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● 2006.06.14 (Wed)  ツール・ド・スイス 第4ステージ(6/13)
vicioso.jpg 480×548 37K 3日連続で集団スプリントゴールにはならず。スプリンター出番なし

■ オペラシオン・プエルト捜査で名前があがっているアンヘル・ビシオソがスプリントでエレロを下し優勝。優勝をサイス元監督に捧げる。記者会見では例の話はノーコメント


セビーヤ、グティエレス、ボテロとともに、今回スペインのドーピング捜査で名前が浮上しているビシオソ。
TDスイス初日レース前日、ビシオソの様子を注意深く観察したが、普段から控えめな選手なため、特段いつもと違うような様子とも受け取れなかった。

第4ステージでは、終盤そのビシオソがエレロとともに逃げを決めた。最後はギリギリ集団に飲み込まれる前に2人が逃げ切り、ビシオソがスプリントでエレロを下した。

プロトンがゴールに到着したのは、僅かその1秒後だったというスリリングな展開。ビシオソは、優勝を辞任したサイス監督に捧げたという。総合首位は、前日優勝したニック・ニュイエンス。

レース終了後、プレスルームで優勝選手に対し短い記者会見が行われるのだが、この日ビシオソは、オペラシオン・プエルトについては一切ノーコメントと表明した。

それにしてもツール・ド・スイスは異例な展開となった。連日集団スプリントゴールとなってもおかしくないコースプロファイル。しかし、実際バンチスプリントになったのは初日ボーネンが優勝したステージのみ。

あとは3日連続で、少人数の逃げが決まり、ボーネン、マキュエン、フレイレ、ツァベル、ベッティーニは出番なし。
(写真はTDスイスのチームプレゼン。ビシオソは中央。実物は、かなり華奢で、日本のマラソン選手のよう。)

● 2006.06.15 (Thu)  ツール・ド・スイス 第5ステージ(6/14)
mcgee3.jpg 404×530 40K フォナックのモラビトが単独ゴール。ビシオソが総合首位に

■ B・マッギーは第4ステージでDNF。神経痛が完治せず、ツールに黄色信号


前日の第4ステージでビシオソが区間優勝し、総合で5位に上がった。第5ステージは山頂ゴール。総合首位にいたニュイエンスら平地で好成績をあげた選手が後退。

そして、この日モラビト、ヴァン・ゴーレンに続いて3位に入ったビシオソが総合首位になった。

ウルリッヒはベッティーニと同タイムの6位でフィニッシュ。最初のテストは合格だ。

ところで、今回ブラッドリー・マッギーは、表情がすごく冴えなかったが、やはり第4ステージでリタイヤした。

ジロをリタイヤした時の神経痛がまだ取れていない。さらに、問題箇所の特定ができていないという。フランスでトレーニングを積んでスイス入りしたが、不安を抱えたまま、この先の不安をぬぐえぬままスイスを去った。ツールまであと半月。ツールメンバーから脱落する可能性もあるという。

● 2006.06.15 (Thu)  ツール・ド・スイス 第5ステージ(6/14) その2
morabito.jpg 406×560 40K モラビトって誰?

TDスイス第5ステージでスティーヴ・モラビトが勝った。今回生モラビトを初めて見たのだが(写真中央)、背の高いメルクスと並んでもそれほど小さく見えない、割と大柄な選手だった。(身長は186cmとのこと。左のメルクスはそれより大きいので、190cm近いらしい。)

めがねをかけていて、チームウエアを着ていないと、自転車選手っぽく見えなかった。

フォナックのサイトで選手紹介を見ると、去年スイスの山岳チャンピオンになったという。

趣味は映画、料理!、インターネット、ハイキング。
23歳、これからが楽しみだ。

● 2006.06.16 (Fri)  ツール・ド・スイス 第6ステージ(6/15)
gil.jpg 444×550 31KPhoto: TDスイスのチームプレゼンテーションでおどけてお辞儀をするコルド・ヒル。右はマルチャンテ。

