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.... ツール・ド・フランス 2006 No.1 .....................
ツール・ド・フランス現地レポートも今年で7年目。フランスから生中継中。copyright : mas.ciclismo (2003 - )
ツール・ド・フランス7月 7日分レポートからは、別ページ"レポートNo.2"にてレポート展開中 jump
ツール・ド・フランス7月17日分レポートからは、別ページ"レポートNo.3"にてレポート展開中 jump
6 juillet, 2006 : ツール・ド・フランス第5ステージ(ボーヴェ 〜 カーン).... フレイレがすばしこくスプリントをゲット
* 区間優勝前にフレイレの単独ショート・インタビューゲット:"優勝は難しい"。生声録音音声をアップ中
フレイレがスタートする前にマイクを向けて短い質問を試みた。噂どおり ほがらかそのもの。彼の笑い声の入った録音テープを公開中。
 昨日のフレイレ) |
 フレイレがスタート(ラボバンクの左側の選手。)数時間後に優勝 |
 フレイレ表彰台 |
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フレイレ生声インタビューを聞く(ここをクリック)(但し、当方の笑い声がかなり入っているので、先にお断り・お詫びしておきます)
フレイレのコメント録音分の内容:
フレイレ:「ツールで区間優勝できたら素晴らしいし、チャンスがあれば狙いたい。ただ、区間優勝はいつも難しい。レースをコントロールするのがとても難しいから」
当方質問:「スプリンターにとって一番重要なことは?筋肉・頭脳・速さ、、、」
フレイレ:「全てだね。特に集中しないとだめだ。ゴール地点はいつも危険だから。そして、ゴール地点のことをよく知ること」
当方質問:「レースではスプリンターですが、車を運転する時はスプリンターじゃないと聞きましたが」
フレイレ:「なんだって?!(笑い)」
当方:「つまり、車ではスピードを出すのは好きじゃないと」
フレイレ:「えー、そんなこともないけど。でも確かに僕は"自転車で"スピードを出すのが好きかな(笑い)」
ちなみに、上記インタビューで、「ゴール地点のことをよく知ることがスプリンターにとって大事だ」と語っているが、フレイレはそういう意味で研究熱心だ。99年、ヴェローナの世界選手権で初優勝した時、彼はインターネットでヴェローナの地形を研究した。似た地形の場所を近所で探して、兄と一緒にレース前、シミュレーションをしながらトレーニングしたのだった。
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プロトンが出発した。先頭はボーネンとマキュウェン。
今日の行程:
選手たちがスタートしたあと、選手と同じコースを走ることを許されている車両もあるが、我々の車両は同一コースは走れない。毎日どうしているかというと、スタートのあと、コースに平行した高速を使ってゴールに先回りする。
我々が取ったコースは、コースから南下して、パリ郊外の高速を使用するもの。オワーズにあるゴッホの家や、ジヴェルニー(ヴェルノン近郊)のモネの家のそばを通過した。
ただ、途中高速道路を走行中、のすごい雨になった。プロトンも雨に見舞われたが、我々の通ったコースは集中豪雨の地点だったらしく、視界が全くきかなくなった。路肩に車を止めている人もいたほど。
リクイガスの中野さんのバスは、パリ近郊の混雑を避けて、北側からゴール地点を目指したそうだ。そのため、少し到着に時間はかかったものの、全く雨に降られなかったという。雨の地域が限られていたということだ。どのコースを通ってレースを追うか、コース上を走れない車両はあれこれ工夫する。
レース:
今日の敢闘賞はAG2のデュムラン。ミルラムのシュレーダーとともに逃げた。しかし、スプリンターを擁するプロトンに最終的には潰された。ゴールスプリントはボーネンがいい位置取りをしたかと思ったが、右側からフレイレ独特のスルリと抜けるスプリントが爆発。"難しい"と言っていたツールでの区間優勝を実現した。
マキュウェンもフレイレの後ろからひたひたときたが、フレイレのタイミングが絶妙だった。
イエロージャージはボーネンが守った。しかし、区間優勝を喉から手が出るほどほしいことだろう。
5 juillet, 2006 : 第4ステージ(ユイ 〜 サンカンタン 207km).... マキュウェンがダブル
● 昨日のW杯でイタリアに負けたドイツ。ツァベルの腕にはイタリア国旗
● D・ミラー生ボイス:「レースは久しぶりなので、まずは集団の中で走ることに慣れないと」
マキュエンがスプリントを制し、2勝目をあげた。ゴール付近には特等席の観客たち。大きな声援を送った。
 ツァベルとマールテンス ツァベルの腕にはイタリア国旗 |
 すっきりした表情ミラー |
 アールツファミリー |
 ゴール付近のカメラマンたち |
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写真1)ツァベルとベルギーのヒーロー フレディ・マールテンスががっちり握手。腕にはイタリア国旗
昨日のサッカーW杯ではドイツはイタリアに負けた。しかし、なぜかツァベルの腕にはイタリア国旗マークが。ミルラムは、ドイツとイタリアの混成チーム。相手の健闘を称えて国旗マークをつけているのか。あるいは、こうなったらイタリアに優勝してほしい、というエールかもしれない。ドイツのTV局ZDFの記者に、ツァベルの腕の国旗の意味を聞いたが、「今日はまだツァベルを見ていないからわからない。でも、ライバルの国旗をつけているというのは嫌だなぁ」と。
写真2)ミラー:こんな集団で走るのは久しぶり:
