mas ciclismo Race Results
mas ciclismo TOP Pageへ
マス・シクリズモ (もっとCiclismo)

copyright(c)2004- (duration unlimited) mas ciclismo,
All Rights Reserved (unless otherwise indicated herein).

 レース情報 最新版へ


2004年09月 10月 11月 
2005年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 
2006年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2007年01月 02月 03月 04月 05月 06月 08月 09月 

● 2007.09.01 (Sat)  9月1〜23日: ブエルタ・ア・エスパーニャ(スペインGT)
ブエルタは本日開幕!

これまで余り自転車と縁がなかったガリシア地方で、急に自転車熱が盛り上がっている。ペレイロが去年のツールで表彰台、去年のブエルタでガリシア地方ルーゴを通過、プロコンのカルピンガリシアチームが発足し、今年ブエルタの初日スタート。昨今逆風強い中、ガリシアの盛り上がりにはうれしいものがある。

去年の表彰台ヴィノクロフ、バルベルデ、カシェチキンのうちヴィノとカシェチキンは陽性判定でアスタナチーム解雇となり、バルベルデはもともとブエルタは眼中になかった・・というわけで3人とも不参加。結局ゼッケンNo.1はアルファベット順でAG2Rのアリエタがつけることになった(トクダネ参照)。

春のクラシックとブエルタに目標を絞っているサムエル・サンチェス(EUS)、安定感あるサストレらに期待が集まり、ガリシア出身ペレイロが好調さを取り戻せるかどうかといったところ。ペレイロは去年は総合の表彰台に上ったが、どちらかというと従来区間優勝狙いのタイプだ。安定的に常にステージレースの総合で上位につける選手ではない。

スタートリスト

p.s. ちなみにGPプルエ不参加が告げられたバルベルデは参加するという噂。

● 2007.09.02 (Sun)  9月1日: ブエルタ第1ステージ ビーゴ 146.4km
来季リクイガス入りが決まっているベンナーティがツール最終日とブエルタ初日制覇の快挙/ ペタッキとの一騎打ち、バレンシア一周では4戦3勝だった

例年と違い、TTではなく通常のロードレースで幕を開けたブエルタ。初日集団スプリントを制したのはランプレのダニエーレ・ベンナーティ。ツール最終日を制したあと、ブエルタ初日も制し、一人勝ち。

ゴール際で負かした相手はフレイレ、ペタッキ、アラン・デイヴィス、トム・ボーネン。=> Photo
完璧なミルラムトレインを引きつれ、ゴール手前300mで競りあがったペタッキの勝ちパターンかと思ったが、ベンナの勢いを止めることはできなかった。

マキュウェンが例のチクリッシモインタビューでベンナーティについて、「才能あるけどまだプロトンの中でリスペクトされるほどには至っていない。今後ビッグレースで勝っていけば地位を確立して周囲の尊敬を勝ち得れば、もっとスプリントの位置取りでも有利になる」と言っていた。

となると、これで彼もトップスプリンターとしてプロトンの中でも敬意を持たれるようになったことだろう。

ペタッキvsベンナーティ、プロツールレースではないが2月末にバレンシア一周で一騎打ちをしている。そのときはスプリントステージ4つのうち3回ベンナーティが制し、ペタッキの区間優勝は1回にとどまった(Ref.
Ref レースニュース バレンシア一周

以前からスプリンターとして実力は発揮していたが、ベンナーティ、今年のニューヒーローといっていいだろう。
ちなみに「ベンナーティはスプリンターとしてはフレイレタイプ。山岳もイケる」(マキュウェン談)

落車で初日からいきなり肩を骨折したダニエルソン。今年はつくづくついていない。やっと病気が治ったと思ったのだが。クーネゴも切り傷などを負ったが自力でフィニッシュ。

● 2007.09.03 (Mon)  9月2日: ブエルタ第2ステージ アヤイス〜サンティアゴデコンポステラ 148.7km
フレイレとベンナーティに、ほんの数センチで落車の明暗・うまくよけることができたフレイレそのまま突っ走り優勝

再び集団ゴールのマススプリントによる競り合いになると予想された。しかしゴール直前シナリオが変わった。

この日最後の派手なクラッシュはゴール地点3km以内、しかも先頭近くで落車がおき、競りあがっていたスプリンターたちの明暗を分けた。

前日優勝したベンナーティは落車の犠牲に。オスカル・フレイレもクラッシュで倒れる選手に触れ、「自分も落車すると思った」という。しかしなんとかギリギリのところで持ちこたえ、そのままゴールまでわき目も振らずに突っ走った。

集団ゴールスプリントはかくして、人数も20人ほどに絞られ、フレイレには好都合なことに、ゴールのプロファイルはアップヒル(上り)だった。上れるスプリンターフレイレは本領発揮。

ベッティーニをかわしてゴールスプリントを制してフレイレが優勝。

ベンナーティは落車したもののゴール手前3km以内の地点だったためタイム差はなかったが順位を大幅に下げ、最後から3番目の186位でゴール。総合89位に交代。代わってフレイレが総合首位に。

フレイレは、レース後、バルベルデの世界戦参加を希望する発言をした。レースコントロールがしやすくなるからだ。ご意見番フレイレは続けて、UCIは競技のことよりお金のことしか考えていない、と批判した。

● 2007.09.04 (Tue)  9月3日: ブエルタ第3ステージ ビベイロ〜ルアルカ 153km
■ 新旧世界チャンピオンバトルはベッティーニに軍配。ベッティーニ2月以来ゲットできなかった優勝をやっともぎとる

そういえばケルメチームもかつてブエルタではやたら存在感をアピールしていたっけ。普段プロツールのビッグレースに出られないレラックスのヴァイェホとカルピンのセラフィン・マルティネスがサウニエルのデラフエンテとともに逃げた。

しかしゴール手前25kmを過ぎたところでエウスカルテルがピッチを上げ、プロトンを分断する勢いで前を追い始める。3人はプロトンに吸収されるが、ダメージはそれだけでなかった。