コルド・ヒルが最後の超級の山岳で飛び出して、最後単独ゴールを決め、総合首位に躍り出た。

● 2006.06.16 (Fri)  ダニロ・ホンドが優勝
スペインカンタブリア地方で行われたシルクイト・モンタネスで元ゲロルシュタイナーのダニロ・ホンドが優勝した。例の事件がまだ片付いておらず、トップチームに復帰できないでいるが、先日CNにインタビューが出ていたとおり、本人は無実を説得しつつ、前向きに走り続けるという。

● 2006.06.16 (Fri)  カザフスタン ナショナルチャンピオンシップ
● ロード: 1位カシェチキン、2位ヴィノクロフ、3位 イリンスキー

カザフチャンピオンジャージは同じチーム内で着まわしすることになった。ただアスタナのチームライセンスがUCIから認められるかどうかが今も気になるが。

● TT: 1位 イリンスキー、2位 ムラヴィエフ

● 2006.06.17 (Sat)  ツール・ド・スイス 第7ステージ(6/16)
grp0617040914.jpg 640×480 61K■ オスカル・フレイレがロータリーを利用して逃げを決め、単独ゴール優勝

フレイレ、コンメッソ、ロジャース、ホワイトの4人が逃げを決め、その中からラスト5km地点で一気にフレイレが抜け出した。しかも彼らしいすばしこいやり方で。

ロータリーを通過する際、最短コースを取り、ショートカットして一気に前に出たのだ。

ひたひたと後方からはプロトンが迫る中、フレイレはそのまま逃げを決め、見事優勝。後続はプロトンに飲み込まれ、2位争いスプリントではベンナーティ、ツァベルの順でゴール。

フレイレは、リスクをとったわけだが、それについては、「この日のコース自体、多数ロータリーがあり、雨で路面が濡れていたので、全体的に危険をはらんだコースだった。特にショートカット自体がリスクだったとは思わない」と語った。

むしろ、その後、通過した車をよけるのがこわかったと。

この日も集団スプリント勝負にならず。今年のスイスは逃げが決まって面白い。総合首位はコルド・ヒルが守っている。

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写真はツール・ド・スイス第1ステージのフレイレと、CNのジャーナリスト、シェーン・ストークス。フレイレが英語でしゃべっているのが聞こえたので、暫くしてシェーンに「フレイレって英語しゃべれるんだ?」と話しかけたのがこの時。

CNは、ジェフ・ジョーンズらメインのスタッフは現地入りせずに記事のみを書き、現地レポートをシェーンがやっている。

● 2006.06.18 (Sun)  ツール・ド・スイス 第8ステージ(6/17)
■ コンタドールが山岳ステージで優勝。最終日のTTでウルリッヒが逆転優勝するか?

コンタドールが山岳ステージで単独優勝。去年のツール・ドロマンディでも山岳ステージで優勝しており、スイスの山で強さを発揮している。

いよいよ日曜の最終ステージは30.7kmのTT。目下ウルリッヒはヒル、ヤクシェについで3位。最終日で逆転優勝、ツールに弾み!となるか。

● 2006.06.18 (Sun)  6月16−18日:Vang出場レース − ブクル・ド・ラ・マイエンヌ(フランス)
koji.jpg 486×542 51K■ 第3最終ステージ : 康司選手総合優勝

速報:康司選手が最終ステージでトップから16秒差の35位でゴールし、総合首位を守り、本レースで総合優勝を飾った=> JUMP
(昨日のCNのレースレポートでは、レース最終日は6/19となっていたが、実際18日が最終日)
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■ 第2ステージ:康司選手がリーダージャージで、CNには、“康司選手は日本のジャッキー・デュラン”“ジャッキー・デュランは晋一選手の区間優勝を予測した

