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 過去ログ 〜2004.08

 レース情報 最新版へ


2004年09月 10月 11月 
2005年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 
2006年01月 02月 03月 04月 05月 

● 2006.05.01 (Mon)  4月25〜30日: ツールド・ロマンディ(スイス) 第5ステージ
evans.jpg 388×437 188K■ エヴァンスが3位から逆転で総合優勝。コンタドールはバルベルデよりもTTで上を行ったが、エヴァンスに及ばず

コンタドール、表彰台のてっぺんにリーチをかけていたが、エヴァンスにしてやられた。奮闘してTTで7位に入ったものの、前日まで24秒差で3位につけていたエヴァンスに51秒水をあけられ逆転された。

一方、TT強化中のバルベルデも、エヴァンスから1分2秒遅れの14位に沈んだ。「ツールで総合優勝目指そう作戦」を打ち出しているケスデパーニュにとって、まだまだバルベルデのTT面での進化が必要であることを露呈した。

去年のTDRはクーネゴ、ペタッキ、ボテロ、ペレイレが大活躍し、イタリア勢とフォナックが素晴らしかった。

今年のTDR、振り返ると、スペイン勢と、マキュエン、エヴァンス率いるロットの大活躍が目立つレースだった。

フォナックは、地元なので常にこのレースでいいところを見せてきた。今回もモースが奮闘していたが、チーム成績でも10位と振るわず、例年に比べると、やや不満の残る結果に終わった。

Photo; 2001年ジャパンカップで来日したエヴァンス(サエコのジャージ)

● 2006.05.01 (Mon)  ツール・ド・ロマンディ番外編(今年のTDR写真と検証)
TDR、来年続行となるかどうか気になるところだ。あの観客の少なさでは確かに収益は見込まれないだろう。実際のレースの雰囲気を確認したい向きには、昨年のレース模様を再び。。ということで、去年ドミナのチームカーに同乗した際のビデオ特集再掲:

Video −レース:観客まばら(というか全くいない!!)な沿道

Video −プロローグ: クワランタのスタート(初日のハイライトなのに、スタート地点ですでにこ観客の少なさ)




2006 ツールドロマンディギャラリー。

Copyright@クリスティアン・スフラー。

去年TDRで出会ったカメラマンが今年もTDRに行ったということで、送ってくれたもの。

ウルリッヒ、バルベルデ、バルベルデ+コンタドール+エヴァンス、ホーナー。

● 2006.05.02 (Tue)  4月30日 :トロフェデグランパール(フランス)
yahoo2.jpg 572×428 79K雨で迷子になりながらフランスはパリ郊外に駆けつけた人からのレポート:

『パリのレース、雨で迷子になって遅刻するし大変だったですけど面白かったですよ。
*おかげで、写真は宮沢選手と佐野選手しか撮れてない・・・

レースは本当に過酷でした。ブイグのベネトー、最初快調に逃げていたけど、最後は足に来てしまって、蛇行しながらでないと登れない状態に陥っていましたから。』

(Photo:提供 & Copyright@ブルゴーニュさん)

結果の方は、ベネトーの同僚ディディエ・ルースが優勝。FDJのジルベールが2位、3位はCOFのヴァレンティン。ルースはベテランながら、こつこつ頑張っているなぁ。

さらにU-23のレースで新城選手が、見事にステージでトップと同タイムの2位をゲットしたということで、ブルゴーニュさんのチームVang追っかけにも熱が入ります。

● 2006.05.03 (Wed)  5月6〜28日: ジロディタリア 予告
CNのスタートリスト

● ガルゼッリは出場せず。
● ディルーカは最高のジロを走る、と宣言。

● 2006.05.05 (Fri)  ヴエルタ・ア・エストレマドゥーラ Yahooのジャージで走る康司選手写真が遂に出た
KojiFukushima.jpg 525×394 43K■ チームYahooのジャージで走る康司選手の写真がスペインのサイトに出た

ヴエルタ・ア・エストレマドゥーラに出場中のチームVang。第2ステージで康司選手が飛び出し、アタッカーの本領発揮。

その様子が地元のサイトに掲載され、なんと遂にあのYahooのジャージが解禁となった。(ソース: Special Thanks to ブルゴーニュさん)

ジャージはVangのジャージとほぼ同じで、ロゴのYahooの部分が大きく目立つ。

これまでパールイズミのジャージやVangのジャージ、あるいはYahooジャージのロゴを隠してレースに出場していたが、ついに堂々とレース出場という運びのようだ。

左の写真のCopyrightはExtremaduraciclismo.net

レースリザルトはここ

● 2006.05.06 (Sat)  5月6〜28日: ジロディタリア 初日TTのスタートリスト公開
giro.jpg 306×390 28K■ ビジュアル・ライブ中継URL :コーナーで失敗する選手たち

「ネット上でジロを見ることはできないのでしょうか?」という質問がきたので、去年のごとくRAIのサイトを紹介。==> RAIの生中継動画URLへ

ウルリッヒ、今ひとつだった。コーナーがトリッキーなのか、CEIのエフィムキンら、乗り上げてしまう選手が続々。
路面が波型になっている部分では、FDJのサポートカーからスペアバイクが落ちて、観客席に飛んでいくという場面もリピートで流されている。
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■ 1分ごとに全選手のプロローグのタイム・順位が即座にわかるページ

CNにもジロのプロローグの順位が載っているようだが、上位選手のみ。ここのは、全選手のリザルトが即時に出てくる。目下63人が走り終えて、ジルベールがトップ。
プロローグのリザルト即刻版へ

■ 初日プロローグのコースがビデオで体験できる

ジロのプロローグまでカウントダウン状態。ジロのビデオギャラリーに、初日のコースを体験できる内容のものがある。ジロビデオギャラリーへJUMP

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■ 初日6.2kmのTTのスタートリスト。(下記はPDFファイル)
ジロ初日TTスタートリストへJUMP

ガゼッタの公式HP。例年よりも言語も増えて充実。ただしイタリア語のページの情報量が一番多い。
公式サイト

初日コースプロファイル
コースはテクニカルではないというが、10%の上りもあり、フラットではない。
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■ TTを前にペタッキの談話

TTでは、トップから30秒以内でゴールできれば上出来だ。あらゆる力を振り絞ってTTにのぞむ。
調子もすごくいいので、前半はスプリント勝負のステージにはガンガン行く。」

● 2006.05.07 (Sun)  5月6〜28日: ジロディタリア 第1ステージ 6.2kmITT (セレン〜セレン)
savo2.jpg 640×480 290K■ ディスカバリーのパオロ・サヴォルデッリが昨年から連続でマリアローザ

去年マリアローザで終わった男が、初日のTTを制し、ひき続いて今年の初日もマリアローザを着用。2位のマギーに11秒の差をつけた。

左の写真は05ロマンディのサヴォルデッリ。初日プロローグで、ペレイロに敗れてほんの僅かな差で2位だった。今年のジロでも、プロローグ・TTに強いところを見せ付けた。
=>リザルト

● 初日優勝のサヴォルデッリ談話:勝敗を決めたのは最後のカーブ

    「こうしたコースは自分向きだけど、まさか勝てるとは思わなかった。上りで攻め、最後のあの危険なカーブでは、高速で突っ込んでクラッシュしそうになった。でも、バイクをしっかり立て直した。

    マリアローザでスタートできて、去年同様の喜びを感じている。」
ゴール手前のカーブは、テクニカルで、あそこで誰もが減速せざるを得なかった。そこを果敢に攻めたサヴォルデッリ。1人だけ7分台を叩いたのも、これが起因しているかもしれない。

カーブの手前には路面が波型に打った箇所があり、FDJのチームカーのスペアバイクは観客席に放りだされるし、選手もバウンスしながら通過。その直後にあのカーブが登場。そのため何人もの選手があそこで足をついたり横滑りしたりした。


● 「貴方はTTスペシャリストでしたっけ?」とあちこちで聞かれたシューマッハ:

