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 過去ログ 〜2004.08

 レース情報 最新版へ


2004年09月 10月 11月 
2005年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 

● 2005.07.01 (Fri)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
■ 初日19kmのプロローグ、ランスのコメント : 初日19kmのTTはかなりテクニカル。実感としては30kmぐらい

ランス:「このステージは、平年のコースと違う。2000年のフツロスコープのTTコースに似ている。走っていて20kmのTTという気がしない。目まぐるしく変化するコースだし、ずっと向かい風が吹いている。

橋も1つあり、ラウンドアバウト(ロータリー式交差点)が5箇所、カーブはほとんどない。だから実際のところ、30kmTTのような気分がする。

選手間のダメージを生むには、この距離は十分だ。自分としては是非、この日にタイムを稼ぎたい。」

● 2005.07.02 (Sat)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
■ 初日19KMのTTスタートオーダーはこうして決められた

スタートオーダーは下記の通り。順番を見てみると、出走の順番はチームごとに固定しているのがわかる。つまり、後ろから順に:

1.ディスカバリー、2.Tモバイル、3.CSC、4.バレアレス、5.ダヴィタモン・ロット、6.ラボバンク、7.フォナック、8.ファッサ、9.サウニエル、10.リバティー、11. CA、12. リクイガス、13.コフィディス、14. クイックステップ、15. ブイグ、16. ランプレ、17.ゲロルシュタイナー、18.FDJ、19.ドミナ、20.エウスカルテル、21.AG2R。

一件ぐちゃぐちゃに見えるが、推測するに、こういうロジックで順番が決まったと思われる。

まず、上記1から4までは、昨年のツール総合順位1位から6位までの選手に基づく。

■ 去年ランス(ディスカバリー)が1位でディスカバリーのスタート順は一番最後。
■ Tモバイル(クレーデン)が2位でテレコムのスタート順は最後から2番目。
■ バッソ(CSC)が3位でCSCのスタート順は最後から3番目。
■ ウルリッヒが4位、アセベドが5位だったが、既にTモバイルもディスカバリーも上記のとおりローテーション入りしているのでスキップ。
■ マンセボ(バレアレス)が6位でバレアレスのスタート順は最後から4番目。

さて、問題は最後から5番目のダヴィタモン・ロット以降のチーム。これはどうやって決まったか?


独自に調べた結果、UCIプロツアーのチーム順位で決まったことを発見。
それも、現時点のではなく、5月末時点のもの。ジロの直後に出たランキングだ。

5月末のランキングによると、ダヴィタモン・ロットが1位、2位ラボバンク、3位フォナック、4位CSC(CSCはすでにローテーション最後から3番目いりしている)、5位ファッサ、6位 サウニエル、7位 リバティー、8位CA。。。

これで上記の順番の5番目以降に合致する。

初日TTの出走順番を解くカギサマリ:

* 出走順、最後から1番目〜4番目のチームは昨年の総合順位に基づく。
* それ以降は、5月末時点でのプロツアーランキングに基づく。
* 上記をもとに上位チームから順番が決定し、最後にプロチームでないAG2Rが加わる。この順番を逆さにした順番でTTスタートが決まる。


15h40: Turpin, Flores, Bertolini, Eisel, Foerster, Stangelj, Bénéteau, Cretskens, Augé, Albasini, Bodrogi, Davis, Bertogliati, Facci, Zampieri, Wauters, Aerts, Zandio, Zabriskie, Guerini

16h00: Padrnos, Krivtsov, Isasi, Cortinovis, Mourey, Lang, Bortolami, Brochard, Hulsmans, Bessy, Pagliarini, Joly, Contador, Canada, Bernucci, Grabsch, Kroon, Vansevenant, Garcia Acosta, Roberts, Kloeden (16h20), Noval, Calzati, Herrero, Furlan, Lovkvist, Wrolich, Glomser, Geslin, Knaven

16h30: White, Garzelli, Hinault, Gonzalez de Galdeano, Quinziato, Gustov, J.E. Gutierrez, Loewik, McEwen, Karpets, Arvesen, Schreck, Popovych, Dumoulin, U. Etxebarria, Grivko, Mengin, Scholz, Righi, Pineau, Zanini, Tombak, Gerosa, Halgand, Vicioso, Piepoli, Giunti, Hunter, Rasmussen, Rodriguez

17h00: Arroyo, Soerensen, Nardello, Azevedo, Gerrans, Camano, Iglinskiy, Da Cruz, Rich, Spezialetti, Sprick, Trenti, Vasseur, Ljungqvist, Kirsipuu, L.L. Sanchez, Horner, Corioni, Moos, Posthuma, Brandt, Galvez, Voigt, Vinokourov (17h23), Beltran, Portal, Zubeldia, Ludewig, Cooke, B. Zberg

17h30: Loosli, Lefèvre, Tankink, Marichal, Carlstroem, Kaschechkin, Beloki, Fritsch, Frigo, Jalabert, Boogerd, Van Summeren, Becke, Lombardi, Sevilla, Rubiera, Goubert, E. Martinez, Nuritdinov, Gilbert, Wegmann, Commesso, Fédrigo, Sinkewitz, O'Grady, Pellizotti, Caucchioli, Serrano, Zaballa, Flecha

18h00: Pereiro, Weening, Van Bon, Arrieta, Julich, Kessler, Savoldelli, Astarloza, Landaluze, Vanotti, Casar, Leipheimer, Petrov, Voeckler, Rogers (18h14), Moncoutié, Cioni, Hushovd, Jaksche, Gomez Marchante, Kirchen, Landis, E. Dekker, Merckx, Valverde, Sastre, Steinhauser, Hincapie, J.-P. Nazon, Mayo

18h30: Honchar, McGee, Totschnig, Mazzoleni, Rous, Boonen, Chavanel, Backstedt, Moreau, Heras

18h40: Garate

18h41: Cancellara

18h42: Botero

18h43: Menchov

18h44: Evans

18h45: Mancebo

18h46: Basso

18h47: Ullrich

18h48: Armstrong

● 2005.07.02 (Sat)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日 RACE
ull.jpg 300×451 21Kステージ 1 : 7月 2日 Fromentine - Noirmoutier-en-l'Ile ITT 19 km

RACE リザルト: ジョークのセンス最悪といわれた男、ザブリスキーがそのままトップタイムをキープし優勝

ランスはやはり帳尻を合わせてきた。この日2位でフィニッシュ。サプライズは、ザブリスキー。開始19番目に走った選手がそのままトップタイムを維持して優勝というのは珍しい。。。

と、ここまで書いて、過去にも似たことを書いた気がした。調べてみたところ、今年のジロのTTの時だった。

5/16の第8ステージ、ザブリスキーは、今回と全く同じ順番19番目の出走で、そのまま優勝。「ジロ第8ステージ:優勝したザブリスキーは19番目の出走だった」と見出しをつけていた。ジロの中継コメントへJUMP

偶然、ザブリスキーは、今年ジロもツールもTTで19番目に出走して、見事優勝したらしい。後の走者がタイム塗り替えていくことが多いのだが。


ヴィノクロフ、ウルリッヒ、マギーら有力選手は上位に食い込んだもののランスから1分近く遅れた。

特にウルリッヒは後からきたランスに追いつかれた。ウルリッヒは不甲斐ない、と不満のコメント。逆にランスは前にいるウルリッヒの姿がどんどん大きくなっていく状況で調子づいてしまった。

ウルリッヒは、昨日のトクダネ に掲載したとおり、(”ウルリッヒ トレーニング中にクラッシュ”)トレーニング中、チームカーと衝突して軽症を負った。

本人は今回のタイム差をそのせいにはしていないが、実際はどうだったのだろう。

トクダネで書いた”ウルリッヒは大きい絆創膏をしていた”、の写真は左。ドイツのradsport-news から借用(photo copyright : radsport-news : Roth)