急なスピードの変化でペタッキとボーネンが遅れた。スピードの変化に加え、アップダウンのプロファイルが災いしたのだろうか。ボーネンは今年の世界戦のシュトゥットガルトのコースは自分向きでない、と断言している。今年の世界戦は去年よりもさらに起伏がある。

集団ゴールスプリント。フレイレとの熾烈なトップ争いを制したのはベッティーニ。彼にとっては世界戦の調整レースなので、手ごたえをつかんだことだろう。

また、彼の勝利にはチームメートのアドバイスと必死の働きあったようだ。チームメートのバレドはベッティーニにこう言った。「フィニッシュ(の上りのプロファイル)は君にぴったりかも」と。そしてチームは一丸となってアシストした。

「勝ててうれしい。今シーズンは2位、3位で終わるような惜しい優勝逃しがたくさんあったから。優勝は久しぶりだ。でも僕らはプロ。ハードワークは必ずや結果がついてくる。」

ベッティーニ意外ながら今季はまだこれで2勝目。2月22日のカリフォルニア一周で優勝して以来。生みの苦しみを味わった優勝だったに違いない。

いよいよ第4ステージはアストゥリア地方の名峰ラゴスデコバドンガの山頂ゴールだ。ペレイロも述べているように、ここで優勝候補が絞られる。

● 2007.09.05 (Wed)  9月4日: ブエルタ第4ステージ ラングレオ 〜 ラゴスデコバドンガ 185.1km
■ エフィムキンが超難関を制す

超級コバドンガを制したのはケスデパーニュのエース ペレイロではなくエフィムキンだった。アタックを成功させ単独でゴール。フィニッシュまでの走りは相当キツイはずだが、片手をあげて優勝をアピールするエフィムキンの口元は微笑んでいた。

この日の勝利を狙う つわものグループは、ついにラスト12km地点でばらけはじめる。区間優勝狙いのピエポリ、総合狙いのエヴァンス、サストレ、メンショフ、マルチャンテを蹴落としてエフィムキンが一人旅を成功させる。

バーロワールド所属時代の2005年、ポルトガル一周で総合優勝しているエフィムキン。

「ボクがポルトガル一周で優勝したとき、誰もボクが勝つとは思っていなかった。ブエルタはポルトガルよりも長い闘いだけど、今ボクは1分のアドバンテージをゲットした。貴重な1分だ」

後続のピエポリ、デヴォルデル、メンショフ、モンフォール、サストレに1分6秒差をつけたエフィムキンは、総合でも首位にのし上がった。

==== Side News

■ ブエルタ以外のスペインの動き:バルベルデが6月23日の抜き打ち検査の日に予定の場所にいなかったことについて、UCIは説明を求めている。UCIに申告していたレース(アイントホーフェン)に無断欠席だったなどの点も追求される。

■ Tモバイルのロレンツォ・ベルヌッチはチームから解雇処分を受け、ブエルタを去った。(トクダネ参照)。

● 2007.09.05 (Wed)  9月5日: ブエルタ第5ステージ カンガスデオニ ス〜 レイノサ, 157.4km
■ 「上れるスプリンター向けステージ」はフレイレが制覇

スプリンターの中には上りもこなせる人と、上りは完全に苦手なキルシプー(引退)のような選手がいる。マキュウェン宅でインタビューしたときの話を再び登場させると、中級山岳ステージのこの日の展開は、彼が「上れるスプリンター」と称した選手が全員ゴールスプリントにからんだ。

マキュウェンのカテゴリーによると、
上れるスプリンターは:フレイレ(かなりいける)、ベンナーティ(フレイレに似たタイプ)、ツァベル(マキュウェンも脱帽)

上れない(上りが苦手な)スプリンターは:自分、ペタッキ、ボーネン

くっきりそのとおり分かれ目がついた第5ステージ。上りでついていけたスプリンター勝負、ベンナーティ、ベッティーニ(彼はスプリンターというよりパンチャーというカテゴリーだとか)、ツァベルをかわしてフレイレが優勝。ペタッキ、ボーネンは山岳で遅れた。
===

136km地点に一級の山岳が登場するので、プロトンはばらけた展開になるのかと思ったが、CSCのクローンとそれを追うSDVのマルチャンテの逃げは結局吸収され、プロトンの半分ほどの人数の集団ゴールスプリントで幕を閉じた。

ゴール直前、ベンナーティが有利のように見えた。しかし、正面左から、かなり短距離のうちに差を一気に詰めてフレイレがやってきた。位置取りもよかった。絶妙なタイミングでフレイレが先行。

これを見ると、フレイレの爆発力はかなり短く、一気にたたみかけて勝つのが十八番のようだ。再びマキュウェンのカテゴリーを引用する:

ロングスプリンター(200m加速が持続する); ペタッキ、ボーネン
50m短距離型スプリンター(ロングスプリントができないので、前にいる選手をトレインに使って次々乗り換えて前にせり出すタイプ):マキュウェン
50mよりもっと短い短距離型スプリンター:フレイレ

それにしても、ゴール後の風景の殺風景さ。ゴール過ぎると突如喧騒が途絶えるのはツールとぜんぜん違う。That's ブエルタだ。

News ===============
今年も3大ツール達成者。去年サストレがジロ、ツール、ブエルタ全部に出場し、「もう二度とやりたくない!」と言っていた。今年はロットのマリオ・アールツが3大ツール出場を果たした。

マルチャンテがサウニエルと来年から2年間契約を更新したと、チームが発表した。タイミング的に偶然なのかどうか不明ながら、ブエルタでの活躍の翌日の公表だ。さらにアルベルト・フェルナンデス(来日経験選手)も2年更新。