また、4位につけた元シマノ、現ゲロルシュタイナーのシューマッハもサプライズ。

RAIのビジュアル・ライブでは、インタビューアーがシューマッハに、「貴方はクロノマン(TTスペシャリスト)でしたっけ?」と聞いていた。

彼の答えは、「僕は通常TTでもまずまずの走りができる。でも、基本的にはクラシックハンターなんだ」と語っていた。

● ペタッキのタイムはほぼ想定内:
トップから30秒以内でフィニッシュできれば、、と言っていたペタッキは35秒遅れの31位。

● クーネゴvsシモーニ ほぼ同タイム
ともにトップから25秒遅れ。コンマ差でクーネゴが15位、シモーニが16位。

● スペイン勢もサプライズのグティエレス

ホセ・エンリケ・グティエレスの3位は周囲を少々驚かせた。スペインでは、TTといえば、世界戦TTメンバーのホセ・イバン・グティエレスなのだが。ホセ・イバンは7位だった。

● 2006.05.07 (Sun)  ジロNews : ジロ第1ステージで観客が3人負傷
昨日、RAIのビデオでもリピートで様子が映っていたFDJのサポートカーのアクシデント。車がバウンドした際に、スペアバイクが観客席に突っ込んだが、あれで負傷者が出たという。
あのバイク数メートル飛んで、小さい少女と妊娠中の女性を含む3人を直撃。ケガをした。しかし、「ASOは、負傷者についてそれ以上の情報を公開していない」そうだ。

■ ツールの観客の死傷事故

ツールでは、自分が観戦していた時に2件死傷事故が起こった。

1. ジャジャのファンが観客に車で突っ込んだ事件

まず、01年、コルマールのゴール地点に群がっていた観客に、車が突っ込んだ。精神を病んだジャジャファンが、「ジャジャに会わせろ!」と怒って起こした行為だった。幸い数人の観客が軽いケガをしただけで済んだ。

2. キャラバンカーで死者

00年ツールでは、子供がキャラバンカーの配布物を拾おうとしてキャラバンカーに轢かれて死亡。この年は、それ以降、キャラバンカーの自粛が行われた。

● 2006.05.08 (Mon)  5月6〜28日: ジロディタリア 第2ステージ モンス〜シャルルロワ 197km
robbie.jpg 458×414 77K■ マキュエン会心のスプリントで区間優勝: ラストの僅かな上りが明暗を分ける

ラストの僅かな上り勾配が勝敗を分けた。上りを意識してスピードを殺してしまったペタッキは4位。逆にスプリンターステージと知りながらも、僅かな上りに賭けて仕掛けたベッティーニが3位。

通常ならペタッキの勝ちパターンだった。ミルラムトレインがゴール際でしっかりガード。

しかし、ラストのストレッチが僅かに上りになっていた。ペタッキは最後にギアを1段軽くしてしまい、これが敗因となった。

「ペタッキはラストのストレッチが僅かに上りだったため、スピードを殺してしまった。これが間違いだった。マキュエンはヘビだ。間違った動きをすれば、彼はたちまち噛み付いてくる」。(ジロ公式サイト)

これに乗じたのがオーラフ・ポラック(TMOB)。素早く動いた。さらにペタッキをマークしていたマキュエンの反射神経もすごい。ポラックを捕らえて見事にトップでゴール。

ポラックは2位でゴール。さらに3位はベッティーニ。

ベッティーニは、この日のステージはスプリンター‘sステージだと知っていた。しかし、最後が僅かに勾配がついていたため、果敢に攻めた。

ベッティーニ
「今日はピュアスプリンターのためのステージだ、と聞かされていたが、コースが僅かに上りの時は、僕はいつでもチャレンジしたくなる。3位になれて、昨日のロスを少し取り戻すことができた。」

■ マキュエンの談話:
「ジロで勝てたことも去ることながら、ベルギーで勝てたことでスポンサー的に大きかった。」

■ レース展開

この日は4人の逃げが続き、レースが細かく動くということはなかった。20歳のドゥラージュ(FDJ)、アルビスーリ(EUS)、ミッサーリャ(セッレ)、ラッブ(ブイグ)はラスト100km足らずで飛び出し、そのまま逃げにのった。

途中踏切で1分半ほど4人はロスするが、それでもその時点でプロトンに吸収されることはなく。さらに37km地点、アルビスーリとミッサーリャがあとの2人を置き去りにして逃げる。

しかし2人の逃げもラスト20kmを過ぎたあたりで風前のともし火となる。結局追い上げるミルラムらによってプロトンに吸収され、最後は集団ゴールスプリントに。

総合はサヴォルデッリ、マギー、グティエレスで変わらず。

■ 第3ステージ
5%の上りのパヴェが登場。

Photo: ロビー・マキュエンの山越え。04ツール

サヴォルデッリは33歳の誕生日

● 2006.05.09 (Tue)  5月6〜28日: ジロディタリア 第3ステージ 〜ナミュール 202km
期待のシューマッハが優勝 ■ 勝敗を分けた上りのパヴェ ■ ジロ3勝目にならなかったチェチュ

初日TTでサヴォルデッリから13秒遅れの4位でフィニッシュしたゲロルシュタイナーのシューマッハ。好調そのままに、第3ステージで優勝。

TTでは周囲もサプライズの結果で、イタリア人女性記者から「あなたはクロノ・マンでしたっけ?」と聞かれていたが、「得意はクラシック」と答えていた。まさにこの日のコースは彼にうってつけだったのだろう。

この日だけで25ポイントを奪取し、サヴォルデッリを抜いて総合トップに躍り出た。
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記憶を取り戻すため、去年とにかく強かったシューマッハについて触れた記事アーカイブ:
    シューマッハ快挙 その1
    2005-05-16 小ネタ
    「ラインラント・プファルツのツアーで区間3勝したシマノメモリーコープのシューマッハ。プロチームのゲロルシュタイナーの強敵を抑えて総合優勝。」

    ● シューマッハ快挙 その2
    2005-05-29小ネタ
    「シマノメモリーコープのシューマッハがヨーロッパリーダーに

    5月末に出た最新UCIコンチネンタルサーキット ランキング。ラインラントプファルツ(5/11-15)でステージ優勝4回と総合優勝をしたシマノメモリーコープのシューマッハ。

    ポイントを荒稼ぎし、ヨーロッパツアーで前月の2位から首位の座へ。ヨーロッパリーダーになった。それまで1位だったルーベン・プラサ(バレンシアナ)には、120ポイント近くも差をつけた。」

    シューマッハ移籍情報
    2005-10-01 小ネタ
    「シマノメモリーコープのNo.1ステファン・シューマッハがゲロルと交渉中。シマノMCからは出る」

    シューマッハ陽性になるも、花粉症の薬であることが判明
    シューマッハは、医者が処方した花粉症の薬が陽性反応を示し、一時レース出場ができない時期があった。彼の場合、母が医者で処方した薬の履歴が明らかだったため、無実がクリアになった。

    2005.07.01 (Fri) トクダネ
    2005-06-30 小ネタ
    2005-06-28 小ネタ
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レース展開】

コースプロファイルでも、ラスト2kmが上りなのがくっきりわかる。さらにパヴェセクション。ここが勝負の分かれ目だと、誰もが思ったことだろう。

まず先頭グループからセッレのルッドがアタック、すかさずルビエラがカウンターでトップに躍り出た。その後、後続から飛び出してルビエラを追い始めたのがシューマッハ。

最後は弾丸シューマッハがトップでゴールし、ルビエラは2秒遅れの2位。昨年の今頃は、ルビエラ(通称チェチュ)、腹痛などでレースをリタイヤする日々が続いた。今年はかなり調子がいいぞ。

チェチュは97、00年ケルメ時代に合計2回ジロ区間優勝をしている。3度目にはならなかった。

ペタッキがリタイヤ(=>小ネタ)

シューマッハ談話】

「コースのラストの部分は未体験だったけd、監督のクリスティアンから聞いていた。パヴェの2kmは上りになっているということで、僕にぴったりだと思った。

今日のステージでは、レベッリンとともに、僕はチームのリーダーだった。ここで区間優勝すれば、獲得ポイントのおかげでマリアローザを着れるな、と思った。

ルビエラがアタックした時、ついていけたのは僕だけ。グループが追いつくことを恐れたけど、とにかく後を見ずに突っ走った。

ここ過去2シーズン、小規模チームで僕はリーダーだった。」
(注:その前はTモバイルにいたが、ウルリッヒの加入で追い出され、ラモンタ=>シマノで2年間走った。)

