m.c.ツール・ド・フランス日記 5 Juillet, 2007 から ....

************** 07年7月19日以降の日記はこちらにて ****************

18 juillet 2007

ところであの件の顛末。

先日は、グランボルナンという山間の町に行ってきた。山の側面には大きな絵が描かれていて、なにかと思ったら牧草地らしく牛だった。のどかな町で、スキー客で冬は賑わう場所らしい。ところであの件の顛末を書いてみたいと思う

● ツーレの肉離れ:あのあと3日ひきずってびっこを軽く引いていたみたいですが、完治しました。

● プレスのステッカーはがされ事件:スタート地点まではなんとか警官に事情説明してバリア内に通してもらい、ゴール地点で再発行しようとしたら、担当の女性に「証拠がない」と突っぱねられ。

担当者の女性の横の席にいた男性は、我々のことを覚えていて、確かにステッカーを発行したと証言してくれればそれで済んだのに、担当の女性が怖くて、なにも言わず無言でとおしていた。

でもこっそりステッカー再発行の準備はしていて、机の上に我々のステッカーを用意してくれていたんだけど、担当女性がYesというまでそれを渡そうとはしない。

で、当日その場にいた”人のよさそうな”別の人を見つけて証人になってもらった。普段から顔なじみじゃないと、こういうことになるんだ。まあとにかく彼のおかげで無事ステッカーを手にした。
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ちなみに!!今回の不運はまだマシなほうだな。数年前のほうがひどかったもん。雨でびしょぬれでカメラ2台こわれ、ツーレは先に日本に帰国。私ひとりでずぶ濡れのままパリにいったらホテルの予約日が違っていて、キャンセル代あわせて6万円ほど払うはめになり(シングル1泊分)、翌日もカメラ使えずインドゥライン、デルガドの写真が撮れず。目の前にいたのに。

雨で濡れて寒いしひとりだし、ふところは寂しいし。カメラはあの世行きだし、散々な思いがした。あるいは、ある年には、某選手に突き飛ばされて地面にひれ伏すという屈辱も味わったし、これらに比べれば、今年はましなほうさ。

そう、毎年いろいろある。で、こういうので気落ちしていると運気はそのまま下る、、のがわかっていたから、気落ちしないことにした。そしたら不快なことも、突如笑いとばすネタになった。考えたら、毎年悲惨な思いなしのツール観戦ってないもんなー。

ツーレも今日電話をくれた自転車好きの人に、「レンタカー屋で日本の免許がないとだめと言われたときが一番辛かった」と語っていた。今まで提示不要だったので、持参しなかったのだ。なんでも最近厳しくなっているんだとか。


17 juillet 2007

国対抗?応援合戦、 クインツィアートは「クイーン(女王)ツィアート」になっていた!

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左からバスク大応援団とカマニョ親子、イタリア人クインツィアートのファンクラブ、フランスから、シャーロックホームズは英国の応援か?一応招待客だったぞ。

1)イギリスで会ったバスクの応援団はパワフルだった。彼らはビルバオそばからきているので、カマニョやランダルセ(2人ともビルバオ付近の出身)の応援にもまわっていたが、とにかくバスク人を見ると全員を応援していた。右から2番目にいるのはカマニョのパパ。

2)クインツィアートの応援の人たちも目立っていて、チームプレゼンの日に道で最初に出会い、話を聞いてきた。ファンクラブの人だということで、イギリスのステージの日には張り付くと言っていた。よくみると横だん幕にはQueenziato(女王ツィアート。クインツィアートの本名はQuinziato)と書いてある。最初気づかなかったのだが、ファンの人から指摘で教えてもらった。彼らとはイギリスで3日間毎回会った。リクイガスのバスにこの横だん幕を貼ったりしていた。

3枚目の写真はイギリスにきていたフランスファン。4番目の写真のホームズさん。完璧すぎてまわりがちょっと引いていた。


15 juillet 2007

山にきたぞ!!

