Mas Ciclismo News
mas ciclismo TOP Pageへ
マス・シクリズモ (もっとCiclismo) copyright(c)2004-07 mas ciclismo

本頁の翻訳文を"引用"でなく"丸々叩き台"にして別途オリジナルの翻訳文を作成する場合は事前にご連絡をお願いします

==> レースNews

Mas.ciclismoは、2001年12月にCyclingnews.comと念書をかわし、News和訳の許可を得ています。
 ニュース最新版へ

2004年09月 10月 11月 12月 
2005年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2006年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2007年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2008年01月 

■ 2008.01.02 (Wed)  自転車に魅せられた画家たち モンドリアンとヴラマンク
Photos: 1)抽象画の先駆者モンドリアンの絵をベースに作られた1980年代のチーム・ラ・ヴィ・クレールのジャージ
======

2日は美術鑑賞初め。竹橋の近代美術館に行ってきた。この美術館は日本画中心なんだけど、キュレーターがかなり情熱を持って作品説明に力を入れているので気に入っている。お正月特別企画として受付でお土産の特別展カタログをもらい、ちょっといい気分。

じっくり鑑賞したあと一旦外に出て皇居に行ったり食事をしたりして、14時からのギャラリートークに舞い戻り、再び美術の世界に浸った。今日は特別無料鑑賞日なので、心置きなく自由に出入りできる。というわけで、年の初めは美術の話から。

先日、画家のモーリス・ド・ヴラマンクがツール出場を目指していた話を調べていたら、抽象画家のモンドリアンも自転車好きだったという話を知った(「銀輪の覇者」の作者斎藤純さんが盛岡タイムスに書いた記事)

モンドリアンといって頭に浮かぶのは、イノーやレモンが所属した80年代のフランスチーム「ラ・ヴィ・クレール」のジャージ。このジャージの柄、どう見てもモンドリアンぽいな、と思って以前調べたことがある。

やはりモンドリアンの図柄を採りいれたものだということが判明した。(モンドリアンの絵とラ・ヴィ・クレールのジャージの対比が見られるサイトはここ)
プロデュースはベネトンだそうだ。一流画家の絵の図柄をジャージに採り入れるなんて洒落ている。

ちなみにこのチーム、オーナーは実業家で、サッカーチーム オランピック・マルレイユのオーナーでもあったベルナール・タピ。美術とジャージのコラボは彼の好みだったのだろうか?後に脱税で逮捕され大騒ぎになったけれど。

■ ヴラマンクの言葉

さらに、ヴラマンクは自転車がらみのこんな言葉を残している:

「ボクが世界を発見したのは、自転車が原点だった。外気の中で初めて人生を手探りした。それは初めての喜びであり、空間と自由を感じた初めてのセンセーションだった。」


■ 2008.01.04 (Fri)  スペイン人画家ダリが描いた自転車と、彼の言葉 「言い表せない喜びをくれた唯一のスポーツはツールドフランス」
別ページでも以前触れたけれどスペイン人選手はどうして日記というものを書かないのだろう。自分のサイトをせっせと開設してせっせと書きたがるドイツ人とはちょっぴり対照的。

一度CNがスペインプロトンのインテリ派といわれるイゴール・ゴンサレス・デ・ガルデアノにレース日記を書かせて、大失敗している。かつてエラスがUSPのサイトにツール日記を提供していたのが、唯一私が読んだスペイン選手のレース日記だ。

そもそもスペイン文学者として名前が浮かぶのはたった2人だけ。ドンキホーテのセルバンテスと詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカ。スペイン文学の名作ってほとんど知らない。

今丁度そのロルカの詩の朗読と、ロルカの生い立ちが語られるテープを聞いている。ロルカはマドリードの学生寮時代にスペイン人画家のサルバドール・ダリと知り合い、激しい恋に落ちるもののダリに振られてしまう。ダリに近寄りたくてアヴァンギャルドの世界に入りかけるが、南スペインの伝統の道に入り込み、ダリたちからはバカにされる、そんな証言が飛び出す。

文学家は影が薄いスペインだけど、そういえば画家はダリを始めとしてゴヤ、ベラスケス、ピカソなど、そうそうたる名前を輩出している。

ちなみにエル・グレコをスペイン画家としている書き物もあるけど、彼はギリシャのクレタ島生まれ。エル・グレコというのはスペイン語で「ギリシャ人」という意味で、彼の本名はドメニコス・テオトコプーロスという。後年スペインに渡りトレドで活躍。トレドにはエル・グレコの家があり、岡山の大原美術館では彼の「受胎告知」の絵が見られる。この絵を子供の頃に見たけどインパクトのある絵だった。

文学者より画家の方が優勢なスペイン。彼らの文化って、「書く」ことより「描く」ことなのかな、そんな印象を持ってしまうのだが。

ところで、サルバドール・ダリというと彼もまた自転車のファンだったようだ。ツール100年史によると、こんな言葉を残している:

サルバドール・ダリ :「言い表せない喜びをくれた唯一のスポーツを特定するならば、それは自転車。それも、具体的に述べるなら、ツール・ド・フランス!」

ダリが生まれたのは1904年。ツールが開始になったのは1903年だ。

彼の絵の中にも自転車は登場する。左の写真はその絵の部分。Copyright@www.3d-dali.com

■ 2008.01.05 (Sat)  “6日間レース”ってなんだ?
1月3日から8日までの日程でロッテルダム6日間レースが開催されている。6日間レースというと:

* 冬に開催
* ロードレースがオフシーズンに入るので、ロードの選手の顔も見受けられる
* 賞金がおいしいレース
* なのでオフの間「バイト感覚で出場する」と公言する選手も
* なにやら2人一組で走っているけど、国籍が違うペアも散見される
* 06年のゲントの6日間レースではケスデパーニュのイサーク・ガルベスが落車で亡くなり衝撃を受けた
* ショー的な雰囲気もあり
* 「ダンケルク4日間レース」は開催期間が5日だったり6日だったりするけど、6日間レースは律儀に6日間の開催みたい
* 開始は夜で終わりが遅いイメージ(*)

・・てなぐらいしか知らないけれど、Wikiに「6日間レース (自転車競技)」という項目がちゃんとある。詳細はこちらを参照してもらうとして・・こちら

でもって2日目終わってロッテルダム6日間レースで143ポイントと首位に立っているスイスのブルーノ・リシーフランコ・マルブリ。この2人は、ある意味「6日間レース」に執念を燃やす、6日間スペシャリストだ。(ロッテルダムのリザルトはここ

リシー は6日間レースで通算50勝をあげている。トラック世界選ではポイントとマディソンで6回の金メダル。

そして今年彼のレース予定を見ると、ワンシーズンで13回ある6日間レースのうち、グルノーブルとアッセンの大会を除く全11回に出場する。リシーとマルブリの6日間男ペア、果たして一体どこまで爆走するのか?

今シーズンの”6日間レース”全13試合
日程 開催地 リシーの出場
10月22日-27日 アムステルダム
10月25日–30日 グルノーブル ×
11月1日–6日 ドルトムント
11月8日–13日 ミュンヘン
11月20日–25日 ゲント
12月6日–11日 アッセン ×
2007年12月27日–2008年1月1日 チューリッヒ
1月3日–8日 ロッテルダム
1月10日–15日 ブレーメン
1月17日–22日 シュツットガルト
1月24日–29日 ベルリン
1月31日–2月5日 コペンハーゲン
2月7日–12日 ハッセルト


(* 目下ロッテルダムを見に行っている友人のくまたろうさんによると試合時間は18時から23時までだそうだ。ちなみにくまたろうさん、当初09年ロッテルダム観戦を計画していたのだが、昨年12月になって、「1年前倒ししてロッテルダムを見に行く」、と突如公言し、すごい手配力で現地に駆けつけてしまった)

■ 2008.01.05 (Sat)  時々爆発するスイス人
スイス人プロロード選手って、絶対数ではそれほど多くないけど、時々火山噴火のような大活躍をする。

今やカンチェッラーラはTTではダントツの強さを見せ、パリ〜ルーベなんていうパヴェのタフレースでも優勝。おまけにツールでは集団ゴールスプリントまで制して周囲をあっと驚かせた。

ちょいと遡ればトニー・ロミンゲルはブエルタ3度の優勝、アレックス・ツーレはブエルタ2度制覇、オスカル・カメンツィンは世界選ロードチャンピオン。(左の写真は06年TDスイスに現れたカメンツィン。もう余り自転車には乗っていないのかな?と思う体型になっていた。)

そうそう、2002年だったかトラックとTTの名手J・ヌットリがアワーレコードに彗星のごとく挑戦して周囲の度肝を抜いたこともあったっけ。挑戦は失敗に終わったけれど。

冬が厳しいし、ロードトレーニングに最適な風土とも思えないけど、そんなのはお構いなしに強い選手をぽつりぽつりと輩出し続けている。

デュフォー、ジャネッティ、イエーカー、さらに、ツベルク兄弟、ベルトリアーティ、エルミゲル、カルカーニ、ツァウク、アルバシーニなど、トッププロチームで活躍した/ している選手はそこそこいる。だけどロード世界選の出場枠は日本と同じ3人。スイス人にとって世界選出場は狭き門だ。

そして6日間レースの世界でも、今朝方Postingしたようにスイス人ペアのブルーノ・リシーとフランコ・マルブリが奮闘中。

で、この2人に関連したネタとして、彼らのウィニングランでは、スイス民謡調の歌が流れるそうだ。(といってもヨーデル風ではなく、どっちかというと文部科学省唱歌指定を受けそうな感じのいわゆる優等生風の楽曲。)


