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==> レースNews(ジロデイタリア)

Mas.ciclismoは、2001年12月にCyclingnews.comと念書をかわし、News和訳の許可を得ています。
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■ 2007.05.01 (Tue)  OPはまだ全然終わっていなかった:ハミルトンとヤクシェがティンコフから出場停止処分・ジロ出場不可
sauni.jpg 640×480 77Kオペラシオン・プエルトは、表面的にはもう過去のことになりつつあったけれど、バッソの件を端緒に再び大きな傷口をあけつつある。このほど新規にグアルディアシビルからUCIに膨大な証拠書類がリリースされた。ページ数6000ページ。

あらたに49人の選手の関与が示唆され、これまで指摘されていた58人とあわせると、100人以上となる算段

これを受け、ハミルトンとヤクシェがティンコフから出場停止処分となった。書類にはフエンテスとハミルトンの関係を示す仔細なスケジュールなどが出ているが、状況証拠に変わりない。しかしバッソと同じ処分。ハミルトンのジロ出場は絶望視されている

そのバッソは、個人の意思でディスカバリーとの契約解除を要望し、認められた。目下フリーエージェント状態

「OPは棚上げ」、という見出しが以前でかでかと出ていたが、そうやって油断させて新しい動きを調査していたのではないか?とすら思えるほど、なにやらまた勃発している。

最近フエンテスがまた活発に動いている、なんていう噂もあった。少し泳がせて水面下で調査は続いていたのだろうか?何故だか5月の声を聞くと勃発するオペラシオン・プエルト

いずれにせよ、今日のスイスの宿にはブイグテレコムとコフィディスがいるが、メカニックと話した限りでは、彼らはOPには無頓着。

フランス人は「俺らには関係ない」という空気。チームによって明暗が出ている。レラックスは、ブエルタワイルドカードは100%OKと見られていたが、今後の傷の広がり方次第でどうだろう

ちなみに今、廊下でコフィディスのモレーニが大声で叫びまくっている。大声がやまなかったら注意しようかと思うぐらい。こっちは21時には寝るつもりだ。同じ階にいるコフィディスの部屋割りを見ると、やはりスペイン語のパラとドゥケは同じ部屋になっている

さっきレセプションの前をとおったら、「モンクティエですが」という声がした。モンクティエがチェックインしているところだった

それから今日途中ドイツを通ってきたのだが、ドイツの新聞には例のテレコムの件(Tモバイルの現役医師が96年組織的にドーピングを手配していたという話)が一般紙に載っていた。一般紙にこういうネタが立て続けに出ると、自転車競技の心象は悪くなるばかりでは、と心配にもなる

96年のテレコムというとリースが優勝したあの時で、リース監督にもじわじわとマスコミの矛先が向いている。また、バッソの件が本当だった場合、リース監督が知らなかったわけはないのでは?という声も聞かれる。先週見た光景だけど、記者たちにつかまって話しをしているリース監督の顔がやたら険しい

写真は街の中心部でたむろするサウニエル(ピエポリ、マルチャンテ)
p.s. 今日の宿はネットの無線が無料。初めてのびのびインターネットやり放題

■ 2007.05.02 (Wed)  TDR初日プロローグ
レポート:
http://masciclismo.web.infoseek.co.jp/race2007-1/j-tdr1.html

●中野さんの映像を見ていたフランス人
●フミーはいい感じで
●優勝サヴォルデッリ、表彰台ガールに一目ぼれで暫く忽然棒立ち
●リース監督千切れる??
●サウニエルの2F建てゴージャスバスはこれ

さて肝心な初日プロローグ。スタート地点で写真を撮っていたら、ミルラムのヴィットーリオから「助手席あいてるぞぉ。乗らないか?」と声をかけられ、ミルラムの選手のプロローグを車で追った。2年前のTDRの時にもプロローグのビデオをアップしたので、まあそれと同じといえば同じだけど、今回のほうが上りがきつかった

ビデオ1)ファビオ・サッキのプロローグ。結構きつい上りの箇所



ビデオ2)ギザルベルティのプロローグ。監督からいろいろ指示がとぶ



■ 2007.05.02 (Wed)  TDR2日目 前代未聞?頭にTVカメラをつけて走ることに
grp0502230336.jpg 400×344 28K5/3追加:
昨日のレポートに、簡単なゴールの状況入れました。後方プロトンがひたひた波のようにせまって、あと数メートルで逃げていた2人をつかまえるところ

見ているこちらですらアドレナリンがあがってしまったので、選手たちもきっと・・

それから、昨日のリクイガスのバンの中の貼り紙、全然違う意味だったそうなんで、そちらも訂正。

レース終了。簡単なレース報告と今日集めてきた情報は下記にて(終電が19時なので、レースレポはごく手短です)

http://masciclismo.web.infoseek.co.jp/race2007-1/j-tdr2.html

内容は:
● フミーは喉ががらがらだけど・・
● マッギー3連続レースキャンセルのわけ
● マキュウェンはなぜ昨日のプロローグでビリだったのか
● CSCのクローンが大変なことになっている。TVカメラをとりつけて・・(左の写真)
● 今日はリクイガスの車で移動。あれれ、こんなものが??!

■ 2007.05.04 (Fri)  TDR第3ステージレポート
● マキュウェンゴールシーン
● 優勝したマキュウェンの記者会見が興味深かった。
● 本日のフミー
● クローンは一体TVカメラを装着してどのぐらいの距離走ったか?
● ゴール手前で落車発生

http://masciclismo.web.infoseek.co.jp/race2007-1/j-tdr3.html

■ 2007.05.04 (Fri)  5/4 第3ステージ : フミー悔しさをにじませて2位
duke.jpg 480×640 62K5月4日のTDRレポート

フミー、プロツール初勝利目前で惜しくも2位。ゴールシーン一部始終。ゴール後、悔しさをにじませて

ほかにTDRを走る選手たちの様子など:

http://masciclismo.web.infoseek.co.jp/race2007-1/j-tdr4.html

● 5月4日:フミーが逃げ(右の写真はTV画面上で逃げているフミー)

スタートを見たあとゴール地点へ移動。プレスルーム入りした直後に、プレスのチーフから発表があった。「ただいま3人が逃げています。名前はベップ、ボノ、ピノッティ。タイム差18分!」フンミーが逃げている!ジャーナリストのひとりが叫ぶ。「ボノとピノッティともうひとりはだれだ?」

みんながこちらのほうを見ながら、「日本人だよー、ベップがだよー」と言う。チーフが日本語で言った。「バンザイベップ!」さらにこちらのほうに歩み寄って、「バンザイベップ!」と言いにきた。

部屋に3つあるTVでレース中継をやっている。フミーら3人が逃げている。去年のチューリッヒGPでも同じようにフミーがこうして逃げるシーンを現地で見た。デジャヴーな気分

● 昨日の落車:写真は昨日クラッシュを引き起こしたドゥケがゴールするところ

昨日の落車はゴール付近でおきたので、肉眼で見えたのだけど、誰が最初に落車したのかはわからなかった。ただ、遅れて疲れた様子で三々五々ゴールする選手を見て、彼が巻き込まれたな、などと算段する状況。ジャージが破けていたジェローム、傷をおったミラー、ドゥケらは巻き込まれたのが一目瞭然だった。

プレスルームに戻ると、フランス人ジャーナリストが大声で叫んだ。「おい、落車に巻き込まれた選手全員の名前が誰かわかるか?」後ろにいた別のジャーナリストがひとりひとり名前をあげる。あちこちから、「ありがとう」の声が飛んだ。

宿のTVの映像で落車の場面を詳細に見た。向かって右にいたコフィディスの選手が前のめりに派手に倒れてドミノ式になっていた。

直後に道の片側にへたりこんで座っている2人の選手が大写しになる。ゴールにいく気力を一瞬失っている様子だ。ミラーとコフィディスのドゥケだった。どうやら最初に派手にころんだのはドゥケらしい。

ドゥケのゴールシーンは左の写真。擦り傷を作っている。しかし、痛みに顔をしかめる様子ではなく、まさか彼が発端のひとりだとはこのときは思わなかった。

■ 2007.05.05 (Sat)  Break
basso.jpg 640×480 33K● 歴史を目撃する日
昨日のフミの活躍ぶりに、こんなメール:

>>> 歴史の目撃者になる日も近いですね!別府選手の1勝は、きっと近くまでやっていていますよ!!!
2位に甘んじない姿勢も素晴らしい!<<<

去年チューリッヒは少数の長い逃げを見せ、今回は壮絶な一騎打ちの末に2位。優勝の2文字が見えている今日この頃。

 レースと暗い話題と
>>> フミの頑張りはすごいですね!本当に惜しかったですね。
次回は絶対、勝ってほしいです。

ところでフジテレビすぽるとの世界標準のコーナーで、T-Mobileのドーピング疑惑のシーンが放送されました。暴露本についての内容です。それも90年代中盤のツールに関わる内容とのことで、ウルリッヒ、ザベル、リースが3人で映っている映像が出ました。なんだかとてもショックです。<<<

というメールも。
こちらにきて驚いたのは、連日レースを伝える一般紙に、レースリザルトとともに、必ずのようにドーピングの話題が載っている点。ベルギー、ドイツ、スイスと渡り歩いてきて、連日そうです。ただ全てが煽る記事というわけでなく、競技として存続していくために、真摯に向き合っている内容ももちろんあります。

Tモバイルのチームぐるみの疑惑ですが、90年代中盤の状況はもう言わなくてもおのずと知れているので、今頃どうしてこんなスキャンダルが?、と思うものの、医師たちが現役であるところが突かれているようです。

写真はレース前、車の中でレキップのバッソの記事を食い入るように見ているFDJの選手。(2日前の写真)

選手たちにしても、バッソの件、Tモバイルの件は懸案事項であり、避けて通れない話題のようです。なので、一般紙にレースリザルトと一緒にこうした記事が載っていることに最初違和感があったものの、ある程度は向き合っていかなければいけない問題なのではないか、そんな気もします。

■ 2007.05.06 (Sun)  TDR第4ステージ レポート 
● イゴール・アントン、「ボクはまだレースを学んでいるところ」と言いつつ大一番で優勝

去年ブエルタ山岳ステージで区間優勝をしたアントン、クライマーとしての地位を確実に築いている。

寒くてびしょびしょの山岳ステージで、アントンがTデッケルに競り勝ち栄冠を手にした

記者会見では、「まだボクはレースを学んでいるところだから」と控えめだったが、今年はツールにも出場予定。山岳ステージが楽しみだ

左の写真)プレスルームの一番後ろに座っていたら、背後からアントンが会見のために現れた。「おめでとう」と言ったら、「(チクリッシモの)写真、気に入ったよ!ありがとう」という答えが返ってきた