“康司がリーダージャージを取ったようです。このままリーダーをキープしてくれるといいですね。”というメールをもらった。さらにCNにも康司選手のことが出ているということで、さっそくチェックしてみた。
CNの記事、とにかく”フクシマ”の記事一色で、圧巻だった。

以下、CNの訳:
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* 日本のジャッキー・デュランが自分のアイドル(デュラン)の故郷の地で総合首位

ブクル・ド・ラ・マイエンヌ始まって以来、初めて日本の選手が最終日の前日に総合首位にたった。福島康司は、逃げに乗ることを恐れなかった。今日と昨日で、2度逃げを試みた。

翌日や次のレースに備えてエネルギーを節約したり、努力目標を計算したりすることに慣れきっているヨーロッパの選手にとっては、いい教訓になった。

フクシマは、アジアではすごい自転車界のスターだ。日本より、マレーシアでの方がもっとスターかもしれない、というほどに。というのも、彼はランカウィツアーで昨年1ステージ優勝し、8日間リーダージャージを着用したのだ。

でも彼はフランスでもおなじみだ。彼はESオーマルとVCルーアンに所属したことがある。

さらに、3年間彼が所属した日本のトレードチーム ブリヂストンアンカーや、浅田顕監督率いるVang、及び現在Yahoo! Japanチームは、やはりフランスのプロ・セミプロレースに長い間参戦してきたという歴史がある。

康司選手は、昨年トロフェ・デ・グランパールでも並み入るビッグチームと互角に戦い、3位入っている。

そしてこのフクシマ兄弟の次男坊は、「日本のジャッキー・デュラン」という異名をとっている。ランカウィのとき、スタート開始直後から単独アタックを数々あげたためだ。

「数年前、ノルマンディツアーで彼(康司選手)から、“一緒に逃げましょう”といわれたんだ。でも、僕は言った。“それは言うは易しだが、行うのは難しいよ”と」、そう振り返るのはまさにそのジャッキー・デュランだ。

フランドル、パリ〜ツールで優勝者のジャッキーは、このレースの最中、自分の生まれ故郷の地域開催のステージでゲストのアテンドをしている。

第2ステージのスタート時、ジャッキーは晋一選手の区間優勝を予測した。これは冴えた予測だった。日本のベテラン晋一選手は、2人の選手とともにアタックを決め、単独になり、その後は他の選手がジョインする展開に。

他の選手が逃げに加わっても動じることはなかった晋一選手だが、弟もその中にいるのを見つけて、叫んだ。「お前何をやっているんだ?逃げを潰す気か?」

康司選手は後退したくなかった。晋一選手は、弟がリーダージャージを取るべく、弟のために全力で走ることを余儀なくされた。

「晋一のおかげで優勝できた」と康司選手は何度もみんなにキスをしながらいい続けた。レースの司会者にまでキスをしていた。どこへ行っても康司選手はショーの演出者だ。

しかし彼が総合優勝を祝うにままだ早い。きつい最終ステージが残っている。このレースでは、最終日に順位が変るということも珍しくない。

レース展開:
30キロ地点でラルエット、ジェノヴェーズィ、晋一選手が集団に1分20秒の差をつけた。レジオストームのリーダー アイヒラーが集団を加速させた。照りつける気温29度の中、時速45km。たやすい仕事ではない。

80km地点、トップグループから2人が脱落したが、晋一選手は単独で踏ん張った。2回に分けて、晋一選手に数人がジョインした。その中には、ヴォルガノフ、ルレ、ビンディ、康司選手、ブルギらがいた。

さらに120km地点でデユスがトップに加わり、後方集団は3分差で追ってきていた。

レジオストームがプロトンを引いた後、今度はフランスチームやジャルタズィチームがプロトンを引いた。康司選手は2日間続けてアタックグループに加わった唯一の選手だ。

このおかげで、オイヒラーに34秒差をつけて総合トップに輝いた。この日の区間優勝はルレ。スプリントを避けるため、ラスト2km地点で単独で飛び出した。

結果:
1位 ルレ 4時間15分47秒
2位 ヴォロガノフ +2秒
3位 ビンディ 以下同タイム /4位 ブルギ / 5位 ロバン / 6位 ダユス / 7位 康司選手
8位 晋一選手 +22秒、9位 シネル +1分4秒