● 2006.05.09 (Tue)  5月6〜28日: ジロディタリア 第4ステージ RAI実況
robbie5.jpg 546×416 259K■ マキュエン2勝目。ポラック、Tモバイルにプロツアー初勝利かと思いきや。。

レースは予想通りスプリント勝負。ミルラムが2人組みのトレインを組んでいた。あたかもペタッキがまだいるかのようだ。

そしてポラックがゴール前に前に行き、そのままいくかと思いきや、マキュエンがぐんぐん加速。たちまちトップに躍り出た。ベッティーニもかなりいい追い上げをあげたが、僅かに及ばず。

マキュエン強し2勝目。総合シューマッハ変わらず。

ちなみに、予告どおりランスが姿を現した。

■ マキュエンのレース後インタビュー: 「チームが勝つと、頑張っている経験浅いチームメートにとってもやりがいがあるだろう」

マキュエンの優勝インタビュー:

「今回のジロには、グランツールの経験があまりない選手が混じっている。ヴァンフッフェルは2度目、ローセムスは初めて。こうしたグランツールの経験が浅い選手たちが、今日はいい仕事をしてくれた。

僕らが優勝できるということは、彼らにとっても いい見返りになるね。」

レース後には、イタリア語で一生懸命答えていて、好感度。
「とにかく待って待って待った。ラスト5kmでこらえて3kmでミルラムのあとからいった。」ということで力をためた様子が。

「スプリント自体は難しくなかったけど、レース自体は厳しかったmolto duro」

実況中継: 「ウルリッヒは寛容な選手」

RAIのURLの例のヴィジュアル中継:ウルリッヒのことを絶賛していた。
「彼は寛大だ。(状況次第で、)チームメートのために、アシストすることも惜しまない。」

Photo: 03 ツール、山岳を上るマキュエン。

● 2006.05.11 (Thu)  TOJメンバー
Team VANG Cycling sponsered by Yahoo!JAPANとブリヂストンのTOJメンバー

VANG : 福島兄弟、宮澤、新城、清水、佐野の6名
アンカー:田代、飯島+村山、畑中、相川、長沼(アンカーヨーロッパ派遣組)のようです。

人から聞いた話ですが。。

● 2006.05.11 (Thu)  TOJ : B・マッギーの兄が助監督を務めるチームがやってくる
南オーストラリアAISチームがTOJにくるが、このチームは、この← カンガルージャージのチームのはずだ。写真撮影が楽しみだ。

更に、このチームは、ブラッドリー・マッギーが後身の育成のために設立したマギースポーツの支援を受けている。

更に!このチーム助監督は、ブラッドリーの兄 ロッドことロドニーが務めるのだ。ロッド、来日しないだろうか。。。!とひとりでやきもきしたりしている。

TOJ出場チームリストはここ

Team VANG Cycling sponsered by Yahoo!JAPANとブリヂストンのTOJメンバーは、聞いた話だと:

VANG : 福島兄弟、宮澤、新城、清水、佐野の6名
アンカー:田代、飯島+村山、畑中、相川、長沼(アンカーヨーロッパ派遣組)のようです。

(南オーストラリアAISチームがTOJに出場することをリマインドしてくれたのは、くわのたわごとさん。感謝。)

● 2006.05.12 (Fri)  5月6〜28日: ジロディタリア 第5ステージ 35km TTT ドミナから移籍してきたゴンチャルが優勝
gonchar.jpg 268×373 98K■ 勝敗を分けた5人目のゴール

Tモバイル、1秒差でCSCに破れて2位だった。またもプロツアー初優勝を果たせず。実はゴール時、最初の4人はCSCに勝っていた。

しかしタイムは5人目で決まる。T-Mobのロジャース、ウルリッヒ、ゴンチャル、ポラックがラインを越えたのは、CSCの4人が超えたタイムよりも1秒速かった。

しかしケスラーがラスト500mでついていけなくなり、やや遅れた。フィニッシュしのは、CSCの5番手よりも僅か1秒遅かった。Tモバイル、1秒の差で優勝を逃した。

しかし、これでTモバイルはゴンチャルがマリアローザを獲得。名前のスペルの謎も解けたことだし、これはめでたい。

今回のジロのTTTは、通常のツールのTTTよりも距離が短い35km。ダメージをここで余り広げたくないという主催者の意向か。ツールでは、距離を長くして代わりにMax.のタイム差を設定していたが、この方が納得だ。

=> Results

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2000年は旧ソビエト連邦の当たり年だった

2000年は旧ソビエト連邦の当たり年だった。シドニー五輪のTTでエキモフ(ロシア)が金メダル。直後の世界戦ロードでラトビアのヴァインスタインスが金メダル。世界戦TTでウクライナのゴンチャルが金メダル(写真)。

フランスの新聞フィガロは、”東方ロシアから一陣の風”と題して、彼らの活躍を称えた。

Photo: 2000年世界戦TTを制したゴンチャル(中央)。雑誌Cycle Sports Issue 2000 Decをデジカメで撮影したもの。
「この年は、シドニー五輪と重なったため、日程が近い世界戦への出場者は層がやや薄かった。それでも、個々の努力はすばらしかった。」と書かれている。

写真は左から銀メダルのミヒャエル・リッヒ(ゲロルシュタイナー)、ゴンチャル、銅メダルのボドロギ(CA)

● 2006.05.13 (Sat)  5月6〜28日: ジロディタリア 第6ステージ 227 km
grp0513084315.jpg 427×478 168K■ マキュウェン3勝目。チポッリーニが絶賛。(でも自分はもっと速かった。。!)Tモバイルはポラックにマリアローザが移行

ゴールスプリントを制したのはロビー・マキュエン。これで今回のジロ3勝目。

昨日ゲストで会場入りしていたマリオ・チポッリーニも脱帽だった。

「マキュウェンについていくのは、ほぼ不可能。もし彼の背後にまわって最後抜き去ろうとすれば、もうその時点でその選手は負けが確定だ。

かといって、早くから飛び出しても なかなか勝てない。だって彼は起爆力がある。

もっとも今日のマキュウェン、そんなに速いスプリントではなかった。時速71kmだろう。僕は75kmだったからね。」

でもって、Tモバイルのスプリンターオーラフ・ポラックが総合トップに躍り出て、同僚のゴンチャルからマリアローアを引き継いだ。

優勝候補にシモーニをあげたブーニョ。痩せている。。

CNで昔の選手たちが優勝予測をしているが、ブーニョがピックアップしたのはシモーニ。元選手は引退すると太る選手が多いが、ブーニョ、以前より痩せている。英語を学び、自家用ジェットの運転免許を取り、意欲的な生活をしていると聞く。=>写真

● 2006.05.13 (Sat)  ジロ「フェアプレイ賞」のフシギを解く
ジロのランキングに、「フェアプレイ賞」なるものがある。しかも、ついている日とない日がある。ガゼッタの公式サイトにジロルールブックがあったので、調べてみた。

フェアプレイ賞だけは、ポイントが高い方が下位となる。ポイントがつくのは下記のルールとなる:

● 警告1回につき0.5ポイント
● 罰金10スイスフランにつき1ポイント
● タイムペナルティ1秒につき2ポイント
● 降格1回につき100ポイント
● レース追放、或いは順位つかずは1000ポイント
● レース中コントロールで陽性反応1回につき2000ポイント

賞の趣旨は、各チームにフェアプレーを徹底させるためということで、こうしたポイント方式により、目下コフィディスとTモバイルには25ポイントついている。

(はてなBlog tannenbaum居眠り日記zzz / のTanneさんなど、やはり、自分のほかにもフェアプレイ賞について疑問を感じていた人がいるようだ。最後まで無傷のゼロポイントで通せるチームはいるかどうか。)

● 2006.05.14 (Sun)  5月6〜28日: ジロディタリア 第7ステージ 236 km
02ジロでプロローグと1ステージ制したこともあるリック・ブルブルッハが蘇った。96年〜04年までロット在籍。05年クイックステップを経て、現コフィディスに移籍した。