TDR第4ステージ レポート 

● 雨で疲弊した選手たち
● 仕掛けるのが速すぎたデッケル
● スイスのニュース番組で大写しになったフミ
● 日本からもらったメッセージを伝えた選手たち

http://masciclismo.web.infoseek.co.jp/race2007-1/j-tdr5.html

■ 2007.05.07 (Mon)  TDRデッケルがサヴォルデッリをかわして優勝
TDR終了!!最後まで結果がわからないサスペンスレースとなった。
レポートアップ。レースの様子と:

● デッケル進路妨害に不満
● 「モンクティエは今季絶望だよ」
● ミラーの状況
● リタイヤしたけど、なぜか?”本日のフミー”

http://masciclismo.web.infoseek.co.jp/race2007-1/j-tdr6.html

■ 2007.05.07 (Mon)  ここで現地ヌテッラレポート : ヌテッラ禁止令が出たチーム
liq.jpg 480×640 49KTDR終わって欧州滞在も今日を含めあと2日。今日は移動日・・というわけで、この辺で現地ヌテッラレポート?にします。

● まず、ティンコフその他のチームのテーブルには標準としてヌテッラが置いてあった。ただし、ティンコフの選手は、ヌテッラには手をつけていなかった。そのときのティンコフ布陣はロシア人がメインだったので、イタリア人主要の布陣の場合はその限りではないかも

● 一般にヌテッラは選手の間でもかなり人気で、大多数の選手の好物といってもいいほど。

● ただし、ヌテッラを禁止?にしているイタリアチームがあった。

リクイガスのマッサー、エーリオによると、「ボクはパスタは好物だけど甘いものが好きじゃないから、ヌテッラには興味ない。でも選手の間ではすごく人気だね。

残念ながらうちのチームでは禁止になってるけど。とはいえホテルのビュッフェでヌテッラがおいてあるとこっそりとっていく選手もいるけどさ。」

もっともエーリオとのコミュニケーションはやや怪しいところがあるので、メカニックのステファノやマッテーオらに裏をとった。結果:

ヌテッラ禁止というわけではないが、天気のいい日にはヌテッラは基本的に補給食には使わない。ついむしゃむしゃ食べ過ぎてカロリー過多になる可能性もある。寒くてカロリーが必要なときにはサンドイッチにはさむことはある。

ヌテッラに対する考え方には監督やスタッフ間に温度差はあるのの、基本的にスタンダードの食料としてヌテッラを選手用に常備はしない。補給食の中身は、ヌテッラよりはちみつやマロンペーストのほうを主に使う」とのこと。

補給食を味見させてもらったが、私が食べたのはミニパンにハチミツ+アプリコットが挟まっていてかなり甘いものだった。

これよりもヌテッラのほうがカロリー過多というのも、よくわからないロジックだけど、多分好物でむしゃむしゃ食べてしまうのを危惧しているのかも

(写真のリクイガススタッフはフランス語OK)

■ 2007.05.08 (Tue)  レース会場付近、朝のダイニングルーム:バッソオペラシオンプエルト捜査で告白の話題
basso2.jpg 683×558 58K昨日はオンラインにしなかったので、ここでまずバッソの報道から

数日前、バッソが司法取引をする動きという話が出ていた。そして昨夜(7日)8時のニュースで、ついにバッソが司法取引に応じたという報道が。(写真は7日夜8時のニュース)

今朝(8日)朝7時のニュースでは、「バッソついにイタリア五輪委員会に協力し、告白」という報道が一般ニュースの合間に流れた。

その後ダイニングルームに行くと、フィガロにもその記事が出ていて、ひとりが「バッソが告白」と読み上げる。この宿にはみなダンケルク4日間レースの関係者ばかりが泊まっている。

フィガロの内容は、「今までOP関与を否定してきたバッソが、イタリア五輪委員会の前で、昨日OP関与を認めた」と。

とはいえ、フランス人選手はOPには関係ないせいもあり、その後は今日のレースの話題に花が咲く。暫くすると名司会者のダイニングにダニエル・マンジャスが現れた。彼も同じ宿だったらしい。

脇を通った時に「ボンジュール」と言ってからちょっと間をおいて思わず「ダニエル」と言うと、握手の手を差し伸べてきた。知り合いが多いので、名前を呼ばれると反射的に握手の手を差し伸べる習性があるみたい

ダイニングでは大喝采に近い状態でみんなから迎えられるダニエル。すごい存在感

ちなみに、先日来ジャーナリストたちにバッソの話をどう思うか、と聞いてきたけど、「ヒアリングの結果を受けてからでないとなんとも言えない、自分たちがほしいのは推測じゃなくて、真実だ」といった答えが返ってきた。

バッソ告白の件に関しては、こちらでの反応を含め、本日のレポートでもあとで触れる予定

■ 2007.05.09 (Wed)  ダンケルク4日間レース
kaze.jpg 319×250 25K今日勝った選手:「ダンケルクのプロローグはツールロンドンプロローグコースに似てる。つまり今日はロンドンで勝ってマイヨジョーヌを着るための練習だった」

● ダンケルクを含む北部地域のプロ選手はヴァサーだけ。今年いっぱいで引退を考えるヴァサーのために、今年のコースは作られた
● ブラント:「日本人の男性ファンがいることは知ってるよ」
● マッギーまさかの141位
● ハモンド

今年のツールの行方を占うレースになったダンケルク4日間レース。レポートは下記:

http://masciclismo.web.infoseek.co.jp/race2007-1/j-4jd.html

写真:今日もものすごい突風嵐。レース10分前まで土砂降りで、大荒れの天気だった

ここでマッギーのウォームアップビデオ。2個目のビデオでは、彼が大きく深呼吸するのが聞こえる。周囲に聞こえるほど何度も大きな深呼吸をしていた





(友人用に?!)ロジャー・ハモンドのウォームアップ(アイゼルを呼んでいるところ)



■ 2007.05.10 (Thu)  イタリア人2人目が告白で、「スペイン人選手にも清浄化に協力してほしい」
grp0510211622.jpg 320×240 21K1日遅れの新聞だけど、機内で読んだレキップの記事紹介とざっとまとめ ****

バッソに続いてアクアのミケーレ・スカルポーニがオペラシオン・プエルトに関与していたことを告白したことで、今後スペイン選手たちがどう出るかに注目が集まっている

今回イタリア五輪委員は、OP関与の有力な証拠をつかんだ2選手についてヒアリングが開いたたが、その2人というのがバッソのほかにこのスカルポーニだった。スカルポーニもOP関与を認め、今後OP全容解明に協力すると述べている。

バッソの告白に関しては、彼とびったりつきそっているトレーニングの指南役がいるのに、そういった周囲の人が全くしらなかったのかどうか、疑問の声も上がっている。

いずれにせよ、バッソは自分以外の関与者の名前は(知っている知っていないに関わらず)一切出していない。

ディスカバリーのマネージャー ビル・ステイプルトン談話:「入団前、バッソはOPとは一切無関係と主張し、DNAテストも受け入れていたのに」

ブルイネール監督談話:「我々は彼を信じて雇ったのに。」

とはいえディスカバリーがバッソを雇ったのは彼らの意思だけでなく、別の強い意思があったせいなので(最新号の「チクリッシモ」のランスインタビューに、バッソ雇用の背景を語るくだりに裏話が出ている)、これに関してディスカバリーにツキがなかった感もある。

ブルイネール監督はこう締めくくった:「いずれにせよ、我々のチームはバッソのみに頼って組み立てられれいたわけではい。今後もレースで勝ち続けるつもりだ。」

バッソのほうは、OP関与のいきさつについては、ツールで勝ちたかったからやった、未遂だったと述べている。

また、ティンコフはジロメンバーからハミルトン、ヤクシェをはずし、その後2人のレース出場停止処分を決断した。

■ 2007.05.10 (Thu)  人に歴史あり・世界の?マッサー
フランシス・ビュール(CA):フランス人なのにフランスのレースには一切同行しないマッサー

マッサー歴20年。過去、ブエルタ、ロマンディなどフランス以外のレースの際に会って話しをしたことがある。

「ツールには行くのか」とたずねたところ、「僕はフランスのレースには行かないことになっているんだよ」という返事。フランス人の彼がフランスのレースには行かないとは一体?

「自分はフランス以外のレースに同行する、一旦そういう感じになってしまったから、もうずっとチーム内でなんとなくそういう流れになっているんだ。歴史を重んじるうちのチームらしいだろ?でも僕は旅が好きだから、全然苦痛じゃないさ。」
ボルドー在住で、”今は”独身。

ピチニーニ(ミルラム):イマナカは自転車を売っているんだよね

ステージレースだと、レース会場でなんとなく毎日顔を合わせるので、最終日近くなると、いろいろな人が声をかけてくる。彼もそんなひとり。

「日本にはチンクエ・ヴォルティ(5回)行ったことがあるんだ。世界選とかワールドカップとか。」

ミルラムというのは新しいチームなので、では以前はどこのチームにいたのだろう?

「以前は例えばポルティなんかでマッサーをやってたんだ」という。そういえばミルラムのヴィットーリオ監督やマネージャーのスタンガも、ポルティの流れを汲んでいるっけ。

イマナカさんのことを知っているかと尋ねたら、「もちろん。今は自転車を売っているんだろ?」
成功している話は耳に入っていた。
ヤニック(ブイグテレコムその他):僕は3チームかけもちマッサーさ

「次はどこのレースに行くんだ?」と聞かれ、「ダンケルク4日間レースだ」というと、「オイラもだよ。ただし、ブイグ以外のチームでの出場さ」

聞くところによると、彼はロマンディにはブイグテレコムのマッサーとしてきていたが、「そのほかブルターニュチーム(ダンケルクに出場)とアマチームでもマッサーをやってるんだ」

アマチームの選手は、ブイグのマッサーにマッサージをやってもらえるというわけだ。

そしてダンケルクのとき、ヤニックに再会。ブイグのウエアを脱いで、ブルターニュのロゴ入りウエア姿だった。
カミーユ(FDJ):マディオ監督によく間違われるよ

マッギーのことを聞こうと思い、FDJのバスのほうに行った。そばにいた彼に聞こうとすると、「僕はマッサーだから、監督に聞いたほうがいいよ。」

話をすると、マディオ監督に似ているから、よくこの手の質問を受けるけど、自分じゃ正確なところはわからないと。確かにマディオ監督に風貌が似ている。

「僕はダンケルクには行かない。家にやっと帰れるさ」。フランスの西部アンジェ在住。
リュック(ディスカバリーチャンネル):僕は整体師

アメリカ人ぽい風貌だがどこの国の人だろうか?