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車窓の景色が一変した。スイス国境近いアルプスに接近するにしたがって、平坦な麦畑から山々の景色が広がって、急に景色が活気付いてきた。 14日から中級山岳ステージが開始となり、これからいよいよ山岳ステージの醍醐味が展開する。

気温も30度以上に上昇し、夏日和になってきた。事前予約ではクーラー付きのレンタカーという条件だったのに、貸し出されたのはクーラーなし。田舎のカレーのレンタカー屋で借りたので、余りバリエーションがなかったようだ。おかげで車内は蒸し風呂。道も相変わらず迷って迷って長時間のドライブとなって、さらにこの暑さ。首筋から汗が滝のように吹き出て思考能力低下中。

ただしレース会場の雰囲気は相も変わらず楽しい。ツーレは2日続けて、ツールのディレクターカーに乗って遊んでいた。(ヴィラージュにおかれていて、一応中に入っていいことになっている。でも大人は余り入って遊んだりはしない、、ふつう。)


14 juillet 2007

ツールを迎える街の人たちが楽しい

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昨日はブルゴーニュの街からコートドローヌの街までを走破したツール。地域は変わっても、人々の熱い応援は変わらない
ツールが自分の街にやってくる、というのは多くの人たちにとって特別なものらしく、沿道の人たちはみんなうきうき気分。かつての花形選手を囲むおばちゃんたちがいたり、沿道にある家の2階が鈴なりになっていたり、公園に飾りつけをしたり。

特に平日の日は、沿道の人の年齢層が高い。おじいちゃん、おばあちゃんも含めてああ、みんな楽しんでいるなー、と思いつつスタートを見たあと、ゴール地点に向かうため、駐車場のほうに歩いていった。 ふと通りかかった一軒の民家。玄関の階段でたたずんでいる男性と目があったので挨拶をかわした。「ツールのスタート、見ましたか?」と聞くと、「いいや」と頭を振って、ツールには関心なし、とシラけた様子で話した。ツールに一切興味がない人にとっては、ツールのお祭り騒ぎもシラけるだけなんだろうね。

ところで昨日は日中突如実家の両親から電話が入った。携帯を買ったので、番号を知らせておいたのだ。リヒテンシュタインの国番号が珍しくて、父が「かけてみようか」ということになったらしい。母親が途中で替わって「こっちは台風がきているのよ」などとのんきな調子で話していた。

両親には結局、フランス以降の行程表を渡しておいた。心配するであろうロンドン部分は省略して。何事もなく過ぎてよかった。


13 juillet 2007

ブルゴーニュで観光なぞ

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スタート地点からゴール地点まで移動するつもりが、へまって通り過ぎてしまった。丁度その日の宿がある町にきたので、ゴールはやめて市内観光に切り替える。ゴールまで行く時間はあったのだけど、時間的に効率が悪いので無理するのはやめ。

実はこの街(名前はボーニュ)、フランスの中でも大好きな場所で、再び観光したいと思っていた。写真はすべてオテルデューという元病院。今では観光名所になっていて、ワインの時期にはせりがここで行われる。病院なので、ベッドが再現されていたり、台所が保存されていたり、病人がミサに出席できるような院内チャペルが保存されていたり。

この独特な屋根を見ると、ブルゴーニュにきたなあ、と思う。レース開始前にワインをふるまわれ2杯飲み、宿でもワイン1杯サービスだったので、ツーレの分とあわせて2杯近く飲んで、翌朝(今)ちょっと頭にワインが残っている感じ

この一帯は、街自体の雰囲気がいい感じ。ワイン好きの人にはぴったりでしょうね。ブドウ畑やらワインの試飲カーブがあちこちにあります。天気もよくて、ちょっとほっとしたひと時でした。



12 juillet 2007

個人の人が家をゲスト用に開放している「シャンブルドット」に宿泊してきました。たいそうすてきな宿でした

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10日の日は、ホテルがとれなくて、ちょっと変わった体験をしてきました。個人の人が会員になって家を開放するシャンプルドットのひとつに泊まってきたんです。一度パリでこういう個人の家に宿泊したことがありまして、これで2回目。天国のような体験で、ツール観戦にきたのを忘れてド田舎の静寂を体感してた次第です

