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 過去ログ 〜2004.08

 レース情報 最新版へ


2004年09月 10月 11月 
2005年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 

● 2005.02.01 (Tue)  1/28〜2/6 :ツール・ド・ランカウィ (マレーシア)
2/1 第5ステージ :真理選手のバイクが川の中へ??

マイケル・バリーの日記から:

「今日はゴールラインに近づいた付近で橋を渡った。プロトンはかなりナーバスになり、結果、橋を渡ったところで大きなクラッシュにつながった。舞った埃が収まった時、ひとりの日本人選手が自分のバイクを見失った。

どうやら、クラッシュの際にバイクが橋の手すりから水の中に落ちたらしい。おかしい事に、そのバイクの名前はなんと「アンカー(碇)」だったんだって。これはジョークじゃないぜ。」

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結果は既にご存知のとおり、G・ブラウン、G・ボンジョルノ、B・ランカスターのチェラミケ3トリオがワンツースリー。オーストラリア人、アルゼンチン人、オーストラリア人。ボンジョルノってイタリア選手ではなかったんだ。康司選手はもちろん首位キープ。

公式HPに出ている康司選手のコメント:「イエローを守るためにチーム一丸となってくれた。」ところで彼のコメントが連日1面に出ているけれど、全部英語でしゃべっているのだろう。堂々としていてすごい。

● 2005.02.01 (Tue)  1月31日〜2月4日:ツール・ド・カタール
第2ステージ速報版:トム・ボーネン2連勝、2位グイーディ、3位マキュエン、4位ハンター。ボーネン怪物ぶりを発揮!

http://www.letour.fr/stf/quatar/2005/fr/class_02_ITE.html

● 2005.02.03 (Thu)  Race sum-up
lunq.jpg 324×436 20K1/31 〜2/4:ツール・ド・カタール (カタール)
第3ステージ 速報 CSCがワンツー、優勝はCSCのLミカエルセン。
3位のリュンククヴィストは昨年アレッシオにいて、ツール出場したスウェーデン人。
写真はホテルで血液検査の順番待ちをしながら新聞を読むリュンククヴィスト。

http://www.letour.fr/stf/quatar/2005/fr/class_03_ITE.html

1/28〜2/6 :ツール・ド・ランカウィ (マレーシア)
第6ステージ :チェラミケが日替わり。今度はボンジョルノがスプリントを制覇。ボンジョルノは03、04年ともにランカウィで最終第10ステージ優勝している。今年は既に2勝目。

ボンジョルノ以外にアルゼンチンの選手としてはバラホという選手がいる。彼もチェラミケの選手。また、ファッサのフレチャはスペイン国籍だが、父親がアルゼンチン人でブエノスアイレス生まれ。

http://www.tdl.com.my

ところで康司選手のこの写真、ファンが並んでいて壮観。特に前列はみんな地元の女性の様子。「コージはいつもカメラの前で喜んでポーズをとる」みたいな見出し。
CN写真へ

● 2005.02.03 (Thu)  Race sum-up
kojisign.jpg 275×223 6K■ 1/31 〜2/4:ツール・ド・カタール (カタール)
第4ステージ : プロ入り17年目、復活宣言をしたチポッリーニが優勝。188勝目

でも2位には行ったボーネンもすごい。貪欲にゴールを狙っている。TDUで無敵だったマキュエンがまた今回も勝ちまくるのかと思ったが。

ところで先日チポッリーニのインタビューがCNに載っていた。この中で、今年はいつもと違う、と宣言していた。そのわけは:

「僕は今のリクイガスでは、今までになくリラックスできている。理由は、僕のチーム内でのステータスが今までと違うからさ。今のチームは、チーム・チッポリーニではない。他にもレースで勝てる強豪選手が何人もいる。

僕はチームにとっては重要な選手に違いないが、でも、チームの全責任を負っているわけではないんだ。これはすごくいいことだね。こ
のチームでは最高のパフォーマンスをすることができる。」

といった内容だった。チームが全面的にチポッリーニに頼る今までの状況とは違う。ガルゼッリ、チョーニ、ディルーカらがいる。責任をシェアすることが、いい成績につながるようだ。期待したい。

また、このインタビューの中で、引退についても、今までのように1年間のスケジュールが事前にびっしり決まっている生活でなく、その日暮らしの引退生活にもあこがれる、そんな風にも語っていた。

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■1/28〜2/6 :ツール・ド・ランカウィ (マレーシア)
第7ステージ
またもブラウンですか。康司選手は、連日パフォーマンスをどうも。JUMP

ところで、福島ご両親はそろそろ現地に出発したところかな?ご両親の前でいいとこ見せて下さいね。TVで見ているファンの方たち、「Bonne Chance」の横断幕が画面に映るかも!