途中1368mの上りも登場する 236kmの長い1日。逃げグループが形成された。最後は吸収されるだろう、と予測したが、意に反してラストはソロゴールだった。

途中の逃げグループはガラテ、今年好調のビラ、ケスラー、エフィムキン、サウニエルのモーリ、ヴルブルッヘ、ヤコヴレフ、やっと体調も戻りつつあるペーニャら。

ラスト24kmでケスラーとエフィムキンは吸収されたが、残党が逃げを続行。ラスト5km、ヴルブルッヘがアタックを決め、そのまま喘ぎながらも単独ゴールを決めた。「ラスト600mは相当きつかった」、と振り返った。

後続は結局プロトンに飲み込まれ、サヴォルデッリが執念の2位(+14秒)。

バッソ、ゴンチャル、シモーニらが+16秒で続いてゴール。クーネゴが+20秒、ディルーカやや遅れて+34秒。これで、ゴンチャルがマリアローザに。

Tモバイルは、ゴンチャル – ポラック – ゴンチャルと再び総合リーダーのマリアローザをつないだ。それにしてもセルゲイ・ゴンチャル、小躍りして喜ぶ様 はとても嬉しそうで、見ている人をもハッピーにする。

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ブルブルッハ区間優勝のめでたい時のこんな写真を出すのも不謹慎ながら、ブルブルッハは、今までのツールで自分が目の前でリタイヤする瞬間を見た選手の1人。下記は03ツール。(もうあと1人は昨年のクレーデンで、この2人しか目前でリタイヤするのは見たことがない。)

ブルブルッハ1
山岳ステージで一番最後にやってきた、と思ったら、道の脇の柵に手をついた。

ブルブルッハ2
そのまま自転車を下りて腰をかけるブルブルッハ。暫く呆然としていた。

ブルブルッハ3
スタッフに促されてチームカーの中に。ブルブルッハのツールが終わった。

● 2006.05.14 (Sun)  TOJ 第1ステージ 大阪
観戦に行った人から報告があって、寿司屋の漢字Tシャツをもらって喜ぶシクロクロスのチャンピオン(ベルギー)の様子など、楽しそうー な様子だ。

スプリントを制したのはワンカンポー。2位は新城幸也選手とのこと=>リザルト
幸也選手、好調!

● 2006.05.15 (Mon)  5月6〜28日: ジロディタリア 第8ステージ 山頂ゴール
■ 山頂ゴールは激動のラスト5km : ルハノがアタック、クーネゴがアタック、そして最後はバッソがとどめ

この日は山頂ゴール。ラスト5kmの攻防がすごかった。なんとサヴォルデッリが遅れ、ダニエルソンにアシストされながら必死で追っている。さらにディルーカもドロップアウト。

こうしてトップグループはピエーポリとシモーニのサウニエル コンビ、バッソとサストレのCSCコンビ、クーネゴ、マッツァンティ、ホセ・エンリケ・グティエレス、カルーゾ、ルハノになった。

このトップグループから、ルハノがアタックを決め、後続に差をつけた。ラスト4kmをソロでいく。

しかし後続は力を温存していたのだろう。ルハノは少し間を置いて結局吸収される。と、瞬く間にクーネゴがカウンターアタック。

バッソだけがついていくが、シモーニらは追えない。バッソが前に出る。クーネゴはバッソを風除けに行くのか、と思ったら、ついていけなかったようだ。ずるずる遅れ、瞬く間に差が開いた。

解説者が言う。「クーネゴの飛び出しはよかったが、恐らくエネルギーふりしぼっていっぱいいっぱいだったのだろう。」

バッソがトップ、クーネゴがその次。サプライズはフォナックのJEグティエレス。3番手でソロになっている。

バッソは、そのまま力強くゴールに向かう。額には汗が光るが表情にはハリがある。両手を差し出してバッソ、今ゴール。

2位争いはグティエレスが粘りを見せ、クーネゴを捕らえる。前に出て2位でゴールかと思ったが、最後の最後でクーネゴが満身の力でペダルを踏み、2位でゴール。グティエレスはそのままクーネゴに行かせて3位でゴール。ともに30秒遅れ。

以下、カルーゾ+45秒、マッツァンティ +1分9秒、ピエーポリとシモーニが+1分15秒、ディルーカ+1分32秒。ルハノ+1分50秒。サヴォルデッリは15位で+2分20秒。

総合はゴンチャルがリーダージャージをキープできず。バッソが首位に躍り出て、2位はグティエレス+1分34秒。3位クーネゴ は+1分48秒。4位サヴォルデッリ+2分35秒、5位ゴンチャル+2分43秒。6位 ディルーカ +2分48秒、7位シモーニ +3分20秒など。

■ バッソのコメント


「まだ1週間が過ぎただけ。去年の経験で、体調を崩せば、たった1日で1時間失うこともありうる、ということを学んでいる。」

------------------------------------------- 本日のゴール ----------------------------------------------------

区間優勝:バッソ
Photo: ツール04 ラルプのTT前

2位: クーネゴ
Photo: TDR05 最終日TT前

3位:JE・グティレス
Photo: ツール04 シャンゼリゼにて

● 2006.05.15 (Mon)  TOJでは漢字モノがブレーク中。。
大阪ステージに行った人から便りが。。どうやら選手の間では漢字が流行しているらしい。。

必勝ハチマキのFIDEAの選手


エルウィン・ベルベッケン
「寿司屋の魚漢字Tシャツ」にご機嫌のエルウィン・ベルベッケン。シクロクロスのラルカンシェルホルダーだ。
『やはり漢字モノは喜ばれるようですね。ベルベッケンはチームのみんなに見せびらかしてから、すぐに着用。(笑)』だったそうです。

それから本日朝日新聞朝刊にも第1ステージの結果報告が出ていたけど、ワンカンポーは漢字のままの表記「黄金宝」だった。一般の新聞の読者は、読めないだろうな、これ。。

でもってワンカンポー、トラックの方が好きで、ロードには力を入れていない、と書かれている。それでも初日優勝をさらっていってしまった。。

● 2006.05.16 (Tue)  ジロ第9ステージ : AG2Rがプロツアー未勝利4チームから脱出
優勝は、今後トップ選手になると噂されているリトアニアのヴァイツクス(AG2R)。リトアニア選手がジロ区間優勝するのは初めて

AG2Rのヴァイツクスが優勝した。これでプロツアーでまだ優勝がないのは、FDJ、リクイガス、Tモバイルの3チームだけになった。

ヴァイツクスの優勝はベッッティーニをスプリントで破っての優勝。単にこれを聞くとサプライズだったが、将来かなり有望視されている選手で、ある意味本領発揮といったところ。

彼は01年トラックジュニア世界チャンピオン、02年トラックワールドカップチャンピオン、04年はロード&TTダブルのリトアニアチャンプ。スプリンターでありTTスペシャリストという逸材 =>プロファイルへ

この日は壮絶なゴールスプリント争いとなった。(写真)
ベッティーニがウィニングポーズで手を上げ、RAI(ラジオ)のアナウンサーもベッティーニの名前を連呼。しかし僅かの差で優勝者はヴァイツクスであることが判明。

ベッティーニは2位、Tモバイルのポラックは3位でTモバイルに優勝をもたらすには、あともう一歩。

● 2006.05.16 (Tue)  ジロ第10ステージ : ”歴史に残る敗北の瞬間”
pelli.jpg 287×402 124K■ おめでとうリクイガス。ペッリゾティが優勝。これでプロツアー優勝ゼロはTモバイルとFDJに

実力者揃いのリクイガス、今年前半はなかなか本領発揮できなかったが、このほど長年期待されてきたペッリゾッティが区間優勝。チームにとっては今季プロツアー1勝目をあげた。そしてこの日は、緑色のジャージが活躍した。

