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 過去ログ 〜2004.08

 レース情報 最新版へ


2004年09月 10月 11月 
2005年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 

● 2005.03.04 (Fri)  3月2〜6日 ブエルタ・ア・ムルシア(スペイン)
davis.jpg 332×455 17K第3ステージ:ホンドvsデイヴィス この日はデイヴィスに軍配

初日ホンドに惜しくもスプリントで負けたアラン・デイヴィスが今回はリベンジ。チームメードD・エチェバリア(EUSから今季移籍)らの働きもあり、見事区間優勝。2位はホンド。

ところで、J・ベロキは再びリタイヤ。腹痛らしいが、いまだにレースを上位で完走できない。03年ツール以来、スランプ続きだ。

(写真は01年のTOJ、総合スプリント賞を受賞したアラン・デイヴィス。TOJにはM・ロジャースやA・デイヴィスのほか、B・クックも来日している。)

第1・2ステージ

第1、第2ステージをゲロルのD・ホンドが制した。第1ステージのスプリント勝ちはわかるものの、2ステージは22kmのTTだ。彼ってTTが得意な選手というわけではない。本人も、「自分でもびっくりした」と述べている。

ドイツのペシェルやリッヒ(ともにゲロル)といったTTスペシャリストより速かったのだから、これはリーダージャージマジックとしかいいようがない。

ところで、ホンドは、第1ステージのスプリントを制した時、こんなことを言っていた:「今まで、もっと自分のことを考えればよかった。」

ツァベルのアシストを長年やってきて、自分自身の勝利に執着しなかったことを後悔している、と。。。

● 2005.03.06 (Sun)  Race Sum-up
3月2〜6日 ブエルタ・ア・ムルシア(スペイン) 第4ステージ : 遂にパンターニの山頂登場

いよいよ正念場の第4ステージ。ベルメホの山頂ゴールが登場。去年からパンターニの山頂と呼ばれるようになった第1級カテゴリーの山だ。

コースプロファイルは公式HPで見ることができる。
公式HPへJUMP (Recorridoをクリックしたあと、第4ステージの部分をクリックすると、プロファイルが出る。)

「パンターニの山頂のゴールでかつてのパンターニのように勝ちに行きたい」と言っていたクーネゴは残念な結果に終わった。一番肝心なベルメホの上りでメカトラ発生。必死に追い上げるも、この日3位に。バーロワールドのアレイトゥナンディアがトップでゴール。同着でリバティーのコルド・ヒル。結果総合トップはヒル。クーネゴは3位。

強豪選手は明日のパリ〜ニースに出場する。クーネゴは勝てるレースだっただけに残念だ。それにしても、プロツアー最初のレース パリ〜ニースにクーネゴが出ないのは意外。パリ〜ニースにおけるランプレのリーダーはシモーニだ。

西フランドル3日間のレースは結局

昨日トクダネで初日キャンセルをお伝えしたレース。結局、悪天候のため全レースキャンセルに。現在ヨーロッパはあちこちで悪天候。

● 2005.03.06 (Sun)  3月6〜13日 パリ〜ニース(フランス) プロツアー初戦
3月6日:プロツアーの歴史的最初のプロローグ。はCSCのフォイクトがゲット

27のプロツアーの初戦パリ〜ニース。初日のプロローグはCSCのJ・フォイクトが、カンチェッラーラ、E デッケルを破ってベストタイムを叩いた。

リース監督が「フォイクトは油が乗っている」と言っている通り、今季 大きなレースで勝利数を集めている。エトワール・ド・ベセージュ優勝、地中海ツアー第1、3ステージ+総合優勝、そしてパリ〜ニースプロローグ。

理由は、CAから移籍して本人が意図したスランプ脱出に成功したことだろう。(Ref: トクダネ 02.07 (Mon)  フォクトが語る「CAでは飲酒・就寝時間についてもとやかく言われた。CSCは。。」)

フォイクト談話
「結果を誇りに思うし、とてもハッピーだ。チームは今季今の所最高。
こういう形で好調をキープできるのは素晴らしいと思う。

冬の間、かなりトレーニングを積んだ。これがこういう形で報われていると思う。

パリ〜ニースの貴重なジャージを獲得したからには、本レース、ずっとこれを死守したいと思う。
我々の出場メンバーは強豪揃い。彼らから強力なアシストを得られると思う。」