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以上CNから

ちなみにデュランを憧れの眼差しで見る康司選手の写真もCNに入っている。
康司選手+ジャッキー

昨日優勝したアグリテュベルのシネルは、ドーフィネレポートに登場した選手なので、見覚えある人もいるだろう:=>シネル


先日スイスで話したCNの記者もランカウィで康司選手と話したことがあるそうで、非常に好印象を持っているようだった。

“フクシマ”の名前は、海外に通用しているが、ジャーナリストやチームスタッフに話を聞くと、果敢な逃げのみならず、そのファンサービスの素晴らしさ(そして愛想のよさ)を褒め称える声が圧倒的だ。

逆もまたしかりで、ジャーナリストやファンに対して愛想の悪かった選手(フランス人・ベルギー人が主)に対しては、相当こきおろす非難の声を、特にフランス人ジャーナリストの間からよく聞かされた。

今、DPのフォーラムで、“自転車選手にファンサービスは必要か否か?”というトピックスが上がっているが、欧州の自転車関係者と話をするにつけ、ヨーロッパでは、選手を見るとき、ファンサービスというのも1つの立派なクライテリアになっているような印象を受ける。

Photo: 06TOJ

● 2006.06.19 (Mon)  6月16−18日:Vang出場レース − ブクル・ド・ラ・マイエンヌ(フランス)
fukushima2.jpg 640×480 52K■ 康司選手が優勝。最終第3ステージのCN完全レポートも賛辞で満ちていた:
「Yahoo! Japanはそのレース運びから、すでに全選手の尊敬を得ていた」
「誰しもが、フクシマみたいなフレンドリーな優勝者を待ち望んでいる。」


CNの最終ステージのレポートを読んだ。康司選手が途中パンクしたが、それを周囲の選手が待ったという。周囲の選手たちが日本選手に敬意の念を表したのだ。日本チームが世界に認められていることを嬉しく思った。

以下CNレポートから:

● 1975年に開始となり、国際大会になったのはまだ4年目。ブクル・ド・ラ・マイエンヌのレースは、今だかつて日本人の優勝者を輩出したことはなかった。しかし今回初めて福島康司選手が貴重な優勝をしるした。

彼は2日続けて主要な逃げに果敢にのぞんだ唯一の選手だった。さらに、彼は最終日、気温30度に厳しいコースとうい条件のもと、真のリーダーぶりを発揮し、チームを導いた。

福島が所属するYahoo! Japanチームは、リトアニアチャンピオンのAバラナウスカス(アグリテュベル)とCエルベが逃げた時も、パニックにならなかった。彼らは、フランスチームの意地をかけて逃げていた。

2人とプロトンのタイム差は、長い間3分ほどのままだった。ラヴァルの周回コースに入る前に、タイム差は1分に縮まった。そのときだった、イエロージャージの康司選手がパンクに見舞われた。ラスト35kmだった。

「ほかの選手たちが優しかった」と康司選手は後で語った。フェアプレイの精神そのものに、プロトンの選手すべてがスピードを緩めた。そして、レースのリーダーが復帰するまで待ったのだった。

Yahoo! Japanチームはそのレース運びで、全選手の尊敬を勝ち得ていたのだった。


プロトンは最後の周回で追い続けた。ラスト2周回でオイヒラーがアタック。34秒プロトンをリードした。区間優勝者のシャリエがあとで語ったところによると、「オイヒラーは総合を狙うために必死だった。だから僕は彼の後についていくことを選んだ。最後このおかげで、完璧にスプリントをリードしてもらった。」

