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==> 小ネタ(ツール5人目のクロ。フォフォノフ陽性の証拠写真)
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■ 2008.06.01 (Sun)  無線なしでレースに出場して優勝した選手が語る”無線廃止の効用”
昨今レース後記者会見を聞いていると、「ここでアタックしろという監督からの指示を受けて、飛び出した・・」といったコメントが耳につく。
先日の春のクラシックでもとある選手がそう述べていた。

無線に頼る傾向はますます顕著のようで、”無線の利用で選手が自発的に考えることができなくなる”、そんな危惧の声が高まっている。ツールでは使用禁止が検討されている。

もっとも選手たちの方は、無線を使用したい気持ちが強いようだ。プロサイクリスト協会CPAが先日集計した選手たちのアンケートでは結局70%の選手が使用に賛同した。

そんな中、自発的に無線の使用を辞めた結果、レースで1, 4, 5位を獲得したチームがある。

”無線の不在はチームの結束力を高める”というのが彼らの結論だ。

5月31日に開催されたGPプルームレック・モービアン。

優勝したのはブイグテレコムのトマ・ヴォクレール。4位、5位はそれぞれピノーとスプリック。3人とも無線は使用しなかった。
CNの写真(手前ヴォクレールには無線の紐が見えない)

ヴォクレールは語る:
「無線なしで走ったことで、チームの結束力が高まった。今日のチームスピリットは最高だった!」

無線廃止の意味は下記であると言われてきた:
● 選手が自発的に次のアクションを考えられるようになる
● レース展開が読めなくなり、観客にとって面白いレースになる。

しかしそれ以外に、
● 監督指示の代わりに選手同士の意思の疎通が重要となり、結果、チームの団結力が高まる

そんな効用もあるようだ。
Photo:04年ツール プラトードベイユののぼりで

■ 2008.06.02 (Mon)  3年間の飛躍
僅か3年という月日が人をここまで成長させるなんてすごいものだなぁ、、、少々感慨深い思いを抱いたジロ最終日。

思い返せば3年前のツールドロマンディ(TDR)。最終日は20.4kmのTTだった。当時のレースレポ(或いは昨年のツールレポート)にも書いたけれど、口から心臓が飛び出しそうなぐらい緊張しまくっていたコンタドール。

スタート台脇にいた私の耳には、彼の心臓の鼓動がバクバク聞こえてきた(う〜ん、そんな気がした)。何度も肩で大きく息を吸って、ハアハアと気を吐いて、全身緊張感の塊。

無理もない。表彰台がかかっていた。4位コンタドールと3位メンショフとの差は僅か7秒。逆転のチャンスが十分あった。TTは得意だ。

しかし結果は15位。18位だったメンショフとの差を詰めきれず、結局メンショフより+4秒の4位に終わった。今のコンタドールだったら、余裕で逆転していたはず。
それどころか49秒差のクーネゴを抜いて2位になった可能性すらある。(優勝はコンタドールとは1分22秒差のボテロ)

04年に脳の海綿症で生死の境をさまよい、数ヵ月後にはリハビリを開始。翌05年1月のTDUで区間優勝。脅威の回復力を見せたコンタドールは4月のTDRに出場し、山岳ステージを制した。しかし最後の大一番では経験不足が露呈した格好だ。

でも、そのあとの成長振りには舌を巻く。2年後にツール優勝、3年後にはジロ優勝。

3年前、心臓バクバクであえいでいたあのちょっと頼りない青年の面影はもうどこにもない。肉体的な力とかだけじゃなく、25歳という若さにして、この強い精神力。

“急成長”という言葉がぴったりだけど、その裏には病を克服した強さがあるのかもしれない。コンタドールのアイドルはランス・アームストロング。病を克服した強さに惹かれるのだそうだ。

3年という月日って、こんなに重いものなんだなぁ、つくづく思う。
同時に、3年間成長のあとがほとんど見られない自分を重ねると 穴があったら入りたいような気持ちにさせられる。

====
写真1)は05年TDR最終TTのコンタドール。落ち着きがなかった。

写真2)は04年10月号のスペインの雑誌「Ciclismo a fondo」。

回復期のコンタドールの写真と記事が出ているが、まだ目に力がない。今の自信に満ちた表情ではない。成績が自信を生み、自信がさらに成績を生んでいくものなのかな。

アルベルト・コンタドール 1982年12月6日生まれ(以下上述の雑誌のブリーフィングから)
長所:忍耐力と楽観主義、短所:整理下手
好きな飲み物:アクエリアス、食べ物:母が作るじゃがいもオムレツ
好きな読み物:スポーツ雑誌と動物(とくに小鳥)の本
好きな場所:恋人マカレナと一緒ならどこでも

■ 2008.06.03 (Tue)  ならば誰ならぴったりか
アルベルト・コンタドールはピストル発射ポーズをゴール際のトレードマークにしつつあるようだけど、なんとなくまだなじめない。

去年の世界選のベッティーニのライフルを発射するがごとくのポーズはすんなりくるのだが。
混乱のシュトゥットガルト。事前にあれだけ包囲網を引かれた中の勝利。
ドイツの官僚に向けて言いたいことは山ほどあっただろうし、彼らを見返すにはあれほどぴったりなポーズもない、と心の中で賞賛を送った。

でもコンタドールにあのポーズ。彼にはやや気障な気がして。
若さ弾ける単純ガッツポーズの方がさわやかな彼のイメージに合っている、と個人的つぶやき。

あのピストルゴール、ならば誰ならぴったりくるのさ?と聞かれれば:
イメージ的にはフランス人だろうか。例えばかつて人差し指やら指輪にキスしてゴールしていたヴィランクとか?

現役でいうと、、、モローとかヴォゴンディとか?2人とも今はアグリテュベル。写真は今年のLBLと2年前のLBL。この2人ならやってもイメージに合っているかも、などと勝手に思ったり。

もっともあのポーズは若いからこそできるものなのかもしれない。照れが入ったらかっこ悪くなる。


そのほか個性的なジェスチャーゴール、過去にもいくつか見受けた:

昨年の世界選のベッティーニのほかにも、

サストレ娘おしゃぶりを加えてゴール
フレチャの矢(スペイン語でフレチャ)を放つゴール

● エチェヴァリアのしっちゃかめっちゃか手わざゴール
● ヴィランクの指輪・人差し指キスゴール
● ニール・スティーブンス、ヴィノの赤ちゃん抱きポーズゴール
とか・・

■ 2008.06.03 (Tue)  From Email Box
頂き物メールから:
印象的なゴールシーン!

誰か一人衝撃的なポーズで入ってきた選手を忘れていやしませんか?

それは 2006年の TDF。

”あれ? 俺勝っちゃったの?”

の本人ビックリポーズが忘れられないカスペを忘れちゃいかんでしょう(爆笑)。

などと突っ込んでみました(汗)。

(源外さんから)==> そういえば世にも不思議なゴールシーンありましたね。コレですね!
===============

今のご時世グランツールは、若くないと(体力的に)勝てないレースなんだなとつくづく・・・。

コンタドール、TdF云々の話もあるけど、マジで今年はスキップして三大ツールのすべて優勝経験者に名前を連ねるのもいいかなと思いますね。

歴代のお歴々は、

Ganadores de las 'tres grandes':
-- Jacques Anquetil (FRA)
- Tour en 1961
- Vuelta en 1963
- Giro en 1960 y 1964

-- Felice Gimondi (ITA)
- Vuelta en 1968
- Tour en 1965
- Giro en 1967 y 1969

-- Eddy Merckx (BEL)
- Tour en 1969, 1970, 1971, 1972 y 1974
- Giro en 1970, 1972, 1973, 1974
- Vuelta en 1973

-- Bernard Hinault (FRA)
- Tour en 1978, 1979, 1981, 1982 y 1985
- Giro en 1980, 1982 y 1985
- Vuelta en 1978 y 1983

(tさんより)

===============

勝ちを射止めた際のポーズに関して。
日本のレースでは一部で禁止されているんですよね。

JCRCシリーズで、ワンツーフィニッシュを決めた某チームの選手二人が両手でガッツポーズをしながらゴールすると、“両手放しは禁止されているので失格”という判断が下されたはず。

