... ヴエルタ・ア・エスパーニャ 2004 レース・レポート
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1998年、初めてこのXorret de Catiの山頂ゴールがヴエルタに登場した際、優勝したのは今は亡きホセ・マリア・ヒメネスだった。
右の写真は、まさにそのヴエルタ98を観戦した時のもの。黄色のジャージ(リーダージャージが黄金になる前)をまとったヒメネスだ。この時彼は最高に輝いた。同じチームのリーダー オラーノを差し置いて山で敵をなぎ倒し、総合トップにたった。最終的にはベルトランら、オラーノ支持派の強力なアシストもあり、総合優勝はオラーノに行ったが、人々の記憶に残ったのはヒメネスだろう。
彼は、2003年12月6日、入院中先の病院で急死する。国民的ヒーローのあっけない死だった。(詳細はトクダネ12月7日以降の記事10点を。JUMP)国民は、ゴール地点、Xorret de Catiでの彼の勇姿を忘れない。今はなきヒメネス追悼行事をこの場所で行う予定だったが、未亡人の反対に遇い、行事はキャンセルとなった(ヴエルタNEWS 9/11へJUMP)。
そして、今年のヴエルタ第10ステージ、Xorret de Catiがヴエルタに戻ってきた。優勝したのはケルメのエラウディオ・ヒメネス。なんと彼は2000年ヴエルタのXorret de Catiのゴールでも優勝している。
かつて98、00、04年の3回にわたって登場したXorret de Catiの山頂ゴール。3回とも全てヒメネスという名の選手が制したのだ。 この山ではヒメネスという名前の者だけが優勝を許されている、そんな強烈な印象を我々に与えた。(ヒメネス追悼頁。)
* レース・レポート: 最初のスプリントポイントで飛び出したスプリンター、オグレイディ、フレイレ、ツァベルが山に耐え、山岳ステージ上位でゴール。
ツァベルは今も奮闘中。
17kmのスプリントポイント。フレイレ、E・ヒメネス、ツァベルの順で取った。ツァベル、ポイント賞を貪欲に狙っていく。七転び八起き。めげずに、ひたむきに頑張る姿に共感が持てる。
ところで、 lavueltaのサイトでこんな写真を発見。(右)ヴエルタで設置されている最新のネット情報ツールを食い入るように見るツァベル。右は食中毒を脱したシュレック。一体何の情報を探しているのか?
ツールがドイツを通過した2000年。フライブルクの街に設置されたテレコムのブースで、ネットが使い放題だった。しかも選手のみならず、一般市民に開放しており、テレコムの懐の広さを実感したのを思い出した。(photo copyright@lavuelta.com)
59.6km地点のスプリントポイント。ツァベル、オグレイディ、フレイレの順でポイントゲット。彼らはプロトンより5分20秒先行している。あとはラスト1級の山岳の手前にもう一箇所スプリントポイントがある。しかしそこまで到達するには3&2級の山岳4箇所を通過することになる。力が残っているスプリンターは誰か。或いは優勝を狙いに行くクライマーが最後のスプリントポイントを取るのか?(ステージ・プロファイルへJUMP)
天気予報は22度から28度。時折雨の予報だったが、やはり途中雨にたたられた。
88km地点。第3級のプエルト・デ・ビアール。エリアス(レラックス)、ヒメネス(ケルメ)、イワノフ(アレッシオ)、フエンテス(サエコ − ジャンカップに来ていたね)の順で通過。ツァベル、オグレイディ、フレイレも続き、トップグループを形成。トップは後続に12分以上つけている。
この中で総合順位No.1はヒメネス。本日のスタート時点で彼は総合41位。トップから14分49秒ダウンにつけている。あとは、ポイント狙いのスプリンターたちや、区間優勝だけを狙う選手たち。特に要注意人物はおらず。プロトンはとりあえず彼らを泳がせている。今の所必死で追う気はない。
トップとプロトンのタイム差は、13分。先頭は小グループながらも先頭交代をしながらいい調子で走っている。トップグループのペースは後方のプロトンのペースとシンクロしているようだ。暫く13分のまま動かない。開始2時間目の時速は、41.8km/hだった。
120km地点。ヒメネスが暫定リーダーになったと中継解説が言っている。プロトンと彼らの差が14分差以上になったらしい。今日のプロファイル的には、最後まで余り展開は動かないだろう。あと50kmぐらいで最後の登りが開始する。(といって、その日の中継は一旦終了。)
(--- 翌朝、レポート続き。)
昨夜コメントした通り。レースが動いたのは120km地点から約50kmほどたった地点。
169km地点。フエンテスがアタックをし、それを捕らえたヒメネスがカウンター。ヒメネス、一旦フレイレ、オグレイディらに捕まるが、急な登り箇所で再び差をあけた。最後の登りは距離としては短いが、平均斜度10.6%だ。ツァベルは他のスプリンター2人に水をあけられた。
171.5km地点、つまりラスト3km。既に山頂は登りきった。あとは下って登って最後は平坦。ここまでくればヒメネス、あとは勝利に向かってひた走るだけ。長い間先頭を走っていた選手たちはヒメネスの後方でばらけているが、プロトンは追いつかない。このまま行きそうだ。プロトンも、ばらけだしている。ベロキはとっくにクライマーのグループには入っていない。
ラストのカーブをヒメネスが行く。一時は雨しぶきでオートバイのヘッドランプが光り、もやがかかったようになって選手の姿を捉えにくかった場面もあったが、ゴール地点は雨も止んだ。最後、ゴールまで流しながら、ヒメネスが喜びを体中で表現している。
TVEのレース解説:「2001年、2002年の深刻な怪我から復帰したヒメネスが、今ゴール。」急勾配の登りになんとか耐え、32秒遅れでスプリンターのオグレイディがやってきた。これでツァベルを4ポイント上回り、スプリント賞ジャージが決定。
48秒遅れで山もこなせるスプリンター、フレイレ。同タイムでRイワノフ。アタックを仕掛けたものの登りで減速したフエンテスが1分4秒遅れ。以下ばらばらとエリアス、ツァベル、、先頭をひっぱった選手たちが続く。彼らは結局逃げ切った!
昨日から上位に位置して周囲をびっくりさせているフェリオ(パテルニナ)がゴールし、その後トップから4分以上遅れて優勝候補たち、クライマーらがゴール。バルベルデ、エラス、ピエーポリ。少し遅れてノサル、クーネゴ、ハミルトン。ランディスもなんとかダメージを最小限にし、トップから5分6秒差でゴール。リーダージャージを死守。しかし、総合2位に浮上したバルベルデとの差は僅か9秒!!
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総合首位: F・ランディス(USP) マイヨ・オロ=黄金ジャージという意味ですが、98年の時のマイヨ・アマリヨ(イエロージャージ)との違い、かなり微妙です。 98年のジャージへJUMP |
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山岳賞:J・エリアス(レラックス) 山岳ジャージの色は今年から小豆色。 |
| ポイント賞:S・オグレイディ ショッキング・ブルーのジャージ。 |
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オールラウンダー賞:F・マンセボ(IBB) この賞の名前はコンビナダ(コンビネーション賞)。 |