リース監督談話
「素晴らしいスタートが切れた。
プロローグで全員が素晴らしい走りをして感動している。

イエンスは今油が乗っている。
これが更なるビッグなタイトルに結びつくと期待している。

パリ〜ニースの前には相当トレーニングをしてきた。
これできっちり宿題をこなしてきたことが示せただろう。
今のところ結果は誇れるものだ。

この機を利用して、チームの選手全員・スタッフの努力に感謝したい。
そのおかげで、ここまでの結果を出すことができた。」


一方で、ランスがディスカバリーの中でも後から2番目、全体で140位の成績でフィニッシュとは誰もが意外に思ったことだろう。そもそも、最新鋭の機材を使ったり、風洞実験を今年も行ったりしている。でももちろんこれで、彼の力が衰えた、という説を今から唱えるのは論外だろうが。

all results (CN)

予告その2 :ランスは癌から復帰直後、このパリ〜ニースで自転車をすべて辞めようと思った。

このHPでパリ〜ニースを大きく取り上げたのはローラン・フィニヨンがレースを買い取った時と、資金繰りがつかなくなって、ASOに救済された時。その他クレーデンが優勝した時、キヴィレフがレース中の落車で亡くなって、ヴィノクロフがあだ討ちをした時。

でも、事前にこれほどわくわくしたのは今までにない。「プロツアー初戦」という枕詞がつくと威力が違う。

さてランスがこのレースに出場するのは98年以来実に7年ぶり。あの時彼は癌から復帰をとげたが、ところがこのレースに出て雨と寒さにこごえ、「もう自転車なんて嫌だ!」と思った。

「俺はこんな惨めな思いをするために自転車をやっていたんじゃない!!」怒りに震えたランスは、突如レースを放棄し、チームに連絡もせずにフランスの家を引き払った。家財道具はリヴィングストンに全部あげた。新婚妻キークは折角フランス語学校に登録したのに泣く泣くついていった。

彼はパリ〜ニースを途中棄権しただけでなく、レース人生自体に終止符を打とうと思った。アメリカに戻ったあとは、とにかく毎日ゴルフ三昧の生活を続けた。しかしカーマイケルらが、とにかく彼をサドルの上に乗せた。

ツール・デュポンの思い出がつまるノースカリフォルニアでカーマイケルらと走るうちに、彼のからだがまず反応した。暫く走っていなかったのに、すぐにからだがハイパフォーマンスに向けて変わり始めた。

無心でトレーニングする喜びを思い出した。そして、なんとか自転車に戻ることができた。(It's not about the bike 第8章)

ランスはあの時のパリ〜ニースを忘れないという。もしあのまま自転車をやめていたら、6連覇の華々しいランスは存在し得なかった。苦い思い出のレースだが、同時に転換期となったレースだった。

● 2005.03.08 (Tue)  3月6〜13日 パリ〜ニース(フランス) プロツアー初戦
3月7日:第1ステージ ー 監督も認める「脂が乗っているボーネン」

ゴールまで10km以内で2つ発生したクラッシュ。これをすりぬけて優勝を果たしたのはカタールツアーで第1、2ステージ優勝したトム・ボーネン。

レースはリバティーのイゴール・ガルデアノとFDJのサンチェスが長い逃げを決めるが徐々にプロトンとの差は詰まり、ゴールが近くなるにつれ結局吸収。

最初のクラッシュでグループは2つに分断。25秒の差がついた。ラスト数kmでトマ・ヴォクレーがアタックした時、さらにクラッシュ。それを利用して飛び出したのがボーネン、パリアリーニ、キルシプー。ボーネンが差をつけてトップでゴール。

一方ランスは41秒遅れの44位。総合70位。パリ〜ニースには勝ちに行くという事前の噂だったが、今は「僕はツールの申し子」みたいなことも言っている。前日のプロローグについては、「今までで最悪のTTだった。」と。

寒さ+時差ぼけ+更に走り込みが足りていないのがダメージだったという。グラミー賞、TV番組オプラショー、などなど、確かにショービズで忙しかった。

● 2005.03.09 (Wed)  3月6〜13日 パリ〜ニース(フランス) 最新情報 と第2ステージ結果
1. コース変更
第2ステージは悪天候(雪)のため、コース大幅短縮に。

もともと191kmの距離を走る予定だったが、12:15に各自チームカーで144.5km地点まで移動。そして15時にゴールめざして46.5km走るそうだ。191kmが46.5kmに!!