ここは、コンピエーニュのゴール地点から30kmほどのところなんですが、すごい田舎道だったので、ゴールから1時間ぐらい車でかかりました。まわりは一面麦畑。地平線がずっと続きます。その周辺一帯には店が全くなくて、車で15分ほどの村にいかないといけない、そんな辺鄙なところです

車でやっと到着した我々の眼に入ったのは、朽ち果てた家屋。ドアも窓もぼろぼろでペンキもはげて、まさか。。。ちょっとドキっ。でも、これは手をつけていないアネックスで、宿のほうは別の母屋でした。ほっ。

庭にまわったら、まあ芝生が青々としていて、あじさいが咲き乱れ、広々。家の主であるお母さんが迎えてくれました。ご主人はヘリコプター会社のエンジニアで、列車トラブルで帰宅が9時とのこと。彼が帰ったら一緒に夕食という段取り

その間家を案内してもらい、奥さんと居間でおしゃべり。我々の部屋は昔娘が使っていたという部屋で、広い心地のいい部屋で、となりにもう一部屋、スペアの部屋がありまして。こちらは青い海のイメージの作りになっていて。

そうこうしているうちにご主人が帰宅。夕食を予約していたので、4人で一緒の食卓を囲みました。話好きな一家で、楽しいおしゃべりであっという間の一晩。食事は料理が大好きという奥さんのお手製。庭でできたハーブの入ったキッシュが前菜で、メインは牛肉とじゃがいもの煮込み。それにチーズとデザート、コーヒー。ワインは飲み放題ですが、ツーレは下戸なんで、手をつけず。私は1杯だけいただいて。

翌日は8時半にゆっくり朝食。(右の写真)。この家族がシャンブルドットを開始したのは去年のことで、我々が最初の日本人ゲストだとか。ゲストブックに日本語とフランス語でメッセージを書いてほしいといわれ、現実を忘れるようなすばらしいひと時が送れたことに感謝するコメントを残して。今までシャトーホテルも含め、海外でいろんな宿に泊まったけれど、最高の宿だった。値段も朝食込みで70ユーロ。アペリティフやワイン込みの夕食がひとり25ユーロと安い

翌日の宿は56ユーロの安宿で、無線も電話もこわれていて使えず、レースレポートもアップできず。概観もまっ黄色のチープなプレハブみたいな建物。でもまあ、このギャップのある滞在先に、毎日飽きることなく過ごしているのでした


9 juillet 2007

どん底な2日間

レース観戦は好調そのもの!と言いたいところだけど、ここ2日間、どん底のネガティブ・スパイラルに突入していましてね。まあ聞いてください。

8日は、どちらかというと私が主役。まず8日
● スタート地点、撮影にいいスポットがあってあれこれ迷って、欲を出して先まで行ったら木の陰でバックが見えないことが判明。元の場所に戻ろうとしているうちに、選手が来てしまい、撮影アウト。欲を出していなければ、アドミラルティの美しい場所に選手らがどっとくるのが撮影できてきれいな写真になっただろうに

● 気を取り直して友人の住む最寄駅まで。駅で、スイカの英国版(地下鉄に乗るために購入していた)をキャッシュバックしようとしたら、この駅では無理といわれた。デポジットの3ポンドとチャージしていた金額を取り戻すことができず

● でもそれより悲惨だったのが宿のチェックアウト。キャッシュを7万円ちょっとTCからおろしていたので払おうとしたら、チェックインのときに提示したカードですでに引き落とし処理がされていることが判明。このアホみたいに物価が高いイギリスの通貨を7万円以上余らせてしまった。

● それでもまあ気を取り直して友人夫婦といざ観光へ。セブンシスターズという白亜の石灰岩の絶壁を見に行くことに。ところが高速が事故で大渋滞。やっとクリアして、順調に走行していたら、暫く先でもうひとつ事故があり大渋滞。セブンシスターズ行きの道路が全く動かず、このままだとフェリーの時間に間に合わなくなる、ということで急遽カンタベリー観光に変更

● ところが、ナビゲーターのツーレが大失態。カンタベリーへつながる出口を2箇所ミスして降りれず。かなり走ってから気づいて戻ることに。高速を一旦降りてまた逆方面に乗りなおす。ところが、カンタベリーまであと10km程度の出口にきて、このままだと余り観光時間がなくなりそうだし、ツールの混雑で道路が渋滞するかも、と危惧してまた予定変更。