優勝したザブリスキーは、6/28の小ネタで紹介した”リース監督が嘆く?ジョークのセンス最低の男”だ。JUMP

イエロージャージを着たザブリスキー談話
「めちゃくちゃ嬉しい。すごいことをやってのけた。夢にすら思わなかったよ。ビッグネームが僕を敗れなかったんだからね。もちろん、いいタイムをめざしたけど、でもこれには本当に驚いた。イエロージャージにも驚いている。でもとにかく、僕はなによりバッソのために働くよ。」

ちなみに、彼はレース直前、トップ10を目指したい、と語っていた。


第1ステージ順位(CN)

どうでもいいけど、流石にツールのポディウムガールたちは、他のレースに比べてもやはり綺麗だ。。。JUMP


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Real Time

開始1時間で、CSCのアメリカ人デーヴ・ザブリスキーがトップタイム20分51秒を叩いた。平均時速は54.67km。19kmでショートとはいえ、かなりいいタイム。暫く簡単には破られないかもしれない。

本日の朝の気温は17度。2週間前より15℃も低い気温。猛暑は去り、雨の心配もあったが、今日はなんとか天気は持ちそう、という予報。

letour公式サイトにもTTの出走順が出たJUMP / CNのライブテキスト

● 2005.07.03 (Sun)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
grp0703235621.jpg 640×480 57K■ ステージ 2 : 7月 3日 Challans - Les Essarts 181.5 km : ボーネンがマキュエンを破る!

■ After Race:

ー 勝者インタビュー:トム・ボーネン、スプリントを語る


「自分を知っていること;人間心理を知っていること;状況を評価する能力を有すること、、この3つがスプリンターにとって重要な側面だ。

自分でスプリントを予測できることが必要となってくる。フィニッシュはどんな感じになる?ラスト1kmは?誰がどう動くか?自分の戦いの状況は?誰が誰を追ってくるか。。?

もしこれらをコントロールできれば、数分でのポジション修正も可能になるだろう。そうすれば、あとは最後の数分までの間、自分の頭の中に勝つシナリオがごちゃまんとよぎってくる。

でもそのごちゃまんとあるシナリオの中で、正しい選択はひとつだけ。その正しいたったひとつの選択が勝敗を分けるんだ。」


一方、マキュエンは飛び出すタイミングを間違えた。「ラスト250mから飛び出してしまった。早すぎた」と冷静に語った。


― イエロージャージを守ったザブリスキー、リース監督の要望にこう答えた

リース監督がデンマークのTVで、「もしザブリスキーがあと3、4kg減量したら、彼は総合優勝を狙えるのに」と語った。それに対し、ザブリスキーはこのように語った。

「まあ、それは可能かもしれないけど、そうするとすごい痩せになっちゃうな。鏡で自分を映してみても、どこをこれ以上そげばいいのかわからない。

ビヤンヌがそう言うのなら、可能なのかもしれないけど。でも減量にはバランスが必要。骨だけでペダルは漕げない。筋肉もいる。このバランスを模索しながら、さてどうなるか見てみよう。」


Real Time

日本時間20時にプロトンはスタート。今日はフラットステージ。マキュエンくるか。話ではカーブが多くフラットとはいえテクニカルとのこと。

さらに、前半戦はいつもナーバスで落車などが多発する。今日はどんな展開になるだろう。

レースは丁度半分の90kmを過ぎたところ。現在カニャダ(サウニエル)、ボドロギ(CA)、ヴォクレー(ブイグ)、カルザティ(AG2R)が逃げている。プロトンとの差は4分。

ガルシアアコスタ、フォイクト、Eデッケル、ランダルセあたりのスピードマンなら必死でこのままゴールまで逃げるシナリオもあろうが、このメンツ的に言うと、最後は集団ゴールスプリントだろうか。

ラスト20kmほど。プロトンが真剣に追い出したのか、トップの4人とプロトンの差は1分を切った。

ラスト10kmを過ぎて、徐々にプロトンとトップグループの差は縮まり、ラスト6km少々、吸収された。あとはスプリンター達が集団ゴールスプリントを虎視眈々と狙うのみ。

ラスト4km、ブイグのベネトーがアタック。スタート地点のヴォンデ地方出身ライダーだけに、奮起している様子。しかしすぐに吸収。ひとときのアピールでした。

マキュエン、ボーネン、キルシプーが競りあがり、、、今年ダントツのボーネンが優勝!ピュア・スプリンターのマキュエンを破るとは、波に乗っている。

順位はボーネン、ヒュースホーウト、マキュエン。主な総合順位に変動なし。

Photo: ボーネン 04 Tour ラルプデュエズにて

● 2005.07.04 (Mon)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
rubens.jpg 426×557 204Kステージ 3 : 7月 4日 La Chataigneraie – Tours 212.5 km ボーネンの当たり年 2連勝 - マキュエン降格

■ After Race : 2連勝のボーネンのコメント:

ボーネンは他を引き離して、貫禄・余裕の優勝。グリーンジャージのボーネンは目新しい。

「ツールのスプリントは200人の選手のいっせいスプリント。いつだって怖い。今日のフィニッシュは長くいストレート。ロビーと一緒にスプリントを開始した。

ひょいと肩越しに見たら、ちょっとしたいざこざがあったみたいだけど(笑い)。とにかく優勝できたのは重要だ。」

スプリントの結果はボーネン、ヴロリッヒ(ゲロルシュタイナー)、オグレイディ。総合首位は変わらずザブリスキー。

同じオーストラリア人のオグレイディと小競り合いがあったマキュエンは降格処分+200SFの罰金(18000円ほど)。同着選手の中で一番最後の順位に落とされた。

ゴールラインを目指して、マキュエンとオグレイディの間にはスペースがなく、小競り合いとなりマキュエンがフラストレーションを爆発させた。頭でオグレイディを突いた。

その間にボーネンはスイスイゴール。


* 降格処分となったマキュエンのコメント

「今日はバリア付近に押しやられた格好で、なかなか前に出させてもらえなかった。昨日は早すぎて失敗した。今日は遅すぎて失敗だ。」

「審判の降格処分は間違ってる。オグレイディの方が先に肘で妨害してきたんだ。無理な姿勢になり、落車を防ぐために 僕は彼のほうに寄るしかなかった。頭突きなんてしてない。」

今年好調でツール入りしながら、勝てそうで勝てなかったフラストレーションを隠し切れない。

問題のシーンはこれ。オグレイディとヴロリッヒに両側から挟まれたマキュエンが姿勢を立て直すために大きく傾いたといえなくもないが、審判側からすると見た目で目立ってしまったことは確かだろう。


* 肘突き・頭突きをもらったオグレイディの方のコメント:


「ボーネンの後ろからいい調子でゴールを狙っていたら、突然ロビーの頭がきた」。

「あの行為は危険だ。後ろから来て肘打ちと頭突き。肘突きはよくあることだし、落車しなかったからよかったようなものだけど、それでもあれは行きすぎだよ。もっともツールでは全てが度を越えているようなとこはあるけど。」


■ Real Time

レースは前半3人が飛び出した。うち2人はツール区間優勝経験者。02年第1ステージを制してマイヨージョーヌをきた新星ルーベンス・ベルトリアーティ(SDV)、00年ハットトリックのエリック・デッケル。そしてAG2Rのニコラ・ポータル。

開始50km地点でタイム差は3分。

ラスト17kmほどで、差は1分を切った。

ラスト2km、遂につかまった。

ラストは予想通りのゴールスプリント。ボーネンが再びがんがん行ってゴールを陥れた。ボーネン2勝。強すぎる。

写真は今年4月ロマンディでのベルトリアーティ。地元スイスの選手はベルトリアーティをはじめ、ロースリなど、彼女連れできていた。もっとも超熱々のロースリに比べ、ベルトリアーティのところはクールな雰囲気。ひょっとして妹?