康司選手は連日大勢のファンにサインしていることでしょう。左は02ジャパンカップでもらった康司選手のサイン。みなさんの手元にあるのも、きっとこんな感じ?

● 2005.02.05 (Sat)  Race sum-up
■ 1/28〜2/6 :ツール・ド・ランカウィ (マレーシア)

第8ステージ
コックスが区間優勝&総合トップ。

1/30トクダネと1/31と1/28のRace Newsで「ハンターの後継者と目される」とか「期待がもてる選手のひとり」「次期南アフリカのツール出場期待選手」などと散々紹介してきたので、リアクションとしては、筋書き通りかなという感じ。

今日は最後にてごわい山岳だった。康司選手は36位で、目下総合17位。大健闘だね。

■ 1/31 〜2/4:ツール・ド・カタール (カタール)

第5最終ステージ
噂をすれば、、、マキュエン。そしてCSCが目立った。総合のミカエルソン+チーム優勝。
なんとボケている、カタールは第5ステージで終わりだっけ。letourでいくら探しても金曜より後のステージがないと思ったら。

● 2005.02.05 (Sat)  2月8日〜13日 地中海ツアー(フランス)
全20チームが発表になった。フォナックからはGPドーハ優勝のロバート・ハンターも出る。ブイグからはヴォクレー。カタールからコードダジュールへ移動だ。

レースはマルセイユのあるブッシュドローヌからコートダジュールを駆け抜け、万トンを抜けてイタリアサンレモの先を目指す。

下記サイトにチーム一覧があり、Voirを押すとLes coureurs : の下に出場選手名がチームごとに出る。

地中海ツアーへJUMP

● 2005.02.06 (Sun)  ■ 1/28〜2/6 :ツール・ド・ランカウィ (マレーシア)
komatsu.jpg 490×480 42K第10最終ステージ:本日の日本チーム・選手への賛辞の言葉

帰宅したら丁度ライヴ・ストリームでゴールスプリントの最中だった。ラッキー。今日もアナウンサーが発した印象的な言葉を拾います。(康司選手のアジアン・ライダー表彰の前後に言っていた言葉。)

ブリヂストンは、このレースで最高に存在感をアピールした(awful publicity)」

「フクシマは今回のレースで最高の財産だ(great asset)」

「フクシマのスゴイところは、彼はアジアン・ジャージを獲得してからも、決して守りに入らなかったこと。(Never did it definsively) 常に諦めずにステージを狙っていった。」(2人のアナウンサーが口々に、感心した!と何度も言っていた。)

「フクシマは、今までになく強かった(He's stronger than ever.)」

ブラウンが10ステージ中5ステージで優勝

向かって左からボンジョルノがきていたが、チームメートのブラウンにバリアに追いやられた格好になった。結局ブラウンが5勝目となるスプリント優勝をあげ、ボンジョルノはやや不満顔。

チーム内でスプリントを争う格好になったが、ここは別にブラウンがボンジョルノに勝ちを譲る必要はない。これがレースだ、フェアなスプリントだった、とアナウンサー。しかし、同じチームでスプリントを奪い合うことについて、やはり驚きだと繰り返し言っていた。

いずれにしても、2人で7勝。チェラミケがやたらと目立った戦いだった。
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■ 康司選手の表彰台シーン

ところで、康司選手はアジアン・ジャージをキープし、めでたくトップアジアン・ライダーの賞をゲット。表彰台へ。

アナウンサー:「トントンが1秒差できていたので、アジアン・ジャージを失うのではないかと戦々恐々しませんでしたか?」(インドネシアのトントン・スサントが総合タイム1秒差で2位につけていた。)

質問内容を聞きなおす康司選手。アナウンサー、フランス語で、「Est-ce que vous avez peur?」と質問。フランス語の質問で、すぐに質問を理解した康司選手。