「ボクがアメリカ人ぽいって?ハハそうかな。実はベルギー人さ。自分は整骨医(オステオパス)。とはいえほかのマッサーと同じようにマッサージをやるわけだけど」と言っていた。

「監督がベルギー人のせいもあるけど、スタッフにはベルギー人が意外に多いんだよ。」

「フミはチームに溶け込んでいい感じでやってるよ」
ネレ(ユニベット):去年は個人で開業してたの

彼女も厳密にはマッサーでなく、オステオパスと名乗っていた。整体・リハビリ関係の専門である由。美人さん。

「チームにきて1年目なの。去年までは個人で開業していたのよ。でも旅行が大好きだから、今の仕事がすごく気に入っているわ。」

「そうなのよ、チームは直前までレースに出られるかどうかわからない日々が続いて、今後のレースだって不確定よ。LBLだって出られるはずだったんだから。でも、みんな意外に落ち着いているのよ。じたばたしても仕方ないから」
オスカル(サウニエル):チームを変えたから・・・

アムステルゴールドで彼の姿を見つけた。しかしエウスカルテルのウエアでなく、サウニエルのウエアだったので、見間違いかな?と思った。しかし彼はエウスカルテル=>サウニエルに移籍したひとりだった。

「実はアムステルで君の姿を見かけたけど、声はかけなかった。エウスカルテルのウエアじゃないから、わからないだろうと思ってさ。そうなんだ、ボクもチェマと一緒にサウニエルに移った。今のチームのことはすごく気に入ってる。大きな声じゃいえないけどね」
チェマ(サウニエル):ベロキは小さい頃から知ってるよ

先日すでに紹介したチェマ。エウスカルテルからこっちに移って国際的雰囲気がすごく気に入っているという。実は彼、バスクのビトリア出身。ベロキやイゴール・ガルデアノと同じだ。彼らのことはよく知っているんだろうか?

「ベロキやガルデアノはもう小さい頃からよく知ってるよ。イゴールは今エウスカルテルの主席コーチだよね。前監督のフリアンは暗かったから、すこしはチームも変わるかな。

とはいえイゴールがめちゃくちゃ革新的とは思わないね」

■ 2007.05.11 (Fri)  レキップ紙のカメラマンが撮影したフミ
フミがロマンディ山岳ステージで2位になった翌日、日本人の人からメールをもらった。「フミのゴール写真が掲載されている新聞を購入していたら見せてください!」と。

「しまった!」と思った。朝あわてて出てきて、ダイニングで新聞をピックアップするのをその日に限って忘れていた。

もっともその時自分はプレスルームにいたので、レキップ紙が近くにころがっていた。

で、レキップ紙を広げたら、あれ?ロマンディの記事はたった10行ぐらい。写真なし。そんな〜。。

隣にいたレキップ紙のカメラマンのジャン・クリスティアンに尋ねた。なんで写真がないのか?わざわざレキップはカメラマンを派遣しておきながら。

するとジャン・クリスティアンが言った。「僕は主に記録用の写真を撮っている。ロマンディ一周を新聞に掲載する場合は、勝者がフランス人でなければ写真はなしだ。あるいは最終日の表彰台ぐらいは載せるかもしれない。」と。

「えー、残念、フミの写真が載っていると思ったのに」と言うと、「そうだな、彼は残念だったな。じゃあ、写真を幾つかプレゼントするよ。」とのこと。

メモリーカードのタイプが合わず、CDにコピーして渡してくれた。帰国して、その写真を見てみた。

Photocopyrigh@ジャン・クリスティアン・ビヴィーユ JC-Biville(全て拡大版はなし)

いずれもゴール写真だった。フミの顔の表情もばっちりだし、ゴール脇にいる子供の表情がすごくいい。

写真の使用方法について事前に彼に確認したところ、プレゼントだから自由に使っていいという。とはいえ、一応レキップ紙から派遣されて撮った写真なので、あとでもめると困る。ここでは一部のみの使用にとどめる。

あとはフミにプレゼントだ。

上3枚の写真が、笑顔のガッツポーズになって、それをジャン・クリスティアンが撮影する日がそう遠くないことを祈りつつ。

■ 2007.05.12 (Sat)  昏睡60日奇跡の復活ハビエル・オチョアがサウニエル・ドゥバルに入団
2001年2月、トレーニング中に脇見運転の車に轢かれたケルメの双子のオチョア兄弟。リカルドは即死、ハビエルは重体となり、60日以上に及ぶ昏睡からハビエルが奇跡的に覚醒した。

その後ハビエルはリカルドの死を知り苦悩の日々を送る。自転車を見るのも嫌と拒否していたが、リハビリを重ねて、やがて再びサドルにまたがる日がやってくる。

脳に多少障害が残り、平衡感覚がとれずに苦労するが、一歩、一歩とツール オタカムステージで優勝した(2000年)あの名クライマーの勘が蘇る。

やがて自転車競技身体障害者部門の常連となったハビエルは、パラリンピックでメダル2個、身体障害者部門スペインチャンピオン、同カテゴリー世界選2勝をあげてきた。

今年3月には世界的に活躍したスポーツマンに与えられるローレウス世界障害者スポーツマン賞にもノミネートされた。(関連記事)

その彼が、このほど晴れてサウニエルチームの一員となった。サウニエルの選手と同じウエア、バイク、支給品を与えられる。ほかの選手らと同じレースを走るわけではないが、今後はチームからあらゆるサポートを受けることができる。

今後6月のスペイン選手権、8月ボルドーの世界選に向けて練習に励む予定だ。

オチョアと同じバスク出身のホセ・フェルナンデス・マチン監督は、彼をほかのチームメイト同様に扱うつもりだ。同時に、試練を乗り越えてきたアイコンとして、彼を手本にしたいとも語る。

写真:事故前年、ツール2000年 クールシュヴェルの山岳ステージにてハビエル

■ 2007.05.12 (Sat)  フロイド・ランディス : 独立機関の調査でも陽性結果が裏づけられ、「歴代ツール勝者リストから削除」の準備
昨年ツールの際の検査で陽性反応を出したランディス。A・Bサンプルとも陽性だったが、LNDD研究所の検査処理に過失があったと主張していた。

そのため第三者独立機関がLNDDの検査手順を全て洗い出し再調査。その結果、LNDDの陽性判定は妥当な手順で行なわれていた、という調査報告が出た。

これを受け、ASOのディレクター、プリュドムは、「ランディスのことはすでにツールの勝者とは見なさない。彼の名前がツール歴代優勝者リストに掲載されることはない」と述べた。
米国調停裁判所でのランディスの審議はいよいよ月曜から開始。Source

■ 2007.05.13 (Sun)  3417mの高地1kmタイムトライアルに挑戦したクリス・ホイ。記録樹立ならず再挑戦へ
Photocopyright@ロイター(酸素量は平地の67%という過酷な状況で1kmTTに挑戦したホイ)

スコットランド人の名トラックレーサー クリス・ホイが3417mの高地で1kmタイムトライアルに挑んだ。場所はボリビアのアルト・イルパビ・デァ・パスヴェロドローム。

結果、タイムは59秒103。フランス人トゥルナンが2001年同じヴェロドロームであげた58.875秒に0.228秒及ばず。トゥルナンは、この場所で、初めて1分を切るタイムを残したのだった。

ホイがこんな過酷なレースに挑んだのにはわけがある。北京五輪以降、BMX競技が種目に加わる一方で、トラック競技の男子1kmタイムトライアルと女子500mタイムタライアルが消滅することになった。

ホイは1kmTTでアテネ五輪メダリスト。今まで自分を育ててくれたこの競技に別れを告げるイベントとして今回の企画を考えた。

記録が出せなかった理由は気温が最適でなかったせいであるとして、日曜日に再挑戦する。

1周333.333m。これを3周する。最初の150mで時速60kmに達し、残りを時速61kmで走らないと記録には手が届かない。

■ 2007.05.14 (Mon)  ホイ、2度目のトライも失敗。僅か0.005秒及ばず
(昨日のNewsの続き)日曜日に改めて行なわれたホイの2度目の挑戦も失敗に終わった。

タイムは58.880秒。トゥルナンの記録は58.875秒。僅か0.005秒及ばなかった。

Photocopyright@AFP 時計は過酷。ホイ、僅か0.005秒差に泣いた

■ 2007.05.14 (Mon)  人は腎臓1個だけでもトップレベルで走れるのか? クラッシュで腎臓1個失ったブランドがレース復帰して・・・
昨年8月にベルギー メルクセムのレースSchaal Selsで落車し大怪我を負い、片方の腎臓を切除したクリストフ・ブラント。
今年からレース復帰を果たしているが、腎臓ひとつでトップレベルのスポーツをすることは可能なのか?
答えはYES。だがしかし、自転車競技となると話は微妙・・ ・

(下記の写真は2001年ジャパンカップで来日したクリストフ・ブラント。(最初2枚は後ろがブラント)シモーニ、エヴァンスについで3位に入った。過去のJCリザルトへ


● 事例: 腎臓一個でプレイしたトップアスリート、そして注意点

NBAユタ・ジャズの元プレーヤー グレッグ・オスタータッグは、重い腎臓病の妹のために自分の腎臓を1つ提供し、妹の命を救った。

2002年のこと。彼はNBA史上初の"臓器提供選手"となった。彼の場合はケガでの喪失ではなかったせいもあり、数試合をミスしただけで、じきに復帰し、2005-06シーズンに引退するまでプレイし続けた。WIKI

このように、腎臓がひとつでもトップレベルのアスリートとして活躍している例は過去にある。「たったひとつの腎臓」というサイトを見てみると、 切除後は後遺症をほとんど感じることなく通常の生活ができるという。ただし、長期的な体調変化に気をつけねばならない。

後遺症となりえるのは、●高血圧、●タンパク尿症候群、●糸球体ろ過透過率低下
これらは定期診断によりこまめにチェックし、体調管理していく必要がある。

医師によっては、腎臓切除後の人はボクシング、サッカー、ホッケーなどをすべきでないという人もいる。ケガは避けるべきだという理由で。しかし日常生活の特定場面(後述)よりもスポーツのほうがリスクが少ない、などという論文も出てきている。

日本には、腎臓ガンで片方の腎臓を切除し復帰を目指している小橋建太というプロレスラーがいる。(参照)

腹部には、プロテクト用パッドのはいったベストを着用するように推奨する人もいるが、いずれにしても”腎臓機能をひとつ失った”と認識するような自覚症状はほとんどないということで、スポーツを行なうことは可能だ。

ただし朗報ばかりでもない。上述記事によると、「スポーツよりもリスクが大きい日常生活の特定場面がある」という。そしてその特定場面とは、「車の衝突事故」と「バイクに乗っているときに発生する事故」だという。競技による負傷よりそれらのほうが危険性が高いという。バイクの事故・・・?

