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● 2007.05.06 (Sun)  emailから :「NIPPOメイタンのレースをしかと見てきました 」
先日行われたツールドブルターニュを観戦した人から、NIPPOメイタンの選手たちの様子が写真とレポートで到着しました

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30日、1日は、ツールドブルターニュ行って来ましたよ。ブルターニュは、小雨模様だったとは言え、寒かったなぁ。。Maxでも16度位かな。

30日は、コンビネーションジャージを着た幸也さんのTTを観たかったので、半分間に合わないかなぁって思いながらも車を飛ばして行ってきました。

1日も追いかけました。第一山岳ポイント、ゴールの周回を観ましたが、途中幸也さんが逃げたり、最後の周回コースに戻った時には、晋一さんが4人位で抜け出していて、そのまま勝ってしまうのでは?と言う位の大活躍(最後の周回に入る前はトップ通過)を観る事が出来て、本当に面白かったです。

アルバムへJUMP
(写真はCOpyright@ブルゴーニュさん)

● 2007.05.10 (Thu)  ジロデイタリア 5月12−6月3日 「ゾンコランはやっぱり手ごわい」
deliluca.jpg 640×480 59Kリクイガスのダニーロ・ディルーカは、LBLで優勝したとき、「とにかくこのレースで勝ちたかったので長年の夢がかなって、今までにない感動を覚えた」と言っていた。

そして、その際の記者会見で、ジロへの抱負を聞かれていた。2月のトクダネにも書いたとおり、今年ゾンコランの西側斜面で自転車レースが初開催となる。未知の経験だ。

「カギはゾンコランのステージ。ほかの上りは知っているが、ゾンコランのあの逆側は未知のことだ。LBLのあとは予定を入れずにジロに向かう。2005年のときと同じいいパフォーマンスができるだろう

とはいえジロは3週間。長丁場なので、何があるかわからないが。」

そのディルーカ、3日にはジロのコースの下見に行っている。

● 2007.05.11 (Fri)  ジロデイタリア 5月12−6月3日 1997年以来 優勝はイタリア人のみ
ricco.jpg 331×335 29Kバッソ、サヴォルデッリ、クーネゴ、シモーニ、サヴォルデッリ、シモーニ、ガルゼッリ、ゴッティ、パンターニ、ゴッティ・・・去年から97年まで遡って、ジロの勝者はイタリア人しかいない。

96年にトンコフ(ロシア)、95年ロミンゲル(スイス)、94年ベルジン(ロシア)、93、92年インドゥライン(スペイン)とイタリア人以外が続けて優勝したこともあったのだが。

今年もイタリア人が強そうだ。シモーニ、サヴォルデッリ、クーネゴ、ディルーカがそろう。

急成長のリッコはどうだろうか。そのリッコ、今各マスコミが大注目している。サウニエルの宿には、リッコインタビュー狙いのマスコミが列をなしていた。白地にスパンコールのついたTシャツ姿のリッコがレキップやヴェロマガジンの編集者と対談するのを見た。

おととい帰国する際キオスクに並んだ最新号のヴェロマガジンに、そのいでたちのリッコの写真とインタビュー記事があった。でも買わなかった。

「オレはパンターニだ。人々に夢を与える」
「ほかの奴らがオレをどう思おうと関係ない」

など見出しを読んだらそれ以上読みたいと思わなかった。
インタビュー待ちをしていたドイツ人ジャーナリストは、「リッコは友達少ないんだよねぇ」と言っていた。一匹狼っぽく孤軍奮闘タイプらしい。本人が言っているように、彼はパンターニになれるのだろうか?

Photo: LBL前日のリッコ

● 2007.05.12 (Sat)  ジロデイタリア 5月12−6月3日 全員OK
オペラシオン・プエルトの余波でヤクシェ、ハミルトン(TIN)、サバヤ、プラサ(ケスデパーニュ)、バッソらのジロ出場がなくなったものの、去年のツールのように前日に選手が消えるという事態は免れた。

健康診断もすでに行なわれ、問題ある選手もなく全員の出走が見込まれている。

● 2007.05.12 (Sat)  ダミアーノ・クーネゴ ジロBLOG開始
ダミアーノ・クーネゴ :
「最初の10日間はプロトンの陰に隠れて体力温存・・」「バッソがいなくなったことで、戦況が大きく変わるだろう、なぜなら・・」「自分を空っぽにするために、Doorsの曲を聴く」


以下、新しく始まったクーネゴのBLOGから抜粋:

● 最初の10日間は、プロトンに隠れるようにして走る
『ついにこの日がきた。今シーズンの一番のターゲットであるジロデイタリアを闘う。去年の12月から、この日のことを待ち続けていた!このレースでかつチャンスを広げるために、冬以来、必死でトレーニングを積んできた。

肉体面では耐久力が増した、精神面では今までになく落ち着いて自信に満ちている。ジロ サルディーニャのスタート前の週、僕は6時間余りの長いトレーニングを2度ほどこなした。

今年のジロは不可解ながら24kmのチームTTで始まる。ジロのコースマップを隅から隅まで見た。最初の10日間は、プロトンに隠れるようにして走る。体力温存だ。

● 本当のレースは5月25日の山岳TTから。ここで致命的になりうる
ボクとしては本当のレースが始まるのは5月25日。13kmのTTの日だ。確かにその前にも、5日目にモンテヴェルジヌの上りがあったり、第10ステージにグアルディアの上りがあったりするんだけど、でもそれらの上りは100%決定的とはならない。

でも25日のオローパの(山岳)TTはそうはいかない。ここでのタイム差が致命的となりうる。さらに、第20ステージのヴェローナの最終TTでは、トップタイムから1分半以上は絶対に離されないようにする。ここはボクの家のすぐそばだ。

● ルームメートは友人のティラロンゴ
バスク一周のTTやクリテリウムアンテルナショアンル以来、TTには自信がついている。3週目のステージで上位に入り、そして総合狙いでいく。ルームメートは友人のパオロ・ティラロンゴだ。

● アイポッドにはDoorsの曲100曲を2人で入れた。マッサージの時自分を空っぽにできる
スーツケースにはガールフレンドのマルゲリータ(2人の間には子供がいるけど籍は入れていない)のアイポッドが入っている。2人で100曲ほどの歌をこの中に入れた。全てDoorsの曲ばかりだ。

マッサージのときDoorsの曲を聴くのが大好きさ。そうすると完全にリラックスできて、自分を空っぽにできる。

ジロは非常に難しいレースだから、こういうリラックスの時が大事だ。特にドロミテの2ステージ、トレント〜トレ・チーマ・ディラヴァレドとモンテゾンコランの日。

● トレ・チーマはラスト3kmがカギ
トレ・チーマはまだ上ったことがない。ジロはこのラスト3kmで大きく動くだろう。すごく辛く、標高が高いと感じる箇所だ。そのほかにも、パッソ・サン・ペッレグリーノ、コッレ・サンタ・ルチーア、パッソ・トレ・クローチ、さらに2236mのパッソジャウ。

● そして恐ろしいゾンコラン
ゾンコランのステージは140km少々と一番短いけど、でもラストは恐ろしい。斜度は20-22%にものぼる。

● バッソ不在でレースは大きく変わる。去年のような地獄のCSCの引きがなくなるから
ひとつ言えること、それはイヴァン・バッソがいないことで、レースの様相が違ってくるだろう、ということ。(ここで“様相”というのに彼は、“人相判断”とか“外観”という意味の言葉を使っている。英語のphysiognomyに相当)。

