルすることができたのだった。

写真は、先日訪れた神戸にあったスペイン料理店の看板(北野から元町に向かう道の左手)(参考: El Pais)

■ 2007.02.19 (Mon)  「新しい風」
......昨年のTモバイルの新体制発表会や北米のチーム・スリップストリームの話題を通じて、最近、あるひとつの新しい流れが始まっていることに気づいた。

かつて、自転車チームというとレースで優勝しないとスポンサーに面目がたたない、という状況に置かれた。しかし、最近 新しい発想が芽生えつつある。つまり、

● 勝つことよりも、まずクリーンに走るための方策を尽くして、チームイメージ向上に努め、それによってスポンサーの価値を高める、というもの

スポンサーから要求される成績主義の果てが薬物摂取に行き着く、そんな可能性が潜在的にあるのなら、そのプレッシャーをなくすしかない。でもそれは同時にスポンサー露出度減少や、ひいてはスポンサー獲得の意味で死活問題になる。

そのジレンマと折り合いをつけた上でたどり着いたのが、この新しいウェーブなのではないだろうか。

IBMが福祉活動に寄付をしたり、キャノンが不妊治療に100万円の補助金を出し、少子化対策に一役買ったり。。営業利益だけが企業利益ではないことを近頃ひしひしと感じる。

間接的だけど「社会貢献」だって、最終的には違う形でプラスになって戻ってくる。

自転車チームのスポンサーだって成果主義だけじゃなく、「スポーツクリーン化への貢献」を売りにするスポンサーが評価されたっていい、そう思う。

■ チームスリップストリームのクリーン化新体制のすごい内容

スリップストリーム(元USP/ CAのジョナサン・ヴォータースが監督をつとめる北米のプロコンチーム )の新体制はすごい。

・年間50回の薬物検査を自主的に行なう(23人の選手を抱え、年間血液・尿検査の合計回数は実に1200回)

・選手のバイオマーカーのデータを蓄積することにより、薬物測定で検出されなかった少量の摂取薬物も代謝の変化で読み取ってしまう。

・Tモバイル方式と一線を画しているのは、スリップストリームはチームドクターを使わずに、外部独立機関に検査を委託している点。

ヴォータースは述べる:
「バイオマーカー導入により、抑止力にもなる。選手たちを罰則で脅したり我々が命令する代わりに、まず自分たちの頭で考えられるようにマインドを変えていく。」

チーム員で元U23TTチャンプ、ダニー・ペイトはこう語る:
「確かに年中サンプル摂取ばかりというのは辛い面もある。でも、アスリートとしてクリーンであると単に主張する前に、まず自らそれを実証しなくてはいけない。

昨今のご時世や状況を考えると、これからの世代は、そのぐらいしなくちゃいけないんだよ。ほかのチームにも追随してほしい。」

Tモバイルのロルフ・アルダグ監督も述べている:
「勝つだけがレースじゃない。万が一負けても、ファンはそのどうやってクリーンに戦うために頑張っているか、その過程を評価してくれるだろう」。

■ 過去の挫折

こうした自浄能力を唱える動きは、実は過去にもあった。でもそれはチーム単位でなく、ひとりの個人が立ち上がっただけで、最終的には個の力が非力であることを示しただけだった。

フランス人プロ選手クリストフ・バッソン。クリーンな競技をめざす見本として、フェスティナ事件のあと、マスコミに取り上げられた。実はフランス2のニュース番組で、偶然彼の独白を聞いたことがある。