これらを総合するとブラント、純粋な体力レベルでいうと、大幅な低下ということはなさそうだが、落車事故にはくれぐれも気をつけなければならない。

7枚目までが日本を走るブラント。あいにくの雨でオートフォーカスが雨粒を拾ってしまい、フォーカスが定まっていないのが残念。

8枚目がダンケルク、それ以降がLBLスタート地点で家族と。黒髪の女性が妻アリソン、かわいい娘はエンマ。彼はリエージュ生まれでLBLは地元だ。

なおこの記事、おおもとのインスピレーションは(もちろん)もりたくさんです。(もりたくさんへ:これが例の写真です。エンマちゃんの成長ぶりに注目!)

■ 2007.05.15 (Tue)  ある風景
tdr4.jpg 480×640 70Kちょっと欲張りすぎたかなぁ
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ツール・ド・ロマンディのスタート前、欲張っていろいろキャラバングッズをもらったはいいが、持ちきれなくなった少年。

同級生らがどんどんスタート地点に移動していく。
「お前もいかないのかよ?」と聞かれるけれど。

困惑した表情の少年。
「だって、歩けないんだもの・・」少し恥ずかしくて声も消え入るように。

ちょっと歩こうとすると持っているものが落ちてしまう。
同級生に手伝って欲しそうだけど助けをお願いする勇気もなく。
「ちょっと欲張り過ぎたかなぁ。」

■ 2007.05.15 (Tue)  人に歴史あり・世界の?(今度は)ジャーナリスト
ミシェル・ランゲヤ(実は・・)

LBL終わってディルーカの記者会見を待つ間。

写真左の人「おーい、僕らの写真を撮ってくれよ」
(ジャーナリストというより素人さんみたいやなぁ。まいっか、とカメラを向ける)
写真左の人「おーい、みんな、プレスバッジがカメラの方に向くようにきれいにそろえて、そろえて!ハイチーズ!」
(なんか沿道に観戦にきたおっちゃんみたいだがな、、、と思いつつ、もらった名刺を見る)

名刺の肩書きには、、、「AFP フォトジャーナリスト」、と書かれていた。
アンディ・ジョーンズ(Cycling Weekly): 「UK Cycle Sportは、実はタイム・ワーナー傘下なんだよ」

「やあ、先日も会ったね」と人懐こい笑顔のカメラマン。英国のCycling Weeklyのカメラマンだという。ライバル誌はCycle SportとProcyclingか?と聞くと、「いいや、Procyclingだけ。Cycle Sportは姉妹誌だから」とのこと。

聞く所によると、Cycle SportとCycling Weeklyは同じ傘下で、出版元はIPC Media。IPCはタイム・ワーナーの出版部門に買収されたのだという。デイリー・ミラーも同じ系列で、英国最大の雑誌出版会社となっているらしい。わあ、天下のワーナーか。驚いた。

Cycling Weeklyは趣味で走る人用の雑誌でCycle Sportは海外ロードレースというすみわけがあるのかと思いきや、そういう区別はクリアにされているわけではないそうだ。Cycling Weeklyでも海外ロードレースを扱い、だから彼はここにきている、と。

「ユジュルは知ってる?」と聞かれ???と思ったら、砂田さんのことだった。フルネームを知りたいというので教えた。「彼はCSに写真を提供しているので、名前を知っているんだ」

Cycle Sportのジャーナリストはプライドがちょっと高そうでとっつきにくかったけど、彼は違っていた。
「カデル・エヴァンスのシューズはスポンサーの特注品でオーストラリアの国旗がついているから狙っているんだ。早く出てこないかなぁ。一度彼のシューズをチェックしてごらん。」こう教えてくれたのは彼だった。
ジュリアン・J(Derniere Heure):ボクはNo.3

フレッシュ・ワロンが終わってウイの坂を下り始めた。上りより全然楽だけど、下りでも急なのがよくわかる。

そこへ丁度プレスルームで仕事を終えた人が英語で話しかけてきた。フランス語圏のベルギー人だった。

ちょっと話したあと、「Derniere Heure を知ってるか?」と聞いてきた。もちろん、知っていると答えたら、「Derniere Heureのライターなんだ」

フランス語のベルギーの新聞で、オンラインの自転車ニュースをたまに見ることがある。

LBLにくるか?と問うたところ、「まだ行かせてもらえるかわからない。ボクはNo.3なんだ。トップ2人は行くことが確実だけど、ボクまでまわってくるかまだ不明」

「ちなみにトップ2人はまだプレスルームで仕事してる。ボクはレースレポートだけだからあっさり終わっちゃった。2人はもっと詳しい記事を書いているんだ」

話し相手ができたおかげでウイの坂を下るのはあっという間だった。
グラハム・ワトソン:LBLの坂はバイクに上って撮影する!

LBLの上りはどこで見ようか?、と4人を乗せた車はリエージュで高速に乗った。時間的に3番目の上りが好都合だった。

到着して、人の流れに乗っていく。坂が急になってきた地点で陣取った。すると面白いことに、同じ場所に次々とカメラマンたちが隊列をなした。どうやらこれは絵葉書ポイントだったらしい。偶然の賜物。

大御所ワトソンも登場。プロトンが来る前は、ゆっくり歓談し、そろそろ近づくぞ、というころになると、やおらオートバイに乗っかった。

なるほど、高いところから俯瞰的に撮影する写真は、いつもこうやってオートバイに立って撮っているのかもしれない。

AFP記者

TDRで。列車の便が少なくて、スタート地点に3時間前に着いてしまった。まだ早すぎる。ちょっと町を観光。

旅籠や風のカフェをふと見ると、AFPのジャーナリストたちコーヒーを飲みながら、真剣にPCに向かっていた。CNのライターも大変と思ったけど、通信社も速さを競うという意味で大変だ。

PCにもカメラにもAFPというシールが貼られている。紛失防止?表彰台写真撮影のとき、よくカメラが地面に置かれていることがある。そういうとき、このシールで判別が簡単、という利点はある。

ちなみにカメラは2台ともキャノンだった。
再びCyclingnews.com シェーン(左)とグレゴー

アムステルゴールド。CNはおそろいのTシャツ(www.cyclingnews.com)姿で。

この時期のオランダにしては青く抜けるような空。夏のような日照り。Tシャツ一枚で丁度いいというまれに見るアムステルゴールドとなった。

■ 2007.05.16 (Wed)  ジロ休息日 : サルディーニャから機材がなかなか届かずトレーニングできず
ジロ最初の休息日はサルディーニャからの移動。当初予想よりも時間がかかり、計画通りにトレーニングができないチームがほとんどだった。チーム協会AIGCPからは批判の声も上がっている。

AIGCPのヘッドであるパトリック・ルフェーブルは、「船で搬送した機材が大幅に遅れ、なかなか回収できず、大半のチーム(クイックステップ、ランプレ、リクイガスを含む)の選手がトレーニングできなかった」と述べている。

「これは信じられない遅延だ。搬送スケジュールをもっと綿密に計画すべきだった。」

選手らは主催者が用意した飛行機2機で移動。昼間のうちにホテルにチェックイン。しかし機材はフェリーで搬送。

昼に到着するフェリーの第一便に機材を乗せられたのは数チームだけだった。(レキップ)
数チームとは一体どこのチームだろう。いつもスマートで手際いいディスカバリーチャンネルは乗せられたんでは?などと思ったり。

■ 2007.05.16 (Wed)  明暗くっきり、サウニエルの場合は、機材のほうが選手より先に到着
bus.jpg 498×425 37K機材運び、どうやら明暗があった模様。機材が届かず選手待ちぼうけのイタリアチームに対し、サウニエルの場合はなんと空港で機材が選手待っていた由。

選手らが空港に到着すると、チームカーと9台のバイクはすでにサレルノ空港で選手たちをお出迎え。そのまま選手らは直接1時間トレーニングを行なったという。

メニューは30km。ポンテニャーノの側道を走り、トレーニングの終点はその日泊まる宿。カパッチョのホテルには午後4時頃チェックイン。

「すべて順調。移動もスムーズ。空港で機材を乗せた車と合流するというのはいい案だった。選手らも好調で、モーリも日曜の落車から復活したようだ。明日の最初の山岳ステージには、いい状態でのぞめそう」

サウニエル、機材到着も早かったようだし、宿にチェックインしてからトレーニングに出るより、空港からホテルへの移動をトレーニングにしてしまったという裏技で時間をセーブ。選手たちはチェックインのあとはゆっくりカプチーノを味わえたという。

イタリアの輸送状況に対するリスク・マネージメントができていたのはすごい。それもスペインチームでありながら??

Special Thanks さそさん / さそさんのデータベース

Photo: グランツール、ステージレース用のサウニエル自慢の二階建てバス(TDRにて)

■ 2007.05.16 (Wed)  今度のフランス新大統領はヴィランクと以前一緒にツーリングしたあの人
祝 第5共和制第6代大統領就任

本日、フランスのエリゼ宮で、大統領権限委譲の式典が行なわれた。このあと新大統領は、さっそくドイツに飛んで外交展開するんだとか。

いよいよ時はシラクからニコラ・サーコジー(サルコジ)へ。お忍びで大相撲観戦をしたりした親日派のシラクから、「京都・大相撲のどこがいい」と言い放って論議をかもしだしたこともあるサーコジー氏へ。

ところでこの新大統領、実はトクダネ05年6月13日付けで紹介した人物だ(写真右から2人目)。

ヴィランクは引退した後、サーコジーら政治家たちとツーリングした。その時の様子がNHK衛星1で放映されたのを見た。(フランス2のニュース枠の中で)
見てびっくり、ヴィランクがヴィランクじゃなかった。ものすごく顔もふっくらしていてウエスト周りが大きい。横から映した映像が、プロアスリートの体型ではなかった。

その時の映像は録画はできなかったかわりにフランスのサイトでその時の写真を探しまくった。やっと見つけた1枚を05年6月にトクダネで公開したのだった。

大統領就任祝いとして写真再掲。彼の所属政党 国民運動連合(UMP)のもの。(Photocopyright@ UMP.org

05年6/13のトクダネへ

■ 2007.05.17 (Thu)  カンチェッラーラ : 「いつもツケは選手に」
サルディーニャ島から本土への移動に混乱があった一件。犠牲になるのはいつも選手、という不満がカンチェッラーラの口から出た。

人々はドーピングを問題視しているが、問題はそれだけではない。純粋なスポーツという見地にたって、輸送手配の不備という問題は大きな問題のはず。それが軽視され、薬物のような問題ばかり論じられるのはおかしい、と述べている。さらに、

「選手が人間として尊敬されているかどうか?、それがこの問題の根源にある。
僕らは毎日いっぱいいっぱいの状態でやっているのに、こういうことがあっても冷静でいろ、といわれるのは一体・・」