去年CSCは地獄のリズムを繰り出してきた。それも毎日・毎日。でも今回は、そういう風にはならないだろう。』

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Velo MagazineがクーネゴのBLOGを開始した http://damianocunego.blogspirit.com/
ただし、エントリーがこの後コンスタントに続くのかどうかはさだかでないけど。

● 2007.05.13 (Sun)  エンリーコ・ガスパロット「スピードがついていて止められなかった」 ・ ダクリューズが航空母艦上で負傷・ジロ出走中止
■ ジロデイタリア 5月12−6月3日 第1ステージ チームTT 24km

一夜明けて:

初日のチームTTで優勝を飾ったリクイガスだが、ガスパロットがディルーカを先に行かせなかった一件につき、ガスパロットの談話が出た:

「ディルーカを先に行かせるためにブレーキをかけようとした。でも最後の下りでスピードがつきすぎていた。一方で、チームがステージ優勝するためにはまだ踏み続けなければいけない状況でもあった。

ディルーカには申し訳なかったけど、今はマリアローザが着れて嬉しい」

アックアがプロツールチームでないにも関わらず6位と健闘。FDJやエウスカルテルは今回もTTTで惨敗の最下位。FDJはダクリューズをいきなり初日スタート前に失ったので仕方ないか。エウスカルテルも風洞実験メンバーは含まれていないので仕方ないか?

リザルト

--------------- 前 夜 版 --------------

● カルロス・ダクリューズがチームプレゼンテーションで骨折しジロ出走中止

今年のジロのチームプレゼンは、イタリア海軍の歴史上初めて作られた航空母艦ジュゼッペ・ガリバルディにて執り行われた。

しかしここの張り出し部を歩いていて、FDJのダクリューズが右足つま先を負傷してしまった。(骨が折れていたと伝えられている)。

結局197人での出走となった。船上のプレゼンとはしゃれていたが、FDJにとってはとんだ災難となった。

ジュゼッペ・ガリバルディ解説 / 船体全景 / サムネイル

● 初日TTT : リクイガスがトップ

リクイガス、中継ポイントでトップとなり、そのまま首位キープ。チームがゴールを踏んだとき、先頭はガスパロット。

ディルーカが口をあけてガスパロットになにやら言っていたような。マリアローザはガスパロットが着用。先輩をたてるとかそういうしきたりはチーム内にはなかった?

ちなみにディルーカは、ガスパロットに「どこへ行くんだ?」と言っていた、という説と、「先にお前行け」と叫んでいたという説と今現在2説ある。CNは前者説を採用。

● ジロ ライブ映像

Michiさんから情報頂きました。
「恒例のRAIをチェックしてたら、やっぱりやってました。ジロのライブストリーミングが見られます。画像も綺麗ですヨ。」
ありがとうございます。確かに画像もクリア!
RAIのライブ映像へ

Photo: イタリアジャージのガスパロット パリ〜ツール05にて

● 2007.05.13 (Sun)  マキュウェン勝利 「サルディーニャ島には平坦な箇所がない。まるでLBLだ!」
robbie2.jpg 665×617 62K■ ジロデイタリア 5月12−6月3日 第2ステージ テンピオパウサニア 〜 ボサ 203 km

第2ステージ区間優勝をあげたあと、ロビー・マキュウェンはこう言った。

「現地入りしてから、サルディーニャ島にはフラットな箇所が全然ないことに気づいた。まるでリエージュ〜バストーニュ〜リエージュを走っているかのようだった。」AFP

コースプロファイルを見てみると、確かにツールの序盤戦に出てくるような平坦さではない。ラスト3kmにも短いながら上りがある。

マキュウェンは本来ならこうした起伏のあるコースは好きではない。しかしゴール手前できっちり前に出て、ゴールスプリントを発射した。しかも得意の勝ちパターンで。すなわち、”自分にはトレインはいらない”。

トレインを組んでロングスプリントを開始したペタッキのほうは、まだヒザを故障する前の起爆力が出ない。後方からせりだしたマキュウェンは、ペタッキの隊列に乗るように一気に前に出て優勝。

一方でマキュウェンをトレインがわりに前に出ようと企てたベッティーニだったが、
マキュウェンの瞬発力にはかなわず2位でフィニッシュ。ペタッキは3位に終わる。

今回のマキュウェンのスプリントには、彼が先日目の前で語ってくれたすべての要素が盛り込まれていた。面白いほど彼の口から聞いた内容と符号していた。彼としては定石どおりの勝ちパターンだった、そんな印象を受けた。

(写真は5月上旬ロマンディ区間優勝の時のマキュウェン)

------------------ レースサマリ --------------------

序盤、マシャレッリ、ラッブ、ブルット、ファッチの4人が逃げを決める。しかし長い逃げの末にひとり、ひとりと脱落し、最後の生き残りもゴール10kmを過ぎてからプロトンに飲み込まれた。

こうして集団ゴールスプリントに持ち込まれたものの、ゴール手前で落車発生。難を逃れたマキュウェン、ベッティーニ、ペタッキのスプリント争いとなりマキュウェンが優勝。カザフスタンのバザイエフが4位に入った。

マリアローザのガスパロットもこの落車の影響を受け、タイム差なしながら遅れてゴール。マリアローザはチームリーダーのディルーカの手に移った。

落車のケガは、バリアに衝突したトンティがゴール後病院へ。外傷に加え、鼻を骨折したと伝えられる。Mモーリは左耳を切り、右手を捻挫。ゲロルシュタイナーノクリンガーは肘を4針縫った。

------------------ レース事前News --------------------

● Tモバイルたたられている・ゴンチャルの代わりに出た選手も結局2日目に不出走に

2日目、マイケル・バリー(Tモバイル)がDNS(不出走)に。熱が出た模様。彼は直前でジロ出場取り消しとなったゴンチャルの代わりだった。

ゴンチャルといえば昨年ジロ第5ステージのTTTのあとにマリアローザを着た。今年もジロ出場予定だったが、血液検査の結果チームから30日の出場停止に。

理由には2説あるが、最初に読んだロイターが伝えていたのは、リエージュとロマンディの血液検査が規定値以内でなかったという説。あるいは風邪をひいていたので、その影響が血液検査に出てしまい、UCIの規定値以内だったもののさらに詳しい検査結果が出るまで出場停止にしたという説。

● 序盤の逃げグループの中に、20日から始まるTOJで来日する選手の兄がいる。
名前はシモーネ・マシャレッリ。来日するのは末の弟フランチェスコ。
その2人の間にアンドレアがいて、3人ともアックアエサポーネの選手。父のパルミーロは監督。http://www.toj.co.jp/team/detail.php?t_id=1

● 一夜明けてガスパロットのノーテンキな 素直なコメント:
「すぐに昨夜は眠りに落ちた。前日疲れていたから。でも、ほかの選手より先に目が覚めた。マリアローザが嬉しかったせいさ。二度とこのことは忘れない。初めてのジロで、初めてのマリアローザ♪」

● 2007.05.14 (Mon)  去年泣いたジロの第3ステージでペタッキが復活!
■ ジロデイタリア 5月12−6月3日 5月14日 第3ステージ バルミーニ〜カリアーリ 181 km