「自分は薬をやっていない数少ないプロ選手だ。それでもレースで数回勝つことができた。みんなも断ち切ろう」と声をあげ、立ち上がっていた。

しかし、2001年ジャン・ドゥラトゥールに在籍したのを最後に、プロトンから総スカンを食う形で失意のうちに引退に追い込まれた。

■ スリップストリームは、カリフォルニア一周で奮闘中

現地時間18日にサンフランシスコ行なわれたツール・ド・カリフォルニア3.1kmのプロローグで、スリップストリームの無名の新人が一気に注目の的となった。

ジェイソン・ドナルド。この日、TTに強いディスカバリーチャンネルのライプハイマーに続き、2位に食い込む健闘ぶりを見せたのだ。


フェスティナ事件から時は経ったけれど、自転車競技の評判といえば、まだ同じような場所で右往左往している。

自転車競技周辺に漂う嫌な雰囲気を、クリストフ・ベッソンは断ち切ることができなかった。しかし、Tモバイルやスリップストリームの奮闘ぶりは「今度こそ、、」そんな思いを与えてくれる。

Photo:勝つことだけでなく、チームとしてほかの価値を模索しているTモバイル。昨年9月の新体制発表会にて

■ 2007.02.20 (Tue)  2週間で賞金7500万円を稼いだ男 : ロビー・マキュウェン
......英版Cycle Sportの記事に驚く。マキュウェンは、2004年ツールが終わった翌日からたて続けに走った10本のクリテリウムで、僅か2週間のうちに7500万円を荒稼ぎしたと言われている。

2004年ツールは7月3〜25日開催。ここでマキュウェンは2勝した。翌日の7月26日からたて続けに、彼はクリテリウム合計10レースに出まくり、優勝しまくる。

7月26日: Aalst Criterium優勝
7月29日:Wateringse Wielerdag優勝
7月31日: Spektakel van Steenwijk優勝
8月5日: Profronde van Oostvoorne優勝
8月10日: Gouden Pijl優勝

3週間だけでもきついツールのあと、ノンストップに休みなくレースを続行。5週間も体力キープの秘訣はなんなのか?

「(こんなおいしい)クリテリウムを走らない手はないだろう。
(ツールから通しで続く10のクリテリウムでもいい成績を残す秘訣は)局面ごとにレースを区切って考えること。

例えば、最初のフラットステージは、1ステージとしてでなく平坦な1つのレースとしてとらえる。続く山岳ステージも独立した1つの山岳レース、さらに再び平坦レース、そしてお次はクリテリウム、、、という風に細かく分けて考えながら こなしていく。

ただし、その一方で心の底では、“5週間のツールを走るんだ”という気持ちを持ち続けるんだ。」

5週間のツール。。。すごすぎる。大局観を維持しつつ、ひとつひとつの局面に集中し、それが終わると次、という風に頭の切り替えがうまい選手らしい。

というわけで、CSのマキュウェン評価は、「この切り替えのよさがあるから彼は勝てる、まだまだ行ける、そして、まだまだがっぽり儲け続けることができる!」


■ 「売れる顔」ボーネンと「売れない顔」ヴィノクロフ

さらに同雑誌によると、ボーネンは、缶詰の肉のCMから保険会社のCMまで、とにかくでまくりで、広告収入が大きいという。CSが推定する年俸以上をもらっている可能性も。

ここまで彼がもてはやされる理由は、ベルギー人が大好きなレースで勝っているから、的確な時機と言葉を選ぶ分別ある話しぶりに好感がもたれているから、体格・笑顔・ルックスがいいから、ということなんだそうだ。

唯一 これ以上の年俸の引き上げを阻止している要因は、ツール総合優勝が果たせない点。ツールで優勝するというのは、やはり破格のこと。

逆にヴィノクロフは「売れない顔」という評価。ただし、祖国に帰れば国のヒーローなので、カザフに安住すれば、今後 金銭的・物質的褒章がかなり見込める。


■ “TV受け”でバッソを抜いたクーネゴ

TVのトークショーで、きびきびと応える姿にダミアーノ・クーネゴは好感がもたれ、近頃トークショーではバッソよりももてはやされつつあるという。

バッソはOPの影響もありナイキとの契約は最小限。カタログとネットで肖像権が利用されているのみ。しかし今年ビッグレースでの活躍次第では、バッソを起用したウエアの発表もあり。

クーネゴは今年年俸自体は減り、そのかわり出来高払いの部分が大幅アップ。ジロで優勝すれば7500万円アップ。ツールで優勝すればその倍1億5千万円アップ。結果を出せば、バッソよりも年俸でも上をいく可能性あり。