(猫の郵便屋さんから)

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Photo :今年のパリ〜ルーベのスタート地点。こんなものを売っていた

■ 2008.06.04 (Wed)  From Email Box Again
LLメール その1.自転車のトレーニングにランニングをやっているKenさんから

Quote)(ランニングは)うちの周りだと、自転車ほど景色が変わらなくていやになってきますが出張先で走るのは、いいかもしれないです。今度から宿泊の出張のときは、習慣にしてみようと考えています心肺系の練習にもなりますし。

そちらのサイトのTOJ出場で載っていた奈良選手も乗れないときは走っているようですし。「素走る」と言われています。(実は、日記が超有名。)UnQuote)


==>ということで、Nara日記見てきました。超癒し系・・・!例えばこんな記述:

・『職場についてハゲしい労働(もちろん当社比)をしていたら、。。。。』
・『O2カプセルで酸素注入してバッチリ!(だといいな)。
・『真冬みたいな寒さですね、まったくモー。雨なので、往復とも電車通勤でございました。』
・『自転車のハード的な部分には あまり興味の無い、あるいは無関心な私ではありますが、そんなことを言っていられるのも信頼できるメカが居てこそ。多くを説明しなくても(説明できないとも言いますが)、バッチリと仕上げてくれます。ありがたいです。この信頼性は お金では買えません』
・『この二人のスピード・ロングスプリントは強烈ですが、一番凄いのは積極性です。頭が下がります。ぺこり。』

・・・なんだか独特の個性があり、人気なのもうなずけます。

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メールその2. koyoさんから

Quote) ロイター通信のサイトにてディルーカの写真を発見しました。
ここ
本当にこの人はフォトジェニックですね。いいリアクションです。UnQuote)


==>ウケを狙って沿道にたって、ちゃんとウケてあげるディルーカの優しさみたいなものもつい感じたのでした。

選手の動体視力はすごいものがありますよね。(ジャンクスポーツで益子直美さんが言っていた山本雅道選手の動体視力も = 草むしりのおばちゃんに混じって変装してこっそり沿道で応援していたのに、レース中の山本選手は目ざとく見つけてあっかんべーを投げかけたとか)

写真のマッシミリアーノ・モーリ(先日のパリ〜ルーベ前日の写真)は、今年パリ〜ルーベレース中、沿道に携帯で話していた可愛い子ちゃんを見つけて、「チャオ・ベッラ やあかわいこちゃん」と話しかけたという。
パヴェセクションではなかったのだろうが、まさかP-Rでやるとはね。

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メール3. Tさんから

Quote サンスポのサイトでこのようなニュースを見つけました。(既にご存知でしたら申し訳ございません。)
アマチュアのレースでしょうか?
それにしても衝撃の写真です。UnQuote


==> 市民レースかアマチュアレースのようですが。。。ありえない映像というか言葉を失うというか。ドライバーは酩酊状態との由。これは犯罪。

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メール その4. SSD256GBさんから

Quote)「120GB SSD(Solid State Drive)搭載のノートPC探してます!」
井上選手もです。

あまり派手ではないですが、国体連覇や確実なアシストなど力ある選手ですね。Unquote)

==> もしかして国内のプロトンの一部でブームなのかな?

■ 2008.06.05 (Thu)  パリ〜ルーベ優勝を夢見て: ブイグテレコムのヴァンサン・ジェローム
LLこの体型。どう見てもパリ〜ルーベというよりアルデンヌクラシック向きでしょう、そう思った。
ヴァンサン・ジェローム 23歳。
身長・体重は174cm、65kg。
パリ〜ルーベ前日のプレゼンで壇上に立ったとき、ちょっと目を引いた。
ブイグテレコムのメンバーの中でひとり小柄。
正面から見ると顔がしごく細面なものだから、なおさら華奢に見える。

だけれども、彼の夢はパリ〜ルーベ優勝。(或いはフランドル一周)
第二のマルク・マディオ(FDJ監督でP−R2度の優勝者。ジェロームとは同郷)になりたいと。
実際、05年パリ〜ルーベ エスポワールでは10位に入った。
ピストの経験もある。

過去15回のP-Rで優勝した選手を見てみると、身長体重175cm、65kg以下の選手はひとりもいない。(データその2参照)
もし174cm、65kgの彼が優勝したら、きっとでっかく見えることだろうな。
今年のパリ〜ルーベ。ボーネンから17分07秒遅れの107位でフィニッシュした。

データその1 ― ジェロームってこんな人

好きな俳優:メル・ギブソン、トム・ハンクス、ジャン・レノ
好きな女優:アンジェリーナ・ジョリー、ジュリア・ロバーツ、ソフィー・マルソー
憧れのクルマ:フェラーリEnzo
キライなこと:レースを途中棄権すること
アイドル: Lジャラベール、Jムセーウ
現役アイドル:Pベッティーニ
悲惨なこと:サイン(の文字)
選手になっていなかったら:父の会社(石材屋)で働いていたハズ

データその2 − パリ〜ルーベ優勝者の体格

身長/体重 – P-R優勝年 – 優勝者
192/82 (2008) Tom Boonen (Bel)
176/73 (2007) Stuart O'Grady (Aus)
186/80 (2006) Fabian Cancellara (Swi)
192/82 (2005) Tom Boonen (Bel)
193/94 (2004) Magnus Backstedt (Swe)
176/70 (2003) Peter Van Petegem (Bel)
185/75 (2002) Johan Museeuw (Bel)
178/68 (2001) Servais Knaven (Ned)
185/75 (2000) Johan Museeuw (Bel)
187/73 (1999) Andrea Tafi (Ita)
183/76 (1998) Franco Ballerini (Ita)
185/73 (1997) Frederic Guesdon (Fra)
185/75 (1996) Johan Museeuw (Bel)
183/76 (1995) Franco Ballerini (Ita)
176/67 (1994) Andrei Tchmil (Mol)

(Photo:今年のパリ〜ルーベ前日のジェローム。遠くから見ても睫毛が長いのがよくわかる。密で長くて スダレのよう)

■ 2008.06.06 (Fri)  クレディアグリコルの選手と名前がなかなか一致しない
今年ジロにも出場しなかったし、相変わらず地味なクレディアグリコル。ヒュースホーウトを除くと、一体誰がプロツールレースで活躍しているだろう。
昨年はヒュースホーウトがUCIポイント70点をとったけど、あとはボドロギが9点、ケルン、レンショー、ロッシュ、エダレン、エングルヴァン、カッゲスターらが3-5点取ったのみ。それ以外の選手はポイントなし。

監督の方針もありチームカラーも地味で、選手も大人しいメンツが揃う。派手に目立つ選手もいない。話題性も余りない。だけどなんとなく好感が持てる。本当に地道にこつこつやっているチームだなぁ、と思う。

LBL前日。クレディアグリコルの面々はウエアに着替え、チームバスのところに集合。これからトレーニングにでかける模様。しかしまだ用意ができていない選手が約一名。

部屋のベランダから顔を出し、同僚とおしゃべり中。カメラを向けたのに気づいて手を振ってきた。彼の名前はジョナタン・イヴェール。LBLではカウンターを仕掛けて動いたりしたけれど、DNFに終わった。シクロ出身の23歳。

■ 2008.06.07 (Sat)  ウイの激坂で その2
友人のBさんは、激坂めぐりが好きで、朝練仲間Sさんにいわせると”キツい坂でも笑って上るクチ”。Sさんの証言は続く:

”上りで勝負かけながら、「老人と海」とか、文学について語れるなんて、すごいよね。私はせっぱ詰まったら、ぜんぜん口をきく気になりません。”

さらにこの2人をよく知るKさんはこう語る:
”Bさんはいつでも楽しそうに登ってます。それとは対照的に、Sさんはいつも辛そう。
本当に辛いと、顔の筋肉を動かす余力すらなくなって無表情になります・・・”

さて、プロの選手たちのウイでの表情 その2:

L左)あたかも眉ひとつ動かさず
コップ
淡々

右)ポーカーフェース
ロサダ
平然
L左)ポーカーフェース
デイヴィッド・ミラー。
表情変わらず。

でもゴールしたとき疲労困憊。これはまだ2度目の上り。やはりウイの上りはラストが真髄ってことか

右)職人顔
職人ツァベル。
顔つきも職人

L左)キツそう
ヴァリャヴェチ
キツそう、というかイヤそう

右)キツそう
よいしょ、と声が聞こえそう
L左)キツい
コルティ。「頂上はまだー ?」とでも言っているよう
奥の畑中勇介選手も必死で食らいつく

右)キツい
マールテンス
ドロップアウトしつつある。
もう体ごと必死
L左・右)いつでもうつむき・伏し目がち

先日うつむいて悲しげ、と評したインチャウスティの別の周回の写真。

やはりうつむいている。

地面を見て走るタイプ

■ 2008.06.08 (Sun)  Who's gonna win?
02、03年にはランスも優勝しているドーフィネ・リベレ(仏)が6月8-15日の日程で開催される。ジェオグラフィックな点でツールと似通っていることもあり、ツールの行方を占う大事なレースとよく言われる。

今年もサストレ、エヴァンス、マルチャンテ、ロジャース、ヴォクレール、スベルディア、サムエル・サンチェス、アレハンドロ・バルベルデ、と主力選手が勢ぞろい。

昨年ツールを初完走し、6位に終わったバルベルデはどんな闘い方をするのだろう?LBLでは確かに強かったし、なんだか凛々しかった(写真3枚とも今年のLBL。サンニコラ峠の手前)。


そのバルベルデ、来日時にインタビューをさせてもらった時は、随分普通っぽい選手だなぁ、とびっくりした。大抵インタビューをすると、それまで余り好印象を持っていなかった選手でも、様々に感心することばかり。やはりみな強いだけのことはある。人と違う秀でた点が必ずある。

でもバルベルデにはカリスマチックなダントツの凄みを感じなかった。例えば自分のどこが人より秀でていて強いのか?と質問したとき、
サムエル・サンチェスは、「頭脳。体力は関係ない」と即答した。
オスカル・フレイレは、「俊敏さ、頭脳、ゴール地形を研究すること、ひっくるめてそれら全部」と言っていた。
バルベルデは、暫くうーんと唸って、「考えたことがないからわからない」と言った。

天才肌、たぶん。。。


笑うときはわっはっは!と豪快に笑うことなく、鼻から抜けるように ふっふっふ、って感じで笑う。
カラオケでは、弾けまくるロドリゲスに追随している格好で、バルベルデのほうがアシスト役っぽかった。

サムエル・サンチェスの突き抜けた強い意志に敬服し、マキュウェンの頭の回転の早さに圧倒され、アンディ・シュレックの馬耳東風・雑音右から左の精神的強さに感心した私だが・・・

・・・バルベルデは話していて「うわーすごい!」と驚愕する場面もなく、負けん気の強さとか鼻息の荒さは微塵も感じられず、奥さんのアンジェラの方がむしろ堂々としていて、ひたすらどこにでもいそうな あんちゃんだった。

だけど、今年のLBL。間近で見たバルベルデは、ハっとするほどかっこよかった。
走ることが小さい頃から身に染み付いていて、レースの場ではピチピチと「水を得た魚」になる、そんな気がした。



■ 2008.06.09 (Mon)  東京五輪、実現するのかな?
L写真はアムステルゴールドで見かけたプレス関係者。コルナゴのロゴに虹色チャンピオンフラッグまで編みこんだセーター。

「これ、どこで手に入れたんですか?」==>「母親の手編みです」。お母さんに拍手。

下記は6/8の小ネタに入れた東京オリンピック実現の際の自転車レースコースの話題に関連して:


自分も世界のトップレベルのロードレースが見られるであろう、という理由で東京オリンピックに大賛成の都民です。

ところで、昨日ヒストリーチャンネルで市川昆監督の東京オリンピックの記録映画をやっていました。ロードレースももちろんあり。(ものの5、6分ですが)

1964年当時の八王子の田園や山道を走る選手達の姿はツールにも引けをとらない素晴らしい光景でした。再放送もあるので見られる方は是非どうぞ。

ヒストリーチャンネル番組案内

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それと2016年の予定コースですが、下のリンクを見ると皇居外苑よりはもう少し広くなってます。

皇居外苑から赤坂→迎賓館→神宮外苑を経て皇居に戻る14.6kmの周回だそうです。
東京メトロのサイトへ

(cozmoさんから)


■ 2008.06.10 (Tue)  CSCの来季スポンサー決定 サクソ・バンクが3年契約
オンライン投資銀行のSaxo Bankとリースサイクリングがこのほど契約をかわし、同銀行が、チームCSCの共同スポンサーに決定した。チーム名は即刻CSC/Saxo Bankとなる。

既知のとおり、CSCは今季いっぱいで契約満了となり、来年1月1日からは、Saxo Bankが単独メインスポンサーに。Saxo Bankの契約期間は3年。

ツールでは、新しいCSC/Saxo Bankジャージを着て選手がスタート地点に立つのだろう。ちなみに先日メールで、CSCのロゴがマイナーチェンジしたという情報をもらった。(CSCの赤い字の中央に横に白い線が入らなくなった。)この際一緒に変更されるのかもしれない。

次のスポンサーが決定してメンバーもほっとしたことだろう。あとはゲロルシュタイナーの動向が気になる。

■ 2008.06.11 (Wed)  謝罪と休養宣言 − トム・ボーネン ・・・ そしてボーネンのツール出場はなし
6/12 追加:【TDFボーネンは不在】ASOはボーネンのツール出場についてはチームの理性ある判断に委ねたいとしていたが、結局出場はなくなった。チームが彼の出場に未練を見せたため、ASOの方から不出場を示唆したという。
====
コカイン陽性反応を受けて行われたトム・ボーネンの記者会見。あらかじめ用意した文書を読み上げる形式だったと聞く。内容は身内・ファンへの謝罪。コカイン摂取については具体的にコメントはしなかったけれど、「人間誰しもパーフェクトではない」と。

アウトオブコンペティション検査=レース外検査で検出されたコカインはUCIの制裁の適用外なので、出場停止処分など強制的なものはないけれど、暫く自主的にレースから遠ざかることを決めた。

ベルギーに行ったとき、ちょっと不思議だった。ヨーロッパ人って、個人主義で、日本より個人のプライバシーは尊重し、他人の私生活は放っておくようなイメージがあったのに、ベルギーファンは、ボーネンの私生活を過剰なほどの好奇心で見ていた。あたかも身包み剥いで裸にしたがっているかのように。

ランボルギーニには乗れないと聞いた。あれは目立ちすぎる。居場所がすぐにバレてしまう。実家に帰ると家族にかくまってもらう。それでは休まるときがなさそう。

かつて、身内やファンをボーネンにこっそりひき会わせる目的でクイックステップのバスドライバーに応募してきた男もいたそうだ。チームは公募もうかうかできない。



いくら精神的に強くても、やはり限界がある。彼の肩にかかるストレスは相当のものだったろう。だから薬に手を出していいというものでもないが、重圧に屈して手を出したのだとすれば、できれば暫くそっとしてあげてほしいもの。強豪選手とはいえひとりの人間。弱さをもっている、それが今回わかったはず。

自主的にレースを控えることは決めたものの、期限については述べていない。それがちょっと心配。

写真2枚は2006年スイス一周で撮影したもの。第1ステージ、アルカンシェルのボーネンが優勝した。圧巻だった。
今年も出場予定だった。しかし問題が発覚し、主催者からペルソナ・ノングラータという通知がきたという。



■ 2008.06.12 (Thu)  鬼に金棒、バルベルデにTTパワー
下記4枚は06年のドーフィネで撮ったもの。最初の3枚は第3ステージ(TT)のバルベルデ。結果は、ザブリスキー、ランディス、ライプハイマーの順で、バルベルデは9位だった。
最終的に表彰台はライプハイマー、モロー、コール。バルベルデは総合7位。

バルベルデはこれまで様々なTTフォームの改良を行ってきた。ライプハイマー、クレーデンらTTに強いオールラウンダーに打ち勝つには、“TT強化は最重要課題”、そう述べていた。