レース終わって人目をはばからずに顔を突っ伏してボロボロ泣いたペタッキ。1勝の重みをここまで感じたのは初めてだったかもしれない。

昨年ジロ第3ステージでクラッシュ。ヒザをこわしてからかつての輝きを失いつつあった。しかし同じ第3ステージでリベンジを果たすことができた。

「今日勝ててすごくほっとした。去年の一件以来、自分自身に自信がもてなくなっていた。今までレースでは勝ってきた。でもジロの一勝というのは特別なんだ。今回感激がこみ上げてきてしまった。

この涙は、喜びの涙。今までの競技人生で一番美しい涙だよ。今までの疑問がこれで晴れた。チームはいつも強いのに、足りないのは自分自身だった」(EFE/ロイター)

マリアローザはディルーカからスプリント力を発揮して8位に入ったガスパロットの手へ。

------------ 読 者 感 想 ----------

この一年、スプリントにペタッキの雄姿が見られず、とても残念でした。第二ステージもトレインからうまく加速せず、今年もだめかも、と思ってましたが、本当によく復活してくれました。

表彰台では、今までよりずっとスリムになったような気がします。また、最後のスプリントでやっと腰を上げてダウンフォースで踏み倒すかつてのペタッキが観れました。感激です。

---------------感想終わり / 以下昨夜版レースサマリ ---------------

3日目、今この人が逃げている。ティンコフのイグナチェフ。この写真のポーズが得意ポーズ。スチール写真撮影会でもこのポーズをやっていた。彼、若いながらティンコフのエース格。将来有望だそうだ。

さて、最後まで逃げていたイグナチェフとヴィスコンティだったが、ゴール手前1kmほどのところで吸収され、集団ゴールスプリントに。CAのロッシュが飛び出すが、スプリンターが後方で虎視眈々と狙っている。再び直前でクラッシュ発生。CAのヒュースホーウトあたりがメインに巻き込まれている。

クーネゴ、シモーニも巻き込まれたようだが、コンセキュエンスはなしといっているので、たいしたダメージはなさそうだ。

ゴールスプリント。ペタッキが早めに前に出て、そのままいく。今日はトレインはなし。ナポリターノ、フェルスターらが食らいつくが、今日のペタッキは見るからに強そう。マキュウェンは今日は戦術うまくいかず。

ペタッキがそのまま後続を突き放してゴール。

それにしてもペタッキ、ゴール後に感涙。声も聞こえてきた。苦しみぬいた分だけ感動した様子。彼に今欠けているものは自信、という声もあった。これで上昇気流に乗れることを願いたい。

● 2007.05.17 (Thu)  ディルーカがカンティーナトッロのジャージで6年前に制した山で再び優勝 * あの時と今と
ジロデイタリア 5月12−6月3日 5月16 日 第4ステージ サレルノ〜モンテヴェルジーネディ・メルコリアーノ 153 km


ディルーカが6年前に制したモンテヴェルジーネの山頂ゴールで優勝を再現した。あのときはカンティーナトッロの黒いジャージだったが、今回同様、少人数の逃げグループからゴール際、ほんの少し抜け出て勝利を掴んだ。

6年前ディルーカが勝ったジロの同じ山頂ゴールのリザルト CN

6年前のそのステージで2位に入ったのはシモーニ。今回は15秒ダウンの15位。当時3位だったガルゼッリ、今回は3秒ダウンの5位・・

こう書くと、6年前も今も、そろっているジロの役者に余り変動がないかのようにも思える。でも当時6位だったゴンチャルは今回チームにより出場を暫定的に差し止められ、7位のフリーゴは薬物問題で引退。8位の当時オンセのアゼヴェドはポルトガルの小規模チームへ移籍。9位イヴァン・ゴッティは引退。

やはり"6年"という時が メインプレイヤーの顔ぶれを変えている。そして何より今回目を引いたのは、急成長中のサウニエルの23歳リカルド・リッコの強さ。この日ディルーカに食らいついて2位に入った。

そしてサウニエルドゥバルという比較的新しいチームの活躍ぶり。ラスト9kmでフリオ・ペレスが飛び出した。02年ジロ2勝、01年1勝の夢を目指したのか。最後は力尽きたが11位に食い込んだ。

レース前、シモーニNo.1、バックアップ イバン・マヨという話もあったが、マヨは+34秒の32位に終わった。リッコがまだまだ何かやりそうだ。

マリアローザは再びガスパロットからディルーカの手へ。ガスパロットは落車に見舞われついていなかった。

● ディルーカ談話 CN:

「ボクは最後の200mで働いただけだよ。それ以外はすべてチームメートがやってくれた。スプリンターを押し出すのと同じチームワークでね。

リードアウトの最後はペッリツォッティだった。その前2kmはノエを引き継いだニーバリ。ミホイエヴィッチ、スペツィアレッティ、ウェゲリウスもその前に必死でやってくれた。彼らこそ、区間優勝に値する。」

「クラッシュのあと1時間ほど調子がでなかった。かなり喘いでいた。尻がいたくて、痛み止めを使用しなくてはいけなかった。マッサージのあと、立ち直れるといいんだけど。

クラッシュは降り始めた雨のせいだった。ロードが石鹸みたいで石畳箇所もあった。気がついたら落車していた。”このクラッシュは無駄ではない”と自分自身に言い聞かせたんだ。ブレーキもかけていなかった。そのまま落ちた。」

---------- レース -----------

ブルット(TIN)、クリフツォフ(A2R)、イリサル(EUS)の早期の逃げはシナリオ通り吸収され、勝負は最後の上りへ。ディルーカも述べたようにリクイガスがチームプレイぶりを発揮。

上りの最終セクション。こまかいアタックでレースは混沌とするが、最後は抜け出したリッコ、クーネゴら3人のスプリントをディルーカが制した。

photo: 今年LBLで優勝したときのディルーカ

● 2007.05.17 (Thu)  「なんでラスト500mぐらいストレートなコースを設定できないんだ?」
ジロデイタリア 5月12−6月3日 5月17日 第5ステージ テアーノ〜フラスカーティ 173km

去年ジロの最終ミラノステージで優勝し注目を浴びたドイツ人スプリンター ロベルト・フェルスターがジロ2勝目をあげた。

ところで、この日のコース設定に難ありという声が相次いででている。

ペタッキ:「60km/hで走っていて突如S字のターンがあるなんて。。なんで最後の500mぐらいストレートなコースを設定できないんだ?直線的な道なんてそこいらじゅうにあるだろう」

そしてこの日の優勝者のフェルスターも口を開いた:

フェルスター:「ラスト3,4kmはとても危険だった。ナポリターノと一騎打ちになって、彼はバリアにボクを押し寄せた。ペタッキやマキュウェンみたいな安定感あるスプリンターはこういうことはしない。

こういう問題を起こすのは、スプリントにコンスタントにからめない格下選手なんだ。

スプリントはクレージーだった、右に左に揺さぶられ。危なかった。でも脚があったから、危険を冒した。冒し甲斐があったよ」

ちなみにフェルスターはレース後、ナポリターノに文句を言いたかったが、優勝で満足したので、穏便に済ませた模様。


ところで優勝したロベルト・フェルスターは、いつも鋭いユーモアのセンスが光る日記でおなじみだ。

丁度2年前のジロ日記では:

「これは臭い。ベッティーニとペタッキの間で、密約が交わされているのではないか?インテルジロのポイントをベッティーニ(或いは同じチームのザニーニ)が取る代わりにペタッキのスプリンターを邪魔しない協定ができているのではないか?」
などという考察をまじめくさってやっていた。憎めないキャラ。

(2005年5月25日のレースNews : ロベルト・フェルスターのファンキーなジロ日記)

TDRで会ったときは、「日記のユーモアのセンスがいいよ」と彼に一声かけてきた。

--------昨夜版---------

ロゴールスプリント。ヒュースホーウトとのきわどいトップ争いの末、ロベルト・フェルスターが優勝。

ペタッキは向かって右側にコースをとったが、端に追いやられてなかなか前に出られなかった。パティションに激突しやしないかと、見ていたほうが冷や冷やした。結局3位でフィニッシュ。

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またまた(フレミングの法則の)イグナチェフが逃げておりますがな。あ、終わった> 逃げ。

(Photo: TDR07のフェルスター)

● 2007.05.19 (Sat)  ツールドロマンディをジロの調整に使った選手が総合順位で目下ワンツー
ジロデイタリア 5月12−6月3日 5月18日 第6ステージ ティヴォーリ〜スポレート 177 km

今年ロマンディのレポートNo.1に、「TDロマンディはジロのための準備レース」と書いたが、同レースでFummyとともに山岳で逃げたピノッティ(写真左)、や49位で完走したスイス人のシュワプ(写真右)が、やはり軽快な脚を見せている。

この2人が、この日5人の逃げに入った。結果、ピノッティは同着2位で総合首位となりマリアローザ獲得、シュワプは+1.34秒で4位に食い込み、総合2位に浮上。

ジロ前半戦のみに関していえば、TDR組のこの2人はいい仕上がりでジロにきている印象。また前日優勝したフェルスターもTDR出場組だ。TDRでは、チームメートのフォーテンが区間優勝し、彼自身は勝てなかったが。

この日は中間地点に21kmに及ぶモンテ・テルミニッロがあるこの日のステージ。勝負どころの山岳ステージではないが、逃げには絶好だった。
コースプロファイル

5人の逃げは成功し、最後は残った2人がそのまま逃げ切り。リザルトは、チェラミカのコロンビア人ルイス・フェリペ・ラベルデが区間優勝に輝き、ピノッティが同タイムでゴール。CAのケルン+1分30秒、シュワプと続いた。

「ミラノの前に誰がジャージを着るかというのは興味はない」と語っていたディルーカは予定通りマリアローザを脱いで、チームの負担を軽減することになった。総合で+4.12の3位。

ちなみに、やはりこの日のゴールはマリアローザが獲得できるピノッティがラバルデに区間優勝を譲ったようだ。先日TDRで総合ジャージを着たクリス・ホーナーが、ケーキはホールでもらってはいけない、分かち合わないと、と言っていたのを思い出す。

ピノッティ談話:
「総合リーダージャージは初めてだ。ラバルデに勝たせたのは配慮だった。自分はマリアローザがもらえる。僕ら2人がなにかもらえるようにした」

また、ロマンディで総合8位に入ったアンディ・シュレックも活躍が目立つ。これからハードな山岳ステージに突入すると難しいかもしれないが、将来的に兄に続いてビッグレースで勝てるようになるかもしれない。

写真は2枚とも今年のTDRレポートから

● 2007.05.19 (Sat)  高低差500mの上りが分けた明暗: ペタッキとマキュウェン
peta.jpg 480×640 262Kジロデイタリア 5月12−6月3日 5月19日 第7ステージ スポレート 〜 スカルペリア 254 km

1度目の区間優勝で復活ののろしをあげ、今回2度目の優勝で完全復活を高らかに告げた、そんな感があるペタッキの優勝。

早めに仕掛けたあの力強いロングスプリントは、ペタッキならでは、だ。追いすがるベッティーニ、ヒュースホーウトを振り払った。

ペタッキ談話:
「日に日によくなってきている。悪い日々はもう過去のこと。新しいスタートを切りつつある。本来のやり方でスプリントをすることができつつある。
(2位の)ヒュースホーウトは力強かった。(14位に沈んだ)マキュウェンは上りで少し苦しんでいたようだ。しかし、明日はまた別の話。彼のことはウォッチするつもりだ」

彼が述べている上りとは、ラスト約70km地点にあったのぼりだ。標高451mから955mを上った。ペタッキ、マキュウェンより上りは苦手だったが、今年のジロでは逆転している。

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ジロライブ映像の注意点

● 今日は23:30からとライブ中継が遅いのでご注意を

● ライブ、下記URLで予定どおり見れています
http://www.media.rai.it/mpmediapopup/0,,Sport%5e25161,00.html

プログラム放映予定時刻表はこちら: RAI
http://www.rai.it/news/articolonews/0,9217,1067817,00.html

今のところ毎日ライブが見られています。ただ注意点はURLが一定ではないので、RAIの表紙のURLから入るといいようです

http://www.rai.it/# からジロ特集ページにいって、Diretta Onlineに行って、Videoに進む。

● 2007.05.20 (Sun)  この日のレースが見せたもの:「マリアローザはチームを酷使する」
● ジロデイタリア 5月12−6月3日 5月20日 第8ステージ Barberino Di Mugello - Fiorano Modenese, 200 km
photo: 昨年チューリッヒ選手権にてアルヴェセン(右)

マリアローザのマルコ・ピノッティは、ディルーカがあっさりとマリアローザを放棄したその理由をしみじみと感じているかもしれない。

プロトンを引いていくというリーダージャージのチームに科せられた運命はこの日とても過酷に見えた。実際ピノッティ自身、途中でリーダージャージを放棄しようかと思ったほどだった。

「初日にリーダージャージを着たせいで、チームを酷使してしまった。ボク自身疲れてしまった」と語ったのはサヴォルデッリ。5月初旬、TDRでリーダージャージを初日に着て、最後までキープできなかった。2位に終わった。

「チームを酷使」する、それがリーダージャージの宿命なのだ、ということに改めて気づかされた。

これまでディスカバリーチャンネル(USP)のアシスト選手たちがツールでやってきたこと、それがいかに過酷なことだったか、改めて感じ入る。

なお、この日ベッティーニをかわして優勝したクルトアスル・アルヴェセンだが、かつてノルウェー人のジロ優勝というのは3人が果たしている。そして偶然ながらいずれも複数勝利だ。

最初は75、77年に区間優勝を果たし、81年にはプロローグと2区間優勝果たしたパーシュート出身のクヌッドセン。84、86年に山岳ステージを制したペダーセン。一方、ツールのほうでノルウェー人が勝ったのはそのあとのこと。87年ローリツェンがノルウェー人のツール初優勝を果たしたのだった。

そして今回のアルヴェセンは4年前に1勝しており、今回でジロ2勝目。レース後、ベッティーニには申し訳ない、といっていた言葉は勝者のコメントとしては目新しい。
そのあとに、「でもボクは4年に1度しか勝てない。彼はボクよりたくさんレースを勝っているんだから。」

ちなみに昨夜心配していたマキュウェンは24分遅れのゴールだったという。

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● 事前News : 気になるマキュウェン

今日は前半高低差700m程度のアップアンドダウンがある。となると気になるのはマキュウェン。中盤以降はフラットだが、前半の上りがマキュウェンにダメージを与えやしないか、と気をもむ。どうも例年に比べて、彼の上りの力が衰えていると思えて仕方ない。