6日間レースのスイス人常勝コンビRisi-Marvulli組を取り上げていらっしゃいましたが、彼らは第二次アルペン特急ともいうべきペアのようです。

彼らがウイニングランするときのテーマ曲はスイスの民謡風なAlpenexpressという曲なのですが、初代アルペン特急はRisiとKurt Betschartという選手で、彼らペアはそれこそ連戦連勝(6日間レース通算37勝ペアの最高記録)だったようです。

しかしBetchartが燃え尽き症候群のような状態になり、思いとどまらせようとするRisiの説得にも関わらず、2006年7月に引退を決めてしまい(Betchartは2006年年末現在、Blick紙の記者見習い中)。

Risiはそれでも北京オリンピックまでは現役続行を決意し、Marvulliというスイスの優秀な若い相方(この二人はすでに2004のアテネオリンピックでマディソン銀メダルをとっていました)とともに、現在もトップをひた走っているようです。

1968年生まれともう相当なベテランの彼ですが、幼馴染のBetchartの引退にもめげずにこのような最高の成績を上げ続ける彼は、本当にすごいと思います。
(tannenbaumさんから) ・・・ 彼女の去年の1/14付けBLOGにこの関連記事が


■ 2008.01.06 (Sun)  今月の一冊: 自転車世界一周アドベンチャー 「行かずに死ねるか」(石田ゆうすけ著・ 実業之日本社)
朝日新聞なら「ひととき」と「患者を生きる」、日経なら「私の履歴書」。毎朝最初に開くページは決まっている。朝日新聞が例えトレードマークの挑発的な大見出しを前面に打って出たとしても、そんなの素通りしてさっさと「ひととき」に直行する。

翻って毎月20日発売の「Cycle Sports」。例えカラーページにイケ面系選手のインタビューが出ていようとも、やはり素通りして真っ先に駆けつけるページがある。石田ゆうすけ氏の「ぼくの細道」。

ぱらぱらめくってカラーページをすっ飛ばし、白黒ページに切り替わった直後ぐらいにこの連載は登場する。

変な小細工を施すことなく、五感を駆使して自然体に旅する姿がいい。見たもの、感じたものをここまでストレートに表現できるっていうのは、邪念を抱かずに素直なココロで旅しているせいではないかと思う。

毎月この連載を楽しみにしているわけだけれど、ふと思った。そういやあこの筆者は本も出版してたっけ。きっとそっちもおもしろいに違いない。

思い立ったが吉日。実業之日本社から出ている「行かずに死ねるか」を手にしてさっそく読んでみた。

処女作だから文体は今の連載モノよりも少しぎこちなかったりするのかと思いきや、とんでもない。どこの国も、どの出会いも鮮烈でイキイキしている。

7年半かけて自転車で地球を一周していく。お約束のように おいはぎにも遭遇する。なんとか命は取り留めて旅は続く。人々がなにより暖かい。自然の懐の深さに驚嘆する。感性の赴くままに、ときに立ち止まり、ときに自然にもてあそばれながら前へ前へ。

「サクリファイス」も「銀輪の覇者」もよかった。でも、フィクションみたいなリアリティには、フィクションにない説得力があるものだ。

今朝読み始めてただいま中間地点。まだ読み終わっていない。次はどんな冒険が飛び出すのか、、、はやる気持ちを抑えつつ読み進んでいる。

====
p.s. 「”著名なスイス人プロ選手リスト”の中に、パスカル・リシャールが入ってなかったよ!」自転車乗りのK氏が新年の挨拶を兼ねて電話をくれて、リシャールの活躍ぶりを熱く語り始めた。そうだ、五輪で金メダルを獲得したパスカル・リシャール。彼もスイス人だった。

「リシャールはLBLでも優勝してね、まだ手術する前のランス・アームストロングが出場してたんだけど、勝ちを逃して激怒したんだよ」K氏が語る・語る。

ツール初観戦のとき、目の前で区間優勝を果たしたのがリシャールだった。彼が引退した年に、偶然ホテルで遭遇した記憶も蘇る。「男と女」に主演したアヌーク・エメみたいな美人妻と一緒だったっけ。

というわけで写真は2000年、引退後、ラジオの仕事でツールにきていたパスカル・リシャール。

■ 2008.01.07 (Mon)  実力主義の極み「勝たなければクビ」は通用するのか?
「実績主義で、成績が悪いとどんどん首になる。CSCのフアン・ホセ・アエドの弟セバスティアンがこのチームに所属していたが、成績不振ですでに首になった」 / 「潤沢な資金に物を言わせた ハリウッドショービジネス系のチーム」 /「 社会保険に全員加盟させ、企業家体質をのぞかせている」/ 「スリップストリームの次の北米注目チームはこのチーム」 / 「ウーゴ・ペーニャが移籍した 」・・・

上記は昨年10月13日のトクダネに書いた北米コンチネンタルチームRock Racingチームの紹介文だ。昨今CNもこのチームにスポットライトを当てた記事を書いている。

メインスポンサーであるロックアンドリパブリックのオーナーであるマイケル・ボール氏の経営体質、こと勝たなければクビというメンタリティ<<"win or you're fired" mentality>>には、CNもある種危機感を持っているようだ。

ロックアンドリパブリックは6年前に設立されたプレミアムジーンズのブランドで、ボール氏はデザイナー兼オーナー。なかなかのトラブルメーカーで、かつて投獄されたこともあると豪語している。デイヴィッド・ベッカムの妻ヴィクトリアが一部ジーンズのデザインを手がけたが、受け取りコミッションが少なかったとして、訴訟を起こすの起こさないのといったトラブルもあった。

ハリウッドのセレブとの交流もあり、パリス・ヒルトンと仲良く写っている写真がここにある=> Here

これだけ聞くと、このチーム、単なる成金オーナーの道楽趣味チームか?などと ちょっとイヤ〜な予感が漂うのだが、実はボール氏は大の自転車好きで、自身も熱心なサイクリスト。サイクリングジャージの作製を手がける中で、デザインのスキルを伸ばしていったという面白いバックグラウンドの持ち主なのだ。

そんなわけで自然の流れというか、このチームのジャージは、しょっちゅうモデルチェンジをすることで有名。
ジャージ写真1 / ジャージ写真2 / ジャージ写真3 / ジャージ写真4 / ジャージ写真5

ペーニャとハミルトンのチーム入りは決定のようだ。セビーヤもこのチームに移籍か?とMarcaが書き立てているし、相変わらずチポッリーニの幹部入りのウワサも消えない。

話題性抜群。でも自転車チームのサイトはなく、どの程度本気なのかやや掴みどころがない。何よりも、「勝てなきゃクビ」の実力偏重メンタリティは、アメリカ的ではあるものの、今のご時勢通用するものかどうか?

■ 2008.01.08 (Tue)  ベルナール・イノー氏、マスターズ・クリテリウムにも出走
2008年2月11日(月曜日・建国記念の日)に東京の明治神宮外苑で開催される、「2007年度全日本学生ロードレースシリーズ最終戦第二回明治神宮外苑学生自転車クリテリウム大会」(*)に来場する予定のベルナール・イノー氏は、「オープン・ライド」だけでなく、「マスターズ・クリテリウム」にも出場することとなった。

「マスターズ・クリテリウム」は、30歳以上の登録競技者が参加可能なカテゴリー。毎周回にフィニッシュラインを通過した順位に応じてポイントが与えられ、総得点を競うポイントレース形式で行われる。引退後、レースから遠ざかっていたベルナール・イノー氏の走りが注目される。

これに伴い、同大会のエントリーは1月15日まで受け付けられることとなった。
また、当日夕刻よりイノー氏を迎えて大会クロージング・パーティが企画されている。詳細は決まり次第発表される予定。

「マスターズ・クリテリウム」は参加料7000円、
申込は財団法人日本自転車競技連盟登録競技者に限られる。
申込期限2008年1月15 日。定員50名。
(ご注意:万が一諸事情によりイノー氏が大会会場に来場されなくなった場合でも、 エントリー料の返金はされません)

お申込は下記ホームページ(日本学生自転車競技連盟)から申込用紙を入手してください。
http://www.remus.dti.ne.jp/~jicf/

(*主催:日本学生自転車競技連盟(会長:佐々木一也)、大会名誉会長:橋本聖子、特別協賛:株式会社日直商会、協賛:株式会社パールイズミ、佐多商会ほか)

Photo: 2000 TdF ステファン・ロッシュ(スティーヴン・ロウチ)、サンティアゴ・ボテロ、ベルナール・イノー

■ 2008.01.09 (Wed)  ジョルジャ・マレーシア : 李富玉 (リー・フユ) / 脱水症状 / ブルーモスク
お屠蘇気分もそこそこに、一部の日本人選手たちはマレーシアへ。ジョルジャ・マレーシアは7日に開幕し、選手らは熱さと闘いながら走っている。

初日優勝したのは、元ディスカバリーチャンネル、現マルコポーロの李富玉 (リー・フユ)。6人のゴールスプリントを制した。

「速いレースが好き。今日のレースは向いていた。必死でエスケープを試みて、何度目かのトライで成功した。でも単独エスケープではなかったので、ついてきた奴らを振り払おうとした。

ラスト15kmで揺さぶったけど、5人がくらいついてきたんだ。単独クリアとはならなかった。スプリントに賭けるしかなかった。ラスト50m、いい位置取りができたと思う」