■ ツールの小ネタ

ボーネンは青いブレスレット:今、ベルギー選手の間では、ガン撲滅用のブルーブレスレットが流行中。

ツールのVIPスペース ヴィラージュには床屋さんがあるがランスは床屋いらず。シェリル・クロウが昨日のスタート前、ランスの髪をカットしていた。

● 2005.07.05 (Tue)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
ステージ 4 : 7月 5日 Tours - Blois TTT 67.5 km : ディスカバリー盤石。ランスはイエロージャージ、ザブリスキーはゴール手前でまさかの落車で優勝とイエロージャージを一気に失う


■ After Race :サバイバルキャンプで強くなったザブリスキー

途中まで計測タイムでトップを行っていたCSC。このまま行けば、、というところだったがまさかラスト2kmを切ったところでイエロージャージのザブリスキーが落車。チームはディスカバリーに敗れたのみならず、ザブリスキーのマイヨジョーヌが終わった。

落車後のザブリスキーの寂しい背中をみていると、(JUMP) マイヨジョーヌを着ていながら落車。泣きながらツールを去っていったフランスのステファン・ウーロを思い出す。1996年のことだ。

イエローという頂点に立ちながらその直後に襲う悲劇。本人の辛さが伝わってくる。

ザブリスキーのコメント:

「めちゃくちゃがっかりしている。勝利を目前にして、そしてさらなるマイヨジョーヌの機会を目前にして。。辛かったけど、検査の結果骨折はなし。水曜は スタート地点に立つつもり。」

ただ、記者会見でザブリスキーはこんな風にも語っている。

「僕は例の地獄のチームキャンプで入院した。キャンプを終了させることすらできなかった。死にそうだった。でもあのキャンプは僕を男として成長させてくれた。森の中で死に掛けたけど、今僕がここにいるのもあのキャンプのおかげ。またあのキャンプを早く体験したい。」

以前記事にしたCSCの地獄のミリタリーキャンプで、彼は入院。死にそうな思いをした。そして男として成長したという。タフガイになったザブリスキー。くじけず前を見て、また頑張ってくれることを期待しよう。


■ Real Time

スタート順がCNの中継サイトに載っているが、この順序、現在の総合順位の逆順。ザブリスキーのいるCSCが一番最後で、その前がランスのディスカバリー。エウスカルテルが一番最初=ビリ。

今年もツールTTT規定は健在で、最速チームと最後のチームの差は一番大きくても3分以上は開かない。それ以上のタイム差はカットだ。

この規定ができる前は、実際のタイム差がそのままついた。02年の第4ステージTTT。エウスカルテルは最後から2番目。トップから4分22秒差でゴール。マヨは160位になった。

もっとも今年のマヨ。すでに今の時点で170位。完全に出遅れている。

また、TTTのタイムはチーム中5人目の選手のタイムで決まる。

Tモバイルのサイトでは、TTTのカギは、「選手の配列順番とフォーメーションをしっかり崩さないこと」とある。

Tモバイルとディスカバリー、中間地点の計測タイムでは好勝負だが、ディスカバリーが去年言っていたところによると、後から走る方が無線でタイムを聞けるので絶対有利だとのこと。目標タイムがあるとやはり違う。

Tモバイルはウルリッヒの片腕シュタインハウザーがドロップアウト。TTで頼りにならず。ツァベルの方が貢献しただろうに、との声も。でも彼は将来ウルリッヒの義理の兄になる可能性もある。。。

。。といったところで、km 61.5地点のタイム。ディスカバリーがTモバイルを24秒も離していた。今年もディスカバリーは盤石か。

67.5kmのゴール地点。結局ディスカバリーは35秒もTモバイルに差をつけた。CSCが中間計測タイムのようにタイム差をそのままキープすればザブリスキーはこのままイエロージャージをキープする。

ラスト2kmを切ったところでザブリスキーがバリアにぶつかってクラッシュ。しかしチームは彼の復帰を待たない。好事魔多し。。。

これが多少影響したか?CSCはディスカバリーに2秒遅れでフィニッシュ。

ディスカバリー、CSC、Tモバイル、リバティーの順。結果ランスは早くもイエロージャージ。

総合順位は一部CNの速報に出ている。それ以外では:

ザブリスキー落車のせいで一気に1分 26秒遅れの9位に後退。(バッソ、同タイムで10位。)エラス02分 58秒遅れの37位。 マギー、4分12秒遅れの81位、マヨは05分48秒遅れで147位。

● 2005.07.06 (Wed)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
siro.jpg 500×334 44Kステージ 5 : 7月 6日 Chambord – Montargis 183 km : マキュエン言葉どおりの優勝

* After Race

ロワール川古城めぐりには欠かせないシャンボール城。この日のスタート地点。今まで見たことないぐらい、素晴らしいスタート地点の風景となった。
(写真: Photo copyright : Jonathan Devich :http://www.epicimages.us/

* 優勝したマキュエンのコメント:

「(降格となったリベンジですか?と聞かれ)まあそんなところもある。僕は降格でフラストレーションを感じていた。でも今日はいい日だった。とはいえ、ツールでの降格は取消しになるべきだと思っている。ポイント争いがもっと面白くなる。」

* 次の第6ステージも。。フラット。。

今年は勝負が分かれやすい山頂ゴールが3つしかなく、難易度が例年よりやや落ちたと噂されている。今の時点でついている数分の差はあとあと致命的になる可能性もある。

次の第6、7ステージもフラットだ。連日スプリント争いだけでツールを魅せようとするのはやや無理がある。

そろそろランダルセ、ガルシアアコスタ、Eデッケル、フォイクトなどのスピードマンが、そのまま逃げを決める展開になって、レースにアクセントをつけてくれるといいのだが。

第8ステージは、中級の山岳ステージだが、この辺からクライマーたちは差をつけるため、忙しく動き出すだろう。

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* Race

リタイヤ第一号、コンスタンチノ・サバヤ(サウニエル)at 36km.

本日のアタッカー、ファッサのフレチャ。40km地点でプロトンに20秒差。

120km地点。フレチャ相変わらず。それにカールストロム(LIQ)、ボドロギ(CA)、コメッソ(LAM)が加わりプロトンと約3分差。またこのまま泳がせて、ゴールスプリント手前で吸収、スプリンター登場になるシナリオか?

ちなみに、マキュエンは、このままでは絶対に終わらせない、見ていろよ、と今日はスタート前 かなり力が入っていた。


----- 以上6日23時までのレポート: 以下翌朝に追加

アタッカーが逃げて、それがゴール前に吸収されてスプリンターが勝つ、というシナリオが続いた。少々飽きて、昨日は23時過ぎにさっさと寝てしまった。蓋をあけたら第5ステージも。

ラスト10km、逃げグループ4人がプロトンに捕まった。ゴールスプリント。ボーネンの後ろからマキュエンが一気に行った。この日は完璧なポジショニング。

マキュエンがボーネンを寄せ付けずに優勝。2位ボーネン。3位ヒュースホーウト。

各紙「マキュエンのリベンジ」との見出し。おい見たか、といった感じのゴール。ペタッキのゴール時表情とはちょっと違う、勝気さがみなぎるマキュエンのゴールシーン。彼らしい。この写真も。

主な総合順位に変動なし。ランス、55秒遅れでヒンカピー、1分4秒遅れでフォイクト。


*小話

TTT開催日の朝のこと。ゲロルシュタイナーは3人の選手をホテルに置き去りにして忘れてきた。

R・フェルスターら3人は、最後に出発するバスの中で待っていた。でもドライバーはこない。まさか自分達を置いてそのまま行くことはないだろう、そう思いつつ無線で呼んでみたが反応なし。