ちなみに彼がジロで優勝した際、年俸は今の7分の1の20万ユーロ(約3000万円)だった。

■ 本業一本ペタッキ

クリテリウムで賞金稼ぎをするマキュウェンや6日間レースで懐に入れるツァベルと違い、ペタッキは純粋な年俸以外での副収入は少ない。

推定年俸ランキング:(単位:ユーロ)
1.バルベルデ 260万、2.ベッティーニ 250万、3.ボーネン 200万、4.ペタッキ 170万、5.バッソ 150万、6.クーネゴ 140万、7.ヴィノクロフ 130万、8.マキュウェン 120万、9.ツァベル 120万、10.ヒュスホーウト 100万

Photos: ボーネン(スイスツアー06)、ペタッキ(TDロマンディ05)ゴールシーン

■ 2007.02.21 (Wed)  フレイレ、チームメートに優勝を譲る
スペイン南部を駆け抜ける「太陽のレース」ことブエルタ・ア・アンダルシアは昨日、レースではすっかりおなじみのハエンの町で戦われた。

チームのレースカレンダーの影響で出場できなかったベルトランの故郷だ。彼は観戦しにいったのか、あるいはふてくされて家にひきこもっていたのだろうか。

ところで、おとといの第2ステージでフレイレは「本大会でまだ勝てそう」と語っていた(Ref.昨日のRaceNews

第3ステージ、言葉どおり勝つチャンスがまた到来した。しかし、ゴールを狙っていたのは同じラボバンクのベテラン、ファン・ヘースウェイク。フレイレと少しキャラがだぶるスプリンター。

ファン・ヘースウェイクは、98、2004年、ハエンのステージで優勝しており、ハエンは得意のコースといえる。ゴール争いのライバルがこの地で勝ちたいと願うチームメートとなったため、フレイレは勝利を彼に譲ったそうだ。

最後のスプリントであえてファン・ヘースウェイクを倒しにいかなかった
==> ゴール後、ファン・ヘースウェイクの肩を叩いてねぎらうフレイレの写真 ElMundo。

結果、ファン・ヘースウェイク優勝。2位はフレイレ、という順位になった。

フレイレ、王者として強さのみならず、品格も見せた瞬間。CNリザルト

■ 2007.02.21 (Wed)  DVD レジェンド・オブ・ツール・ド・フランス/ランス・アームストロング

...現在発売中のDVD「レジェンド・オブ・ツール・ド・フランス/ランス・アームストロング」を見た。(JスポーツのDVD情報サイト)

ランスのツールでの活躍にスポットライトを当てているので、冒頭シーンは初総合優勝の99年ツール、96年のガン宣告の前後、あるいは93年ツール初区間優勝の時だろう、と思いきや、あっさり裏切られた。

始まりは、95年ツール。同僚のファビオ・カザルテッリが崖から落ちて亡くなる場面からだった。

ガン宣告という辛い出来事と別に、ランスにとってもうひとつのショッキングな出来事を冒頭に持っていくという手法。

続いて、カザルデッリが亡くなった3日後。第18ステージでランスが優勝するシーンが登場する。

カザルテッリの弔いの戦いに勝ち、鼻息荒いランス。93年に続き2度目となるツール区間優勝。

となると、お次はランスが95ツールで初完走を飾るシャンゼリゼの行進かなと思ったら、またしても出し抜かれた。時計を少し巻き戻し、同じ95年ツールの第13ステージのシーンにバックする。

ゴール手前、スプリントを早めに仕掛けすぎ、最後に高速のウチャコフに負けを喫し、2位になったランス。すっかり打ちひしがれている。

彼はうなだれてこう語る:

「ツールで勝つのは難しい。勝てるチャンスは滅多にない。だから今日は絶対に勝ちたかった。今僕は打ちのめされている(Devastated)」

敵をものともせずツールで7連覇を遂げる王者ランスの姿が印象的なだけに、こんな弱音を吐いていた時代があったことが、なぜかとても新鮮だった。

これがランスの今から10年ほど前の真の姿。

この後に続く彼の爆発的な活躍の前フリとして、このインタビューが綿密に選ばれた。

病気を経て復帰したランスは、突如不死身の選手として生まれ変わっていた。弱気のランスがワンクッション入っただけに、この変貌振りが強烈なインパクトで迫ってくる。

ランスが王者街道を驀進する間、争いに絡んでくる選手たちは次々と変わる。

マルコ・パンターニとの一騎打ちあり、ウルリッヒとのライバル争いあり。はたまた時にライバルはハミルトンだったり、ヴィノクロフだったり。

周囲の選手たちはめまぐるしく競り合いに浮上しては消えていく。でもそんな中、ひとりだけ決して脱落しないランス。

ライバルたちがとっかえドロップアウトし、姿が小さくなっていくのを見るにつけ、ランスの「不動の強さ」の本当の意味を知る。

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左の上5枚(実質4枚)の写真はいずれもツール山岳ステージで撮影したものだけど、ゴール直前ではないせいもあり、ランスはしっかりとアシストたちにガードされている。

ランスはすごい。でも、これらの写真を見ていると、彼を必死で支えてきたアシストたちもすごかったな、とつくづく思う。

かつてのランスのアシストたちのインサイドストーリーもいつか見てみたい、そんな気もする。

(一番上の写真は、05ツール第19STで撮影したもの。順にチェチュ、カメラ小僧(笑)、ランス、バッソ、サヴォルデッリ。68km地点の第2級プラドーの上りにて。山岳ステージの途中にある2級程度の上りは混雑も少なく選手がよく見える。)

■ 2007.02.22 (Thu)  パリ〜ニース: プロツール(PT)離脱決定で、PTポイントはつかず、、+ 続報(フリーイベントならプロツールチームは出場するべからずというUCIの見解)
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写真は05ツール第19ステージパラドーの上り。プロトンから遅れた4人が、フレッド・ロドリゲスを先頭に必死で前を追っているところ。

日差しの強い日で、路面には影がくっきり。丁度この4人がきれいに縦一列に並んだ瞬間。
翻ってASOとUCI。両者の足並みは全くそろわないまま決裂となってしまった。

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3月11-18日のパリ〜ニースはUCIプロツールレースとして開催されるのか、あるいはプロツールの枠外イベントになるのか、レース開催を前に、主催者ASOと国際自転車競技連合UCIの間で詰めの調整が行なわれていたが、最終的に歩み寄りはなし。

ASOはUCIではなく、フランス自転車連盟FFCに活路を求めることに。FFCはパリ〜ニースの重要性を考慮し、昨日、パリ〜ニースを“FFCの規定”に則って開催することを了承。

これで、パリ〜ニースはUCIプロツール(PT)の枠外のレースとなり、PTポイントはつかないことが決定。FFCの“フリーイベント“という扱いだ。
従って、PT20チーム全てを招待する必要はなく、先に決定したように独自の選考基準でトッププロチーム18+ アグリテュベルとアスタナをワイルドカードで出場させる。

腹の虫が収まらないUCIは、ここでひとつの見解を出した。パリ〜ニースがプロツールから離脱してFFC(フランス自転車連盟)のフリーイベントになる場合、20のUCIプロチームは出場権利がない、というもの。

UCIはこの見解を示したレターを20のプロツールチームに配信した。
ということで、きちんとレースが開催されるためには、もうひと山越えないといけないかもしれない。

参考までに、ASO、RCSスポルト、ユニパブリックが主催し、プロツール指定を受けているレースは全部で下記11:


<<ASO、RCS、Unipublicが主催する11のレース>>
ASO:パリ〜ニース、パリ〜ルーベ、フレッシュワロン、L-B-L、ツールドフランス、パリ〜ツール、
RCSスポルト: ティレノ〜アドリアティコ、ミラノ〜サンレモ、ジロデイタリア、ジロディロンバルディア
Unipublic:ブエルタアエスパーニャ