「ディスカバリーチャンネルの解散についてはなすすべもない。でも、来年にはプロツールチームに復帰したいね」

今年は北京五輪。気合も入ることだろう。(翌日第2ステージには日本人選手が上位に顔を並べた)

レース初日、冬の日本から常夏の国に行った選手が一部苦戦したようだ。狩野選手が脱水症状で先頭から遅れた旨、スキルシマノのBLOGで報告されている。ただ完走できたので、重症ではなかった模様。

脱水症状というと、箱根駅伝5区で順天堂の小野を襲ったあの光景が蘇る。ヒザがガクガクで、ラスト500mだったにもかかわらず、彼にとって"たすき"リレーが待つゴールは遠すぎた。

ちなみにクアラルンプールと東京の年間気温の違い(2004年の参考データ):

クアラルンプール 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温 32 33 33 33 33 32 32 32 32 32 31 31
最低気温 22 22 23 23 23 23 23 23 23 23 23 23
東京 .
最高気温 10 12.8 14 21.2 23.5 27.5 33.1 31 28.6 20.4 18.8 13.3
最低気温 3.1 4.5 6.6 12.2 16.8 21 25.4 24.4 22.8 15.2 12.7 6.8

脱水症状は、自覚したときにはもう遅いのだろう。水不足は怖い。汗で血中の水分が減り心臓に負担がかかる。また血液がネバネバになって、血流も妨げられる。細胞中の水分が失われ、臓器の働き低下にもつながる。代謝異常を引き起こす。

さらに調べると、汗の中の電解質(ナトリウムなど)のバランスが崩れてしまう。Wikiによると、細胞にとっては電解質の平衡・電解質の浸透圧の勾配維持が重要。平衡を崩すと、神経と筋肉の活動に支障をきたす。結果的にけいれんが起こったり。

ショック状態、腎不全、意識障害など、一歩誤ると大変なことになる。補給は重要だ。

マレーシアから活動を伝えている選手、マレーシア出発の様子を語る選手など、各選手がBLOGを公開中。
・三船雅彦選手(暑さにはすでに慣れた状態で現地入り。あっ、お誕生日おめでとうございます)
・廣瀬佳正選手(暑かった模様)
・阿部 良之選手/ (7日のエントリーにホテルの窓から眺めたブルーモスクの写真 があるけれど、これとまったく同じ写真を同じような角度で撮っている人がいる。(マレーシア・クアラルンプール海外出張記。 コンコルドに泊まると、みなモスクの写真を撮りたくなるらしい。

スポーツディレクター栗村 修氏スキルシマノライブBLOG(By今西コーチ)飯野 嘉則選手土井雪広選手畑中勇介選手 狩野 智也選手

ところで三船選手、阿部選手が書いているブルーモスク。画像 が出ているサイトがあった。異国情緒を感じ、美しい。

Photo:昨年の世界選で。ジョージ・ヒンカピーを見つけ、握手をかわすリー・フユ選手。一部ファンがFumyと間違えて、私に「Fumyがきたよ」と教えてくれた。駆け寄って話しかけようとして、あれ?なんかちと違う。

「ボクはFumyじゃないよ」笑って話したフレンドリーなリー選手なのであった。

■ 2008.01.09 (Wed)  こんなの初めて。新ジャージには選手全員のサインが模様になって描かれた。「チーム一丸!」、、CSCが目指すもの。一丸となってレースで闘い、一丸となってクリーンなスポーツを目指す!
昨年のジャージのコンセプトは「他を威嚇する強さ」。今年は「クリーンなチームスピリット」へ。CSCの新ジャージが表現するもの

CSCの新ジャージにはたまげた。遠目から見ると白・赤・黒の単純パターンのように見える。しかし黒地と白地の境界部分をよく見てみると・・・

白から黒へのグラデーション部分には、なにやら雑多な線模様。これは単なる線ではない。CSCチーム全員のサインを組み合わせて模様にしたものだ。(サインを読み取ろうなんて無謀なことを考える人、きっといる予感)

そしてやっぱり!今年もジャージデザインは彼女だった。名前はインガー・タンデラップ・クッリクスブル。これまでもCSCのジャージデザインを手がけてきた。

彼女はデンマークの広告学校を出て、シカゴで活躍するデザイナー。リース監督と懇意で、コカコーラのデザイン広告なども手がけたことがある。サンプル

新しいジャージのコンセプトはチームスピリット。クリーンで信頼性あるスポーツを目指すチームの精神を表した。デザイナーのコメント:

「2008年のCSCのジャージはチームに捧げたつもり。新しいアイディアは、“サイン・パターン”。全選手のサインをパターン化して白黒のグラデーション部分に入れました。

つまりこれで、選手全員がチームにサインしているわけです。CSCの信条と価値観に対し宣誓のサインなわけです。

このチームは単なる個人の寄席集まりではありません。同じ価値を共有する団結したひとつのチームなんです。ドーピングに対して共に闘い、共に世界一のチームを目指すのです。このジャージは、ものすごいインスピレーションを感じながら作製しました。」

ちなみに、前年度のジャージは、”超人的強い男”と”素のパワー”をあらわした。”強さ”から、”ソリダリティ=団結”へ。CSCは進化している。

左2枚は、今年のジャーで、2枚目のクローズアップにサイン模様が。(これは背中部分のグラデーション。前も同様)

======
(参考:前年度ジャージ<右>を作製したときのデザイナーのコメント)

「2007年のジャージは前年のものよりも黒を加えて、野性味を出しました。地のパターンはより立体的にして。

遠くから見るとクールで見分けがつきやすいでしょ?近くで見ると複雑な蜂の巣状のパターンが際立っているのがわかるはず。

スパイダーマンみたい、という声もあるけど、確かにスーパーヒーローがインスピレーションを与えてくれたところがあります。

スーパーマン、バットマン、スパイダーマン・・・不可能なことをやってのける超人的な力と、スーパーヒーローの威嚇的な外観をジャージのテーストとして盛り込みたかった。

選手の熱意とパワーがジャージから発散されることを狙いました。昨年のジャージは体の筋肉を際立たせるようにデザインしたけれど、今年のは各選手が内に秘める原石のようなパワーを引き出すようにデザインしたというわけです。」


■ 2008.01.10 (Thu)  自転車通勤手当、都内の企業でも

2007.12.27 (Thu)トクダネ ”「自転車」通勤手当が「自動車」通勤手当の8倍強支給されるツーキニストにやさしい職場はズバリここ(ただし、シマノではなく)”
についてですが、私の勤めている会社(www.techfirm.co.jp)でも自転車通勤手当が支給されています。

支給額は距離に応じて以下のようになっています。
通勤距離の片道が
35km以上 ・・・・・・・・・・ 20,900 円
25km以上 35km未満 16,100 円
15km以上 25km未満 11,300 円
10km以上、 15km未満 6,500 円
・2km以上、 10km未満 4,100 円
  2km未満 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 0 円

きっかけは私が自転車通勤を始めたからなのですが、いい会社だと思いませんか?
(通勤手当の非課税枠のURLへ)
(LOOK585さんから)

上記でリンクしてくれた通勤手当の非課税枠のリストを見ると、給与計算上「自転車その他の交通機関を使用する人に支給する通勤手当」の非課税枠Maxを支給額の根拠としているようですね。

前回紹介した名古屋市役所の場合、至急手当て額は5km未満で月4000円、5km以上だと月8200円でした。でも上記の会社の場合、距離が長ければ万単位の支給額!

官庁でもなければ環境・自転車関連ビジネスの会社でないのに、自転車通勤の支援に乗り出したというのは画期的だし、きっかけがひとりの社員によるものだったとは。ひとりの声が社内規定を変えたわけですね。

社員の要望に答える態度って外資系にはありがちだけど、日本企業も随分柔軟になってきているものです。

お次に下記は、新年の挨拶がてらI君がくれたメッセージ:

今日は例のパン工房シロクマに行ってチョコパワーを買って来ました(^-^)生地はクロワッサンみたいで中にしつこくない程度のチョコが入っていますのであっさり系が好きな人にはオススメかも(^-^)


■ 2008.01.12 (Sat)  自転車通勤 その3

自転車通勤で盛り上がっていますが、うちの会社では、自転車通勤はなんと自転車通勤で申請すると交通費支給ゼロ!しかも、自費で自転車保険に入った人のみ申請可能。

そして、申請した人のみがもらえるマークを自転車に張らないと、社内の駐輪場に止められない!

名目は、事故が多いので控えるように、でしたが明らかに、通勤費を稼ぐのを阻止して少しでも支出を避ける目論見が見え見えです。

その結果、弊害としてどんな事態が発生したかというと、会社の外の公園に自転車を止める人が出てきて近所の住民から総務部へ苦情が来たそうです。。。。

お達しが出た5分後に私はこの事態を想定してましたが。。。うちの総務関係は、ちょっと短絡的だなあ

ちなみに、同僚は、お達しが出てからというもの、自転車をやめて、10キロほどをランニングで通勤しています!