その後無線がやっと入って、3人を忘れてしまい、すでに会場入りしつつあるので、自分達で運転して来い!との指令。

仕方なくナビをセットして会場入りした。。。フェルスターは苦手のTTで後退。11分遅れの186位。「イエロージャージが手の届かないところに行ってしまった。。」本気とも冗談とも取れないコメント。

● 2005.07.07 (Thu)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
mang.jpg 179×291 58Kステージ 6 : 7月 7日 Troyes – Nancy 199 km : ゴール1kmを切ったところで暗転。大量クラッシュの中最初にゴールしたのはベルヌッチ。

■ After Race

ラスト1kmを切ったところでゴール直前までひとりで逃げていたマンジャンが落車。地元出身で、なんとか勝とうと最後まで頑張っていただけに最後の暗転は残念としか言いようがない。

一方、落車の影響が少なかったヴィノクロフは、ランスらプロトンに7秒差をつけて2位でゴール。2位のボーナスポイント12秒と合わせて合計19秒ランスとの差を縮めた。

<参考> (TTステージを除き)区間優勝、2位、3位につくポイントは:
区間優勝20秒 -- 2位 12秒 -- 3位 6秒。


* マンジャンの悲劇に監督涙

マンジャンの悲劇直後、FDJマルク・マディオ監督が語った。涙を抑えることができない。9年間FDJ一筋で走ってきた選手だ。

マンジャンのアタック・一人のエスケープに、監督は興奮しながらチームカーで追っていた。ゴール直前でヴィノクロフに追いつかれたものの、素晴らしい走りに満足だった。

しかしゴール直前でまさかの落車。監督自身も傷ついた。

「彼とは長い間チームで一緒にやってきた。目の前でこんなことを見るのは辛い。とてもとても、言葉に出せないぐらい悲しく、落胆している。クリストフ(マンジャン)は素晴らしい選手。

この場所は彼の庭のにょうなもの。優勝させてやりたかった。彼にはあと50回勝つチャンスがあるわけじゃない。もうキャリアも最後の方にきている。

クリストフは、プロ生活でそのほかにもたくさん苦しい思いをしてきた。彼にツキがまたしても回ってこなかったのは悲劇だ。」


* 優勝者の横顔 − ロレンツォ・ベルヌッチ

プロ一勝目をあげたベルヌッチ。イタリアの東リヴィエラに位置するラスペツィア出身。派手な感じではなく、温和。音楽とディスコが大好き。そして何よりも、レース中、チームメートたちにボトルを配って行く仕事を楽しんでいる。

区間優勝したものの、彼のチームでの役目は変わることはないだろう。

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■ Real Time

ラスト40km。ラボバンクのクローン、CAのキルシプー、LIQのジェローザ、COFのオージェ、FDJの常連マンジャンが逃げている。

プロトンとの差は4分ほど。このメンバーが逃げ切れれば、キルシプー有利か。でも、またいつものゴールスプリントだろうか。

数年前のツールは、最後の数日、勝負がついた後にフラットステージが何日も続いて、ひたすらだらけた記憶がある。今年は前半やや中だるみ気味。

ちなみに、ゴールのナンシーは、ツール第3回大会にゴール地点として登場。以来14回目のゴールとなる。

73年 ランス〜ナンシーのステージはJズートメルクが制した。また、49年 コルマール〜ナンシー、50年 メッツ〜ナンシーの2つをファウスト・コッピが制している。

今逃げているマンジャンの一言:「自転車界では、家族関係は信頼なくして築き得ない。」留守が多いから。。。

噂をすればマンジャンがひとりで飛び出し、あとは吸収された。今日のステージ彼は地元らしい。あと10kmひとりで持つか。

マンジャン、必死に行く。後方プロトンからはLIQのチョーニがアタック。

マンジャンは、1997-2005 FDJに在籍。96年はプティカジノ。97年シクロクロスフランスチャンプ。同年ツールステージ優勝。02年山岳ジャージ10日、03年山岳ジャージを5日着用。

ラスト1.5km。マンジャンとプロトンの差は10秒。

ラスト1km。ヴィノクロフがマンジャンを捕らえた。

なんたることか。一転して悲劇が。マンジャンがコーナーでクラッシュ。折り重なるプロトン。

スプリンターたちが巻き込まれた。最初にゴールラインを割ったのはファッサのベルヌッチ、ついでヴィノクロフ。

これで、ヴィノクロフ、2位のポイントとして12秒稼いだはずだ。+ランスを含む後続プロトンは少しだけ遅れてゴールしたので、その数秒も差となる。

ヴィノ、ランスとの差をちょっとだけ縮めた。

そして、マンジャンは気の毒だ。ザブリスキー同様、好事魔多し、物事が一気に暗転するケースが続いた。

総合順位: アームストロングの首位は変わらないが、ヴィノクロフが総合3位に浮上。前日までの2人の差は1分21秒。今日のステージで1分2秒に縮まった。

(photo: Tour 02 シャンゼリゼを走り終えた後。今日は悲劇の人になってしまった。)

● 2005.07.08 (Fri)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
paco.jpg 277×429 112Kステージ 7 : 7月 8日 Lunéville – Karlsruhe 228.5 km : マキュエン2つ目

■ After Race

スタート前、ロンドンの列車同時爆破テロ犠牲者へ黙祷を捧げてレースは開始。185km地点で国境を渡りドイツに入った。ドイツ人のヴェークマンが長い逃げを決めて、沿道のファンは大歓声。(ヴェークマンのインタビュー後述。)

ゴールスプリントは、マキュエンがバクチに出るコース取りで、選手の背後から突如現 一気にゴールを陥れた。


* 勝ったマキュエンのコメント: ボーネンはグリーンジャージのプレッシャーのせいでうまくいかないんだろう

「グループの後ろにわざと隠れていたんだ。アシストのフレディー・ロドリゲスが僕を7位のポジションまで押し上げてくれた。そのままでは、まだちょっと遠かったけど、ギャンブルで右から行ったんだ。

そしたら丁度目の前が開けて、その間を向けていくことができた。ギャンブルして、そして勝ったというわけさ。まあ、丁度いいタイミングで、自分の目の前にスペースができた。

多分グリーンジャージの責任が、トム・ボーネンの闘争心を鈍くさせているんだと思う。自分自身今までそういう状況を経験してきたから。

今の僕はジャージのことなんてどうでもいい。ただ、区間優勝をもっと積み重ねたいだけ。」

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* 160km逃げて山岳ジャージを着用したヴェークマンのコメント

「フランスのファンもすごかったけど、ドイツに入ったらものすごかった。人々が20列ぐらいに重なっていた。沿道にも、屋根の上にも。もう言葉にはならなかった。」

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相変わらず首位のランス・アームストロング。「6連勝しなくちゃとプレッシャーがあった昨年に比べて、今年は少し気が楽。楽しんで走りたい」と言っている。

有力選手たちが何十人としゃかりきになっても、なかなか打倒できない。ここ数日の出来事を見ても、ツールは強いだけではない。運・不運がかなり大きく左右する。ランスはつくづくツールと相性がいいのだろうか。

昨日逃げたヴェークマンは、山岳賞をゲット。ポイント賞のほうは、ボーネン133pts、ヒュースホーウト 122、マキュエン96、オグレイディ 75、あのフェルスターが75、クックはそれより下がって59pts目下9位。マキュエンとポイントジャージを争った時の面影がない。

ドイツゴールのこの日、ゲロルシュタイナーはヴェークマンで目立ったが、Tモバイルはおとなしかった。ツァベルがいないので、フラットステージはおとなしく、第8ステージの山岳を狙いに行くのか?