初日プロローグは17位でフィニッシュしたミラー。先日スタート前の随意共同インタビューに(勝手に)ジョインした
ミラー「初日のプロローグでは、走り始めた瞬間、ああ、これでは優勝できないと悟った。でも、今は終わってすっきりしている。現実的に考えて、僕の今の目標は区間優勝だけだ。どこかのステージで1勝をあげたい。
プロトンで走るのはすごく久しぶりになる。あんなに多い人数の中で走るというのは、ちょっとこわいね。まず、暫くは慣れることから始めないと。」
ちなみに、彼の優勝予想はバルベルデだった。理由は、「総合力が一番あるから。」しかしそのバルベルデは、昨日落車の犠牲でツールを去った。ウルリッヒ、バッソ、ヴィノクロフ、バルベルデのいないツール。クーネゴがどこまで初ツールで奮闘できるか期待したい。
写真3)地元ベルギーのマリオ・アールツ(ロット)は妻と子供がきていた。スタート前、何度も何度もキスをして。
写真4)ゴール付近のカメラマンたち:
カメラマンで登録されている人たちはコースの中で写真が撮れるが、ゴールの先の片側の定位置に陣取らないといけない。目の前に警官がきたりすると、「どいてくれー」とブーイングが飛ぶ。
本日のレース:
ブイグのルフェーブル、FDJのマンジャン、ディスカバリーのマルティネス、COFのウィギンズ、AG2Rのクトゥリが逃げを展開するも、今日は最後まで逃げは決まらず。ゴールスプリントで決着がついた。優勝は再びマキュウェン。レース前、レキップのカメラマンたちが今日の優勝予想をしていたが、やはりマキュウェンの名前をあげていた。
ボーネンはイエロージャージを着用したものの、狙いはステージ優勝。「目標の区間優勝をせずにイエロージャージを着て、少し気分は複雑。」としながらも、「イエロージャージを獲得するために前に出た走りができたことには満足している」、と語った。(レキップ紙より)
ところで、昨日バルベルデとともに落車したFDJのジルベールは、左側の腕と足を負傷していたスタート地点についた。(写真)バルベルデと明暗がついた。
FDJは、そのほかカザールが昨日ヒザに大きなケガを負い、ヴォーグルナールがホワイトジャージを喪失。ちょっとついていない。
各チームは、レキップ紙に近況を伝えるコミュニケを出しているが、ディスカバリーのみはコミュニケなし。「ディスカバリーは、レキップ紙に対し選手の様子を伝えるコミュニケを発表する気がない」と恨めしく書かれている。レキップ紙はランスを目の仇にした記事ばかり出している。ディスカバリーの報復といったところか?
ちなみに、レキップ紙のカメラマンのジャン・フランソワに、「レキップ紙は全員がアンチ・ランスなのか?」と聞いてみた。彼いわく、「僕はアンチ・ランスじゃないよ」と一言。「でも、社内でランスは余り好かれていないことは確か」と。
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4 juillet, 2006 : 第3ステージ(エッシュスルアルゼット 〜 ファルケンベルク 216.5km).... 優勝は2日連続で逃げたケスラー、鎖骨骨折でバルベルデがツールを去る

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この日マイヨ・ブラン(アンダー25新人賞ジャージ)を獲得したマルクス・フォーテンの表彰台パフォーマンス4コマ連写
ドーフィネでリーダージャージを着たゲロルシュタイナーのヴェークマンもそうだったが、若くてイケイケの選手がビッグタイトルを獲ったときの表情はすごくいい。見ている方も、嬉しくなる。
ところで、今日はルクセンブルクスタートで、途中ベルギーを通ってオランダへ。車窓の景観がおもしろいぐらい変化していく。突然地上レベルぐらいの低いところに水をたたえた運河が登場し、土地が真平らになってきた。あー、オランダに入ったのだ!と実感する。
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 スタート前 |
 ケスラー、スタート前 |
 ケスラーはマキュエンと握手 |
 リーダーを待ったケスデパーニュは遅れて |
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● 逃げが決まって優勝したTモバイルのケスラーは、ゴール後マキュエンと握手
昨日ゴール手前で逃げて、惜しくも吸収されたケスラー。スタート前には昨日の活躍のおかげで注目を浴びていた。でもまさか、今日も思い切りのいい逃げを展開するとは。。
今日の展開:ピノー、アリエタ、ローラン、フォイクト、エチェバリアが逃げを決めた。ゴールが迫るにつれ、大方のメンバーが吸収されたが、AG2Rのアリエタが最後まで粘りを見せる。
しかし、健闘むなしくゴール手前で吸収。代わって逃げを決めたのはケスラーだった、ぎりぎりでプロトンの猛追をかわして優勝。
追っ手をかわしてケスラーが優勝した瞬間、ゴール際で、今までに聞いたことのないような喚起の叫びが聞こえた。ゴール際で待っていたチーム関係者と、ファンの声が混ざり合ったようだった。
チームの嫌な雰囲気をなんとかしようとするケスラーのこの果敢な姿には、敵味方なく脱帽だ。 レース後、マキュエンとすれ違ったケスラーに、マキュエンが手を差し伸べ、握手した。なんともすがすがしい光景だった。 イエロージャージはボーネンの手に
一方、大半の選手がゴールしたあと、遅れてゴールしたグループがあった。ケスデパーニュのアシストたちだ(4番目の写真)。バルベルデがラスト20kmで落車したため、リーダーを待ったため遅れのだろう。左からポータル、ブラール(フランスチャンプ)、ガルベス。
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 落車直後 |
 救急車で |