シャリエは28歳のスピードマン。これまで国際レースで勝ったことはなかった。彼のチームCCノジェンはフランスアマチームの中でも今年ダントツな強さを見せ、アマチュアのフレンチ・カップをリードしている。

「すごく嬉しい」康司選手は語った。彼はめちゃくちゃハッピーで、ハーモニカを最後の表彰台で吹いた。そしてブルターニュ地方のローカルなメロディを奏でた。ランカウィレースで彼を見た人にとっては珍しい光景ではないが、今回の観衆はこれに驚いた。

誰しもが、フクシマみたいなフレンドリーな優勝者を待ち望んでいる。

----*
結果:
康司選手はトップから14秒差でゴール。総合優勝を狙うオイヒラーとの差を最低限にして、首位を死守し、総合優勝に輝いた。総合2位はオイヒラー(+20秒)

レース終わって、康司選手は、「総合首位をキープするのはしんどかった」と内々に語ったそうだが、しんどい思いも報われた。

(Photo: TOJ06)

● 2006.06.20 (Tue)  イタリア選手権速報 ブルセギンがTTチャンピオン
buru.jpg 640×480 69KTTに強く、世界戦TTにも出場していたマウリツィオ・ブルセギン(ランプレ)がイタリアTTチャンピオンタイトルを手にした。

6/21追記:イタリア選手権の順位がCNに出た:リザルト
2位ピノッティ、3位にJCでおなじみのクインツィアートがきた。チョーニは7位。彼的にはもう少し上を狙えた気もするが。

Photo: 04Tour 休息日にてブルセギン

● 2006.06.21 (Wed)  オランダ選手権 ロードとセビーヤがステージレース初総合優勝を飾ったアストゥリアスツアー
■ オランダ選手権結果 - 42.8 km
ブイグのS・クレメントが優勝。チャンピオンに。エリック・デッケルが2位。以下:
ポストフーマ、モリス、モーレンホウト、フレンス、クナーヴン、トーマス・デッケル

■ ブエルタ・ア・アストゥリアス : セビーヤがエリートのステージレースで初総合優勝

最後から2つ目のステージで総合首位だったセビーヤが、最終ステージで2位に入り、総合優勝。前日の時点で、「セビーヤ、ポールポジション」という見出しが躍っていた。

意外だが、セビーヤはステージレース(エリート)優勝は初となる。

● 2006.06.24 (Sat)  各国選手権 TTチャンピオンが出揃った − CSC大活躍
* 6/25ルクセンブルクとオーストリア追加

CSCはこれで4人もナショナルジャージを獲得するも、全員ツールメンバーではなく、ツールでナショナルジャージ披露ができず。

● オーストリア: P・ルッテンベルガー(CSC)
● ルクセンブルク: B・ヨアキム(ディスカバリー)
● デンマーク: B・ファンボー(CSC)
● スイス: F・カンチェッラーラ(CSC)
● ドイツ: S・ラン(ゲロルシュタイナー)
● フランス: シルヴァン・シャヴァネル(COF)
● ハンガリー: L・ボドロギ(CA)
● エストニア: J・キルシプー(CA)
● デンマーク: KA・アドヴェセン(CSC)
● イタリア: M・ブルセギン(LAM)
● スペイン: A・タウレル(3 Molinos Resort)
● スウェーデン:xxxx T・ルクヴィスト(FDJ)
● ウクライナ: A・グリフコフ(ミルラム)
● オランダ S・クレメント(ブイグ)
● チェコ O・ソセンカ(アックア)=アワーレコード記録保持者
● 日本: 別府史之

● 2006.06.25 (Sun)  日本選手権 男子ロード (184.5km) 別府史之選手がTTについでロードも制覇
nodera.jpg 270×423 26KJCFのサイトに速報が出ている。別府史之選手がTTについでロードも制覇した。2位との差は30秒ほど。

