..............mas ciclismo .... ツール・ド・フランス 2006 レポートNo.2


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ツール・ド・フランス7月18日〜レポートは、別ページ"レポートNo.3"にてレポート展開中 jump



15 juillet, 2006 :  ツール・ド・フランス第13ステージ ベズィエ〜 モンテリマ 231km

● フォイクト逃げ切り
● イエロージャージ獲得選手の数既に7人目。歴史的ツールになりそう
● 99年はイエロージャージに袖を通したのはたった2人だった。

フォイクトが得意の逃げに乗って、最後ケスデパーニュのペレイロとの一騎打ちを制した。2位のペレイロはプロトンに30分近くつけたため、ランディスからマイヨジョーヌを奪った。旧レイノルズ・バネストを見てきたウンスエ監督にとって、デルガド、インドゥイラインの栄光再び。

ペレイロ生声インタビュー(10秒だけ。聞くにはここをClick)
イエロージャージに輝いたペレイロに一言求めた時の音声(昨週)
チームの本部があるパンプローナのサンフェルミンの日だから、今日は貴方が勝たないといけないのでは?と聞いたところ、「なるほど、でもこんなフラットな日じゃ、たやすくないよ」 と言って笑っていた。

目標は中級の山岳で勝つことだとその後述べていたが、2位に食い込んだこの日のステージは山岳ステージではなかった。去年もポーのステージで逃げて区間優勝したが、フォイクト同様逃げが得意な選手だ。

一方、フォイクトはレース後こう述べた:
「僕は逃げグループの中で一番脚が残っていたというわけではない。でも、今日勝てたということは、あの中で僕が最も勝利を渇望していた、ということだと思う」

下の写真はTTの日のフォイクト。CSCの前にはTVカメラがズラリ。サストレ、ヴァンドヴェルデ、ザブリスキー、ジューリック(リタイヤ前)らよりもフォイクト狙いのカメラの方が多かったぐらいだ。ウォームアップ中にも、こうしてTVインタビューを受けながら。

イエロージャージはペレイロの手にわたり、これで今回14日目(プロローグ+13ステージ)にしてすでにマイヨジョーヌが7人目。このペースでは、歴史的記録を樹立しそうだ。

目下マイヨジョーヌは、ヒュースホーウト、ヒンカピー、ボーネン、ゴンチャル、デッセル、ランディス、ペレイロの7人

去年マイヨジョーヌを着たのはは全ステージ通して、ザブリスキー、フォイクト、アームストロングの3人のみだった

さらに99年のツールでは、キルシプーとアームストロングの2人しかマイヨジョーヌを着ていない

過去の割いたマイヨジョーヌの記録は58年と87年の8人。
1958年のマイヨジョーヌ(合計8人):ダリガード、ホヴェンアールス、ファンエスト、ボーヴァン、フォーテング、ジェミニアーニ、ファヴェロ、ゴール(最後はチャーリー・ゴール)
1987年のマイヨジョーヌ(合計8人): ニーダム、パセッキ、マーシュラー、モテット、外ヤン、ベルナール、デルガド、ロッシュ(最後はロッシュ)

レース
続く...



15 juillet, 2006 :小ネタ .. ツールにきている名物ジャーナリストたち

写真1)オペラシオン・プエルトの選手リストを最初に暴露した記者
既にリタイヤしたノバルの横にいるのは、エル・パイス紙の記者カルロス。そう、この人こそ、今回オペラシオン・プエルトの選手リストを真っ先に大暴露した人。(それがもとで、スペイン選手権がボイコットになった。Ref6/25トクダネ"ボイコットの原因は、エル・パイスの暴露記事")

写真2)レキップのチーフエディター フィリップ
チクリッシモ第一号(p.59)にも登場していたレキップ紙のチーフエディター。長髪でニヒルな感じで、すごく目立つ。 チクリッシモのインタビューの中で彼は、ジャーナリストたるや、想像するのではなく見るのが仕事、といったことを言っている。だから優勝候補を"想像"することはしないのだと。



14 juillet, 2006 : 第12ステージ ルション 〜 カルカソンヌ 211km

● 2人リタイヤを出したディスカバリー。しかしポポヴィッチがアタックの末優勝。
● フレイレはグリーンジャージ猛追。合計26ポイントゲット。ポイント争い2位浮上
● マキュウェンはプロトンのトイレ休憩タイムを無視。プロトンの反感を買い、これがフレイレを行かせる結果に