 病院から出る |
 鎖骨骨折 |
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バルベルデ、無念のリタイヤ
ラスト20kmで落車が発生。集団の中で発生したが、落車に巻き込まれたのは数人だけ。その時自分は、ゴール地点のプレススペースのTVを見ていた。「あ、バルベルデが巻き込まれた!」誰かが真っ先に叫んだ。抑えている部位から、鎖骨骨折らしかった。肉体的・精神的苦痛で顔をゆがめるバルベルデ。彼のツールが終わった。
夜のTV放送では「右鎖骨骨折で明日手術」と述べていた。
昨夜はCSC、ディスカバリ
ー、ケスデパーニュ、アグリテュベルと宿が一緒だった。ディスカバリーとケスデパーニュは隣り合わせの会議室で夕食をとっていた。食事後そのまま両チームの選手たちは、そのまま廊下にの床座って歓談を始めた。バルベルデはチェチュとなごやかに話していた。
前夜同じ宿にいて間近にみた選手が再びケガに見舞われた。幸い、今夜この宿にはチームは一切いない。明日こそ平和な1日でありますよう。
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 ムセーウはクイックのスタッフとして |
 マルテンス&ピノー |
写真1)スタート地点にムセーウの姿。 今日のレースは途中地元ベルギーを通過。自転車には乗っていますか?との問いに、「アンプティプ(少しだけ)」と答えた。
写真2)同じくベルギー人のフレディ・マルテンスが表彰台に登場。赤玉のシャツを着て、山岳ジャージのジェローム・ピノーを祝福。
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3 juillet, 2006 : 第2ステージ(オベルネ〜エッシュスルアルゼット 228.5km).... ゴール際の攻防はマキュエンがどんでん返し
● ヒュースホーウト笑顔で登場。新聞記事を確認
● 応援グッズの規則はこう変わる
● ディルーカがリタイヤ決意
● チェチュ:「日本に行くように画策中」
 レキップ紙で自分の記事を確認 |
 インタビューは最低限に |
 リクイガスの前に人垣 |
 ディルーカがリタイヤ表明 |
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● ヒュースホーウト笑顔で登場。新聞記事を確認
昨日ゴール間際でケガを追ったヒュースホーウト。ヴィラージュに置いてあったレキップ紙で昨日の記事をぱらっと確認。ルジェ監督が彼に気を使い、笑顔で彼の肩を叩いてリラックスさせていた。少しナーバスだったヒュースホーウトの表情も、これで一気に緩んだ。
ルジェ監督は、記者のインタビューにこう答えていた;「昨夜ヒュースホーウトはぐっすり眠ったので、問題は一切ない」
ヒュースホーウトに対する取材は最低限にしてほしい、とチームからリクエストがあり、記者たちも遠慮気味に最低限の質問をしていた。「今後のレースにケガの影響はあるでしょうか?」という問いには、「ないと言ったら嘘になる。ゴールスプリントは100%の力を出さないと勝てない。それができなくなるのは必至だ」。
彼はクレディリヨネの車に先導されて、最後の方にスタート地点に向かっていった。
● 応援グッズの規則はこう変わる
昨日のアクシデントを受けて、応援グッズのビッグ・ハンドの扱いが以下のように変わることになった。
ー 2002年、ビッグ・ハンドがゴールスプリント中のマキュウェンの肩に当たり、ビッグ・ハンドの取り扱いに抗議したという経緯がある。
ー そこで、今回ツール主催者は、ビッグ・ハンドの取り扱いをさらに厳しくした。しかし配布を全面禁止にはしない。
ー 従来は、ラスト400m以内でビッグ・ハンドの配布を禁止していたが、今回のファンはラスト150mであれを振り回していた。
ー そこで、今後はラスト2km以内でビッグ・ハンド配布を禁止する。
● ディルーカがリタイヤ決意
リクイガスのスタッフ2人が取材陣に囲まれていた。選手や監督以外のチームスタッフを囲むのは珍しい。近づいてみた。すると、スタッフのようなウエアを着ていたのはディルーカだった。つまり、ジャージを着ていない。隣には、広報担当がいた。リタイヤするのだと悟った。 その後判明したのは;
ツールの前から膀胱炎で抗生物質を飲んでいた。薬が強く、コンディションが余りよくなかった。数日前には熱が40度ほど出たこともあり、今日のスタートは取りやめることを決意した。
これで彼のレースカレンダーは変更を余儀なくされた。Hewサイクラシクスとクラシカサンセバスティアンでシーズンエンドの予定だったが、その後ヴエルタにも出場となる。 本人にとっては予定より長いシーズンとなってしまうが、体調を整えて、シーズン後半頑張ってほしい。
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 バルベルデとフレイレ |
 スタート直前 |
 スタート直前 |
 風光明媚な町をスタート |
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 本日のマキュウェン |
 ケスラーを称えるトートシュニッヒ |
 区間優勝&ポイントジャージ |
 イエロー奪回 |
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レース
SDVのデラフエンテが序盤で飛び出し、その後EUSのエルナンデスがジョイン。2人で炎天下の中逃げたが、逃げ切れなかった。レースはラスト7kmで小刻みに動いた。山岳ジャージ着用中のヴェークマンがデラフエンテを捕らえて一気に前に出たが、結局プロトンに吸収。その後もプロトンに揺さぶりがかかり、Tモバイルのケスラーが逃げを成功させた。プロトンでは落車もあり、ケスラーの逃げが成功するかとも思ったが、後方グループが猛チャージ。この追い上げぶりがすごかった。 ラスト100mというところで、ケスラーの逃げは潰れた。最後のスプリントは、マキュウェンが制した。