2.ボーネンが亡き友に誓った優勝

第1ステージ優勝のボーネン。実は先週親友が亡くなった。友人のディディエはドイツでスキーをしていて亡くなった。葬儀の日、彼はディディエのお父さんに、「彼のためにパリ〜ニースでステージ優勝します」と誓ったそうだ。

3.フィニッシュタイムは53分31秒!平均時速52.13 km/h : ボーネンがダブル

コースが46.5kmになって、タイム・時速ともにすごい数字になった。勝者は第1ステージに続き、またしてもボーネン。総合でもトップに。でも本人の目標は総合ではない、と繰り返し彼は言っている。
悪天候だが、最初の大事なプロツアーということで、リタイヤの選手は少ない。

● 2005.03.09 (Wed)  Race sum-up
3月6〜13日 パリ〜ニース(フランス) 第3ステージ

再び短くなり、118kmを走った本日の第4ステージ。バレアレスのビセンテ・レイネスが優勝。彼はまだ23歳。総合は相変わらずボーネン、2位はEデッケル、3位にレイネスが浮上。

この日も寒く、路面には雪がどっさり積もる。こうした悪天候の低い調子のステージで、ガッツある若手が気合を見せた。

ボーネンとレイネスはU-25で新人賞候補。その2人に挟まれて、34歳のベテランデッケルが頑張る。

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コース速報第2弾>
第3ステージのゴールが悪天候で変更になった。チャンボンスュルリニョンからクラポンスュルアルゾンへ。ステート地点は同じ。距離は180kmから117kmへ。最後はゴール地点を少し周回する。

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コース速報第1弾>
フランスの天候は相変わらず。第3ステージも再び短縮される見込み。最終的なアナウンスは現地午前中に行われる予定。

ASO主催のパリ〜ニース。今回はジャンマリ・ルブランでなく、後継者と目されるプルドム氏が指揮を執っている。いきなりの大役だというのに天候で大荒れ、彼にとってはいきなり結構なチャレンジだ。

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■ 3月9〜15日:ティレノ〜アドリアティコ(イタリア)第1ステージ

こちらは初日、ペタッキがスプリントを制した。これでペタッキは今季9勝目。

● 2005.03.10 (Thu)  Race Sum-up
cancela.jpg 247×232 8K3月6〜13日 パリ〜ニース(フランス) 3/10 第4ステージ :噂をすればカンチェッラーラ

その2)News Briefingでカンチェッラーラに触れたところだった。<あんなおちゃらけっぽくて大丈夫かと思ったが、結構この人強いんだよね>、といったことを書いたのだが。。。。なんとその直後に勝ってしまった。

それにしてもカンチェッラーラはスプリンターのキルシプーと一騎打ちだったようだ。彼に勝つとはすごい。カンチェッラーラ、TTスペシャリストだが、スプリントも強かったのか、或いはファッサトレインが強力だったか。これで彼は総合首位に。

(写真はNews Briefingで掲載した写真の一部分。結婚指輪の手がトザット。)

その1)3日連続で悪天候のため、距離短縮。スタート地点が移され、距離は180kmから104.5kmに短縮。

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3月9〜15日:ティレノ〜アドリアティコ(イタリア)3/10 第2ステージ: フレイレがきた

レースを決めたのはフィニッシュへ向かう平均4%の上り。上りもこなせるスプリンターフレイレには美味しいコースプロファイル。スピードをそのまま維持できたフレイレがトップでゴールした。総合もペタッキからフレイレの手へ。

しかしファッサはその分パリ〜ニースでカンチェッラーラが総合ジャージを手にしている。ファッサ、盤石だ。

● 2005.03.11 (Fri)  ■ 3月6〜13日 パリ〜ニース(フランス) 3/11 第5ステージ
速報> レースを決める大一番でシモーニが優勝!

モンファロンの山頂ゴールの大一番。制したのはシモーニ。モンファロンに近づくに従って、プロトンは散り散りになっていった。そんな中、彼は最後まで粘り強い走りを見せて単独ゴールした。

一方、総合首位に立ったのはこの日10位でフィニッシュしたジューリック。

「こう言うのもなんだけど、僕はあのモンフェロンの上りがすごく嫌だった。でもこのおかげでイエロージャージを手に入れることができた。ちょっぴり好きになったかな。数日後には僕の近所にたどりつく(彼はニース在住)。あのあたりの上りは大好きなんだ。」

CSCは昨年のパリ〜ニースの覇者ヤクシェをリバティーに奪われた。しかし、ジューリックという別の選手でリーダージャージを手にした。なかなか層が厚い。

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実は今日電車の中で読んでいたProcycling誌、シモーニとハミルトンのインタビュー特集だった。丁度シモーニのことを書こうと思っていたところ。

インタビューで、彼はこんなことを言っている。(これは去年のジロ直前インタビュー)