過去何度かトレヴィーゾのピナレロ社を訪れ数々のTT実験を試みている。06年後半、バルベルデに改良ポイントを聞いた。前傾姿勢のみならず、クランクを短くして172-75mmにすることでケイデンスが85から95に上がったそうだ。

「それじゃあランスのケイデンス100までもう少し!」、と述べたら、「とんでもない」、と慌てて首を振った。「ランスの場合はケイデンス100といっても実際は103だの104なわけで、自分にはとてもできない」と。(チクリッシモNo.4 P.101)

2年後の今年のドーフィネ、バルベルデはTTでライプハイマーを下して区間を獲った。

去年のツールではアルビのTTステージでトップ争いから脱落した。
まさかの47位。まさに撃沈。
最終結果は総合6位。
しかし今年、バルベルデがTTパワーを大幅アップしたとなると、鬼に金棒、かなりの脅威。

下記の写真は06ドーフィネのチームプレゼンテーションのときの様子。一緒に写っているのはケルメ時代からの親友セビーヤ。
01年にブエルタ総合2位だったセビーヤは、バルベルデ入団当時は主力 エースだった。
じきに主従関係は逆転するのだが、2人は仲がいい。

バルベルデの結婚式ではセビーヤが証人となり、リムジンの運転手もつとめた。
06年5月末にOPが勃発し、その直後に行われたドーフィネでセビーヤは渦中の人だった。
元気がなさそうだったけど、バルベルデがくったくなく笑顔で話しかける。

さて、現在進行形のドーフィネの方は女王ステージともいわれるシビアな山岳ステージに突入する。
優勝争いはどうなるのやら。


■ 2008.06.13 (Fri)  2006年TOJメンバー=>今 ミルラムx2名 & サイレンスロットx1名
LBLのチームプレゼン。最初の方のチームはさっさと終わって帰れるけど、あとのほうのチームは、待ち時間も結構ある。

気が抜けた様子のマテイ・ユルチョ。思わず欠伸。カメラが向いているのに気づいて照れ笑い。

その向かいにいるのはペーター・ヴェリトス。日経の別冊みたいな名前だが、この2人、スロバキアつながりだ。

ヴェリトスは双子で、片割れのマルティンも同じミルラムに所属。06年にはペーターとマルティンそろってTOJに出場していた。

双子だけど酷似というほどじゃない。派手で速水もこみち似のほうがペーター(チクリッシモNo.8選手名鑑P.77の写真を見ながら述べている)、少し地味な方がマルティン。

06年TOJというとつい最近だけど、その後プロツールチームにいった選手はほかにもいる。

TOJ 06 レースフォトページへ
ヴェリトス兄弟(コニカミノルタの後ろの2人)(2006TOJ)
マシュー・ロイド in Tokyo (2006TOJ)

現在サイレンスロットにいるマシュー・ロイド(今年のAIS来日メンバーが絶賛していた)も06年TOJ来日メンバーだ。
上記の写真でカンガルージャージに身を包んでいたロイド。今年の4月には、オーストラリアチャンプジャージ姿でウイの坂を上っていた。

マシュー・ロイド at ウイの坂マシュー・ロイド at ウイの坂

おまけ) Matej Jurčoの読み方”マテイ・ユルチョ”はさそさんのデータベースを参照させていただきました。ユルコとかジュルコじゃないの?と思ったのですが、スロバキア語講座 を見てみると、なるほど。

それは何ですか? Čo je to? チョ・イェ・ト?
私は日本人です(男)   Ja som japonec ヤ・ソム・ヤポニェッツ

■ 2008.06.14 (Sat)  From Email Box トピックス x 2
月日の過ぎるのがなんだかとてつもなく早い今日この頃。あの話題が出たのは2006年だったっけ。つい最近のような気がするのですが。。。


以前(2006.11.21 (Tue)  ニュースの続報 : ジャージの香りの元を探せ! というのがありましたが、(この話題も今となってはもう随分昔なのですね)新情報をゲットしたので投稿します。


** ジャージの香りの元はこれっ?!!

市川雅敏さんにヨーロッパプロ選手のジャージの残り香の謎を尋ねてみたところ、即答! あれは薬用ローションの香りとのこと。

ヨーロッパのプロ選手は午前中練習して、一度帰宅し昼食後にまた練習に行くパターンが多いとのこと。日本のように高温多湿なら、帰宅後シャワーを浴びてすっきりしてランチなのでしょうが、向こうは湿度が低いので、シャワーなんて浴びず薬用ローションで体を拭くだけで済ませるのが普通だそうです(シャワーを浴びすぎると、皮膚が完走してカサカサになるらしいです)。
市川さんも、ヨーロッパプロ時代に愛用していたそうです。


レースのゴール後にマッサーがミトンのようなもので選手の体を拭く場面を見ますが、あれは薬用ローションで体を拭いているそうです。このローション、ヨーロッパの薬局では大型のペットボトルのような容器で普通に売っているもので値段も安いとのこと。


日本で売っている薬用ローションっていうと、シーブリーズあたりが頭に浮かびますが、あんなもので、本当にあの強烈な残り香が付くとは思えません。
いったいヨーロッパの薬用ローションは、どんな香りがするのか興味津々。
こうしたものが日本の気候に合っているか否かはさて置き、さっそく試してみたいのだけど、こういった商品ご存知ですか?


市川さんからこの話を聞いた日、たまたま近くを通ったのでナショナル麻布スーパーを覗いたけど、それらしきものは無し。今度、アメリカンファーマシーか紀ノ国屋スーパーあたりを見てみようかと思っています。


**本職は警官/警護のボンセルジョン選手(2008.05.08):昨年8月のシャトールークラシックではエースno.で走ってました

昨年の夏パリ-ブレスト-パリを走った帰りに、シャトールー・クラシックというレースを観戦したのですが、ボンセルジョン選手も走ってましたよパリ-ブレスト-パリではブルターニュ地方を長く走ったのでこのブルターニュ・チームに注目してました。残念ながら、ボンセルジョン選手には気づかなかったけど、チームのブロマイドはゲットしました(右から6人目がボンセルジョン選手かな)


それにしても自転車選手の移動って本当に大変な様ですね。観戦後パリに戻る列車では、宮沢さんを始めとした、エキップアサダの選手数人と一緒でした。彼らはレースを終えると、そそくさとシャワーを浴び、ミーティングをしつつ、他のチームがとっとと撤収する中、長くファンサービスしてました。
パリ着は22時前。選手のうちのお一人は、翌早朝の飛行機(しかも切符が取れなかったので乗り継ぎ便)で帰国って言ってました。

スナップご覧ください

(From tb1さん)

■ 2008.06.15 (Sun)  ドーフィネ総合優勝決定 : 今年のバルベルデ、パワーアップのヒミツ
ドーフィネ最終日。バルベルデは常にプロトンの5番目ぐらいに貼り付いて、不気味に強かった。

「子供たちが生まれてからというもの、すべてが変わった。ボクの人生が変わった。人生においてもっとも重要な時期にさしかかったのを感じている。すべてはみな子供たちのためにやっている。2人のことをいつも思っている」(Dauphine バルベルデ語録)

1月4日に妻アンヘラとの間に双子の赤ちゃんが5分違いで誕生したバルベルデ。兄弟の名前はイバンとアレハンドロ(父と同名)。
子供パワーで今年は気合が違う。ムルシア一周の優勝も息子たちに捧げていた。

下記は今年のLBL前日のバルベルデ。双子の誕生おめでとうと声をかけた。「ありがとう」と。

Valverde Sum-up :
● トクダネ初登場は2003年2月8日。(タイトル:注目のすごい天才肌の選手が優勝)

● 03年ブエルタに出場。ヌードになって周囲を驚かせる。写真の方はキワドイを超えているが、当の本人はのんびり笑っている、03年9月のトクダネ

● 彼がプロトンに多大な影響力を持つようになったことを象徴的に表す出来事が発生。例の04年ブエルタ。負傷したバルベルデにライバル選手らたちまでもが手を差し伸べ、背中を押した。