ゴール後、思い切りよく逃げを試みたケスラーを、ライバルチームゲロルシュタイナーのトートシュニッヒが称えて、背中を叩いていた。
負傷しているヒュースホーウトは、中間スプリントポイントでボーネンを破って、トップ2人に続いて3人目に入りポイントを取った。ラストは片足がペダルからはずれたままゴールしたが、3位に入った。執念の走り。イエロージャージをヒンカピーから奪回。
ところで、ルクセンブルクに移動して、ホテルの隣の部屋から先がディスカバリーチームの部屋だった。ドアが開いていて、マッサージしている足も見える。監督は2つ隣の部屋らしい。
エレベーターでチェチュと一緒になった。しつこいけど、ジャパンカップにくる予定が本当にあるのか本人に確認した。「フミーに、そういう話をしている。小さいグループでいいから日本に行って走って、そのあと観光したいと思っている。妻も一緒に行くことを希望中。日本行きが本当に実現するといいね」
ノバルもくるか?と聞いたら、「ノバルは今年結婚だから、難しいかも」と。
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2 juillet, 2006 : 第1ステージ(ストラスブール〜ストラスブール 184.5km).... サプライズ。FDJのフランス人ジミー・カスペがスプリント優勝
* ヒュースホーウト、初日マイヨ・ジョーヌから一転悪夢のようなできごと
 笑顔でスタートに向かう |
 ゴール直後突然目の前に。。 |
 マイヨジョーヌが血に染まる |
 凶器は応援グッズ |
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ゴール直後、人垣ができた。「優勝したカスペがきた!」と思って走って行った。突如、息を呑んだ。目の前に血の付いた脚が横たわっていた。しかも血に染まったイエロージャージが見える。昨日優勝して栄光を浴びたヒュースホーウトが、今路上で血まみれになっている。怖い光景だった。
好事魔多し。イエロージャージを着たあとのTTTで ひどい落車をしたザブリスキーのことが頭をよぎった。しかし、ヒュースホーウトは、あす出走するという。
一体彼になにが起こったのか?落車はなかった。ゴール地点では、事情を聞きだそうとするメディアがあちこちで関係者にインタビューしている。しかし、情報は錯綜していた。唯一、「ゴール後に倒れましたが、これはゴール前のできごとです」というコメントだけは間違いないようだった。
宿のTVでリプレイを見た。ゴール直前、身を乗り出した観客の応援グッズ(大きな手)が、腕にぐさりと刺さり、腕が真横に切れたのがわかった。彼はそのまま9位でフィニッシュ。腕のケガの直後は、自分でもすぐに状況が飲み込めないようだった。なんかへんだな?という感じでゴール直後に右腕をちらりと見ていた。その後、おびただしい出血で路上に伏したのだった。
CAのルジェ監督は携帯電話の対応に追われた。数時間前、TVのインタビューで、「プロローグの優勝は予想外でした。むしろ第一ステージでのスプリント優勝の方が狙いでした」、と笑顔で答えていたばかり。「暗転」とは、このことを言うのか。
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 乗り出す観客が見える |
 腕の止血帯がかなりきつい |
 歩いて救急車へ |
3つ目の写真は、歩いて救急車へ向かう
ヒュースホートを撮影したカメラマンが、
写真を編集しているところ。 掲載許可取得済み。
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前にもマキュウェンがあの観客の応援の"手"で妨害された。あの"手"は一旦自粛したのではなかったか?カメラ小僧のせいで倒れたグエリーニ、観客の小袋の紐で落車したランス。危険な応援はまた繰り返した。
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 カスペ区間優勝 |
 ヒンカピーがイエロー |
 ご帰還 |
 庭で、ルビエラとノバル |
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レース
今日は本当にフランス人の活躍ぶりが目を引いた。W杯でブラジルに勝って、元気がいい?
逃げグループはEUSのエチェバリア、ゲロルのヴェークマン、ケスデパーニュのポータル、COFのオージェ、FDJのヴォーグルナン、ブイグのベネトーなどの顔ぶれ。しかし、余り大きな差をつえることはできず。ゴール前には吸収されると予想された。 しかし、プロトンに吸収される直前に、ベネトーがひとりで逃げを試みた。
結局ラスト9kmを過ぎたところで最後の生き残りベネトーも吸収されたが、フランス人ファンは大喜び。さらに、ゴールスプリントを制したのはボーネンでも、マキュウェンでもなかった。優勝はFDJのカスペ。2位マキュウェン、3位ツァベル。
ツァベルが勝っていれば2日連続で同じ宿から優勝者が出るところだった。代わりにヒンカピーがイエロージャージに輝き、宿の中でリーダージャージをつないだ?!
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1 juillet, 2006 : プロローグ ... CAのヒュースホーウトが初日プロローグ優勝
● ヒュースホーウトはホテルでママとシャンペンで乾杯
● 会場騒然。ランディスがスタート台にいない!6秒遅れで到着。トップから7秒差でフィニッシュ。もしかして初日優勝していた?