● カンタベリーもあきらめて、じゃあいっそうのことツールを沿道で観戦しようということに。丁度3時に選手たちが通過する地点が近かったので、そこに向かう。車を1km手前に置いて沿道に向かっていたら、目の前でヘリコプターが通過。選手が通過したのだ。あと数100mの差で見逃した!車をもっと先に止めていれば見られたかも?いっそ、もっと全然間に合っていなけりゃ諦めもついたのに。

***** でも我々のネガティブスパイラルはこれだけでは終わらず。次に今度はどちらかというとツーレが主役で9日のこと

● 朝8時に宿を出て、ツーレがカレーのフェリーセンターまでレンタカーを借りに行った。場所は宿から4kmほど先のところにあるので、バスを使う予定だった。ところがバスは始発が10時からということが判明。仕方なくツーレ40分全速力で走ることに

● それでも9時オープンと同時に一番乗りでレンタカー会社に入った。ところが、今まで国際免許さえあればOKだったのに、今回は日本の免許証もないとだめ、と言われ、宿に戻るはめに

● 結局彼は片道4kmx3回走って、なんとか車をピックアップ。10km以上全速力で走って、ツーレは全身びしょびしょ。

● 私はその間宿で荷物のパッキングをしてたんだけど、部屋から出たらドアがあかなくなるという不運に2度遭遇。1度目はフロント、2度目は通りすがりの宿泊客と一緒に、力づくでなんとかあけた

● ツーレやっと帰ってきた。ところが!!「途中で足がピキっとなった!」と泣きそうな顔をしている。走った拍子に肉離れ! 

● とにかく宿をいざ出発、と思ったら、突如集中豪雨。トランクに荷物を入れて車に乗り込んだだけなのに全身びしょびしょ。傘はもちろんさしていたけど全く役立たず。雨、少し走っていたら小止みになった。なんてこった

● ツーレは汗に加えて雨でからだずぶ濡れになり、その後天気が急に少しだけ寒くなって冷えてしまって不調に陥る

● レース終わって友人と夕食の待ち合わせ。彼女の宿へ向かう。プレスルームから直線の道路で簡単。ものの5分ぐらいで到着しそう。ところがツールで道路完全封鎖。遠回りをして行こうとしたら、あてにしていた道がやはり閉鎖だったり一方通行。警官には、「夜中に交通規制解除になるから夜中まで待て」と冗談交じりでいわれ。

● どうしよう、、、と思ったが、車でとにかく向かうしかない。ツーレが肉離れをしてさえいなければ途中で車を置いて歩いて彼女のホテルに向かうという手もあったんだけど、すべてはあのレンタカートラブルが発端だ。

● プレスルームを出てから1時間半以上が経過。やっと彼女の宿に到着。フロントから電話しようとして、彼女の苗字を忘れ(HNじゃ呼び出せない!)電話で彼女にコンタクト。ロビーで待つ。しかし彼女が来ない。そういえばちょっと横になったとか言っていたので、寝起きで身づくろいだろうかと待つこと20分。おかしい

● 地図でマークした宿がチェーンホテルだったので、もしかして別の場所にもう一軒あるのかな?でも、中心部に2軒もあるわけないだろう。。。そうこうしているうちにツーレ走って濡れて寒くなったせいか体調絶不調に。私も今までに例がないひどい時差ぼけでこの日も2時以降眠れず、途中車の中で時々意識が途切れていた。

● 友人を散々待たせた挙句、なんと夕食キャンセルの電話をするはめに。うちの宿は彼女のホテルから遠くてヘンな場所にあるので、車がないと帰れない。ツーレがギブアップじゃ仕方ない。もう平身低頭相手の人には謝るしかない。結局ツーレは宿についた途端ダウン。

● それに加えて,2時過ぎにプレスルームに到着して、普通軽食にありつえるはずなんだけど、、、全て軽食は先に到着した人たちがたいらげていて、残りは飲み物しかなかった。でその後なにかとばたばたして結局昼食抜き。9時過ぎ、宿に着いた時には朦朧としていた。