もし上記全てがUCI/PTの枠外のレースということになれば、プロツールのポイントがつくレースは27から16(下記参照)に減ることになる。
そうなるとプロツールリーダーの価値は昨年とはちょっと異なり、価値目減りという感も否めない。


<<主催がASO、RCS、Unipublicではないもの>>
フランドル一周、パイスバスコ、ヘント〜ウェヴェルヘム、アムステルゴールド、フレッシュワロン、ツール・ド・ロマンディ、カタルーニュア一周、ドーフィネリベレ、ツール・ド・スイス、アイントホーフェンTTT、クラシカ・サンセバスティアン、ドイツツアー、ヴァッテンフォールサイクラシクス、エネコツアーGPウェストフランス・プルエ、ポーランド一周、チューリッヒ選手権、以上16レース


UCIのルールブックには、「各国の連盟はUCIルールを尊重すること」と書かれているものの、「同時に各国の法を尊重した上で」とも書かれているため、仏連盟は今回の措置は違反にはならないだろうという判断を下した。

パリ〜ニースでは、UCI審判団ではなく、FFCの審判団が送り込まれ、フランス人だけにならないようにするため、スペイン、イタリアの自転車連盟からも審判の助っ人を依頼する。

ASOがUCIと袂を分かつのは仕方ないとしても、とばっちりを一身に受けているのがチームUnibet。

パリ〜ニース、ティレノ、サンレモ、ジロに出場できず、スポンサー露出度が少なく投資額に見合わない。ブエルタのノミネートもないと噂されている。

Unibetは登録されたスウェーデンでプロツールレースが1つもないのが痛い。実情チームは一応スウェーデン・ベルギー混成チームなので、ベルギーのレースの出場権はさすがにもらえるとは思うが。

英国でプロコンチネンタルチームの登録をしているバーロワールドは、昨年UCIプロチーム(プロツールを走れるチーム)ライセンス申請をしたが、Unibetに破れた。しかし彼らがUCIプロチームになっていたとしても、UK登録の新参者とあってはUnibet同様、ワイルドカードからはことごとく漏れていただろう。

バーロワールドは今頃、「ライセンス申請が却下されてよかった!」とほっと胸をなでおろしているかもしれない。

■ 2007.02.23 (Fri)  ”プロツールチームはパリ〜ニースに出る資格がない”とするUCIに対し、チーム側の反応
昨日のエントリー続報 : 一連の問題に関して、コフィディスのマネージャー エリック・ブイエ氏の反応。

「スポンサー、そしてとりわけ走ることを望む選手のためには、こういうことに巻き込まれるのは好ましくない。彼らが国際連合と主催者との確執の人質(犠牲)になってはならない。これは良識の問題だ。」

FDJのマルク・マディオ監督、AG2Rのヴァンサン・ラヴニュー監督も同意見。

レース主催者ASOがパリ〜ツールのプロツール離脱を決めたため、レースはUCI扱いでなく、フランス自転車連盟管轄のフリーイベントとなった。
UCIはこの動きを許さん、とし、”現行のルール上、プロツールチームはフリーイベントレースには出場することができない”という見解を各チームに通知した。

■ 2007.02.23 (Fri)  07年度チーム発表記者会見 : NIPPOコーポレーション・梅丹本舗・エキップアサダ
....2月23日(金)、都内でNIPPOコーポレーション・梅丹本舗・エキップアサダ(Ref.UCIのコンチネンタルチームの頁 )の07年度チーム発表記者会見が行なわれた。

昨日できたばかりという新ジャージに身を包み、選手たちが登場。ランカウィのときのジャージからマイナーチェンジ。NIPPOのカラーのロゴが入り、ジャージの白地と赤字部分が入れ替わった。