● 2年ぶりのミラー、結果は17位
● 17時開始のサッカーW杯に配慮して、今日の終了は16時台に
● ヴォクレー:「インチキ選手たちが退場になって嬉しい」
 宿の庭でシャンペンをあける |
 スタートシーン |
 残りあとひとりの結果を待つ |
 初日優勝 |
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初日7.1kmのプロローグ結果は、ヒュースホーウト、ヒンカピー、ザブリスキー、ラン、バルベルデの順。前に書いたが、CAは同じ宿。ホテルに帰ったら、スタッフの人たちもうきうきしていた。
「うちのホテルに宿泊中のチームが初日優勝して、夜にはW杯ブラジル戦。今日うちのホテルは熱いわよ」、とレストランの給仕の女性。 我々が宿のレストランで食事中、ヒュースホーウトのシャンペンオープンが庭で始まった。食事中の中座は違反だが、レストランを飛び出して撮影に出た。 ヒュースホーウト、まずイエロージャージをまとう。そばにいたカメラマンが、「ジャージはワンサイズだから、きつそうだね」と言って笑って見ている。シャンペンをじゃぶじゃぶ振って、オープン(写真1)。その後ママもジョインして、一緒に乾杯。 シャンペンの泡が飛んで、当方のカメラとTシャツはずぶ濡れ。カメラからは水がしたたってきた。(でも動いてくれて、ほっとする。)レストランに戻って、「中座をして行儀が悪くてすみません」と詫びたら、「とんでもない。今日は歴史的な日ですもの」という返事が返ってきた。
写真2はスタートの瞬間。写真3は、ゴールのあと。ラストから2番目のザブリスキーのタイムがヒュースホーウトより悪かった。残るは最後の走者ヒンカピーだけ。観客から質問が飛んだ。「もしかして優勝?」ヒュースホーウトが答える。「いいや、まだあとひとり残っている」。
結果が出た。ヒンカピーのタイムは4秒及ばず。ヒュースホーウトの優勝が決定(写真4)。 | |
 15秒遅刻のランディス |
 スタート台に上がってそのままスタート |
 ミラーがいよいよ登場 |
 コフィディスのスタッフに笑顔 |
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スタート地点がざわついた。ランディスが来ない。スタートの合図が鳴ってしまった。周囲にいたカメラマンたちもきょろきょろしている。ランディス、6秒遅れで到着(写真1)。そのままスタート台を超えてすぐに出発(写真2)。でも、彼は結構前に、ちゃんとスタート地点付近にきて、ウォームアップをしていたのに。実は直前にタイヤに切り傷が見つかったという。慌ててタイヤ交換。6秒遅れでスタート地点に到着。これですっかり集中力が切れてしまったという。結果はトップから7秒遅れ。もしタイヤ交換していなければ、優勝していたかも。彼もそんなにぎりぎりのタイミングだと知っていればタイヤ交換しなかっただろうと述べた。めちゃくちゃ悔しい場面だ。
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デイヴィッド・ミラーが2年ぶりに復帰した。でもウォームアップは最低限。余り人前に長い間出たくないようで、バスの中から外に出るのを何度かためらった。そしていよいよ登場(写真3)。 解雇されたコフィディスとはわだかまりがあるかと思ったが、スタート前、笑顔で話していた。ミラー、結果は+13秒の17位。 |
 2位ヒンカピー |
 ライプハイマーは36位 |
 ミルラム朝食風景 |
 ツァベルは朝からインターネット |
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CAとディスカバリーは別部屋で朝食。しかし、ミルラムは我々と一緒。ついたてを一部しているが、食事風景が見える。選手たちが大半ひきあげて
サッキだけになった時、写真を撮っていいか聞いてOKが出た。ミルラムのヨーグルトも食卓に出ているが、誰もあけていない。ただ、牛乳の方はシリアルの上からかけて飲んでいる。(写真3)
ちなみに先日ミルラムの青空記者会見でミルラムのヨーグルトドリンクを20本もらった。(1つのクーラーに10本ずつ入っていた)。冷蔵庫に半分入れて時折飲んでいるが、はっきりいって、ブルガリアヨーグルトドリンクのほうがおいしい!
夜の食事もレストランで遭遇したが、彼らは朝も夜もビュッフェ形式だった。正直、食事内容は余りぱっとしない。ツァベルはTモバイルのシェフの料理に慣れているだろうから、この食事では不満なのでは?料理に無関心といった表情で、機械的に皿にどさどさ盛っていた。
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ツァベルは朝食後、ロビーでインターネット(無線)をやっていた。これも許可を得て撮らせてもらう(写真4)
<<その他>>
● ザブリスキー:脅威の柔軟性(写真・拡大なし)TT前のストレッチ。足がすごく高く上がる。。。
● 記者会見でCSCのリース監督になにを聞いたか?: 当地で、複数の人から「一体記者会見でCSCのリース監督になにを聞いたのか?」と聞かれた。7月1日(土)発売の雑誌『CICLISSIMO』(チクリッシモ)の中にランスのインタビューがあり、その中でランスがリース監督のことを何気なく酷評している箇所がある。
それについてリースがどう思うか聞いた。 リースはこのインタビューを知らなかったらしく、能面の形相になった。会場が凍りついたのを感じた。
『CICLISSIMO』第1号は「ジロ・デ・イタリア完全レポート」と「06ツールの展望&観戦ガイド」の2大特集。八重洲出版の「サイクルスポーツ」元名物編集長が発行。カメラマン砂田弓弦氏監修。A4ワイド判128ページ。お値段は前身形のチクリスティより安くなって、税込み定価1470円。 ISBN4-86144-046-7。以上宣伝まで?!