もともと一部のスプリンターより上りは苦手だが、今年はかなり辛そう。ロマンディでは、第1ステージの起伏でダメージを受け、かなり遅れて最後から3番目にフィニッシュした。

そのロマンディも、一番の山岳ステージは棄権し、走っていない。3週間のツールで完走するには、これから急ピッチで建て直しが必要のように見受けられるが。いずれにせよ、彼はジロを1/3ほど走ったあと、止める予定。

本日のプロファイル

* トマ・ヴォクレーが第8ステージでDNS。

● 2007.05.22 (Tue)  今年のジロのスプリントは群雄割拠だねぇ
ジロデイタリア 5月12−6月3日 5月21日 第9ステージ バルベリーノ レッジョネッレミーリア 〜 リードディカマイオーレ 177 km

ダニーロ・ナポリターノがマキュウェンのお株を奪う勝ちっぷり


ジロのフラットステージ。2年前にペタッキ、昨年マキュウェンが輝いたようにひとりの選手が表彰台コレクションを積み重ねるかと思いきや、今年は群雄割拠だ。

しかも今回はマキュウェンとペタッキが好位置についていたにも関わらず。さらにマキュウェンのお株を奪うような背後から一気に抜き去る勝ち方で。
マキュウェンは2位、ペタッキは3位、ベッティーニ4位となった。

ナポリターノといえば、LPR時代の05年、コッピ・バルタリの第一ステージで優勝して注目を浴びたあと、ジロデッラロマーニャでベンナーティとグレーム・ブラウンというスプリンターを破り、ヴィエンヌのレースでキルシプーを破り優勝している。

しかしペタッキやマキュウェンといったビッグネームを一騎打ちで打倒したというのは恐らくこれが初めてだろう。ランプレに移籍した06年、バレンシア一周ではペタッキに2度破れて2位、ベンナーティに敗れて2位と2位を3回積み重ねた。また今年のアンダルシア一周ではボーネンに敗れて2位。

トップクラスの競合選手についで2位、3位というイメージが多かったナポリターノだが、この日ペタッキとマキュウェンを向こうにまわして優勝したというのは大きな自身につながりそうだ。

---------- News of the last night -------------

ジロの中継は、相変わらず、周囲の風景・人々の様子をたくさん映す。ヌーディストビーチまで映しますかぁ。

こちらのURLにて生中継中

● そういえば、リッコがプロの洗礼?を受けたとか。逃げグループに入るも総合にからむ立場でお前は来るな、的雰囲気で、自ら下がったという。
リッコ、空気を読めなかったというべきか、あるいは地元でいいところを見せたいという誰にでもある気持ちゆえ多少の融通はきいてもよかったと思うべきか。

そういば、日曜日スポーツジムでスタッフがインストラクターに注意をしていたっけ。「こちらには暗黙の了解というのがあるわけで、それを勝手に破られてはなんとかかんとか」

暗黙の了解というのはどこの世界にもあることなのだな。

● 来日中のマシャレッリ兄弟の一番上の兄、今日も存在感アピール中

Photo : ナポリターノ(昨年のドーフィネにて)

● 2007.05.22 (Tue)  ジーボ:「ピエーポリを行かせたのは彼を勝たせるか、あるいはプロトンを揺さぶるため。両方成功した!」
piepoli.jpg 558×568 272Kジロデイタリア 5月12−6月3日 5月22日 第10ステージ Lido Di Camaiore - Santuario Nostra Signora Della Guardia, 250 km:

リッコ:「ジーボが遅れたからスローダウンして待った。だって彼はリーダーだから」と内部紛争説を否定


優勝したレオナルド・ピエーポリ

「シモーニには、再度感謝したい。昨年同様、ボクに「行け」と言ってくれた。ボクが逃げられたのは、優勝候補じゃないからだろう。とはいえ、彼らが猛追してきたとき、自分はうまくハンドルすることができた。」

さらに、彼はチームメートのリッコが総合を目指すことはありえない、というニュアンスで、次のように続けた。

「ボク自身、総合優勝は視野にない。だってジーボ(シモーニ)を助けるためにここにきているわけだから。

だからそれ以外(シモーニの総合優勝以外)の目的のためにエネルギーを消耗するのは意味がない。リッコは新人賞の白ジャージを切望しているとは思う。でも、今日彼がそのすばらしい走りで示したとおり、リーダー(ジーボ)の傍らでサポートすることが僕らの狙いだ。」

シモーニ談話:
「レオ(ピエーポリ)のことを思ってハッピーだ。彼には逃げるように言った。ほかの優勝候補たちがどう動くか確認したかったからだ。

彼は勝つこともできたし、あるいは、揺さぶってトップグループを縮小するすることもできた。でも結果的に両方成し遂げたんだ。

リッコはファンタスティックだった。ボクのアシストとして、きつい山を行った。一番厳しい場面で、僕が動くお膳立てもしてくれた。これでチームの素晴らしい構図が完成したんだ。」

リッコ談話:
「今日、僕らは素晴らしいチームであることを証明できた。内部紛争があるだろうといった噂を跳ね除けて。ディルーカがアタックをしかけたとき、彼を追いかけようとした。

でも後ろを振り返ったらジーボがいなかった。だからペースをスローダウンして、ジーボを待った。だって彼はチームリーダーだからね」
(以上Saunier Newsletterから)

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● オカーニャのアシストをしていたシュレック父はASOの元ディレクター JMルブランとも同僚だった

ラスト数キロで、プロトンからピエーポリが飛び出したが、暫くしてそれを追ったアンディ・シュレックが力強い走り。フォルティッシマ!というアナウンサーの声が飛ぶ。

シュレックの紹介が続く。兄と父が選手で、父はオカーニャのアシストをしていたと。チームBIC時代に確かにオカーニャと同じチームだ。

その前にシュレック父が在籍していたPelforth - Sauvage - Lejeune チームのメンバー表を見て、おっと思った。ASOの元ディレクター ジョン・マリ・ルブランも選手として名前を連ねていた。

Pelforth - Sauvage - Lejeune 1968年選手表(シュレック父、ルブラン)
BIC 1972(シュレック父、オカーニャ)

ピエーポリが得意の山岳で単独ゴール。マリアローザはリクイガスのアンドレア・ノエの手に
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どうやら今日のステージはアップダウンがこまめにあるようだ。ガルゼッリ(アックア)が、これじゃまるで250kmのLBLだ、と言っている。

ということは、今年のLBLで勝ったディルーカが強い?