この日スタート前、ブリュイネール監督に、「我々は区間優勝を目指さなくてはならない」と鼓舞されたポポヴィッチ。見事に監督の期待に応えて優勝。

ポポヴィッチはトップのランディスから4分15秒差となり、これで総合順位は前日の23位から一気に10位に。チームに士気を与えた。

しかし、バッド・ニュースは、サヴォルデッリとノバルのリタイヤ。サヴォルデッリは前日のレース後、ホテルに戻る途中の下りで通行人にぶつかってクラッシュ。眉の下を13針縫うケガをした。なんとかこの日、スタートしたが、みるみる間にドロップアウト。リタイヤとなった。

サヴォルデッリ談話:「今年は僕のシーズンではない。今回のツールでも、もともと総合を狙える状態ではなかった。それでも区間優勝を期待していたのだが。」

レース

この日、逃げたのはポポヴィッチ、フレイレ、バッラン、ルムヴェル。最後はプロトンが追いつくのか、それともこの4人の逃げグループのスプリント争いになってフレイレのスプリント勝ちかと思ったが、状況はさにあらず。

ラスト10kmにさしかかり、逃げグループの中でアタックが仕掛けられる。特にポポヴィッチが何度も執拗にアタックをしかけた。そして、ラスト3.5km、アタックが決まり、ポポヴィッチが一気に行って単独ゴール。

バッラン(写真)は悔しい2位。一方、フレイレはポイント狙いの3位でポイント20ptsゲット。さらに中間ポイントも1位通過し6pts追加。6位で15ポイント獲得したマキュウェンとの差を、11ポイント詰め、マキュウェンとのポイント差は、前日の36ポイント差から25ポイント差へ。

総合首位はランディスで変らず。

ボーネンの言い分・マキュウェンの言い分:

ちなみに、この日ボーネンは、「マキュウェンが後続プロトンをかき乱したせいで、逃げグループをいかせてしまった」とコメントした。

というのも、プロトンが"トイレタイム"を決めて、みんなで一斉にトイレ休憩をしている際、掟破りでひとりで行ってしまった。通常、トイレタイムと決まったら、スローダウンするのが決まりになっている。

しかし、マキュウェンは彼なりに言い分がある。トイレ休憩をみんなが決めた場面は、重大な場面だった。つまり、ポイント争いで3位につけていたフレイレが飛び出していたのだ。これを追わずにトイレ休憩というのはマキュウェン的には許せなかった。

彼は周囲の非難を気にせず、前に出てフレイレを追った。しかし、結局追いきれずにプロトンを待った。これでボーネンたちがキレた。マキュウェンに協力するのを拒み、みんなでフレイレたちを追う、という足並みが乱れた。結局逃げグループを行かせる結果となった。



13 juillet, 2006 : 第11ステージ タルブ 〜 ヴァルダラン 208 km .....
● マイヨ・ジョーヌはランディス。区間優勝はメンショフ。10年ぶりロシア人マイヨ・ジョーヌを目指す
● ラボバンク続伸・ディスカバリーは敗北宣言


<サマリ>
ラボバンクはフレイレが2勝し、この日メンショフが続いて3勝目。ほかにボーヘルト(6位でフィニッシュ)、ラスムスン(36位でフィニッシュ)といった山岳に強い選手をそろえるラボバンク。

好対照なのがディスカバリー。この日はアゼヴェドがトップから4分10秒差に食い込んだものの、総合では20位以内に誰も入っていない。ポポヴィッチの23位が目下最高位。ヒンカピーはこの日トップから21分23秒遅れでクラック。ディスカバリーは敗北宣言。

ヒンカピー:「僕にとって総合優勝の夢は消えた」

ブリュイネール監督も、「今回は僕らのツールにはなりそうもない。総合は忘れるしかない。あとは区間優勝を狙っていく」

レース

この日は、山頂ゴール。佳境入り手前では、前半ステージで山岳ジャージを着たデラフエンテ(SDV − 写真)がトップで行ったが、それにクーネゴらがジョイン。クーネゴに期待したが、すぐにドロップアウト。

