mas ciclismo .... 第53回 ダンケルク4日間レース 2007(5月8-13日 PT フランス)

アムステルゴールド:レポートNo.1 / レポートNo.2 / レポートNo.3 / 小ネタNo.4 / 小ネタNo.5
フレッシュワロン:レポートNo.1 / レポートNo.2
L−B−L:レポートNo.1 / レポートNo.2 / レポートNo.3, 4 / レポートNo.5
ロマンディー:レポートNo.1 / レポートNo.2 / レポートNo.3 / レポートNo.4 / レポートNo.5
       レポートNo.6 / レポートNo.7
ダンケルク4日間:レポートNo.1


現地から生中継中 ダンケルク4日間レース 2007(第1ステージ 5月8日)9km ITT >>

■ 2人のブラッド明暗:ツールのプロローグでマイヨジョーヌを狙う英国人ウィギンスが優勝
〜 注目!ロンドンのプロローグとダンケルクのプロローグは似ているから、ツール初日優勝はウィギンスかも??

.
写真)優勝のブラッドリー・ウィギンス、2位のボネ、3位のジョリ、優勝の壇上ウィギンス=リーダージャージはイエローでなくピンク

レース開始10分前までどしゃぶりの雨。前半の選手は路面がびしょびしょで、ハンデがあったと思う。コースは一部海に沿って作られているため、毎年風が強いことで有名だが、今年は輪をかけてひどかったようだ。強風で沿道の柵が次々に倒れ、仕方なく柵を横倒しのまま並べておいた箇所もあるぐらい。

今日のローカル新聞には、「今日のレース初日プロローグ優勝候補はブラッドリー・ウィギンス」と出ていたので注目していた。結果は予想たがわずウィギンスが9Km のTTで10分39秒というタイムを叩き、圧倒的な速さで優勝。3位以下は11分台だった。

ウィギンスはアテネ五輪のパーシュートでマッギーを破り金メダルに輝いている。英国人なので、今年ツールに出場予定。レース後、コフィディスのドゥルイユ監督が壇上にあがって、おもしろい話を披露した

・ウィギンスは今年のツールロンドンのプロローグで是非勝ちたいと願っている、
・今回ダンケルクのプロローグがロンドンのプロローグに似ているので、前哨戦としてかなり気合を入れていた、
・先週自分はバカンスだったのに彼は自分の電話を入れてきて、今回のプロローグコースに関して質問してきたぐらいここで勝つことを念頭に入れていた、
・今日優勝できたので、これでツールのロンドンプロローグで優勝し、初日イエロージャージに輝く可能性が増したと思う、
・ただし、現実的に今回ダンケルクのレースで彼がリーダージャージをずっと死守するのは難しいだろう
.

.
ブラッドリー・マッギー ウォームアップ中写真2枚、スタート地点に向かうところ、レース中

同じブラッドリーでも、こっちのブラッドリー・マッギーは惨憺たる結果だった。一部では彼を優勝候補にあげる往年の選手もいたのだが、結果は予想外の141位。背中から腰にかけての痛みでアムステル、フレッシュ、ロマンディという予定レースを3つ全てキャンセルしたマッギー。まだ本調子じゃない

彼の出走順位はFDJで一番最初。つまり路面は濡れていた。とはいえ、前の選手がゴールしてから、なかなか来なかったし、次の選手に抜かされそうになったほどだった。これでは結果(順位)はかなり悪いだろうな、とこの時点で思った。
.

.
わけあって?ロジャー・ハモンド。ウォームアップ3枚+レース中

ウォームアップの最中、ファンサービスが一番よかったのがハモンドかもしれない。話しかけるお姉さんの相手をしたり、サインにも応じ(最初の写真)、あげくの果てにはTモバイルのキャップをほしがっていた女性に1つ自分のを渡していた結果は47位。
.

.
エリック・ツァベルはやはり人気。ウォームアップ2枚、レース中、ゴール地点
111位でフィニッシュ。「彼はザベルだろ?ほかの選手走らないけど、この彼だけは知っている」などと交通整理をしていたおじさんが話しかけてきた
.
.
今回の大会は、セドリック・ヴァサーのためのレース!