■ 悲壮なラスト150m

逃げを打って飛び出した選手が逃げおおせるかどうか、というのは本当に紙一重だ。ラスト15km、ペスキーチの下りでアタック。単独で逃げていたアクセル・メルクス。

ラスト1km、後続に10秒つけていた。ゴールが迫って、何度も後ろを振り返る。ラスト僅か150m、無常にも彼は追っ手グループに吸い込まれていく。

ゴールを最初に割ったのはペッリゾッティ。メルクスは11位でフィニッシュ。ゴール後、長い間ハンドルバーの上に頭を垂れ、敗北の悲壮感をからだで表していた。

そして、「考えうる、ありとあらゆる感情が胸をよぎっている」と述べた。

「最初飛び出した時は”きっと逃げ切れないだろう”と思っていた。でも、600m、500m、400mとゴールがせまるにつれ、もしかしたらチャンスが巡ってきたかもしれない。いけるのでは?という気になっていた。

コーナーのところで後続が少し躊躇すれば、僕を吸収することは無理だろう、、と。それだけに今回失望感が大きいんだ。

そしてラスト150m、全てが終わった。」

一部マスコミは、今回のレース、ラスト150mは、歴史に残る敗北の瞬間だった、と述べている。

Photo: ツール03.アレッシオ時代のペッリゾッティ。

● 2006.05.17 (Wed)  TOJトリビア
grp0517123801.jpg 350×233 16K■ TOJトリビア : AISチームのジャージにマッギー「McGee」の文字、パンフレットから抹消されたTOJ2位の選手

TOJ第2ステージ奈良ステージレポートが到着。

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1.福島康司選手のハーモニカ演奏
先ず、スタート地点となる東大寺では初めて福島康司選手のハーモニカ演奏を聴くことが出来ました。
観戦に来ていた子供達に"さんぽ"(となりのトトロの)と"オー・シャンゼリゼ"を演奏。
後ろでは主催者側が選手に召集のアナウンスをかけているのに良いのかな?と言う感じでしたが、本人にはそんなことは少しも気にしていない様子でした。


2.サウスオーストラリアチーム(AIS)のジャージにMcGeeの文字
サイトで紹介していましたサウスオーストラリアチームのジャージ。
あの通り、カンガルーでした。グローブにもカンガルーのイラストが。
しかも良く見るとフレーム(ビアンキ)のトップチューブにも。
それとMcGEEのロゴがパンツの後ろとジャージの右胸に入っていました。(写真)


3.シマノの電動メカ
シマノの選手が電動メカを使っているのを発見。
フロント変速機の黒い部分がバッテリーかと思われます。
電動化によりSTIレバーからシフトワイヤーが消え、カンパと同様にすっきりしています。
しかし、握りやすさ重視のせいか、あり合わせのせいか、レバーは頭デッカチのままです。


4.抹消された過去2位の選手
あと気付いた点は、パンフレットで04年の2位の記録が消えている点です。
ドーピングによるものらしいのですが、05年のパンフレットにはあったのに1年以上経っても消えてしまうのですね。(今更、繰り上げもなし?)

---- 補足
=> スペインのロベルト・ロサノが04年TOJの最中のテストで陽性となった。しかし、スペイン自連の処分決定が出たのが2005年5月26日だったため、2005年TOJのパンフレットには登場したと見られます。

目下、スペイン自連から2007年5月まで2年間の出場停止処分中。

● 2006.05.17 (Wed)  TOJレポート
1つ前のエントリー「TOJトリビア」に関連する写真&コメント。


福島康司選手
スタート前に子供達にハーモニカを吹いてあげる福島康司選手。さんぽ(となりのトトロの)、オー・シャンゼリゼを吹いていました。子供達がかぶっているキャップは直前にシマノの選手達がプレゼントしたもの。

ウラジミール・ヂュマ選手
ゴールするユバーサルカフェのウラジミール・ヂュマ選手。xxxxxxxxxxxxxxxxxxx
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McGeeのロゴ
カンガルーはジャージだけではありません。使用するフレームのビアンキのトップチューブにも描かれています。それとパンツの後にはMcGEEのロゴが入ってます。詳細は1つ前のエントリー↓「【TOJトリビア】」を参照。

サウスオーストラリア
サウスオーストラリアドットコムチームのジャージ。人気が出そうな予感(?)写真じゃ判り辛いけど右胸辺りにMcGEEのロゴが入ってます。

シマノの電動メカ
フロント変速機の黒い部分がバッテリー(?)

その2
電動メカのためSTIレバーからシフトワイヤーは消えています。
Comments & Photos By Y-san

● 2006.05.19 (Fri)  ジロ第11ステージ TT 50km
ull.jpg 290×353 119Kウルリッヒ優勝で、これでTモバイルもプロツアー初勝利。これで本人の士気もあがったようだ。

目論見としては、ジロではとにかく完走すればいいという。01年もジロに出て総合52位でフィニッシュ。山岳で3位が2回。ジロではこのレベルでも、ツールでその年ランスについで2位にはいった実績がある。

ところで、日記が絶好調のゲロルシュタイナーのフェルスター。ホテルがひどくて、再び寝るまでバスに退避。

日記に正直に「ほかのチームよりもホテルがひどすぎる。オーガナイザーがとるからどうにもできない。」と書いたら、警察が来てしまったという。フェルスターはレセプションでその会話の断片を聞き、こっそり逃げ出した。

昨夜の宿もひどかったらしく、バスの中に退散する羽目になったが、その辺の詳細はもうフェルスター書かないといっている。また警察沙汰になるから!」

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FDJはマッギーに続き、ジルベールもジロを去った。(これは 他のレースに専念するため、あらかじめ折り込み済みのリタイヤらしい。)ラスムッセンは背中の痛みでリタイヤ。

TT出走順

● 2006.05.19 (Fri)  ジロ第12ステージ
horrach.jpg 317×343 96K■ スペイン人が今年のジロで初勝利 : 「僕は、中ぐらいの山で、中ぐらいの人数の逃げで、中くらいの人数のスプリントなら勝てるレベル」

ケスデパーニュのホアン・オラチが今回のジロでスペイン勢として初めて勝利を収めた。山岳ステージを制したオラチはクライマーではない。事実レース後、「高い山は嫌い」と述べた。

この日はタフな山岳ステージだったが、逃げが完全に決まった。逃げグループ人数が10人以上だったのが功を奏した。その中から脱落者が出たものの、エスケープグループは完全に後続プロトンを引き離し、あとは逃げの中の誰が勝つかだけが問題だった。

最後はドラマチック。ばらけた逃げグループの中から2人のイタリア人、マヌエーレ・モーリとエマヌエーレ・セッラが先行していたが、テクニカルな下りで2度カーブに突っ込んだ。結果的にこれが彼らの勝機を失わせた。

(CNには モーリが転倒したときのことを、Mori made a youthful mistake モーリ、若気のいたり、と書いてる。)

モーリ、セッラが必死に追うが、4人が先行。その中からその後ベテランベッリ飛び出し久々の復活かと思いきやバリアーニにおいつかれ、インゲルス、オラチの4人が前を行く。モーリ、セッラもなんとかこの4人に追いつくのだが、一瞬の隙をついて、足をためていたオラチが行った。

あっという間にほかの5人を引き離してオラチがゴール。選手生活において、貴重な1勝をあげた。

■ オラチのコメント

「高い山は嫌いだ。でも中程度の山・少ない集団・少人数のスプリントなら僕には最適。僕は速いほうだけど、とはいえ10人程度のグループで秀でているだけ。」

自分を知り尽くした?ライダーのコメントだ。

● 2006.05.21 (Sun)  ジロ 第13ステージ
piepoli.jpg 827×959 151K 親友が亡くなったまさにその場所で勝てて最高だ − レオナルド・ピエポリ

この日はアオスタ渓谷を突き抜けるレース。

前日、ラストの下りでモーリらが落車してレースの結末が一転した。この日のレースも、最後の下りがカギだった。

この日最後まで生き延びたクライマーのピエポリとマリアローザのバッソ。2人は上り終わるまで共に先頭を走っていた。しかし、下りでバッソが慎重になる。現在のリードを考慮し、3週間という長いレースを考えてリスクは犯したくなかったのだろう。一方ピエポリは果敢に攻めた。