ただし、おもしろいのは、海外駐在者の場合、国によっては自転車通勤でも通勤定期の半額を会社が出してくれているということ。逆に車だと、完全に自費なんです。

3月末に年末調整みたいなのをするのですが、そこに、通勤手段&通勤距離を記入する欄があるらしく、電車通勤のほうが、車通勤よりも税金の控除が多いみたいです。

ただ、20キロくらいまでだったら車も電車も、税金の控除額は同じみたいですけど。(Pさんより)


ドイツで電車通勤手当ての方が手厚いのは、環境対策でもあるのでしょうかね?エコマニアなドイツ人ならいかにも、という気がします。

私の知り合いの某元ツーキニストは、脱ツーキニストを余儀なくされました。出勤途中で事故に遭い、大怪我で。

それから某同僚は子供にスケートを教えていて転倒し、大腿骨骨折。1ヶ月会社を休みました。でも、社内の雰囲気的には、その少し前にスキーで骨折した人よりもやや暖かい目?で見られていた気がします。

「子供と一緒に」「家族サービスで」というのが周囲の心情的に好感度ぽちっと高かったのでは?と思います。「独身でスキー遊びに行っていて」というのよりもね。
スキーや自転車で骨折して休みを申請するとき、「子供にスキー(自転車)を教えていて」とかいうと、周囲のアタリは変わってくるだろうか?なんて思ってみたり。

■ 2008.01.13 (Sun)  ’06 TOJ伊豆ステージで優勝したロイドがオーストラリアチャンピオンに

1月に行われる恒例のオーストラリアロード選手権。本日13日にエリート男子が開催され、サイレンスロットのマシュー・ロイドが新チャンピオンに決定した。

【選手権出場メンバーの顔ぶれ】
本大会に出場を予定していたオグレイディはTDU(プロツールのダウンアンダー)を考慮し、結局出場を取りやめた。そのほかマキュウェン、エヴァンスも不在ではあった。とはいえ棄権者が相次いでも、今やオーストラリア選手の層は厚い。出場者の顔ぶれを見ると新旧プロツールチームの実力者揃いだ。

マイケル・ロジャース、ベイデン・クック、トレント・ロー、アーロン・ケンプス、マーク・レンショー(以上全員最終的にDNF)、さらに、TTを制したアダンム・ハンセン(2位)、サイモン・ゲランス(5位)、マット・ウィルソン(6位)、マシュー・ヘイマン(7位)、デイヴィス兄弟(スコットとアランそれぞれ15位と19位)らがオーストラリアチャンプの黄金x緑ジャージを目指してしのぎを削った。

【レース】
アタックを成功させたエスケープグループが先行し、レースは残すところ3ラップ。脱落者が出て、その時点でサバイバル組は5人。後方集団からマシュー・ロイドが抜け出してアタックグループに合流する。

そのときの状況を語るロイドによると、「アタックグループの連中を観察していたら、彼らは一緒にしばし逃げていたライバルをしきりに警戒し、(最後にジョインした)ボクのことは眼中にないことがわかった。仕掛けてみた。みんなはついてくるのを一瞬ためらったようだった。」

結局ロイドはこの値千金のアタックのおかげで見事ひとりでクリアし、後続を封じ込めて単独ゴールで優勝を決めた。CNリザルト

ロイドは2006年9月4日のトクダネで紹介した選手。そのときの内容は下記:

● 2006年南オーストラリアチーム(AIS)所属のロイドはTOJを走り(上の写真一番先頭)、伊豆ステージで優勝。その年の後半には、晴れてロットに移籍が決まった。

● 移籍のいきさつは、同じオーストラリアのエヴァンスとの合同練習だった。山岳トレーニングの際、エヴァンスについていけたのは、ロイドひとりだったのだ。エヴァンスは、ロイドの山での実力を見込んで彼を引き抜いた。

■ 2008.01.14 (Mon)  ランタンルージュ(最下位の選手に与えられるスペシャルな計らい)がジロに還ってくるゾ


フランス語のランタンルージュ=訳すと赤いちょうちん=は、いわゆるビリ、最後尾、一番最後の順位の人などを指す。かつて貨物列車の一番最後のワゴンのお尻に赤いランプをつけ、“ワゴンはこれにて最後、連結し忘れはありませんよ”という標識としたことに端を発した語法だ。

ツール・ド・フランスではランタンルージュといえば総合順位最後の選手。去年おととしと2年連続でロットのヴィム・ヴァンスーヴナントが獲得している。ランタンルージュとなると赤ゼッケンでほかの選手と区別され、下手に最後から2番目の選手なんかよりも注目を浴びる。(ツールのランタンルージュ該当選手リスト)

実はかつてジロでもランタンルージュのコンセプトが存在した。短期間ながら、1946年から1951年まで “最後の選手を称えようぜ“ジャージ なるものがあったのだ。

名前はマリア・ネーロ。黒いジャージ。選手への侮辱だという理由で6年でこの試みは廃止され、短命に終わってしまった。しかしこのほどこの伝統が蘇るという。黒ジャージならぬ、黒ゼッケンで。


ジロに「マリア・ネッラ」が帰ってきます。(本日のCN、ずずっと下の方の記事)

ツールで言えば「ランタン・ルージュ」。
1946年から51年までの短い期間でしたが、「黒いジャージ」は総合最下位の選手の健闘を称えて(?)おりました。

かのジョヴァンニ・ピナレッロが最後のホルダー。
ピナレッロの工房には今なお、かのバルタリが「ジョヴァンニ、君はジロでマリアネッラを着たが、君の人生はマリアローザだよ」とサインしたコッピとバルタリがボトルを受け渡す写真が飾られているとか。

ちなみにその写真は、エイムック「偉大なるローディーたち」の表紙にもなっています。

但し今年復活するマリアネッラはジャージではなくナンバーカード。
黒地に白抜きで該当選手のナンバーが表示され、ジャージとバイクに貼られます。
なんでもUCIではリーダージャージの数が4枚と規定されているんだとか。

昨年の「マリアネッラ」はゲロルのオスカー・ガット君でした。
(CNの3番目の記事)

オスカー君はライバル達と切磋琢磨した結果見事「黒猫」と相成ったワケですが、さて、今年その栄誉は誰の手(背中)に?
ナンバーカードという目に見えるカタチで表わされる今年は、おそらくTVカメラや記者の注目を浴びることになるのでしょうね。(笑)
(生田さんより)

上記で触れられている昨年のジロ最下位のゲロルシュタイナーのイタリア人オスカル・ガット。最下位が決定したときの彼のジョーク混じりのコメントが面白い:

「人々は、優勝者と最下位の選手だけは覚えているものさ。2番目と最後から2番目は、本人しか覚えていないだろう。3位と最後から3番目の選手に至っては、だーれも覚えちゃいないよ。だからボクは最下位目指して奮闘したのさ」

ちなみにイタリア語でガットは「猫」の意味。もし昨年黒ゼッケンが適用されていたら、さしづめ彼は黒猫になっていた。

■ 2008.01.15 (Tue)  今月の2〜4冊目: 自転車野郎石田ゆうすけと、椎名誠
7年半かけて自転車で世界一周をした石田ゆうすけ氏の「行かずに死ねるか!」(実業之日本社)が激しく気に入ったものだから、彼の2作目「いちばん危険なトイレといちばんの星空」(実業之日本社)を読んでみた。1作目の発展形でこれはこれでオモシロかったのだが、何故彼の作品が心にじ〜んと心に響くのか、わかった気がする。

ちょっとズケズケしたものの言い方をすると、自転車で7年半もかけて世界旅行をすれば、誰だって本ぐらい書ける。苦労話なんて枚挙にいとまがないハズだもの。

身ぐるみはがれることだってあるだろうし、自然のスゴさをまざまざと見せ付けられることもあるだろう。涙ちょちょぎれるような人の情けを受けることもあれば、日本では味わえない幸福感に浸る瞬間だってあるはず。

冒険野郎の本って、その人が世界一周を敢行したという事実が一番感動する局面であって、それで感動する気持ちの78%ぐらいが消化されてしまう。

例えどんなに大変そうであっても旅の周辺エピソードは、「まあ、そんな長い間海外に飛び出していたら、そんなこともあるだろうねぇ」などと妙に納得してしまうものがある。つまり、“世界一周をした”という事実に比べると、往々にして苦労話自体の感動はちょっと薄れてしまう。

でも、彼の本はそうじゃない。そこがスゴイ!

彼は世界一のものを見つけようと旅立った。本人は、旅を通じて自分が生きてきた手ごたえ・軌跡といったものを得たと感じているらしいが、私には、彼が手に入れたものは、とびっきりの人類愛に思える。

彼は苦労話を余り語らない。それゆえに好感度が増す。何が大変で、何に腐心し、何を克服した、なんていう(自慢)話はほとんどない。それよりも、外界との対話を重視する。相手はときに鮮烈な自然、ときに一見心を開かなさそうな孤高の人、ときに同じような冒険心に満ちた仲間たち。

「行かずに死ねるか!」に私の大好きなシーンがある。ポーランドでの出来事。身体の一部が不自由な老人が3輪車でキノコを売っていた。著者はキノコを買うためにコインを差し出す。でも老人は激しく何かをまくしたて、「ノー」と拒絶する。

十分な金額のはずなのにこれで足りないなんて、、と少々憤慨しながらも、彼は5倍の金額を老人に差し出した。すると老人はさらに怒鳴る。そして黙々とキノコを包んで石田氏に差し出した。

老人はつぶやく。「プレゼント」
自分は物乞いではない。貧乏旅行しているヤツから金は受け取るわけにはいかない、と主張していたのだった。

モザンビークの市場のおばさんもそうだけれど、一見社会的弱者とも思えるこうした人たちがとても暖かい。人の痛みがわかるからなのだろう。無償の愛っていうのは初めて出会う赤の他人にも向けられることがある。そんなことに気づかされる。

・ ・・・とまあ、普通の旅行記ならこういう心温まるエピソードでホロリとさせて終わるのだろうが、この作品はそうではない。もっと大股で一歩踏み込んで、ふと彼は我にかえる。