「ジロで勝つことは夢だった。
ジロで優勝して、それは次に現実になった。
そして、優勝したあと、ジロで勝つことは僕の責任となった。」

つまり、彼はチームをしょってジロに出た。「ランプレには、ベテランライダーがたくさんいて僕は学んだ。でもサエコでは、僕がチームを引っ張っていく。それが僕の使命だと思っている。」

ところが、ここまで気負って出場したジロで、若いチームメートがいきなり優勝をさらった。彼が長年かけてつかんだ栄光を、その若者はたやすく手中に収めた。責任感とかそういう思い任務を肩に背負うことなく。

そういう意味で、彼が去年のジロでいかに傷ついたかがよくわかる気がした。また、チポッリーニが、重圧から解放されて今年いい走りができていると言っていた。重圧を背負ってジロに出たシモーニと、フリーでいけたクーネゴ。シモーニはプレッシャーとういハンデを負っていた。

去年悔しい思いをしたシモーニがプロツアーで見事に輝いた。
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ていよいよモンフェロンの山岳ステージ。いわゆる一番の決め手となるステージだ。事前には悪天候で山頂ゴールがどうなるか懸念されたが、今の所はカットといった話は出ていない。

● 2005.03.13 (Sun)  Race sum-up
3月9〜15日:ティレノ〜アドリアティコ(イタリア)3/12 第4ステージ: フレイレがハットトリック

オスカル・フレイレが第2〜第4ステージ3連覇。破竹の勢い。

フレイレ談話:「特に勝ちに行ったステージではなかった。最後のスプリントではポジショニングもはっきりいってよくなかった。でも、なんとか前に出ようと最後は必死で努力したんだ。」

ペタッキはフレイレの後ろからうまくまわりこもうとしたが、ラスト300mで優勝争いから脱落。調子をあげているフレイレ、来週のミラノ〜サンレモでも期待できる。

それにしても、かつてのジンクス「ラルカンシェルの呪い」は「ラルカンシェルの勢い」に変わりつつある。

3月6〜13日 パリ〜ニース(フランス) 3/12 第6ステージ

逃げグループを形成していたラボバンクのJ・ポストフーマが 一人抜け出してそのままゴール。ジューリックはプロトンで安泰。総合優勝堅めは着々。

● 2005.03.13 (Sun)  ■ 3月6〜13日 パリ〜ニース(フランス) 3/13 第7ステージ
ジューリックが初めてのプロツアーを制したが、簡単にそのまま自動的にVictoryロードを飾ったわけではなかった。ラスト16kmk。コルデズの下りでのこと。取材のオートバイにハンドルバーが接触。そのまま横滑りして地面に叩きつけられた。

「最悪の瞬間だった。ここコルデズの頂上で、僕はレースをほぼ手中にしていた。その瞬間オートバイのせいでノックアウト寸前だった。」

それでもジューリック、傷は負ったもののそのままバルベルデらのグループを追い、最終的にはタイム差なしでゴールできた。

ジューリックがステージレースを制するのは、なんと97年以来のこと。パリ〜ニースでアメリカ人が優勝するのは初めて。

この日のレースはバルベルデの活躍が光った。リーダージャージをもぎとる最後のチャンス。峠登場のたびに、積極的に仕掛けるが、その都度フォイクトに潰される。

例のケガから復活したリバティーのコンタドールとともにバルベルデはゴール手前で逃げに成功。しかし、ヴィノクロフ、ジューリックらを含むグループが、彼らをゴール手前で吸収。最後はスプリントもいけるバルベルデが優勝をもぎとった。

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<速報版>バルベルデ区間、ジューリック総合

ピュアクライマーではないのでバルベルデは山岳ステージでは振るわなかったが、やはりあのままでは終わらなかった。有終の美を飾る最終日優勝。更に総合2位でレースを終えることに。

平均力があるため、徐々に上位につけていき、前日まで3位だったのが、逆転で総合2位に浮上した。

総合はジューリックの手に。フォイクトといい、ジューリックといい、CAで一旦振るわなかった選手がCSCにきて息を吹き返している。

● 2005.03.15 (Tue)  3月9〜15日:ティレノ〜アドリアティコ(イタリア)3/14 第6ステージ: フレイレvsペタッキ
3勝しているフレイレvs1勝のペタッキの高速対決は、ペタッキが優勝し、このレース2勝目をあげた。フレイレ、仕掛けるタイミングがやや早かったか?3位はマキュエン。

これで総合順位はトップのフレイレと次のペタッキの差は19秒。明日はサーキットコースなので、またスプリント勝負になるだろう。総合順位は:

1位 フレイレ、2位 ペタッキ、3位 グイーディ、4位 ホンド、、、とスプリンターが並ぶ。これでマキュエンが入っていれば、スプリンター大揃いだった。

● 2005.03.16 (Wed)  月9〜15日:ティレノ〜アドリアティコ(イタリア)3/14 第7ステージ:
■ フレイレは、UCIプロツアーのリーダーに

昨日ある人宛のメールに、「最終日はペタッキが勝って、これでティレノではフレイレとペタッキ3勝ずつでしょうかね」、と書いたのだが、結果はやはりペタッキが最後を飾り、2人の星は3つずつ。フレイレが総合優勝に。

この日の2位はチポッリーニ、3位ホンド、4位オグレイディ、5位グイーディ。フレイレ、最終日のスプリントにはからめず26位。

これだけスプリンターが揃ったのだから、ここで勝ったフレイレとペタッキはKing of sprinterという感じか。とにかく2人で7ステージ中3つずつ分け合った(あとはクナーヴンが1勝。)

マキュエンが力を出し切れなかったのは以外だが。彼は最終日はラスト6km地点で落車。DNFに終わった。

総合優勝でフレイレはUCIポイント50を獲得。更に区間優勝のポイントもつく。これで19日のミラノ〜サンレモでリーダージャージを着る事に。しかし、彼がレインボージャージを選ぶのか、プロツアーリーダージャージを選ぶのかは不明。

● 2005.03.17 (Thu)  3月19日: ミラノ〜サンレモ (イタリア): ペタッキジンクスを破る優勝!
■ Race
イタリアのプレスはこの冬、ペタッキのことをこんな風に書いた。
「ペタッキは250km以上の長いレースでは、スプリント勝ちすることはできない。」と。

しかしこの日、300km近いミラノ〜サンレモの大舞台で遂に優勝。そんな批判を吹き飛ばした。

「長距離レースで勝てないとか批判されてきたけど、今日勝てることを証明できた。もうプレスやほかの選手たちにとやかく言われるはうんざりだった。でも見ただろう?今日はバイク2〜3つ分の余裕で勝てたんだよ。」

ラスト500mでゲロルシュタイナーの選手たちやボーネンらによっていいポジションを確保することを阻止されたフレイレ。5位に終わる。この日は勝てる脚を温存していただけに、悔しそうだった。

ペタッキはといえば、最初ベッティーニの後にうまく回り込み、ラスト200mでスプリントを発車。200m級スプリントでは、今や誰も彼にかなう者はいない。

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■ この日のRace展開
ジミー・カスペ(COF)、イニャキ・イサシ・フロレス(EUS)、ダニエーレ・リギ(LAM)、マウロ・サンタンブロジョ(LPR)、フィリッポ・シメオーニ(ナトゥリーノ)が開始早々30km地点で逃げグループを形成。

200kmもの長い間逃げ続けた。しかしトップとの差は流石に一時より縮まり、ラスト60kmでプロトンとの差は1分半。吸収のシナリオが見えてきた。

ラスト55kmで、差は更に縮まり15秒。ここでプロトンからアンドレア・ターフィが飛び出した。パリ〜ルーベで引退を決意しているベテラン。

ラスト53km。遂に吸収され、全て一塊に。トップグループを形成していた選手たちの200km以上に及ぶ逃げは終わった。

そして最後はゴールスプリントに。
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■ レース直前 DNS
ダヴィタモン・ロットのマキュエンと、気道疾患のためにディスカバリーのヒンカピーがDNS。不出走となった模様。マキュエンの代わりにフレッド・ロドリゲスがチームリーダーに。

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CNがライブをやっているが、今回は3人体制のレポートだ。力が入っている。もっとも294kmの長丁場だ。
http://live.cyclingnews.com/

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■ 過去の優勝4傑

Year
Name
回数
1966〜76
エディ・メルクス
7回
1939〜50
コンスタンテ・ジラデンゴ
6回
1918〜28
ジーノ・バルタリ
4回
1997〜 2001
エリック・ツァベル
4回


ちなみに2004年はオスカル・フレイレ(ツァベルがウィニングポーズしてしまったあのシーン)、2003年はパオロ・ベッティーニ、2002年はマリオ・チポッリーニが優勝。

● 2005.03.20 (Sun)  プロツアー第3戦終わって 最新UCIランキング:
19日のミラノ〜サンレモが終わった段階で、ランキングは以下のとおり:

1 A. ペタッキ (ITA - FAS) .............. 93 Pts
2 O. フレイレ (ESP - RAB) ............. 78 Pts
3 D. ホンド (ALL - GST) .................70 Pts
4 B. ジューリック (USA - CSC) ......50 Pts
5 A. バルベルデ (ESP - IBA) .........41 Pts