彼自身は機材も到着し、トレーニングできたという。しかしこういうことは過去から繰り返されている。

「主催者はきびしいコース設定をして、こんな(ひどい)輸送手配しかできず、それでいて、すべて順調に見えるようにしたいという。昨日起こったことこそ、自転車界にとって由々しき出来事だ。こんなことはあり得ない」

ツールも今年、第2ステージのあと英国からフランスに渡る。ASOは今回の混乱を踏まえて今まで以上に気を引き締めていることだろう。
Photo; 06世界選TTのカンチェッラーラ

■ 2007.05.17 (Thu)  こんなところにFummyが -- 江ノ電にて
watanabe.jpg 640×480 92KFummyのブログ を読んでいて、あるくだりが目に留まった。

「ワタナベレーシングサイクルに通って自転車のノウハウとか自転車だけ乗っていては駄目だとか、色々人生についても当時小学生ながら学ばせてもらった」

そういえば・・・思い出したことがある。春の足音が近づいた頃、極楽寺に行きたくて江ノ電に乗った。ふと車内のドアへと視線を移したところ、仰天した。アイサン工業のジャージ姿の選手の写真が江ノ電のドアのところに貼られていた。

近づいてよく見ると、隣にはFummyの姿。自転車店の広告だった。別府兄弟の姿をフィーチャーするその広告は、多分2人がお世話になった店のものなのだろうな、そう思った。

車内の視線をものともせず、やおらデジカメを取り出して広告を撮影した(写真)。

その後訪れた極楽寺の桜の上品さが目に焼きついて、このことはすっかり忘れていた。つい先ほど、FummyのBlogを読んで、ふと記憶が蘇ったのだった。

■ 2007.05.18 (Fri)  ツール・ド・ロード
longo.jpg 464×410 45K今日から27日にわたってフランスで開催されるツール・ド・ロードのチームプレゼンテーションが行なわれ、今CNのニュースを開くと、右側の縦コラムに沖美穂選手の写真がもれなく出てくる。

沖選手が所属するチーム メニキーニは、経験ある強豪チームとして紹介されている。

ちなみに5月初旬に終了したツール・ド・ロマンディの最終日ローザンヌTTの日には、男子の前に女子のTTも行なわれることになっている。毎年上位選手が出るので、こちらの方も観戦しておいたほうがいいよ、と2年前の時に言われたのを思い出し、今年も見てきた。

今年はクリスティン・アームストロング、ジャンニ・ロンゴ、ニコール・クックらが出場。アームストロングはスイスの地元の人からも人気。

さっそくサインをもらった人に、"アームストロングは親切だね"、と声をかけると、「男性版の方には以前全くとりあってもらえなかったけど、こっちは親切だね、本当に」と答えが返ってきた。

写真はフランスの大御所ジャンニ・ロンゴ。

■ 2007.05.19 (Sat)  ピノッティの「ボクが証明する」
ジロでマリアローザに輝いたマルコ・ピノッティはCNに投稿した選手だった

「今マリアローザを着ているマルコ・ピノッティは、2006年8月7日のトクダネに出ていたあの選手ですね」、と人に言われてはっとした。

去年の夏、CNの読者が、”ドーピングニュースばかりでもう何を信じていいかわからない”、という投稿をした。それに対し、ピノッティがこたえる投書をしたのだった。内容は、「I will prove it = 僕が証明する」。

* ピノッティからの手紙再掲:

「7/27付けの手紙にこたえたい。
僕はドーピングはやっていない。同時に僕はプロ自転車選手だ。君にこれをどうやって証明したらいいかわからない。

僕のトレーナーのサイトがある。www.mentalperformance.it イタリア語とスペイン語しかないけど、これを見てほしい。そして君がどういう証明を願っているのか聞かせてくれないか。できるかぎりのことを君に示したいと思う。
マルコ・ピノッティ。イタリア 7/29」

* おおもとの投書:7月27日、CNの読者の手紙コーナーに掲載された一通の投書

「フロイドが陽性で、言い知れない失望感を味わっている。僕は長い間、少なくとも数人のプロ選手はクリーンであり、状況は改善されつつあると期待していた。
タイラー・ハミルトンが最初にクロとされた時、そんなことはあるわけないと思い、彼のクリーンで正直な人柄を盲目的に信じていた。でもなんてバカだったんだろう。
今度はフロイド・ランディス。メノナイト派の彼が。あのハミルトンよりも、もっと普通っぽいあの彼が。僕は自分自身にも、友人にもこう言ってきたものさ。
”ランディスは絶対ドーピングなんかしないさ(ドーピングをする最後の選手だ)”とね。
となると、もはや ほとんどすべてのプロ選手が薬物をやっていて、且つ、嘘つきってことになる。ツールなんてくそ食らえ。ジロもブエルタもどうでもいい。
パリ〜ルーベもばかばかしい。(パリ〜ラビッシュ)。。。薬物コントロールなんて実際ないに等しいんだ。
もうすべてのプロ選手が薬物をやっているとしか思えない。欧州、北米、南米、、、自分の友人選手のことすら疑ってしまう。プロ選手自ら、”自分は薬物をやっていない”と証明できない限り、自転車選手なんてうんざりだ!!」

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とはいえ、恥ずかしながら、実は自分で書いたこのトクダネの記事、失念していた。voiturebalai.memo さんのメモに書かれているのを見て思い出したのだった。

結構自分で書いたくせに忘れてしまって、ほかの人から言われて思い出させられることってある。

先日も、ある日本人選手から、いつぞやトクダネだったか小ネタに書かれてあったxxのネタを、ジャパンカップのときに、外国人選手としゃべるネタに使わせてもらったよ、と言われた。xxのネタを自分で書いたことすら忘れていたのだが。

結構外国人選手のちょっとしたエピソードというのは、日本人選手たちがそれらの選手としゃべるときに共通の話題として参考になる、気難しいテーマよりちょいとした小ネタならなおよい、ということだった。

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ついでに: ピノッティがマヌエーラさんと結婚したとき、ランプレの同僚たちが、上はスーツ、下はレーパンという姿で結婚式にかけつけた。そのときの写真はここ:
その1その2その3その4その5

■ 2007.05.20 (Sun)  江ノ電ネタ 続報
fumy.jpg 575×395 74K「高校生のフミー若いです。
恐ろしく好青年です。」

2001年のサイスポの広告を送ってくれたのは、”自宅が自転車博物館さん”(またの名を鎌倉のイノーファンさん)。

先日紹介の江ノ電の扉の広告の前に、同じショップの広告で、高校生のFumyが起用されていた。

写真でFumyは台湾で行なわれたアジアジュニア選手権で優勝したときのメダルを掲げている。写真は高校三年生のときのもの。

■ 2007.05.21 (Mon)  ツール・ド・フランスのワイルドカード発表は今週 :ユニベットに暗雲
unibet5.jpg 480×640 305KASOは、いよいよ今週ツールのワイルドカードを発表する。既に出場決定の18のプロツールチームに加え、3枠が決まる。

アスタナは当確、地元フランスのアグリティベルも当確。残り1枠はUnibetではなく、バーロワールドにいくという噂がある。

バーロワールドは、チーム登録が英国。よってロンドンスタートのツールにふさわしい。また今年ツール・ド・ピカルディでロバート・ハンターが優勝しており、前半活躍していると印象付けているから、というのだ。

しかしそれを言うなら、ユニベットのほうが活躍しているけれど。

もしツールに本当に選ばれなかったら、なんのためのプロツール申請だったか。彼らにとっては念願のプロツールだったはずなのに。高い買い物になってしまった。

Photo:TDR07

■ 2007.05.22 (Tue)  サウニエル・ドゥバルファンクラブ会報から
canada2.jpg 486×429 199K 行く末はマッサーに。大学で教育課程を受講するサウニエルのダビ・カニャダ

先日サウニエルにパラリンピックで活躍中のオチョアが入団した話を書いたところ、サウニエルのファンクラブ会報を貸してくれた人がいる。最新号にオチョアの記事が掲載されているから、という理由で

それと一緒に貸してもらった会報第一号を見たところ、カニャダの記事に目がとまった。

彼は今、大学に通っている。25歳以上の社会人課程を受講中だという。今年順調にいけばフィジオ・セラピストの学位取得できる。

大学に通いだしたきっかけは、「自転車競技だけに集中していてはいけないと感じたから」

「考える時間がたくさんありすぎて、時にそれは害になる。次第に自転車にとり付かれるようになってしまう。それに引退までそれほど時間があるわけではない。将来について考えるようになった」

ケガに泣いた年、時間があったから、思い切って大学に通い始めた。そして2課程修了した。ケガの功名とはこのことか?

毎朝6時に起きて大学にいき、家に帰ってほとんど何も食べずにトレーニングに出る、そんなきつい日々。でも苦労に値することだと思っている。

「将来自転車チームのマッサーになる?」との問いには、否定的な答えが返ってきた。「常に家をあけなければならないのがちょっと・・・」

もしもうまくいけば、スポーツ専門マッサージの店を開業したいと思う。多分故郷のサラゴサで。

Photo: 03ジャパンカップにてカニャダ

■ 2007.05.23 (Wed)  Tモバイルが緊急記者会見とゲロルシュタイナーのスポンサーシップに暗い影
gero2.jpg 492×313 172Kジロもまっただなかというのに5月24日、Tモバイルが緊急記者会見を開催することになった。場所は例によってボンのHQ。去年9月の例の会見と同じ場所だ。あの会見に出席して以来、Tモバイルが記者会見を開催する際、事前に案内状が届くようになった。

今回招待状にはこう書かれている:「プロフェショナルサイクリングと最近の弾劾について最新状況説明」

Tモバイルの昔の組織ぐるみのドーピングスキャンダルに関する説明だ。出席者はボブ・ステイプルトン、ロルフ・アルダグ、クリスティアン・フロマート(スポンサーコミュニケーションのディレクター)。

また、今回のTモバイルのスキャンダルを受け、元テレコム選手のディーツに続き、元テレコム選手で現在ゲロルシュタイナーの監督を務めるクリスティアン・ヘンもディーツの告白内容が真実であることを告白した。かつてチームには組織立った薬物摂取の慣例があったと。

ちなみにディーツは告白はしたものの、自分のことについてのみ述べる、としてウルリッヒを含めほかの選手の当時の状況などについては一切口外していない。彼は自転車界とのつながりが薄いため、告白が可能だったと見られている。

引退してもなお自転車界に身を置く人はこうしたことは命取りになる。しかしヘンはあえて沈黙を破った。

ヘンのカミングアウトにより、ゲロルシュタイナーのスポンサー継続にクエスチョンマークがついた。契約満期である08年末以前に打ち切る可能性をも視野に入れて検討がなされているという。