ピエポリは、同僚のシモーニから「区間が狙えれば先にいけ」と言われていた。最後はバッソに44秒の差をつけて単独ゴール。優勝を飾った。

レース後、ピエポリは雨降りしきる中、こう語った。

僕は特にこのステージで勝てて嬉しい。親友を亡くしたまさにこの場所で勝てて最高だ。

この山は、僕の親友ディエゴ・ペッレリーニの命を奪った。それは13年前の、ヴァッレ・ダオスタ(アオスタ渓谷)のレース中だった。彼はアマ時代いい成績を残していた。まだ21歳だったんだ。

今日はその彼に優勝を捧げる。そして自転車が大好きな彼のお父さんに。」

■ クネゴは敗北宣言、でも。。

この日は山頂ゴールではなかったが、前半フラットで徐々にラストに向けて上っていくコース。終盤、優勝候補が徐々に脱落する中、ほかの優勝候補に対し、バッソが強さを見せ付けた。

トップから2分36秒遅れのクネゴは、ジロ敗北宣言。しかし、「まだ表彰台のチャンスは残っている。あと数日、どこまでできるか見てみたい。」と述べた。

さらに、この日は、雨のせいで、計画通りの走りができなかったとも。

ピエポリ、バッソに続いてグティエレスとシモーニが1分19秒遅れでゴール。グティエレス、今回好調。

クネゴ、サヴォルデッリは2分36秒遅れ、ディルーカは3分35秒遅れ。ただ、ディルーカのペッリゾッティは頑張って、2分9秒遅れでゴール。

● 2006.05.21 (Sun)  TOJ 東京ステージ レースレポート
rod.jpg 316×410 29KTOJのレースレポートは写真が多いため、別ページに保管。

TOJ 東京ステージのレースレポートへJUMP

● ラスト1周、日本人5人の逃げが、決まるのではないかというわくわくはらはらの試合だった。

● 総合優勝のデュマ選手の嬉しそうな笑顔が印象的。あそこまで喜んだ選手は初めてかもしれない。

● 元ランプレのベロフォシクス選手が区間優勝。「今日は僕とチームメートのデュマを応援しにきてくれてありがとう!」。会場も大歓声。アリガトウを日本語で。

Photo: ロッド・マッギー(マッギー4兄弟のうち3番目の兄。ブラッドは4番目)。サングラスを取ったら、ブラッドに似ていた。

● 2006.05.22 (Mon)  ジロ第14ステージ
grp0522073259.jpg 360×398 139K■ パナリアがコラボ勝ち。去年の8月にケスデパーニュ入りしたF・ペレスは2位に沈む

この日のステージは、山岳が2箇所入っていたが、優勝候補の選手たち、勝負ステージとは見なしていなかったようだ。総合上位を狙う選手たちはみなプロトンの中。逃げグループには総合の表彰台を狙える選手はいない。そのまま彼らを行かせた。

まだ後半のタフな山岳ステージがある。この日は様子見といったところだ。

この日のレースを支配した11人のエスケープグループが動いたのはラスト5km。ケスデパーニュのフランシスコ・ペレスがアタック。

ペレスは、ポルトガルのミラネサで走っていた04年、ロマンディ一周の検査で陽性となった。一時レース出場停止となったが、その後復帰が許され、去年の8月にケスデパーニュ入り。直後のヴエルタを走ったあの選手だ。

ペレスにしっかりついていったのは、パナリアのルイス・フィリペ・ラベルデ。先を急いだペレスにそのまま引かせ、脚をためた。

その間ラベルデのチームメートで11人の逃げには行っていたバリアーニが、逃げグループをコントロール。ラベルデの先行をサポートした。

最後はパワーが途切れたペレスを尻目にラバルデが優勝。ゴール地点で振り返り、優勝を確認した。

優勝争いに絡む選手らを含むプロトンは7分44秒遅れでゴール。CSCはしっかりレースをコントロールし、首位をキープ。

■ ジロはイタリアでフィーバー中:視聴率は40%超え

前日第13ステージの生放送。後半の小1時間は平均視聴率も40%を超えたほど、イタリアでのジロ視聴率は絶好調。ピーク時はピエーポリのフィニッシュシーンの辺で、最高視聴率は41.76%。3,673,000人がTVを見入っていたという。

● 2006.05.23 (Tue)  ジロ第15ステージ
bettini.jpg 452×380 36K■ ベッティーニ、T-Aのケガ以来初優勝。「これでやっと解放された」
■ ウィニングポーズはお預け。ポーズをしている間に先日負けたから。


フラットステージ。総合上位選手やクライマーはじっとしている日。先日果敢に攻めたアクセル・メルクスは腹痛で不出走。

23km地点でエダレン、マヨス、ラーション、ミッサーリャが逃げた。しかしゴールに向けて徐々にリードは減り、ラスト9km地点付近でプロトンに吸収。ゴールスプリントとなった。スプリントを制したのはベッティーニ。

第4,9ステージで2位となり、フラストレーションが溜まっていたベッティーニだが、この日のゴールスプリントでは1車輪差で、Tモバイルのスプリンター O・ポラックを打ち破った。

一方のポラック、勝てそうで今一歩。3位はポラック同様ドイツ人のフェルスター。総合順位に大きな変動なし。

ベッティーニ
「今日はウィニングポーズをフィニッシュラインの前でやらなかった。先日後味の悪い思いをしたからだ。手を上げている間に優勝を逃した。でも今回はラインを越えた時に勝ったとわかった。

3月のティレノ〜アドリアティコで落車してからというもの、いろいろ策を講じたのに、今だ優勝がなかったから、これでほっと一安心だ。

マキュウェンは別にして、僕はほかのスプリンターには勝てると思う。去年ヴエルタでペタッキすら破ることができたし。」

● 2006.05.24 (Wed)  ジロ 第16ステージ
basso2.jpg 507×471 48K■ バッソ圧巻

1956年も同じボンドーネの上りが登場し、チャーリー・ゴールが12分以上の差で華々しくゴール。総合優勝を固めた。そしてこの日のボンドーネも、総合争いを封印するものになったのか?

最後の上りでチェラミケのルビアノの逃げが終わり、バッソ+サストレのCSCコンビ、シモーニ+ピエポリのサウニエルコンビ、フォナックのグティエレス、AG2Rのガドレ、チェラミケのクアピオがトップに立つ。

シモーニが仕掛けるが、バッソは余裕がありそうだ。

ラスト5km、バッソがリード、シモーニは8秒遅れ、グティエレス+ピエポリが20秒遅れ、サヴォルデッリが1分40秒遅れとなった。

バッソの力強さは最後まで続いた。そのまま、差はどんどん開いていきシモーニに1分26秒差でゴール。2位シモーニ、3位ピエポリとグティエレスは1分37秒差、サヴォルデッリは+3分27秒。

総合順位はバッソ、グティエレス+5分24秒、サヴォルデッリ+9分17秒、シモーニ 9分34秒となり、バッソが圧巻だ。

サヴォルデッリは相変わらず呼吸器のトラブルが解消していないという。シモーニもバッソに「脱帽」宣言。ジロはこのまま終わるのか?

● 2006.05.24 (Wed)  ジロ 珍記録
クイックステップのホセ・アントニオ・ガリドが新記録を樹立!?それをサッキが更新?