貧乏旅行者のボクにやさしさをくれたポーランドのキノコおじさんやモザンビークの市場の母の笑顔と自分の笑顔は根本的に性質が違うのだ、と気づく。純粋な慈悲の心が生み出す笑顔と、好意を受け取るためのちょっと媚びへつらうような愛想笑い。この2つは決定的に違う笑顔なのだと。

だから、「こんな優しさに触れました!」みたいな得意げな様子になってはいけない、と彼は強く自戒する。謙虚になって、自分が今ここにこうしてあることに対し、みんなに深く感謝をする。大きな人類愛を感じ、それを決して忘れまいと心に誓う。

華々しいことをやり遂げれば、自信も生まれ、「どうよ」と大上段に構えるのが普通だろうと思う。それが彼の場合正反対の「謙虚」という方向に向かっていく。彼はこの旅で、本当に価値あるものを手に入れたのだと思う。

ちなみに、彼の本には東海寺さだおや椎名誠の名前が出てくる。石田氏の表現・描写の巧みさは、椎名誠に少し感化されているのではないかな、と思い椎名誠の「あやしい探検隊 アフリカ乱入」(山と渓谷社)、「真昼の星」(小学館)をこの週末読んでみた。

椎名と石田、やはりちょっと相通じるものがある気がする。むろん、椎名誠の方には“より力強い脱力感”があるけれど。

Photo: 本文とは無関係。こちらはツールを描き続けている小河原画伯の旅に同行しているバイク

■ 2008.01.16 (Wed)  自転車通勤ネタその4: 最大手の車会社の町で自転車通勤で頑張る


知り合いで某自動車メーカーに勤務し、他社であるMZ社製の車に乗っている人がいて、肩身の狭い思いをしているが、下記はクルマの町である某愛知県T市で、車通勤せずに自転車通勤で頑張っている(結果変人扱いされているという)人から。


私もツーキニストで勤務先から交通費の支給を受けています。規定上では、1km=15円、2km以上から支給だったと思います。往復分も支給だったと記憶しています。(1km=30円で片道分だけだったかも。) 上限額は不明。

現在住んでいる所から、日本最大の自動車会社のある市(ただし私はT自動車さん勤務ではありませんが)まで、片道12kmを自転車通勤しています。雨の日も。

支給額は月額にして 12km×2(往復)×20日×15円=7200円。

マイカー通勤でも計算方法は同じです。徒歩&RUNも同じです。公共交通機関は、上限額不明ですが基本的に定期代全額です。

あのシマノさんより恵まれていたなんて驚きです。場所柄、自転車通勤は変人扱いです。

ちなみにT市内の幹線道路は自動車・トラックが絶対優先なので、通勤は堤防道路と裏道がメインです。

T署のパトカーは、2斜線の道路左端を走行していても、狭い歩道を走行させようと停止を命じます。ライト+ヘルメットの完全武装でも。
(From 自転車通勤4年生さん)


とまあ、自転車通勤が特別に認められているケースを見てきましたが、実際は例外なケースかもしれません。実際、このほかメールをくれた猫さんやサクラバさんのように「自転車通勤手当てを検討してほしいものです」というコメントも。

それにしても、自転車通勤4年生さんの場合、自転車通勤のみならず、徒歩・Runにまで手当てが支給されるとなると、これは交通費というよりエコ奨励金といったコンセプトのほうが近いのかな。

■ 2008.01.18 (Fri)  自転車道200キロ新設へ / 杉並区阿佐ヶ谷で実験開始。車道に自転車専用道
自転車道200キロ新設へ

読売オンラインニュースによると、国土交通省と警察庁が協力して、車道でも歩道でもない自転車専用路整備に着手し、全国98箇所がモデル地区に指定された模様。

計画は2カ年計画で、全国で計200kmにもおよぶ構想だ。モデル地区選定には交通量の多いことが要素として加味され、都内では新宿方面に近い渋谷区幡ヶ谷地区や亀戸駅などが選ばれ、JR宇都宮駅もモデル地区となった。

さらに、このプロジェクトとは別に、杉並区が都と連携して、こんな実験を開始している:

■ 杉並区阿佐ヶ谷が28日から実験開始: 車道に自転車専用道

昨年11/9のトクダネの読者情報(“突如自転車専用レーンが作られました。なんだこれと思っていたら、判明。東京都世田谷区の「自転車の走行ルールに関する社会実験」というものでした”)は、世田谷区での試みだったが、今度は杉並区でも似たような実験が開始となったようだ。

世田谷区の試みと違うのは、杉並のほうは完全に車道の1レーンを自転車専用に開放するという点。世田谷は歩道の一部を専用レーンにする実験だった(右の写真は世田谷区の実験のときのもの=おたうとさんより受領)。

今朝の朝日新聞29面(東京版・南部)によると、自転車専用となるのは車道の歩道寄りの1車線。場所はJR阿佐ヶ谷北口から都道427号までの350m区間。

記事に掲載された写真を見ると自動車専用車線を丸ごと自転車にあてがうわけなので、やけに広い。イギリス・ケンブリッジなどの自転車専用レーンは、自転車に見合う幅しかとっていないから、こんなに広くはない。

この実験期間中はパーキングメーターの使用も停止する。実験では、交通量の変化や、利用者の意識調査を行う。

この専用帯の利用は絶対的な強制ではないものの、できるだけ歩道でなくこちらを利用するようサイクリストに協力を求めるという。

■ 2008.01.18 (Fri)  渋谷の町で忽然と消えたbmcのフォナックレプリカ(ラスタカラー)

1月7日の夜、渋谷でロードバイクを誰かに持っていかれました。車種はbmcのフォナックバージョンのラスタカラー(ブラック主体)。バックがカーボンでタイヤの黒縁が大きいのが特徴です(ディープリム?)タイヤは緑ぶちでペダルはマウンテンバイク用のビンディングです

ランディスが好きで購入しました。盗んだ奴がフォナックの補聴器(耳のマーク)の意味も知らずに乗られるのかと思うと、たまらなく不快です。

私も今思えばフォナック一号(チャリの名前です)を不用意に止めた事を深く反省すると共に、渋谷というダークな町で取られてもしょうがないような鍵の掛け方は、一号に対しての愛情に欠けていたのかと自問自答しています。

こちらのサイトで情報を流して頂き、もし仮に見つかり、再び自分の手の中に戻って来たら私は幸せな気持ちになるでしょう。お礼も考えています。仮に発見されなくとも、少しでも私のbmcを気にかけてくれる人がいるということで、この世の中に優しさが存在する事に私は大きな意味を見つける事が出来るでしょう。

=== バイクの概要 ===
● bmcフォナックレプリカ(ラスタカラー)なるしまフレンド06年購入 08年1月メンテナンス
● タイヤを緑ぶちにしております。シマノの105着用、サドルはベーロ
● タイヤは横から見ると黒い所が多い(何というのか)奴、アメリカンクラッシックというタイヤでステッカーを自分ではがしました。
● ボトルゲージは前後に2つ着用、あとはスピードメータも着いてます。

(OKさんより)

上記とまったく同一のバイクを目撃された方がいらっしゃいましたら、見かけた場所の情報などを本サイト宛にお送り頂ければ幸甚です。よろしくお願いいたします。

■ 2008.01.19 (Sat)  ある自治体: 幹線道路の9割が自転車専用通路で、町のシンボルマークが自転車で、有名なトライアスリートの出身地
今朝の日経新聞の春秋欄。「シンボルマークはしゃれた自転車の絵。そんな自治体が米国にあると。。。」で始まる。

場所はカリフォルニア州デイヴィス市。自治体のエンブレムを見てみると本当だった。この手のエンブレムにありがちな、ある種お約束的ともいえる“パラパラを踊るライオン”マークの隣に、自転車の絵が描かれている。

この自治体では幹線道路の9割に自転車専用通路を設けており、大学の学生を中心に自転車が盛ん。1960年代には自転車擁護派が政権を掌握するなど、自転車が政治にも影響を及ぼした土地柄らしい。

ハワイのアイアンマン6勝(1980, 1982, 1983, 1984, 1986, 1987)という輝かしい成績を持つデイヴ・スコットもこの町で育った。

日経がこんな話題を春秋の欄で振ってきた理由は、そう、例の国交省と警察庁合同の自転車専用路整備プロジェクトがらみ(Ref.1/18トクダネ)。ところが一方で、このプロジェクトに対し、サイクリストの人から反対の声もある。

先日もらったメールによると、東京都亀戸の場合、徐々にモデル区間を拡張するらしく、
    「20年度のモデル予定区間の車線にはバス停、タクシー乗り場、トラックの荷物の積み下ろし場所、ショッピングセンターの入り口があり、一番端の車線のおかげで渋滞緩和ができたのに、こんなことをしたら大渋滞になります。

    国土交通省のサイトには路上駐車のせいで自転車が歩道を走り危険だと書かれていますが、この付近は歩道の幅も広く、あえて車道を走る必要もなければ歩道を走っても危険はありません。自転車と歩行者の衝突を避けるために自動車やオートバイは衝突してもいいのでしょうか。」
かといって ”この区間は車道・この区間は歩道”、といった方式は混乱を招きそうだし、国交省がこういう声にどう対処するのかわからないけれど、春秋の筆者はこう結んでいる。

法律によると自転車は車道、歩道は例外のはずだが、現実はそうではない。「専用路も一朝一夕には完成しない。他国の良い知恵に加え“譲り合い”という日本の生活文化も生かし、道という公共空間を皆で上手に使いたい」。