昨日のバルベルデの所在報告についてUCIともめた一件は、ことなきをどうやらえた様子。

スペインのアストゥリア地方はスペインの代表的な明峰を擁する地域。昨日のコバドンガもそうだが、一番の手ごわい山岳といったらエル・アングリル。そのアングリルはここ最近ルートに入っていないが、2008年は復活の可能性が浮上。目下アストゥリアス地方自治体が、アングリルが招致されるべく動いていることを明かした。

前回2002年のエル・アングリルは大雨。傾斜のきつい上りでは、スリップして前に進めないような選手も出たという。大一番を制したのはロベルト・エラスだった。

● 2007.09.06 (Thu)  9月6日: ブエルタ第6ステージ レイノサ 〜 ログローニョ 184.3km
ハットトリック フレイレは世界戦を照準に

フレイレが世界戦4勝というビッグな記録に向かっていい仕上げぶりを見せている。去年は頚椎の痛みで欠場した。今年こそ、の思いがある。

「とはいえブエルタで勝ったからといって、世界戦で勝つというわけじゃない」とフレイレは現実主義的な面もかいま見せる。

今年の世界戦は緩急豊かなプロファイル。登坂力あるスプリンターでないと勝てない。ボーネンはすでに脱落宣言。選手権メンバーにはならないだろう。となると、フレイレは十分世界戦優勝候補だ。

この日は150人以上の大集団が同時にゴールを狙う、ホンモノの大集団ゴールスプリントとなった。フロントラインには、フレイレやエウスカルテル随一のスプリンターでプロ勝利も経験済みの若手コルド・フェルナンデスのほか、ペタッキ、ボーネンももれなく顔をそろえた。

ただし、バックステッドだけは、途中エスケープに乗って脚を使ったため、競りあがることはできなかった。

怒涛のゴール際。フレイレがまたしてもどんぴしゃの位置取りをゲット。長いストレートラインのスプリントは、ぺタッキが従来のスピードであれば楽勝だったのでは?と思わせる。ピュアスプリンターによるバンチスプリントは、かくしてフレイレが勝利を掴んだ。

News ========

現在ブエルタ出場中のスウェーデン人FDJのトーマス・ロヴクヴィストはもう一年FDJと契約があるのだが(ただし最後の1年は任意解除の含みをもたせたもの)、チームは彼をリリースすることに。理由は海外のチームからオファーがきているのを引き止めるつもりはない、と。そのチームとはTモバイルではないかと言われている。

● 2007.09.08 (Sat)  9月7日: ブエルタ第7ステージ カラオラ 〜 サラゴサ 176.3km
■ オスカル・フレイレの臭覚と、10歳年下を破ったツァベル

Velonewsによると、フレイレはこの日疲れていたのと、プロトンがナーバスなのを嗅ぎ取って、ゴールスプリントは早々に諦めたという。おかげでゴール前のクラッシュにも巻き込まれずに済んだ。頭が冴えているということは、やはりフレイレ調子がいい。

一方で、ブエルタにかけてきたサムエル・サンチェス(EUS)が巻き込まれてしまい、ちょっと心配だ。

ペタッキもクラッシュに巻き込まれた。しかしミルラムはツァベルという武器があった。

クラッシュのせいで集団ゴールを免れた少数精鋭グループ。アラン・デイヴィスが自転車を放り投げ、ウィニングポーズをするが、正面右から回り込んだツァベルがわずかに早かった。

37歳ツァベルが丁度10歳年下のデイヴィスを破った。強豪がすべてそろったレースではたとえ勝てなくなりつつあるとしても、こうしたチャンスをがっつりモノにするところは、さすがにベテランの味といったところか。

総合順位変わらず、エフィムキンが首位。土曜日はTTステージだ。

News -------------------
ブエルタには関係ないけど、コンタドールは世界戦出場なし、と選出者のアンテケラ氏が公言。

● 2007.09.08 (Sat)  9月8日: ブエルタ第8ステージ カリニェナ 〜 サラゴサ (ITT), 52.2km
ツールでは(レース前プレゼンで)悲惨だったドイツTTチャンプがスペインで実力発揮 / 来季クイックステップ入りが決まっているデヴォルデルが総合首位に

今年はいつもと違うブエルタ。例年だと、スペイン人選手が上位にどんどんきて、外様の選手は精彩を欠いた。山岳の大勝負はケルメ/バレンシアナの選手が突如大活躍したりした。

でも今年はここまでを見る限りスペイン人以外が主役だ。スペインチームでもトップ選手はツールドフランスに送り込む、というトレンドが年々はっきりしてきている。総合順位、今現在スペイン人はサストレの7位が最高だ。スペイン勢は巻き返しなるのか?

ちなみにこの日TTでトップタイムをたたいたベアト・グラプシュはツールにも出場していた。ロンドン市内のレストランでのお披露目会では全員が英語で話すことになっていた。

9人中8人が英語ぺらぺらで問題なかったが、グラプシュだけはまったくだめ。質問に答えられず、最後には泣きそうな顔で、ひとりひれ伏してしまいそうな様子。

拡大写真のとおり、周囲の選手が心配そうに彼を見ていた。そんな印象しかない彼だが、TTは得意分野で今年はドイツTTチャンピオンに輝いた。ドイツチャンピオンジャージがエンジンフル回転させたかな。

ちなみに弟のラルフは今ミルラムで走っているが、かつてテレコムにいた。兄とテレコム/Tモバイルでダブったことはない。兄のほうはフォナックからTモバイルに移籍してきた。

総合首位になったのはデヴォルデル(ベルギー・ディスカバリーチャンネル)。ブルイネール監督はブエルタから去って注意はミズーリツアーに行っている。そんな中モチベーションを保って健闘中。来季クイックステップ入りが決まっているから、彼のブエルタ順位はクイックステップ関係者も気になるところだろう。

そのデヴォルデル、このまま総合優勝を目指す!と宣言。
CNリザルト

News =======

ディスカバリーチャンネルのブルイネール監督は、ブエルタを去ってコンタドールとともにツールドミズーリのため米国へ出発。グランツールよりも、コンタドールを重要視した監督。来季コンタドールとともにアスタナに収まるのか、去就が注目される。