● 今日の最終ゴールは16時台そのわけは;8時のNewsにASOのプルドム氏のインタビューが出た。「今日のプロローグはW杯に配慮した。サッカー開始が17時なので(第一試合)、それより早く終わるようにした」。いつも初日はもっと遅く終わるのに、なるほどそういうわけか。。。
● ヴォクレー「インチキ者が追放で嬉しい」:プロローグ55位でフィニッシュしたヴォクレー。平凡な結果だったがハッピーだという。理由は、「インチキどもが代償を払ったから」。前から「インチキどもは退場処分にすべき」と気勢をあげていたヴォクレー。ある種、勝利宣言だ。
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● Chihoさんと井戸端会議?
複数の雑誌やCyclingtimeに記事を書き、今日はJスポーツの現地レポをするという岩佐千穂さんとスタート前に井戸端会議。
* CSCはどうなる?:
Chihoさん:「CSC、バッソが去ったけど、まだ波乱の可能性があるね。(例のチームが廃棄した注射器が見つかったという記事の件。)」、当方:「フランス警察も動いているらしいしねぇ」、Chihoさん:「そうそう」。。とにかく、CSCはこれからマークがきつくなるかもしれない。(写真はバッソが荷物をまとめてツールを去る場面。Photo@DPPI)
* マンセボはどうなる?:
今朝のレキップに、AG2Rのラヴニュー監督談話が出ていた。
「マンセボの関与を知ったのは、今朝(ツール前日)、緊急監督会議の前だった。"会議の結果次第では、互いに話し合う必要が出てくるだろう"、とマンセボに事前に言いにいったら、"今朝、僕はツールを去り、自宅に帰ります。引退することになるでしょう(自転車を手放します)。"という答えが返ってきた。この言葉を、僕は 告白と受け止めた。」
ところが、Chihoさんいわく、これはマンセボの言葉が正確に伝わらずに掲載されたものだという。実は、彼自身は2−3週間休みたいと言っただけだという。当方:「でも簡単に復帰できるとは思えないけどねぇ。出場停止+2年間プロツアーチーム所属禁止になるかも。ASOは会見で、Tモバイルは"スペイン当局から書類を入手したからウルリッヒを解雇した"と言っていたし、メディアのスクープだけで処分したわけじゃないからねぇ」
でも、実はこの話、Chihoさんが事件発覚後のマンセボに直接会って聞いた話だという。マンセボの思惑どおりいくかどうか不明だが、ともあれ、あんな状況でマンセボに会って、さらに話まで聞いてきたChihoさんあっぱれ。
* ヴィノクロフ、ウルリッヒの抜けたTモバイルでツールを走る可能性があった:
Chihoさん:「ヴィノはアスタナがああいう状況で、ウルリッヒの抜けたTモバイルからツールに出場させるという話もあったみたいね。でも選手の抜けた穴を埋めてはいけない、ということになっておじゃんになったらしい」。
当方:
「でも、それを言うならTモバイルにあのままいればこんなことにはならなかったのに。もう少しの辛抱で、ツールリーダーになれたのに」、Chihoさん:
「でももう十分辛抱したし、これは想像できなかったしねぇ」。うん、行った先が悪かった。
30 juin, 2006 その2 : ツール開始前日....
ツールから追放処分。4人になってしまったアスタナ。ASOはチームの自主撤退を希望。しかし午後4時、ヴィノクロフとカシェチキンはトレーニングに出た。ツールに出るという決意のもと。ところが夜になってアスタナの出場はなしに。。。

前日のチームプレゼンの写真のうち、左のヴィノ、隣のバレド、右から4番目のカシェチキン、一番右のサンチェスだけになった。そして遂に誰もいなくなった。。
昼間、UCIからコミュニケが出た。パウリーニョ、ノサル、デイヴィス、コンタドール、ベロキ、マンセボ、バッソ、ウルリッヒ、セビーヤを今回のツールからはずす、と発表。
ツールにベロキ、ノサル、パウリーニョ、デイヴィスを入れていたアスタナ。特にベロキ、ノサルは薬物疑惑が前からあったし、コンタドールも怪しかった。リスクを承知で、何故彼らをツールメンバーに入れたのか。結局4人になってしまった。
先の記者会見のニュアンスからも明らかなとおり、ASOはアスタナの自主撤退を希望していた。しかし彼らは4人でも走る、という意思を貫いていた。
それが証拠に、午後4時、ホテルを出たところで、カシェチキンとヴィノクロフと鉢合わせになった。彼らは車の先導をつけて、トレーニング中だった。彼らは数キロは離れたホテルに泊まっている。
カザフ政府の支援をもらっているからには、簡単に撤退はしない、そんな鼻息の荒さが聞こえるぐらい、ヴィノは戦闘的な顔つきだった。
ところがこれが急転直下。
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写真1は午後6時にプレスルームを出た時に配布された出走リスト。この時点では、Tモバイル。AG2R、CSCは退場者抜きの最新リストになっていた。しかしアスタナだけは、「ペンディング(据え置き、ウェイティング)」となっていた。
ホテルに戻ってから、夕食後に選手らがロビーに集まった。明日の情報などが配布された。リストが更新されていた。アスタナの名前が消えていた。。。チームが、正式にツール辞退の声明を出したのだった。
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● 無関係なチームは、今回の出来事をまるで気に掛けていないかのように、別世界。ワールドカップ観戦で盛り上がる
 ランプレのクーネゴ、バッラン、 ブルセギンは満面の笑顔 |
 ディスカバリーは 記念撮影 |
 ミルラムは牛を前に |
 夜9時、宿のロビーでサッカー観戦 明日はツール初日だぞ |
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本日"その1"のレポートにも書いたが、今回のこの騒動、なにが一番面食らっているかというと、関与したチームとしていないチームの明暗。そして、その温度差のみごとなまでの違い。無関係チームは、今回なにも起こっていなかったかのようだ。もちろん、その実、相当な衝撃を受けているはずだが、プレスルームのあの混乱から、ひとたび一歩外の世界に出ると、全く別世界がそこに広がっている。
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たとえばランプレ。彼らとは宿は別だが、プレスの会場ですれ違った。みんな笑顔・笑顔でリラックスムード一色。(写真1)