きれいなまとめ方で好感の持てる文章だけど、でも賛否両論を今後どうまとめていくことになるのか、結局のところ日経新聞さんもよくわからない、、、そんな印象を受けた。

■ 2008.01.20 (Sun)  チームアスタナの出初式に同行
この日お忍びで朝練を決行したチームアスタナの二人。左がストレルィン、右がブラクモロフ。於カザフスタン大使館前


本日の東京の日の出時刻は6時49分。日の出後まだ1時間も経たない朝のカザフスタン大使館前。太陽はなりを潜め、空はすっぽりと曇に覆われている。時折ほどよい風が吹いて、大使館の入り口にある国旗がいいあんばいになびいている。

旗のはためき具合を見極め、写真撮影のポイントを決定する。ほどなく、ピンと張り詰めた朝の冷気を頬に受けながら、奴らはやってきた。水色に黄金色の太陽が映えるアスタナジャージを身にまとい、レッグウォーマーで防寒対策はバッチリだ。


まずはストレルィンが先頭を引き、続いてお目付け役のF氏、そしてブラクモロフが続いた。すでに朝練を終えてウォームアップは万全。3人は紅潮させた顔をこちらに向け、「サーラマ ツーズ ベー!」とにこやかに言った。カザフスタン語で、「こんにちは!」の意味だ。

写真撮影会が始まった。それはまさに風との格闘だった。彼らが到着する前まで ほどよく吹いていた風がピタリと止んでしまい、国旗は完全にへたっている。旗の真ん中で存在感を訴える太陽模様も鷲マークもこちらに顔を見せてくれない。それでも連写を無限にセットし、撮影会を敢行する。

手始めに3人の合同写真、そして単独スチール写真、最後にアスタナチームの2人ブラクモロフとストレルィンの記念撮影と段取り通りに進んでいく。ファインダー越しに見つめる先にあるものは、被写体の笑顔などではなく、ひたすら国旗のひるがえり具合だ。とにかく粘った。予告なく突如巻き上がる風を捉えるべく、シャッターを押し続けた。


この日撮った写真は約200枚。気まぐれな風のせいで、予定外の枚数になってしまった。

さて、ブラクモロフとストレルィンの2人の紹介をしよう。2人とも私の友人で東京在住(*)のサイクリスト。ストレルィンは、以前はエキモフを応援していた大の旧ソ連・マニア。仲間のランス愛好家たちの顰蹙を買いつつも、「自転車選手は断然ロシアに限る」、と主張し続けている。

数年前からはヴィノクロフに心酔し、激しく応援していた。ブエルタで彼が優勝したときには、舞い上がり、一種狂乱状態だった。アスタナジャージも買った。ヴィノになった気分で街中をこれで疾走するのが夢だった。

ところが去年、ツール優勝を逃したばかりか、ヴィノは引退に追い込まれる。ストレルィンは精神的に叩きのめされ、このジャージもお蔵入り、或いは門外不出、或いは箪笥の肥やしになるかと思われた。しかし朝練仲間がそれを救った。

気のいいブラクモロフが、打ちひしがれる彼の様子を見るに見かねてこう持ちかけたのだ。「ボクもアスタナジャージを持っている。2人でヴィノクロフを忘れないためにも、チームアスタナ(Jr.)をつくろうじゃないか」

2人の友人でカザフスタンナショナルジャージのレプリカを持っているサイクリストのIさんもこれに賛同した。かくしてチームアスタナ(Jr.)が2008年、所帯3人という規模で めでたく結成の運びとなった。

「カザフチャンピオンジャージは半袖なので、春になってからデビューしたい」、ということで、Iさんは本日の結成式には参加しない意向を伝えてきた。そこで、この日はプレ結成会と銘打って、朝練のあとIさんを除く2人とお目付け役のF氏、及びカメラマン役の私を含む若干の野次馬がカザフスタン大使館前に集合したのだった。

ひとしきり撮影が終わったあと、ちょっとした補給タイムを経て、F氏とカザフブラザーズたちは再びサドルにまたがり、力強くコンクリートを蹴り、家路へと向かった。今日は日曜日。各自家庭があり、家族サービスが待っている。だから余り長居は出来ない。ほんのつかの間の団結式だった。けれど高揚感と充足感に包まれていた。

朝8時前、彼らが去ったカザフスタン大使館前は、再び元の静けさを取り戻し、一陣の風にターコイズブルーの国旗がひらひらと舞っていた。

(*) チョット怪しげだけど?、2人とも日本人デス

■ 2008.01.21 (Mon)  もらいもの情報 x 3
● 「サクリファイス」がまたもやノミネート。今度は「本屋大賞」の候補作品ベスト10

「本屋大賞」のノミネート10作品に、近藤史恵さんの「サクリファイス」が入りました。結果は4月8日に発表されるそうです。http://www.hontai.jp/

ちなみに昨年大賞を受賞した佐藤多佳子さんは、今現在ワタクシのマイブーム。片っぱしから(寡作な方ですが)借りまくって読んでおります。「一瞬の風になれ」は超オススメ!但し近日TVドラマ化されるモノは、小説とは全く別物とお考えください。

オリジナル脚本よりお手軽な原作物の映像化が盛んですが、別物と割り切って見るか、はたまた一切無視するかしないと、神経が持ちません。自転車ファンのお眼鏡に適うようなサクリファイスの映像化は難しいことでしょうねぇ。


● 本の話題その2 :「行かずに死ねるか!」の石田ゆうすけさんの幼馴染から

先日、このサイトを見て驚きのあまり、思わずモニタからのけぞってしまいました!というのも、石田ゆうすけさんの本が紹介されていたからです。

という書き出しのメールを読んで、びっくり。石田さんの幼馴染という人からのメールだった。私は彼の処女作と2冊目を読んだのだが、3作目もお勧めだそうだ。


私が彼の3冊の中でおもしろいと思っているのは、3作目の「洗面器でヤギごはん」です。食べることへのギリギリとした執念が、とてもおもしろいです。

彼はときどきスライドトークショーもしています。本とはまた違った彼の面白さに触れられるとおもいます。トークショーの日程は、ブログにアップされます。石田ゆうすけさんのBLOG


● 自転車通勤再び

自転車通勤ですが、小生が以前働いていた会社も結構手厚かったです。通勤費(交通費)は、手段に関わらず自動的に公共交通機関分支給されることになっていました。

一方自家用車にすると、駐車料金として\8,000/月徴収されます。バイクだと駐輪料金として\1,000/月。燃費が悪い車だとガソリン代で当時(10年前)でトントンらしかったです。小生はもちろん、約5kmを自転車で通勤してました。
---\5,000/月ぐらいだったかな


写真はいつだったか取り上げた例のワインを買った人からの頂き物。駅伝中継見ながらちびりちびりと飲んでいたんだとか。

■ 2008.01.22 (Tue)  祝!プロツールが初めてヨーロッパから飛び出した日 & プロツール国際化の動きと異論・反論・Objection
プロツール本年第一弾となるツアー・ダウン・アンダーがオーストラリアで22日開幕した。気分としては ―― ちょっと古めかしい言葉を使うとすれば、――「お屠蘇気分もまだ抜けやらぬうちに・・」といったところだろうか。

早いロードシーズン幕開けは、選手たちにとってはとりもなおさず“長いシーズン”を意味するわけで、少々気の毒にも思えるが、まあツァベルのように、冬は冬で6日間レースなんぞに出て、毎年ロードでも早い時期からスタートを切っていた選手もいる。そんな彼らにとっては、大勢に影響なしといったところなのかな。

プロツールのしょっぱなのレースが今年はオーストラリア、というのはレースが国際的広がりを見せつつある中、少々象徴的でもある。これまでプロツールというとヨーロッパのレースだった。22日はプロツールが欧州から初めて外に出た記念すべき第一歩となる。

こうした「レース開催地の国際化」の動きはすでにほかにも散見され、ロシアツアーや、中国ツアー構想も浮上している。

国際化を“レース”ではなく“選手”という切り口から見てみると、FDJがアフリカの象牙海岸及びカメルーンの選手をスタジエールに迎えようか、なんていう動きも出ている。過去トップチームにいた南アフリカ出身の選手はいるものの(元フォナックのロバート・ハンターetc)、西アフリカ出身選手はまだ前例がないはずだ。

そのFDJはつい先日まで西アフリカ ガボン共和国のトリピカル・アミッサ・ボンゴというレースに出場していた。総合優勝はFDJのL・ジュグー。06年ヴェイッカネン、07年ゲドンに続き、3年連続でFDJが勝利を収めた。

このレースにはFDJのほかブイグテレコムも参加した。のみならず!ベルナール・イノーが顔を見せ、司会はフランス人名物司会者のダニエル・マンジャス氏という豪華な演出。

今、西アフリカの選手・レースが(少なくとも過去植民地支配していたフランスから)熱い視線を浴びている。日本もうかうかしていられない。

一方でこうした国際化の動きが万人から歓迎されているのかというと、決してそうとはいえないようだ。選手会副会長のチェチュ・ルビエラなどはレースの国際化に反対意思を言明し、UCIにその趣旨で書面まで出していた。

■ 「ロードレースはヨーロッパの魂だ。欧州外のレースはアマチュアレースなら歓迎だが、プロツールにすべきでない」―― ルビエラ

最新号のCSUKによると、ルビエラの発言の趣旨は下記の通り:

● 今までヨーロッパの伝統が培ってきたロードレースを海外で開催するのはアマチュアレースならいいとしても、プロツールとしては反対だ。このスポーツの中核はあくまでも欧州なのだ。

● 海外で開催しようという試みを実行するならば、単発ベースの開催に限定すべきだ。つまり、ある年はオーストラリア、翌年は北米、といった具合に単年に限って行うという形式ならいい。UCIには書面でその旨進言している。

>>>
欧州外でビッグレースが開催されることに異議を唱える選手がいてもフシギではない。移動も大変だし、時差も生じる。ただでさえ家族から離れて遠征が多いわけで、プロツールで強制的に遠隔地に行くのは嫌という人もいるだろう。

こういった距離・時間の問題というストレートな理由により、レース国際化に異論を唱えるのなら単純明快なのだけれど、ルビエラがそういう理由でなく、精神論をもってきたところに少しばかり驚きを感じた。

ちなみにこのルビエラ、引退の際まで追い込まれていた理由は、オファー金額の少なさだったという。オファーがないわけではなかったが、「そんなはした金で走る気は毛頭なかった」と述べている。

特に「サウニエルの給与は安いのがわかっていたから、自分の方からノーサンキューだった、しかしブルイネールがアスタナの幹部に決定し、満足いく金額でオファーがきたので、プロとして走ることを決めた」。
今年がプロ最後の年、という決意は変わらないようだ。

Photo: ルビエラwithノバル。ツール06にて

■ 2008.01.23 (Wed)  第二回明治神宮外苑学生自転車クリテリウム大会 クロージング・パーティ参加募集 = イノーも参加
■ クロージング・パーティ(事前申込制)参加者募集のお知らせ

== ベルナール・イノー氏も参加予定 ==

2008年2月11日(月曜日・建国記念の日)に東京の明治神宮外苑で開催される、「2007年度全日本学生ロードレースシリーズ最終戦 第二回明治神宮外苑学生自転車クリテリウム大会」(*)終了後、下記のとおりクロージング・パーティ(会費制・立食)を開催いたします。同パーティには、「オープン・ライド」および「マスターズ・クリテリウム」出場後のベルナール・イノー氏も参加予定です。

このパーティーに参加ご希望の方は記載の方法で事前にお申し込みください。



1. 日 時 2008年2月11日(月)17:00〜19:00(開場16:30)

2. 会 場 ライフクリエーションスペース『OVE』
東京都港区南青山3-4-8 1F 
TEL 03-5785-0403
※ 会場には駐車場がありません。神宮外苑から徒歩約20分です。

3. 参加資格 大会の開催を祝っていただける方なら誰でも
(参加者のほか、一般観客の皆様の参加も歓迎いたします。)

4.会 費   3,000円
当日会場受付でお支払いいただきます。会費にはソフトドリンク(フリー)・軽食代を含みます。アルコール類は別途実費(1ドリンク500円)をお支払いいただきます。

5.募集人数  60名(予定) 満員になり次第締め切ります。

6. お申し込み方法
(1)電子メールによる申し込み
「2/11クロージング・パーティ参加希望」と記載し、お名前と共に、jicf■remus.dti.ne.jp へ (■部分を@に変換の上)送信ください。既に申し込み者が募集人員に達しているためご参加いただけない場合に限り、メールにてその旨ご連絡いたします。

(2)クリテリウム会場受付での申し込み
クリテリウム当日、会場受付でお名前と共に参加希望の旨をお申し出ください。既に募集人員に達している場合はご参加いただけません。

7.その他  
(1)参加者に余裕がある場合は、事前の申し込みがなくても当日OVEにて参加を受け付けます。
(2)ベルナール・イノー氏はスケジュールの都合により、30分ほどで途中退席の予定です。

(*)主催:日本学生自転車競技連盟(会長:佐々木一也)、大会名誉会長:橋本聖子、特別協賛:株式会社日直商会、協賛:株式会社パールイズミ、佐多商会ほか

■ 2008.01.24 (Thu)  画家と自転車 今度はポスト印象派
美術館オタクと化しつつある今日この頃。関心がつい そちらへ向いてしまうため、再びこんな話題 :

日本ではフェルナン・レジェという画家は余りポピュラーではない感があるが、キュビズムを経て重量感ある独自の世界を描いた画家として、フランスでは存在感を示している。彼もまた、自転車好きな画家であった。

左はフェルナン・レジェが描いた作品のTシャツ。タイトルは「君のおばあさんが自転車に乗るのかどうかは聞かないよ(Je ne te demande pas si ta grand-mere fait du velo)」。黄色い地が、マイヨ・ジョーヌを連想させる。(実際それが狙いで黄色にしたという話)

レジェもうひとつの自転車がらみの作品はこれ 。タイトルは”サイクリスト”

レルナン・レジェの言葉:
自転車、それは光の中で躍動するオブジェ。自転車、それはバレエの舞い。そこでは、今という時が永遠と戯れる

(フェルナン・レジェ美術館)

■ 2008.01.24 (Thu)  タイを走る

私は今、タイに居ります。
今回は自転車持参できており、今日、バンコク市内の、自転車ショップに立ち寄りました。

ネットの口コミで調べた自転車屋だったんですけど、TREK製品を前面に掲げたそこはなかなかキレイでよかったです。
店員の皆さんの愛想もよく、また、部品もある程度そろっていましたね。

詳しく見ていませんが、自転車用グローブが、550Bくらいでしょうか。(注:ただいまの外為市場では、 1バーツ = 3.38円)
日本からの輸入品が多かったです。

一応詳しい場所お知らせしておきます。
といっても、住所がわからないのですけど、バンコク市内、ルンピニー公園の北側です。
ルンピニー公園は有名ですし、店の前にMTBもおいてあったので、分かりやすいでしょう。

下記にURLもお知らせします。
クリックしても、「え、文字化け?」と思わないでくださいね。タイ語です。
http://www.probike.co.th/

バンコク市内の状況を言えば、市内で乗るのは至極大変なことです。
市内では、歩道が狭いし、そこに露店がありまくって、のれたもんじゃないです。
反面、車道を走ろうもんなら、車が後ろから攻めてきます。

まぁ、これでも、中国よりはいいですけど。

ただ郊外は以外にも路側帯があったりして、思ったよりも走りやすいです。
車も左側通行なので、まるで日本のようですね。

ではでは サワディーカ。(Mさんより)

旅はまだ現在進行形とのこと。おそらくパソコンなど持参していないはずなので、ネットカフェからメールをくれたのだろうか?元気で楽しい旅でありますよう。

■ 2008.01.25 (Fri)  FDJマルク・マディオ監督がフランスの勲章を受章。過去の受賞者は、例えばシャーロック・ホームズなど・・・?!
(本日の小ネタの続き)
「勲章=くんしょう」というとなんかちょっともったいぶった響きがある。日本で浮かべるのは文化勲章など。フランスにはレジオンドヌールなる勲章がある。

1月21日、その勲章をマルク・マディオFDJ監督が受章したという。選手時代にはパリ〜ルーベ優勝も果たしたことがあり、選手・監督を通じての活躍が認められた、といったところか。

授与式の場所は大統領官邸エリゼ宮。ASOのディレクターであるプリュドム氏と元ディレクターのルイ氏が同席したそうだ。(あれ、ジャン・マリ・ルブランは?とふと思ったけれど。)

監督は若干48歳。この勲章はそもそも一体どういう基準で選出されるんだろう?と思って調べてみると、そのときの大統領の“鶴の一声”っぽい感じがしなくもない。

実際、現仏大統領ニコラ・サルコジは大統領選前にはヴィランクとツーリングに出たりしていたほど自転車好き。(写真はそのときのもの。大統領立候補中のサルコジ議員は右から二番目。その左2人目がヴィランク)

Ref. 2005.6.13付けトクダネ
「今や脚光を浴びているニコラ・サーコジー氏(報道関係統一表記:サルコジ)陣営が、EU憲法批准レファレンダムの前、気勢をあげるためにヴィランクを招き、一緒に自転車で汗を流したらしい。」

大統領が好きなスポーツに携わるマルク・マディオ氏にレジオンドヌールを授与した、みたいな感じであろうが、それにしても、え?マディオ監督が?と少し驚いた。ということは、ベルナール・イノーなぞはとっくに受章しているんだろうか。イノーが未受章で飛び越えてマディオということはあるまいねぇ。

過去の受章者をざっと見てみると、さすが芸術の国!アーティストへの授与がかなり多い。画家でいうとアングル、ドラクロア、ミレー、マネ、ルノワール、ミュシャ、ミロ、ダリなどなど。日本人の画家も多数任命されている。

外国籍叙勲者は述べ1500人ほどいるそうで、うち1割近くが日本人なんだとか。全くの推測ながら、日本人の受章者は、日本贔屓で有名なシラク大統領時代にとくに量産されたのでは?まあ彼は任期も長かったし。

(シラク大統領は2期大統領を務めた。最初の1期目は大統領任期が7年の時代、しかしその後2000年になってから任期が5年に短縮され、計12年間務めたことになる)

Wikiによると、レジオンドヌールには5段階あり、上から『グラン・クロワ』、『グラン・ドフィシエ』、『コマンドール』、『オフィシエ』、『シュヴァリエ』。日本人受章者の大多数はシュヴァリエに該当する。

『グラン・クロワ』と『グラン・ドフィシエ』は民間人には与えられないそうで、日本人のグラン・ドフィシエは、中曽根康弘氏やパリと姉妹都市締結をした鈴木俊一元東京都知事、グラン・ドフィシエは豊田章一郎氏など。

東大仏文科出身の作家大江健三郎氏はその次に高位となるコマンドールを受賞している。日本人画家はその多くがシュヴァリエである中、平山郁夫氏は4番目のオフィシエ章を受章。

シュヴァリエの一例:
画家:横山大観、松井守男、荻須高徳、映画監督: 黒沢明、デザイナー:森英恵やイッセイミヤケ、音楽家 山田耕筰、作家 大岡信、仏文学翻訳家 :朝吹登水子

オモシロい?受章者としては、架空の人物シャーロック・ホームズなんていうのもある。一体どの大統領が授けたのやら知らないが、エスプリの利いた選出ではないか。

■ 平山郁夫画伯作のステンドグラスが無料で見られる場所: 銀座駅!