第8ステージは前半2/3がドイツ領内だ。



■ Real Time

レースは後半に突入。残り100kmを切ったところで、ゲロルシュタイナーのヴェークマンが逃げている。ドイツ人だ。出身地はミュンスターとある。カールスルーエではない。ポイントを着々と集めている。

集団はディスカバリーが引いている。3時間を過ぎたところで、平均時速は45,5 km。

ゴール地点は1200mの直線コース。少なくとも1km以上はいやらしいカーブがないようなので、今日は平穏なゴールであることを祈りたい。

明日はやっと山岳ステージに突入。本来的には有力選手に大打撃を与えるほどのステージではないものの、少しはレースが動くといいが。

ラスト50km。ヴェークマンとプロトンの差は3分を切った。

ラスト23km。ヴェークマンが捕まった。しかしひとりで逃げに逃げた160km。次のドイツ人誰か行くか?フォイクトは?

ゴールスプリント。。。というところで再び落車。最初の1週間はナーバス&デンジャラスとみんなが口をそろえるとおりだ。

結果はマキュエンが文字通りどこからともなく現われて(CN: from nowhere)勝ちをさらっていった。

ちなみに、本日の写真はマンセボ(通称パコ)。祝マンセボ!昨日娘が生まれた。(Photo: 05 Tour de Romandie)

● 2005.07.09 (Sat)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
ステージ 8 : 7月 9日 Pforzheim – Gerardmer 231.5 km :

本日は、C・マンジャンとドミナのS・ゴンチャールが不出走(DNS=did not start)。サバヤ(サウニエル)、コリオリーニ(ファッサ)、ザンピエーリ(PHO)、スペツィアレッティ(LAM)、に続き、これで6人がレースを去っていった。


闘うだけじゃない、敵への思いやりも見せるツール:昨日は、ちぎれたマンジャンのために、プロトンは速度を落としていた

落車の翌日、マンジャンは喘いだ。プロトンから3度にわたって脱落。最終的にはトップから1分45秒遅れでゴールした。本人はこの時知らなかったが、先日のクラッシュで、顔を骨折していた。

しかし、この裏にはちょっとしたドラマがあった。マンジャンがちぎれた時、チームメートのF・ムレイとC・ダクリューズが監督の指令に背いた。監督は、遅れだしたマンジャンを待つつもりはなかった。彼はチームのエースではない。

しかし、ムレイとダクリューズは、他のチームカーの間を縫うようにしながら、マンジャンのもとへはせ参じた。そして、マンジャンがアンツの上りを越えるのを強力にアシストした。

さらに、全てのチームの監督たちが、プロトンに速度を下げるよう指示した。あれだけ必死で戦って、ああいう理不尽な結末を迎えたマンジャンに対し、周囲は温情を示した。

マディオ監督談話:選手たちに速度を下げるよう指示してくれた全ての監督達にお礼を言いたい。

一方昨日のマンジャンは目の辺りが黒くなり、悲惨だった。レース後、顔のCTを撮る為にカールスルーエの病院に直行。そこで骨折が判明(トクダネ)。今日の不出走となった。

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Race

ツール出場10回目のヒンカピーが、逃げグループに加わり、一時暫定マイヨ・ジョーヌになった。トップは再編成を重ねている。

ボーネンとヴェークマンが遅れている。

今日は216km地点に16.8km続くのぼり(4.4%)がある。 カテゴリー2級。それまでどんなに動きがあっても、この場所で、選手の順番が大きく移動するだろう。

--- 今日はここまで

● 2005.07.10 (Sun)  2005.07.09 (Sat)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
kloden.jpg 287×424 112Kステージ 8 : 7月 9日 Pforzheim – Gerardmer 231.5 km : その2(After Race) 歴史的僅差

最後の上りでレースは動いたが、それでも有力選手は団子状態だった。それに乗じたのはラボバンクのペーター・ヴェーニングと、山頂付近で後から追いついたTモバイルのアンドレアス・クレーデン。

2人は有力選手に27秒の差をつけた。最後は2人のスプリント。結果は、ヴェーニングが歴史的僅差でクレーデンを打ち負かした。その差僅か:0.0002秒

もちろん、photo finishですら判定不能。Jump

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* クレーデンは相手ではない?

ただクレーデンが有力選手から飛び出せた、という事実は、他の選手が彼を危険な相手、と思っていないということだ。危険視されていれば、アタックは潰されただろう。

事実アームストロングも先日インタビューで、「ヴィノクロフとウルリッヒは優勝候補、クレーデンは眼中になし」、と語っている。

ただ、レースでは、プレッシャーやマークのない選手の方が有利だぞ。

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* 再びランスの”ブラフ”?とアシストたちの休養

一方、ランスはインタビューで、「今日は最悪だった。調子がよくなかった」と述べているが、いつもの話術と思われる。事実サヴォルデッリによると、「ランスはこの日はとても強かった」とのこと。

ランスのアシストたちが上りで後退した点については、ここでアシストたちに無理に足を使わせないように、という意識があったとも考えられる。

現にアシストたちは、疲れを口にしており、疲れていたので行けなかった、というより、疲れていたから無理に行かせなかったと考える方が自然だろう。

サヴォルデッリのインタビューによると、彼はランスを上りでアシストするメンバーにはこの日は入っておらず、ランスから、下がるよう言われたそうだ。ランスはアシストなしでもヴィノクロフのアタックをかわせる状態だった。

イエロージャージを着てしまうと、どうしてもアシストたちはプロトンの先頭に立つ義務が生じる。本当は山岳ステージの前にランスのイエロージャージを一旦返上したかったそうだ。

ディスカバリーのアシストたちは、足を余計に使った分、この日は疲れていた。

それでも、もしも本当にランスが「上りでアシストしろ」、とカツを入れるように言っていたら、チームメート全員が後退するということはあり得ない。

クレーデンがディスカバリーの選手だったとしたら、この日のようにひとりで区間優勝を狙いにいくなんていうことはさせてもらえなかっただろう。全てがランスのことを考慮して、ディスカバリーは動いている。

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* Tモバイルはトップ10に3人ひしめく

クレーデンは、これで9位に浮上。トップ10にTモバイルが3人いる。他に3位ヴィノクロフ、6位ヴィノクロフ。クレーデンが色気を出して、表彰台を狙いだすと、ややこしいことになる。

ランスの総合首位変わらず。フォイクトが2位に浮上した。

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優勝したヴェーニングのコメント

「(ひとりで逃げていたところを山頂の手前でクレーデンにおいつかれ、)クレーデンに捕まったときはまたもうだめかと思った。バスクツアーでも、一人で逃げて、ゴール手前で捕まって優勝を逃していたから。でも勝ててよかった。」

いよいよ日曜から第一級の山岳登場。順位変動が大幅にあるだろう。

(Photo: 04 Tour クレーデン)

● 2005.07.10 (Sun)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
rasm.jpg 444×382 163Kステージ 9 : 7月 10日 Gerardmer – Mulhouse 171 km

MTB出身のラスムスン(ラボバンク)が逃げている。昨年第15ステージでもヴィランクらとともに山岳で逃げた選手だ。

開始早々数キロ地点でフォイクトがアタックしたのに乗じた。小グループから抜け出して、以来ずっと逃げている。

途中ザブリスキーがリタイヤ、イゴール・ガルデアノもかなりひどいクラッシュに見舞われ、波乱のステージとなっている。

ランスは安泰。今日はしっかりアシストに守られている。予定通りのシナリオ。

既に130kmまできた。山は終わり、あとは下るのみ。

ラスト35km
ラスムスンとプロトンの差は9分ほど。それを4分差で追っているフォイクトとモロー。フォイクトは目下ランスと1分程度の差なので、このままいくとイエロージャージ。

ディスカバリーはイエロージャージを一旦返上したいと言っていたので、喜ぶかもしれない。

そのあとプロトンの前にはトップから5分差でビシオソ、そのあとにチョーニ、やや遅れてサンディオ(バレアレス)、モース(PHO)、ランダルセ(彼は最近アタックの醍醐味に惹かれつつあるようだ)。