● 2007.09.10 (Mon)  9月9日: ブエルタ第9ステージ ウエスカ〜セルレルのスキー場 167.6km
旧バネストの2人がワンツーでメンショフ首位に
■ ピエポリ:「優勝はヤニスに捧げる。ヤニスは、もうすぐ生まれてくるはずのボクの息子さ」


一時期ともにバネストチームを引っ張った2人が主役の1日となった。ピエポリとメンショフがスキー場の山頂ゴールでワンツーフィニッシュを決めた。

2人はラストの勝負どころでサムエル・サンチェス(EUS)、ルイス・ペレス(アンダルシア)、ベルトラン、ツァウク(GST)、エフィムキン、エヴァンスらを蹴落とし、さらに追いすがるサストレとガリシアのモスケラを突き放した。

最後は総合を狙うメンショフと区間狙いのピエポリの間で競り合いを避ける協定があったかもしれない。元同僚とあればありがちな話だろう。2人は同着ゴールだったが、先にゴールラインを割ったのはピエポリだった。

これでメンショフはマイヨ・オロをデヴェルデルから剥ぎ取り、首位の座に。2年前、エラスの失格で繰上げ優勝したブエルタで、今年は自力優勝なるか。

体調不良のペレイロは3日間耐えたものの、ついにリタイヤ。FDJのマッギー、SDVの若手ドゥランもしかり。

ピエポリ談話(SDVサイトより):
「すごくうれしい。区間優勝はボクとチームにとって重要なことだから。ましてそれがグランツールとなればなおさらだ。ボクは3つのステージに特に狙いを絞った。ラゴス(コバドンガ)、セルレルそしてアンドラだ。

コバドンガでは2位につけ、セルレルで優勝、とあれば、今のところこの結果に満足しないわけがない。ジロでも区間優勝ができた。最高のシーズンになったね。

メンショフと協定があったかって?自然なことだろう。レース終盤の展開を考えれば。メンショフは総合で上に上がるためにパートナーがほしかった。これで僕らは2人とも勝てたということだ。それに僕らはいい友人だ。かつてのチームメイトでもある。

なぜ自分自身総合を目指さないのかって?かつては狙ったさ。総合8位でレースを終えたこともある。でも、区間の最後に両手をあげて優勝を味わいたいと思っている。

ボクの年齢では競技人生はもう終焉にさしかかりつつある。だったら総合4位だとか6位になるより、このほうがいいね。この優勝は息子のヤニスにささげる。もうすぐ生まれてくるはずさ!」

● 2007.09.10 (Mon)  9月10日: ブエルタ第10ステージ ベナスケ − オルディノ・アルカリスのスキー場 214km
■ メンショフが区間優勝でダメ押し・サストレはメンショフをアシストをしたピエポリに不満

再び超級の山頂ゴール。リクイガスのベルトランが飛び出したが、彼はいいクライマーではあるものの、こういう一流クライマー同士の競り合い場面では、途中で必ず脱落していた。

しかしこの日は、後続優勝候補の一群に追いつかれたがそこでずるずる引き下がることはなく同タイムゴール。今年パイス・バスコでプロ入り2勝目をあげたりして、調子がいいベルトラン。

山頂ゴールは7人の脚に自信ありの選手らが一歩も譲ることなく、最後はメンショフがとどめを刺したがエヴァンス、サンチェス、ベルトラン、サストレ、エフィムキン、ピエポリが同タイム。

サストレは、ピエポリが違うチームのメンショフをアシストしたとして怒りを口にした。メンショフはレース展開でそう見えただけで、リズムを変えながら走るのは彼のスタイルでもある、と述べた。

メンショフは目下2位のエフィムキンに2分1秒の差をつけており、優勝争いから頭ひとつ分抜け出ている。

News ======
フレイレはリタイヤして、世界戦に備える
フレイレ、今日はDNSでブエルタを去ることに。そのあと9月30日の世界戦に挑む。

ブエルタに出られたチームレラックス、でも出られなかったマンセボ

今年のブエルタ、最初のワイルドカードでレラックスが選外となり、ガリシアとアンダルシアが選ばれたが、直前で政治力が働いたかレラックスも滑り込んだ。とはいえブエルタ出場メンバーを見るとレラックスの主力選手セビーヤもマンセボも入っていない。OPとそれに対する風当たりに配慮したのだろう。セビーヤは今年結構活躍していたが。

ところでそのマンセボが去年のツールでAG2Rを去ったときのことについて、AG2Rのデッセルとモローがこんなふうに語っている:

デッセル:「彼に別れを告げることができなかったのが心残りだ。去年ツールでボクがイエロージャージを獲ったときは同僚のスペイン人アリエッタに携帯メールをよこして、僕におめでとうメッセージをくれた。でもボクは返信できなかった。一体なんて言っていいかわからなかった」

モロー:「彼とは電話とかで話してはいないが、ボクのつたないスペイン語でメッセージを送った。彼は間違いを犯したが、それで即刻頭に弾丸を撃ち込むような状況であっていいはずはない。ボクだってフェスティナ時代、代償を払った経験がある。」Velo Magazine 2006から

● 2007.09.12 (Wed)  9月12日: ブエルタ第11ステージ カステリョン 〜 アルヘメシ 191.3km
2005年ブエルタで5勝したアレ・ジェットが05年以来となる勝利

2004年ブエルタで4勝、2005年ブエルタで5勝と爆発したアレッサンドロ・ペタッキ(MIR)が2005年以来となるブエルタ勝利をあげた。

ホセアントニオ・ロペスとラウル・ガルシアデマテオは170km近く逃げたが最後まで泳がせてもらえなかった。メンショフ、エフィムキン、エヴァンス、サストレという総合順位は変わらず。