康司選手:「もちろんジャージをキープできれば最高だけど、それよりもヨーロッパの一流選手と一緒に走るというのがメインの目的だったので、それだけに拘ることはしなかった。」(最初フランス語、そのうち英語で。)

アナウンサー:「じゃあ、日本語で(in your own languageで)ファンにメッセージをどうぞ。」(気が利いているね。)

康司選手:「応援ありがとうございました。」これで一歩ツールに近づいた、といったことを述べたのち、「今日はお酒を飲みます。」と。

いよいよ康司選手の表彰台のシーン。アナウンサー:「彼は本当にいつも礼儀正しい。いつもサンキューという言葉を発している。」

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■コックス総合優勝のカギは、早い時期での走りこみ

最後に、総合優勝のライアン・コックスについてアナウンサーは、このレースにきちんと走れるよう、早い時期から走りこんでいた点を挙げた。

「彼が優勝したのは、やはり充実したトレーニングのおかげだろう。なにしろ、去年の11月6日にトレーニングを開始し、この時期にしては、相当走りこんできた。」

(写真左は第3ステージで解説者から感嘆の声が出ていたBSメカニックの小松さん。去年のジャパンカップにて。)

● 2005.02.07 (Mon)  2月6〜10日 トロフェオ・マヨルカ(マヨルカ・チャレンジ)(スペイン)
freire.jpg 425×417 34K第3ステージ:バルベルデ、スポンサーのために・新妻のために意地の区間優勝

今年からマヨルカ島のスポンサーのジャージを着たバルベルデ。チームのガルベスが連日の2位で、なんとか第3ステージこそ、スポンサーのために、と優勝を狙ってきた。

「全てはスポンサーのおかげで動いている。なんとかスポンサーに今季初優勝をして喜ばせたかった。」

そして今季初勝利を新婚の妻にも捧げた。昨年バルベルデがヴエルタでケガをした時に付き添っていたあのショートカットの彼女だ。去年10/30に2人はゴールインした。

Ref: 「2004.10.31 (Sun)  バルベルデ結婚おめでとう 」

雨・風・寒さの中、そんな熱い思いが彼を優勝へと導いた。開始45km地点。21人からなる最初の逃げグループが形成された。ツァベルもいる。逃げグループをコントロールしたのはラボバンクとバレアレス。

ラスト40km、チームメートのコロムがアタックをしかけて揺さぶりをかけたりしたが、最終的にはラスト10kmでバルベルデが飛び出した。そのままソロでゴール。総合首位に立った。

第2ステージ:フレイレ・ダブル/ チポッリーニに恨まれたガルベスはまたも2位。

好調フレイレがスプリントで2勝目をあげた。そしてバレアレスのイサック・ガルベスは昨日に続き またしても2位。

ガルベスはスプリンターの少ないスペインにあっては、貴重なスプリンター。しかしフレイレが相手とあってはなかなか勝たせてもらえない。

ガルベスといえば2003年ジロ第11ステージ。ゴール手前のカーブでミスを犯し、チポッリーニを落車に巻き込んだ。チポッリーニがガルベスに怒り心頭になるシーンもあった。無理もない。彼はもう少しで車椅子生活を強いられる可能性もあったぐらい危ない落車だった。

当時はケルメの選手だったガルベスだが、04年バレアレスに移籍した。レースのあるマヨルカ島の地元チームとしては、なんとか勝たないわけにはいかない。

なお、ベッティーニは喉の感染症でリタイヤとなった。

スペインの新聞では100%からはほど遠いというコメントが出ているが、CNでは絶好調の様子のフレイレ。他の選手に比べて仕上がりは早いということだろう。

第1ステージ:マヨルカチャレンジ開幕 初日82.5km

2/6に開幕したマヨルカチャレンジ。地元チームのバレアレスは気合が相当入っているが、フレイレvsツァベルのスプリント対決も見ものだ。(Ref:2005.02.04 (Fri)  Evening News)。

初日第1ステージ。追いすがるバレアレスのガルベスとレイネスを振り切って優勝したのは、3度目のアルカンシェルを着たフレイレだった。

ツァベルは同タイムの5位。

フレイレ、「今年のゴールは、ツール区間優勝とマドリッドの世界選手権」だ。

(写真は03年ツールのフレイレ。ランチを食べていたら同じレストランにフレイレが夫婦で来た。)

● 2005.02.10 (Thu)  Race Summary
2月9〜13日 地中海ツアー (フランス/イタリア)

第1ステージ: フォイクトはNever Give Up!