クイックステップのホセ・アントニオ・ガリド、一度に16個ものボトルをチームカーから運んだという。1つは口を使い、2個はバイクのボトルケージにしまい、2個はポケット、6個はジャージの中(前側)、残り5つはジャージの後ろ。合計約5リットルを運んだ。

しかし昨日のステージで、ミルラムのサッキが18個で記録更新。ガリドは、「あの記録なら抜ける。僕は20までいけると思う」と語った。

ボトル運びもコンペか?と思いきや実際そうだった。日曜日の最終ステージ、もっとも多くのボトルを運んだ選手にフランチェスコ・モゼールからプレゼントが渡されるという。

● 2006.05.25 (Thu)  ジロ 第17ステージ
grp0525083834.jpg 827×959 151K■ 悪天候・悪路でコースは2段階に変更。ピエポリが区間優勝。バッソは同タイム

かねてから第17ステージのコースが話題に登った。CNでも、事前に雪の残る未舗装の道路の写真を各種用意し、これでもかというほどこの上りの脅威を見せ付けていた。

この日の気温は山頂ポイントで3−4度。凍える寒さ、未舗装道路、きつい上り、テクニカルは20kmの下りなど、余りに過酷な条件が揃ってしまったために、この日のステージは短縮が決定。

途中でコースがョートカットされることになり、その時点では最後の上りはそのままの予定だった。しかし、天候に改善が見られず、悪路を考慮し、結局さらにフィニッシュポイントは5km短縮された。最終的にこの日のコースは121kmとなった。

レースは最後の上りで選手が次々に脱落し、最後はバッソとピエポリがサバイバル。ピエポリが先にフィニッシュし、区間優勝。バッソの狙いは総合優勝なので、区間はなにがなんでも必死で狙いはしなかった。

グティエレスは15秒遅れでタイム差は最小限。2位の位置を不動にしている。シモーニはサヴォルデッリを逆転し、3位浮上。

● 2006.05.25 (Thu)  今年のジロのこれまでの結果が一目でわかる
ジロ2006の結果をうまくまとめたサイトがある。Wikipediaなんだけど、こんなサービスもあったとは。結果を再確認するとき、それまでCNのサイトを行き来していたけど、ここのサイトなら、1ページで、一目でわかるので、重宝している。

● 2006.05.26 (Fri)  ジロ第18ステージ
第3ステージで優勝したシューマッハが再び。ブルセギンはChe peccato! (ケ ペッカート!)

昨日はエスケープグループのスプリントがエキサイティングだった。最後どうなるのかハラハラする展開。結果は、イタリアのマウリツィオ・ブルセギン(ファッサから今年ランプレに移籍)が惜しくもゲロルシュタイナーのシューマッハに敗れた。シューマッハは好調だ。

イタリア人があわやというところで勝利を逃し、「Che peccato! (ケ ペッカート!) 残念!!」と叫ぶアナウンサー。インタビューでも残念でしたねとしきりにブルセギンに語りかけるレポーター。

シューマッハはスピードマンでワンデイが得意、と自分で述べていた。一方でブルセギンはTTに強い。

ジロの昨日のステージを見た人から速報写真がきた(Copyright@ブルゴーニュさん):

バッソのシャンペンファイト


シューマッハ区間優勝
シューマッハvsブルセギン(シューマッハの後ろ)



ベッティーニ & Co.

● 2006.05.27 (Sat)  ジロ 第19ステージ
garate.jpg 640×480 70K■ ガラテが優勝。ゴール争いをする代わりに、ガラテの肩を叩いてガラテの優勝を促したフォイクトのスポーツマンシップ

ここに2つの画像がある。ゴール手前でフォイクトとガラテが併走するシーンだ。

フォイクトがガラテの背中を叩くシーン

そしてガラテを後押しして行かせるシーン

この写真は何を物語るのか?これぞフォイクトのスポーツマンシップ。

150kmほど逃げグループで走ったフォイクトがラスト抜け出してゴールを目指した。しかしそこへガラテが追いつく。

フォクトがとった行動は、争いではなかった。ゴール手前400m、ガラテの背中を叩いて働きぶりをねぎらい、彼に前に行くように促した。そしてガラテに優勝の花をもせた。

実は山岳が得意とはいえないフォイクトは、エスケープグループにいたとき、上りで先頭交代に加わらなかった。サンパッレグリーノの上りでは、5kmほどひたすらガラテについていった。

だから自分よりガラテの方が優勝に値する、ということで彼は身を引いた。

フォイクト:「もちろん優勝はいつもしたいと思っている。でもシゴトをちゃんとしなかった時は勝つべきじゃない。勝つときは調子もよく、それに値する働きをした時だ。もしこれで勝ってもそれは優勝じゃない。そんな勝ち方はできない。」

ガラテ:「フォイクトは、(レースには優勝だけじゃない)他の価値があることを教えてくれた。彼がとった行動はすばらしい。これは自転車競技にとってもすばらしい。彼がとった行動を僕は忘れない。彼こそ偉大なチャンピオンであり、すばらしい人間性の持ち主だ。」

● 2006.05.28 (Sun)  ■ ジロ第20ステージ バッソが駄目押し優勝
grp0528123644.jpg 507×471 48Kゴールの際、バッソがポケットから写真を取り出して高く掲げた。この日の朝、カメラマンがバッソにプレゼントしたものだという。生まれたばかりの息子、サンティアーゴが写っている(写真)

一方、今回グティエレスはバッソ、シモーニに続きクーネゴと同タイムの4位で、総合2位をキープ。大活躍だ。

ホセ・エンリケ・グティエレスのコメント:

「今日は揺さぶりがこまめにあって、ジロの中でも一番難しい1日だった。ダントツのバッソのあとには、彼のライバル達がひしめいていた。幸い、今日は緊張することなく自分のレースができた。総合2位の座を守ればそれでよかったから。僕にとって大殊勲がもう目の前にぶらさがっている。」

■ レース

ラスト30km地点のモルティローロの上り。パンターニのオブジェが設置された英雄伝の山 で、バッソとシモーニのペアが先行して逃げた。

ジロ開幕前は、ここでの激戦が取りざたされたが、もはやバッソが揺るぎないトップの座を確立しているため、下馬評どおりの興奮度とはいかなかった。

しかし観客の応援は最高潮。太陽降り注ぐなか、上半身裸の観客も多々見受けられる。CNは書いた:「ファンの中には、最低限のドレスコードを守るべきと思われる人たちもいる。There should be a minimum level of dress required for some fans...」

後方ではホセ・エンリケ・グティエレス(バレアレスのTTスペシャリスト、ホセ・イバン・グティエレスと区別するため、エンリケ・グティエレス、あるいはグティエレス・カタルーニャと記しているメディアもある)とクーネゴがピエポリを抜き去りトップ2人を追う。

モルティローロを過ぎると、最後は中程度の上りでフィニッシュ。ラスト4km、バッソが加速。シモーニとの差をあっという間に広げた。最後は1分17秒差をつけてバッソが優勝。

総合順位はバッソ、グティエレス、シモーニは変らずだが、クーネゴがサヴォルデッリを抜いて4位に浮上。サヴォルデッリは5位後退。またFDJのサンディ・カザールが力強い走りで総合6位に。

ところで、レース後、この日はある議論が起こった。シモーニがこの日の展開を暴露したからだ。

シモーニいわく、下りが唯一弱いバッソは、モルティローロの下りでシモーニに「一緒に下って欲しい」と頼んだ。代わりに区間優勝が手に入る、と思い一緒に下った。しかし、最後、シモーニが上りでドロップアウトしそうになって、「待って欲しい」と言ったのを拒否された、と。

しかしバッソは反論した。「事実はそこまでひどくなかったことを、ジルベルトもわかってくれるだろう。きっとゴール直後のコメントだからああいうコメントになったのだと思う。

今回のジロでは僕は常に正直にフェアプレーをしてきた。最後の数キロでも、僕はアタックはせず、自分のペースで走っただけだ。これ(仕掛けたわけでないという点)は、大きな違いだと思う。」


CNでは、ランスが2004年のツールで勝負に徹し、こうした区間優勝と総合優勝を交換する「バーター取り引き(物々交換)」を拒否したコメントが例に出されている。バッソもあの時のランス同様の気持ちだったのではないかと。

一方で、やはりシモーニのサイドに立つと、やりきれないという声も。

      Simoni曰く、”確かに、こんなに強い選手に出遭った事はないが、、(子供が生まれたからってねええ)))”と、ちょっと怒ってます。って Simoni が答えてました。バッソの回答は、いつもどおり、、穏やかで知的感漂ってたけど、、

      もう優勝決まってんだから、、年老いた英雄に勝利譲ってもいいのに!!!と年寄り好きなので、、思いました。

      Simoniは、クーネゴのときもそうだけど、発言が大げさなのかもしれないけど、それがciclismoな気もする。ちょっと残念。。
それから、総合2位で健闘しているグティエレスのことを余りにもとりあげない点も指摘し、「80K近い体重で、このジロの山岳上位で登りきってる」姿はすごい、というコメントも。