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■ ペタッキのこれまでの勝利数

GPコスタデリEtruschi:1勝
ルータデルソル:2勝
ルイスプイグ:1勝
バレンシアナ:3勝+総合優勝+ポイント賞
ティレノ〜アドリアティコ:3勝
ミラノ〜サンレモ:1勝

ポイント賞を入れなければ、ペタッキは既に今季12勝。勝ち数が多すぎるせいか、ファッサのHPでも、彼のリザルトのカウントに数箇所間違いがあるほどだ。

● 2005.03.21 (Mon)  3月21〜25日:セトマナ・カタラナ(スペイン)本日スタート
第1ステージはヨレト・デ・マールの165.5kmのステージ。勝負は第3ステージのコル・デ・パルの山頂ゴール。最終日は17kmのTTだ。

注目はヴエルタ以来のレース出場となるエラスがどんな走りを見せるか。彼は今年出場するグランツールをにらんで、例年より遅いスタート。ガルデアノは故障者リストに載っており出場キャンセル。

● 2005.03.22 (Tue)  Race sum-up
3月21〜27日:ツール・ド・ノルマンディ(フランス) 3/22 第1ステージ

この日、宮沢選手が4位に入いった。JUMP

3月21〜27日:ツール・ド・ノルマンディ(フランス) 3/21 プロローグ

現在ブリヂストンアンカーはツール・ド・ロマンディに出場中

21日には5.6kmのプロローグが行われた。ブリヂストンアンカーは、福島兄弟、田代、宮沢、清水(都貴)、水谷選手が出場。(鈴木真理選手の名前もスタートリストには載っているが、リザルトの方には載っていない。)

晋一選手が72位、康司選手が86位、宮沢選手が100位など。リザルトへJUMP
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3月21〜25日:セトマナ・カタラナ(スペイン)3/21 第1ステージ:スロヴェニアチャンピオンが初日優勝

シモーニ、アセベド、エラス、カセロらが揃ったカタルーニャ・ウィークのレース。
初日はレラックスのルイス・ペレス・ロメロがとにかく逃げまくった。開始15km地点から162km地点まで。一時は集団に12分もの差をつけた。

しかしラスト数キロで、カイクのガルシアらがロメロをとらえ、結局プロトンに吸収される。最後のスプリントを制したのは、緑のフォナックジャージでなく青・赤のスロヴェニアチャンピオンジャージを着たウロス・ムルンだった。

● 2005.03.24 (Thu)  3月21〜25日:セトマナ・カタラナ(スペイン) 3/23 第3ステージ: コンタドールがリーダーに
TDUで随分お伝えしたリバティーのアルベルト・コンタドール。ブエルタ・ア・アストゥリアスのレース中に脳の病気を起こして落車し、九死に一生を得たあの人。

TDUの後も数々のレースでとても目立っており、復帰早々爆発している印象を受けていたが、この日大きなレースで再び活躍。

この日は勝負を占う大事なステージ。

その中でも勝負どころの山岳クンブレ・デ・パル(2080m)を制して優勝したのがコンタドールだった。前日のステージではファッサのネオプロ、コリオーニが優勝。総合トップになったが、この日の優勝でコンタドールがリーダージャージをゲット。

この日はフォナックのモース、エウスカルテルのロペス・デ・ムナイン、サウニエルのデ・ラ・フエンテらがエスケープ。コムニダVのオルモと合流して一時はプロトンに3分45秒差をつけた。この4人が最初の山岳ポイントをゲット。第2級のコル・デ・カネスだ。

その後アタックが続き、トップグループは16人ほどになる。中でもリバティーがレースを引っ張った。

スピードが上がり、トップグループは12人に縮小。シモーニとベルトランがここで脱落。最後のコル・デ・パルの上りで、選手は更にふるいにかけられた。ここでは、チームメートのエラスがコンタドールを引く場面も。

ラスト1km、エラスはコンタドールに行かせる。このままコンタドールが単独優勝。2位はバーロワールドのアレイトゥナンディア、3位はリバティーのK・ヒル。ルビエラは8位、エラス9位、ディスカバリーのダニエルソン10位。

ルビエラは、昨年のこの時期、腹痛や体調不良でレースを次々リタイヤしていたが、今年はステージレースでチームの中で上位に入っている。

第3ステージ終了後の総合順位:

1. A・コンタドール(LST)----------------12h58m03s
2. P・アレイトゥナンディア(バーロワールド)--- +7秒
3. K・ヒル(LST)------------------------+13秒
4. A・ゴメス(サウニエル)-----------------+17秒
5. D・ベルナベウ(コムニダバレンシアナ)-----+24秒