その後形成されたトップグループからはモロー、アゼヴェド、ボーヘルト、サストレらが次々に振り落とされていった。

最後はメンショフ、ライプハイマー、ランディスの3人のゴール争いをメンショフが制した。イエロージャージはランディスの手に。スタート時点で首位のシリル・デッセルと4分45秒差だった。デッセルはランディスよりジャスト4分45秒遅れででフィニッシュ。ランディスはボーナスタイムのおかげでデッセルを抜いて首位に。

メンショフは、ランディスから総合で遅れること1分1秒。ベルジンが金髪をなびかせてイエロージャージで走ってから10年。ロシアに再度イエローをもたらすのが目標だ。

デラフエンテは敢闘賞を受賞した。

1 D・メンショフ(RAB) 6h06m25
2 L・ライプハイマー(GST) 同タイム
3 F・ランディス(PHO) 同タイム
4 C・エヴァンス(LOT) +0.17
5 C・サストレ(CSC) +0.17
6 M・ボーヘルト(RAB) +1.04
7 H・スベルディア(EUS) + 1.31
8 F・シュレック(CSC) + 1.31
9 A・クレーデン(TMO) + 1.31
10 C・モロー(A2R)+2.29



13 Juillet,2006 スベルディアへのインタビュー音声(Click (フランス滞在中の録音テープから。)

へっぽこインタビュー第二弾。今回の話相手はEUSのスペルディア。内容は下記:

● 山に突入したら、マヨと僕が。。

-- ウルリッヒもバッソもいない今、一番マークしているライバルは?

スベルディア:『チームテレコム(Tモバイル)だね。特に山になったらクレーデンが要警戒。それからランディスも可能性がある。メンショフ、ヒンカピーといったところ』

-- ツール前のトレーニングで重きを置いた部分は?

スベルディア:『トレーニングでは、いろいろな面で準備をした。TTと山岳両方とも。とはいえ、ピレネー山脈の上りは全部把握しているから重点は置かなかった。』

-- 例年と違いTTTがないのはチームにとってラッキーでは?

スベルディア:『そう、毎年あそこで時間を随分ロスしていたからね。それに個人的にも嫌いなんだ。チームにとっても僕にとってもよかったよ。』

-- マヨとリーダー2人体制ですね

スベルディア:『そう。2人でいく。今マヨは遅れをとっているけど、山岳で巻き返しをはかることを期待している』

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しかしながら、マヨは前日の山岳でァベルといったスプリンターよりも大きく遅れをとって後方のバンチゴール(集団ゴール)だった。スタッフも相当今回は期待していただけに、一体どうしたのだろう?第9ステージはは地元ピレネーでランダルセが上位に食い込んだのがせめてもの救い。

そして第10ステージ、マヨは遂にリタイヤ。チームにとってはショックだ。第一報は、ヒザのトラブルとのこと。



12 juillet, 2006 : 第10ステージ コンボレバン 〜 ポー ..... メルカドが再びツールに返り咲き優勝

<<速報版>>
1位:フアン・ミゲル・メルカド(アグリテュベル)
2位:シリス・デッセル(AG2R) 同タイム
3位:イニゴ・ランダルセ(EUS)+0.55
4位:クリスティアン・モレーニ(COF) + 2.24
5位:クリストフ・リネロ(SDV) + 2.24

中間地点にあるコル・デスデ(HC=超級)でサバイバルしたメルカドとデッセルがそのまま後続の追随を許さず。ラストはこの2人のスプリント勝負となり、メルカドが制した。

メルカドの優勝に、フランスメディアは「サプライズな優勝」という声。スペインメディアは、「スーパー・メルカド」と。スーパー・メルカドとは、スペインではスーパー・マーケットの意味。
ゴンチャルはマイヨジョーヌをデッセルに譲り渡した。

今年はとにかく、勝たなくてもいいから薬だけはやるな、的な空気が広がっている。「ある一人の選手がダントツ圧巻で強い、というレース展開には、もうならないだろう」、とあるフランス人記者が言っていたのを思い出す。さて、今後の展開やいかに。