ランカウィのジャージ写真(新城選手のBLOG1/20付け)
・ 新ジャージは左2枚目の写真を参照

選手たちの姿を見ながら、今から丁度1年前の3月1日、六本木ヒルズで行なわれた06年度チーム発表を思い出した。

あの時はスポンサーとの折衝がずれ込み、チームジャージが間に合わず。選手らは背広姿だった。(当時の記者会見の様子

さらに大きな相違は、会場の雰囲気。1年前は、議員・映画監督の挨拶があり、バックは金屏風。TBSのカメラを含め、TVカメラは4台。(右の写真)

それに比べると今回はこじんまり。選手らとの距離も近い。TVカメラらしきものは1台。ただ、今年の方が地に足が着いて落ち着いた雰囲気の会見だった。

去年は、ツールに出場するためのチームの打ち上げということで、熱血的な雰囲気が先行し、やや気負いに満ちていた気がする。

今回、もちろんあの野心は捨てていない。2009年ブエルタ、2010年ツールに出場することを目指す。でも、それは短・中期的目標。今回浅田監督の話を聞いて、チームにはそれ以上の長期的目標もあることを感じた。

つまり、ツールを目指す日本チームが奮闘するのを見て、自転車=ケイリンという認識しかなかった層にもロードレースを浸透させ、サイクルスポーツの普及にも寄与していきたいという思い。

ツールに出るのは当然容易なことではない。さらに完走だって難しい。かつて戦後唯一日本人としてツールに出場した今中大介さんのUCIランキングは、94年593位、95年719位。それでも完走できなかった。

(注* 戦前には、1926,27年に川室競氏が個人選手としてツールに出場しリタイヤしている。)

あれから10年。日本人選手のレベルが飛躍的に上がった、という気がしないのは何故か?それは今中さんのツール出場が、ひとりの個人の戦歴で終わってしまい、子供たちが自転車選手を希望するようなブームにはなり得なかったからではないだろうか。

あるひとりの選手だけが人気になっても、その選手が引退すれば、ブームは終わる。ブームを終わらせず、ロードレース選手の後身をどんどんはぐくんでいくためには、一丸となってツールをめざすようなチームの存在というのは大きいと思う。

ロードレースの底上げをするため、そういうウェーブを生み出すために、NIPPO梅丹の方向性は間違っていないと信じている。

今後、ファンの裾野が広がるためには、選手らの活躍が重要ではあるものの、同時にスポンサー企業各社も含め、チームを支える人たちみんながハッピーであることが欠かせない。

今度こそ安定的にチームが継続するためにも、選手、チームが活躍することで自転車競技全体の底上げに寄与し、スポンサー各社の認識度向上につながる、、、など、もっと大きな意味ですべてがうまくかみ合うことを願わずにはいられない。

なお、チームは人材発掘プログラム“トライアウトプログラム”を企画している。その内容、及び選手紹介は、==>別ページにて(JUMP)


・参考までに、チームスポンサーは下記5社。どれもチーム運営経験があったり、スポーツになんらかの形で関連のあるスポンサーばかり:

2007年チームスポンサー (2007年2月23日現在)
株式会社 NIPPOコーポレーション : 競技場、レジャー施設など開発・施工
株式会社 梅丹本舗 : 16 大効用がある梅肉エキスを使用した健康食品製造販売
ヤフー株式会社 :インターネット上の広告事業その他
ブリヂストンサイクル株式会社 :自転車の製造販売
株式会社 オージーケーカブト :自転車を含むスポーツ用ヘルメットの企画・製造・販売

「結婚決まりました!」
「じゃあ、今のキモチを表すポーズを
お願いします!」
「今のキモチは、、こんな感じデス!」
お相手は、
高校3年生の時に1年在学した
沖縄の高校の同級生です。
福島康司選手