(一番下の2枚の写真。プラサと一緒に背中を押すサウニエルのサバヤ。この2年後サバヤはケスデパーニュ入りした。これが効いたのかな?)
もはやバルベルデがプロトンの中の重鎮であることは疑いようもない事実だった。その後の活躍は周知の通り。
(下の写真は06年ドーフィネで撮影)



Trivia
好きな俳優: サンティアゴ・セグラ
(決して二枚目俳優ではない。ただ 06年11月の小ネタで紹介したバルベルデのパパに 共通する点が)
好きな女優: ペネロペ・クルス
歴史上の人物: ガンジー
歴史上の女性: 聖母マリア様
好きな食べ物: パスタ
最高の1日: レースに出場し、表彰台で終えること
キライなこと: 偽善
好きなもの: スピード
尊敬する人物: フェルナンド・アロンソ
妻アンジェラとの出会い: 下のカテゴリーで走っていたサイクリストがたまたまアンジェラの従兄弟だった関係で、彼の家で出会った。

上と左の写真は2枚ともスペインの雑誌「シクリスモアフォンド 04年秋号」から。Photocopyright@Ciclismoafondo。

04年ブエルタのバルベルデ。優勝候補の呼び名が高い中、クラッシュでリタイヤ寸前に追い込まれた。

しかしそれを利用して出し抜く選手はひとりもいなかった。それどころかライバル選手までもが彼のアシストをした。プロトンは彼の調子が戻るまで事実上の休戦状態となる。

彼のレースキャリアの中で忘れられない場面。


■ 2008.06.16 (Mon)  チクリッシモ第9号 『CICLISSIMO no.9』 発売
サイクルスポーツ臨時増刊
砂田弓弦監修 ロードレース・クォリティマガジン
『CICLISSIMO no.9』 チクリッシモ第10号
2008年6月20日(金)発売、定価1,575円(税込み)
八重洲出版発行<http://www.yaesu-net.co.jp>

<Contents>
保存版
●2008ジロ・デ・イタリア完全レポート〜コンタドールがツール&ジロ2冠達成〜
特集
●08ツール・ド・フランス直前展望
●マッギーの自宅で独占インタビュー
●アルデンヌのクラシックス3連戦 (アムステルゴールドレース/フレーシュワロンヌ/リエージュ−バストーニュ-リエージュ)
読み物
●ペタッキを失ったミルラムはどこへ?
●春のクラシックス 舞台裏エピソード

読者プレゼント●レースグッズ
付録●砂田弓弦撮り下ろしポストカード3枚

■ 2008.06.17 (Tue)  人それぞれのモチベーション * スペインのレース当日は彼女の誕生日。優勝を捧げるつもりが2位。リベンジはスイス一周で!
LLバルベルデは双子の子供のために俄然張り切った。
エウスカルテルのイゴール・アントンは彼女のために必死に頑張ってスイス一周第2ステージ優勝を果たした。
人それぞれに特別なモチベーションがある。

スイス一周の第2ステージ山岳コースでキルシェンやクーネゴら強豪を振り切って優勝したイゴール・アントン。この優勝には特別な思いがあるといい、感極まっていた。(チームサイトから)

実は1週間前に行われたバスクのレース エウスカル・ビシクレタで、彼は優勝を狙っていた。

なにしろ3日目の最終日は彼女の誕生日。得意の山岳ステージでタイム差が唯一つけられる日だった。区間優勝すればうまく総合優勝も射止められる。

ところが、サウニエルのイタリア人カペッキにしてやられ、結果は区間・総合とも2位。彼女に優勝を誕生日プレゼントとして送るためにがむしゃらに頑張ったのに・・

というわけで、今回スイスの山岳ステージで、彼は燃えた。彼女の誕生日から1週間経ってしまったけれど、1週間遅れのバースデイプレゼントを狙っていた。そして、嬉しいことに彼女パワーで、やったぜリベンジ。

(さらに彼にはもうひとりこの優勝を捧げる人が。同僚のアントン・ルエンゴとその家族だ。不幸な出来事があったという。)

彼女に優勝を捧げられただけでなく、アントンは総合首位に。人生初のリーダージャージに袖を通すことになり、第3ステージもイエロージャージをキープした。

Photo1:昨年のツールドロマンディ。山岳ステージを制した日のアントン。レース後、プレスルームで記者会見を待っているところ。
Photo2:ロマンディ区間優勝の2日前のアントンWith チクリッシモブエルタ特集号
Photo3:雨に見舞われたロマンディ山岳ステージ優勝のシーン。後ろのデッケルは優勝をさらわれ、出し抜かれたと怒っていた。


■ 2008.06.18 (Wed)  エヴァンスがチベット開放キャンペーンを大々的に展開 * ただしロゴ入りTシャツ、北京五輪では封印
4月のフレッシュワロンでエヴァンスがジャージの胸をはだけているのを見た。中に怪しげな(=レース中、選手がこんなインナーを着ているのは見たことがない)Tシャツを着ていて、なんだろう?と激しく疑問に思っていた。これだったのか・・

虐げられている少数民族に対してシンパシーの強いカデル・エヴァンス。このほどフリーチベット(チベット解放)キャンペーンを大々的に展開することになった。あの日ウイの坂で着ていたのは(下の写真はその時に撮影)、チベット解放アピールのTシャツだったのだ。

Tシャツ販売を手がけ、さらに今年のツールガイドにはこのTシャツを着た彼の写真が使用されることに。



この話を知ったのは、まきさんからの一通のメール。「酔っぱらっていて、おおまかな話しか判らないのですが、現在うやむやになってしまっている問題について、カデル・エヴァンスが運動を興しているようです。」

貼り付けられていたSMHのサイトを見ると、エヴァンスのこんな談話が。

「ただただ彼らのことは気の毒に思う。誰を傷つけたわけでもないのに、自分たちの文化が剥奪されようとしているのだ」

だがしかし、北京五輪の際には、おとなしくこのTシャツは封印するそうだ。(フレッシュワロンの表彰台でもジップを上まで上げて、Tシャツは見せていない)

エヴァンスのサイトには、チベット解放サイトへのリンクが張られている。
そして、そのアイコンに描かれた日の出マークこそ、私がフレッシュワロンで見たあのTシャツの模様だ。(上の写真でチラリと見える)

Photox2:フレッシュワロン ウイの坂で撮影。結果は2位だった。



■ 2008.06.18 (Wed)  新チーム名を覚えよう
世界的メディアアテンションが高いツールを目前に、新スポンサーが続々名乗りをあげている。今月になってトクダネと小ネタでばらばらとエントリーしてきたチーム名称変更の動きをひとつにまとめてみることに。

スポンサーを引き受けるなら、一番投資効果の大きいツールで宣伝するはず。ゲロルシュタイナー、、、まだ発表ない。

● スリップストリーム => チーム ガーミン − チポレ プレゼンティドバイ H3O (実質的にはツールのタイミングで切り替え)
● ハイロード=>チームコロンビア (実質的にはツールのタイミングで切り替え)
● CSC => CSC/サクソバンク (こちらは名称変更はすでに即日なされている。来年からサクソバンク単独)

p.s. トム・ボーネン、すでにオランダのレースSter Elektrotoer で復帰している。初日6kmTTで12位。

■ 2008.06.19 (Thu)  一種の異業種交流? トップアスリートの場合
2000年シドニー五輪。金メダルをほぼ手中に収めたものの、競技場に入る直前で失格となり、絶望のどん底に突き落とされ泣き崩れた選手がいる。その2ヵ月後、彼女はプロサイクリストと結婚した。

日本でいうと、さしずめ陸上の朝●宣治とシンクロの奥●史子のカップルのようなイメージかな?
2人ともトップアスリート。
しかも別々の競技で。

今年も“彼”の“妻”は再びオリンピックに出場する予定。
1996年アトランタ大会から出場しているから、もうかれこれ12年目。
4度目の五輪出場となる。

前回のアテネ大会は夫婦で出場した。
“彼”マシュー・ホワイトはロード種目に出場。結果はDNF。
“妻”ジェーン・サヴィル は20km競歩。シドニーの無念さをバネに堂々の銅メダル。

すでに2006年1月のトクダネ「七転び八起きの自転車人生」に書いたが、母国オーストラリアで行われた2000年のオリンピックの20km競歩。妻にとってはまさに悪夢だった。

ライバル2人が失格となり、ジェーン・サヴィルはひとりトップで競技場手前まで辿り着き、金メダルに向かって突き進んでいた。(Ref.サンスポのサイト

ところが、あろうことかゴール目前で歩型違反・失格・号泣。その後記者から「あのとき何が必要でしたか?」と聞かれ、「自分を撃ち殺すための銃」と発言し、論議をまきおこした。

ホワイトは周知の通りディスカバリーチャンネルで走った昨年を最後に引退。現在スリップストリーム監督だ。

04年彼がブエルタに出場したときは彼女が観戦にきていた。ブエルタが終わると、彼は彼女のコーチに変身。

今年、北京の女子競歩コースの沿道には、きっとホワイトの姿があるに違いない。
マラソンなんかでおなじみの例の光景、つまり選手を応援しながら歩道を併走するコーチの姿=ホワイトがTVに映ったりするかも?
もっとも競歩のTV中継なんてあるかしら?