コースProfile

● 2007.05.23 (Wed)  ペタッキが去年トラウマになっている”濡れた路面”の中優勝。「雨がこわくてスプリントをやめようと思った」
noe.jpg 480×391 190Kジロデイタリア 5月12−6月3日 5月23日 第11ステージ セラヴァッレ スクリヴィア 〜 ピネルロ 198 km

ゴール際で起きたクラッシュ、トルソフが雨でぬれた地面でクラッシュして、ベッティーニを巻き込むだけではすむかと一瞬思ったが、後続が彼らに追突する前にドミノ式に次々後続も倒れていく。(地面に次々に倒れていったゴール際・ワトソンの写真

みんな濡れた路面で次々横滑りするようにクラッシュしていく。一人の上に折り重なるとかいうのではなく、次々に後からくる選手が連鎖反応でスケートするように滑り落ちる、そんな感じだ。

怪我した選手を撮影しようとカメラマンが群がり、エウスカルテルの選手をマッサーらが取り囲んでいる。エウスカルテルはダメージが大きかった。バスク一周の山岳賞アイトール・エルナンデスが鎖骨骨折して病院へ。ガルパルソロも背中を強打。スベルディアは捻挫各所。マッサーたち、今晩忙しくなる。

肝心の優勝は、きわどいスプリントをペタッキが制した。ケガから完全復帰。10月からトレーニングを開始し、この日のために備えてきた。実践の疲れがややたまっているようだが、彼が必要だった大きな自信を取り戻しただろう。

とくに大きかったのは、雨の中勝てたこと。去年ヒザを大怪我したのは、雨のジロだった。これ以上ヒザにダメージを与えるわけはいかない。ヒヤリとしたようだが恐怖心を克服した。

● ペタッキは家に帰る?チームと話して決める

ペタッキ談話:

「ボクがこれで家に帰るかどうか、今聞かないでくれ。チームと今晩話し合う。ちょっと疲れた。勝利に疲れた、負けに疲れた、批判や緊張にも疲れた。

まだシーズンは長い。ツールもブエルタもある。今日のゴールは軽い下りだった。すごく早くて、落車しそうになった。実際後輪がスリップした。

去年のベルギーの落車以来、雨は怖い。スプリントをしないことも検討した。でも、チームが良く働いてくれたから、闘わなければならないと思ったんだ」AFP


----------- 読者情報 :ノエ史上最年長マリアローザ----------

ノエ、38才と127日で史上最年長マリアローザだそうですね。
ヘップナーが2002年に37才5ヶ月7日で、モゼールの兄弟アルドが1971年に37才と3ヶ月27日で、それぞれ手にしたのが今までの記録だとか。

彼のマリアローザは2度目、前回は1998年アシックスでバルトリのアシストをしてた時 だそうです。==> ここ

その時のスタートリストがこれ。

懐かしい名前、今も頑張ってる名前・・・チームもすっかりかわりましたね。

-------------- おしまい ----------------

明日のステージはフランスアルプス。イゾアール峠なぞがルートに入っている。その次の日は山岳TT。スプリンターは及びでない。

マキュウェンは今日でジロを去るに違いない。先日会ったときに、「スポンサー的にはツールが重要だから、ジロを完走するわけにはいかないんだ。11日ぐらいで帰る予定」と言っていた。でも、山岳での調整が遅れているから本当は走ったほうがいいのかも。

彼は去年ジロ3勝を収めた。そのあとのツールでも3勝。今年ジロではまだ1勝しかしていない。

Photo : ノエとペッリツォッティ LBLにて・ノエは落車に巻き込まれたもののマリアローザをキープ

● 2007.05.24 (Thu)  ディルーカが6位以下に2分以上の差
buru.jpg 480×640 226K ジロデイタリア 5月12−6月3日 5月24日 第12ステージ スカランゲ〜ブリアンソン 163 km

ジロ最初の勝負山岳ステージ。イゾアール峠でふるいにかけられ、ゴールをめざす小グループを、ディルーカが揺さぶる。ラスト1km、アタック成功。アンディ・シュレックもクーネゴも遅れた。

シモーニが辛うじて食らい突く。ディルーカとの2人旅。最後はシモーニよりも少し余裕で上をいったディルーカがゴールを陥れた。

ディルーカ:「ボクのアドバンテージは揺らぎないほどではない。いい感じで2週目に突入したい」

この日は5位のクーネゴが+19秒だったものの、6位のガルゼッリは2分17秒遅れ。まず最初の揺さぶりでディルーカはタイムの貯金を稼ぐことに成功。
最下位の選手と首位ディルーカはすでに早くも2時間以上の差がついた。

写真は目下総合2位のブルセギン。性格のよさはぴか一と聞く。

----------昨夜版----------

* 予定通りマキュウェンはGo Home

* 昨日濡れた路面でクラッシュを引き起こしたトルソフ(21歳)の言い分:「ボクのバイクは、半分ほどコンポネントを交換しなくちゃいけなかった。でもフレームとフォークはOKだった」

「ピネローロの手前で雨が降り始めた。どしゃぶりならよかった。でも小ぬか雨というのは最悪さ。路面はアイスリンクのようになった。」

「スピードは今までになく速かった。ラスト3kmでエスケープグループはイグナチェフも含めて集団に引き戻された。一方でアッジャーノがいいリードアウトをしてくれた。

でもちょっと前に出るのが早すぎて、どこか隙間に入り込もうとしたんだけどその隙間がなくて。そのまま惰性でいくしかなかった。白線を横切ったとき、フロントホイールが幅広のフィニッシュラインの上で滑った。気づいたら横滑りしてしりもちをついていた。」

「ベッティーニがボクにぶつかってきた。毎秒ごとに誰かが倒れていく、そんな感じだった。みんな自滅していた。なんてこった。みんなブレーキをかけようとして、路面のラインのペンキが新しいせいでこうなった。とはいえ見た限りでは、シリアスなトラブルになった選手はいなかったと思う。

「こしらえた擦過傷については、ちょっと客観的に考えてしまう。これも僕らの仕事のうちだってね。リーダーのペトロフも落車した。でも影響はないという。

メカニックは、ボクのバイクの半分ほどのコンポネントを交換しなくちゃいけなかったみたい。でもフレームとフォークはOKだった」

● 2007.05.26 (Sat)  3年のときを経て、ブルセギンが開花
buru2.jpg 640×480 310Kジロデイタリア 5月12−6月3日 5月25日 第13ステージ スカランゲ〜ブリアンソン 163 km

2004年ツール・ラルプデュエズの山岳TTを34位でフィニッシュしたブルセギンが、3年のときを経て、熟成し、この日トップタイムを叩いた。

ラルプデュエズの山岳TT(ツール2004) 15km: 平均斜度7.9%(ただしうち13.8 kmの区間 )
勝者のタイム:39.41分

サントゥアリオ・ディ・オローパ(今回) 12.6km 平均斜度5.8% 最大13%
勝者のタイム: 28.55分

ツール04 − 13.8km平均斜度7.9% ==> 平均時速21km (ランス)
ジロ07 − 12.6km平均斜度5.8% ==> 平均時速26.48km (ブルセギン)

総合順位(下記)を見ると6位のアロヨがちょっと驚く。05年ツールのときケスデパーニュのチームカーでツールを追った日があったのだが、その日アロヨがクラッシュした。

クラッシュでからだが痛いとチームカーに不平を言ったところ、「それっぽっちの傷でめそめそするな、早くゴールを目指せ!」とチームに活を入れられていたのだが。あのときの、めそめそした光景が印象に残っているのだが。

1 Danilo Di Luca (Ita) Liquigas 57.11.28
2 Marzio Bruseghin (Ita) Lampre +0.55
3 Andy Schleck (Lux) Team CSC +1.57
4 Damiano Cunego (Ita) Lampre +2.40
5 Francisco Javier Vila (Spa) Lampre +2.44
6 David Arroyo (Spa) Caisse +2.51
7 Evgeni Petrov (Rus) Tinkoff +3.11
8 Gilberto Simoni (Ita) Saunier +3.32
9 Emanuele Sella (Ita) Ceramica +3.52
10 Eddy Mazzoleni (Ita) Astana +3.53