● そして最後のきわめつきは!ゲントの街で、車に張っていたプレス用ステッカーが忽然と消えていた。何者かにはがされたのだ。要は盗まれた。 これがないとツールをスタートとゴールの両方で追うことがままならなくなる場面もある。なんてこった

********** でも!観戦旅行中って、大体そういうものなんだ。いいことが続いたあとはもうどっぷり突如悪循環に陥る。今年春も、いい感じで観戦できたあとに、ダンケルク4日間レースでは、どっぷりひどい状況だったし。でまあこういうとき、気落ちするとなぜだか悪い方向に歯止めが止まらなくなるもの。実体験としてひしひし実感している

ということで、ちょっとこういうエピソードは少なくとも滞在中は笑い飛ばすよう努力してみることに。いずれにせよ、レースの雰囲気は例年以上にすごくいい感じでそれで気落ち度が少ないのかも。ロンドンという目新しい場所のスタートが文句なしによかった。9日のレースもわくわくした。

9日の日は地元ベルギー選手が勝ったので、表彰台はすごい人だかり。選手の写真をあきらめて、ファンの人を撮影することにしたら、怪我をした選手が丁度目の前にきて、怪我の処置方法を始終まのあたりにしたりして。妥協しても何かがある、余り無理なことはしないほうが逆にいい、そんな印象を持ったりもしたのでした。


8 juillet 2007

ドーヴァーの白い壁
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スタートを見たあと、今日は友人と合流してドーヴァーまでドライブ。途中でレースを見られる箇所を通ったのだが、ほんの数分の差で選手たちは駆け抜けたあと。ちょっと惜しかった。レース観戦は当初予定に入っていなかったので、まあ仕方ない

最初の3枚はスタート地点。イギリスで行うツールってやっぱりすごくいい。いつもの慣れたフランス的雰囲気とは一味もふた味も違っておもしろい。3枚目は例年見かけるセクシーダンス。いつも大勢の男性が人垣をつくる。ジャーナリストたちも、仕事をしばしば忘れて楽しんでいた(CNのシェーンも、張り付きで見ていた)

4枚目はフェリーの中。イギリスをあとにして、フランスのカレーに向かった。 フェリーは貸切ではなかったのだが、プレスなどのの移動手段として無料で乗せてくれた。 我々はフットパッセンジャーだったのだが、同じく車なしできていた日本人の知り合いに遭遇し、あっという間の1時間半だった。


7  juillet 2007

へろへろな1日・ツーレはマッサージでご機嫌
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まいった!午前中市内観光をしたところまではOKだった。ところが昼を食べてからおかしくなった。歩くと吐きそう。悪いものを食べたときのようなむかつきはないのだけど、とにかく今まで味わったことがないぐらい胃が重い。昼に食べたのは、ミニレーズンパン1個、マフィン1個、それにマカロニの和え物をスプーン3杯分ぐらい。それだけなのに。だから余計おかしい。

以来飲み物も食べ物も受け付けない。レース中、30分ぐらい座って休んだけど一向によくならない。どうしたんだろう。一体。レースが18時ぐらいにおわったときにはもうへろへろ。気力減退。プレスルームに順位表の資料をピックアップしに行ったなくてはならず、1時間かけて移動。プレスルームには、マッサージ室があることをツーレが発見。「ボクマッサージ予約してきた」と超ご機嫌だ。

というのも、実はツーレも不調で、朝から頭痛に悩まされていた。ところが!!!マッサージの予約をとった段階で、「わーい、ツイてる。嬉しいなー。なんかこれだけですごく気分がハイテンションになってきたぞ」とかいってる。

そしてマッサージから帰ってきた彼は晴れ晴れ。「なおった!」たった10分で物足りなかったみたいだけど、まあよかった。でもマッサージの予約がとれた段階でもう小躍りして喜んで、調子よさそうだったので、彼の場合は気分の問題じゃないだろか?