Photos: 左上から1)06年スイス一周のホワイト、2)今年LBLスリップストリームの監督として、3)右は04年の新聞AS。記事の見出しに「メダリストの妻とともにちょうちん」とある。この年ホワイトはブエルタ119位。最下位のランタンルージュだったのだ。

■ 2008.06.20 (Fri)  01年TOJ参戦オーストラリアチームメンバーは、このあと全員プロツールチームに行った、、、という話
今年パリ~ルーベでパトリック・カルカーニを見かけた(左の写真)
昨年までリクイガスにいたスイス人。
自国レースのツールドロマンディではいつもなかなか目立っている。
今年、ガスパロットとともにバーロワールドに移籍した。

カルカーニもまた、過去のTOJ出場者だ。

2001年タッコーニスポーツ・ビーニカルディローラの一員として来日。
TOJ大雨の修善寺ステージをぐしょぐしょになりながら制した。

昨年のツール・ド・ロマンディ。
リクイガスのマッサーエーリオの車で移動したせいもあり、よく顔を合わせたが、気分よさそうに始終ニコニコしていた。

それもそのはず、故郷の人たちの前でスプリント賞の緑色ジャージを獲得した。(右の写真)

残念ながら今年のパリ〜ルーベ、結果の方はDNFだった。

2001年TOJというと、オーストラリアナショナルチームがスゴイ。出場メンバー全員が(この年オーストラリアの出場メンバー数は4人だった)、その後プロツールチームに行った。

メンツは: スコット & アラン・デイヴィス兄弟、グレーム・ブラウン、サイモン・ゲランス。

現在4人はそれぞれハイロード、ミツビシJartazi(去年はディスカバリーチャンネル)、ラボバンク、CAに所属している。

2001年TOJに顔をそろえた強豪オーストラリア選手たち Photos Here

2001年TOJ公式サイトの総合成績へ

プロツールチームの敷居。こうしてみると低いような気もするし、う〜ん、でもやっぱり高いような気もする。

左から:

ゲランス
ブラウン
A・デイヴィス

■ 2008.06.21 (Sat)  ジャージのにほい* 2008年版
先日ジャージのにおいのもとが薬用ローションである、という新証言?があった。それに関して;


匂いですが、あたしゃぁエマールす。断然!纏った時にエマールのにほひがしなくなった時が洗濯する時です。(ブラクモフさん)



(薬用ローション)、さぁどのブランドのどの銘柄なんでしょうね。ネットで探せば引っ掛かるのでしょうか。でも、あまりにありふれていると、需要が無なさそう。輸入している業者はいないかも。(Sさん)


薬用ローションは人によってはシャワー代わりに使うものらしいので、そうなると湿気の多い日本にはあまり向いていない。商品として日本では手に入らないのでは?と思ったところ、ドイツ在住のkenさんが、買って試してみましょうか?と言ってくれた。だが:


商品名など、もしご存知でしたら、教えてくださいませ。普通にスーパーで適当に選んで買っちゃうかと思ったんですが、皆がいろんな失敗をしていたりしてるので、リスクを避けたいと。歯磨きと思って買ったら、入れ歯接着用(ポリデント?)だったり。。。(Kenさん)



海外選手のジャージの匂いの話が出ていましたが、同じように匂いの話題で盛り上がっている掲示板を発見 (笑)
ここ

当方、外資系企業(ドイツ企業)に勤めているので、欧米人とすれ違う機会が多々あります。イロイロなフレグランスo&香水的な香りがしますが、残念ながら私は選手のジャージをもらった事がないので【その匂い】なのか判りません。

ちなみに私のジャージはマッサージオイル(Sportsbalm)の匂いが染み込んでいています。その例から考えるとマッサージオイルという可能性もあるのでは!? (Blueloadさん)

ちなみに、2006年11月にいろいろな人から寄せられた情報の中から一部を箇条書きにすると:

■ 「日本でも買えるタイドという洗剤にダウニーという柔軟剤がミックスされているのを使ってます。エイプリルフレッシュという香りが一番近い」

■ マッサー中野さんに質問した人もいる。彼の答えは:「よく質問を受けるがわからない。洗剤や柔軟剤のにおいとは違う、マッサージオイルは安いものを使用、おそらく、欧米人は日本人に比べ、体臭がキツイ分、香水を半端じゃない量をふりかけるので、洗濯の度に完全に落ちきることはなく、蓄積していったのでは。選手間で人気なのはシャネルのスポーツ何とか。でもこれは普段着のときのみに使用。」

■ 置かれていたヘルメットに猫が悶絶していたから、洗濯剤やマッサージオイルではないのでは?という情報

■ 実際ジャージを持ち込んで、これと同じ匂いのコロンをくださいとお願い人。「この香りは残り香(=ボトムノート)なので元のコロンが何かは分からない」という返事。フランスでアパートを借りた時に使っていた洗剤&柔軟剤の匂いにそっくりだなぁと思ってました、という人。

で、結論として、そのときは:
ヨーロッパものの洗剤と柔軟剤 + マッサージオイル + 香水。
以上3点がブレンドされてるという説。

2008年版の結論としては、これに薬用ローションも入って、微妙なにおいになっているのかな。

■ 2008.06.22 (Sun)  ツールドフランス個人観戦体験記
今年もツールを個人で観戦してこよう!という人多いのでしょうね。
このほど個人でツール観戦に行った方から最新の体験談が到着。レース観戦のツボのページに更新しました。(サイトURL変更しています)

そういえばこの「観戦のツボ」のページが探せない、と数ヶ月前にPOさんがメールをくれまして、確かに以前より見つけにくい場所に掲載中。場所は:

Indexページから
Pop-inのページ経由
観戦のツボ(今は更新されてトップにきていますが、それ以前はスクロールしないと見えなかったかも)デス。

■ 2008.06.23 (Mon)  ロマンディ一周では35秒差でクレーデンに破れ2位だったクロイツィガーが、今度は49秒差でクレーデンに勝利
今年のアルデンヌクラシック3連戦では、上位10位の顔ぶれが大体同じで、なんだか同じようなメンツで叩きあいをしている、と感じたが、今回のスイス一周とロマンディを重ね合わせてみても、似たような印象を持った。

ロマンディでトップ争いを展開したクロイツィガーとクレーデンが、同じスイスを舞台に再び首位争いを繰り広げた。ロマンディでは優勝をものにしたクレーデンだが、今度は逆にクロイツィガーに一歩及ばず。

毎年レースを見ていると、デジャヴー的な場面にしばしば遭遇する。今後も、この2人が違うレースで似たような意地の張り合いを見せる場面がまたあるかもしれない。

クロイツィガーは04年世界選ジュニアチャンピオン。ジュニアのロード・TTナショナルチャンピオン。世界選ジュニア TT・シクロは銀メダル。

昨日TTで区間優勝した際には、こんなコメントを残している。

「これまでは04年のジュニアの世界選ロードタイトルが最高の出来事だったけど、今回の優勝はそれを上回る」

まさにあのTTがすべてだった。最終日は地元っ子のカンチェッラーラーを勝たせるためにCSCが動くから、クレーデンの逆転の可能性は薄いだろう、そうささやかれていた。

すべて昨年TDRのクロイツィガー(チェコ)。

中央の写真:アレックス・ツーレからインタビューを受けていた。すでに注目選手の一角を成していたようだ。

■ 2008.06.23 (Mon)  ツール・ド・スイスでスプリント賞に輝いたレネ・ヴァイシンガーは元スキルシマノの選手デス
今年観戦したベルギーのワンデイレース、シュヘルドプレイス。
レース後、フォルクスバンクの選手がフランドルの旗を持って、意気揚々と町をパレードしていた。

フォルクスバンクにはベルギー人はいない。彼はドイツ人かオーストリア人だろう。なのにフランドルの旗を持っておおはしゃぎ。

その嬉々とした顔に吸い寄せられて、フォルクスバンクのチームバスの方に行ってみた。

写真を撮らせてもらった。でも、彼のバイクにはナンバープレートがついていない。名前がわからない。

悪いかな、と思いつつ名前を聞いた。
「ヴァイシンガー」と気軽に答えが返ってきた。
「ダンケ!」「ビッテ!」笑顔も返ってきた。

だがしかし、彼の名前はシュヘルドプレイスのスタートリストにはなかった。
だからバイクにナンバープレートがついていなかったのか。
でもなんでここに?

