.... ツールドフランス 2003 生中継 * − フォト&コメント ツール・ド・フランス 7月20日(日) 第14ステージ : サン・ジロン − ルーデンヴィエル 191.5キロ 山岳ステージ (仏時間 2003.7/20 夜 input)
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* 今日のリザルト:
シモーニが区間優勝し、デュフォー、ヴィランク、ペロン(CSC)が同タイム。10秒遅れでBLBのベネト、43秒遅れでヴィノクロフ、マヨ、1分21秒遅れでアームストロング、ウルリッヒ、バッソ、スベルディアらが続いた。
結果、目下総合首位はアームストロング、15秒遅れでウルリッヒ、18秒遅れでヴィノクロフ。「アームストロングは、マイヨージョーヌを守ることが精一杯だ」、と囁かれている。
本日のお品書き:
1.本日のレースシモーニが、スプリントで区間優勝 (Jump)
2.本日のレース リック・ブルブルッハが丁度目の前でリタイヤ(Jump)
3.現地もぎたてニュース & 本日の選手ウォッチング(Jump)
4.My Tour :ヴィランクで山は埋まった
5.次のステージ概要 (Jump)
1.本日のレース:シモーニが、スプリントで区間優勝
今回は拡大なしです。
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(場所は4番目の峠、モンテの峠にて。写真は左から:1.トップグループ。ベルトランとヴィランクが見える。2.やはりトップグループにシモーニ。3.アームストロング、ウルリッヒ、ヴィノクロフ、ルース、ヤクシェ、バッソがいる2番手グループ。この時点では、まだヴィノクロフは飛び出していない。) この日は6つの峠を越える。前半飛び出したグループには、ボチャロフ(AG2)、シモーニ、ヴィランク、デュフォー、ベルトラン、ベッティーニ(QSD)らがいた。ベルトランを前に行かせたのは、アームストロングの調子が悪いせいなのか?と憶測を呼んだ。 アームストロング、ウルリッヒ、ヴィノクロフらの強豪は、2番手グループに収まっている。一方で、ミラーが大幅に後退。上記写真は4番目のモンテ峠にて。ビアンキが前に出て引いている。 5番目のポーティヨン峠に来て、デュフォーが飛び出し、シモーニ、ヴィランクノらが一緒に抜け出した。シモーニは飛び出す機会をうかがっていたものの、最終的にはヴィランクたちと協力してゴール勝負に賭ける作戦に転じたらしい。 一方で、ヴィノクロフ、モロー、マヨが後方のアームストロングらの集団から抜け出した。丁度、前をいくヴィランク、シモーニ、デュフォーらの逃げグループとアームストロングらのグループの間に、ブリッジになる形で逃げを決めた。 逆にトップグループにいたベルトランは、ブリュイネール監督の指示で、アームストロングを引くために集団に戻る。 最後のペルソードの峠を越え、ラストのフラットコースで、ヴィランク、シモーニ、デュフォーの短いゴールスプリントとなった。ヴィランクが勝つかと思われたが、コースを左に寄ったところでシモーニがするりと抜けてゴール。 ヴィランクは、直後のインタビューで、「デュフォーに勝って欲しかった」と述べた。その後、ヴィノクロフ、マヨが続き、バッソ、ウルリッヒ、アームストロング、スベルディアらがシモーニより1分21秒後にゴール。 結果、総合順位はアームストロング、ウルリッヒ、ヴィノクロフと変わらないものの、ヴィノクロフが猛追し、ウルリッヒがアームストロングに15秒遅れ、ヴィノクロフは僅か18秒遅れとなった。 シモーニは、先日インタビューで、なんとか最後まで戦いたい、と述べており、総合を狙える位置でなく、モラルが落ちがちだが、頑張る、と決意を述べていたばかり。それだけに、ゴールの瞬間の嬉しそうな顔! |
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2.本日のレースその2 : リック・ブルブルッハ、丁度目の前でリタイヤ
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4番目の峠、モンテの峠の登りの開始直後、デイヴィッド・ミラーが集団から完全にドロップアウトして通過した。ほとんどの選手が通過したので、帰る人が出始めたが、オフィシャルカーが「あと2名、選手が残っています。レースは終わっていません」とスピーカーで流しながら通った 。その暫く後、ロットのリック・ブルブラハが前方からやってきた。来る、来る、声援を、、と思いきや、目の前にあった柵に捕まって地に足をついてしまった。サポートカーがくる。彼は首を振って、リタイヤを告げた。 モンテの峠はまだ始まったばかり。これから3キロが本番という場面だったから、3番目のアスペの峠を登りきったところで、彼はもう終わっていたと思われる。 結局、スピーカーが言っていた「残り2人の選手」のうちブルブラハが棄権となり、もうひとりも結局現われなかったので、その前にリタイヤとなった模様。この日の山岳ステージで、何人かがふるいにかけられた。 |