● 記者たちはみんな大変 / 今回のツール − アメリカ人記者たちの感想

表彰の際にその場で画像確認

レキップの場所取りは

雨でカメラが心配

ガゼッタのルイージ「写真売って」
記者たちはみんな3週間、大奮闘だ。

1)表彰台の合間に、地べたでそのまま画像確認するカメラマン。時間との戦いだ。

2)レキップのカメラマンのひとりジャン・フランソワは、表彰台写真はいつも後方で構える。

3)雨がちだったブルターニュでは、カメラにタオルをかぶせるカメラマンも。

4)スタート地点で、ちょっとおもしろいもの(人物)の写真を撮影していたら、ガゼッタの記者ルイージが飛んできた。「その画像、もしかしたら売ってもらうかもしれない。記事を書くつもりだけど、今のところ写真がないんだ。もし写真が調達できなかったら、売ってくれ。」
結局写真は調達できたようだが、"とにかく画像は不可欠、誰からでも手に入れる"、というガゼッタの気迫に圧倒される。

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今回のツールで強く感じることがある。去年までだと、ファンはディスカバリーの車に大勢集中していたのが、今年は完全にバラけている。ディスカバリーよりも、むしろフランスチームだとかCSCの方に人が多い。アメリカからの観光客は確実に減っている気がする。

第一週目、綾野さん(写真左)、アメリカ人のグレゴリー(写真右上)、Chihoさんの3人トリオに何度か遭遇。Chihoさんいわく、「アメリカ人記者が減った気がする」とのこと。例年だと、もっとあっちこっちで英語が飛びかっていたそうだ。

確かにプレスルームでも、英語はそれほど多くない。むしろスペイン語がやたら耳につく。北米OLNの記者として、例のフランキー・アンドルー(元USP。先日妻がランスがEPOを摂っていたと証言した、とか言われている人)が来ているが、彼ばかりがやたら目に付く、ということは、北米記者がやはり少ないみたいだ。

そのアンドルーを含めたアメリカ人記者たち3人が、先日こんなことを言っていた。女性記者:「今回100人に優勝予想を聞いたら、みんながみんな、全く違う選手をあげるのよ。これって素晴らしいことじゃない?」

他の記者たちも同意していた。「そうだ、そうだ、これが普通なんだよ」。

確かに、今回一体誰が勝つのだろう。。。



11 juillet, 2006 : 第9ステージ ボルドー 〜 ダックス ..... 壮絶なゴール争いをフレイレが制す。

この日はゴール手前で先行したフレイレが、マキュウェンの猛追を振り切って競り勝った。

letourのスプリントゴール写真を見ても、フレイレとマキュウェンの差はほんの僅か。フレイレ自身、自分が勝ったとは確信できなかった。

さらに彼は、04年ミラノ〜サンレモで、ツァベルがウィニングポーズをしている間に勝利をものにした経験がある。今年のパイス・バスコ第1ステージでは、逆に勝ったと思ったスプリントをバルベルデにさらわれた。だから、際どいゴールスプリントで、勝利を確信するのは危険だと知っていた。さらに前にいたエスケープがプロトンに吸収されたのかどうかも ちゃんと把握していなかった。

ゴール際で競り合った2人だが、最後ゴールした後、マキュウェンがフレイレの背中に手をやって祝福している。 ツールのゴールスプリントの厳しさをマキュウェンはよく知っている。だから、自然に相手を称える気持ちになるのだろう。

こういう気持ちは選手たちだけでない。スタッフも、ジャーナリストたちも、現場で仕事をすることの厳しさを知っているだけに、たとえ相手がライバルチームやライバル新聞社であっても、どことなく同志という気持ちが芽生えてくる。

これでフレイレは今回のツール2勝目。いずれも完全なフラットステージ。いつもの勝ちパターンのように、直前にちょっとした上りがあるトリッキーな平坦ステージではない。

今回のツールでは、ちょっとした上りが途中に入るような平坦ステージでは、逃げが活発化するので集団ゴールスプリントにはなりにくいのでは、とフレイレは考える。そうなると、自分がいつも勝ちパターンに持ってきた地形で勝つのは難しく、今日のように完全フラットなステージで勝つしかない。

ところで、フレイレの妻ラウラは目下妊娠中。第一子が12日に誕生予定となっている。出産が少し遅れたとしても、立ち会うのは難しく、それが唯一残念だ。(右の写真は最初の区間優勝の時のもの)

毎年ツールの前半はフラットステージが続くが、今年は特に サッカーW杯に配慮して、平坦ステージが長かった。しかしW杯も終わり、いよいよこれから山岳ステージに突入する。明日は超級山岳が途中に登場。スプリンターたちは、第12ステージまで2日間は、しばしプロトンに入って耐える日々となる。