ペタッキ談話(CN):
「ジロのあと、みんな知っているように僕は問題を抱えている(ジロで喘息薬使用が規定値を上回り、ツールに出られなかった)。すぐに解決することを祈っている。あれでツールに出られなかったから、長きにわたっている。ブエルタではのっけから調子が悪かった。昨日の急速日を経て、今日は少しよくなった」

ブエルタNews ======

ブルイネール監督が北米ミズーリのレースのためにブエルタを去って、エキモフが第一監督を務めている。彼にとってはじめてのグランツール。感想は、「第一週目が終わっただけ、まだあと2週間あるなんて、やけに長いなー。」

Photo: 05TDR

● 2007.09.13 (Thu)  9月13日: ブエルタ第12ステージ アルヘメシ〜エジン, 176km
■ ペタッキが再び優勝。ブエルタ通算19勝目

逃げを潰してゴールスプリントにもちこんだが、ミルラムの選手は逃げを追うために足を使い切ってしまい、大変だったようだ。

ペタッキ談話
「1勝できて嬉しかったが、また勝ててさらに嬉しい。誰より勝ち星をあげたいとか、何勝あげたいとかいうのではない。ただただ勝ちたい。

ラストでは少し前に出そびれる場面もあった。チームメートが前をいく逃げを猛追したので体力を消耗してしまった。でも彼らのおかげで勝つことができた。明日は彼らを休ませる。明日もゴールスプリントにもちこみたいなら、ほかのチームが動くべきだ(前に逃げがいれば、ほかのチームが追うべきだ)。」

=== ブエルタニュース : ピエポリはリタイヤ

ピエポリが第12ステージ出走サイン後になって、出走を断念した。出産した後、健康状態がすぐれない妻のもとに駆けつけるためだ。山岳賞ポイント72ポイントで、トップだったのだが。その次はメンショフで71ポイント。

● 2007.09.14 (Fri)  9月14日: ブエルタ第13ステージ エジン 〜 トレ・パチェコ 176.4km
■ アンドレアス・クリアが優勝で、Tモバイルのドイツ人がこれで2勝目

エスケープを決め、ひとりを振り落とし、最後2人のスプリントをベテランらしい沈着さで制した・・・それがこの日の勝ちパターンだった。優勝したのはTモバイルの31歳アンドレアス・クリア。

2003年にヘント〜ェヴェルヘムで優勝してから4年間、ひとつも勝利をあげることなくクリアはいつの間にか30歳を過ぎていた。20歳でTVMでデビューした金髪の選手は、2001年にテレコムに移籍。そのときの溌剌とした若々しい印象が強いのだけれど。

ともに逃げたのはほかにゲロルシュタイナーのトム・シュタムスニーダーとFDJのジェレミー・ロワ。数少ないレースTV放映の機会をとらえていつもならスペイン・プロコンチームの選手らが動くところだが今日は誰もいない。もしかしたら、この日のアタックはそのまま決まるかもしれない、そんな予感。

ロワは途中で振り落とされ、残りは22歳と31歳ベテランの一騎打ちに。シャムスニーダーは若さゆえの思い切りの良さでゴール2km前で仕掛けようとするが、クリアはそれを許さない。しっかりと若手を捕らえてゴールスプリントに備えた。

これで流れを掴んだクリア。ゴール際マンツーマンのスプリントでとどめを刺した。先のTTステージはTモバイルのグラプシュが制している。これでチームは2勝目。ブエルタでTモバイル(テレコム)がこれほど目立ったのは99年のウルリッヒ優勝以来のことかもしれない。

クリア談話:
「悪天候はそんなに気にならなかった。個人的にはこういう天候は好きさ。来季に向けて、この勝利でやる気が増した。今年は怪我に泣いたが、来年はフランドル一周を大きな目標としたい」

雨脚が強くなる中、後続のプロトンのスプリント争いはベンナーティがペタッキをわずかに下した。前方に3人のエスケープがいたので勝利にはカウントされないが、こうしてベンナーティは着々とゴール際の臭覚を養いつつある。

ブエルタNews =======

ボーネンがブエルタを去ることになった。肋骨が折れているのではないかと危惧しているボーネンはベルギーに帰ることを決定。精密検査を受ける。咳をするたびに胸がずきずき痛むそうだ。

Photo: 05年パリ〜ツールにて

● 2007.09.16 (Sun)  9月15日: ブエルタ第14ステージ プエルトルンブレラス 〜 ビヤカリヨ 207km
好物は寿司。遅咲き34歳のライダーが単独ででっかい勝利

ハワイ、ホノルル生まれのジェイソン・マッカートニーの履歴はちょっとユニーク。

自転車選手になったきっかけは、靴屋で働いていたとき、店の前の通りで行われたスネークアレイクリテリウムを目撃したことに始まる。よくある、「xx歳のときに祖父が自転車を買ってくれて」とか「兄がやっていたので」みたいなのとはワケが違う。

一旦23歳のときに自転車を諦めた。ヨーロッパで走ったものの、結果が出ず、失意のうちにこのスポーツから距離を置くことにした。しかし2年後、25歳で再開する。「人生でロードレースのようにすばらしいものはない」と気づいたから。

27歳にしてNutra Fig - Noniチームに入団。05年、ディスカバリーチャンネルという一流チームに入団したときには既に32歳になっていた。

好物は寿司とインド料理。料理作りとクロスカントリースキーが趣味。

2004年には北米五輪代表としてアテネの道を走った。(DNF) 去年ジョージア一周では山岳賞に輝いたものの、大きな勝利はなかった。そんな彼が待望の金星を掴んだ。

10数人の逃げがやがて10人程度のリレーとなり、とつとつとレースが進む中、プロトンとタイム差をつけ、優勝はこの中の争いになるだろうと思われた。ラスト20kmほどになると、逃げを試みる選手が出始める。しかし成功したのはマッカートニー。ラスト8kmのアタックで単独エスケープを決めた。