翌日ナゾが解けた。次の日に見たフランスのレース ツール・ド・デナンを走る選手の中に彼の姿があった。つまり翌日のために一緒に帯同していたんだろう。

前日のイケイケムードは消え、へたり気味でゴールにやってきた。
とはいえ結果はなかなかのもの。
レースは16位から96位までがすべてタイムアウト、という やるせない結末だったのだが、彼は堂々11位でゴール。

ヴァイシンガー、名前どこかで聞いたことがある。調べたらスキルシマノの元選手(2006年)。

チームメイトのチャリンギが大爆発した中国のレースTour of Qinghai Lake で最初に1勝した選手だった。
それにしても、フランドルの旗を持って町を練り歩いていたときの彼の晴れ晴れしい笑顔といったら。

プロロード選手は遠征に出ると、レース、シャワー、マッサージ、食事の繰り返し。
ルーティン作業をしくしくとこなし、それはそれでプロとして甚だ立派、と思う。

でも、こういう風にレースの合間に、ちょっとしたことに笑いを見つけて楽しんでいる選手を見ると、なんとなくホッとしたりする。

ホッとする、というのも変な言い回し。なんというか、余り上手くいえないんだけど。

選手時代は、成績が大事、それはそう。でも、選手もやがてはいつか引退する。
そういうときのためにも、選手時代から、心に少し余白を作ることができる人・ゆとりをもてる人には好印象を抱くし、いい感じで自転車と向き合っているんだなぁ、と思う。

そして今回、ツール・ド・スイスではそんな彼が総合スプリント賞を獲ったということで、 グリュックヴュンシェ!

ヴァイシンガーのサイト

■ 2008.06.24 (Tue)  キルシェン、ツールはどうかな

キム・キルシェン、スイス一周ではここぞの場面でダメだった。"気持ち"で負けたかな。

今年キルシェンがフレッシュワロンで優勝した2日後、本人にインタビューをした。記憶がフレッシュなうちに、最後のウイの上りはどんな思いを抱きつつ上っていたのか聞いてみたかった。(チクリッシモ最新号P.91)

話を聞いて、マキュウェンと相通じるものがあるな、と思った。
即ち、メンタル的なものは、フィジカルなものと決して切り離せないみたいだ、と。

2人が言うには、勝負の分かれ目は、加熱するレースのクライマックスで、いかに頭がクールな状態で走れるか。それで勝負の行方が左右される。

そういえばジムでやたら振り付けの複雑なステップのクラスに出たとき、パニックになると、本当にどつぼるものだ。そういうとき、どこかで落ち着かないともうそのままずるずる突破口なく戦線離脱することになる。例え、体力的には全然余力があったとしても。

もちろんプロ競技と、お子ちゃま遊びのような自分の趣味を比較するのは甚だ申し訳ない話だけど、でも結構 本質的な線では似たり寄ったりなのかも。(下の写真2枚は今年のLBLにて、最後の1枚は優勝したフレッシュワロン)


そのキルシェン、思っていたよりは柔らかい雰囲気の人だった。
時折笑顔も浮かべ、表彰台でもこんな表情を見せればもっとポイントアップするのにと思った。

リハビリの話しになったとき、今流行のコアトレーニング ピラティスは取り入れたのか?と聞いた。(マッギーみたく再び地べたでデモンストレーションさせる意図があったわけでなく。Ref.チクリッシモP.14)

「やってないけど妻がやってる。一度やってみたいとは思っているんだ」
そして早口でこう付け加えた。
「あっ、別に妻のご機嫌とりをしたいわけじゃないんだけどね」

恐妻家キルシェンという噂が日本の一部?で広まっているけど(本人にはそんなこともちろん言っていない)、あたかもそれを察知したかのようなリアクションで驚いた。


● LBLでもフレッシュでも、坂の場面でヴィスコンティがぴったりくっついている。指標のようにキルシェンをマークしながら走っていたのか?あるいは単なる偶然なのか?

● LBLではアームウォーマーをしていないキルシェンだが、フレッシュのときにはしっかりしていた。LBLは確かに25度にまで気温は上昇し、暑かった。でも、フレッシュの日も、それほど寒くはなかったのだが。スタート時ですら15度ぐらいはあった。

・・と考えて、ふと思った。もしかしたらスタート時の気温でウォーマー装着を決めたのではなく、天気予報を見て天気が崩れることを考慮したのかも。実際、スタート時の快晴が嘘みたいに、レース後半は雨にたたられた。



■ 2008.06.25 (Wed)  サウニエルドゥバルのサテライトチームの若手選手は、アカデミー賞のスペイン版「ゴヤ賞」にノミネートされた「俳優」
LL映画作品や俳優に与えられる賞はいくつもある。アカデミー賞(アメリカ)、ブルーリボン賞(日本)、セザール賞(フランス)・・・

スペインにもそれに相当する賞があるようで、画家フランシスコ・デ・ゴヤにちなんでその名も「ゴヤ賞」

2007年は一皮剥けたペネロペ・クルス(バルベルデがファンだというあの女優 & トム・クルーズが一時つきあっていたあの人)が逞しい女を演じた映画「ボルベール Volver」が総なめだった。作品賞、監督賞(ペドロ・アルモドバル)、主演女優賞、助演女優賞・・・

2008年、そのゴヤ賞にノミネートされたスペイン俳優が、サウニエルのサテライトチームにいる。
名前はオスカル・アバ(Oscar Abad)

新人男優賞にノミネートされたようだ (オスカル・アバルの項参照)

ノミネート作品は「El prado de las estrellas」で、彼はもちろん、サイクリストの役。

物語は隠居状態の男性がパトロンもない自転車乗りの若者マルティン(演じるのはアバ)を応援する話と聞く。

とはいえ男女の機微のようなものが中心になっているようでもあり、自転車がどの程度重要なパートを占めるのかは不明。

もともと映画の話が持ち上がったとき、監督は「1・自転車選手に演技をさせるか」、あるいは「2・自転車をやっている俳優を抜擢するか」悩んだ。最終的には、前者を採った。

日本の映画「シャカリキ」の場合は、これとはまた違って、「3・俳優に自転車の特訓をした」ケースのようだけれど。

本作品の監督は、人のツテを通じてカンタブリア地方を中心に自転車乗り役を探し、白羽の矢が立ったのが若手サイクリストのオスカルだった。

くだんの「ゴヤ賞」、残念ながらオスカルは大賞を逃した。でもこれから、自転車レースで”優勝”というでっかい賞が取れるようにがんばれ!