--- ヨハン・ブリュイネール監督インタビュー : 「エキは、心身ともにジュニアのようだ」

数日前、ブリュイネール監督のインタビューをゲットしてきた。アメリカのジャーナリストが、今回エキモフを布陣に入れたことに疑義を差し挟む発言をし、それに対して監督の反論だ。 続く



10 juillet, 2006 : 休息タイム

● エウスカルテルの人々

マッサーのミゲル

ミゲルとオスカル(マッサー)

メカニックのトマス

助監督ゴルカ

メカニックのホセ
.
エウスカルテルのスタッフたちは、一見とっつきにくそうだけど、実はみんなフレンドリー。

● マッサーのオスカルとミゲルは、選手たちがゴールする時、ゴール地点で構えて、からだを拭いてやったり、帰り方を指示したり。ゴールの際、自分のチームの選手を見つけるため、彼らのまなざしは真剣そのもの。

● メカニックのトマスは、以前サムエル・サンチェスと一緒に住んでいた。サンチェスがアストゥリア地方からバスクに出てきたとき、身寄りがないので、自分の実家に彼を引き受けた。サンチェスが結婚するまで、かれこれ10年間一緒に住んでいたという。トマスは現在お嫁さん募集中。

● 助監督のゴルカは33歳。97年から03年までエウスカルテルの選手として走っていた。引退したばかり。監督は車に乗る生活が多いので、太りがちな人が多いけど、彼はスマートなまま。今回のツールでは、途中で胃腸をこわし、第7ステージでスペインに帰宅した。体調が戻ったら、またツールに戻ってくる予定。監督業も大変なのだ。
結構イケ面なので、「独身時代、ゴルカはモテた」、とトマスの弁。「2年前に結婚してからは、おとなしくしているけど。」

● メカニックのホセは、以前プロとして走っていた。もっぱらアシストだったので、華麗な戦歴はないけれど。
スペイン人というと宵っ張りなイメージがあるが、さすがに3週間の重労働。メカニックのホセたちも、毎日23時には床に就いているという。



9 juillet, 2006 : 第8ステージ(サンメアンルグラン 〜  ロリアン 181km).... カルザーティが逃げ切り

● ルイゾン・ボベの生誕地がスタート。ボベの親族もスタート地点に勢ぞろい。出発後はボベ博物館・生まれた家を訪問 
● ライプハイマー:「言い訳はしたくない」

今日のスタート地点はフランス・ブルターニュ地方の英雄ルイゾン・ボベの生誕地。町中がボベを愛し、町中が自転車競技を愛している。その熱い熱気にただただ圧倒されてきた。

ボベのジャージ

ボベの親族

メルシー,ボベTシャツ

ボベ愛用のシューズ

博物館にはTV局も
1)ボベのクラシック・イタリアンレースのジャージ(左)とフランスチャンピオンジャージがヴィラージュに飾られていた:緑のジャージはポイントジャージではなく、ガゼッタ主催のイタリアのレース。胸にガゼッタデッロスポルトと入っている。

2)ヴィラージュにはボベの親族がきていた。話を聞いてきたので、博物館や実家の話とともに、また別の機会に。

3)メルシー、ルイゾン、メルシー、ルツールのTシャツ:町の主催者がスタッフに配布したもの

4)スタート地点はボベ・スタジアム。ボベ博物館も、ボベ通りもすぐそば。博物館を訪問した。博物館には、彼が愛用したシューズも展示されていた。

5)博物館にはスウェーデンのメディアもきていた。フランス人のジャーナリストや、アメリカ人観光客などでごったがえしていた。


スタート地点の家々

同左

同左

同左

バールもこのとおり

ブルターニュの人々は、ブルターニュ人という誇りが強い。フランス人というよりも、我々はブルターニュ人なのだ、と誇りを持っている。そしてサンメアンルグランの町は、ボベの町として、ボベと自転車をこよなく愛していた。町中が熱い思いでツールを大歓迎していた。