Photo: ゲロルシュタイナーの水がたくさんはいっているゲロルのチームカー

■ 2007.05.24 (Thu)  サウニエルに加入したオチョアが4種目でナショナルチャンピオン
ochoa.jpg 551×558 306K先週末に行なわれたハンドサイクリング スペイン選手権で、先日サウニエルに加入したハビエル・オチョアが4種目で優勝、ナショナルチャンピオンに輝いた。(ハンドサイクリングにつては去年9/19のトクダネにて)

制覇したのは、1kmレース、個人パーシュートのトラック2種目と、ロードではロードレースとTTの2種目だった。

オチョアの話が出たついでに、先日拝借したサウニエルの会報から、以下、オチョアの記事

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「以前のボクを知らない人は、ボクが障害者であることに気づかない。でも、ボクの中で障害は消えていない」

彼のからだは失ったものを記憶している。片方の肺、坐骨神経、頚骨・腓骨。。。。 体中には800針以上の縫い傷がある。

2月15日のあの忌まわしい事故から6年以上がたった。双子の兄弟リカルドを失い、彼は今ひとりで競技し、進歩・新化することだけを考えている。(この先は先日のニュースと同じなので中略)

彼はトレーニングのために、バレンシアから15kmほどのところに数ヶ月前に引っ越してきた。「地元ビルバオは天気が悪いし、以前拠点にしていたマラガ(事故があった場所)は交通量が多すぎる」

近年、年に10日ほどしか競技をこなさなかったハビエル。これでは肉体的進化は最低限だ。今後はサウニエルに入って黄色いジャージに変わっただけでなく、プログラムも斬新に変えていく。

元選手とトレーニングを積む予定で、これまで出ていたパラリンピックに加え、アマのレースにも出場する。

最近出場した2つのレースでは好成績を残した。1300人中34位。そしてステージレースでは毎ステージトップグループでゴールしたのだった。

「ものすごく進歩できて嬉しい。日々ベターになっていると感じ、この先楽しみだ。左脚は坐骨神経・頚骨・腓骨損傷のせいで40%のポテンシャルしかない。左右の脚のバランスがとれないんだけど、自転車に乗っていると、日々改善が見られるんだ」
トレーナーの目にもその進化ぶりは明らかだ。

「ボクは現在脳に6つの浮腫を抱えていて、その影響がある。加えて平衡感覚と記憶に障害があるんだ。バイクに乗ると、とくにこの平衡感覚の欠如がわかる。でもこれとつきあっていかなくちゃいけない。」

「起床は8時か8:30。その後地元のサイクリストとトレーニング。2時間から2時間半。たまに3時間半に及ぶこともある。午後はベロドロームかジムにいく。」

彼のカテゴリーでは走行距離は40−50km。長くても70km。だからトレーニングでも極端には長い距離は走らない。

彼のカテゴリーは脳機能障害3。
「レベル4が一番軽いんだ。レベル1や2だと、三輪車を使用することになる」

バレンシア一周の際、彼は1日サウニエルの車でレースを追った。マチン監督やアマ時代チームバケの監督だったサビノと対面した。

彼の夢は北京五輪パラリンピックでロードとトラックの金メダルをとること。

現在32歳。パラリンピックの世界では40歳を過ぎても活躍している選手がいる。自転車が今や彼の人生そのものになった。本当は北京五輪で引退も考えた。でも母親に、「そのあと一体何をするの?」と聞かれて思いとどまった。「1日中家にいるよりやっぱり自転車を続けたい」

前を向いて走り続けるオチョアは、ほかの選手にとっても今後手本となることだろう。

■ 2007.05.25 (Fri)  Tモバイルはスポンサー契約をまっとうすることを決定
tmob4.jpg 640×480 261K昨日のアルダグの告白を受け(昨日の小ネタ)、Tモバイルはスポンサーの継続をするかどうか検討し、その結果、1995年から続いている支援を継続し、現契約をまっとうすることを決定した。

今まで同様、マネージャーのステイプルトンはチームの使命を継続していく。すなわち、若い選手が薬物なしに成功する環境を整えていくこと。自転車界をいい方向に変えていくこと。広報担当のフロマートが続ける:

「テレコムは16年間自転車競技をスポンサーとして支えてきた。今回のこと(チームぐるみの薬物違反が過去にあったこと)はそんな我々のイメージを傷つけるものであった。

選択肢は2つ。スポンサーを降りる、あるいは現在の2010年までの契約をまっとうする。そして我々は、後者を選んだ。ステイプルトンのチームがクリーンな活動を続けられるよう、チャンスを与えたい。

今後も、我々が引き受けた自転車界における責任を負っていくつもりだ。それは昨年9月、チーム建て直しを公表したときに我々が決意したことことなのだ。」

ツァベル、うるうるした様子写真
ESでツァベルの会見(英語吹き替え)を見たが、彼は「なによりも、長年嘘をついたことをみんなに謝罪したい」、と涙ぐんでいた。「罪の意識」・・彼が告白したきっかけのようだ。

一度手を染めたものの、ツールの最中副作用で辞めた、とも言っている。

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ツァベルの告白には驚いたが、ゲロルシュタイナーのクリスティアン・ヘン監督の告白が一番驚いたかもしれない。現役でチームの仕事に直接携わる人が、陽性が確定したとかいうわけでも、直接名指しされたわけでもないのに自ら進んで告白したケースは稀だ。

それにしても90年代の薬物検査は信頼できないことが露呈した。EPO検出の技術が確立されるのがそもそも遅かった。検出技術が確立される前に蔓延してしまった印象だ。

実際アルダグの会見を見たら、「薬物が検査で検出されないことを知っていたからやってしまった」と言っていた。

Tモバイルの方向性はそういう意味で間違っていないのでは、と思う。UCIよりも信頼おける内部検査方法の確立を目指している。検査が緩いと人は安易な方向に流れてしまうようだから。

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Photo: 昨年9月の会見では、アルダグとステイプルトンは黒いポロシャツ姿だった。しかし今回は2人とも白いポロシャツ姿。今度こそ新しい船出、そんな決意だろうか。

9月では写真のフォトセッションのあとに、右上のスクリーンを使って、どのようにクリーンなチーム作りを行なっていくかを延々と説明したのだった。

Tmobileサイト

■ 2007.05.25 (Fri)  ツールのロンドンステージは同時爆破事件の日と重なっているので、警戒が厳しいのでご注意を
sikiri.jpg 639×296 226K
● ツール初日はロンドン同時爆破事件の日

ロンドンでツールを観戦しようと思っている人も多いと思う(周囲にも2組ほど)。特に初日のロンドン〜ロンドンのプロローグだけど、メールで注意事項がきていた。

初日の7月7日は、2年前にロンドン同時爆破事件が起った日なので、当日車を使う人は注意が必要。かなりヘビーな警戒が予想される。人の多いところでドサクサ紛れの事件がおきる可能性が高いので、開催場所付近では車のトランクをあけられるだろう。


● 2日目は市内でパレード(本当のパレードじゃないけど)走行あり


翌日8日はザ・モールを出発するが、すぐに国道に出るのではなく、ニュートラルゾーンが市内の名所に設定されている。

バッキンガムパレス、タワーブリッジなどを経由して12時にグリニッチへ。The Mallがスタート地点ではあるものの、タワーブリッジではフォトセッションがあるようなので、タワーブリッジを背にプロトンが勢ぞろいというような構図で写真が撮れる。

2人連れで観戦する場合、The Mallにひとり、タワーブリッジにひとりを派遣すると、いい写真が撮れるかもしれない??(確約はできませんが)ただしはぐれたりしないよう、ご注意を。

Photo :クイックステップはTTのウォームアップの際の仕切りに、こんなしゃれたパーティションを持ち込んでいた(TDRにて)

■ 2007.05.26 (Sat)  キッカケは・・・POSITIVO
■■それは2004年11月、等々力にある永井孝樹さんのお店バイシクルショップPOSITIVO(ポジティーボ)を訪れたときのことだった。店のショーウィンドーに、ファッサボルトロのポストカードが並んでいた。(写真)Kokiさんが日本に帰る前に、チームの選手たちに書いてもらったものだった。

それぞれのカードには、サインとともに、永井さん宛てに短いメッセージが添えられていた。例えばコニシェフが書いたカードには、「偉大なメカニック Kokiへ」と書かれている。

そんな中、ふと目に留まったカードがあった。書かれていた内容は失念したのだが、ごく簡単なものだったと思う。多分一言。でも短いそのメッセージに、なにやらとてもあったかいものを感じた。Kokiさんへの親愛の情がにじみ出ていたし、気持ちを込めて書いていると思った。書いたのはマルツィオ・ブルセギンだった。

「ブルセギンってなんだか暖かそうな感じの人ですね」とKokiさんに言ったら、「本当に彼はいい奴で、多分プロのプロトンの中でも一番といっていいぐらい 人のいい選手なんだ」、と言っていた。

そして、くだんのロバの話をしてくれた。ロバをたくさん飼っていること、かなり不便な山奥に住んでいて、都会は好きじゃないということ。自然児だということ。

実はそのエピソードの前、04年ツールでファッサと宿が一緒だったので、ブルセギンと会話をしていた。そのときのことを思い出した。そういえば、確かににこにこと微笑みを絶やさない人だったっけ。

そのときの話題は、「髪の毛」。バネストにいたときは頭をピカピカに剃っていたのに、突然髪が普通になっていたので、「なんだ、彼は普通に髪の毛がある人なんだ?!」と驚いて振った話題だった。

ファッサに移籍して、新天地で心機一転する意味で髪型を変えることを決め、少し伸ばしているということだった。

また、ファッサ時代ペタッキがレースで優勝したとき、インタビューで、「アシストをしてくれているブルセギンのロバの面倒を見てくれているアンナさんに この優勝を捧げる」と述べていたのもほほえましいエピソード。

いつだったっけか、どのレースだったっけか、悪天候で自宅のある山から下りられなくなって、レースを棄権したこともあったっけ。

そんな自然児ブルセギン。バネスト時代は目立たなかったけど、32歳を目前に奮闘している姿を見て、思わず応援したくなった。「ガンバレ ブルセギン!ガンバレ アンナさん! < ロバの世話」


ロバ関連記事)
06年ツールレポート

ロバは9頭じゃなく、15頭だった!「イタリアチャンピオン(TT)のお祝いを述べ、9頭のロバが元気かどうか聞くと、マウリツィオ・ブルセギンは、「ありがとう。でもロバは9頭じゃなくて、15頭だよ。今はほかの人が世話しているけど、帰宅したら、僕がしっかり面倒をみるんだ」と笑顔。 )

2006年6/16小ネタ

(ペタッキ談話)「今日はこの優勝をアンナさんに捧げる。彼女はチームメートのブルセギンロバの世話をしてくれている。」

(Photos:上の写真間違っていたので差し替えしました。やはり昨夜は酔っ払って思考能力ゼロだったな。下の写真はツール06と世界選06)

