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.... ツール・ド・フランス 2006 .....................
ツール・ド・フランス現地レポートも今年で7年目。フランスから生中継中。copyright : mas.ciclismo (2006 - )
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30 juin, 2006 その1 : ツール開始前日....
Tモバイルのウルリッヒ、セビーヤ、ペフェナヘ監督は即刻解雇。現地は大騒動。しかい無関係なチームは平穏そのもの。このコントラストは一体?
==> アスタナの出場はなしに
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 関与者リストが出回る |
 バッソ不出場に まだ踏み切れないリース |
 記者会見は説明も短くあっさり終わる 場内騒然 |
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10:15プレスルームでは、イノーが取り囲まれていた。「一体何人ですか?」という質問が飛び交う。オペラシオンプエルトで捜査対象となった選手の名前が正式に公表されたらしいが人数がわからなかった。ツール出場できない選手が何人なのかという質問。イノーは「わからない、これから会議をする」とコメント。(写真1)ウルリッヒ、セビーヤ、ペフェナヘ監督が関与していたことが判明し、即刻解雇になったことだけは確かだった。
---- 11時。スイスツアーの時に紹介したルクセンブルクのプレス協会会長登場。「スペインの同僚から、今回名前が明らかになった選手の名前を聞いた」ということで、メモを差し出す。(写真2)バッソ、ウルリッヒ、マンセボの名前も。
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12:10。監督会議から、リースが出てきた(写真3)リース監督に質問していたデンマークのTVに、リース監督のコメントを訳してもらったところ、リースは、バッソの解雇については、「チームに戻ってみんなでこれから協議する」と述べていた。
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13:00 記者会見。「オペラシオンプエルトの正式書類がスペイン当局からTモバイルの手元に渡り、チームは即刻、ウルリッヒ、セビーヤ、ペフェナヘ監督のクロが事実と判断。チームは彼らを即刻解雇した。」。
「一方、バッソ、マンセボの名前も出たが、チームはすぐには解雇を決めず。監督会議のあと、チームで決断する」、とのこと。「アスタナについては、少々複雑。選手名が多かったことから、ASOとしては組織ぐるみの犯罪であると判断する」と述べた。
記者会見はそれで終わってしまった。会場から、「一体何人なんだ!」と大声で粘って質問する記者。しかし無視された。野次が飛んだ。「全員だろTous!」
記者会見のあと壇上は大混乱。(写真4)ルブランの個別インタビューに張り付いてみたところ、「ウルリッヒらを即刻出場させないことに決めたTモバイルの決断はすばらしかった」と称えていた。 その後、バッソ、マンセボのレース不出場が正式に決定。
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しかし!無関係なチームは静かそのもの。うちのホテルでは、ミルラムが青空記者会見。ミルラムのミルクドリンクを配布して、なごやかな雰囲気。ミルラムドリンクや、食事が豪華にふるまわれる。しかし、集まった記者はドイツZDFなど2社のTVとProcyclingのカメラマン、フリーのカメラマンが2人だけ。(写真5、6)
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リクイガスの中野さんに話を聞いた(写真7、背中)。「うちのチームは静かだけど、監督からは"とにかく結果を出さなくてもいい。勝たなくてもい"というコメントが出た。つまり、"クスリはやるな"ということなんだ」
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また、ディスカバリーの選手たちも、騒動とは別世界の落ち着きぶり。エキモフもほがらかそのもの。(写真8)。トリキがスイスツアーの際に、ジャパンカップ来日を画策していると言っていたが、アセベドにそのことを聞いたところ、「知らない」との返事。 |
30 juin, 2006 その2 : ツール開始前日....