「イタリアチャンピオン(TT)おめでとう。9頭のロバは元気?」と聞くと、ブルセギンはこぼれる笑顔。「ありがとう。でもロバは9頭じゃなくて、15頭だよ。今はほかの人が世話しているけど、帰宅したら、僕がしっかり面倒をみるんだ」
このなんとものんびりしたロバの会話の後方では、TVカメラが密室会議の周りを取り囲み、すごい騒ぎになっていた。
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ホテルの庭ではディスカバリーのスタッフがホイールのCM撮影(写真2)
ミルラムは、牛乳会社らしく、牛のオブジェを庭に設置。スタッフが写真撮影していた。(写真3)
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夜9時、突如階下から歓声が起こった。バーで人々がサッカー観戦をしているらしい。昼間のドイツの試合も全チームの選手がバーのTVの前に集まった。しかし第二試合は9時過ぎになる。誰も見ないだろうと思ったが。行ってみたらCAのリーダーのカウッキョーリ以外のイタリア人選手はみんないる。イタリアvsウクライナだ。 ファビオ・サッキは興奮しまくり。階下から聞こえた歓声はイタリアが1点入れた時のもの。ミルラムのウクライナ人グリフコフは片隅で、距離を置いて見ている。 写真左ではアルジェーリ監督が、明日のプロローグの出走順位確認に余念がない。でも、歓声のたびにTV画面を恨めしそうに眺めていた。
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今日はASOのルブランの後継者プルドムが忙しそうにしていた。あちこちでマスコミから質問が飛ぶ。中には、「なんでツールの前日にこんな騒動になるのですか?」という質問も。それについては、「我々は日にちを選ぶことはきなかった」と述べた。
しかし、「今回のことは前向きにとらえている。ブラックデイ(ジョルネノワール)ではなく、最初の一歩(プロミエピエ)だと思う」と。
6時の時点でアスタナのツール出場は撤回になっていなかった。そのため、「国際調停裁判所の決定を不服に思う。彼らはもう少しだけ待って、慎重に確認すべきだった。非常に遺憾だ。」
さらに「ドーピングなしでもレースはスペクタクルになる」と断言した。
マンセボが引退するとか、CSCがパリ〜ルーべで注射器を洗浄廃棄していたとか(今朝のレキップの記事)、リース監督が、「全員のためにバッソ撤退を決めた」と語ったことなど、書きたいことはたくさんあるが 今日はこのへんで。
30 juin, 2006 その1 : ツール開始前日....
Tモバイルのウルリッヒ、セビーヤ、ペフェナヘ監督は即刻解雇。現地は大騒動だけど、無関係なチームは平穏そのもの。このコントラストは一体?
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 これが関与者リストだ |
 バッソ不出場に まだ踏み切れないリース |
 記者会見は説明少しだけ 場内騒然 |
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10:15プレスルームに行ったら、イノーが取り囲まれていた。「一体何人ですか?」と。つまりオペラシオンプエルトで捜査対象となった選手の名前が正式に公表されたらしいが人数がわからなかった。ツール出場できない選手が何人なのかという質問。イノーは「わからない、これから会議をする」とコメント。(写真1)ウルリッヒ、セビーヤ、ペフェナヘ監督が関与していたことが判明し、即刻解雇になったことだけは確かだった。
---- 11時。スイスツアーの時に紹介したルクセンブルクのプレス協会会長に会った。「スペインの同僚から、今回名前が明らかになった選手の名前を聞いた」ということで、メモを見せてもらった。(写真2)バッソ、ウルリッヒ、マンセボの名前も。
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12:10。監督会議から、リースが出てきた(写真3)リース監督に質問していたデンマークのTVに、リース監督のコメントを訳してもらったところ、リースは、バッソの解雇については、「チームに戻ってみんなでこれから協議する」と述べていた。
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13:00 記者会見があった。「オペラシオンプエルトの正式書類がスペイン当局からTモバイルの手元に渡り、チームは即刻、ウルリッヒ、セビーヤ、ペフェナヘ監督のクロが事実と判断。チームは彼らを即刻解雇した。」。
「一方、バッソ、マンセボの名前も出たが、チームはすぐには解雇を決めず。監督会議のあと、チームで決断する」、とのこと。「アスタナについては、少々複雑。選手名が多かったことから、ASOとしては組織ぐるみの犯罪であると判断する」と述べた。
記者会見はそれで終わってしまった。会場から、「一体何人なんだ!」と大声で粘って質問する記者。しかし無視された。野次が飛んだ。「全員だろTous!」
記者会見のあと壇上は大混乱。(写真4)自分は、ルブランの個別インタビューに張り付くことにし、彼のコメントを聴取した。 その後、バッソ、マンセボのレース不出場が正式に決定。
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しかし!無関係なチームは静かそのもの。うちのホテルでは、ミルラムが青空記者会見。ミルラムのミルクドリンクを配布して、なごやかな雰囲気。ミルラムドリンクや、食事が豪華にふるまわれる。しかし、集まった記者はドイツZDFなど2社のTVとProcyclingのカメラマン、フリーのカメラマンが2人だけ。(写真5、6)
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リクイガスの中野さんに話を聞いた(写真7、背中)。「うちのチームは静かだけど、監督からは"とにかく結果を出さなくてもいい。勝たなくてもい"というコメントが出た。つまり、"クスリはやるな"ということなんだ」
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また、ディスカバリーの選手たちも、騒動とは別世界の落ち着きぶり。エキモフもほがらかそのもの。(写真8)。アセベドに、トリキが言っていたジャパンカップ来日作戦の話をしたら、「そんなの知らない」と。トリキがひとりでジャパンカップ来日を画策しているだけなのか? |
29 juin, 2006 その2: ツール開始前々日....