今年のletour公式HP、あまり熱が入っている風でもないが、プロファイルをクリックすると現在の位置がわかり、更に走行距離何キロ・残り何キロと表示が出るので便利。

ラスト12km
ラスムスンをフォイクトとモローが4分差で追う展開。あとは全員吸収された。トップとの差は8分弱。

ラスムスンは昨年ドーフィネで山岳賞、03年カタルーニャツアーでも山岳賞を取っており、山では目立つ走りをしてきた。

ゴール
ラスムスン嬉しいツール初優勝。モロー、フォイクト3分4秒差でゴール。プロトンは6分4秒差で到着。プロトンのトップはオグレイディがスプリントで制した。

ラスムスンは思い切り行ったのだろう、明日は休養日。

● 2005.07.10 (Sun)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
voigt2.jpg 360×442 150K■ ステージ 9 : 7月 10日 Gerardmer – Mulhouse 171 km 続き

第9ステージ、ラスムスンについで2位でゴールしたフォイクト。01年に続き、再びイエロー・ジャージをゲット。(写真は01年のときのもの。第8ステージ コルマール - ポンターリエ。)

* 優勝者ラスムスンのコメント

「逃げたのは、山岳ポイントポイントをとるのが主な目的だった。でも調子がよくて、最後まで行ってしまった。でも、まだシャンゼリゼまでは長い道のり。シャンゼリゼで水玉ジャージを着ていなければ意味がない。」

* 評判のフォイクトの日記から

ドイツはダイアリストのさきがけビュスト以来、いい日記をしっかりつけている選手が目につく。フェルスターしかり、フォイクトの日記も評判が高い。但しドイツ語。ビュストのように英語でつけてくれれば救いようがあるのだが。

相変わらず日記らしい日記が見当たらないスペイン人。(去年はエラスがUSPのサイトでつけていた。)フォイクト日記へ JUMP

直近のフォイクトの日記によると、第9ステージはリースからこういう指示が出ていたという。

「みんな、バッソのアシストにまわって、冷静に漕いでいくこと。ただし、イェンス(フォイクト以外)は。イェンスは調子がよければそのまま行け。」

また、ザブリスキーについてはこんな風に書いている。

「ザブリスキーはリタイヤせざるを得なかった。とてもアンラッキーだ。落車からリカバーできなかった。レースはずっと速くて厳しい。1日で2、3日分の労力を使った感じだ。集団の後からのんびりついていけるような状況ではなかった。」


ちなみに今回171kmの第9ステージ。ラスムスンは4時間8分20秒で行った。山岳ステージで、平均時速は41.315kmだ。

● 2005.07.12 (Tue)  ウルリッヒの様子
気になるウルリッヒ。ミュールーズの下りでの落車のあと、グルノーブルの病院でX線検査など受けたが問題はなかった(骨折はなかった)模様。但し切り傷など。翌日が休息日で、少しだけ救われた。

● 2005.07.12 (Tue)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
paco2.jpg 467×452 202K ステージ 10 : 7月 12日 Grenoble – Courchevel 192.5km

Race Real Time : バルベルデツール初出場・初優勝 − ウルリッヒ、ヴィノクロフ、バッソ脱落

クールシュヴェルの上りに至るまでは、本当のレース展開とはいえないだろう。ムティエールからの上りは164km地点から始まる。ゴールは2000m。

まず、マヨが早くも喘ぎ始めた。クーネゴ同様単球症を患って以来(そのせいで昨年のツールでリタイヤ)、調子は全く上がらない。

クールシュヴェル上りの手前の時点では、小刻みにアタック発生中。ブロシャール、リバティのサンチェスが逃げ、それを追う逃げグループ、更にそれを追う逃げグループ、先頭から6分ほど遅れてプロトン、遅れだしたグループ。

クールシュヴェルの上りが始まった。有力選手次々脱落。エラス、ガルゼッリ、モロー、ベロキ、セビーヤ、マギー。。。ディスカバリー軍団はそんな中、ランスをがっちり守っている。

そして、遂にヴィノクロフまでもが遅れた。ランスのグループは先に逃げていたペレイロを捕らえた。残るは前にヤクシェがいるのみ。

やがてヤクシェも吸収され、その後ちぎれた。

ライプハイマーも遅れた。リバティは2人、バルベルデとリーダーのマンセボ。ランス、ラスムスン、バッソが生き残っている。ラスト10km。

バッソも遅れた。

バルベルデ、ンセボ。ランス、ラスムスンの4人がゴールを目指す。娘の誕生祝いで 最後まで頑張れるかマンセボ!

後方ではウルリッヒとクレーデンが、ダメージを最小限にしようと必死。

4人の(バレアレスが2人いるから正確には3組の)心理作戦が始まった。

ラストこのままスプリントになればランスとバルベルデの一騎打ちか。その前に逃げたいラスムスン。娘の誕生祝いは?マンセボ。

ランス、ゴール手前でアタック。バルベルデが必死についていく。

バルベルデが先にゴール。ランスは余裕で2位。3位ラスムスン、4位マンセボ。

スペイン勢はバレアレスがなんとか面目を保った。


レース前: 山岳ステージ初日のデータ

いよいよ!!本格的な山岳ステージに突入した。最後はクールシュヴェルの山頂ゴール。ここにあるデータがある。ランスは6回の優勝のうち、3回、最初の山岳ステージを制している。

しかし、それ以外に同タイム2位というのが1度あるので、計4回トップタイムでゴールしたことになる。いずれにしても、6回全て最初の山岳ステージでは悪くても3位以内には入っている。

1999 (ル・グランボルナン) : 1.ランス - 2.ツーレ +0.31 - 3.エスカルティン +1.26

2000 (オタカム) : 1.Jオチョア − 2. ランス +0.42 - 3. ヒメメス ランスから+1.13

2001 (ラルプ) : 1. ランス − 2. ウルリッヒ + 1.29 ー 3.ベロキ +2.09

2002 (ラ・モンジ) : 1.ランス - 2.ベロキ +0.07 - 3.エラス +0.13

2003 (ラルプ) : 1.マヨ - 2. ヴィノクロフ +1.45 - 3. ランス +2.12

2004 (ラ・モンジ) : 1.バッソ - 2.ランス 同タイム - 3. クレーデン

写真はマンセボ。今年のロマンディ、レース前、「おはよう」と挨拶して走りぬけていった。(バルベルデの写真はストックなし。。未だに生バルベルデ、見たことない。。。!!)

● 2005.07.13 (Wed)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
■ ステージ 10 : 7月 12日 Grenoble – Courchevel 192.5km その2 -- バルベルデは結婚祝い


最後の1km。トンネルを抜けた4人、ランス、ラスムスン、バルベルデ、マンセボ。4人の中ではマンセボが一番苦しそうだ。なんとか3人についている。

マンセボ、いつもどおり、首を傾げながら行く。首がいつもに増して傾いているようだ。マラソンの谷口浩美を思い出す。2人とも、走りながら首を傾げる癖がある。

500mほどでラスムスンが前にでた。前身白地に赤い水玉。ちょっと可愛すぎる。ゴール手前数百m、今度はランスが右側の狭いスペースからまわりこんでアタック。

ランスは、もともと余裕が見て感じ取れた。決定的なアタックにもなりえたが、バルベルデがずっと後ろからついていく。あとの2人は脱落。

ランスはバルベルデがしっかり彼についてきたことに感心したのだろう。最後は全力でいかなかった。司会者が「ランスが優勝しそうだ」、と叫んだ直後のこと。バルベルデ、ランスの後ろからまわりこんで感激のツール初出場・初優勝。

ランスはバルベルデに手を差し出した。「よくやったな」といった感じ。

事実レース後インタビューでランスは、「バルベルデのような選手は自転車界の将来そのものだ」、と述べた。ランスは、自分の後継者としてバルベルデの頑張りを称え、優勝を譲ったような印象だ。