清水良行選手+スポンサーロゴ一覧

左の5つの画像をクリックすると各社の公式サイトにJUMPします。

左の写真の梅丹エキスの広告。

実は通勤途中、こののぼりは毎日目にしていた。
でも、梅丹本舗ののぼりだとは知らなかった。

チームスポンサーが発表になり、初めて認識した次第。

友人は梅肉エキスが疲れを癒すことから、海外旅行の際、買って持っていっているとか。

私もやってみよう。ちなみに味は濃いシソといった感じで、個人的にお酢よりも食べやすい。

NIPPOのペイントは04年ジャパンカップのときのもの。

■ 2007.02.24 (Sat)  パリ〜ニースの受難 続々報
milram3.jpg 640×480 73K■ UCIが怒った!ASOを公式文書で「ゲリラ」「これは重大な過ち」と非難
■ UCIの見解を受け、ミルラムは不出場を検討中
■ Tモバイル:「出場したいけど、UCIのルール遵守も重要」


パリ〜ニースは3月11-18日開催予定だが、今だにもめている。

昔から本サイトに来てくれていた人は覚えているだろう。2002年のパリ〜ニースも もめた。開催不能の危機に陥った。

当時主催者だったローラン・フィニヨンが資金難でレース続行不可となり、一時はレース中止とアナウンス。
しかし、開催日(3月10-17日)から1ヶ月半前の1月31日、ASOがレースを買い取ることになり、一件落着。レースは開催の日の目を見た。

でも、今日はすでに2月24日。開催は3月11-18日。わずか2週間後だ。

● 文書で「ゲリラ」と非難

ASO主催のパリ〜ニースがUCIの枠外で開催することを決め、これを許さん、としているUCIは、このほどすごい文章をリリースした。A4サイズの用紙にびっしり5枚半分の長文だ。

「ASOはUCIに対し、ゲリラさながらの行動(véritable guérilla)を展開している。UCIプロツールをあらゆる手段でボイコットするだけでなく、UCIの正当性を根本から覆そうとしている」

● 各チームとも「強引にパリ〜ツールに出るつもりはない」

先にUCIは、UCIプロチーム・UCIプロコンチームはパリ〜ニースに出場することは規定上できない、というレターを各チームに送付した。

それを受け、目下FDJ、ブイグテレコム、Tモバイルなど「6チームがUCIから造反。パリ〜ニースに出場!!」とロイターがでかでかと伝えた。

しかし、Tモバイルのアルダグ監督のコメントをよく読むと、「出場はしたい」というコメントのあとに「でもルールは遵守したい」とも述べている。

ということで、Tモバイルや、同様のニュアンスのラボバンクは保留としたほうが正しいだろう。

マディオ監督のコメントを聞くとフランスチームは出場に傾いているととれるが、ロイターの内容を否定する記事と、フランスチームは全部出場するという記事両方ある。

一方で選手のほうが出たがっているという現状もあり。

● ミルラムは、「フリーイベント」なら不出場。UCI規則を遵守する

一方でUCIのルールは遵守すべきだ、という見解を示し、UCIの「出場すべからず」というレターに賛同する動きを見せているのがミルラム。

「UCIプロツールチームはUCI規則2.1.009 条により、国別イベントには出場できないことになっている。もしパリ〜ニースがUCI傘下のレースでなくなり、フランス主催のフリーレースになるのなら、プロツールチームの参戦は許されないはずだ」

● UCIの”ASO非難文書”しめくくり

「プロツール立ち上げから2年。(中略)ロードレース競技改革は成功であったことは、あらゆるデータが示している。ただ、ASOと幾つかの結託組織がこれに異を唱えている。UCIは少数の反対派がこれまで遂行してきた業績を破壊する(détruisent)ことを許しはしない。」

また、この文書に先立つ短いコミュニケのしめくくりは:

「自転車競技従事者全てが従うべき規則をないがしろにしようとする組織によって、選手らが人質にとられるような事態となったことを、UCIは遺憾に思う」
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Photo: ミルラムのイベント2006ツールにて。ウルリッヒのツール締め出しの日と重なったせいで、会場に集まったマスコミは当初予想よりもガタ減り。ミルラムのミルク・ヨーグルトも大量に余ってしまった。