監督車のエキモフからタイム差の報告が入る。つい最近まで現役で、百戦錬磨のベテランだった監督がイヤホーンごしについてくれるのは心強かった。

しかしゴール間際で彼は戸惑う。コースブックで読んだものと実際のプロファイルは違っていた。こんな大事なときにイヤホーンが使えなくなった。後続がどの程度後ろにいるのかわからない。とにかく行くしかなかった。

勝利を確信したのは、ゴール手前100m地点だった。FDJのロヴクヴィストの猛追かなわず、マッカートニーは最後まで逃げ切った。

あの日靴屋の前で食い入るように観戦したレースはマッカートニーに感動を与えてくれた。今日はマッカートニーがみんなを感動させた。
(エキモフのくだりは会員制サイト"Thepaceline"から)

● 2007.09.17 (Mon)  9月16日: ブエルタ第15ステージ ビジャカリヨ 〜 グラナダ 201.4km
サムエル・サンチェスが3年連続でブエルタ区間優勝 今年の優勝は生まれてくる息子のために
■ 「レースのカギは頭脳」と言っていたサンチェス:「下りで脚を使うのがわかっていたから上りは抑えた」


ブエルタよりツールのほうが好き、というスペイン選手がますます増える中、ツールには興味がなく、春のクラシックとブエルタのみに執着しているというサムエル・サンチェス。05年にブエルタ初区間Vをあげてから、3年連続でブエルタで区間を獲っている。

初めて優勝したときは、亡き母に優勝を捧げた。去年はクラスチームの親友メカニック フランが病気で、彼に捧げた。そして今年は、まだ見ぬ生まれてくる息子のために優勝を捧げることができた。

===
勝負どころのモナチル峠。上り開始早々ダミアーノ・クーネゴが単独でそのまま突っ走るかと思ったが、マヌエル・ベルトランが勝利を目指して猛追。勝機がベルトランに移ったかと思われた。そんな矢先、今度は頂上付近で後続のつわものグループからサンチェスが抜け出した。

サンチェスは、前半の上りで力をセーブした。昨年バルベルデがヴィノクロフに敗れた敗因を分析した結果だった。バルベルデは上りで脚を使い切ってしまい、下りで敗れたと彼は考えた。

この日のステージは、上ったあとに下ってゴール。去年の2人の明暗をふまえた上で、上りでエネルギーを使いきらないことを念頭に置いた。

頂上付近でためていた力を出し、優勝候補軍団から抜け出す。前の2人を追い、さらにクーネゴを振り落とし、最後はベルトランとの一騎打ちを余裕で制した。

今年4月、サンチェスに話を聞いた。喘息もちで肺活量が平均より低かった。不利ではないか?と聞いたらすぐさま否定した。「レースのカギは頭脳だよ」さらりと言ってのけたのが印象的だった。

2位となったベルトラン談話:
「このステージで是非勝ちたかった。これが勝てる最後のチャンスだとわかっていたから。でもス自分はプリントはできないから、サムエル・サンチェスに絶対勝てないとは思っていた。妻のアナに優勝を捧げようとがんばった。彼は彼で、生まれてくる息子に優勝を捧げたいと願っていた」

===

総合順位メンショフ、エフィムキン、エヴァンス、サストレは変わらず。しかしモスケスを抜いてサンチェスが5位に浮上した。サンチェスは首位から4分1秒差。表彰台は厳しいが、毎年着実に力を上げている。

● 2007.09.17 (Mon)  9月18日: ブエルタ第16ステージ ハエン 〜 プエルトヤノ 165km
今年ツールドロマンディの第2ステージでゴール手前の落車を引き起こしたとしてその名が注目されたレオナルド・ドゥケ(COF・コロンビア)が3人のサバイバルアタックグループのスプリントを制して優勝した。

(左の写真はそのTDRで落車を起こしたあと、ゴールするドゥケ。巻き込まれたほかの選手たちのほうが怪我がひどく、彼は比較的早めにゴールにたどり着いた。)

コロンビア人というと今年のソレルもそうだが昔から山での活躍が目立っていた。しかし、「これで、コロンビア人だってスプリントができるってことを見せられた」とドゥケ。

彼は今までソレル、カルデナス、パラ、ウラン(UNI)、ペーニャ、アルディラといったほかのコロンビア人より知名度が低かったが、昨年ツールドリムザンで優勝するなど、スピードマンとして頭角を現しつつある。


レースは総合上位を脅かすことのない17-8人のエスケープが決まり、そのままプロトンから逃げおうせた。

その中から抜け出したドゥケ、コロブネフ、オラチの3人が残りのエスケープメンバーの猛追に耐えながら加速する。3人のコラボレーションがなければ元の木阿弥。後続に吸収されていただろう。

ドゥケはラスト500mでひとりでアタックを仕掛けるが、それはほかの2人に潰されるものの、ラスト200mに開始したスプリントで勝利を収めた。

レオナルド・ドゥケProfile:

1980年4月10日生まれ。2004年ショコラーデジャックでスタジエール。Jartazを経て、06年にコフィディス入り。
身長170cm、体重59kg

ブエルタNews ======

クーネゴはイタリアに帰国。第1ステージでは落車でひどい怪我(13針縫った)を負ったにもかかわらず、その後善戦した。しばらく休養して次に備えるという。


● 2007.09.19 (Wed)  世界選日本メンバー決定
お待ちかね、JCFのサイトに世界選日本メンバーが掲載された。みんな、健闘をお祈りします。

男子エリート 別府 史之(JPCA・ディスカバリーチャンネル)
       新城 幸也(沖縄・NIPPO・梅丹・エキップASADA)
       宮澤 崇史(長野・NIPPO・梅丹・エキップASADA)
男子U23  初山  翔(神奈川・チームキャノンデール・ディアドラレーシング)
       片山 和正(岡山・鹿屋体育大学)
       畑中 勇介(東京・チームブリヂストン・アンカー)
女子エリート 沖  美穂(JPCA・ワナビー・メニキーニ)