● ポッツァート、ルハノの自転車におちゃらけで乗って、「お前のバイク小さいなー」

ルハノ到着

ポッツァートがルハノのバイクに乗ってみる

ルハノ、心配そうに覗いている
.
1)ルハノが出走サインから帰ってきた ----- 2)ポッツァート、ルハノがバスの前に置いたバイクにおちゃらけで乗ってみる。一言、「お前のバイク小さいなー」と大笑い ----- 3)ルハノ、自分のバイクを心配そうに眺める

● 人々の様子

ヴィラージュで

マルクのバイクショー

町の中心地にツール観戦画面

町の人も陽気

今日はW杯決勝戦。ヴィラージュにはフランスの国旗をほっぺにつけたお姉さん(写真1)。観戦にきたファンも、ブルーのサッカーウエア(写真2)。スタートのあと町に繰り出したら、中心地でに大画面が設置され、観戦できるようになっていた。音楽の演奏もある。(写真3)町の人はみんな外のテーブルで思い思いに楽しんでいた(写真4)

● レース

上記の大画面では、ケスラー (T-Mobile)、カルザーティ(AG2R)、アールツ(LOT)、カールストロム(LIQ)、アルガン(CA)、ザブリスキー(CSC)が逃げていた。まだゴールまで1時間半ほどあった。まさかこのまま逃げが決まるとは。結果は、カルザーティがひとり最後まで逃げを続行し、でっかい1勝をあげた。2位は2分5秒差で、カールストロム、3位は同タイムでアルガン、後方プロトンの集団スプリントはマキュウェンが制してポイントを稼いだ。

● 選手たちの様子


ライプハイマー

ランディス

マキュウェン

ゴンチャル

朝、ライプハイマーの生インタビュータイムがあり、聞いて来た。

昨日のTTの場内アナウンスで彼を紹介する時、アナウンサーはこう言った。「この人がゴールしたあとは、総合で表彰台に近づいていることでしょう」。 しかし、ふたを開ければトップから6分17秒差の62位。大崩だった。

記者から質問が飛んだ。「体調不良だそうですね」。ライプハイマーが答えた。「言い訳はしたくない。記事の見出しに、"ライプハイマーは体調不良"と言った風に言い訳じみた言葉を見るのや嫌だ。とにかく、昨日はああいうパフォーマンスしかできなかったということだ。目標を設定しなおさないといけない。」

一方でランディスは、戦闘態勢。マキュウェンは、今日もほがらか。Tモバイルは、とにかくゴンチャル、ケスラー、ロジャース、シンケヴィッツが好調で、イケイケムード。クレーデンもこれからが見ものだ。

スタート前、スベルディアにインタビューしてきたが、「一番警戒しているのは、クレーデン」と語っていた。

ちなみに、ツールで鎖骨骨折してリタイヤしたバルベルデは、あと10日ほどもすれば、レースに復帰できそうだとのこと。



8 juillet, 2006 : 第7ステージ(サングレゴワ 〜  レンヌ 52km ITT)....
ゴンチャル優勝。記者会見の質問は:「あなたの名前はGoncharとHoncharのどっち?Hなの?Gなの?」

● ヒンカピーはトップから2分42秒差。スタート前、ナーバスだった?


前を見ていないヒンカピー

ロジャースに衝突

ロジャース手に打撲

目撃者フレイレは心配そう

「大丈夫?」と駆け寄る
.
本日のストーリー:
TTのスタート前、うつむいて走っていたヒンカピーはロジャースに衝突。ロジャースは、「大丈夫だよ」といったジェスチャーをして笑顔だったが、ぶつかったヒンカピーの方は、心ここにあらずといった風に、ノーリアクションで去っていった。

衝突後、左手の甲に打撲。赤くなっており、しきりに手を気にしていた。一部始終を目撃していたフレイレは、ロジャール大丈夫かな、といった風にこの光景を食い入るように見ていた。その後、ロジャースの方に駆け寄って、「どうしたの?大丈夫だった?」と聞いていた。人のよさそうなフレイレ。

この光景を見ていた沿道のファンは、「ヒンカピー集中してるね」、「いや、まわりが全然見えてない。逆に大丈夫かなぁ」などと話していた。ヒンカピー、結果はトップから2分42秒差の24位。少々不本意だった。