事前News: ポポヴィッチがリタイヤ

ディスカバリーチャンネル、ヒンカピーに続きポポヴィッチもリタイヤ。
第1、11ステージでクラッシュしたため、この日DNSとなった。

ポポヴィッチ談話:「ジロに万全を期したのだが、2回のクラッシュがからだにダメージを与えた。

リタイヤの決断は辛かったが、これがベストだと思っている。まだ今季レースはある。ツールもある。全てを失ったわけじゃない。すぐに回復して、残された時期を好調に走りたい」

Photo : ブルセギンの山岳TT(ラルプデュエズにて)

● 2007.05.27 (Sun)  シモーニの雄たけびは、今やジロの風物詩
ジロデイタリア 5月12−6月3日 5月26日 第14ステージ Cantù - Bergamo, 192 km

● これぞシモーニ、また吠える

ジルベルト・シモーニがまた吠えて、That's Simoniというところを見せ付けた。ステファノ・ガルゼッリが優勝したこの日のステージ。最後までシモーニと競り合った末の優勝だった。

シモーニは、それに対し、RAIのカメラマンのオートバイが 最後のストレートラインで(風除けになって?)ガルゼッリを助けたとクレーム。

「お前が彼を助けた!」と叫んだという。シモーニの雄たけび!今やジロの風物詩だ。

ブルセギンは38秒遅れでディルーカ、リッコ、クーネゴらのグループとともにゴール。総合首位ディルーカ、2位ブルセギン変わらず。ケスデパーニュのアロヨもこのグループの中にいて、再びびっくり。

この日は少々意外な展開だった。中盤に平均斜度6.6%最大12%のパッソ・サンマルコを超え、144km地点には984mの山を越えるが、そのあとはフラットという構成で山頂ゴールではなかった。

まさか最初の山岳でシモーニ、ガルゼッリ、サヴォルデッリらが飛び出し、そのまま逃げを成功させる形になるとは。

Photo: LBL 07

● 2007.05.27 (Sun)  総合優勝者「トレーニングは近所の2000m級劇坂!」 5月27日: ツアーオブジャパン 最終日 第7東京ステージ
ゴールシーン / レース / Finish

ラスト300m、SAIオーストラリア人のオルマンが
飛び出し絶体絶命!会場中落胆のため息!

新城幸也選手!脅威の追い上げ
写真はゴール手前3mほど

なんと大逆転で新城幸也選手ゴール!
怒涛の歓声

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今回逃げグループが例年よりやや多かったせいか、最後の周回の時点でも、逃げは潰されなかった。ラスト1kmというところで、まだ先頭グループと後続プロトンの差は40秒あった。

「これは、ひょっとして逃げ切れる?いつものように逃げが潰れて集団ゴール、とはいかないかも」、そう思った人も多かった。結局先頭グループのうち数人は最後まで後続に吸収されず、勝者はこの逃げグループから出た。

ラスト300m、最後の最後で、オルマンの単独の逃げが決まり、日本人選手ははるか後方。日本人は先頭に多くの選手を送り込んでいながら・・・と会場はもう諦めムード半分。愚痴交じりのため息があちこちから聞こえる。

しかし新城選手が ここで突如脅威の追い上げ。最後にオルマンを抜き去りゴール。それまでのため息が、大歓声の渦になってゴール地点は狂喜乱舞。

逃げグループ

後続はアックアが引く

フランチェスコ・マシャレッリ(緑)

ゴール後、チーム全員で

総合優勝はアックアのFマシャレッリ

ゴール後新城選手
新城選手のゴール後、本人抜きで、まずチームメートたちが抱き合って喜ぶ。少しして新城選手がジョインした。選手たちもファンも感激ひとしお。新城選手のおばさん・おじさんが福島康司選手に向かって叫ぶ。「(ラスト1周あたりまで積極的に逃げグループを引いてイニシャティブをとり、新城選手の勝利を呼び込んだ)康司君、ありがとう!」

宮沢選手の初日の勝利で幕を開けたTOJ、最後は同じNIPPO・梅丹の新城選手の勝利で幕を閉じた。おめでとう!

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総合優勝したフランチェスコ・マシャレッリ:(以下、某プレス関係者のタレコミ情報から)

本日、TOJでアックアエサポーネのフランチェスコ・マシャレッリ(マシャレッリ兄弟の末弟)が個人総合湯賞を果たしました。彼は、今年2月にプロ入りした新人ですが、強風下の富士の山岳TTで2位に2分の差を付けてぶっちぎりで優勝。クライマーとして将来有望です。出身はD・ディルーカと同じアブルツォ州ペスカーラ。近くにある標高2000mの急坂、ロッカ・モリーチェで上りの練習をしているとのこと。


● 2007.05.28 (Mon)  ジロ・本日のメールから 「98年という時代」
● 本日のメールから --------------

先日、アンドレア・ノエが98年以来にマリアローザを着ましたね。
95年くらいから自転車競技をマメに見るようになった自分にとって、98年は特別な年でした。何と言っても『Pantani Year』だったからです。

当時のスタートリストを見て、懐かしく思う半面、いまだに一線で走る選手が多数いることに驚きます。

ノエはアシックスでベッティーニと共にバルトリをアシストし、彼に序盤でマリアローザを着せるのが役目でした。

結果、大雨の13ステージでツェーレやパンターニが落車する中、ミシュランタイヤで危なげ無く下った3人が1-2-4、バルトリが区間優勝、ノエがマリアローザを着たのでした。

そして3人揃ってMAPEIに入り、バルトリはスランプに、ベッティーニは出世街道、ノエは淡々と...

いまや、ベッティーニは世界チャンピオン、(当時はスポーツグラスを掛けない事で目立っていた)ノエも頑張っている中、バルトリはOPの矢面に立つ・・・何とも言い難いですね。

ちなみに当時区間優勝やアッズーラ、チクラミーノの常連であったマリアーノ・ピッコリは、RAIで解説をしてますね。意外と寡黙ですけど(笑)

P.S. 先日のゴールで、(昔チームメイトだった)ガルゼッリが優勝した時、ベッティーニは後ろで満面の笑みでした。かつてL-B-Lで2人揃って1-2を決めた時を思い出しました。

● 2007.05.29 (Tue)  リカルド・リッコはカラテ 茶帯保持者 ・サウニエルは 2010年までオファー中


ジロデイタリア 5月12−6月3日 5月27日 第15ステージ トレント〜トレ・チーマ・ディラバレド 184 km

リッコが大暴れしている。第15ステージの厳しい山岳ステージを制して区間優勝。目下総合6位。

空手パワー リッコの素顔:

リカルド・リッコ23歳。イタリアサッスオーロ生まれ。若い頃は空手にいそしみ茶帯(1−2級)保持者。しかし13歳で自転車に転向決意。

当初シクロクロスで頭角を現し、やがてロードの世界へ。先日紹介したVelo Magazineでも触れていたとおり、マルコ・パンターニの再来かとも囁かれ、本人も意識している。