今後プロツアーレースではTTでも通常のロードステージでも、彼が日本ジャージで登場することになる。

1 別府 史之 JPCA ディスカバリー 4:52:22
2 野寺 秀徳 JPCA スキルシマノ 4:52:56
3 鈴木 真理 JPCA ミヤタスバル 4:52:57
4 福島 晋一 JPCA チームバン 4:52:58
5 廣瀬 佳正 JPCA スキルシマノ 4:53:01
6 橋川  健 福島 マトリックス 4:53:02
7 飯野 嘉則 東京 ラバネロ 4:53:10
8 狩野 智也 JPCA スキルシマノ 4:53:53
9 柿沼  章 栃木 ミヤタスバル 4:54:37

Photo: 去年の日本チャンピオン、野寺選手。今回惜しくも2位。

● 2006.06.26 (Mon)  各国選手権ロードリザルト出揃い :ひとめで分かるリスト
速報: ベッティーニがイタリア選手権ロードを制した。前日のマスメディアでは、「全員がベッティーニに対抗して走る」と言っていたほど周囲は彼を警戒していたが、ベッティーニ強し。

各国毎のロードとTTの結果が一覧表で出ているサイトは=> Cycling4allのサイトへJUMP
(スペインはもちろん、”キャンセル”となっている。詳細はトクダネにて)

● 2006.06.26 (Mon)  6/25 全日本選手権 (広島)写真ギャラリー
■ 別府選手、兄とともに勝ち取った勲章

Webラジオでサイクリングニュースなどを伝えているWebラジオステーション”くりらじ” さんから写真が新着。Cooyright@くりらじ

ちなみに、上から3番目の中央の写真に、別府選手の兄始氏が写っている。(左側から2人目。白いサコッシュが少し見える。)

『チームのサポートがないのでお兄さんが無線で指示を出されていました。

この場所では下にコースがあって状況が見渡せるので、コントロールラインに別府選手が帰ってくる前にここで状況を確認して無線でやりとりした後に上り坂を上ってコントロールラインへ戻ってくるという感じでした。

コースが狭いためにチームカーが追走できないので、チーム監督は全部コントロールラインで指示を出すって感じだったので・・・・・』

別府選手表彰
別府選手表彰

別府選手バイク
別府選手
別府選手ゴール

残り1周
レース
別府選手の兄始氏

レース
レース
レース

別府選手


● 2006.06.28 (Wed)  橋川健選手のニュースレター
ken.jpg 486×430 31K4月、5月はコンディションが上がらずツアーオブジャパン、3DAY熊野と良い結果を残す事はできなかったのですが、6月に入り全日本選手権に向けて一気にコンディションを上げてきました。

6月11日  全日本選手権 タイムトライアル 4位
このレースは一人ずつスタートし、個々の力で30kmを走るタイムトライアル競技です。
個人の実力がタイム差に現れます。

レースレポートはこちら:http://d.hatena.ne.jp/hashikawa/20060611

6月18日  西日本実業団  5位
この大会は実業団ツアーレースの中でも大きな配点が与えられる重要なレースで、そして翌週に行われる全日本選手権の前哨戦として、多くのトッププロが参加しました。

レースレポートはこちら:http://d.hatena.ne.jp/hashikawa/20060618

6月25日  全日本選手権個人ロードレース  6位
ロードレースの日本一を決める重要なレース。橋川は2度優勝経験がありますが、最後に勝ったのは8年前。前回6位に入賞したのも5年前。随分と長い間、入賞から遠ざかっていましたが、今期新しいチーム 「マトリックス パワータグ」(本社 大阪 堺市:チップによる時間計測を行っています)に所属し十分な体制の下レースに集中する環境を整えてきました。

レースレポートはこちら:http://d.hatena.ne.jp/hashikawa/20060625

この後、約3週間レースは無いのですが、7月12日より実業団のシリーズ戦があり、いよいよ後半戦のスタートです。まだまだ長いシーズン、しっかりと気合を入れなおして頑張ります。

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