プレスで片付け仕事。その後移動手段の船が大幅に遅れて宿に着いたのは22時過ぎ。ようやく胃が空になりつつあったので、鶏肉サンドを半分食した。時差ぼけはいつもほとんどなかったのに、今年はひどい。理由がわかった。イギリスはヨーロッパ大陸より1時間 時計の針が遅い。この1時間で、どうも狂っている。12時に寝て2時半に起きる感じなのだが、ヨーロッパだと、10時に寝て、3時半に起きる感じだったから、今回寝る時間がいつもより遅いせいで、狂っているみたい。


6  juillet 2007

トイレのおかげ?
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ツール前日。チームプレゼンテーションがロンドンの名所トラファルガースクエアで行われた。選手たちがカメラの前でポーズするエリアがあり、そこで選手を待ち構えることに。ところが、プレゼン開始直前に、トイレに行きたくなった。こんなときに、という感じで、急いで出口付近にあるトイレに向かった。

出口の先に、大勢の観客が待っているのが見えた。なんか熱気がある。熱気に惹かれて沿道をのぞいてみたくなった。そこで、予定を変更し、街に繰り出すことに。パブで写真を撮ったりして、人々が楽しんでいる様子に自分も楽しくなった。トイレのおかげですな。

写真: 自転車で駆けつける人も多数。そんな中、事情はよくわからないけど、とりあえず警官の帽子をかぶって駆けつけた子供の姿も??、会場の外にあふれた人たちが写真を撮る、もしもーし、おまわりさんまで。フランスではこの光景よく見かけるけど。


5 juillet 2007

いきなりパソコン壊れてあちゃー ■ 液体物持込不可で捨てられたチョコレートスプレッド(ヌテッラではなかった)
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長い1日だった。まず4時過ぎにパリ着。ロンドンへの乗り継ぎ便でロンドンへ。宿は大きいターミナル駅なので結構警官が多いけど、ぴりぴりした様子もなく。入国はあっという間におわってあれ?っていうかんじ。
7:55 ロンドンに着陸
8:05 入国審査ががらがら。ほとんど並ばず。とくにしつこくなにか聞かれることもなくあっさりパス
8:15 トラベラーズチェックを現金に換えて電車の駅へ向かう
8:30 駅でスイカの英国版のようなものを購入し、いざ市内に向かう電車に乗る
9:30 宿到着。でもチェックインは12時とのこと。荷物を置いて会議の場所へ
10:35 会議は11時からだったが、早目に着いた。しかしOKとのこと。1時間ちょっと会議
12:15 宿に戻ってお風呂に入る
14:30 プレスルーム到着。睡魔最悪。半分ぐらいはぼーとしてた
17:15 プレスを出て、友人宅へ向かう
18:45 郊外にある友人宅到着。ご飯をご馳走になる。
22:10 宿に戻る
23:30 少しだけバイク関連ニュースを入れて就寝
01:30 時差ぼけで今起床してこれを作っている!!

*****
朝4時過ぎにパリ着。乗り継ぎ便を待つ間、シャルルドゴール空港でネタ探し?をしていたツーレが見つけたものは、「ねえ、ヌテッラが捨てられてる!」確認するべく見に行ったら、ヌテッラの類似品だった。大瓶をお土産に持ち帰ろうとして、出国検査で引っかかって処分されることになったようだ。

歯磨きペースト、日焼け止め、目薬などもアウトだ。小分けにしてビニールの袋に入れて申告する。100ml以下ならOK。乾燥対策の乳液など試供品を機内に持ち込み、残りはスーツケースに入れて預ける。 これは今年の春から液体の機内持ち込みが厳しくなってそうなったもの。

ところで空港で暇つぶしのためパソコンをあれこれいじろうとしたら、とんだことになっていた。WZエエディターが完全に壊れていて、Diaryも含め、現地レポート用頁が全滅。エクスプローラもおかしくて、文字が一切見えない状態。画像のみ。復旧作業はうまくいかず、とりあえず電源をおとして再開。ドキドキしながら確認したら、なんと今度は読める。

現地レポートはもう無理かと思った。ごこれから機嫌とりながらやらなくては。

2枚目の写真はプレスルーム床。3枚目は親友の家での夕食(食べかけ)!和食で超うれしい!英国では家庭料理が一番おいしいというのは真理なり。


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