Photo: ファンクラブ会報から Copyright@Saunierduval
オスカル・アバ 1989年12月7日生まれの18歳。出身地:カンタブリアのロス・コラレスデ・ブエルナ

■ 2008.06.27 (Fri)  スリップストリームのミートボールことフリードマン、お次の対策は・・・
LLスリップストリームのメンバーの中で、とりわけサドル痛がひどいミートボールことマイク・フリードマン。
なにやら次の新しい対処法を考案中のよう。
==> ソーイングセット片手に、ただいま対処中

ちなみに彼は過去、サドル痛解消のため、つぶしたバナナをパッドの中に入れたことで知られる。(というか解消にはならなかった由。かつてキウイも試したという話。)

今度は一体なんだ?
また果物ってことはないだろね?
ミートボールの名前の由来はここ。
バイクにミートボールの“看板”をぶら下げている。ヘットフォルクもこれで走った。
なんだかユニークな感じの人。一度実物を見てみたい。

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写真は今晩行われたサイクルフェスタ。ポイントレースを走る飯島誠選手(先頭)

■ 2008.06.27 (Fri)  フランスでのスケッチ
LLツール・ド・ディナンにて
ケスデパーニュって、アマチュアクラブの後援もしているらしい。
なかなか意欲的。

日本に支店はないよな、と思いつつ調べたら東京三菱UFJが取次ぎをしている。
それによるとケスデパは、
「顧客数2,600万人を有するフランス有数の金融機関の1つ」だとか。

そういやあ、先日来揉めているカードの誤請求Fromフランスの宿。
先方は誤って1万円ちょっと引き落としたことを認めたものの、チェックを郵送するといってきた。
カードでのクレジットはできないと。
引き落としができてクレジットができないなんてバカな。

チェックは多分ケスデパみたいなフランスの銀行のものだろうし、日本に支店がないから、邦銀に取り次いでもらい、2つの銀行から手数料たっぷり取られる。となるとチェックの金額と相殺され手元に残るのは。。。やっぱりそんなのイヤだ。

シャルルドゴール空港にいる係員は、ロードレース大好き

今年の4月、シャルルドゴール空港にて:エールフランス成田行きの搭乗ゲートにいくため、手荷物検査を通った。手荷物の中にFDJの巾着があって、それをベルトコンベアに乗せたら、係りのお兄さんが、「あっ、FDJ!」と小さく叫んだ。「これ(宝くじじゃなく)自転車チームよ」と言うと、「知ってる。レース見に行ってたの?」「そうアルデンヌクラシック」「わー、いいなぁー」と羨望のまなざし。

なんでもロードレース好きだという。誰のファンか聞いたら、フランス人選手じゃなかったので、えー、どうして?と聞いたら、ボディチェックにいくよう別の人に促された。理由は聞けず仕舞い。

でも彼が誰のファンだったのか、今だに思い出せない。次回またFDJの巾着を持っていくとするか。

■ 2008.06.28 (Sat)  地道な支援を続けるサストレ Part2

ベルギーのヘント(ゲント)に拠点を置くカルロス・サストレのファンクラブの人たちは、誇らしげにTシャツを見せてくれた。
胸には名物のおしゃぶり(*)。背中には例の支援団体のマーク。

サストレが公の場で 「自分はこういうことをやっているんだ!」みたいにPRしたのをかつて聞いたことがない。初耳だった。

もっともUKCSによると、彼のインタビューにおける評判はかなり悪い。One Word Answer(ひとこと回答)らしい。たぶん口下手。そもそもペラペラとこういうことをPRするタチではないのだろう。

大々的に自己PRの材料に使うわけでなく、多くの人に知られることもなく、それでも地道にこういうことをしているサストレ。好感度ちょっとアップ。
------
(*)03ツール第13ST優勝の際にこれをくわえてゴールしたことから。彼は常に娘に関係するなにかを携えており、あの日はおしゃぶりをポケットに忍ばせていた。

(Ref. チクリッシモVol.9 P.93「サストレとベルギー小児ガン病院の絆」)

■ 2008.06.29 (Sun)  ブイグテレコムの華麗な昼食 Part2
「フルリー・ミション・栄養パートナー」と書かれたくだんのブイグテレコムの食堂車。
中はどうかというと、なんともシックで心地よい。レースという戦場とはかけ離れた空間。

チクリッシモP.92にも角度の違う写真が出ているが、色の方はどうなのかというと、白xモスグリーンの二色でスッキリ統一されている。
これ、本当にバスの中?選手たちは恵まれている。グルメのお国フランスならではの粋な計らい。

中央の写真はコックさんのリュック。チクリッシモを閲覧中。

厨房ではシェフがメモをとりながら昼食の準備中。全体がステンレス製らしく、ピカピカと光を放っていて、清潔感溢れる。

扉は二箇所。台所側は押して開けるタイプだが、ダイニング側は自動ドア。調理道具もそろっている。

記事に書いた献立のうち、目下付けあわせを調理中。
真ん中から半分がキッチン、もう半分がダイニング。

■ 2008.06.30 (Mon)  Talk into the microphone :マッギー
LL あのウワサは本当だった ― オグレイディの証言・マッギーの弁解

*写真は2002ツールのマッギー。(シャンゼリゼを走り終えて。)娘のターリャはまだこんなに小さかった。

4月、マッギーの家で失態を犯した。
ICレコーダーの録音時間が40分ほどになったとき。
突如彼がすまなさそうな顔で、
「ごめん、練習から戻ってからまだ食事していないんだ。これ食べていいかな?」

目の前には、ボールに入ったプロテインライスがずっと置かれたまま。
私は「どうぞ食べてください」と気を利かせることもなく、インタビューをそのまま開始。
どうせ食べたかったら自由に食べるだろう、なんて思ってた。

冷や汗噴出。まずい、目の前の食事を眺めつつ、ずっと遠慮していたらしい。
すんません。。。

そこで一旦インタビュー中断。
雑談になった。
いいチャンス。
あれを聞いてみよう。
少し もったいぶって言ってみた。
「今あなたのクローゼットに、かつて貴方に属していなかった服が何枚ありますか?」

だがしかし、彼は質問の意図を誤解。
チームからの支給品の話だと思い、
「ウエアがモデルチェンジするたびに新しいのが支給されるので、以前のものは人にあげたりもするし、服の手離れはいいほうで、、」などと丁寧に説明しはじめてしまった。

違うのだ、私の質問の意味。

以前オグレイディにインタビューしたとき :
「 ベイデン(クック)はかつて“マッギーがすぐ人の服を借りていく”、と言ってボヤいていたが、あなたは被害に合ってないのか?」と聞いた。
(オグレイディもモナコ在住でマッギー家のすぐそばに住む。)

すると、「服どころか大好きな時計を持っていかれた。
あれは“借りる”、じゃなくて“盗む”だ!」と勢い込んで言い放ったオグレイディ。

それを念頭に置いた質問だったのだ。
そこでアプローチ変更。今度は単刀直入。
「貴方はオグレイディの時計やクックの服を何枚もってますか?」

マッギー、突如爆笑。
あー、そのことだったのかぁ・・・
あああ、なるほどね、、ふんふん。
すると突然、今着ている自分の服がもともと自分のものだったかどうか、首を捻り始めた?!

そして、雄弁に語り始める。

「ここに住む僕たちオーストラリア人には門戸開放政策(Open Door Policy)というのがあって、仲間のひとりが所有している服でも、自分に似合っていてそれをみんなが認めれば、失敬していいことになっている。
それはある意味合議制でもあり ・・・・」

しかしオグレイディは彼を「盗人呼ばわり」していた。
それを話すと:

「まったくオグレイディの奴ったらわかっちゃないな。
これは我々の間でかわされている門戸開放政策(Open Door Policy)なんだ ・・」再び語り出す。

その自信満々な様子に半ば呆れて、
「でもそれはあなたがそう感じているだけであって、ほかの人はそうは思っていないと思う」と言うと、
ちょっと意外そうな顔をした。
「まあその可能性はある(Possible)」、、、と言いつつも顔では“そんなこと言われるとは思ってもみなかった”ムードを漂わせていた。

結局、あのウワサは本当だった。
でも本人擁護のために一言述べると、この点を除けば、
マッギーはしごくまっとうな人だった。

記事にしたときに格好のつくように、言葉の選択にも気配りが感じられた。
最後まで真摯な態度。
まあ、私的所有物に関してはちょっとヘンな性癖があるけれど。
結局彼は、4人兄弟の末っ子で、いつでもどこでもおさがりをもらえる、と思ったまま大人になってしまったのだ。

でもそれ以外は、極めて分別あるオトナだった。

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