マンセボはツールの最中に娘が誕生し、お祝い優勝したかったところだが夢を果たせず。代わりにバルベルデが結婚祝いとなった。(昨年秋にショートカットの美人ちゃんと結婚。)

結果、ランスはフォイクトから再びジャージを奪い首位に躍り出た。ラスムスンが38秒で2位。バッソが2分40秒で3位、モローが4位、以下バルベルデ、ライプハイマー、マンセボ、ウルリッヒ、クレーデン、ランディス。

期待のヴィノクロフは16位に後退。ポポヴィッチよりも2ランクダウンだ。

ヴィノクロフ、ウルリッヒが早々に脱落したのは意外だったが、とりわけエラス、マヨ、ベロキ、メンショフは予想外の大ブレーキ。

今年こそ、という思いで望んでいる選手たちが、次々自滅して行く中、毎年不動の強さを見せるランス。ふてぶてしいぐらいだ。


* 優勝者バルベルデのコメント:

「今までの大きな夢の一つが達成できた。今日は今までの人生の中で一番大きくて、大事な日だ。この気持ちを表す言葉が見つからない。マンセボも4位で、チームにとってもこれ以上のことはない。これでうちのチームは2人が総合上位を狙える位置につけた。」

「最初ラスムスン、次にアームストロングがアタックして、実は、僕は彼らの後についていったんだ。でもそこから止めを刺すことができた。」

● 2005.07.13 (Wed)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
grp0713225343.jpg 272×473 124Kステージ 11 : 7月 13日 Courchevel – Briançon 173 km: マドレーヌ峠とガビリエ峠が登場

■ ヴィノクロフ、雪辱優勝

本日のステージ、フリーゴの出走は無理かもしれない。目下シャンベリーの警察に出頭中。(Ref.トクダネ)

明日、ディスカバリー(ロケット)がNASAから打ち上げられる。こっちのディスカバリーも現在かっ飛んでいる。

今日は既にヴィノクロフ、エラスらがマドレーヌの上りで飛び出している。44km地点。発奮しているぞ。さらにEUSのエゴイ・マルティネス。

EUS監督ゴロスペ氏の談話:「マヨの代わりにアイトール ゴンザレスをつれてくるべきだった」と。マヨはかなり調子が悪い。これからピレネーでも上位に食い込むのは難しいかもしれない。

ラスト50km弱。第二の関門・かつ最後の関門ガビリエ峠。ヴィノクロフとフォナック2人組ペレイロ、ボテロが逃げている。有力選手グループから3分ほどの差。

さすがにピュアクライマーではないペレイロ苦しいか。ペレイロ、ボテロ、あいついで脱落。ヴィノ一人旅。昨日の屈辱を是非。プロトンとは3分差。

ガビリエ山頂。あとは下るだけ。ヴィノクロフ。続くのは40秒ぐらいの差でボテロ、有力選手たち(ランス+一部のアシストたち、ウルリッヒ、バッソ、ランディス、マンセボ、バルベルデ、モロー)は3分弱。

下り、ラスト30kmほど。ボテロがヴィノに追いついた。でも後方グループも差を2分40秒に縮めている。このまま2人で逃げればゴールまでいくか?

2人が先頭交代しながら下る。すごい前傾姿勢でヴィノクロフが今先頭交代。

マヨはかなり遅れている。苦しそうな表情。アシストがひとりついている。

トップ2人の後に続く有力選手は結構いる。30人ぐらい。

前身カザフスタンの上下ウエアにヘルメットもカザフ色のヴィノクロフ。今ドリンクを飲み干した。ボテロ、時折下を向きながら必死で下っている。

ラスト15kmで2人と後方グループの差は2分15秒。グループは長細くなりながら前を追っている。

トップ2人はまだ逃げる。ラスト5kmの表示。Tモバイルは、後方グループの後ろについていればいい。もっぱらディスカバリーの選手たちが引いている。差が1分40秒に縮まった。

ラスト2km。2人のどちらかが勝つのか?ラスト1kmを切って、ヴィノがボテロの少し後ろにしっかりついている。ボテロ、ずっとヴィノをうかがいながら走っている。

ラスト数百m、ヴィノがでた。ボテロ余力がない。ゴール直前でヴィノがボテロを抜き去り優勝。

後方グループもひたひたと迫っていた。1分14秒差でゴール。この中では、モローがスプリントを制した。

総合トップのランスと2位のラスムスンの差は 38秒。3位モロー、バッソ、バルベルデ。

(Photo: ペレイロ、ロマンディ初日プロローグを制してリーダージャージ。とにかくレースの間、好調だった。)

● 2005.07.14 (Thu)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
mencho-b.jpg 541×598 231K■ ステージ 11 : 7月 13日 Courchevel – Briançon 173 km 第二部

* 非情 -- フォイクト 39秒差でタイムアウト
* 皮肉 -- サヴォルデッリ 古巣Tモバイルを敵に回してランスを好アシスト
* 衝撃 -- フリーゴ警察から事情聴取中
(Ref昨日のトクダネ)


今回のツール、これで3人目。輝いた選手が地獄に突き落とされている。

初日イエロージャージでTTT落車・怪我:その後リタイヤのザブリスキー;

ひとりで逃げてゴール目前で落車・怪我・その後リタイヤのマンジャン:

そして、、ステージ2位でイエロージャージを着たあと熱に見舞われ体調を崩し、第11ステージ タイムアウトになってしまったフォイクト。僅か39秒の差で。。。

CSCにとって、ザブリスキーに続き2人目の悲劇だ。

フィニッシュ直後、審判からタイムアウトを告げられたフォイクトのコメント:

「レース前、今日のレースはうまくいかないだろう、と思った。でもツールを続けるために、力の限り全てをやっていこうと思ったんだ。レース中、アンデルセンが激励して力をくれた。でも、最後は気持ちだけでは走れなかった。」がっくり肩を落とした。


そのほかの気になるあの人:
前半輝いたボーネンは、第11ステージ開始早々クールシュヴェルの下りで落車。これで4度目。目下膝が腫れている。

03年バネスト時代にツール新人賞を獲得したラボバンクのメンショフ。喉風邪で抗生物質を摂取中。いつもの力強い走りが全く見られない。

(Photo : メンショフ at Romandie 05。拡大写真 − レース前、チームマッサーからこうして入念にマッサージを受ける。)


区間優勝のヴィノクロフ談話
「士気が上がってきた。ツールでは必死にいかなければ何も起こらない。

ゴール地点、ボテロよりスプリントで分があるのは分かっていた。でも自分を信じていても何が起こるかわからない。LBLでフォイクトをスプリントで破った時の状況をシミュレートしていた。

だからゴール250m手前でアタックしたんだ。」


そんな中、相変わらずツキが味方のランスとディスカバリー

それにしても、Tモバイルを出た途端快調のサヴォルデッリ。Tモバイル関係者は苦々しく見ているに違いない。

ディスカバリー(ロケット)故障で打ち上げ延期。こっちのディスカバリーは、昨日も快調。。

● 2005.07.14 (Thu)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日
triki.jpg 640×480 263Kステージ 12 : 7月 14日 Briançon - Digne-les-Bains 187 km

トクダネに書いた通り、ボーネンは膝の怪我で今朝不出走が決定。これで、今朝エントリーした下記の”天国から地獄選手リスト”が4人になってしまった。

ディスカバリー初のリタイヤ選手が出た。落車で遅れたトリキ、ことベルトラン。今年はシャンゼリゼゴールを見ることができなかった。

(photo: トリキ 04 tour, 拡大版 微笑んでいる綺麗な女性は奥さんのアナ。がっかりしているだろうなぁ。)