最後に、平山画伯の話を少し。メトロ銀座駅地下道で、改札外を銀座線・日比谷線から丸の内線へ移動する際、確かソニプラの近くの地下構内中央に 真紅に彩られた華やかなステンドグラスがある。 これは「楽園」というタイトルで、平山郁夫画伯の作だ。

それを知ったのは結構最近のことで、それまでは、この赤いステンドグラスが見えると、“ああ丸の内線が近いぞ”、ぐらいにしか思っていなかった。

ところが、“平山画伯の作品である”なんて聞いた途端、突如しげしげ眺めながら通過するようになった。ここが地下道じゃなくて美術館だったらコレはお金を払って見るべきものなのだ、ちゃんと見なきゃ損、みたいな気持ちが働くのだろうか。悲しいかな、貧乏性なワタシ・・・

そういえば23日から新国立美術館で横山大観展が開始となり、それを記念してというかプロモートするために、つい先日イケメン尺八走者の藤原道山 (武士の一分でゲストミュージシャンとして参加。東風などの演奏が有名)がこのステンドグラスの前で尺八コンサートを行ったと聞く。

大観も平山氏も道山も3人とも芸大出身者。贅沢な黄金のトライアングル・コラボレーションとなったようだ。

■ 2008.01.26 (Sat)  2月は関西が熱い
レキップアサダ関西イベント

実は去年に引き続き、今年もエキップアサダ後援会主催の関西イベントを開催いたします。選手は、大阪が地元である(新婚ほやほやの)福島兄弟が出席します。
みなさん、ふるってご参加ください。申し込み詳細は下記となっています。

http://www.easo.jp/modules/eguide/event.php?eid=8
(From Mさん)


開催日:2008-02-24 (日)・開始時間:11時30分・場所:千里阪急ホテル
だそうです。

■ 2008.01.27 (Sun)  ツール・ド・カタール キックオフ
ツール・ド・カタールがいよいよ本日開幕。6日間の日程で、初日の今日は6kmのTTTとなる。クイックステップのメンバーは水曜日から現地入りし、ケヴィン・フルスマンスが公式サイトに写真を送ってきている。=>ここ

明日から1日まで、毎日120〜170kmほどずつ走破するが、いずれもフラットステージ。また今年もスプリンター祭りとなるのだろう。

■ 2008.01.28 (Mon)  ツールの出場チーム発表は2週間後目処・スリップストリームはカタール初日の好成績でツールは手堅いか
昨日の福士加代子@大阪国際女子マラソン。期待されていたが、19位という順位と2時間40分54秒というタイムは予想外だったし、ゴール前にふらつき何度も転倒、などというのも全く予期せぬ光景だった。

七転び八起きの根性には圧倒されたが、やはり『長距離vsマラソン』ではツボが違うのか、プロで闘うということの過酷さを痛感した。

しかし一方で、『プロツールvsプロコンチネンタルチーム』を見てみると、その差はときに(=プロコンのトップ選手を除いて比較すれば)それほどでもないのかな、などと実感したのが昨日のツール・ド・カタール初日のチームTTだった。

ボーネン擁するクイックステップが面目を保ち首位に立ったが、2位、3位はそれぞれ2秒、5秒差で、プロコンのスリップストリームとスキルシマノだった。

スリップストリームはツール出場に関して主催者ASOからもお墨付きをもらっている、安全圏内だ、とも言われていたが、この日はツール選考を前にその真価が問われる日でもあった。

スリップストリームの2位という好成績にツールのディレクタープリュドムも大満足。クリーンであるべしという哲学を理念の核とするチームなので、彼らが出場すればレースのイメージを損なう恐れが少なくなる。そんなわけで、今彼らはあちこちのレース主催者から求婚を受けている。

これでツール出場は手中に収めた、と言っていいかもしれない。出場チームの発表日はまだ明かされていないが、現時点で目処は2週間後あたりだという。

(Photo: 06年ツール前日取材に追われるプリュドム氏)

■ 2008.01.28 (Mon)  ほぼすべての道に自転車専用レーンがある町

1月19日付トクダネのデービスの記事ですが、1年滞在していました。この町はカリフォルニア大学デービス校(農学,食品は全米トップクラス)がある人口6万程度の大学町です。

ほぼ全ての道にbike laneがあり,左折も車と同じように行います(日本の右折相当)。慣れないと怖いですが、町は平坦ですから,慣れれば走りやすいです。
後ろにトレーラーをつけて,子供2名や荷物を載せて牽引している姿も沢山見かけます。

年に1回,2km程度周回の街中コースでのアマチュア?レースが行われています。町の自転車保有率は7,8割以上ではないでしょうか。良いところです。こんなに自転車が活躍する町が日本にもできたら喜ばしい限りです。

その割に自転車屋は少なく(3,4件),高い自転車もあまりないのですが(日本で見るメーカー品はあまりない)。といっても、無名のメーカーのでも、3万円程度しますから、自転車が相対的に高いのです。中古も高いです。それだけ需要が高いのでしょう。
(はやしさんから)


バイクが結構高価である、ということはデービスでは放置自転車の問題はきっとないのでしょうね。

うちの近所のスーパーの前には9800円とかいう自転車が並べられており、折りたたみ自転車に至っては4000円台のものもあるようで。かと思うとスーパーから道を隔てた高架下には、スーパー前の値札のついた自転車の数の何倍にも及ぶ放置自転車の山・・・という状況です。

話変わって、そういえば先日オランダのある町の交通事情をTVで見ました。信号が一切ない町です。人や自転車が道を横断すると、自動的に自動車が止まることになっており、それで信号が不要なのだとか。

それでもやはり、乳母車を引いたお母さんの中には、なかなか道を渡るタイミングが取れなかったりする人も。ドライバーを100%信用しないと道を渡れませんからねぇ。

■ 2008.01.29 (Tue)  チポッリーニ、誕生日祝いはミラノ〜サンレモで?
北米のロックレーシングチーム入りが決まったマリオ・チポッリーニ。幹部兼選手という待遇のようで、2月17-24日開催のカリフォルニア一周への出場に意欲を見せていたが、それのみにとどまらず。

3月22日開催のイタリアの伝統レース ミラノ〜サンレモへの出場すら視野に入れているという。すでに主催者RCSのディレクターとも面会済み。

現在チポッリーニは40歳。年齢もさることながら、そもそもコンチネンタルチームであるロックレーシングはミラノ〜サンレモへの出場権利がない。

「まあ、そこを何とか・・・」というわけで、チポッリーニはRCSと交渉しているわけだが、2002年ミラノ〜サンレモの覇者としてこのレースに特別な思い入れがある、というだけではなさそうだ。

レース当日の3月22日はきしくもチポッリーニ41歳の誕生日にあたるのだ。

■ 2008.01.29 (Tue)  ツール・ド・カタール: ボーネン2勝目・カタールだけで計14勝 − 目下勝利数を荒稼ぎ中
カタール第3ステージでまたもやボーネンが優勝。今季2勝目。
ボーネンはツール・ド・カタールに5年連続で出場し、5年連続で優勝を収めている。
カタールだけでこれまでにステージ・総合優勝合計14勝。勝利数と賞金を荒稼ぎ中。

連日チーム及び本人は厳しいマークに遭い、フラストレーションもたまっているようだが、それでもがっちり勝利を掴んだところはさすが。

2008年−目下2勝、2007年 − 4勝、2006年 − 4勝+総合優勝、2005年 − 2勝、2004年 − 1勝

■ 2008.01.30 (Wed)  レース外抜き打ちドーピング検査 開始は23時過ぎ終了は午前3時半、って・・
トスカーナでキャンプ中だったランプレの面々のもとを4人の抜き打ち薬物検査官が訪れた。そこまでは普通の話であるものの、彼らが到着したのは23時半。すでに寝ていた選手らを起こして検査を遂行した。

クーネゴらは初めにテストを受けたものの、最後となったブルセギン、ティラロンゴにいたっては、終了後部屋に戻ったのはなんと午前3時半!

スペインあたりだと夜中の12時を過ぎてからレストランは込んでくるし、以前実際現地の人とご飯を食べて宿に戻ったのが3時だったという経験もあるから、ラテンの国では日本と若干”深夜”の感覚が違うのかもしれないが、それをどんなに割り引いて考えても非常識としかいいようがない。

こうしたことの積み重ねで、関係者同士、互いの信頼感が薄らいでいき、何かというときに決裂したり、しっくりこなくなるんじゃないだろうか。

Photo: TDR 2006

2004年09月 10月 11月 12月 
2005年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2006年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2007年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2008年01月 

Go Back to mas ciclismo
copyright(c)2004- (duration unlimited) mas ciclismo,
All Rights Reserved (unless otherwise indicated herein). / 旧Naco's Bike Page