「マルコを尊敬している。マルコが祖父ソテーロと深い結びつきがあったように、僕も祖父アルフレードと強い絆がある。」

彼はナチュラルヘマトクリットが51%。
「クーネゴと似たようなケースなんだ。彼もヘマトクリットが体内で多く生成される体質だ。」

最初にヘマトクリットが50%を超えた時、問題になり、レース出場を禁止された。UCI本部ローザンヌで1週間血液検査を重ねた結果、外部摂取でないお墨付きをもらった。

彼のサウニエルの契約は来年までだが、マウロ・ジャネッティマネージャーは、すでに2010年まで契約延長を考えている。リッコも、「現状に満足しているし、スペインが好き。ここで大成功を収めたい」、と前向き。

空手帯説明 Nom.ne.jp

● 2007.05.29 (Tue)  ガルゼッリ、強さの秘訣は ・・ 総合優勝が無理だから
garz.jpg 640×480 71Kジロデイタリア 5月12−6月3日 5月29日 第16ステージ Agordo (Dolomiti Stars) - Lienz (Austria), 189 km

2位以下を1分以上引き離して山岳ステージを制したガルゼッリ。「ボクは総合順位争いのカヤの外だ。だから、今日はツキを試してみた」と語った。

ガルゼッリは目下ディルーカより11分32秒遅れの13位。区間優勝狙いで一発勝負に出たようだ。


****ジロの中継が見られない国に駐在している人からメール****

>>さて、ジロ、面白い展開ですね。
イタリアレースのいいところは、群雄割拠してるというところでしょうか。
今のリーダーは、DiLucaですが、simoniもこのまま黙ってるとは思えないし…。
こちらでは映像が見られないので、結果と文字情報で判断するしかないのですが、気になるのは、リクイガスのアシスト陣です。
一昨日の山岳では、dilucaが一人で頑張ったようですが、これが続くとなると、かなりやばい気がします。
simoniには、riccoっていう大物がいるし、cunegoも元気そうだし。
その辺、気になりますね。

**** ジロでディスカバリーの活躍は?というメール****

>>それにしても我れらがディスカバリー。バッソが出られなくなったのでジロは調整の場と決めたのでしょうか。
シーズン序盤、コンタドールやブライコビッチが目立ちまくり、お、これは新ス
ポンサー探しのためか、と思ってジロも期待していたのですが。ルビエラやヒンカピーが逃げに加わったと思ったら、ヒンカピーは再度の逃げの翌日リタイア。エースのポポもまったく見せ場なしのまま。ひょっとすると新スポンサー探しに目処がついて、ツールに標的を絞ったんでしょうか。

------------------

マッツォレーニが活躍中なのを、複雑な思いで見ている人も結構いる。まだ彼の関与が取りざたされている増強剤取引調査が2件とも終わっていない。CNにもあったけど、電話が盗聴されたローマの件とベルガモの件。

さらに彼と同棲しているバッソの妹エリーザの取り調べも進行中。いかがわしい薬物の取引舞台となったスポーツジムへ、足しげく通っていて、薬の運び屋として警察からまだマークを受けている。(一旦証拠不十分で保留となったものの、警察のマークは終わっていないという。)

加えて彼はジロの2ヶ月前に 例のいわくつきのフェラーリ医師のもとでトレーニングキャンプを張ったという。

急に強くなる選手がいると、なんか落ち着かない、というメールをもらっている。そういう思いの人はほかにもいるだろう。彼がクロだとかシロだとか言う気はないが、信頼が下がっているこういう時期だからこそ、取調べ中の選手については出さないでほしかった、というのが本音だ。

Photo: 05ツールにて

● 2007.05.30 (Wed)  シモーニ、実は3年ぶりのジロ優勝だった
ジロデイタリア 5月12−6月3日 5月30日 第17ステージ Lienz (Austria) - Monte Zoncolan, 142 km
: サウニエルがワンツー シモーニ区間優勝・ピエーポリが2位


シモーニというと、ジロでバンバン勝っている印象があるが、実は05、06年は区間優勝をしていない。04年には区間優勝し、さらに03年には総合も獲っているが、05、06は優勝なしだった。それだけに、今回の優勝はひとしおだ。総合狙いできて、ディルーカの強さにはてこずっているが。

===============

ジルベルト・シモーニが、今回のジロで初区間優勝をあげた。チームメートのピエーポリとともにアンディ・シュレックをかわし、サウニエル栄光のとき。

シモーニ:「4年の時を経て、ここゾンコランで勝てるかどうかわからなかった。ディルーカは(総合順位を狙う上で)ボクにはとても強く見えたから、区間をここで獲るのは得策だと思った。レオ(ピエーポリ)はいい仕事をしてくれた。僕も上りの最初では、自分の仕事をした」

ゾンコラン前半を単独で逃げていたチオーニ。最終的にはトップから2分55秒ダウンの17位に終わった。総合ではすでにディルーカとは1時間以上差がついている。

===============

・麓のほうは普通の町でびっくりゾンコラン。もっとおどろおどろしい感じかと思いきや。
・上りの前半での順位は関係ない。通常勝負は最後の最後だ。
・観客すごい熱気。
・横写しになるとすごい斜度

・一旦落ちてずるずるいくかと思いきや復活ディルーカ。クーネゴを抜き去った。巻き返しってこんなところでも可能なんだね
・なんともいえない顔してみんな上っている

・クライマーでこれだけ喘いだんだから後ろの方の人たちの喘ぎ具合やいかに
・ペタッキ、ひざに悪そうなのぼり
・シモーニの虎視眈々ぶりが気になったが、やはり行った。最後の最後で。区間優勝!

・すごいのは恐怖の峠ゾンコランは100km以上走ったあとに登場だから。単にゾンコランだけのヒルクライムとはワケが違う。そういえば・・

先日ジムでエアロバイクを少しやって、ステップのクラスに出た。その後再びバイクをやったら、疲れであからさまに脚力が落ちていた。負荷をマイナス10にした。
>>とまあ、かなりレベルの低い話だけど、ステップのクラスにちょろっと出ただけで脚は疲労困憊だったというのに、信じられないこの人たち。長距離走ってその後締めがゾンコランだなんて。

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● 海外出張中でも大丈夫

今現在、ヨーロッパ出張に行っている人はおいしいのではないでしょうか。ユーロスポーツとかが結構入っているホテルが多いので、無料でライブ中継なり、夜のサマリが見られたりして(ツールのときは22時ごろからサマリ中継がありましたっけ。)

でも、アジアの国に出張の場合、通常なら見られないじゃん!という状況ですが、今回RAIがライブをやっているので、よかったですね。ネット代金に気をつけながら!(*)ネットでお楽しみください。こんなメールをもらいました。

    「今回台湾出張中でジロが見れないと思ったら、ライブで見れるサイトを紹介して頂いたので、台湾で見てます。
    イタリア語の解説だけど、レース展開を少し頭で考えながら見るのも新鮮です。○SPORTSの放送では展開は説明してくれますからね。」
今日もライブのURLはここ(RAIサイト)ですね。
さてさて、今日はいよいよゾンコランの山頂ゴールですねぇ。どうなるんだか。。

(*)うちの上司、ローミングサービスをよくわかっていなくて、なんとダイヤルアップの際、日本の電話番号を使って長時間ネットをつなぎっぱなしにしたことがありました。請求金額30万円。上司だから文句を言うわけにはいかないけど、これ部下がやったら、一体どうなっていたんだろ。

ちなみに、ペーニャは陽性反応が出て エウスカルテルから暫定レース禁止になったので、今日はジロDNS。

Photo: ゾンコランで闘志を見せたチオーニ。スイス一周06にて

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