フォイクトがエトワール・ド・ベセージュについで2勝目をあげた。しかも、いつもの闘志溢れるやり方で!

この日はイタリアのサンレモからフランスのマントンにかけて130kmを戦った。デュランは引退したが、CSCのフォイクトの逃げは健在だった。最後、ポッジオの上りでブイグのトマ・ヴォクレーらとともにフォイクトが逃げた。逃げグループは4人。

スプリントでホンドを勝たせたいゲロルやチッポリーニひきいるリクイガスが猛追。リードは縮まっていく。プロトンとの差が20秒に縮まったあたりで、逃げグループは諦めムード。しかしフォイクトだけは違った。

ラスト6km、再び飛び出す。みごと単独でプロトンを17秒引き離してゴール。闘志溢れるこの日の試合運びはフォイクトならではだ。

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2月6〜10日 トロフェオ・マヨルカ(マヨルカ・チャレンジ)(スペイン)
第4ステージ:バルベルデ再び

フレイレが1、2ステージ連取した後、バルベルデが3,4ステージを連取した。もっとも、彼はこのぐらいの規模のステージレースで複数回区間優勝をするのは珍しくない。去年もヴエルタ・ア・ブルゴスで3区間優勝。カスティーヤ・イ・レオンで2勝、バレンシアツアーで2勝している。

ただ、今回はゴールスプリントでの優勝だ。この日のステージはカテゴリー2級が4箇所。ゴール地点では、既に真のスプリンターが振り落とされていたため、その中で一番のスプリント力を発揮した。

● 2005.02.11 (Fri)  Race sum-up
uspkelme2.jpg 623×342 44K2月6〜10日 トロフェオ・マヨルカ(マヨルカ・チャレンジ)(スペイン)

最終 第5ステージ:去年の総合優勝者が区間優勝。バルベルデ総合優勝

この日はマヨルカ島出身のアントニオ・コロムが優勝。地元チームに所属するこの地元選手は、去年の同レースでの優勝者だ。身長193cm、体重90kg、大柄な選手。(2004年7月号別冊付録TDF観戦ハンドブックのコロム選手紹介記事に、同じ内容のことを書きましたが。)

最終日のこの日はスリリングなアタック、カウンターで活気づいた。2日前は最悪だった天気も回復。最終的に逃げ残ったのは、コロム。ラボバンクが必死で追ったがそれを振り払った。

その後ラスト4km地点で、クイックのペチャロマンやサウニエルのフエンテの必死の猛追も僅かの差でかわし、見事単独ゴールを果たした。

バレアレスは本レースで3たて。チーム総合優勝も決め、スポンサーへのアピールは抜群だった。TモバイルのHPでも、「成功のホーム・ゲーム」と書かれていた。

ところで、ダビ・ムニョスが総合2位に入って、びっくりした。彼はケルメが去年Div2になったごたごたで、去年はほとんど走っていない。25歳の若い選手、このまま終わるのかと心配していた。

01年プロ入りし、今まであげた優勝は1つ。02年のポルトガルツアー区間優勝だ。それが今年めでたくケルメの正式ンバーとして復帰。そしてマヨルカツアーで総合2位。個人的に頑張ってほしいと思っている。

写真は03年ツール。ホテルの庭での1コマ。左から3番目グレーのウエアがムニョス。夜9時に選手全員にゼッケン2枚が渡されたその直後だったので、みんな自分のゼッケンを手にしている。

左からウサノ、パラ、ムニョス、チェチュ、ホセ・エンリケ・グティエレス、ヨレンテ。チェチュ以外は当時ケルメの選手。ムニョスは若々しくて感じのいい選手だった。

2月9〜13日 地中海ツアー (フランス/イタリア)

第2ステージ:FDJ 今季絶好調!