ツールから追放処分で4人になってしまったアスタナ。ASOはチームの自主撤退を希望。しかし午後4時、ヴィノクロフとカシェチキンはトレーニングに出た。ツールに出るという決意のもと。ところが夜になってアスタナの出場はなしに。。。

前日のチームプレゼンの写真のうち、左のヴィノ、隣のバレド、右から4番目のカシェチキン、一番右のサンチェスだけになった。そして遂に誰もいなくなった。。
昼間、UCIからコミュニケが出た。パウリーニョ、ノサル、デイヴィス、コンタドール、ベロキ、マンセボ、バッソ、ウルリッヒ、セビーヤを今回のツールからはずす、と発表。
ASOはアスタナの自主撤退を希望していたが、アスタナは残り4人(ヴィノクロフ、カシェチキン、バレド、サンチェス)だけでも走る、という意思を貫いていた。
それが証拠に、午後4時、カシェチキンとヴィノクロフは車の先導をつけて、トレーニングにでかけていった。
カザフ政府の支援をもらっているからには簡単に撤退はしない、そんな鼻息の荒さが聞こえるぐらい、その時のヴィノは戦闘的な顔つきだった。
ところがこれが急転直下。
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写真1は午後6時にプレスルームを出た時に配布された出走リスト。この時点では、Tモバイル。AG2R、CSCは退場者抜きの最新リストになっていた。しかしアスタナだけは、「ペンディング(据え置き、ウェイティング)」となっていた。
ホテルに戻ってから、夕食後にミルラムの選手らがロビーに集まった。明日の情報などが配布された。リストが更新されていた。アスタナの名前が消えていた。。。チームが、正式にツール辞退の声明を出したのだった。
かくして、アスタナチーム全員は戦わずしてツールから散っていくことになった。
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● 無関係なチームは、今回の出来事をまるで気に掛けていないかのように、別世界。ワールドカップ観戦で盛り上がる
 ランプレのクーネゴ、バッラン、 ブルセギンは満面の笑顔 |
 ディスカバリーは 記念撮影 |
 ミルラムは牛を前に |
 夜9時、宿のロビーでサッカー観戦 明日はツール初日だぞ |
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今回のこの騒動、一番面食らうのは、関与したチームとしていないチームの明暗。そして、その温度差のみごとなまでの違い。無関係チームは、今回なにも起こっていなかったかのようだ。もちろん、その実、相当な衝撃を受けているはずだが、プレスルームのあの混乱からひとたび一歩外の世界に出ると、全く別世界がそこに広がっている。
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ランプレも、みんな笑顔・笑顔でリラックスムード一色。(写真1)
イタリアチャンピオン(TT)のお祝いを述べ、9頭のロバが元気かどうか聞くと、マウリツィオ・ブルセギンは、「ありがとう。でもロバは9頭じゃなくて、15頭だよ。今はほかの人が世話しているけど、帰宅したら、僕がしっかり面倒をみるんだ」と笑顔。
こののんびりしたロバの会話の後方では、TVカメラが密室会議の周りを取り囲み、すごい騒ぎになっていた。
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ホテルの庭ではディスカバリーのスタッフがホイールのCM撮影(写真2)
ミルラムは、牛乳会社らしく、牛のオブジェを庭に設置。スタッフが写真撮影していた。(写真3)
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夜9時、ホテル1Fのバーではイタリア選手らがサッカー観戦をしていた。昼間のドイツの試合も選手がバーのTVの前に集まったが、夜9時からのイタリアvsウクライナ戦には、CAのリーダーのカウッキョーリ以外イタリア人選手がみんないる。(写真4) ファビオ・サッキは興奮しまくり。イタリアが1点入れた時は、階下からすごい歓声が聞こえた。ミルラムのウクライナ人グリフコフは片隅で、距離を置いて見ている。 写真左ではアルジェーリ監督が、明日のプロローグの出走順位確認に余念がない。でも、歓声のたびにTV画面を恨めしそうに眺めていた。
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今日はASOのルブランの後継者プルドムが忙しそうにしていた。あちこちでマスコミから質問が飛ぶ。中には、「なんでツールの前日にこんな騒動になるのですか?」という質問も。それについては、「我々は日にちを選ぶことはきなかった」と述べた。
しかし、「今回のことは前向きにとらえている。ブラックデイ(ジョルネノワール)ではなく、最初の一歩(プロミエピエ)だと思う」と。
6時の時点でアスタナのツール出場は撤回になっていなかった。そのため、「国際調停裁判所の決定を不服に思う。彼らはもう少しだけ待って、慎重に確認すべきだった。非常に遺憾だ。」
さらに「ドーピングなしでもレースはスペクタクルになる」と断言した。
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