■ 2007.02.25 (Sun)  「タクリーノ」と「チタンファニーバイク」と「MBK」
....まいど。
タクリーノ展示車が変わりました。ラブニールさんよりお貸しいただいておりました「ツールステージ優勝メルカドMBK」に変わりまして、ついに「たっくんバー装着チタンファニーバイク」の登場です。

タクリーノマスター上阪卓郎はその昔、モリ工業製チタンフレームをベースとしたこのバイクで全日本実業団や国体に優勝しアジア選手権でも入賞しました。たっくんバーについてはこれ(JUMP)見てください。酒飲むバーのことじゃありません。よかったら遊びにきてね。
よろしく。

Dining Bar TACURINO
大阪市西成区玉出東2−5−6
06−6652−3211
19:00〜AM2:00
定休火曜日

タクリーノ上阪
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ちなみに、先に展示されていたアグリテュベルのフアン・ミゲル・メルカドのMBKバイク
(ツールステージ優勝したときのもの)は右。

今年、アグリテュベルはチームプレゼンテーションをフテュロスコープで行なった。フランスのポワティエにほどちかい未来パーク。時折ツールのスタートやゴールに指定される場所。

このときの司会はダニエル・モンジャス(マンジャス)。ツールでおなじみの名物司会者だ。

あの独特のしわがれ声も印象的だが、選手の顔と戦歴を即座に言くことができるあの才能はすばらしい。

出走サインで偶然 一度に数人が壇上に上がった時など、選手の顔を見分けて名前を言うだけでも
一苦労なのに、必ず各選手の過去の成績にも触れる。

ツール以外でもフランスなどのメジャーレースには彼が司会で登場する。シーズンオフのときは、
もっぱら選手の戦歴を記憶していると以前TVで語っていたが、チームプレゼンのバイトもしているらしい。
(写真は03ツールのウルリッヒ + モンジャス氏)

MBKといえば、チームサポートに積極的だが、MBK BMXチームには、ベルギー期待のアルノー・デュボワが入団した。

若干20歳にして、堂々たる戦歴。==> JUMP
北京五輪出場に向け、注目されている。

関連サイト:MBKアグリテュベル

■ 2007.02.25 (Sun)  組織対立で選手が犠牲 : パリ〜ニースとテコンドー
grp0225215120.jpg 630×473 48K選手を取り巻く組織が対立して、選手が犠牲になる、、、、そんな話、ほかのスポーツでもあったっけ、と考えて、テコンドーを思い出した。(Ref:sanspo.com)

シドニーオリンピックで銅メダルを獲得したテコンドーの岡本依子選手。テコンドーの組織の分裂で、アテネ五輪出場が認められない危機に陥った。

JOCは、全日本協会と日本連合が分裂したままでは選手の五輪派遣は不可、という見解を出した。

涙の会見、署名活動などを経て、最終的に岡本選手はアテネ出場を手中に収めた。個人資格での派遣、ということだったが、最終的に組織が統一されたのかどうかは知らない。

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今回も構図は同じ。組織の利害対立で選手が犠牲になりかけている。選手らがついに立ち上がった。

UCIとASOの対立により、選手らがパリ〜ツールに出られない可能性があるという問題につき、選手らで構成されるCyclistes Professionels Associés (CPA) =プロ自転車選手(サイクリスト)協会がプレスコミュニケをリリースしたのだ。

冒頭:「UCIとグランツール主催者の確執が極端に憂慮すべき状態に達してしまった今、CPAとしては全てのメンバーの名において、訴えをリリースすることが必要であると考える。」

(Au moment où le conflit opposant l’UCI aux organisateurs des Grands Tours a atteint un niveau extrêmement inquiétant, le CPA estime indispensable de lancer un appel, au nom de tous ses membres,…)

という言葉で始まる声明には現状を危惧する様子が滲み、続く文章では、
「利害対立という戦争において、選手らがまたしても主要な犠牲者となる危険をはらんでいる」
と述べ、選手らの苛立ちをうかがわせる。
(Les coureurs, qui risquent une fois de plus, …d’être les principales victimes de la guerre d’intérêt …)