■ 2007.05.27 (Sun)  TOJにて その1 マッギー兄 「弟と昨日電話で話した。手術を決意し6週間アウト、ブエルタでの復帰を目指す」
rod.jpg 480×640 332KTOJ東京ステージレースレポートはこちら ・ラスト300mからの大逆転・新城選手が前に出た!Fマシャレッリはディルーカと同郷で、地元の2000m級劇坂でトレーニング JUMP

■ ロッド・マッギー:「実は弟と昨日電話で話したんだ。小さな手術をすることになった。6週間は走れない。ツールは断念し、ブエルタで復帰を目指す。」

マッギー4兄弟の下から2番目ロッド・マッギーは今年もTOJで来日していた。朝姿を見かけたので、「今月初め、ダンケルクでブラッド(ブラッドリー・マッギー)を見たけど、プロローグで惨敗、調子が悪そうだった」と話を振った。すると:

「丁度昨日、弟と電話で話したんだ。背中のヘルニアがまた悪くなって、LBL、フレッシュワロン、ロマンディーと全部予定していたレースを断念した。ダンケルクで様子を見たけどやっぱりだめで、ついに手術を決意したそうだ。

といっても小さい手術(Small Operation)なんだけど。でも術後6週間は走れないだろうと言っていた。だから今年のツールは正式に断念さ。ブエルタでレース復帰を目指すことになった。世界選の頃には完全に復調していると思うんだけど」

手術の場所はオーストラリアかどうか、については、
「いいや、多分(今住んでいる)モナコになる、というようなことを言っていた」

ピラティスの効果については、結局アテにならなかった、とも。

ちなみに、ロッドに「ブラッドにそっくりですね」と言ったところ、「違うよ!!弟がボクに似ているんだよ!!」と抵抗。
最後は「今日はやけに暑そうだねぇ・・・」と苦笑い。

■ 2007.05.28 (Mon)  TOJにて その2
● ラバネロが行く! / ● 東洋のマキュウェン 野寺秀徳! / ● 議員さんたちも行く・目指せ6%!

高プリ前のT字路でラバネロ軍団

信号が青になりGo

それにしても米スリップストリームと似ている

レース終わって品川駅付近に登場したスカイブルーxオークオレンジのウエアのラバネロ様ご一行。高輪プリンスホテルそばのT字路で信号待ちをしていた。信号が青になってGO。

このラバネロのジャージ、見れば見るにつけ、アメリカのプロコンチネンタルチーム スリップストリーム(元USPのジャナサン・ヴォータースがGMを努めるチーム)のチームカラーとそこはかとなく似ている。(右の写真)ほとんど同じような色合い。

そういやあ、先日スリップストリームの話題の中で、間違って「ストリップ」ストリームと書いてしまった。「あのう、どう見てもそれって”スリップ”ストリームだと思うのですが・・」とメールをもらった。泡を食って訂正した。どうもありがとうございました。

まあ、この手のミスは前もやらかしたことがある。取引先の人のお世話の一環で、不動産英文契約をタイプしたとき、Pantry(パントリー/食器室)と打つべきところをPantyと打ってしまった。上司が血相かいて、「なにこれ??」と飛び出してきたのを思い出す。

もっとも某元NHKアナウンサーがボストン・レッドソックスを(生放送で)言い間違えてしまったあの逸話より、「ヤバさ的には」ちょっとセーフかな、などと思ったり

ウィリーを披露する東洋のマキュウェン??

衆院議員の谷垣禎一氏、小杉隆氏

鈴木馨祐衆院議員・背後にも注目!


レース終わって、突如野寺秀徳選手がウィリーを披露した。目撃したラッキーな一部の観客から、「野寺さん!疲れているのにスゴイ!」と、尊敬のまなざしを勝ち取る。

スタート地点には、自転車活用推進議員連盟メンバーで熱烈なサイクリストである衆議院議員の谷垣禎一氏、小杉隆氏、鈴木馨祐氏が並んだ。日比谷のパレード走行に一部区間加わったのだった。

鈴木馨祐衆議院議員は青年風。スタート地点に現れたとき、周囲は”ファンキーなウエア姿のアマチュアサイクリストがいるなー”、という反応。実は議員さんだったとは。議員=壮年という固定観念のせい。

ウエアには”エコ・サイクル”とか”CO2 ▲-6%”と書かれていた。

チームマイナス6%とは、京都議定書をもとにCO2を6%削減しようという”国民的プロジェクト”。自転車はマイナス6%に貢献しうる交通手段、というわけで、そのほかにも、オリジナルジャージに「−6%」という文字を入れている人を会場で見かけた。

ちなみに、最後の鈴木議員の写真をよく見ると、アックアの監督がデジカメでスタートの風景をせっせと撮影していた(サングラスの人)

TOJ東京ステージレースレポートはこちら JUMP


■ 2007.05.28 (Mon)  TOJにて その3
師弟愛・・・??
写真左から秋山尚徳選手(ディスカバリーチャンネル・マルコポーロチーム)、
三船雅彦選手(マトリックスパワータグ)、
マルコポーロのバイク。今年バージョンはシートチューブにディスカバリーチャンネルの地球マーク入り


第6伊豆ステージでDNFとなった秋山尚徳選手。よける必要がありやむなくカーブでブレーキをかけて、覚悟の転倒。ケガでレースを断念した。

指の怪我はかなりひどそうだったけど、包帯なし。脚にもキズがあるという。擦過傷かな。とはいえ見た目は元気そのもの。三船選手に、「彼は実は頭がケガしてるんだ」と突っ込まれる。

2人の掛け合い(漫才)を見ていると、どうやら秋山選手は”いじられキャラ”らしい。でもどんなに三船選手からビシバシ言われても、全くこたえている気配なし。突っ込まれれば突っ込まれるだけまるで他人事のようにゲラゲラ笑っている。

そんな彼に大物の片鱗を見る。
これからどんな戦歴をあげてくれるか楽しみだ。少なくとも”舌戦”には相当強そう。。。

右のバイクは秋山選手のもの。レースはリタイヤだけど、一部バイクで移動していた。
落車のせいで、バイクはフレーム以外、サドルも含めて全とっかえだったそうだ。

でもって、このバイク情報を教えてくれたのはCTの高木秀彰カメラマン。去年JCだったかタクリーノのPartyだったかで会った際、思わず高木さんに言った。「なんか高木さんとしゃべっていると、うちの会社の管理部門の課長さんと話している気分になる」と。

この印象は決して見当違いではなかった。彼自身脱サラで、少し前まで会社で総務のようの仕事も含めてなんでもやっていたそうだ。やっぱりね。なんかサラリーマンの臭いがする。

■ 2007.05.29 (Tue)  マッギー「手術が失敗したら、現役続投は無理」
ブラッドリ・−マッギーが日記を更新した。

「いくらバンドエイド程度の処置をしたところで、この坐骨神経痛では、プロレベルの走りができない。この事実に直面しなければならないときがきた。
通常の仕事を95%程度まっとうするには耐えられる。でも、TTや厳しいクライムをこなす場面になると、この問題が必ず起きるんだ。よくない状態。

これまで決断を遅らせて、避けようとしてきたが、外科手術にのぞむことになった。これで今のジェットコースター状況に止めを刺せればいいのだが。

手術がもしうまくいかなければ、もうプロ選手として闘うことは無理だろう。
でも、今それはさほど深刻に受け止めていない。
8月〜10月にもレースはたくさんある。それを走ることを期待して。」
****

笑顔で走れる日がくることを祈りつつ・・10月にはジャパンカップもあるよ!

p.s. ついでに言うと、兄ロドニーは元選手で、引退した年を聞いたところ1998年だと言っていた。弟がプロ入りを果たした年だった。
● 兄ロドニー・マッギーの過去の戦歴はここ(過去2勝) Photo:TDR05

■ 2007.05.29 (Tue)  リクイガス秘話
grp0529202452.jpg 585×593 52Kリクイガスのマネージャー氏は、ある朝新聞を開いて真っ青になった。それは「あり得ない」光景だった。真っ青になり、平謝りし、そして激怒した。

平謝りした先はスポンサー。激怒した相手はとあるリクイガスの選手。実はこの選手、前日あるレースで優勝した。新聞にでかでかと写真が載った。ところが!チームが供給を受けているスポンサー以外のアームカバー(A社のもの)とスニーカー(多分N社のもの)姿だった。

マネージャーは、慌ててウエアを供給してくれているロットとサンティーニに詫びを入れた。大騒動になった。そして選手を呼びつけカツを入れ、チームカーの中にも、こんな貼り紙を施したのだった。(写真は、ロマンディの際に見つけた貼り紙。リクイガスのバンの内部に貼られていた)

この選手や、ディルーカなどは、おしゃれなものだから、ファッションにこだわり、好きなものを身につけたいという願望が強い。それを制止するためにチームカーの内部に犯人の実名入りの貼り紙を貼った。「(これを)読め!」「チームが支給したマテリアル以外は使うな」と厳しく書かれている。

この選手の名前と優勝したレースが知りたい方は、左の画像をクリックすればわかります。4行目に出てきます。

ちなみに、リクイガス内にはウエア反則以外にも罰金制度がいろいろあるそうだ。パオリーニとディルーカも去年罰金支払っている。内容はウエア関係と遅刻(恐らく)。

なお、このリクイガスチームの車にあったこの貼り紙の話、もともとTDRレポートNo.3で簡単に触れた。最初の第一報では、「チームが与えたもの以外は使うな」というのが「薬」を暗示していると聞いていたのだが、その直後に「ウエアのことだ」という正しい情報が入り訂正したのだった。

■ 2007.05.29 (Tue)  本日の秘話 第二弾 :ダニーロ・ディルーカ編
ディルーカ語録:
● ボクはイヤホーンを一切使わない


ダニロ・ディルーカが驚きの事実を告白した。彼は無線を全く使用しないという。
「別に無線を拒否しているわけじゃない。でも使うと頭の中でこんがらがるんだ。監督指示を単に聞くのではなく、自分の頭を使わなくちゃいけない。」

● 「ツールはルートとあの雰囲気がキライ!」


「ツールはキライ。あの雰囲気と行程がね。もしかしたら2年後ぐらいには参戦するかもしれない。だって世界一大きなレースだから。でも魅力的だからというわけじゃない。チームと話して決めるさ」

● 「アンディ・シュレックは本当に兄よりもすごいかも」

「アンディ・シュレックは兄よりも輪をかけていい選手だと聞いている。当初はそれを信じなかった。だって、兄のフランクはすでにグレートチャンピオンだったから。でも、本当だ。アンディはでかいステージレースで勝てる人材だ」