今日はフランス革命記念日。というわけで、フランス人のモンクティエが逃げを決めた。ラスト10km、後続グループとの差は30秒。

去年もキャトーズジュイエ(7月14日の革命記念日=パリ祭)をフランス人が制している。サンフルーのゴールでヴィランクが天を仰ぎながらゴール。

あの時は、HIVで亡くなった友人Jチャビロンと亡くなった祖母に捧げたゴールだった。シャビロンは、フェスティナ時代のマネージャーで、98年のフェスティナ事件の暴露本に書きたてられた人物だった。

モンクティエ、フランスファンの思いを乗せてついに単独ゴール。

後続グループに57秒の差をつけた。有力選手は10分後にゴール。マキュエンがトップで駆け抜けた。主な上位に変動なし。

● 2005.07.15 (Fri)  ツール・ド・フランス 2005 : 7月2日〜24日 第二部
moncu.jpg 240×409 97K ステージ 12 : 7月 14日 Briançon - Digne-les-Bains 187 km : モンクティエ優勝で、「郵便配達は2度ベルを鳴らす」

ヴァンデロルセル監督 第2カテゴリー、コロバンの下りで逃げて、見事優勝したモンクティエ。2年連続の大金星。昨年フィジャックのステージで優勝してから364日後のこと。

AFPの見出しには、「郵便配達は(いるも)2度ベルを鳴らす」。

彼は郵便一家で育った。父ロベール、母ジジアンヌ、姉妹のヴェロニク、シルヴィーみんな家業の郵便仕事を手伝っている。

モンクティエ自身も、自転車に乗って郵便配達していた時代がある。自転車に乗るのが好きでたまらない、とよく言っているが、とても身近な存在だったことがうかがわれる。

コフィディスの監督フランシス・ヴァンロンデルセル氏(右の写真)も、

ヴァンデロルセル監督「ダヴィは今日は最高のNo.1だった。群集もラスト25kmで彼を後押ししてくれた。そう、あれは観衆の力だった。」と語った。

さらに、「彼はシャイなところもあるんだけど、何かを手に入れたい時、山をもひっくり返す力をもっている。今年ツールでは、フランス人の優勝を渇望していた。やっと実現したという感じだ。」

(ところで監督、チームが2連勝したら頭を剃ると言っていなかったか?)


* 優勝したモンクティエ談話:

「去年の勝利はとても感動的だった。今日も、また同じ感覚を味わいたい。アルプスではとても体調が悪かったけど、今日は最初から自分の日だ、という気がしていた。」

去年彼が優勝したあとホテルの廊下で会った。舌を噛みながらおめでとうを言ったら、いい笑顔で「ありがとう」と、誰もがこういうリアクションを返してくれるとは限らない。

Photo(左):今年のLBLにてモンクティエ

● 2005.07.15 (Fri)  次回レースニュースはTDF現地から。
次回レースニュースは、現地フランスからお届けします。
お楽しみに。。

● 2005.07.16 (Sat)  現地生中継を開始しました。
初日:ウルリッヒとモローの笑顔のカメラ目線をゲット
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ツール・ド・フランス現地生中継開始しました。
(こちらのページへ)
http://masciclismo.web.infoseek.co.jp/tdf05/j-014.html

● 2005.07.28 (Thu)  ツール観戦こぼれ話
backmirror.jpg 473×356 137K1.チームカー:男性は沿道で用足し。同乗の女性の場合トイレは?

期間中、チームカーに同乗した。(といっても二号車だから、レース展開は目ではほとんど見られなかった)。問題はトイレだった。

乗車が決まった日、キャラバン隊の女性を探すことにした。そして、ブリオッシュラブーランジェ(チームスポンサーは降りたが、ツールスポンサーは続けているらしく、美味しいパンをくばっていた)の女性に聞いた。

「明日、チームカーに乗るんだけど、あなたいつもトイレはどうしてるの?」
ー あーら、全然問題ないわよ。単に”止めて”っていうだけだから。
「??!止めてもらって、どこでトイレするのよ?」
ー 近くのカフェとかレストランに入るんじゃない。
あー、、なるほど。。。これで安心。

で、当日、いつでもトイレはOKと安心したものの、やはりトイレにいきたいとは言えず。結局7時間我慢。朝ほとんど水は口にせず、さらに暑かったので水はちびちび飲んでも汗で出てくれたのは幸い。

ただ、気の毒だったのは、車内にいた3人の男性たち。

他のチームは、みーんな用足しポイントで監督もスタッフも思い切り用を足しているのに、彼らは誰も用足しストップせず。彼らも言い出しにくかったに違いない。自分としては、気にせず用足ししてもらった方が気が楽だった。こちらを向いて用足しするわけでなし。


2.沿道の観客から水をぶっかけられた話

チームカーの窓は両側とも全開。外の声がきこえて、ファンの声援がわかるのはいいが、困ったことも。開いた窓ごしに、沿道のツールファンに思いっきり水をぶっかけられた。

おかげでびしょびしょ。車内には他に3人男性がいたが、みんなしばし沈黙。20秒ぐらいたって、後部座席のJMがタオルをくれたけど、「ああ、こういうことって時々あるんだよね」、と素っ気無い。

車内にいたのがもしもフランス人男性だったら、きっと「サヴァ?」とかいって少しは気にかけてくれそうなものの みんなしらけているだけ。無骨な男どもめ。

ちなみに水は、選手にかけるためにファンが持参したりしたものみたいだが、水があまってりすると、いたずらでこういう行為に及ぶらしい。

3.同乗したチームカーがオートバイと追突

乗っていた車が、前の警官のオートバイに追突した。軽くだったが。でも、誰も慌てず騒がず。警官も怪我もなく、よくあることさ、みたいな。

● 2005.07.29 (Fri)  懐かしい光景とセビーヤの話
kutu.jpg 446×530 209K■ 懐かしい光景

今年の休息日、なつかしい光景に出会った。ファッサの選手がシューズを洗っていた。なにが懐かしいって、こうした光景に初めて出会ったとき、とても新鮮で、HPツール現地中継の写真として使用した。

2000年ツールの時のこと。その時のタイトルは「自分のシューズは自分で洗う:ザニーニ」だった。

2000年は初めてツールをネットで中継した年。だから記憶に残っている。

今回はファッサの選手。後ろで見ているのがチームメートのファッチ。別にただシューズを洗っているだけの写真だが、2000年の中継コメントに書いたように、選手がいとおしそうに(?)ひたすらシューズを洗う姿には、感動すら覚える。

ちなみに、その時(2000年の中継)のコメントは下記:

「体格のいい彼(ザニーニ)が、小さく身を丸めてシコシコとシューズを洗う。真面目にシューズ洗浄と向き合う真摯(しんし)なその姿に(?)、しばし見入ってしまう。 」
2000年ツール、靴を洗うザニーニ


セビーヤ目撃談:裏表なしにいい人だった

セビーヤ、文句なしにいい人だ。厳しいレースの間、始終あそこまで温和な選手は見たことがない。

目撃話:
レース前、スペインの小学生がセビーヤにサインをもらった。で、彼女は思い切ってセビーヤに言った。「ねえ、ヴィノクロフのサインももらってきてくれない?」

差し出されたサイン帳を持って、律儀にヴィノのところに駆け寄るセビーヤ。

ヴィノはセビーヤの依頼とあれば断れない。持っていたボトルにサインをした。その上に、なんと彼女のところまできて、サイン入りボトルを手渡した。

その日の朝に関していえば、始終しかめつらをしていた彼が、初めて自分からファンと接した瞬間。これもセビーヤのおかげだ。サインの渡し役まで買ったりして、本当にいい人。

ちなみに、そのスペイン人一家、びっくり仰天嬉しいのなんのって、セビーヤにお礼を言うことしきり。そうやって、彼の株は、ますます上がっていったのだった。

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