● 本日の優勝&イエロージャージのゴンチャル表彰台のパフォーマンスは嬉しそう

.
.
● 今日の表情


子煩悩なサルモン

一瞬ひやりランディス

フォーテンガッツポーズ

ザブリスキー夫妻
.
1)アグリテュベルのブノワ・サルモンは家族がきていた。3人の娘と、ずっと抱き合っていた。子煩悩な父親ぶり。

2)ランディスが一瞬ひやりとした。ストラスブールのプロローグで、スタート直前タイヤ交換をして、出遅れた。今回も、スタート前、様子がおかしい。スタート前、メカニックが選手のバイクのホイールを拭いたり、バイクの調子を確認したりするが、どうやら普通の調整だけではなさそうだ。

ホイールの様子がおかしい。空気が一瞬こわばった。TVカメラマンがランディスの方に走っていく。心配そうに見守るランディス。プロローグの記憶が脳裏をよぎったことだろう。

しかし、なんとかスタートには間に合った。会場のアナウンサーが、すかさず、「ストラスブールでは出遅れたランディス。今回はなんとか間に合いました!!」

3)新人賞ジャージのフォーテン、今日はガッツポーズ。

4)ザブリスキーは、13位に終わった。レース後、妻とともに登場。


ジューリックはこの後クラッシュ

マキュウェン

ボーネン

ゴンチャル
.
レース:

TTの時、出走前の選手を会場のアナウンサーが戦歴などを次々紹介していくが、同時に即席で会場の雰囲気を伝えていく。悪魔おじさんがドイツ人の出走の時に大騒ぎして、(悪魔おじさんはドイツ人)、アナウンサーは、「ちょっと彼の声援は、今や騒音になりつつあります」などとマイクに向かって叫んだり。

最終グループの選手が出走していた時、「ジューリックがコーナーでクラッシュしたという速報が入りました」と速報を入れた。ジューリックはそのままリタイヤ。CSCはバッソに続き、ジューリックも姿を消した。

最終出走のボーネンは、マキュエンを途中抜かした(その後マキュウェンが再び抜くか、というシーンもあったが。)

優勝はTTスペシャリストのゴンチャル(Tモバイル)。レース後記者会見では、「あなたの名前はGoncharとHoncharのどっち?Hなの?Gなの?」という質問がでて、本人は苦笑。以下のように説明した。

「Gのゴンチャルが正しい。でも、パスポート上では、名前が転記される際に手違いで「H」になってしまった。だから空港などではいつもわずらわしいことになる」と。

ところで、当地では明日のW杯を前に、会場でもサッカーウエアの人がいたり、「アレ・ブルー!(頑張れブルー=フランス)」などと気勢をあげたり。TVをつければ、「ジダンがゴールを決める〜」という歌が何度も流れたり。優勝してしまったら、すごいお祭り騒ぎになるだろう。シャンゼリゼでは、警戒を強めている。



7 juillet, 2006 : 第6ステージ(リジュー 〜  ヴィトレ 189km).... ジロと全く同一のステージでマキュウエンが3勝目

■ 「ラスト10kmで"逃げ切るのは無理かな"、と思ったけど、レースでは何があるか最後までわからないから==> You never know what will happen(バックステッド)」
■ ツールにきているイタリアチームに対するフランス人の嫌がらせが激化

● マキュウェン、いい感じで乗っている


本日のスタート前笑顔を見せる

ゴール後。マラソンをするような格好で腕を振って、喜びを表していた

表彰台に向かう
.
今年のマキュウェンはちょっと違う。スタート前にもナーバス一点張りといったわけでなく、写真用に笑顔でポーズをとってくれるこの余裕。自信が余裕を生み、余裕が結果につながり、さらに自信になっていく、そんな風にいい感じでいっている。

ところで、マキュウェンはゴール後のインタビューで、こう答えていた。

マキュウェン:「僕は縁起を担ぐほうなんだ。今年のジロでは第2、4、6ステージで優勝したから、今日は絶対勝つと思っていた」

● 今日はパンプローナのお祭りサンフェルミンの日。パンプローナに本部をおくケスデパーニュは赤いスカーフで勢ぞろい


サンフェルミン祭りの印に赤いスカーフ

赤x黒のいでたちが似合うペレイロ

ドライバーのオアヘ
ケスデパーニュの選手がみんな赤いスカーフで現れた。オスカル・ペレイロに理由を聞いてみた。

ペレイロ:「パンプローナのサンフェルミン祭りを祝ってのことだ。僕らのチームの本部はパンプローナにあるからね。エウスカルテルの選手もスカーフをしているのかって?いいや、パンプローナはバスク地方といっても、その中のナバラ県に属する。パンプローナはナバラの人たちのお祭りだから、エウスカルテルはスカーフはしてないよ」