● リッコが活躍するのはまだもう少し先、トーマス・デッケルもすごい

「リッコはまだ経験を積まないといけない。今後4〜5年後には彼はジロで総合優勝できるかもしれない。トーマス・デッケルも印象的だ。TTでは本当にほかの選手の上をいく。ツールは彼に向いているだろう。山でも爆発力があるし。」

● 「去年バッソがなんであんな大差で勝ったのか、今になってみんなその理由に気がついたわけだ」

「選手たちがどんなに喘いでいるかわかるだろう。レースっていうのは秒単位のきわどい差で決まるものなんだ。何分も大差がつくようなものじゃない。イヴァン・バッソは昨年のジロで例外だった。でも、みんなあれが何故だったのか今になって気がついたってわけさ」
(バッソは2位のグティエレスに9分18秒、3位のシモーニに11分59秒差で優勝)

Photo: LBL07 ・ ソースCN

■ 2007.05.30 (Wed)  ブルセギンのロバの名前
ジロ第15ステージで首位リッコから11分以上遅れて23位となったマルツィオ・ブルセギン。
この日寒さで凍え、ノックアウトになったという。今の時点で総合10位に後退したが、最終日前日のTTステージでの奮闘振りを楽しみにしたい。

ところで、存在感をぐっと示した今年のブルセギンに関し、質問がきている。「名前が珍しいけど移民の息子?」という人、「ロバの名前を知りたい」という人。

最初の質問は民俗学に造詣が浅いためわからなかったものの、ロバの名前については判明した。去年の夏に、ロバの数は16頭と彼は言っていた。そのうち10頭の名前は判明。

やはりアレッサンドロという名前のロバもいた(以前、ペタッキにちなんだわけじゃないよね?などと話題にしたことがあった)。以下ロバの名前:

ピエーラ、ピッコラ、ピエリーナ、パスカリーナ、ジャリアーノ、アレッサンドロ、フランチェスカ、テレサ、カミーラ、チェレステ

彼の公式サイト の表紙はロバのイラストがアイコンになっている。また左のAsiniをクリックすると、彼とロバのほのぼの画像もある。

■ 2007.05.30 (Wed)  読者情報オンパレード 第一節
頂いた情報、一挙公開。まずは今だに尾を引く”ヌテッラネタ以外”のもの。

欧州のライダーが強いのは主要道路にコンビニが皆無だから!

ドイツ在住の人から、こんな新発見:

「日本とこちらのロードレーサーの最大の違いは途中のコンビニで道路に座って集団で休んでるか、そんな休むところすらない(実際、休んでるの見たことない)というのも根本的にあるとは思います。

なんてったって、(ドイツの)フォルクスブルグ(フォルクスワーゲンの本拠地)とリューネブルグ(ハンブルク南東の都市 パナソニックがあります)との間の約100キロの間にコンビニ代わりのガソリンスタンドが3個、信号は1個ですので。。。。。

これだって主要国道(通称エリカ街道)ですし、ハンブルク近郊ですからこれで、山岳地帯や旧東側に行ったらどうなることやら。。。。

ここまで店がないというのは、東京近郊だと奥多摩の先の山梨までくらいでそれだって、甲府に下りれば、店の密度は元通りですし日本にいて、八王子と諏訪の間にガソリンスタンドが5個もあれば十分ってイメージには、なかなかならないと思います。」


ポジティーボの永井さんに組んでもらったホイールは、石畳でも大活躍中!

上記の人のメール続き:
「そうそう、もし、ポジティーポに行くことがあれば、永井さんによろしくお伝えください。
組んでもらったホイールは、石畳走りまくっても、全く振れません。」


写真はポジティーボに以前飾ってあったペタッキのジャージ。

ブルセギントリビア:「ロバのアレッサンドロはペタッキにちなんでつけられた」、というのは本当だった!

「ブルセギンのことですがロバのアレッサンドロはペタッキからとったものです。2年前でしたか、ジロでペタッキが大活躍した時に産まれたので、アレッサンドロと名付けたと、ガゼッタにありました。

ブルセギンの名字ですが、北イタリアの人ですから、オーストリア系なのかもしれません。彼のHPをちらっと見ましたが、彼女がスペイン人とありました。

彼女といえば、リッコにもマーニャという彼女がいるそうです。この前優勝した時のインタビューで「この勝利をぼくの彼女のマーニャに捧げる」と言ってました。マーニャという名前、愛称だと思うんですが、イタリアにはあまりないような。
これも調べねばなりませんね。」(後記:その後彼女の名前はヴァーニャさんということが判明)


内心、実は嘘かと思ってました< アレッサンドロの名前の由来!

==> このニュースを入れたら、30分もしないうちに、マーニャという名前について情報もらいました。今日は長くなったので、後日掲載しますね。

ゲロルシュタイナーの水、三重県にも進出!

「4/17の「小ネタ」にて掲載されていたゲロルシュタイナーの炭酸水(PET)ですが、三重県でも売ってました!

ちなみにふと立ち寄ったサークルKでゲットすることができました!
帰ってから妻と一緒に飲んだのですが、予想より炭酸きつめで美味しかったです。
妻は「どこのメーカー?」といった感じでしたが、「ヨーロッパの自転車チームのメインスポンサーでね・・・」と、ここぞとばかり熱く自転車情報について語っておきました(笑)。

こうして、身近なものを利用して徐々に妻の脳にも自転車情報を刷り込み、
自転車競技ファンを増やしています(笑)」


ゲロルシュタイナーのPETかなり普及してますね。ちなみに左の写真の説明をすると:

TOJでバス待ちをしていたら、「私も今日持ってきました」「あ、私も」と周囲にいたいくつかのグループの人たちが一斉にかばんからゲロルの水を出すではありませんか。もちろん、別に申し合わせしたわけでもないのに。

瓶販売のみだったら、こうは行かなかっただろうね。ペットボトル作戦大当たり。(でも万が一、来年チームスポンサーを降りたら売り上げ激減覚悟ですよ。)


● 自転車の日

(4/19付け"台湾では5月5日が自転車の日"、というネタに関して)
「意外にも誰もコメントされていないようなので、ちょっと古いですが自転車の日について。
日本にもちゃんと自転車の日はあります。それも台湾と同じ5月5日です。
自転車普及協会のサイトに掲載されてます。

でもどっちかっていうと5月が自転車月間ということの方が自転車ファンには定着してますかね。

P.S.ゲロルシュタイナーの500mlペットボトルはコンビニ専用モデルだそうです。」


あったんですね、自転車の日。5/5は日本にいなかったからわからないけど、盛り上がったかなぁ。写真はフライブルクの街頭で、自転車のオブジェ。

● 「−6%」

TOJの際、環境を考える「−6%」の文字を入れているジャージを散見した、という話題を先日したが、”目撃した「−6%」マークのジャージはこれでしょう”、という情報をもらった。

カッコイイジャージを着たい」、「改めて環境問題にも目を向けよう」ということを信条とするBeachカバニョーロ10% というチームのジャージがそれ。

チームBLOGにジャージデザインが出ている。そう、これこれ。

「−6%」部分が赤ゼッケンになっているというエスプリ。

写真はエコつながりで強引に登場させたもの。ドイツの駅構内で、分別ゴミのBox。プラスチック、ビン、パッケージを分けるようになっていた。生真面目だよ、ドイツ人。

■ 2007.05.30 (Wed)  ツールのワイルドカードが決定!
ツールの21チームが出揃った。ワイルドカードはやはりバーロワールド。ユニベットの出場なし。

ワイルドカード3チーム:
アグリテュベル(フランス)
バーロワールド(イギリス)
アスタナ(スイス)

+ 18のプロツールチーム:
ドイツ:ゲロルシュタイナー、Tモバイル
ベルギー:クイックステップ、ロット、
デンマーク:CSC
スペイン:ケスデパーニュ、エウスカルテル、サウニエルドゥバル
USA:ディスカバリーチャンネル
フランス:AG2R、ブイグテレコム、コフィディス、CA、FDJ
イタリア:ランプレ、リクイガス、ミルラム
オランダ:ラボバンク

■ 2007.05.31 (Thu)  投票がらみでSystemUネタ + 読者情報オンパレード 第二節
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● シリル・ギマールは12月に刑を言い渡されていた:業務上横領罪、会計書類偽造、虚偽の申告

最近別ページ「Salon de Cafe」の人気投票で、SystemUに触れる人が2人ほどいた。うち、29日に投票をくれた人は、フランスから当時のGitaneのSystem-U仕様を個人輸入した、というほどの凝り様。

それで、System-Uをちょっとぐぐっていたら、当時の監督はシリル・ギマールで助監督がベルナール・キルフェンだったという。2人ともその後コフィディスでも指揮をとり、キルフェンは今でもコフィディスの監督をしている。

右の写真の右がそれ。ジャパンカップで来日したときのもの。

ギマールの方は、今何をしているのかと思いきや、昨年12月に執行猶予付き禁固3ヶ月の罪を言い渡されていた。業務上横領罪、会計書類偽造、虚偽の申告などでフレーム会社を倒産させた罪に問われたもの。

ところが話はここで終わらない。しっかり彼は自転車界に復帰していた。すでにルーベ・リル・メトロポル Roubaix Lille Métropole チームの監督にしっかり収まっているではないか。七転び八起きを地で行っている。

上の写真はそのルーベ・リル・メトロポルチーム(コンチネンタルチーム)の選手。(手前2人)セドリック・ピノー(前)とフレデリック・フィノ。フィノは昨年までFDJにいた。元ベルギーチャンプのルドヴィック・カペルもこのチームに在籍中。

ピノーのほうは父フランクも選手で、レイノルズ、R.M.O、Chazal - MBKなどで走っていた。写真はキャトルジュールドダンケルク スタート直後。

------- 以下読者情報 --------

● ASOは「閉塞性動脈硬化症」

『仕事の関係で「糖尿病」関連の資料を見ていたら、糖尿病の合併症のひとつに、ASO(閉塞性動脈硬化症)というのが出てきました。==> WIKI
気をつけないといけません。』


ツール主催者のASOはAmaury Sport Organisation の略ですが、閉塞性動脈硬化症atherosclerosis obliteransの略号もASOですか。近頃 閉塞感著しいツール主催者ASO。「閉塞」というキーワードで2つのASOはつながっているかも。

● リッコの彼女はボスニア・ヘルツェゴビナ(旧ユーゴスラビア)方面の人かも?

昨日の読者情報に関して寄せられた情報。

『マーニャ、という名前ですが、私の知人(友達)に、マーニャさんがいます。
ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボ出身です。
今から30年ほど前に、サラエボ大学を卒業され、今ではアメリカ国籍を取得されています。すでに2人の大学生のお母さんです。
名前のつづりは、Manjaと書きます。
ロシア語が第二外国語だった私には、自然に「マーニャ」と読めましたが、(セルビア語とロシア語には、似通ったところがありますよね?)
仲間は、マンジャと言ってました。』