FDJが出だし好調だ。
今年はまず、のっけのシクロクロスのフランス選手権で、F・ムレイが優勝。FDJに今季初勝利をもたらした。

更にエトワール・ド・ベセージュで第1ステージ優勝し、そのままリーダージャージをシ守して総合優勝したのはFDJのフレディ・ビショ。

そして今回、FDJ若手のフィリップ・ジルベールが地中海ツアーで区間優勝。7人のゴールスプリントを制した。去年TDUでU-23賞と区間1勝した選手だ。

CSCのフォイクトは5位に入り、総合首位をキープ。

● 2005.02.12 (Sat)  2月9〜13日 地中海ツアー (フランス/イタリア)
第5ステージ:CSC2年連続で表彰台トップを独占

最終日、総合優勝はCSCのフォイクト、2位CSCのシュレック、3位はリクイガスのペッリゾッティとなり、昨年に続き、CSCが地中海レースを支配。

ちなみに昨年は1位から3位までをCSCが独占。優勝ヤクシェ、2位バッソ、3位フォイクトだった。

この日はベルギーのデフェールトとポーランドのニーメックらが長い逃げを決めたが、ゴール手前10km地点でプロトンに吸収。しかしデフェールトは再び逃げを試みる。しかしラスト5kmに力尽きた。

最後はゴールスプリントとなり、プロチーム入りしたフォナックのハンターがGPドーハに続きこの日優勝。

第4ステージ:CSCチームTTを制する

フォイクトが総合首位固めも着々。リクイガス・ラボバンク(両チームなんと同タイム)に16秒差をつけ、FDJには1分3秒差でトップタイムを叩いた。残るは1ステージのみ。しかも49秒遅れで総合2位につけているのはチームメートのシュレック。

フォイクトの強さが目立っているが、今から好調でこれをツールまで維持するのは一苦労かもしれない。

http://www.cyclingnews.com/road.php?id=road/2005/feb05/med05/med054

第3ステージ:フォイクト絶好調

ベセージュ第3ステージ、地中海ツアー第1ステージに続き、第3ステージもフォイクトがとった。しかも、大注目、モン・フェランの山岳ステージで。

レースは32km地点の最初の上りで5人が飛び出したが、ラスト5kmにある最後のモン・フェランでレベッリンとフォイクトが飛び出し、モンクテイエ、ペッリゾッティらがついていく。

ラスト700m、一番脚が残っていたのはフォイクトだった。そのままラスト・ミニッツの逃げを決めゴール。総合首位固めに成功。

フォイクト絶好調のわけは、やはりチーム移籍に一因がある。

トクダネ「2005.02.07 (Mon)  クリストフ・モローはポスト・ジャジャ、ヴィランクになれるかどうか + 知られざるチームCA」で書いたように、CAで不自由はなかったがマンネリに陥り、01年のピークを最後にスランプが続いた。

フォイクトのコメント再掲:「僕がCAを後にしたのは、マンネリ化を防ぐため。01年にピークでイエロージャージも着たけど、その後低迷した。CAで毎年全く繰り返し同じことをしてきたので、この辺で変化しなければいけないと思った。」

● 2005.02.17 (Thu)  2月3〜17日:ヴエルタ・ア・アンダルシア(スペイン)
■ 2月16日: 第4ステージ
先日トクダネで、「スピードマンたちが競うのは最後の2ステージとなる見込み。」と書いていた通り、ラストから2番目のこの日は、ペタッキが優勝。あとは明日のスプリント争いがどうなるか。再びペタッキか?

気がつけば総合はケルメ(じゃなくて)バレンシアナのカベヨ。長いこと名前を聞き続ける大ベテランだ。地元のベルトランも目下総合7位。山岳では苦しんでいたが、まずまずだ。

● 2005.02.20 (Sun)  2月19日:ルイス・プイグ(スペイン):ペタッキ4勝目。さらに、、
ペタッキが再びスプリントを制した。GPコスタ・デリ・エトルスキで1勝、アンダルシアで2勝で、これで今季4勝目。すごいのは、なんと2位とか3位で惜敗、、というのが一回もないのだ。

2位はバレアレスのガルベス。今年はいつもいつも2位。(ケルメ時代、ジロでチッポリーニに落車巻き添えを食らわせた選手。)3位はフレイレ。

今回は、病気でチッポリーニとバルベルデが直前でレースをキャンセル。ガルゼッリが今季デビュー戦。ガルゼッリは直前風邪でトレーニングができなかったという。でも、今後バレンシア、アルメリアツアーで走りこみ徐々にペースをつかんでいく予定。