● 2005.03.25 (Fri)  Race sum-up
3月21〜25日:セトマナ・カタラナ(スペイン) 3/24 第4ステージ

区間優勝はフォナックのロバート・ハンター。2位はファッサのネオプロ、コリオーニ。先日の区間優勝に続き、活躍している。この日は集団ゴールだったため、コンタドールは総合首位をキープ。

金曜日は最終日。17kmのTTだ。Wurthをスタートして戻ってくるコース。5km地点が上りになっており、フラットではない。後半は下りがダラダラ続き、最後数キロは緩い上り坂。この個人TTで勝負が決まる。


■ 3月21〜27日:ツール・ド・ノルマンディ(フランス) 3/24 第3ステージ
CNに晋一選手の写真: JUMP

● 2005.03.26 (Sat)  ■ 3月21〜25日:セトマナ・カタラナ(スペイン) 3/25 最終日第5ステージ
* コンタドールが総合優勝
金曜日最終日は短い16.4kmのTTだったので、日本時間の金曜日中に結果が出た。TTを制したのはカンチェッラーラ(FAS)、2位ダニエルソン(ディスカバリー)、3位カルペツ(バレアレス)、そして4位には総合首位のコンタドールが大健闘。5位はフリーゴ(FAS)。

よって、総合優勝は文句なし、山とTTで活躍したアルベルト・コンタドールの手に。去年息子が瀕死の状態で涙した両親も、嬉し涙しているかもしれない。

なおチェチュ・ルビエラがTTで9位に入り総合6位に。(チェチュ ファンが多いので特記しておきます。)

総合順位
1位 コンタドール、2位ベルナベウ(バレンシアナ)、3位アレイトゥナンディア(バーロワールド)、4位ダニエルソン、5位ヒル(リバティー)、6位ルビエラ。

● 2005.03.26 (Sat)  3/26〜27 クリテリウム・インターナショナル (フランス)
■ 3/27 pm 最終第3ステージ :CSCがワンツースリー、更に総合はジューリック

第3ステージ8.3kmのITT。第2ステージの山岳ステージで3位だったジューリックが最速タイムを叩いて、優勝した。総合2位は第2ステージで1位だったT・デッケル、総合3位は前日2位だったヤクシェ。

ステージリザルトの方は1位ジューリック、2位はフォイクト、3位はアルヴェセンということで、CSCが大活躍。リザルトへ

ジューリックのコメント:「TTではまるで僕の脚が勝手に全ての仕事をやってくれた感じ。雨のせいでコースはすごく難しかったけど、今日は俺の日だ、そう感じることができた。

まるで(総合優勝した)パリ〜ニースの波にまだ乗っているようだ。何年間ものブランクを、ここで一気に挽回する機会を得た気がする。あの時期は、全ての歯車がかみ合わなかった。

やはり集中をとぎらせることなく続けることが大事ということだろう。ビヤンヌ(リース監督)は、僕に信頼を持ち続けてくれた。僕はこのチームの一部で、まるで大きな家族のよう。これ以上望むことはないよ」。

ファッサとともに CSCが かなり目立っている今日この頃。ジューリックのコメントを聞いていると、リース監督の手腕というのは、大したものだ。


■ 3/27 am 第2ステージ 速報

午前中の山岳ステージはラボバンクノトマス・デッケル(エリック・デッケルでなく、若手の方)が優勝。2位はヤクシェ(リバティー)、3位はCSCのジューリック。午後にはITTの第3ステージが行われ、それで勝負が決まる。


■ 3/26 第1ステージ

ツァベルはまたしても2位だった。第1ステージのスプリントを制したのは、バレアレスのイサーク・ガルベス。今までチポッリーニを落車に追い込んでにらまれたり、スプリントでは2位が多かったが、ツァベルをスプリントで負かした。

ツァベルがガルベスに負けた、というのは少々がっかりしたりもするが、ガルベスが力を上げた、と考えたい。。。。

しかし、ツァベルが最後にレースで優勝したのは去年の5/22、バイエルンツアー。それを最後に勝ち星から見放されている。

ツァベルはヴエルタ、ティレノ、バイエルンでポイント賞獲得したものの、ポイント賞を除いて優勝だけを単純に見ると昨年の成績は:

2/19 ルーダ・デル・ソル第5ステージ優勝
4/12 ケルン一周レースで優勝
5/14と16 ピースレースで区間優勝
5/20、22 バイエルン一周で区間優勝

TモバイルのHPを見ると、クリテリウム・インターナショナルが終わった翌日28日開催のケルン一周でツァベルの活躍を期待している。昨年優勝したレースで なんとか巻き返したいところなのだ。