写真:ヴァサーがモデルになっている大会ポスター、ヴァサー、アスタナに実はフランス人がいたマゼ、音楽を聴きながらデコールト

実はヴァサーはダンケルクがあるノールパドカレ地域出身。今回日曜日のスタート地点が彼の故郷で、プロ選手だった父親が経営する自転車店の前をとおる予定だ。

主催者の人の話によると、このそこそこ広い地域でプロ選手はヴァサーしかいないのでこの大会でヴァサーの注目度はかなり高い。彼の父はこのレースで勝ったことがある。
セドリックは今年で彼は引退を視野に入れているので、その前に地元で優勝を狙っている。とくに故郷スタートの日曜日には、かなり気合が入っている、とのこと

地元ということで、クイックステップのバスには人々が群がり、彼が走ったTTは大声援となった。初日結果10位と健闘。

ちなみに昨日TGVに乗ろうとしたら、パリの駅でアスタナの服をきている人を見かけた。メカニックだろうと思い声をかけた。「ダンケルクに行くんでしょ?明日のレース楽しみにしてますよ。」とかなんとか

で、今日、メカニックのハビエルに、「昨日パリで会ったよね?」と言ったら、「ボクは昨日ヌシャテルに滞在したから、それってボクじゃなくて、ボクに似た選手だと思うよ」とのこと

で、彼に似た選手というのが誰なのか教えてもらったところ、スラドコフだという。スラドコフをレースのあとに見てみたら、確かに前日パリの駅にいた人に似ていた。あのときは英語で話しかけたので、相手も英語で話していたけど、確かにロシア語訛り、といえばそうだったかも。
.

.
マッギー出走、ベイデン・クックはフランスのレースなのでキャニオンのジャージで、クリストフ・ブラント、レース前にラルカンシェルの選手によるデモンストレーションがあった。コフィディスのトラック選手かな。周囲の人に確認したけどわからなかった。帰国したら調べることに

ところでブランドだけど、「日本人の知人がファンなので、彼のために写真を一枚お願いします」というと、「ああ、その彼なら知ってるよ」という返事。もりたくさんってそんなに有名だったのかな?私より前に、多分「日本人の男性ファンがいるので写真・サインをお願いします」みたいに彼に注文した人がいるのではないだろうか?

■ レース初日。朝のダイニングテーブルにはバッソ告白の記事

イタリア五輪委員会の調査でバッソに再度追求の手が伸びたあと、彼とスペイン人弁護士が会見したという話が出ていたけど、今後の対応について相談したのだろう。 今回彼は、ドーピングを告白したわりには、イメージダウンが最低限のような感がある。勝ったレースでは薬物はやっていない、といったことも話している。(9日の報道では、血液を採取はしたが、薬物は試したことがない、とも言っている)

今回のバッソのような対応の仕方は、今後ひとつの手本(というのもヘンな言い方だけど) になるかもしれない。今まではとにかく否定するというのが流れだった。でもDNA鑑定などと言い出し科学という相手とたちまわらなければならなくなった。

■ ダンケルク4日間レース紹介

ダンケルク4日間レース、第一回開催は1955年。もともとの名前は「グランプリ・ド・ダンケルク-トロフェプリムローズ」だった。それがダンケルク4日間レースに名称変更。当初確かに4日間で競ったこともあるが、4日間というより、通常は5日や6日間の開催となっている。開催期間に余り固執していないようだ。今年は6日間、去年は5日間だった。去年の最終日は故イサーク・ガルベスが優勝している

例年同様ジロと開催日が一部ダブる。本大会は7日まで、ジロは6日から。 2006年時点で、ベルギー人の優勝が22回、フランス人20回、オランダ人が4回。昨年はペティートが優勝し、イタリア人初優勝を飾った。去年はTT以外は3日間が平坦ステージ、1日が山岳コースだった。

05年から01年までの優勝は、フェドリゴ、シルヴァン・シャヴァネル、モロー、シルヴァン・シャヴァネル、ルース。98年にはヴィノクロフも優勝している。 公式サイト


Homeへ
観戦頁へ

go to page top
copyright@mas.ciclismo