ガルゼッリ:「去年の過ちは犯さない。つまり、ピークを3月〜4月にもってくるのではなく、5月に照準を合わせるつもりだ。」

● 2005.02.21 (Mon)  フランスカップ第2戦
フランスカップ第2戦のクラシックアリボはMr Bookmakerのベルギー人ガーデインが優勝。第1戦のツール・デュ・オヴァールもベルギー人のフィリップ・ジルベール(FDJ)が制し、これでベルギー人の2連勝。

フランスカップの現在のランキングはこちら:
http://www.lequipe.com/Cyclisme/CLA_CF.html

フランスカップの05カレンダーはこちらhttp://www.lequipe.com/Cyclisme/CAL_CF.html

● 2005.02.21 (Mon)  2月16〜20日:ボルタ・アオ・アルバルベ(ポルトガル)終了
五輪銀メダリストのパウリーニョに続け!ポルトガルの新星サビド

第4ステージで90人ほどの選手が32分オーバーでタイムアウトになり、残ったのはたった46人。最終日に3人以上の選手を擁していたのは6チームのみ:FDJ、Dロット、ボアビスタ、ディスカバリー、ランドバウクレジット。最後の2チームは優秀にも、選手を5人残していた。

ぐっとトーンダウンしてしまったが、最後は地元ポルトガルのウーゴ・サビドが優勝してなんとかレースを締めた。

最終日はカテゴリー2の山岳で飛び出たサビド(チームはパレデス)がそのままゴール。ディスカバリーのルビエラも必死に追うが、ペースについていけず2位に。しかしルビエラはこのおかげで表彰台総合3位を確保。2位は前日まで2位につけていたオグレイディ。前日まで首位につけていたFDJのアイゼルは一気に後退で41位。山岳がネックだったようだ。

優勝したサビドは、アテネ五輪銀メダリストのパウリーニョやリベイロらとともにポルトガルの新世代選手の一角をなす。昨年ポルトガル選手権のTTでパウリーニョについで2位だった。ポーランドツアーでは総合2位で区間1勝。(今年からポーランドツアーはプロツアー入りした。)

現在25歳。スプリンター、クライマー、スピードマンのバランスオールラウンダーに近い。ポルトガルではアセベドの次の世代が確実に育っている。

● 2005.02.23 (Wed)  2月22-26日:ブエルタ・シクリスタ・ア・ラ・コムニダ・バレンシアナ(スペイン)
第5ステージ ペタッキのための?レースが終了

ペタッキが最後も3度目の区間優勝し、総合優勝。彼はこれで今季7勝目のはず。もう数え切れなくなる前に 記録しておこう。

GP Costa degli Etruschi 優勝、ルータデルソルで2勝、ルイスプイグで優勝、バレンシアナで3勝、計7勝。

第4ステージ続報 低体温症を起こした選手も

下記にも書いたとおり雪交じりで極寒の中行われた昨日のレース。リタイヤが25人以上で過酷なレースだったことがしのばれるが、なんと中には低体温症を起こした選手もいたことが判明。

低体温症はからだの中心体温が35度以下になることをいう。症状を起こした選手らはいずれも軽度だったと思われるが、放っておけば大変なことになる。

山頂ゴールが予定されていたアルト・デル・カンペヨは雪のせいで、更に気温が低かった。そのため、選手にこれ以上ダメージを与えないようにと、レース関係者によりコースは急きょ変更。雪の山頂ゴールは省略された。


2/25 第4ステージ : フレチャの勝利とファッサの不思議

ファッサはペタッキらの立役者の活躍で驀進中。今日はフレチャが優勝。なのに、プロチーム中、唯一ファッサだけはプロチームライセンスは1年間だけ。強いチームなのに、長期のコミットをしなかったのが不思議。そのせいで、大事なチオーニという選手が出て行った。

CSCも当初予算がなくてサブスポンサー探しに奔走した。その最中にヤクシェが(本人いわく友好的に)離反していった。

サイスポ1月号(p.76)によると、1年間しかライセンス取得しなかった理由は、「経済的負担が多く、第二スポンサーがないと継続できない。それを協議する時間が足りなかった」から、として経済的理由があげられた。