JCFサイトへ

● 2007.09.19 (Wed)  9月19日: ブエルタ第17ステージ シウダレアル 〜 タラベラデラレイナ 175km

■ 世界選に選出されなかった屈辱をばねに ・ベンナーティが2勝目

「ツールを完走し、ブエルタはすでに3週目に突入。疲れていた。勝つのは容易ではなかった。」といいつつもベンナーティがスプリントを制した。

この日もレラックスとアンダルシアの選手が逃げて、TVアピール。果敢なホルヘ・ガルシアとフアン・オルモだったが大方の予想どおりラスト7kmには吸収された。

集団ゴールスプリントを制したベンナーティ(LAM)は、今回の世界選メンバーからはずれた。

「ブエルタで再び勝てたのは嬉しい。でも、世界選に出場するのもでかいことだったはずだ。だからブエルタの勝利で、世界選不出場のがっかりが帳消しになったとはいえない。

この勝利で、2月のレースシーズン最初にも勝てるし、シーズンエンドにも勝てるコンプリートな選手であると実証できたと思う。今日はブエルタ2勝目。これで世界選出場を決めていたらボーナスだったのに」

=== ブエルタNews

Tモバイルのグエリーニが体調不良でDNS。引退する彼にとって最後のレースだったのだが。

● 2007.09.20 (Thu)  9月20日: ブエルタ第18ステージ タラベラデレイナ 〜アビラ 153.5km
■ 昨日に続いて、世界選をギリギリで逃した選手が優勝

昨日はベンナーティ、今日はルイス・ペレスが優勝。2人の共通点は世界選メンバー暫定候補に選ばれながら、最後に選外となったこと。ペレスは昨年の世界選で途中アタックして目立っていた。今年はホアキン・ロドリゲスと代表の座をかけて、最後の1枠を争った。しかし結果はホアキン・ロドリゲスに軍配。
左の写真はフレチャ(右)とペレス。

ペレスは去年の世界選の段階でチームが見つかっていなかった。見通しについて聞いたところ、「世界選のあとでコフィディスと再度交渉のテーブルにつきたいと思うんだ」と笑顔を浮かべて話していたのが印象に残る。結局コフィディスとの交渉は成立せず、カルピンという噂もあったもののアンダルシアに決まった。今年をもって引退を決めているという。
==

この日は逃げのグループ中からペレスがひとり抜け出すことに成功。総合優勝にからむ選手たちはペレスをいかせ、後続は総合上位のサバイバルゲームとなった。

ペレスは単独ゴールを決め、後方では総合2位だったエフィムキンが優勝争いから一歩脱落。首位メンショフは変わらず、以下エヴァンス、サストレ、サンチェスと続いた。

サストレじゃないけど、今年のブエルタはもう決まってしまったようですね。
これだけ淡々と進むブエルタって珍しいような?

さて、今日の18ステージ。ブエルタではお馴染みのアビラがゴール地点でしたね。
アビラの城壁の外の芝生に、白い布で作ったと思しき大きな「CHABA」の文字。
レース中も、レース後も、何度もカメラがその文字を映しておりました。
J SPORTSの実況の谷口さんはロードレースのお仕事をなさってからは日が浅いので仕方がないとしても、栗村監督にはヒメネスについて何かコメントが欲しかった・・・と思うのは感傷的すぎるでしょうか。

栗村監督といえば、ツールド北海道はやはり特別な思いがあったようですね。レースアナのがらぱさんのBLOGを読んで、じーんとしてしまいました。(↓、ずずっとスクロールした「ジンギスカンの写真」の後の辺り)
がらぱさんのBLOGへ

今日の放送でも、自分の今後のことはミヤタの選手達の身の振り方を見届けてから、とおっしゃっていました

さて、ブエルタが終わるとすぐに世界選手権。流行りの言い方だと「世界自転車」?この「世界○○」、最初に聞いた時は世界選手権とは別の大会だとばかり思っていました。なんだか、軽い感じがして私は嫌いですね。

アビラはつまりヒメネスの女兄弟と結婚したサストレの故郷でもあり、マンセボも生まれはマドリッド近郊ながら、この土地を拠点にしていましたっけ。

栗村監督のくだりは、驚きました。そうだったんですか・・・思わず古田兼任監督の先日の涙の記者会見を思い出してしまいました。

(下の写真は世界選06のペレス)


ブエルタNews ====

シューマッハとベンナーティがブエルタを去ったという一報が入っている。シューマッハは世界選にのぞむためか?シュトゥットガルトは彼の地元だ。

● 2007.09.22 (Sat)  9月21日: ブエルタ第19ステージ アビラ 〜アルトデアバントス, 133km
■ 「レースがきつくなればなるほどボクには有利」:終盤ステージでサムエル・サンチェスが優勝・ポディウムに向かって猛追

今年4月の面会のとき、「レースがきつくなればなるほどボクには有利」と語っていたサムエル・サンチェス。最後の山岳ステージでエヴァンスを蹴り落とし、1分25秒の差をつけて優勝。エヴァンスは総合順位を3位に下げ、4位サムエルとの差はこれで9秒に縮まった。

サンチェスは、乳がんの末期でガン性髄膜炎を起こして43歳という若さでなくなった母に優勝を捧げるために頑張ってきた。長年もがき苦しんだ末に05年ブエルタでやっと初勝利をあけた。以来ようやく呪縛から解放された感がある。

夫と離婚して公務員をしながらサンチェスを育てた亡き母。組合活動に没頭し、夜は司法試験めざして勉強の日々。息子には幼少のころから自立できるようにと料理をさせた。(Ciclissimo No.6 P.113)確固たる目標をもって前進する母の姿は、サムエルの日々の哲学にも投影している。

勝つためになにをすべきか、というのが彼の日常生活の基軸になっている。

エウスカルテルは93年に結成され、地元ブエルタのレース初優勝は99年のこと。ライセカが区間優勝をした。そのときサンチェスは21歳。アマチュア選手でTVでこの快挙を見ていたという。ライセカはその後ブエルタで2勝し、合計3勝をあげた。