一方で優勝したガルベ談話:「まだまだこれからも勝てると思う。マヨルカ島のレースではフレイレについで2位だった。バレンシアではペタッキについで2位だった。」

フレイレやペタッキの次でゴール、というのは本人にも自信を与えたようだ。

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* レースの模様
この日レースで活気付いていたのはFDJのFフィノ。飛び出してから60km地点でDロビン(ゲロル)とIアントン(EUS)がジョイン。

3人はプロトンに12分の差をつけた。その後マギー、ヤクシェ、フォイクト、シルヴァン・シャヴァネルら役者を含む小グループがジョイン。

マギーがアタックを仕掛け、Dルー(ブイグ)、Jポストフーマ(RAB)、コムニダバレンシアナで最近目立っているDムニョスがついていく。

ラスト10km地点。4人は第1グループに10秒、第2グループに20秒の差をつけた。

しかし、差は広がる気配はなく、ラスト5km、リバティーのヤクシェらが彼らの逃げを潰しにかかる。ラスト2km、プロトンが4人を吸収。

ガルベスがツァベルを抑えてゴールスプリントを制した。

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■ 予告

スタートリストがletourのサイトに出ている。JUMP

行程は下記:
1 3/26 : 187 km Vouziers > Charleville-Mezieres
2 3/27 午前 : 98,5 km Les Vieilles Forges > Montherme
3 3/27 午後 : 8,3 km Charleville・Mezieres (ITT)

● 2005.03.28 (Mon)  3月26日:Brabantse Pijl(フレッシュ・ブラバンコン)(ベルギー)
フレッシュ・ブラバンコンは、4/3のツール・デ・フランドルの前哨戦という位置づけのレースだ。優勝はオスカル・フレイレ。

(ツール・デ・フランドルは、ツール・ド。。ではなくフランドルが複数形なので、「デ」となる。正式名称はロンデ・ヴァン・ヴランデーレン、雑誌などの短縮形はフランドル一周。)

4/3のツール・デ・フランドルを前にオスカル・フレイレが好調さをアピールした。ラスト20km、14人逃げグループから フレイレがアタック。最後はアクセル・メルクス(ロット)、元ラボバンクでクイックステップへ移籍したマルク・ロッツ、フレイレ3人のスプリントとなり、フレイレが優勝。

クラシックを狙っているヒンカピーは6位、エキモフは16位。アームストロングは濡れた路面でラスト80km地点でパンクに見舞われた。差が縮められずに43位でフィニッシュ。

● 2005.03.30 (Wed)  Race Sum-up
ballan.jpg 202×421 14K■ 3月29〜31日 KBCデ・パン3日間レース:JC来日選手が初日優勝

昨年ジョージ・ヒンカピーが優勝したデ・パンのレース。初日202kmのコースで優勝したのは昨年ジャパンカップで来日したアレッサンドロ・バッラン。身長190cmの長身の選手だ

(写真右。左はパオロ・ボッソーニ。昨年ランプレに在籍。今年はランプレ・カッフィータ。)

レースは中盤でニコ・マッタン、ミルコ・チェレスティーノ、スタイン・デヴォルデル、バッランらを含む9人がアタック。プロトンに数分のタイムを稼いだ。

上りでバッランがアタック。そのままソロで上っていく。しかしディスカバリー期待の新進気鋭デヴォルデルもヒシヒシと迫っていく。ラスト20km、バッランは追いついたデヴォルデルとともにペアで先行することに。

最後はゴールスプリント。200m手前でデヴォルデルの背後から飛び出したバッランが優勝。

レースは3日間だが、このあと30日に231km、31日には午前・午後それぞれ116kmのショートコースと13.7kmのITTを走る計4ステージで争われる。


■ 10月29日 パリ〜カマンベール(フランス)ブロシャール本レースで3勝目

例年は日本で滅多に騒がれることのないこのレースが にわかに脚光を浴びた。ランス・アームストロングが出場したせいだ。更に、病気の治療薬が認定されないためレースに出られないフランク・ブイエが昨年優勝しているレースなので、本HPでも、先日このレースに触れた。

優勝したのはこれで3度目の優勝となったローラン・ブロシャール。追っ手グループよりも7秒先行して逃げ切った。

過去の優勝者リスト:
2004:フランク・ブイエ(フランス)
2003:ローラン・ブロシャール(フランス)
2002:マルクス・ルンククヴィスト(スウェーデン)
2001:ローラン・ブロシャール(フランス)
2000:ディディエ・ルース(フランス)

2004年09月 10月 11月 
2005年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 

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