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| ジャジャ | 午後8時のニュースで。アナウンサーが、昨日優勝したサストレにフランス語でインタビューしようとしたら、サストレが「英語かスペイン語でお願いします。」と言った。 アナウンサー:「ああ、問題ないよ。ここにジャジャがいるから、ジャジャ、通訳してくれるよね。」オンセに長年いて、スペイン語ができるジャジャ。もうなんでも屋さんで、インタビュー、解説、通訳となんでもやらされる。 |
| モンカッサン | 今年もツールーズのスタート地点で見かけた。サングラスをかけて、にこやかにファンの声援にこたえる。頬がこけて、やや痩せた印象。地元出身なので、TVコメンテーターとしても出場。 |
| アームストロング | 4番目の峠でプロトンの中にいるのを見たが、プロトンの中で、「楽勝」という表情ではなかった。 ベロキが落車した後に、「あのアルプスの山岳では、アームストロングよりも自分の方が力が残っていただけにリタイヤとなって残念だ。」と言っていたが、確かにアームストロングは山岳でめいっぱいの様子が見うけられる。ベロキがいれば、ウルリッヒ、ヴィノと4つ巴でおもしろかったろう。 ピレネーはツールーズよりは5度ぐらい気温が低く、最高気温もせいぜい30度。山の上だと20度の半ばぐらいで、今までの3日の中では、一番過ごしやすかった。酷暑も一段落の今日、もう少し元気のいいアームストロングが見られると思ったが、どうしたのだろう?寒さ、雨に強い彼だが、前半、酷暑にやられたような印象がある。 |
| ヴィランクとデュフォー | フェスティナ時代、一緒にパーソナルキャンプをはったぐらい仲良しで、今もレース後の会場で肩を抱き合って、互いの健闘を称えていた。 |
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本日は、6つある峠のうち4つ目のモンテ峠で見た。9:45に出発。現地に11時に到着。4キロ歩いてモンテの登りが始まって1キロぐらいのところを確保。 山ではヴィランクの応援が圧倒的。ジャジャがいなくなったら、やはりこの人しかいない。ヴィランクがいなくなったら、代わりのヒーローはモローだろうか?14:45に帰路につき、4キロ戻って、車を置いた場所に戻る。帰りは渋滞ゼロ。宿についたのは17:00。地味な観戦場所を選んだおかげだ。 ヴィランクの応援以外に目立ったのはバスクの応援団。路面にはMayoという文字と、オレンジとバスクの旗も多かった。 |
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ところで、本日のコルダスペ(アスペ峠)に注目。95年、カザルテッリがここの下りで命を落とした。その後、この場所に墓碑が建てられ、そしてツール97で、プロトンはこの場所で一旦止まってカザルテッリの冥福を祈った。そこへ現れたのが、病を克服した直後のアームストロング。彼は観客としてやってきたのだった。
そして、2001年ツール、同様にこの前を通過したアームストロング。彼はカザルテッリの死後、何度もトレーニングでこの墓碑の前は通過していたが、なんとレースで通るのは初めてだった。そして、選手としてここを通過した彼は、その年見事区間優勝した。
* 次のステージのコース概要: ここから80キロほどは平坦が続き、中盤以降が勝負となり、最後はリュズ・アルディダンの山頂ゴールとなる。ベロキは、このステージが一番きつそうだと語った。最後の山岳の大舞台、しかも険しい山頂ゴールだ。
(プロファイル-コース断面図-表示)
第15ステージ、いよいよHC(Hors Classe = カテゴリー超級)のツールマレの峠が登場。標高2114mつまり、登りの距離が長く険しい難所となる。(7.4% x 17.1キロ)スタート地点のバニエール・ド・ビゴールは名高い温泉療養地。
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