一方サンチェスは05年、06年と1勝ずつあげ、今季はこれで2勝目。ブエルタ合計4勝となり、ライセカの記録を上回った。名実ともにエウスカルテルの強固なリーダーとなった。

それにしてもこの日はエヴァンスが脱落するなど、最後の上りで予想以上に先頭グループがばらけた。ゴールはあの有名なアルト・デ・アバントスだから納得だが、超級ではなく1級だ。脚の疲れがそろそろ選手らに微妙に影響を与えてきたか。

ラスト1kmでメンショフ、サストレ、モレノ(レラックス)の4人の逃げを揺さぶって差をつけることに成功したサンチェス。モレノが必死に追うが、雨にぬれた狭い道を軽やかに疾走した。

ゴール直前後ろを振り返ってモレノの位置を確認。笑顔で両手をぐいと引き寄せてガッツポーズ。ポディウムでは満面の笑顔でウィンクをした。

メンショフは2位サストレとの差を3分以上に保ち、総合優勝は目前。

次は順位が動きうる最後の日程、個人TT。エヴァンスはTTが得意だからサンチェスがこの9秒を逆点するのは難しかろう。しかし第20ステージのTTはわずか20km。サンチェスが苦手とする長距離TTではない。全力でポディウムを目指して爆走することだろう。

● 2007.09.23 (Sun)  9月22日: ブエルタ第20ステージ ビヤルバ〜ビヤルバ 20km
■ 熾烈な3位争いはサンチェスに軍配。エヴァンスはまたもや僅差に泣く。サンチェスはハットトリック。ツール4位だったサストレは2位、ツール2位だったエヴァンスは4位

ツールを走ったエヴァンスと、夏以降のレースはブエルタ一筋に賭けてきたサンチェス。疲労度の差が出たといっていいかもしれない。

サンチェスがTTで優勝し、エヴァンスを逆転して総合3位に浮上。エウスカルテル創設以来初のブエルタ表彰台をつかんだ。(最終日が例のパレード走行であることを前提に。)

・サンチェスは今年1月の風洞トンネル実験でTTを改良し自信をつけたと言っていた
・さらにブエルタに賭けるためにツールはスキップで、普段の生活からトレーニングまで、すべてブエルタ勝利のために傾けるとも言っていた。

それでも驚いた。エヴァンスが3位から4位に転落するとは。サンチェスが悲願の表彰台を達成するとは。両者の累積タイム差は10秒差。エヴァンスはツールでもコンタドールと23秒差で総合優勝を逃した。

エヴァンスは疲れがたまっていたという。トップから19秒差の6位で決して悪くはなかったが、サンチェスの執念が上をいった。

7月下旬にチクリッシモNo.6の記事としてブエルタ優勝予想を書いた。優勝の可能性を5つの星でランク付けして、5つ星サンチェス、4つ星サストレ、出場がまだ決まっていなかったメンショフをその他の有力候補に入れた。
この時点でエヴァンスの出場はまったく予期していなかったので触れていない。結果的にサンチェスが3位に食い込んで、その意味では面目が保てたとは言えるし、彼は苦労人なのでそれはそれで嬉しいものの、ツールで優勝を逃したエヴァンスに花を持たせたかった気もあり思いはやや複雑。

そもそもエヴァンスは、今回のブエルタ、最初のTTが平凡な記録だったらスイスの自宅に戻る予定でいる、とマドリッドで取材している人から聞いていた。ところが、TTで思わずいい結果が出て表彰台が見えたため、最後まで走ることになった。こう考えるとブエルタの優勝予想は紙一重でちょっとリスキーだと個人的には思っている。

メンショフはTTでも2位に入り、優勝を確固たるものにした。まったく危なげなかった。サストレはサンチェスの追い上げでやや危なかったが総合2位確保。

エヴァンスとサストレはツール、ブエルタでそれぞれ2位、4位と4位、2位。2人とも安定感がある。さらに世界選メンバーだ。
2人とも随分疲れていることだろう。世界選は思うような走りができるだろうか。あるいは掴んだ手ごたえでがんばってくれるか。

メンショフは、とにかくよかった。ツールではあんな形でリタイヤとなったけれど、これで起死回生となった。

総合順位:
1 Denis Menchov (RAB) 78時間21秒40
2 Carlos Sastre (CSC) +3.31
3 Samuel Sánchez (EUS) +3.46
4 Cadel Evans (LOT) +3.56

● 2007.09.24 (Mon)  9月23日: ブエルタ第21ステージ リバスバリアマドリ 〜 マドリッド104.2km
■ 「プロトンの中で地位を築けば、スプリントはやりやすくなる」

最終日はベンナーティがマドリッドのスプリントでペタッキを下して優勝し、3週間の幕が閉じた。

ベンナーティは勝ちパターンを覚えたようだ。マキュウェンが自宅訪問のときに言っていた言葉を思い出す。

「プロトンの中で地位を築いて尊敬を勝ち得れば、コース取りの際に ラフなことをする選手が減り、やりやすくなる。自分の前に出て優勝を狙うより、2位狙いでもいいから自分のあとについてくる選手が増えてくる」

これと同じようなことをTモバイルのカヴェンディッシュが先日言っていて驚いた。ベンナーティもまた、そうなのかもしれない。

総合優勝のメンショフは、エラスの降格でブエルタ優勝経験はあるものの、マドリッドのポディウムのてっぺんは初めて。勝利の味をかみしめている様子だった。

さてさてこれから成田空港に向かいます。いつも夜便で、朝の出発は久しぶり。レース便りはしばらくお休み。別途ページで世界選中継なぞ予定しています。では次回はドイツから、ということで。

Photo: 05 TDRで総合3位だったメンショフ

2004年09月 10月 11月 
2005年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 
2006年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2007年01月 02月 03月 04月 05月 06月 08月 09月 

Go Back to mas ciclismo