第二スポンサー獲得のためにも、チームのこうした活躍は不可欠ということだろう。
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この日はカセロ弟(サウニエル)、サンディオ(バレアレス)らの逃げグループにお目付け役として入っていたフレチャが、最後はソロで後方集団より一歩抜けて単独ゴール。チームメートのペタッキは後方集団でスプリントを制して2位。

ペタッキが追いついてもどのみちファッサの勝利だ。これでバレンシアのレースでイタリアのファッサが3勝。エウスカルテルのマヨらもアタックなど仕掛けていたが、イタリア勢のほうが断然目立っている。

雨と雪交じりでコースは161kmから156kmに短縮された。クレーデン、ガルゼッリ、モローらがリタイヤしていった。

2/24 第3ステージ : 牛乳屋さんのカイク初勝利

11月10日付けNews Briefingでお知らせしたスペインの新チーム。スポンサーは乳製品の会社。インドゥラインの地元チームで彼も応援している。

そして今回このカイクのA・アラナガがチームに初勝利をもたらした。

それにしても、カイクのような弱小が初勝利をあげた中、まだビッグなディスカバリーは今年優勝ゼロ。ロットはステルスとマキュエンというスプリンターがいるから既に今季15勝。ディスカバリーって、そういえば、著名なスプリンターはいない。

この時期、スプリンターを擁するチームが勝利数で優位に立つ。といっても、Tモバイルもまだ優勝ゼロのはず。頼みのスプリンターツァベルが勝たせてもらえない。。

この日はカイクのA・アラナガはバレンシアナのD・ブランコと2人で逃げ、最後はアラナガがスプリントでブランコを上回り、後方プロトンのスプリントはペタッキが制して3位。総合首位をキープ。

2/23 第2ステージ : ペタッキが本レース2勝目

この日は、42km地点から動きが出始めた。サウニエルのターフィ、レラックスのマイオス、CAのタラバルドンらがアタック。97km地点で3人はプロトンに6分以上差をつけた。

しかしこの日の別の主役はファッサのフレチャ。けん引役として必死で前を追う。マイオス以外は脱落。マイオスはひとりで逃げ続ける。ロロネ峠でターフィらより40秒先行。やがてターフィとタラバルドンは集団に吸収。

その後、シルヴァン・シャバネルが集団から飛び出し、マヨスに追いつく。2人はしばらくそのまま逃げるが、やがてシャヴァネルが飛び出した。ラスト8km地点でプロトンに32秒差。しかしファッサがそれを許すわけもない。

再びファッサの猛追でペタッキがスプリントで優勝。

2/22 第1ステージ : ペタッキが初日区間優勝だけど総合首位はサバヤという訳

再びスプリントをペタッキが制し、これで5勝目。着順2位はこの日積極的にアタックを仕掛けていったサウニエルのコンスタンティノ・サバヤ、3位はサウニエルからフォナックに移籍した(さらに去年来日した)アンヘル・M・ペルディゲロ。

この日は開始15km地点でサバヤがアタック。後方では、ラテス峠の下りでは強風のためプロトンが分断された。第1集団にはセビーヤ、ガルゼッリ、ペタッキ、ツァベルら有力選手。後続集団に2分差をつける。

サバヤのアタックは117kmで終わるが、その間 ボーナスポイントや山岳ポイントを集めながら、様々な選手を従えて逃げ続けた。

ラスト数キロからゴール地点までファッサがレースを支配。ペタッキは楽勝でゴール。しかし、総合首位はなんとペタッキでなくサバヤ。

優勝者と2位の選手のポイント差は5ポイント。(25ポイントvs20ポイント)。しかしサバヤは、レース中にボーナスポイント6ポイントを取得。つまり1秒差でサバヤが首位に躍り出たのだった。

サバヤは去年同レースの山岳賞をとった選手。更に去年ヴエルタでも1勝している。ヴエルタ第19ステージ

● 2005.02.26 (Sat)  2月26日:ヘットフォルク (ベルギー) 予告
本日開催のHet Volk。過去ベルギー人が50勝でダントツ!外国勢が優勝したのは7回だけ。

