mas ciclismo .... ツール・ド・フランス 2006 .....................

ツール・ド・フランス現地レポートも今年で7年目。フランスから生中継中。copyright : mas.ciclismo (2006 - )

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3 juillet, 2006 : 第2ステージ(オベルネ〜エッシュスルアルゼット 228.5km).... ゴール際の攻防はマキュエンがどんでん返し

● ヒュースホーウト笑顔で登場。新聞記事を確認 
● 応援グッズの規則はこう変わる
● ディルーカがリタイヤ決意
● チェチュ:「日本に行くように画策中」


レキップ紙で自分の記事を確認

ケガを気遣いインタビューは最低限に

リクイガスの前に人垣

ディルーカがリタイヤ表明
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● ヒュースホーウト笑顔で登場。新聞記事を確認 
昨日ゴール間際でケガを追ったヒュースホーウト。ヴィラージュに置いてあったレキップ紙で昨日の記事をぱらっと確認。

ルジェ監督が彼に気を使い、笑顔で彼の肩を叩いてリラックスさせていた。少しナーバスだったヒュースホーウトの表情も、これで一気に緩んだ。

ルジェ監督は、記者のインタビューにこう答えていた;「昨夜ヒュースホーウトはぐっすり眠ったので、問題は一切ない」

ヒュースホーウトに対する取材は最低限にしてほしい、とチームからリクエストがあり、記者たちも遠慮気味に最低限の質問をしていた。「今後のレースにケガの影響はあるでしょうか?」という問いには、「ないと言ったら嘘になる。ゴールスプリントは100%の力を出さないと勝てない。それができなくなるのは必至だ」。

彼はクレディリヨネの車に先導されて、最後の方にスタート地点に向かっていった。

● 応援グッズの規則はこう変わる
昨日のヒュースホーウトのアクシデントを受けて、応援グッズのビッグ・ハンド(紙製の緑の手)の扱いが以下のように変わることになった。

ー 2002年、ビッグ・ハンドがゴールスプリント中のマキュウェンの肩に当たり、ビッグ・ハンドの取り扱いに抗議したという経緯がある。
ー そこで、今回ツール主催者は、ビッグ・ハンドの取り扱いをさらに厳しくした。しかし配布を全面禁止にはしない。
ー 従来は、ラスト400m以内でビッグ・ハンドの配布を禁止していたが、今回のファンはラスト150mであれを振り回していた。

ー そこで、今後はラスト2km以内でビッグ・ハンド配布を禁止する。

● ディルーカがリタイヤ決意

リクイガスのスタッフ2人が取材陣に囲まれていた。選手や監督以外のチームスタッフを囲むのは珍しい。近づいてみた。すると、スタッフのようなウエアを着ていたのはディルーカだった。つまり、ジャージを着ていない。隣には、広報担当がいた。リタイヤするのだと悟った。

その後判明したのは;

ツールの前から膀胱炎で抗生物質を飲んでいた。薬が強く、コンディションが余りよくなかった。数日前には熱が40度ほど出たこともあり、今日のスタートは取りやめることを決意した。
これで彼のレースカレンダーは変更を余儀なくされた。Hewサイクラシクスとクラシカサンセバスティアンでシーズンエンドの予定だったが、その後ヴエルタにも出場となる。
本人にとっては予定より長いシーズンとなってしまうが、体調を整えて、シーズン後半頑張ってほしい。

*** レース ***

バルベルデとフレイレ

スタート直前

スタート直前

風光明媚な町をスタート
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本日のマキュウェン

ケスラーを称えるトートシュニッヒ

区間優勝&ポイントジャージ

イエロー奪回
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SDVのデラフエンテが序盤で飛び出し、その後EUSのエルナンデスがジョイン。2人で炎天下の中逃げたが、逃げ切れなかった。レースはラスト7kmで小刻みに動いた。山岳ジャージ着用中のヴェークマンがデラフエンテを捕らえて一気に前に出たが、結局プロトンに吸収。

その後もプロトンに揺さぶりがかかり、Tモバイルのケスラーが逃げを成功させた。プロトンでは落車もあり、ケスラーの逃げが成功するかとも思ったが、後方グループが猛チャージ。この追い上げぶりがすごかった。

ラスト100mというところで、ケスラーの逃げは潰れた。最後のスプリントは、マキュウェンが制した。

ゴール後、思い切りよく逃げを試みたケスラーを、ライバルチームゲロルシュタイナーのトートシュニッヒが称えて、背中を叩いていた。

負傷しているヒュースホーウトは、中間スプリントポイントでボーネンを破って、トップ2人に続いて3人目に入りポイントを取った。ラストは片足がペダルからはずれたままゴールしたが、3位に入った。執念の走り。イエロージャージをヒンカピーから奪回。

ところで、ルクセンブルクに移動して、ホテルの隣の部屋から先がディスカバリーチームの部屋だった。ドアが開いていて、マッサージしている足も見える。監督は2つ隣の部屋らしい。

エレベーターでチェチュと一緒になった。ジャパンカップにくる予定が本当にあるのか本人に確認した。「フミーに、そういう話をしている。小さいグループでいいから日本に行って走って、そのあと観光したいと思っている。妻も一緒に行くことを希望中。日本行きが本当に実現するといいね」

ノバルもくるか?と聞いたら、「ノバルは今年結婚だから、難しいかも」と。

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