★ 明日はX-day?ツール出場停止の選手続出か?という噂がかけめぐる
● CSC共同記者会見でリースに質問。質問内容に相当むっとしていた様子

今日午後、CSC共同記者会見があった。5人目ぐらいに質問させてもらった。八重洲出版から新しく出るムック本「チクリッシモ」(7/1発売)に、ランスのインタビューがあり、その中で、ランスはCSCに対し、やや批判的なこをと言っている。それについて敢えて聞いた。むっとくる内容だが、あのランスのインタビュー記事のフォローをする必要がある、と思った。
質問を聞いた途端、苦虫を噛み潰したようなリースの表情。会場が水を打ったようにしんと静まり返った。リースの顔、怖かったけど、それまで舌触りのいい質問が続いたので、こういうのもありだと思う。初出場の記者会見の初質問で怖い反応が返ってきたので、これでもう怖いものはないかも?質疑応答内容は、別の機会に。
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| ● チームプレゼン
写真1)チームプレゼン会場に選手たちはストラスブールの運河を下る船で登場。リクイガスの黄緑色のジャージが見える
写真2)チームプレゼン。ストラスブールはアルザス地方。ドイツ語も使われる。Tモバイルの登場の時は拍手がすごかった。
写真3)チームプレゼン。アスタナ登場。一応 国際調停裁判所は、アスタナのツール出場にGoサインを出した。しかし、噂では、明日どたん場で事件関与者の名前が公表され、ツール出場取り消し選手が相次ぐという話もある。スペイン人以外も含まれているとかいないとか。明日が怖い! ちなみにヤクシェは結局フランス入りしたものの、ツールには出場しないことになった。チーム発表による理由は、胃腸の不調。
写真4)ホテルの庭で、バイクをじっと眺めるツァベル。今自分たちが泊まっている宿は、空きがなくて仕方なくとった宿だったが、ディスカバリー、ミルラム、CAと一緒だった。かつてランスがいる頃だったら、もっといい宿に泊まっていたのでは?。
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29 juin, 2006 その1 : ツール開始前々日....
★ ヴィノクロフがUCIの徹底マークに。彼だけ、ひとり尿検査をさせられる。アスタナのツール出場はたった今審議中
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まずはストラスブール行き飛行機を待つ間、シャルルドゴールからレポート第一弾。 空港で新聞レキップをピックアップ。「アスタナがやってきた」の見出し。トクダネに入れたとおり、選手たちはマドリッドに集合。全員でストラスブール入りを果たした。 記事によると、ヴィノはUCIの徹底的マークにあっているらしく、モナコの自宅でも抜き打ち尿検査を受けている。さらに、ストラスブール入りした水曜の午後7時に、ヴィノだけがUCIの要請で尿検査。 チームのツール出場は、丁度今(現地木曜am)に調整裁判所で審議されている。審議しているのは、グイド・デ・クロックというベルギーの審査員。スペイン、フランスの当事国以外で、UCI本部のあるスイスの人間でもない中立の人、ということで選ばれた。
結果は早ければ今日、遅くなれば明金曜日昼までに通知される。つまり、最悪ツール前日までアスタナのツール・ド・フランス出場がわからない。
また、ツール主催者側は、「なんらかの確固たる情報が入れば、その段階で関与した選手全員の即刻ツール退去を求める。」とも述べている。
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| ● アスタナは、今回ツールにひとり多い10人でストラスブール入り アスタナは10人連れてきた。ヴィノ、カシェチキン、コンタドール、バレド、ベロキ、サンチェス、ノサル、デイヴィス、ヤクシェ、パウリーニョ。実は
ヤクシェが胃腸の不調で、パウリーニョが10人目の選手として現地入りしたのだ。ヤクシェの出場はまだわからない。
● UCIはプロツアー選手全員に宣誓書 UCIはプロツアー選手全員に今回の事件への関与を否定する宣誓書を書かせるよう、チームに依頼。関与したものは直ちに解雇。もし嘘の宣誓をしていたのが発覚すれば、解雇に加え、賠償措置。宣誓を拒否した選手はツールに出場させない。
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