次にバッソサイドの声も紹介。
      シモーニは、勝利をプレゼントされるほどの走りにはなかったと思います。最後のバッソのペースについていけなかったのは事実ですから。バッソが速いのは、それなりに多くのことを犠牲にして、集中してきたからではないでしょうか。
      またアシスト陣に恵まれたこともあったでしょう。エース級の選手がずらりとそろってアシストしてくれた今回のジロは、バッソの強さとチームの強さの証明であったと思います。

      シモーニがもしもっとチームに感謝し、チームから支えられるエースであったな
      ら、今回のような発言はなかったと思います。だからこそ、サエコでマッツォレーニやトンティが、シモーニではなくクネゴをサポートしたのではなかったでしょうか。

      また、機材の選択も最適だったのではないでしょうか。コースレイアウトごとにカーボンフレームの選択を代え、フロントギヤも最適に選択していたように思います。あれだけの山岳で、足が軽やかに回転しているのは、これまでの練習の成果だと思いました。


● 2006.05.28 (Sun)  ジロを日本のラヂオで味わう
「くりらじCycling Podcast」でジロのDJ放送が聞ける。

URLは、http://www.c-radio.net/link/cycle.html
ページをスクロールした下のほう。
ストリーミングをクリック。現在昨日のレースにまつわるおしゃべりが展開中。

● 2006.05.29 (Mon)  ジロ第21ステージ
forster.jpg 516×576 48K■ ジロ日記が爆発的人気のフェルスターがスプリントを制す

ミラノまでの凱旋ステージ。このレースを最後に引退してチームの幹部入りするクイックステップのD・ブラマーティが先頭に立った。笑顔で沿道の観客に手を振る。暫く先頭をひとりで行進し、レースは始まった。

勝負は既に決まっている。バッソが優勝。JEグティエレスが2位と大健闘で、シモーニが相変わらずコンスタントに上位に食い込む走りぶりで3位。ポイントとガゼッタ110賞がベッティーニ。山岳賞がガラテ、コンビナーダがサヴォルデッリ。

あとは最終日ミラノでの優勝という栄誉が待っているだけ。ベッティーニも狙っていたのだろう。しかし怒涛のゴール争いで破れ、無念の様子。 TモバイルのO・ポラックも結局2位、3位を繰り返しながら、区間優勝には届かず。

優勝を制したのはゲロルシュタイナーのロベルト・フェルスター。

丁度5/27付けのトクダネで、フェルスターのジロ日記を紹介したばかり。その彼が日記の実力だけでなく、スプリンターとしても花開かせた。

フェルスターは以前からレース日記をつけている。ドイツはマルセル・ビュストの時代からレース日記をつけている選手の数が多く、レース日記に関しては世界一の大国だ。

中でもフェルスターのレース日記はドイツ国内でも人気No.1。人気の秘密はあっけらかんとしたユーモア。レース中の様子が実にイキイキとコミカルに描かれている。

去年、初出場のツールでは:(05/6/29小ネタ)
『グラン・ツールでのゴール・スプリントはすごいんだよ〜。フリースタイルのレスリングみたいになんでもありなんだ。でもツールはもっとすごいんだろうなぁ……。』と無邪気なコメント。

さらに、同ツールでディスカバリー軍団の選手に入れ替わりたちかわり行く手を阻まれ、イライラしたので仕返ししてやろうと 近くに来た選手におちょっかいを出した。なんとよく見たらそれはランスだった。睨まれた、とか。

日記をつけるダイアリニストとして知られていた彼だが、これからはスプリンターという枕詞も似合うようになってきた。

■ 圧巻の強さで優勝したイヴァン・バッソの談話:

「献身的なチームメートたちの支えがなかったら、自国で偉業が達成するなんていうことは不可能だった。チームメートは、自分たちの成績を何度も犠牲にして、僕を押し上げてくれた。これが僕の優勝を可能にした。この優勝は、9人全員で分かち合うべきものだ。この優勝で、ツールにも弾みをつけたい。」

Photo: TDR05 横幅がっちりしていてスプリンター体型のフェルスター。ゲロルシュタイナーの中でも目立つ。

● 2006.05.29 (Mon)  ジロ 第21ステージ 番外編
simoni2.jpg 273×389 51K ■ 最終日にも尾を引いてしまったバッソ vs シモーニ
バッソの握手を拒んだシモーニ。「シモーニの言うことは一部真っ赤な嘘」とバッソ。


最終日のスタート前、シモーニはメディアに対して再度バッソへの怒りを口にした。前日山岳の下りでバッソに頼まれて彼のことを待ったのに、バッソは最後の上りで自分を置き去りにしたという点を改めて強調。

さらにシモーニは、「バッソは区間優勝をシモーニに売りつけようと、金額交渉まで始めたとまで口にした。しかし僕はそれをそれにはノーと言った」とまで述べた。

丁度シモーニがそのコメントを終えた時、バッソが出走サインに現われた。バッソはなんとか状況収拾するために、握手をしようとシモーニに手を差し出したが、シモーニはそれを拒絶。

さらにシモーニはバッソに対し、吐き捨てるように言った。「君の言い訳は許さない。」

バッソはこれにびっくりした。メディアに向かってこう説明した。「シモーニに下りで待って欲しいと言ったのは事実だ。でも、あとは全て嘘。」

しかしシモーニはあとに引かない。バッソが下りで自分に区間優勝を売るそぶりを見せた、と言い張った。

さらに、「君がいくらであのステージを僕に売りつけようとしたか、今ここで証言することだってできるさ」と言い、バッソに背を向けて行ってしまった。

バッソは動揺し、メディアに向かってこう言った。

「今日という日をほかのことで台無しにする気はない。ジロの期間中自分が一番強いということは見せ付けたはず。僕は下りでシモーニに待ってくれとは言った。でも、シモーニが言ったそのほかの汚い言葉は、全て真っ赤な嘘だ。」

Photo: ツールにてシモーニ&ヴィランク

● 2006.05.29 (Mon)  ジロの余韻
今日はジロの感想がいくつか到着しています。1つだけピックアップさせて頂くことに。今回のジロ、様々なドラマがありましたが、みなさんの心にもそれぞれの思い・印象が残ったことでしょう。3週間の長きにわたった選手たちの熱い戦いに感謝しつつ。
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ジロ終わりましたね。
バッソ(とCSC)の強さが話題の中心ですが、僕的にはグティエレスの頑張りと復活を期待させるクネゴの走りが大きな収穫でした。

特にグティエレスは、あの体格(190cm、85kgと見た)で良く坂を登るなあと。最終日の表彰台で全身を見て、そのゴツさに改めて感心しました。
もう少し絞れば本当に強い選手になる事でしょう。

クネゴは、若くして頂点を極めたが故に苦しんできたと思いますが、今回は、チギれても粘り、盛り返すという姿を見せてくれ、やっと吹っ切れたかなと感じます。
できれば今後も、今以上のビッグチームには行かずにチャレンジャー的存在であってほしい。

レース全体としては、強いチームが睨みを効かせる、という一種ツール的な展開で、個人対個人のレースを見たい僕としては今ひとつ盛り上がれませんでした。
僕がもし主催者なら、1チーム当りの人数を減らして、逆にチーム数を増やし、相対的にチーム力の差を小さくしたいですね。
---*----

さらに今日は下記の写真提供も。
バッソvs シモーニ
ガラテとフォイクト
ブルセギンとベルトラン
シモーニ
バッソ

ベッティーニ
クーネゴ
サヴォルデッリ
●1段目が第19ステージゴール手前1km付近

●2,3段目が第20ステージ。
バッソは終始にこにこだったとのこと。

●最後の列が最終日ミラノ。

Photo copyright@Bourgogne-san

バッソを含むプロトン

プロトンをCSCが引く

バッソ

● 2006.05.31 (Wed)  ビシクレタ・バスカ 初日
wurth.jpg 650×487 132Kスペインのトップ4チーム ウルト、ケスデパーニュ、サウニエル、エウスカルテルが全て出場するビシクレタ・バスカ。

昨日の第1ステージの結果は、サウニエルのヒルが優勝。ウルトはエチェバリアとベロキがそれぞれ12位、13位。

そのウルトだが、第2スポンサーを探しているところだが、まだ実りはない。噂に上っているカザフスタンの石油会社からもまだ事実上コンタクトはない。

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