じゃあ、今日はサンフェルミンを祝って優勝でも狙ってみるか?との問いには、
「とんでもない(笑い)。今日はスプリンターのステージだから自分は動くつもりはない。山にいったら区間を狙ってみるよ。」

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ヴィラージュでは、AG2Rに移籍したアリエタも赤いスカーフでケスデパーニュに混じっていた。アリエタもナバラ人なのだろうか?聞いてみた。

サンディオ(左の写真の一番右):そう、僕はパンプローナそのものの出身で、アリエタも含め、ここにいるのはみんなパンプローナ近辺在住だよ。うちのチームで今日は誰が勝ちにいくかって?ガルシア・アコスタ(チェンテ)だろうな(笑い)

チェンテ(同写真一番左);今日は狙わないよ。天気もこんな感じ(雨模様)だし。といっても別に雨が嫌なわけじゃないんだ。降るならもっと降ってくれないと、このぐらいの中程度の雨がスリップして危険で困る。適度な晴れか、どしゃぶりの雨のどちらかがいいね。酷暑と中途半端な雨が一番困る」

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ケスデパーニュのドライバーのオアヘはアストゥリア出身だが、チームはフランス人のポータルやブラールを含めて みんな、赤いスカーフをしていた。ディスカバリーにいるスペイン人にスカーフを配っていた。

オアヘ:「ディスカバリーのスタッフの彼はナバラの人ではないけど、サンセバスティアン出身で、まあご近所だから」。


イノー

モンカッサン

ジャジャ

ヴィランク
.
ヴィラージュには有名スターが揃う。


敢闘賞のデュムラン

敢闘賞のデュムラン

FDJのルクヴィスト

FDJのラーション
.
敢闘賞赤ゼッケンのデュムランの頭はFRANCEという文字に刈り込まれていた。

小雨が時折降りしきる中、FDJはスタート前、マッサージタイム。2人のスウェーデン人のマッサージが展開。スウェーデンチャンプのルクヴィストと、足にタトゥーをしているラーション。


雨の中のレース

逃げたバックステッドがゴール

逃げたブラールがゴール

すごい余興を見た
レース

今朝、ミルラムのメカニック ゲールトと歓談中、彼がぽつりとこう言った。「ブルターニュらしい天気になったね」。 そう、レースはフランス西部のブルターニュ地方に入る。ここはクレープやシードル(りんご酒)とともに、雨の多いことで知られる。

空にはグレーの雲が絶え間なく登場。雨が降ったり止んだりの繰り返し。典型的なブルターニュの天気。途中、レースを追いながら、モンサンミッシェルの看板が出てくる。

「今日はスペインではサンフェルミン祭りだけど別に勝ちは狙わない」、と言っていたケスデパーニュのスペイン人たち。代わりに同チームのフランス人ブラールが逃げグループに乗った。ほかにはリクイガスのバックステッドとブイグのジェラン。

この3人が最後まで逃げを試みるが、無常にもラスト3kmを前に吸収。 ラストのスプリントは怒涛のマキュウェンが制した。ボーネンは悔しそう。

ゴール後、バックステッドが英語でTVのインタビューに答えていた。逃げが成功しないことをいつの時点で気づきましたか?との問いに:

バックステッド:「ラスト10kmだね。それでも、うまくいくかもしれない、と信じて走った。(believing you are gonna make it)。だって、(最後まで)何があるかわからないから。You never know what will happen.」

ちなみに、リクイガスのマッサー中野さんいわく、「バックステッドは大きくて、マッサージの範囲が多いから、選手の中ではマッサージが一番大変。」と。

● イタリアチームに対する嫌がらせ

ところで、W杯のイタリアvsフランスを前に、ツールに参加しているイタリアチームに対し、フランス人の嫌がらせが展開している。沿道のみならず、ホテルなどでもちょっとした妨害行為があったりする。ポルトガルvsフランスの試合ではフランスを応援しているイタリア人が多かったが、今回のフランス人たちの対応で、嫌気が差している。フランスが勝ち残らなければ、こんなことにはならなかったのに、と。

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