オランダ3人、イタリア2人、ドイツとアイルランドが1人ずつ。イタリアの2人はバッレリーニとバルトリ。

今年ベルギーのヴァンピーテヘムはレース史上初の4勝に挑む。現在3勝は彼を入れて3人。4勝した選手はまだいない。

● 2005.02.27 (Sun)  2月26日:ヘットフォルク (ベルギー)
「おい、お前追っかけろよ」「いや お前が行けよ」。。

ラスト15km。トップグループは3人。うち1人がアタックして先に行った。残った2人に残された選択は2つ。ひとりで捕まえにいって体力を消耗して他の選手に優勝をさらわれるリスクを犯すか、他人に追わせるか。

2人の選択は2番目だった。もう片方の選手が捕まえに行くのを待つ。。。こうして2人がお見合いしているうちに、ラスト15kmで逃げたクイックステップのニック・ニュイエンスがまんまとまんまと勝利を手にした。

最後はプロトンより先行すること14秒。またしてもベルギー選手が勝った。これで51勝目。外国勢を寄せ付けない強さ。

Het Volkが難しいとされる理由はこの時期の現地の天候に加え、伝統的にこのレースでは熾烈なアタック合戦が展開することになっているためだ。

この日も早々にCSCのピールやFDJのヴォーグルナン、ブックメーカーのトルヴェの3人がエスケープ。201kmのコースで104km地点まで逃げ続けた。

その後は4勝目を狙うヴァンピーテヘム、ディスカバリー、キルシプー、オグレイディ、成長著しいFDJのジルベール、41歳のディールクセンスらが動く。ラスト18kmでは一旦後方グループに吸収されたディールクセンスがアタック。

それを追ったのはブックメーカーのコーネンとニュイエンス。ディールクセンス、コーネン、ニュイエンスの3人がいく。

ラスト15km。ニュイエンスが加速し、2人を振り切ってクリア。後続の2人は躊躇した。リスクを犯すのをためらった。そのまま25歳ニュイエンスがゴール。2位はチームメートのボーネン。彼もやはり強い。

マップ : http://www.cyclingnews.com/road/2005/feb05/hetvolk05/?id=map

● 2005.02.28 (Mon)  2月27日 クールネ〜ブリュッセル〜クールネ(ベルギー)
レースはラスト6kmでクリアしたショコラーデジャックのヴァンインプとディスカバリーのヒンカピーの一騎打ちとなったレース。ラスト700m、ヴァンインプが前に出たのをとらえ、ヒンカピーはうまいこと後についた。ラスト300m、ヒンカピーがアタック!ヒンカピー念願の優勝!

ヒンカピーは、アメリカ人にしては珍しく、以前からクラシック好き。USP時代からクラシック組とステージレース組に分かれてトレーニングを行う際は、必ずクラシック組の筆頭だった。泥まみれのレースが大好きといつも語っていた。それだけに、今回の優勝は嬉しいことだろう。更にディスカバリーにとって、今季初優勝だ。

● 2005.02.28 (Mon)  3月6〜13日 パリ〜ニース(フランス) プロツアー初戦 <予告>
いよいよプロチーム主体のプロツアーが3月6日のパリ〜ニースを皮切りに行われる。優勝者の顔ぶれは、どれも実力者揃い。

このレースで一躍注目されたクレーデン、レース中キヴィレフが亡くなった2003年は、親友のヴィノクロフが優勝。涙の表彰台となった。

過去の優勝者

2004 J・ヤクシェ(CSC)
2003 A・ヴィノクロフ (TEL)
2002 A・ヴィノクロフ (TEL)
2001 D・フリーゴ(FAS)
2000 A・クレーデン(TEL)
1999 M・ボーヘルト(RAB)
1998 F・VDB(MAP)
1997 L・ジャラベール(Fra)
1996 L・ジャラベール(Fra)
1995 L・ジャラベール(Fra)
1994 T・ロミンゲル(Sui)
1993 A・チュレ(Sui)
1992 JF・ベルナール(Fra)
1991 T・ロミンゲル(Sui)
1990 M・インドゥライン(ESP)
1989 M・インドゥライン(ESP)
1988 S・ケリー(Ire)
1987 S・ケリー(Ire)
1986 S・ケリー(Ire)
1985 S・ケリー(Ire)
1984 S・ケリー(Ire)
1983 S・ケリー(Ire)
1982 S・ケリー(Ire)
1981 S・ロウチ(ロッシュ) (Ire)

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